Note 04

からだは、いまを守まもるために何なにかを止とめる [ エネルギーと体からだの優先順位ゆうせんじゅんい ]

体重たいじゅうが増ふえないこと、月経げっけいが不規則ふきそくなこと、食欲しょくよくがわかないこと、筋肉きんにくがつかないこと。これらはばらばらの不調ふちょうではなく、ひとつのことから枝分えだわかれした結果けっかであることがよくあります。入はいってくるエネルギーが足たりないとき、体からだは命いのちに直結ちょっけつしない働はたらきから順じゅんに止とめていきます。だから回復かいふくも、その順番じゅんばんを逆ぎゃくに辿たどることになります。ただしひとつ、意外いがいなことがあります。止とまっていたものを動うごかし直なおすその瞬間しゅんかんが、体からだにとっていちばん負担ふたんの大おおきい時間じかんになるのです。

全ぜん 24 節せつ図版ずはん 20確度かくど 推論すいろん初出しょしゅつ 2026-08-10更新こうしん 2026-08-10

この文章ぶんしょうは、急せかすために書かかれたものではありません

はじめに、この文章ぶんしょうがどういうものかを書かいておきます。

これは、体からだの中なかで何なにが起おきているのかを説明せつめいする読よみものです。診断しんだんでも、治療ちりょうの指示しじでもありません。読よみ終おわったあとに、今日きょうから何なにかを始はじめなければならない、という文章ぶんしょうでもありません。

書かいた理由りゆうはひとつです。自分じぶんの体からだに起おきていることを、自分じぶんの言葉ことばで理解りかいできるようになると、選えらぶときに迷まよいが減へるからです。医療いりょうの場ばでは、時間じかんの制約せいやくから、結論けつろんだけが手渡てわたされることがよくあります。「もう少すこし食たべましょう」「いきなり増ふやさないでください」。どちらも正ただしいのですが、この二ふたつが同時どうじに言いわれると、矛盾むじゅんしているように聞きこえます。なぜ両方りょうほうが正ただしいのかは、体からだの中なかで何なにが起おきているかを知しらないと分わかりません。

もうひとつ、先さきに言いっておきたいことがあります。

これから説明せつめいするのは、うまくいっていない体からだの話はなしではなく、よくできた体からだの話はなしです。食たべる量りょうが足たりない状態じょうたいが長ながく続つづいたとき、体からだはただ弱よわっていくのではありません。限かぎられたものをどう配くばるかを決きめ、優先度ゆうせんどの低ひくいところから静しずかに手てを引ひいていきます。月経げっけいが止とまるのも、食欲しょくよくが細ほそるのも、体温たいおんが下さがるのも、その配分はいぶんの結果けっかです。壊こわれたのではなく、節約せつやくに切きり替かわったのです。

節約せつやくに入はいった体からだを元もとに戻もどすには、燃料ねんりょうを戻もどすしかありません。ここまでは単純たんじゅんです。ところが厄介やっかいなことに、燃料ねんりょうを戻もどす最初さいしょの数日すうじつが、いちばん危あぶない時間じかんになるという性質せいしつがあります。これは直感ちょっかんに反はんしますし、知しらないと「よかれと思おもって」踏ふみ込こんでしまうところです。この文章ぶんしょうの後半こうはんは、その理由りゆうの説明せつめいにかなりの紙幅しふくを使つかっています。

順番じゅんばんはこうです。まず、体からだがそもそも何なにで動うごいているのか。次つぎに、足たりなくなると何なにが起おきるのか。それから、戻もどすときに何なにが起おきるのか。最後さいごに、では実際じっさいにどこから手てをつけるのが割わりに合あうのか。

急いそぐ必要ひつようはありません。分わからない語ごが出でてきたら、そこで止とまって構かまいません。理解りかいするのに必要ひつような語ごは、すべてその場ばで説明せつめいします。

からだは何なにを燃もやして動うごいているのか

まず、いちばん下したの階かいから始はじめます。

体からだは、およそ三十七兆さんじゅうななちょう個この細胞さいぼうでできています。細胞さいぼうは、それぞれが小ちいさな工場こうじょうのようなものです。心臓しんぞうの細胞さいぼうは縮ちぢんで血ちを送おくり、腸ちょうの細胞さいぼうは栄養えいようを取とり込こみ、脳のうの細胞さいぼうは電気でんきの信号しんごうをやりとりしています。仕事しごとの中身なかみは違ちがいますが、動うごくためにエネルギーが要いるという点てんはすべて共通きょうつうです。

そして、細胞さいぼうがエネルギーとして直接ちょくせつ使つかえるものは、たったひとつしかありません。

ATPという、体からだの中なかでだけ通用つうようするお金かね

その物質ぶっしつをATP(アデノシン三さんリン酸さん)といいます。

名前なまえは難むずかしく見みえますが、考かんがえ方かたは単純たんじゅんです。ATP は、分子ぶんしの内側うちがわにエネルギーをたくわえた小ちいさな粒つぶで、必要ひつようなときにその一部いちぶを手放てばなして力ちからに変かえます。筋肉きんにくが縮ちぢむときも、神経しんけいが信号しんごうを出だすときも、細胞さいぼうが栄養えいようを取とり込こむときも、使つかわれているのは例外れいがいなく ATP です。

たとえるなら、体からだの中なかでだけ通用つうようする現金げんきんのようなものです。ご飯はんもパンも脂あぶらも、そのままでは細胞さいぼうにとって使つかえません。いったん ATP という単位たんいに両替りょうがえしてはじめて、支払しはらいに使つかえるようになります。

面白おもしろいのは、この現金げんきんをほとんど貯ためておけないことです。体からだの中なかにある ATP は、全部ぜんぶあわせても五十ごじゅうグラムから百ひゃくグラムほどしかありません。数十すうじゅう秒びょうぶんの活動量かつどうりょうです。ではどうしているかというと、使つかったそばから作つくり直なおしています。一日いちにちのあいだに作つくられては壊こわされるATPの総量そうりょうは、その人ひとの体重たいじゅうと同おなじくらいになります。四十よんじゅうキログラムの人ひとなら、一日いちにちに四十よんじゅうキログラムぶんの ATP を作つくっては使つかい、作つくっては使つかいしている計算けいさんです。

体からだの中なかの ATP は、貯金ちょきんではなく流ながれです。だから「エネルギーが足たりない」というのは、貯金ちょきんが減へったという話はなしではなく、流ながれが細ほそくなったという話はなしになります。細ほそくなった流ながれは、体からだのすみずみに同時どうじには行いき渡わたりません。

食べたもの 糖・脂 たんぱく 細胞の中の発電所 ミトコンドリア 酸素を使う ATP はたらき 心臓が拍つ 筋肉が縮む 脳が考える 使い終わった分はすぐ作り直される(1日に体重と同じ量) たくわえは 50〜100 g = 数十秒ぶん。だから供給が止まれば、すぐに響きます。
ATP は貯ためるものではなく、絶たえず作つくり直なおされているもの。だから供給きょうきゅうが細ほそると、体からだは「どこに流ながすか」を選えらばなければならなくなります。

発電所はつでんしょはミトコンドリアという場所ばしょにあります

ATP を作つくっている場所ばしょは、細胞さいぼうのなかのミトコンドリアという小ちいさな器官きかんです。ここで、食たべたものから取とり出だした材料ざいりょうと、呼吸こきゅうで取とり込こんだ酸素さんそを合あわせて、ATP を組くみ立たてています。

呼吸こきゅうが「酸素さんそを吸すうこと」だと習ならいますが、体からだの側がわから見みると、酸素さんそはATPを作つくるための材料ざいりょうです。息いきを吸すうのも、心臓しんぞうが血ちを送おくるのも、赤血球せっけっきゅうが酸素さんそを運はこぶのも、すべてこの発電所はつでんしょに材料ざいりょうを届とどけるための仕事しごとです。あとで出でてくる「リン」の話はなしは、ここに直接ちょくせつつながります。

食たべたものが力ちからに変かわるまで

次つぎに、食たべたものがどうやって ATP になるのかを見みます。ここを押おさえておくと、あとの説明せつめいがずいぶん楽らくになります。

血糖けっとうとインスリン ── 取とり込こみのスイッチ

ご飯はんやパンを食たべると、消化しょうかされてブドウ糖とう(グルコース)という小ちいさな粒つぶになり、腸ちょうから血ちの中なかに入はいります。血ちの中なかのブドウ糖とうの量りょうが「血糖けっとう」です。

血糖けっとうが上あがると、膵臓すいぞうからインスリンというホルモンが出でます。インスリンの役割やくわりは、ひとことで言いえば「取とり込こめ」という号令ごうれいです。この号令ごうれいを受うけると、筋肉きんにくや脂肪しぼうの細胞さいぼうは表面ひょうめんの扉とびらを開ひらき、血ちの中なかのブドウ糖とうを自分じぶんの内側うちがわへ引ひき入いれます。

ここは大事だいじなところなので、少すこし丁寧ていねいに書かきます。

インスリンが開あける扉とびらは、ブドウ糖とう専用せんようではありません。同おなじ号令ごうれいで、いくつかのものが一緒いっしょに細胞さいぼうの中なかへ入はいります。この文章ぶんしょうの後半こうはんで問題もんだいになるのは、まさにこの「一緒いっしょに入はいるもの」です。いまは「インスリンは、血ちの中なかにあるものを細胞さいぼうの中なかへ引ひき入いれるホルモンだ」とだけ覚おぼえておいてください。

取とり込こんだブドウ糖とうは、二に段階だんかいで燃もやされます

細胞さいぼうの中なかに入はいったブドウ糖とうは、二ふたつの段階だんかいを経へてATPになります。

一段いちだん階かい目めは解糖系かいとうけいといって、細胞さいぼうの中なかの液体えきたい部分ぶぶんで行おこなわれます。酸素さんそを使つかわずにブドウ糖とうを半分はんぶんに割わり、少すこしだけATPを作つくります。割わってできたものをピルビン酸さんといいます。

二に段階だんかい目めは、そのピルビン酸さんをミトコンドリアに運はこび入いれ、酸素さんそを使つかって徹底的てっていてきに燃もやす段階だんかいです。この回路かいろをTCA回路かいろ(クエン酸さん回路かいろ)といいます。ここで作つくられるATPの量りょうは、一段いちだん階かい目めとは比くらべものになりません。ざっくり十五じゅうご倍ばいほどです。

「酸素さんそを使つかわないほうが速はやく、酸素さんそを使つかうほうが多おおく取とれる」と覚おぼえると分わかりやすくなります。全力ぜんりょく疾走しっそうのときは速はやさが要いるので解糖系かいとうけいが主役しゅやくになり、息いきが上あがったあとに苦くるしくなるのは、そこで乳酸にゅうさんがたまるからです。ふだんの生活せいかつはほとんどがミトコンドリア側がわです。

この二に段階だんかいのあいだに、あとで重要じゅうようになる分わかれ道みちがひとつあります。ピルビン酸さんをミトコンドリアに入いれる入口いりぐちです。ここにはビタミンB1が必要ひつようで、B1がないとピルビン酸さんは入口いりぐちをくぐれず、行ゆき場ばを失うしなって乳酸にゅうさんに変かわります。この話はなしは §12 でまた出でてきます。

ブドウ糖 血のなか インスリン 細胞のなか 解糖系 ピルビン酸 ビタミンB1が要る入口 TCA回路 ATP 多い ATP 少ない ① インスリンは糖だけでなく、カリウム・リン・マグネシウムも一緒に引き入れます ② 解糖系を回すにはリンが要ります ③ ミトコンドリアの入口にはビタミンB1が要ります
食たべたものが力ちからに変かわるまでの道みちすじ。あとで問題もんだいになるのは、丸まるで示しめした三みっつの場所ばしょです。

いまはまだ、この三みっつが何なにを意味いみするのかは分わからなくて構かまいません。ここでは「食たべたものを燃もやすには、糖とう以外いがいのものも要いる」ということだけ、頭あたまの隅すみに置おいておいてください。

足たりない日ひが続つづくと、体からだは順番じゅんばんを決きめる

さて、ここからが本題ほんだいです。

入はいってくるエネルギーが、出でていくエネルギーより少すくない日ひが続つづくとどうなるか。一日いちにちや二日ふつかなら、たくわえを取とり崩くずして終おわりです。問題もんだいは、それが月単位つきたんい、年とし単位たんいで続つづいたときです。

たくわえには三さん段階だんかいあります

体からだがエネルギーをたくわえている場所ばしょは、大おおきく三みっつです。使つかう順番じゅんばんも決きまっています。

① グリコーゲン(肝臓・筋肉) すぐ使える。ただし半日から一日でなくなる 財布の小銭 ② 体脂肪 量は多い。脳が使える形(ケトン体)に両替が要る 定期預金 ③ 筋肉のたんぱく質 体そのもの。ここに手をつけるのは最後です 家の柱を燃やす ③に届いている状態が長く続くと、心臓の筋肉も同じように削られていきます。
たくわえを取とり崩くずす順番じゅんばん。上うえから使つかい、下したにいくほど「使つかいたくないもの」になります。

グリコーゲンは、ブドウ糖とうを数珠じゅずつなぎにして肝臓かんぞうと筋肉きんにくにしまってある形かたちです。すぐ使つかえるかわりに量りょうが少すくなく、食たべない時間じかんが半日はんにちから一日いちにちも続つづけば、肝臓かんぞうのぶんは尽つきます。

尽つきると、体からだは脂肪しぼうを分解ぶんかいしはじめます。ただし脂肪しぼうをそのまま脳のうに届とどけることはできません。脳のうは脂肪酸しぼうさんを燃料ねんりょうにできないからです。そこで肝臓かんぞうが脂肪しぼうをケトン体たいという形かたちに作つくり替かえ、これを脳のうへ送おくります。長ながく食たべていないときに口くちや息いきが少すこし甘酸あまずっぱくなるのは、このケトン体たいが出でているからです。

それでも足たりないとき、体からだは筋肉きんにくのたんぱく質しつを分解ぶんかいしはじめます。たんぱく質しつを分解ぶんかいしてできたアミノ酸さんを、肝臓かんぞうがブドウ糖とうに作つくり替かえるのです。これを糖とう新生しんせいといいます。

ここは、はっきり書かいておきます。筋肉きんにくを燃もやすというのは、体からだが自分自身じぶんじしんを削けずって燃料ねんりょうにしているということです。そして削けずられるのは腕うでや脚あしの筋肉きんにくだけではありません。心臓しんぞうも筋肉きんにくでできています。長期ちょうきの低てい栄養えいようで心臓しんぞうが小ちいさくなり、脈みゃくが遅おそくなり、血圧けつあつが下さがるのは、この延長線えんちょうせん上じょうにあります。

ホルモンの向むきが反対はんたいになります

食たべているときと足たりないときでは、体からだの中なかのホルモンの向むきがそっくり入いれ替かわります。

足たりているときインスリンが高たかく、グルカゴンは低ひくい。取とり込こんで、たくわえる。作つくる方向ほうこう(同化どうか)
向むきが入いれ替かわる
足たりないときインスリンが低ひくく、グルカゴンが高たかい。取とり崩くずして、燃もやす。壊こわす方向ほうこう(異化いか)

同化どうかというのは、材料ざいりょうを組くみ立たてて体からだを作つくる方向ほうこうのことです。異化いかはその逆ぎゃくで、体からだにあるものを分解ぶんかいしてエネルギーを取とり出だす方向ほうこうです。健康けんこうな体からだでは、食後しょくごは同化どうか、空腹時くうふくじは異化いか、と一日いちにちのなかで行いったり来きたりしています。

慢性的まんせいてきに足たりない状態じょうたいというのは、この振ふり子こが異化いかの側がわで止とまってしまった状態じょうたいです。振ふり子こが戻もどらないので、いくら運動うんどうをしても筋肉きんにくはつきません。筋肉きんにくをつけるには同化どうかの方向ほうこうに振ふれている時間じかんが要いるのに、その時間じかんが来こないからです。

「筋肉きんにくがつきにくい」のは、鍛きたえ方ほうの問題もんだいではないことがあります。同化どうかに振ふれる時間じかんがなければ、筋肉きんにくは作つくられません。材料ざいりょうと余剰よじょうエネルギーが揃そろってはじめて、体からだは組くみ立たてにとりかかります。

そして、止とめる順番じゅんばんが決きまっています

エネルギーが足たりないとき、体からだはすべての機能きのうを平等びょうどうに弱よわらせるのではありません。優先順位ゆうせんじゅんいをつけて、下したのほうから止とめていきます。

家いえにたとえます。電気でんきの契約けいやくを落おとさなければならなくなったとき、まず庭にわの外灯がいとうを消けします。次つぎに来客らいきゃく用ようの部屋へやの暖房だんぼうを切きります。それでも足たりなければ、居間いまの照明しょうめいを落おとす。最後さいごまで消けさないのは、冷蔵庫れいぞうこと、命いのちに関かかわる機械きかいです。

体からだにとっての「外灯がいとう」にあたるのが、生殖せいしょくの機能きのうです。妊娠にんしんと出産しゅっさんと授乳じゅにゅうは、生いき物ものにとって最もっともエネルギーを使つかう事業じぎょうです。いま食たべるものにも困こまっている状況じょうきょうで、そこに投資とうしするのは合理的ごうりてきではありません。だから体からだは、生殖せいしょくに関かかわる指令しれいをいちばん先さきに絞しぼります。月経げっけいが止とまったり間隔かんかくが空あいたりするのは、この判断はんだんの結果けっかです。

先に止まる 生殖の機能 ── 月経・ホルモンの周期 成長と修復 ── 骨をつくる、傷を治す、筋肉を増やす 体温を上げる・活動する意欲・消化管の動き 免疫のはたらき・皮膚と髪をつくる 心臓・呼吸・脳 ── 最後まで守られる あとに止まる 回復するときは、この順番を下から上へ逆に辿ります。月経が戻るのはいちばん最後です。
エネルギーが減へっていくとき、体からだが手てを引ひいていく順番じゅんばん。下したにあるものほど後あとまで守まもられます。

この図ずでいちばん伝つたえたいのは、最後さいごの一行いちぎょうです。回復かいふくも同おなじ順番じゅんばんを逆ぎゃくに辿たどります。だから、栄養えいようが戻もどりはじめてすぐに月経げっけいが戻もどることはまずありません。心臓しんぞうや脳のうの余裕よゆうが回復かいふくし、体温たいおんが戻もどり、修復しゅうふくが動うごきだして、そのあとにようやく外灯がいとうに電気でんきが回まわります。数すうか月げつかかることもあります。

これを知しらずに「食たべているのに月経げっけいが戻もどらない」と焦あせると、努力どりょくが足たりないのだと思おもってしまいます。そうではありません。順番じゅんばんが来きていないだけです。

欲求よっきゅうが細ほそくなるのは、意志いしの弱よわさではありません

体からだの優先順位ゆうせんじゅんいを決きめているのは、脳のうの底そこのほうにある視床ししょう下部かぶという、親指おやゆびの先さきほどの領域りょういきです。

ここは体からだの司令しれい室しつにあたります。空腹くうふくと満腹まんぷくの感覚かんかく、眠ねむりと目覚めざめのリズム、体温たいおんの設定せってい、生殖せいしょくに関かかわるホルモンの指令しれい ── これらがすべて同おなじ場所ばしょから出でています。同おなじ部屋へやに、いくつものスイッチが並ならんでいると思おもってください。

視床ししょう下部かぶは、体からだにどれだけ余裕よゆうがあるかをいつも測はかっています。測はかり方ほうはいくつもありますが、代表的だいひょうてきなものにレプチンというホルモンがあります。これは脂肪しぼうの細胞さいぼうから出でるホルモンで、脂肪しぼうが多おおいほどたくさん出でます。つまり体からだは、レプチンの量りょうを「たくわえの残高ざんだか通知つうち」として読よんでいるわけです。

体脂肪たいしぼうが少すくない状態じょうたいが続つづくと、レプチンは低ひくいままになります。視床ししょう下部かぶはそれを「余裕よゆうがない」という信号しんごうとして受うけ取とり、司令しれい室しつのスイッチをまとめて絞しぼります。

ここが大事だいじなところです。絞しぼられるスイッチが同おなじ部屋へやに並ならんでいるので、いくつかの欲求よっきゅうが同時どうじに細ほそくなります。いわゆる三さん大だい欲求よっきゅう ── 食たべたい、眠ねむりたい、といった生いき物ものとしての基本的きほんてきな欲求よっきゅうが、そろって弱よわくなるのです。どれかひとつだけが弱よわいのではなく、まとめて音量おんりょうが下さげられている状態じょうたいに近ちかいと言いえます。

視床下部 体の余裕を測る司令室 食欲 眠りと目覚め 体温の設定 生殖のホルモン 活動する意欲 脂肪から出る レプチン ↓ 「余裕がない」という信号が届く
視床ししょう下部かぶというひとつの部屋へやから、いくつもの指令しれいが出でています。エネルギーが足たりないという信号しんごうが入はいると、まとめて音量おんりょうが下さがります。

このしくみを知しると、いくつかのことの見みえ方かたが変かわります。

「お腹なかが空あかない」のは、意志いしが弱よわいからでも、食たべることを拒こばんでいるからでもありません。空腹くうふくを感かんじる回路かいろそのものの音量おんりょうが下さがっているのです。食たべたくないのではなく、食たべたいという信号しんごうが届とどいていない。この二ふたつは、外そとから見みると同おなじに見みえますが、中身なかみはまったく違ちがいます。

そして、ここには悪循環あくじゅんかんがあります。食欲しょくよくが細ほそるから食たべる量りょうが減へり、食たべる量りょうが減へるから余裕よゆうが戻もどらず、余裕よゆうが戻もどらないから食欲しょくよくがさらに細ほそる。この輪わは、外そとから燃料ねんりょうを入いれないかぎり自然しぜんにはほどけません。

食欲しょくよくが戻もどるのを待まってから食たべようとすると、たいてい待まちきれません。食たべる量りょうが増ふえて、体からだの余裕よゆうが戻もどってきて、そのあとに食欲しょくよくが戻もどってくるという順番じゅんばんだからです。順番じゅんばんが逆ぎゃくなので、待まつ戦略せんりゃくは機能きのうしにくいのです。

この一点いってんは、あとで食事しょくじの設計せっけいを考かんがえるときの土台どだいになります(§16)。

からだの中なかの「塩しお」の話はなし

ここから少すこし、化学かがくの話はなしが入はいります。ただし必要ひつようなことしか書かきません。

健康診断けんこうしんだんの紙かみに、Na、K、Cl、P、Mg、Caといった記号きごうが並ならんでいるのを見みたことがあると思おもいます。数字すうじは書かいてあるのに、それが何なになのかを説明せつめいされることはほとんどありません。この節せつでそこを埋うめます。

電解質でんかいしつとは何なにか

これらはすべて電解質でんかいしつと呼よばれるものです。

もとは金属きんぞくや、金属きんぞくに近ちかい性質せいしつをもつ元素げんそです。ナトリウム(Na)は台所だいどころの塩しおの片割かたわれ、カリウム(K)はその親戚しんせき、カルシウム(Ca)は骨ほねの材料ざいりょう、マグネシウム(Mg)も同おなじ仲間なかまです。これらは水みずに溶とけると、電気でんきを帯おびた粒つぶになります。この「電気でんきを帯おびた粒つぶ」をイオンといい、イオンになって水みずに溶とける物質ぶっしつのことを電解質でんかいしつと呼よびます。

なぜこれが体からだで重要じゅうようなのか。

体からだは、およそ六ろく割わりが水みずでできています。しかもただの水みずではなく、電解質でんかいしつが溶とけた塩水しおみずです。そして細胞さいぼうは、その塩水しおみずのなかに浮うかぶ、塩水しおみず入はいりの小ちいさな袋ふくろです。ここで決定的けっていてきに大事だいじなのは、袋ふくろの内側うちがわと外側そとがわで、溶とけている中身なかみが違ちがうということです。

細胞の外(血液・組織のあいだの水) Na ナトリウムが多い Cl 塩素が多い 採血で測るのはここだけ 細胞の中 K カリウムが多い(体のKの98%) P リンが多い(ATPの材料) Mg マグネシウムが多い 内と外で中身が違う = 内と外に電位の差がある = 細胞は小さな電池になっている 神経が信号を出すのも、心臓が拍つのも、この電池を一瞬だけ崩して戻す操作です。
細胞さいぼうの内ないと外そとで、溶とけているものが違ちがいます。この「違ちがい」そのものが、体からだの電気でんきの正体しょうたいです。

カリウムは、体からだの電気でんきそのものです

いちばん分わかりにくいのがカリウム(K)だと思おもうので、ここを丁寧ていねいに説明せつめいします。

体からだのカリウムは、その九十八きゅうじゅうはちパーセントが細胞さいぼうの中なかにいます。外そとの水みず、つまり血液けつえきの中なかにいるのは、残のこりのわずか二にパーセントです。いっぽうナトリウムはその逆ぎゃくで、ほとんどが細胞さいぼうの外そとにいます。

なぜこんな偏かたよった配置はいちになっているのか。細胞さいぼうがわざわざエネルギーを使つかって、そう配置はいちしているからです。細胞さいぼうの膜まくには「ナトリウムを外そとへ、カリウムを中なかへ」と汲くみ続つづけるポンプがあり、これは ATP を消費しょうひして動うごいています。安静あんせいにしている人ひとが使つかうエネルギーのうち、二に割さから三さん割わりほどがこのポンプに費ついやされていると見積みつもられています。

なぜそこまでしてこの偏かたよりを作つくるのか。答こたえは、その偏かたよりが電池でんちになるからです。

乾電池かんでんちのプラスとマイナスのあいだに電圧でんあつがあるように、細胞膜さいぼうまくの内ないと外そとにも電圧でんあつがあります。中なかはマイナス、外そとはプラス。この電圧でんあつを作つくっているのが、主おもにカリウムの内外ないがい差さです。そして体からだの中なかで「電気でんきで動うごくもの」── 神経しんけいの信号しんごう、筋肉きんにくの収縮しゅうしゅく、心臓しんぞうの拍動はくどう ── はすべて、この電池でんちを一瞬いっしゅんだけ崩くずして、また元もとに戻もどすという操作そうさの繰くり返かえしでできています。

だから、こう言いえます。

カリウムは、体からだの電気でんきの素もとです。血ちの中なかのカリウムがほんの少すこし動うごくだけで心臓しんぞうのリズムが乱みだれるのは、電池でんちの電圧でんあつが変かわれば、つながっているモーターの回まわり方ほうが変かわるのと同おなじことです。だから採血さいけつではいつもカリウムを測はかりますし、値あたいが外はずれたときは急いそいで直なおします。

リン、マグネシウム、ナトリウム

残のこりも簡単かんたんに整理せいりしておきます。

リン(P)は、ATP の「リン酸さん」そのものです。ATP という名前なまえ ── アデノシン三さんリン酸さん ── の「三さんリン酸さん」が、まさにこれです。エネルギーは、リン酸さんどうしのつなぎ目めに蓄たくわえられています。つまりリンがなければ、エネルギーの単位たんいそのものが作つくれません。あわせて、細胞膜さいぼうまくの材料ざいりょうでも、遺伝子いでんしの骨格こっかくでも、骨ほねの材料ざいりょうでもあります。この文章ぶんしょうでいちばん重要じゅうような元素げんそです(§9)。

マグネシウム(Mg)は、三百さんびゃく種類しゅるい以上いじょうの酵素こうそが働はたらくのに必要ひつような、いわば裏方うらかたです。とくに大事だいじなのは、ATP は単独たんどくではほとんど働はたらけず、マグネシウムとくっついた形かたちではじめて使つかえるという点てんです。さきほどのナトリウム・カリウムのポンプも、動うごかすにはマグネシウムが要いります。

ナトリウム(Na)は、細胞さいぼうの外そとの水みずの量りょうを決きめています。ナトリウムは水みずを引ひき連つれる性質せいしつがあるので、体からだにナトリウムがたまれば水みずもたまり、むくみます。この話はなしは §13 に出でてきます。

血液けつえきの数字すうじが正常せいじょうでも、安心あんしんはできません

さて、ここでこの文章ぶんしょうのなかでも特とくに重要じゅうような話はなしをします。

長ながく食たべる量りょうが足たりない状態じょうたいが続つづくと、リン・カリウム・マグネシウムの体からだ全体ぜんたいの量りょうが減へっていきます。ところが不思議ふしぎなことに、採血さいけつの値あたいは正常せいじょうのままということが珍めずらしくありません。

理由りゆうは、さきほどの図ずにあります。採血さいけつで測はかっているのは、細胞さいぼうの外そとの水みずだけだからです。

会社かいしゃの金庫きんこと、レジの現金げんきん

たとえ話ばなしをします。

ある会社かいしゃの経営けいえい状態じょうたいを知しりたいとします。ところが調しらべられるのは、レジの引ひき出だしに入はいっている現金げんきんだけです。金庫きんこの中なかも、銀行口座ぎんこうこうざも見みられません。

この会社かいしゃの資産しさんが半分はんぶんに減へっていたとしても、経理けいり担当たんとうが几帳面きちょうめんで、レジの現金げんきんだけはいつも同おなじ額がくに保たもっていたらどうでしょう。あなたは「問題もんだいなし」と判断はんだんしてしまいます。

体からだでも同おなじことが起おきています。腎臓じんぞうが、血ちの中なかの濃度のうどを一定いっていに保たもつように働はたらいているからです。体からだ全体ぜんたいのカリウムが減へってきても、腎臓じんぞうは尿にょうから出でていく量りょうを絞しぼり、細胞さいぼうの中なかから少すこしずつ持もち出だして、血ちの中なかの濃度のうどだけは正常せいじょう範囲はんいに収おさめようとします。

健康なとき 細胞の中 98% 血 2% 採血の値 = 正常 長く足りていないとき 減っている 血 2% 採血の値 = やはり正常 腎臓が濃度を守っているため だから「採血が正常だった」は、栄養を戻すときの安全を保証しません。
血ちの中なかの濃度のうどは、体からだ全体ぜんたいの量りょうを映うつしていません。減へっているのは、目めに見みえない側がわです。

これは覚おぼえておく価値かちがあります。

血ちのなかの濃度のうどは、体からだぜんたいの量りょうとは別べつのものです。

英国えいこくの医療機関いりょうきかんの手引てびきでも、栄養えいようを再開さいかいする前まえのリン・カリウム・マグネシウムが正常せいじょうだったとしても、それだけでは後述こうじゅつする危険きけんを否定ひていできない、とはっきり注意ちゅういされています。正常値せいじょうちは「大丈夫だいじょうぶ」ではなく、「まだ隠かくれている」かもしれないのです。

戻もどすときが、いちばん危あぶないという逆説ぎゃくせつ

ここが、この文章ぶんしょうでいちばん伝つたえたいところです。

長ながく飢うえていた体からだに、急きゅうにたくさんの栄養えいよう ── とくに糖質とうしつ ── が入はいると、深刻しんこくな問題もんだいが起おきることがあります。これをリフィーディング症候群しょうこうぐん(再さい栄養えいよう症候群しょうこうぐん)といいます。

何なにが起おきるのか

順じゅんを追おいます。

飢うえているあいだ、体からだはインスリンが低ひくい状態じょうたいで安定あんていしています。糖とうをあまり使つかわず、脂肪しぼうとたんぱく質しつを燃もやす体制たいせいです。細胞さいぼうは静しずかで、リンもカリウムもマグネシウムも、あまり動うごきません。

そこへ、突然とつぜんたくさんの糖とうが入はいります。

血糖けっとうが上あがり、インスリンが一気いっきに出でます。§3 で書かいたとおり、インスリンは「取とり込こめ」の号令ごうれいです。全身ぜんしんの細胞さいぼうがいっせいに扉とびらを開ひらき、ブドウ糖とうを引ひき入いれます。

問題もんだいは、そのとき一緒いっしょに入はいるものです。カリウムも、リンも、マグネシウムも、インスリンの号令ごうれいで細胞さいぼうの中なかへ引ひき込こまれます。血ちの中なかにいたわずかな二にパーセントが、まとめて内側うちがわへ移動いどうしてしまうのです。

さらに追おい打うちがあります。取とり込こんだブドウ糖とうを ATP に変かえるには、大量たいりょうのリン酸さんが要いります。糖とうを燃もやす過程かていでは、ブドウ糖とうにリン酸さんをくっつけるところから始はじまるからです。もともと体からだのリンが減へっているところに、消費しょうひが急増きゅうぞうする。

結果けっかとして、血ちの中なかのリン・カリウム・マグネシウムが、数時間すうじかんから数日すうじつのあいだに急激きゅうげきに落おちます。

① 飢えているとき インスリン 低い 細胞は静か P・K・Mg の総量は減少 糖が入る ② インスリンが一気に出る 扉がいっせいに開く 糖 + K + P + Mg が細胞の中へ ③ 血のなかが空になる 血清 P ↓↓ 血清 K ↓↓ 血清 Mg ↓↓ さらに、糖を燃やす反応そのものがリンを大量に消費します。 結果として起こりうること 心臓の収縮する力が落ちる / 脈が乱れる 呼吸の筋肉が弱る / 全身の力が入らない むくみ / 意識がはっきりしない / けいれん
飢うえていた体からだに糖とうが入はいると、血ちのなかの電解質でんかいしつがいっせいに細胞さいぼうへ引ひき込こまれます。

停電ていでんが明あけた家いえ

この現象げんしょうを理解りかいするのに、いちばん近ちかいたとえは停電ていでん明あけだと思おもいます。

長ながい停電ていでんのあいだ、家いえじゅうの家電かでんはスイッチが入はいったままです。電気でんきが復旧ふっきゅうした瞬間しゅんかん、エアコンも冷蔵庫れいぞうこも電子でんしレンジも洗濯機せんたくきも、いっせいに動うごきだそうとします。すると契約けいやくしている容量ようりょうを超こえて、ブレーカーが落おちます。

停電ていでん前まえと同おなじ電気でんきが来きているのに、復旧ふっきゅうした瞬間しゅんかんだけ落おちる。おかしなようですが、同時どうじに立たち上あがるからです。

体からだも同おなじです。飢うえているあいだ、細胞さいぼうは省しょうエネで止とまっていました。そこへ燃料ねんりょうが来くると、全身ぜんしんの細胞さいぼうがいっせいに動うごきだそうとします。そのとき必要ひつようになる材料ざいりょう ── リン、カリウム、マグネシウム、ビタミンB1 ── が、いっせいに引ひき出だされます。備蓄びちくが減へっているところへ同時どうじ要求ようきゅうが来くるので、足たりなくなる。

問題もんだいは栄養えいようそのものではなく、立たち上あがりが同時どうじであることです。だから対策たいさくも「食たべない」ことではなく、立たち上あがりの傾かたむきを見みながら、足たりなくなるものを先さきに補おぎなっておくことになります。

いつ、どれくらい起おきるのか

米国べいこくの栄養えいようの学会がっかい(ASPEN)は、栄養えいようを再開さいかいしてから五日いつか以内いないに、リン・カリウム・マグネシウムのいずれかが元もとの値あたいから一いち割さから二に割わり下さがれば軽症けいしょう、二に割さから三さん割わりで中等症ちゅうとうしょう、三さん割わり以上いじょう、あるいは臓器ぞうきの障害しょうがいを伴ともなえば重症じゅうしょう、という枠組わくぐみを示しめしています。

ここから読よみ取とるべきことは二ふたつです。ひとつは、危あぶないのは最初さいしょの数日すうじつに集中しゅうちゅうしているということ。もうひとつは、数字すうじの「下さがり方ほう」で見みているということです。正常せいじょう範囲はんいに入はいっているかどうかではなく、どれだけ落おちたかを見みます。だからこそ、始はじめる前まえの値あたいを知しっておく必要ひつようがあるのです。

リンという、いちばん地味じみで大切たいせつなもの

リフィーディングでいちばん問題もんだいになるのはリンです。理由りゆうを三みっつ挙あげます。

理由りゆう1 ── エネルギーの単位たんいそのものが作つくれなくなる

ATP は「アデノシン三さんリン酸さん」です。リン酸さんが三みっつ、鎖くさりのようにつながっています。エネルギーは、このリン酸さんどうしのつなぎ目めに蓄たくわえられています。使つかうときは端はしのひとつを切きり離はなし、そのときに出でる力ちからを仕事しごとに変かえます。

つまりリンは、エネルギーを入いれる器うつわそのものです。器うつわがなければ、いくら燃料ねんりょうがあっても運はこべません。

血中けっちゅうのリンが下さがると、ATP が作つくれなくなります。すると、ATP を大量たいりょうに使つかっている場所ばしょから順じゅんに困こまります。心臓しんぞうの筋肉きんにく、呼吸こきゅうの筋肉きんにく、そして § 6 で書かいたナトリウム・カリウムのポンプ。電池でんちを維持いじするポンプ自体じたいが ATP で動うごいているので、ここが止とまると電気でんきの秩序ちつじょも崩くずれます。

アデノシン P P P ここを切ると力が出る リンが足りない = この器そのものが作れない → 心臓の収縮・呼吸の筋肉・細胞の電池を保つポンプ、すべてに響きます ※ ATP は単独では働きにくく、マグネシウムとくっついた形ではじめて使えます
ATP のかたち。エネルギーはリン酸さんのつなぎ目めに入はいっています。リンがなければ、この器うつわそのものが作つくれません。

理由りゆう2 ── 赤血球せっけっきゅうが、酸素さんそを手放てばなせなくなる

これはあまり知しられていませんが、体からだの感かんじ方ほうに直結ちょっけつする話はなしです。

赤血球せっけっきゅうのなかにはヘモグロビンがあり、肺はいで酸素さんそを受うけ取とって全身ぜんしんに配くばります。ただし、受うけ取とるだけでは配達はいたつになりません。届とどけ先さきで手放てばなさなければ意味いみがない。

この「手放てばなす」働はたらきを助たすけているのが、赤血球せっけっきゅうのなかにある2,3-BPG(2,3-ビスホスホグリセリン酸さん)という物質ぶっしつです。名前なまえに「ホスホ」とあるとおり、これもリン酸さんからできています。

リンが不足ふそくすると 2,3-BPG が減へり、ヘモグロビンは酸素さんそを抱かかえ込こんだままになります。血液けつえき検査けんさの酸素さんその値あたいも、指先ゆびさきで測はかる酸素さんそ飽和ほうわ度ども正常せいじょうなのに、組織そしきには酸素さんそが渡わたっていないという状態じょうたいが起おこりえます。

ふつうのとき O₂ 組織で手放す 筋肉へ リンが足りないとき O₂ 手放せない 届かない 指先で測る酸素の値は正常なのに、体はだるい ── ということが起こりえます。 配達員が荷物を持って着いているのに、手を離せない状態にたとえられます。 2,3-BPG もリン酸からできています。だからリンが減ると、渡す力が落ちます。
リンが減へると赤血球せっけっきゅうは酸素さんそを抱かかえ込こんだままになります。運はこんではいるのに、渡わたせていない状態じょうたいです。

理由りゆう3 ── 骨ほねと細胞膜さいぼうまくの材料ざいりょうでもある

リンは骨ほねの主成分しゅせいぶんのひとつでもあり、細胞膜さいぼうまく(リン脂質ししつ)の材料ざいりょうでもあり、遺伝子いでんし(DNA・RNA)の骨格こっかくでもあります。つまり体からだをつくり直なおそうとするとき、あらゆる場面ばめんで同時どうじに必要ひつようになる元素げんそです。

回復期かいふくきは、まさに体からだをつくり直なおしている時期じきです。需要じゅようがいちばん高たかまるときに、いちばん足たりない ── これがリンという元素げんその位置いちづけです。

カリウムが動うごくと、心臓しんぞうのリズムが変かわります

リンの次つぎに問題もんだいになるのがカリウムです。

§6 で書かいたとおり、カリウムは細胞さいぼうの内ないと外そとの差さそのもの、つまり体からだの電池でんちの電圧でんあつを決きめています。栄養えいようを再開さいかいしてインスリンが出でると、血ちの中なかのカリウムが細胞さいぼうへ引ひき込こまれ、血中けっちゅうの値あたいが下さがります。

血中けっちゅうのカリウムが下さがると、細胞さいぼうの内ないと外そとの差さが広ひろがります。電圧でんあつが変かわるということです。すると、電気でんきで動うごいている臓器ぞうきの挙動きょどうが変かわります。

  • 骨格こっかく筋すじ ── 力ちからが入はいりにくくなる。だるさ、脱力だつりょく
  • 消化管しょうかかんの筋肉きんにく ── 動うごきが鈍にぶる。お腹なかが張はる、便びんが止とまる
  • 心臓しんぞう ──リズムが乱みだれる

三みっつめが、いちばん怖こわいところです。

心電図しんでんずに、それが映うつります

心電図しんでんずというのは、心臓しんぞうが動うごくときに出でる電気でんきを、皮膚ひふの上うえから記録きろくしたものです。カリウムが下さがると、この波形はけいに特徴的とくちょうてきな変化へんかが出でます。

ふつうの波形 P QRS T(電気を元に戻す波) カリウムが下がったとき T が平たくなる U 波が出る 波の前半(P・QRS)は心臓が縮む合図、後半(T)は電気を元に戻す過程です。 カリウムが関わるのは主に後半なので、変化はそこに出ます。 この乱れが強くなると、危険な不整脈につながることがあります。だから栄養を 始める前に一度、心電図を撮っておく価値があります。
カリウムが下さがると心電図しんでんずの後半こうはんが変かわります。心臓しんぞうが「電気でんきを元もとに戻もどす」過程かていが乱みだれているためです。

心電図しんでんずをとる意味いみは、もうひとつあります。長ながい低てい栄養えいようでは脈みゃくがゆっくりになり、心臓しんぞうそのものが小ちいさくなることがあります。これは省しょうエネの結果けっかで、それ自体じたいはよくある適応てきおうです。ただし、そこへ後述こうじゅつする水分すいぶんの負荷ふかが加くわわると耐たえられないことがあるので、始はじめる前まえの状態じょうたいを知しっておくことに意味いみがあります。

マグネシウムは、脇わきにいてすべてを支ささえています

マグネシウムは目立めだたない元素げんそですが、抜ぬけると全体ぜんたいが崩くずれます。役割やくわりを三みっつだけ。

ひとつめ。ATP はマグネシウムとくっついてはじめて働はたらきます。教科書きょうかしょでは ATP と書かきますが、実際じっさいに酵素こうそが使つかっているのは Mg-ATP という形かたちです。マグネシウムが足たりないと、ATP があっても使つかえません。

ふたつめ。ナトリウム・カリウムのポンプを動うごかすのにも要いります。電池でんちを保たもつポンプが弱よわれば、カリウムの秩序ちつじょも保たもてません。

みっつめが臨床りんしょう的てきにいちばん大事だいじです。マグネシウムが低ひくいと、カリウムがいくら補おぎなっても上あがりません。腎臓じんぞうでカリウムが漏もれ出でるのを止とめられなくなるからです。だから低ていカリウムがなかなか直なおらないとき、医療者いりょうしゃはマグネシウムを確認かくにんします。

リン・カリウム・マグネシウムは、別々べつべつの問題もんだいではありません。ひとつが崩くずれると隣となりも崩くずれる、連動れんどうした三みっつ組くみとして見みる必要ひつようがあります。だから採血さいけつではこの三みっつを並ならべて測はかります。

ビタミンB1は、糖とうを燃もやす炉ろの点火てんか装置そうちです

§3 の図ずで、丸まるをつけた三みっつめの場所ばしょを覚おぼえているでしょうか。ピルビン酸さんをミトコンドリアに入いれる入口いりぐちです。

この入口いりぐちを通とおすには、ビタミンB1(チアミン)が要いります。B1 は、ピルビン酸さんを次つぎの形かたちに変かえる酵素こうその部品ぶひんだからです。B1 がないと、ピルビン酸さんはミトコンドリアに入いれず、行ゆき場ばを失うしなって乳酸にゅうさんに変かわります。

体からだに蓄たくわえられている B1 の量りょうは多おおくありません。全部ぜんぶで三十さんじゅうミリグラムほどで、まったく入はいってこなければ二に週間しゅうかんから三さん週間しゅうかんで底そこをつきます。長ながく食たべる量りょうが少すくなければ、すでに減へっていると考かんがえるのが自然しぜんです。

ここに、糖とうを大量たいりょうに入いれるとどうなるか。

B1 の需要じゅようが一気いっきに増ふえます。糖とうを燃もやすほど B1 を使つかうからです。もともと足たりないところに需要じゅようが急増きゅうぞうするので、一気いっきに枯かれます。すると糖とうはミトコンドリアに入いれず、乳酸にゅうさんだけが増ふえます。エネルギーは作つくられないのに、血液けつえきは酸性さんせいに傾かたむきます。

そしてもうひとつ。B1 が極端きょくたんに不足ふそくすると、脳のうの特定とくていの場所ばしょが障害しょうがいを受うけます。ものが二に重じゅうに見みえる、目めが揺ゆれる、歩あるくとふらつく、話はなしのつじつまが合あわなくなる ── こうした症状しょうじょうが出でる状態じょうたいをウェルニッケ脳症のうしょうといいます。放置ほうちすると記憶きおくに永続えいぞく的てきな影響えいきょうが残のこることがあり、しかも適切てきせつに補おぎなえば防ふせげる種類しゅるいの障害しょうがいです。

ピルビン酸 B1 が要る入口 ミトコンドリアへ ATP 乳酸 B1 がないとこちらへ流れます エネルギーは出ず、血液は酸性に傾きます たくわえは約 30 mg = 2〜3 週間ぶん。糖を増やすほど早く底をつきます。
ビタミンB1が足たりないと、ピルビン酸さんは入口いりぐちをくぐれず乳酸にゅうさんに流ながれます。糖とうを増ふやすほど需要じゅようが上あがるので、再開さいかい時じにいちばん枯かれやすい栄養素えいようそです。

英国えいこくの指針ししん(NICE)では、リフィーディングの危険きけんが高たかい人ひとについて、栄養えいようを始はじめる直前ちょくぜんから最初さいしょの十日間とおかかん、ビタミンB1などを補おぎなう手順てじゅんが示しめされています。ただしこれは医療者いりょうしゃが管理かんりする予防策よぼうさくであり、自分じぶんの判断はんだんで市販しはんのサプリメントを大量たいりょうに飲のむための指示しじではありません。必要ひつような量りょうも形かたちも、体からだの状態じょうたいによって変かわるからです。

塩しおと水みずが戻もどってくるとき

もうひとつ、見落みおとされやすい経路けいろがあります。

インスリンには、腎臓じんぞうでナトリウムを再さい吸収きゅうしゅうさせる働はたらきもあります。尿にょうから出でていくはずのナトリウムを、体からだに引ひき止とめるのです。§6 で書かいたとおり、ナトリウムは水みずを引ひき連つれます。ですから栄養えいようを再開さいかいすると、体からだに水みずがたまります。

健康けんこうな人ひとなら、増ふえた水みずは心臓しんぞうが普通ふつうに処理しょりします。ところが長ながい低てい栄養えいようでは、心臓しんぞうの筋肉きんにくそのものが小ちいさくなり、余力よりょくが落おちています。小ちいさくなったポンプに、急きゅうに多おおい水みずが回まわってくることになります。

栄養の再開 インスリン ↑ 腎臓が Na を引き止める 水がたまる / 血液量が増える 小さくなった心臓に負担 起こりうること ── 足のむくみ、息切れ、横になると苦しい、体重の急な増加 回復期の体重増加には、脂肪でも筋肉でもない「水」が混ざります。
栄養えいようの再開さいかいは、電解質でんかいしつだけでなく水みずの問題もんだいでもあります。心臓しんぞうの余力よりょくが落おちているところに、急きゅうな容量ようりょう負荷ふかがかかります。

ここから実際的じっさいてきな教訓きょうくんがひとつ出でてきます。回復期かいふくきのはじめの体重たいじゅうは、あてになりません。数日すうじつで一いちキロ、二にキロと増ふえることがありますが、その多おおくは水みずです。逆ぎゃくに水みずが抜ぬければ簡単かんたんに減へります。ですから体重たいじゅうの上下じょうげに一喜一憂いっきいちゆうしても、体からだの中なかで起おきていることは分わかりません。見みるべき指標しひょうはほかにあります(§22)。

だから、最初さいしょにすることは食たべる量りょうを決きめることではありません

ここまでを一度いちどまとめます。

  • 長ながく足たりない状態じょうたいが続つづくと、リン・カリウム・マグネシウム・ビタミンB1 の体からだ全体ぜんたいの量りょうが減へっている
  • ところが採血さいけつの値あたいは正常せいじょうに見みえることがある
  • 栄養えいようを戻もどすと、これらが一気いっきに消費しょうひ・移動いどうして足たりなくなる
  • 同時どうじに水みずがたまり、小ちいさくなった心臓しんぞうに負担ふたんがかかる
  • 危あぶないのは最初さいしょの数日すうじつに集中しゅうちゅうしている

この五いつつから導みちびかれる結論けつろんは、ひとつです。

食たべる量りょうを決きめるより先さきに、いまの体からだの状態じょうたいを数字すうじにしておく。

「元気げんきそう」は安全あんぜんの根拠こんきょになりません。この状態じょうたいの体からだは、驚おどろくほどよく適応てきおうしているので、かなり厳きびしい数値すうちでも普通ふつうに見みえることがあります。見みた目めは指標しひょうではないのです。

何なにを見みるのか、そしてなぜそれを見みるのか

医療機関いりょうきかんで確認かくにんされる項目こうもくには、それぞれ理由りゆうがあります。理由りゆうが分わかっていると、検査けんさは「やらされるもの」ではなく「知しるための道具どうぐ」になります。

見みるものなぜ見みるのか
安静あんせい時じの脈みゃく・血圧けつあつ心臓しんぞうがどこまで省しょうエネに入はいっているか
立たったときの脈みゃくと血圧けつあつの変化へんか循環じゅんかんに余力よりょくがあるか。ふらつきの原因げんいん
体温たいおん体温たいおんを上あげる余裕よゆうが残のこっているか
心電図しんでんずリズムの乱みだれ、電解質でんかいしつの影響えいきょう、QTの延長えんちょう
リン・カリウム・マグネシウム再開さいかい時じにいちばん動うごく三みっつ組くみ。開始かいし前まえの値あたいが基準きじゅんになる
血糖けっとう低血糖ていけっとうがないか。肝臓かんぞうに蓄たくわえが残のこっているか
血ち算さん(赤血球せっけっきゅう・白血球はっけっきゅう・血小板けっしょうばん)骨髄こつずいまで影響えいきょうが及およんでいないか
肝機能かんきのう・腎じん機能きのう飢餓きがは肝臓かんぞうの数値すうちを動うごかすことがある
アルブミンなどただし低てい栄養えいようの指標しひょうとしては当あてになりにくい
甲状腺こうじょうせん(TSH・FT4)省しょうエネ適応てきおうで低ひくめに出でることがある
月経げっけいに関かかわるホルモンLH・FSH・エストラジオール・プロラクチンなど

いちばん大事だいじなのは、リン・カリウム・マグネシウムの「開始かいし前まえの値あたい」です。§8 で書かいたとおり、危険きけんの判定はんていは正常せいじょう範囲はんいかどうかではなく、どれだけ下さがったかで行おこないます。比くらべる元もとの値あたいがなければ、下さがったかどうかも分わかりません。

先さきに医療機関いりょうきかんで相談そうだんしたほうがよい状態じょうたい

次つぎのようなことがあるときは、食生活しょくせいかつを工夫くふうするより先さきに、体からだの評価ひょうかを受うけるほうが優先度ゆうせんどが高たかくなります。

  • 脈みゃくがとても遅おそい、または速はやい
  • 血圧けつあつが低ひくい、立たちくらみが強つよい、気きを失うしなったことがある
  • 胸むねが痛いたい、動悸どうきがする、息いきが切きれる
  • 力ちからが入はいらない、立たっているのがつらい
  • 意識いしきがぼんやりする、話はなしが噛かみ合あわないと言いわれる
  • 食事しょくじも水分すいぶんもほとんどとれない日ひが続つづいている

これらは「がんばりが足たりない」ではなく、体からだがすでに余力よりょくを使つかい切きっているというサインです。責せめる材料ざいりょうではなく、助たすけを借かりる合図あいずとして読よんでください。

急いそいではいけない、でも遅おそければいいわけでもない

リフィーディングの話はなしをすると、「では、ごく少すこしずつ増ふやせばいいのか」と思おもわれがちです。ここは少すこし丁寧ていねいに書かきます。

従来じゅうらいの指針ししん、とくに英国えいこくの NICE は、危険きけんが高たかい人ひとについては非常ひじょうに慎重しんちょうな開始かいし量りょうを示しめしてきました。体重たいじゅうが少すくなすぎること(BMI 16 未満みまん)だけでも高こうリスクに該当がいとうします。この考かんがえ方かたは長ながく標準ひょうじゅんでした。

ところが近年きんねん、入院にゅういんして管理かんりされている若わかい患者かんじゃでは、従来じゅうらいより高たかいエネルギーから始はじめても電解質でんかいしつの異常いじょうは増ふえず、むしろ体からだが早はやく安定あんていしたという比較ひかく試験しけんの結果けっかが複数ふくすう出でています。米国べいこくの思春期ししゅんき医学いがくの学会がっかいも、入院下にゅういんかであれば従来じゅうらいより高たかいところから始はじめ、より速はやく増ふやす手順てじゅんを採用さいようしうるという立場たちばを示しめしています。

つまり現在げんざいの知見ちけんは、「全員ぜんいんがごく少量しょうりょうから始はじめるべきだ」という単純たんじゅんなものではありません。

ただし、この研究けんきゅうがどんな条件じょうけんで行おこなわれたかを見落みおとしてはいけません。

  • 病院びょういんの中なかである
  • 血液けつえき検査けんさを頻回ひんかいに行おこなえる
  • 足たりないものをすぐ点滴てんてきなどで補おぎなえる
  • 医師いしと管理栄養士かんりえいようしが毎日まいにちみている

この条件じょうけんがあってはじめて、速はやく増ふやすことが安全あんぜんになります。病院びょういんで安全あんぜんだった手順てじゅんを、そのまま自宅じたくで真似まねすることはできません。監視かんしと補正ほせいがセットになってはじめて成立せいりつする話はなしだからです。

本質ほんしつは「できるだけ遅おそく食たべる」ことではありません。危険きけんを測はかりながら、十分じゅうぶんな栄養えいようを適切てきせつな速はやさで戻もどすことです。遅おそすぎることにも害がいがあります ── 低てい栄養えいようが続つづくあいだ、心臓しんぞうも骨ほねも筋肉きんにくも削けずられ続つづけるからです。

だからこの文章ぶんしょうでは、具体的ぐたいてきな開始かいしのカロリーを書かきません。それは体からだの状態じょうたいを見みた人ひとが決きめることで、文章ぶんしょうが決きめられることではないからです。ここで書かけるのは、なぜ人ひとに決きめてもらう価値かちがあるのかという理由りゆうのほうです。

食欲しょくよくを待またない、という設計せっけい

安全あんぜんの確認かくにんがすんで、増ふやしていく段階だんかいに入はいったとします。ここで壁かべになるのが、§5 で見みた「欲求よっきゅうそのものが細ほそくなっている」という問題もんだいです。

一般的いっぱんてきな食事しょくじの助言じょげんは、たいてい空腹くうふくを前提ぜんていにしています。「お腹なかが空あいたら食たべましょう」「腹八分はらはちぶ目めに」。これらは空腹くうふくという信号しんごうが正常せいじょうに届とどいている人ひとのための言葉ことばです。信号しんごうそのものが弱よわっている体からだには、うまく噛かみ合あいません。

そこで、考かんがえ方かたを入いれ替かえます。

空腹くうふくを待まつ方式ほうしき「お腹なかが空あいたら食たべる」。信号しんごうが届とどく人ひとにはうまく働はたらく
入いれ替かえる
時間じかんで決きめる方式ほうしき「この時刻じこくになったら食たべる」。信号しんごうを待またずに済すむ

時間じかんで決きめる、というのは味気あじけなく聞きこえるかもしれません。けれど、これは意志いしの力ちからに頼たよらなくてよくするための工夫くふうです。食たべられなかった日ひに「自分じぶんの意志いしが弱よわかった」と考かんがえなくて済すむようにする、という意味いみもあります。

早はやく満腹まんぷくになってしまう、という別べつの壁かべ

もうひとつ、よくある壁かべがあります。少すこし食たべただけでお腹なかがいっぱいになるという感覚かんかくです。

これにも体からだの側がわの理由りゆうがあります。長ながく食たべる量りょうが少すくないと、胃いそのものが小ちいさくなり、胃いから先さきへ送おくり出だす動うごきも遅おそくなります。加くわえて §10 で書かいたとおり、カリウムが下さがっているときは消化管しょうかかんの筋肉きんにくの動うごきが鈍にぶります。つまり「胃いが小ちいさくなっている + 送おくり出だしが遅おそい + 動うごきが鈍にぶい」が重かさなった状態じょうたいです。

この状態じょうたいで大おおきな皿さらを目めの前まえに置おかれると、食たべる前まえから気持きもちが折おれます。しかも実際じっさいに入はいらないので、残のこすことになる。そして残のこしたことが失敗しっぱいとして記憶きおくされる。

大皿を一回 実際に入るのはここまで 残りは「残した」という記憶になる 小分けを何回か 一回ぶんが小さいので、毎回食べきれる 合計はこちらのほうが多くなります 胃が小さくなり、送り出しが遅くなっているので、一度に入る量には上限があります。 量を増やすのではなく、機会を増やす。同じ結論に、別の道から着きます。
一度いちどに多おおく出だすほど、入はいる量りょうはかえって減へります。回数かいすうを分わけたほうが、合計ごうけいは増ふえます。

食たべたい気持きもちが消きえる前まえに、食たべられるように

もうひとつ、環境かんきょうの話はなしをします。

食欲しょくよくが弱よわい状態じょうたいでは、たまに訪おとずれる「食たべたい」という感覚かんかくが、長ながく続つづきません。数分すうふんで消きえてしまうこともあります。ここに、よくある落おとし穴あながあります。

食たべたいと思おもう。注文ちゅうもんする。届とどくのを待まつ。待まっているあいだに食欲しょくよくが消きえる。届とどいたときにはもう食たべられない。

これは意志いしの問題もんだいではなく、時間差じかんさの問題もんだいです。信号しんごうが弱よわくて短みじかいのに、それに応こたえる手段しゅだんが遅おそい。

だとすれば、直なおすべきは意志いしではなく段取だんどりのほうです。食たべたいと思おもってから口くちに入はいるまでの時間じかんを、できるだけ短みじかくする。すぐ食たべられるものが手ての届とどくところにある状態じょうたいを作つくっておく。調理ちょうりを挟はさまないもの、袋ふくろを開あけるだけのもの、飲のむだけのものを常備じょうびしておく。

こう書かくと「ちゃんとした食事しょくじではない」と感かんじるかもしれません。けれど、いまの目的もくてきは献立こんだての良よし悪あしではなく、エネルギーの流ながれを細ほそいままにしないことです。栄養えいようの質しつを整ととのえるのは、流ながれが戻もどってからでも間まに合あいます。

評価ひょうかするのは「完食かんしょくできたか」ではなく、食たべる機会きかいが何回なんかいあったか、合計ごうけいでどれだけ入はいったかです。一回いっかいごとの成功せいこうと失敗しっぱいで数かぞえると、失敗しっぱいの記憶きおくばかりが積つみ上あがります。数かぞえる単位たんいを変かえるだけで、続つづけやすさが変かわります。

なお、食欲しょくよくの弱よわさや食しょくへの関心かんしんの乏とぼしさそのものを治療ちりょうの対象たいしょうとする心理しんり療法りょうほうも研究けんきゅうが進すすんでいます。太ふとることへの恐おそれが中心ちゅうしんにある場合ばあいとは、必要ひつような手立てだてが違ちがいます。同おなじ「食たべられない」でも、中身なかみが違ちがえば道具どうぐも変かわるということです。

月経げっけいは、体からだの余裕よゆうを映うつしています

ここで、§4 の優先順位ゆうせんじゅんいの図ずに戻もどります。エネルギーが足たりないとき、体からだがいちばん先さきに手てを引ひくのが生殖せいしょくの機能きのうでした。その仕組しくみを、もう少すこし具体的ぐたいてきに見みます。

三みっつの臓器ぞうきが、順じゅんに指令しれいを伝つたえています

月経げっけいの周期しゅうきは、三みっつの場所ばしょが縦たてにつながって成なり立たっています。

① 視床下部 GnRH を一定のリズムで出す(パルス) ② 下垂体 LH・FSH を出す ③ 卵巣 卵胞が育ち、エストロゲンを出す エネルギー不足の 信号はここに届く レプチン↓ など 月経・骨・血管 ①のリズムが乱れると、②も③も動きません。原因は上流にあります。
視床ししょう下部かぶから卵巣らんそうまで、指令しれいは上うえから下したへ伝つたわります。上流じょうりゅうが止とまれば、下流かりゅうはすべて動うごきません。

視床ししょう下部かぶはGnRHというホルモンを、一定いっていのリズムで小刻こきざみに出だしています。連続れんぞくではなくパルス、つまり脈打みゃくうつように出だすことが重要じゅうようで、このリズムが下垂体かすいたいを動うごかします。下垂体かすいたいはLHとFSHを出だし、それが卵巣らんそうに届とどいて卵胞らんほうを育そだて、エストロゲンが作つくられます。

エネルギーが足たりないと、いちばん上流じょうりゅうの GnRH のリズムが乱みだれます。すると下流かりゅうはすべて止とまります。これが視床ししょう下部かぶ性せいの無月経むげっけいと呼よばれる状態じょうたいです。

ここで大事だいじなのは、問題もんだいがあるのは卵巣らんそうではないということです。卵巣らんそうは指令しれいを待まっているだけで、壊こわれているわけではありません。だから上流じょうりゅうが回復かいふくすれば、下流かりゅうも戻もどります。

ただし、月経げっけいが来こない理由りゆうはほかにもあります。甲状腺こうじょうせんの働はたらき、プロラクチンというホルモンの異常いじょう、多た嚢胞のうほう性せい卵巣らんそう症候群しょうこうぐん、卵巣らんそうそのものの問題もんだいなど、確たしかめるべきことがいくつもあります。エネルギー不足ふそくによるものだと決きめるには、ほかの原因げんいんを消けしていく必要ひつようがあります。だから採血さいけつでいくつものホルモンを測はかるのです。

記録きろくする意味いみ

月経げっけいを記録きろくすることには、婦人科ふじんか的てきな意味いみを超こえた価値かちがあります。

月経げっけいが戻もどるというのは、体からだが「外灯がいとうに電気でんきを回まわしてもいい」と判断はんだんしたということです。つまり、栄養えいよう状態じょうたいが回復かいふくしたかどうかを、体からだ自身じしんが採点さいてんしてくれている指標しひょうなのです。体重計たいじゅうけいの数字すうじよりも、ずっと内側うちがわの事情じじょうを映うつしています。

記録きろくするのは三みっつで足たります。周期しゅうきの間隔かんかく、一いち年ねんに何回なんかいあったか、薬くすりによらない自然しぜんな月経げっけいかどうか。

そして繰くり返かえしますが、これは最後さいごに戻もどるものです。数すうか月げつかかることを前提ぜんていにしてください。戻もどらない期間きかんが長ながいことは、努力どりょくが足たりない証拠しょうこではありません。

骨ほねのことは、いま静しずかに決きまっています

エストロゲンには、月経げっけいとは別べつのもうひとつの大おおきな役割やくわりがあります。骨ほねを守まもることです。

骨ほねは毎日まいにちつくり直なおされています

骨ほねは硬かたいので、完成かんせい品ひんのように思おもわれがちです。実際じっさいには毎日まいにち壊こわされて、毎日まいにちつくり直なおされています。壊こわす係かかりの細胞さいぼうと、つくる係かかりの細胞さいぼうが、いつも同時どうじに働はたらいています。

エストロゲンは、この壊こわす係かかりの働はたらきを抑おさえます。ですからエストロゲンが低ひくい状態じょうたいが続つづくと、壊こわす側がわに傾かたむき、骨ほねの量りょうが少すこしずつ減へっていきます。

さらに低てい栄養えいようでは、つくる側がわにも材料ざいりょうが回まわりません。カルシウムもリンもたんぱく質しつも足たりず、体重たいじゅうによる適度てきどな負荷ふかもかからない。壊こわす側がわが強つよまり、つくる側がわが弱よわるという、二に方向ほうこうからの目減めべりが起おこります。

こわす(骨吸収) つくる(骨形成) ふだんは釣り合っている エストロゲン↓ で 抑えが外れ、強まる 材料と負荷が足りず、 弱まる 両側から目減りするので、骨量は思ったより早く減ります。
骨ほねは毎日まいにちつくり直なおされています。エストロゲンが減へると壊こわす側がわが強つよまり、低てい栄養えいようだとつくる側がわが弱よわります。

測はかることに意味いみがあります

骨ほねの量りょうはDXAという検査けんさで測はかれます。横よこになっているだけで、数分すうふんで終おわります。

内分泌ないぶんぴつの学会がっかいの指針ししんでは、月経げっけいがない期間きかんが六ろくか月げつを超こえたら骨密度こつみつどを測はかることが勧すすめられています。加くわえて、栄養えいよう状態じょうたいが著いちじるしく不足ふそくしている場合ばあいや骨ほねがもろくなっている疑うたがいがある場合ばあいは、六ろくか月げつを待またずに測はかることを考かんがえてよいとされています。

測はかる意味いみは二ふたつあります。ひとつは、いまどの位置いちにいるかを知しること。もうひとつは、回復かいふくの効果こうかを確たしかめる物差ものさしになることです。骨ほねはゆっくりしか動うごかないので、一度いちど測はかっておかないと、あとで比くらべる相手あいてがありません。

骨ほねの話はなしは、いま痛いたみがないと後回あとまわしにされがちです。けれど骨量こつりょうが減へる時期じきというのは、たいてい何なにも感かんじません。感かんじるようになったときには、すでに時間じかんが経たっています。痛いたみがないうちに測はかることに、この検査けんさの価値かちがあります。

「運動うんどうする」より「寝ねたきりをやめる」

ここは誤解ごかいが起おきやすいところなので、はっきり書かきます。

体力たいりょくをつけたい、代謝たいしゃを上あげたい、と考かんがえて運動うんどうを増ふやしたくなることがあります。いまの段階だんかいでは、これは目標もくひょうにしません。

理由りゆうは単純たんじゅんです。いま起おきているのは消費しょうひが多おおすぎる問題もんだいではなく、摂取せっしゅが足たりない問題もんだいだからです。運動うんどうで消費しょうひを増ふやせば、足たりない差さはさらに開ひらきます。エネルギーが足たりない状態じょうたいで運動うんどうをしても、筋肉きんにくは増ふえません。§4 で見みたとおり、体からだが異化いか ── 分解ぶんかいの方向ほうこう ── に傾かたむいているからです。材料ざいりょうと余剰よじょうがなければ、体からだは組くみ立たてにとりかかりません。

内分泌ないぶんぴつの学会がっかいの指針ししんでも、エネルギー不足ふそくによる無月経むげっけいに対たいしては、摂取せっしゅを増ふやすことに加くわえて、必要ひつようなら運動量うんどうりょうを減へらしてバランスを立たて直なおすことが勧すすめられています。

では、なぜ体からだを動うごかすのか

それでも、まったく動うごかないほうがよいわけではありません。理由りゆうは別べつのところにあります。廃用はいようを防ふせぐためです。

廃用はいようというのは、使つかわないことによって機能きのうが落おちていくことです。筋肉きんにくは使つかわなければ落おちます。健康けんこうな人ひとでも、寝ねて過すごすだけで週しゅうに数かずパーセント減へると言いわれます。低てい栄養えいようが重かさなれば、もっと速はやく進すすみます。

横になっている時間が長い 殿筋・太もも・体幹が落ちる 立つ・座るのがつらくなる 目的は「代謝を上げる」ことではなく、この輪をゆるめておくことです。 栄養が戻ったとき、すぐ動きだせる体を残しておく、という考え方です。
動うごかないこと自体じたいが、次つぎの「動うごけなさ」を作つくります。この輪わを切きるのが目的もくてきです。

だから、いまの時期じきに体からだを動うごかす目的もくてきは「消費しょうひを増ふやす」ことではなく、「使つかえる状態じょうたいを保たもっておく」ことです。栄養えいようが戻もどったときに、そこから積つみ上あげられる土台どだいを残のこしておく。それだけです。

具体的ぐたいてきには、日常にちじょうの動作どうさ、部屋へやのなかの短みじかい移動いどう、つらくならない範囲はんいでの短みじかい歩行ほこう。横よこになっている時間じかんを、ときどき切きること。これで十分じゅうぶんです。

逆ぎゃくに、いまの段階だんかいで目標もくひょうにしないほうがよいものも挙あげておきます。歩数ほすうの目標もくひょう、消費しょうひカロリーの目標もくひょう、走はしること、強度きょうどの高たかい運動うんどう、長ながい距離きょりの歩行ほこう、重おもい負荷ふかの筋力きんりょくトレーニング。これらはすべて、栄養えいようが戻もどってからのほうが効ききます。同おなじ努力どりょくなら、効きくときにしたほうがいいのです。

尾骨びこつと腰こしが痛いたむわけ

座すわっていると尾びてい骨こつのあたりが痛いたむ、腰こしが重おもい ── これも、ここまでの話はなしとつながっています。

クッションが薄うすくなっています

椅子いすに座すわったとき、体重たいじゅうを受うけているのは主おもに坐骨ざこつという左右さゆうの骨ほねと、その後うしろにある尾骨びこつです。ふだんはこの骨ほねと椅子いすのあいだに、殿筋でんきんという厚あつい筋肉きんにくと皮下ひか脂肪しぼうが挟はさまっていて、圧力あつりょくを分散ぶんさんしています。

低てい栄養えいようが続つづくと、この筋肉きんにくと脂肪しぼうが薄うすくなります。すると同おなじ姿勢しせいで座すわっても、骨ほねに直接ちょくせつかかる圧あつが上あがります。座布団ざぶとんが薄うすくなった状態じょうたいです。

クッションが十分なとき 骨(坐骨・尾骨) 殿筋と皮下脂肪 椅子 圧が広く分かれる 薄くなったとき 薄い 圧が一点に集まる 同じ椅子に同じ時間すわっても、かかる圧はまったく違います。 痛みの原因は姿勢の悪さだけではなく、クッションの厚みの問題でもあります。 だから根本の対策は、栄養が戻って軟部組織が回復することになります。
骨ほねと椅子いすのあいだのクッションが薄うすくなると、同おなじ姿勢しせいでも骨ほねにかかる圧あつが上あがります。

ここに、長時間ちょうじかんの同おなじ姿勢しせいが重かさなります。横よこになって本ほんを読よむ、座すわったまま動うごかない。同おなじ場所ばしょに、同おなじ向むきの圧あつが、長ながく加くわわり続つづけます。

いまできること

根本こんぽんの解決かいけつは、栄養えいようが戻もどって筋肉きんにくと脂肪しぼうが回復かいふくすることです。時間じかんがかかります。それまでのあいだにできるのは、圧あつのかかり方ほうを変かえることです。

  • 同おなじ姿勢しせいを続つづける時間じかんを短みじかくする。三十分さんじっぷんから一時間いちじかんごとに、少すこしでも姿勢しせいを変かえる
  • 尾骨びこつのあたりが当あたらない形かたちのクッションを使つかう。後うしろが切きれているものが、この目的もくてきに合あいます
  • 横よこになって長時間ちょうじかん読よむのをやめ、書見しょけん台だいなどで体勢たいせいを変かえられるようにする

そして、やめておいたほうがよいこともあります。尾骨びこつを強つよく押おす、引ひっ張ぱる、鳴ならすといったことです。骨ほねと骨ほねをつなぐ組織そしきが痛いたんでいる可能性かのうせいがあるところに、強つよい力ちからを加くわえるのは割わりに合あいません。痛いたみが強つよい、長ながく続つづく、場所ばしょがはっきりしているといった場合ばあいは、画像がぞうで確たしかめてもらうほうが早道はやみちです。

眠ねむれない夜よるのこと

最後さいごに眠ねむりの話はなしをします。

短みじかく眠ねむる体質たいしつの人ひとはいます。それ自体じたいは、日中にっちゅうに困こまっていなければ必かならずしも問題もんだいではありません。ですからここで扱あつかうのは、睡眠時間すいみんじかんの長ながさそのものより、眠ねむれないことへの苛立いらだちのほうです。

焦あせりが、眠ねむりを遠とおざけます

眠ねむりに入はいるには、脳のうの覚醒かくせいの水準すいじゅんが下さがる必要ひつようがあります。ところが「早はやく眠ねむらなければ」と思おもうこと自体じたいが、覚醒かくせいの水準すいじゅんを上あげます。眠ねむろうと努力どりょくするほど眠ねむれない、という逆転ぎゃくてんが起おきるのはこのためです。

しかもここには、もうひとつの仕組しくみが働はたらきます。条件じょうけんづけです。

ベッドで眠ねむれずに苛立いらだつ夜よるが続つづくと、脳のうはベッドという場所ばしょを「苛立いらだつ場所ばしょ」として学習がくしゅうします。すると、ベッドに入はいった瞬間しゅんかんに緊張きんちょうが立たち上あがるようになります。眠ねむるための場所ばしょが、眠ねむれない場所ばしょとして記憶きおくされてしまうのです。

積み重なると ベッドに入る 眠れない・苛立つ 脳が学習 次からは、入った瞬間に緊張する だから対策は「眠ろうと努力する」ことではなく、 ベッドと眠りの結びつきを、もう一度作り直すことになります。 眠くなってから入る。眠れなければ一度出る。それだけで結びつきは変わります。
ベッドで起おきている時間じかんが長ながいほど、ベッドは「眠ねむる場所ばしょ」ではなくなっていきます。

結むすびつきを作つくり直なおす

眠ねむれないときに一度いちどベッドから出でて、静しずかに本ほんを読よみ、眠ねむくなったら戻もどる ── これは理りにかなっています。刺激しげき制御せいぎょ法ほうと呼よばれる方法ほうほうと、方向ほうこうがほとんど同おなじだからです。米国べいこくの睡眠すいみん医学いがくの学会がっかいも、慢性まんせいの不眠ふみんに対たいする治療ちりょうの選択肢せんたくしとして挙あげています。

そのうえで、少すこしだけ整ととのえると効ききやすくなります。

  • 五分ごふんで判定はんていしない。入眠にゅうみんにかかる時間じかんには幅はばがあります。五分ごふん眠ねむれなかったことは失敗しっぱいではありません
  • 時計とけいを見みない。経過けいか時間じかんを確認かくにんする行為こういそのものが、覚醒かくせいを上あげます
  • 十分じゅうぶんに眠ねむくなってからベッドに入はいる
  • ベッドで目めが冴さえて苛立いらだってきたら、一度いちど離はなれる
  • 明あかりは暗くらめにして、静しずかな読書どくしょにとどめる
  • 眠気ねむけが戻もどったら、また入はいる
  • 起おきる時刻じこくは、なるべく動うごかさない

最後さいごの一ひとつは効果こうかが大おおきいところです。眠ねむりのリズムは、寝ねる時刻じこくよりも起おきる時刻じこくと光ひかりで決きまる部分ぶぶんが大おおきいからです。

ひとつ注意ちゅういがあります。眠ねむれる時間じかんが短みじかいからといって、自己流じこりゅうで寝床ねどこにいる時間じかんをさらに削けずるのはやめてください。睡眠すいみんを圧縮あっしゅくする方法ほうほうは治療ちりょうとして存在そんざいしますが、もともと総そう睡眠時間すいみんじかんがかなり短みじかい場合ばあいには、削けずりすぎになりかねません。

それから、いまの睡眠時間すいみんじかんが本当ほんとうはどれくらいなのかを、一度いちど記録きろくしてみる価値かちがあります。眠ねむれていないと感かんじている時間じかんと、実際じっさいに眠ねむっている時間じかんは、しばしばずれます。数日すうじつぶん書かき出だすだけで、見みえ方かたが変かわることがあります。

何なにを見みて、よくなっていると判断はんだんするか

ここまで読よむと、見みるべきものが体重たいじゅうひとつではないことが分わかると思おもいます。整理せいりしておきます。

安全あんぜんに関かかわるもの ── 最初さいしょの数日すうじつはここだけ見みます

栄養えいようを増ふやしはじめた直後ちょくごは、ほかのことは後回あとまわしでかまいません。見みるのはこれだけです。

リン、カリウム、マグネシウム、血糖けっとう、脈みゃく、血圧けつあつ、立たったときの変化へんか、心電図しんでんず、むくみ、息苦いきぐるしさ。

§8 で書かいたとおり、変化へんかは最初さいしょの五日間いつかかんに集中しゅうちゅうします。この期間きかんだけは頻度ひんどを上あげて確認かくにんする価値かちがあります。

最初の 5 日ほど 電解質・循環をこまめに 見る時期 数週間 食べられる量、吐き気、 お腹の張り、立ちくらみ 数か月から年 筋力、腰の痛み、眠り、 月経、骨 見る対象は時期とともに移ります。最初から全部を見ようとすると、続きません。 逆に、最初の数日だけは「体重」も「体力」も見なくてかまいません。 この時期の目的は、増やすことではなく、安全に立ち上げることだからです。
危険きけんが集中しゅうちゅうしているのは最初さいしょの数日すうじつです。ここを越こえると、見みるものが変かわっていきます。

食たべることに関かかわるもの

落おち着ついてきたら、次つぎはここを見みます。

食たべる機会きかいが一日いちにちに何回なんかいあったか。そのうちどれくらい実際じっさいに入はいったか。どのくらいで満腹まんぷくになるか。吐はき気けやお腹なかの張ばりはあるか。食たべたいと思おもってから消きえるまでどのくらいか。食たべることが心理的しんりてきにどれくらい負担ふたんか。

体重たいじゅうも記録きろくはします。ただし §13 で書かいたとおり、はじめのうちは水みずの出入でいりが大おおきく混まざります。数日すうじつ単位たんいの増減ぞうげんで判断はんだんしないようにしてください。週しゅうや月つきの傾かたむきで見みるほうが、実態じったいに近ちかくなります。

体からだの働はたらきに関かかわるもの

横よこになっている時間じかん。続つづけて座すわっていられる時間じかん。歩あるける距離きょり。立たちくらみの頻度ひんど。腰こしや尾骨びこつの痛いたみの強つよさ。

これらは体重たいじゅうより遅おくれて動うごきますが、生活せいかつの質しつに直結ちょっけつする指標しひょうです。体重たいじゅうが同おなじでも、座すわっていられる時間じかんが二十分にじっぷんから一時間いちじかんに伸のびていれば、それは確実かくじつな前進ぜんしんです。

眠ねむりに関かかわるもの

寝ねつくまでの時間じかん。合計ごうけいで眠ねむれた時間じかん。途中とちゅうで目めが覚さめる回数かいすう。起おきたときの感かんじ。日中にっちゅうの眠気ねむけ。そして、眠ねむれないことへの苛立いらだちの強つよさ。

最後さいごのものが、いちばん先さきに改善かいぜんします。時間じかんより前まえに、苦くるしさのほうが軽かるくなります。

ホルモンと骨ほね

こちらは年とし単位たんいです。月経げっけいの間隔かんかく、一いち年ねんに何回なんかいあったか、ホルモンの値あたい、骨密度こつみつど。

ここが動うごいたときは、体からだの根ねっこが回復かいふくしたということです。いちばん遅おくれて動うごくぶん、いちばん確たしかな指標しひょうでもあります。

どこから手てをつけると、割わりに合あうか

やるべきことをすべて並ならべると、途方とほうに暮くれます。ここでは、得とくられるものと負担ふたんの釣つり合あいで並ならべ替かえてみます。

いますることどう釣つり合あうか
体からだの状態じょうたいを数字すうじにする(採血さいけつ・心電図しんでんず・血圧けつあつ)得えるものが大おおきく、負担ふたんは一度いちどきり。最優先さいゆうせん
栄養えいようを安全あんぜんに戻もどす計画けいかくを人ひとと立たてる得えるものが最もっとも大おおきい。危険きけんが集中しゅうちゅうする時期じきだけ手てを借かりる
リン・カリウム・マグネシウムを見みる危険きけんを早はやく捕つかまえられる。負担ふたんは採血さいけつだけ
すぐ食たべられるものを手元てもとに置おく負担ふたんがほぼなく、効ききはじめが早はやい
横よこになっている時間じかんを分わける負担ふたんが小ちいさく、あとの回復かいふくを守まもる
眠ねむりとベッドの結むすびつきを作つくり直なおす負担ふたんがなく、苦くるしさが先さきに減へる
尾骨びこつにかかる圧あつを逃にがす負担ふたんがなく、日常にちじょうの痛いたみが減へる

いっぽう、いまはまだ順番じゅんばんが来きていないものもあります。

いまは待まつこと理由りゆう
本格的ほんかくてきな筋力きんりょくトレーニング材料ざいりょうと余剰よじょうが揃そろってからのほうが効ききます
長時間ちょうじかんの歩行ほこうや有ゆう酸素さんそ運動うんどう足たりない差さを広ひろげます
自己流じこりゅうで一気いっきに食たべる量りょうを増ふやす危険きけんが集中しゅうちゅうする時期じきを、監視かんしなしで通とおることになります
サプリメントを自分じぶんの判断はんだんで大量たいりょうに飲のむ必要ひつような種類しゅるいも量りょうも、体からだの状態じょうたいで変かわります
尾骨びこつを強つよく押おす、引ひっ張ぱる施術しじゅつ得とくられるものが不確ふたしかで、傷いためうるものがはっきりしています

この二ふたつの表ひょうを見比みくらべると、ひとつのことに気きづきます。いま効きくことは、どれも負担ふたんが小ちいさいのです。大おおきな決心けっしんが要いることは、たいてい順番じゅんばんがまだ来きていません。

最もっとも割わりに合あう五いつつを挙あげるなら、こうなります。体からだの状態じょうたいを数字すうじにすること。食欲しょくよくを待またない仕組しくみを作つくること。危険きけんが集中しゅうちゅうする最初さいしょだけ人ひとの手てを借かりること。運動うんどうではなく寝ねたきりを減へらすこと。そして体重たいじゅう以外いがいの物差ものさしを持もつこと。どれも、今日きょうの気合きあいを必要ひつようとしません。

最後さいごに

長ながい文章ぶんしょうになりました。いちばん伝つたえたかったことを、もう一度いちどだけ書かきます。

この状態じょうたいの体からだは、失敗しっぱいしているのではありません。限かぎられたものを配くばりきるために、優先順位ゆうせんじゅんいをつけて、下したから順じゅんに手てを引ひいています。月経げっけいが止とまったのも、食欲しょくよくが細ほそったのも、筋肉きんにくがつかないのも、その配分はいぶんの結果けっかです。判断はんだんとしては正ただしく、しかも巧たくみです。

だから必要ひつようなのは、体からだを責せめることでも、努力どりょくを足たすことでもありません。もう配分はいぶんを絞しぼらなくていい、と体からだに伝つたわるだけの燃料ねんりょうを、体からだが受うけ取とれる速はやさで戻もどしていくことです。

そして、その「受うけ取とれる速はやさ」を測はかるために、最初さいしょだけ数字すうじと人ひとの手てを借かります。急いそがなくていい理由りゆうと、遅おくらせすぎてはいけない理由りゆうの両方りょうほうが、ここまでの説明せつめいのなかにあります。

もうひとつ。すぐには何なにも変かわりません。

物理学ぶつりがく者しゃの寺田てらだ寅彦とらひこに、藤ふじの実みを観察かんさつした短みじかい文章ぶんしょうがあります。長ながいあいだ枝えだにぶら下さがっていた実じつが、ある日ひいっせいにはじけた。前まえの日ひまで何なにも起おきていないように見みえたのに、条件じょうけんが積つみ重かさなって、ある一線いっせんを越こえた日ひに、まとめて起おきたのだ、という話はなしです。

体からだもこれに近ちかいところがあります。月経げっけいも、骨ほねも、筋肉きんにくも、少すこしずつ良よくなっていく様子ようすは見みえません。積つみ上あがっているあいだ、外そとからは何なにも起おきていないように見みえます。そして、ある時期じきを境さかいにまとめて動うごきはじめます。

見みえないあいだに何なにも起おきていないのではありません。線せんを越こえていないだけです。

体からだは、まだ何なにも諦あきらめていません。順番じゅんばんを待まっているだけです。