Note 08

学問がくもんとは何なにか [ 2026年ねんの知識ちしき体系たいけいを歩あるく ]

「何なにを学問がくもんと呼よぶか」を決きめてきたのは、いつも誰だれかの必要ひつようだった。分類ぶんるいは目的もくてきに従属じゅうぞくする。だから学問がくもんは木きではなく、動的どうてき・多た階層かいそう・多た中心ちゅうしん・循環型じゅんかんがたの知識ちしきネットワークである。

全ぜん 29 節せつ図版ずはん 122出典しゅってん 0初出しょしゅつ 2026-08-17更新こうしん 2026-08-20
00

問といを立たてる

学問がくもんとは何なにか(学问是什么 / What Is a Discipline?)

学問のネットワーク ── 点と、人間が引いた線
図ず 01144のスパイン学問がくもんと、原典げんてん由来ゆらいの型かた付つきリンク。そのあいだで脈打みゃくうっている点てんが、複数ふくすうの親おやを持もつ34のノードである。なぜ光ひかっているのかは、第だい12章じゅうにしょうで回収かいしゅうする。
読よみ方かた

人類じんるいは、世界せかいを切きり分わけてきた。

切きり方かたは、ひとつではなかった。

ここにあるのは、2026年ねん時点じてんの切きり分わけの地図ちずと、
その切きり方かたを決きめてきたものの記録きろくである。

スクロール誘導ゆうどうラベル: 144の学問 / 17の領域 / 730の依存関係

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星座線は空に実在しない。学問の境界線も同じである
図ず 02星座せいざ線せんは空そらに実在じつざいしない。学問がくもんの境界線きょうかいせんも同おなじである

1,181の学問がくもん / 17の領域りょういき / 6,831のシナプス

問いが問いのまま残り、方法と器を得たとき、それは学問になる
図ず 03問といが問といのまま残のこり、方法ほうほうと器うつわを得とくたとき、それは学問がくもんになる
探もとむ

探索たんさく ── まず、地図ちずの上うえを歩あるく

神経しんけい地図ちず(神经地图 / The Synapse Atlas)

この頁ページは最後さいごに、学問がくもんは木きではなくネットワークである、という結論けつろんへ着つく(第だい12章じゅうにしょう)。
ならばその網あみは、読よむ前まえに一度いちど、上うえから見みておくのがいい。

ここは三みっつの高度こうどを持もつ一いち枚まいの地図ちずである。
全体ぜんたい ── 17の領域りょういきが、どれだけ太ふとく結むすばれているか。
領域りょういき ── その骨格こっかくが、どの領域りょういきと話はなしているか。
学問がくもん ── 縦たてに包含ほうがんの木き、横よこにシナプス。

触さわると降おりる。領域りょういきの球きゅうを押おせばその領域りょういきへ、学問がくもんの点てんを押おせばその学問がくもんが中心ちゅうしんの網あみへ。中心ちゅうしんの学問がくもんをもう一度いちど押おすと、概要がいようと全ぜんシナプスの札ふだが下したに開ひらく。線せんの読よみ方かたは頁ページのほかの図ずと同おなじ ── 明あかるい実線じっせんが原典げんてん由来ゆらい、細ほそい線せんが本ほん設計せっけいの派生はせいである。流ながれる点線てんせんは、いま最もっとも太ふとい束たばを示しめす。

神経地図 ── シナプスを歩く

狭せまい画面がめんでは、地図ちずを横よこに動うごかして全体ぜんたいを見みる。

覧らん

辞典じてん ── すべてを引ひける総覧そうらん

学問がくもん総覧そうらん(学问总览 / The Atlas of Disciplines)

ここは辞典じてんであり、何度なんどでも戻もどってくる場所ばしょである。
論説ろんせつ(第だい1章いっしょう〜第だい12章じゅうにしょう)を読よむ前まえでも、あとでも。

折おり畳たたみは表示ひょうじの制御せいぎょであって、削除さくじょではない。
1,181 の学問がくもんと 201 の ASJC ラベルは、すべてここから引ひける。

探さがし方かたは三みっつ。検索けんさく(日本語にほんご・簡体字かんたいじ・英語えいご・概要がいよう文ぶんを同時どうじに見みる)、絞しぼり込こみ(軸じくで切きると、領域りょういきを横断おうだんした顔かおぶれが現あらわれる)、領域りょういきの棚たな(17領域じゅうななりょういきを上うえから順じゅんに開ひらく)。絞しぼり込こみの数かずは、親おやからの継承けいしょうを実体化じったいかした実効じっこう軸じくで数かぞえてある。どの学問がくもんの札ふだにも、定義ていぎと目的もくてきのほかに体系化たいけいかと系譜けいふ・最前線さいぜんせん・世界せかいの拠点きょてん・金字塔きんじとうの四よっつの抽斗ひきだしが付ついている。骨格こっかくから目録もくろくの末端まったんまで、一ひとつ残のこらず。

絞しぼり込こみ

骨格こっかく 144 / 目録もくろく 1,037 / ASJC 201

    領域りょういきの棚たな

    ASJC の201件けんは Scopus の研究けんきゅう分野ぶんやラベルで、代表だいひょう例れいであり網羅もうらではない。既すでにある学問がくもんノードへ写像しゃぞうできるものは、検索けんさくから辿たどるとそのノードの側がわで開ひらく。

    全ぜん点てん図ず

    全1,181件の学問を、1点1学問で並べた図メタ知識73形式科学79情報45物理科学47化学地球54生命科学89農学49医学171神経科学42工学57社会科学144人文学92宗教学52芸術専門職学際88
    図ず 041点いってんが1学問がくもん。段だんの高たかさが、そのまま領域りょういきの規模きぼである。大おおきめの点てんが骨格こっかくの144学問がくもん。点てんを押おすと、上うえの札ふだに詳細しょうさいが開ひらく。狭せまい画面がめんでは横よこに動うごかせる。
    メタ知識ちしき形式けいしき科学かがく情報じょうほう物理ぶつり科学かがく化学かがく地球ちきゅう生命科学せいめいかがく農学のうがく医学いがく神経しんけい科学かがく工学こうがく社会しゃかい科学かがく人文学じんぶんがく宗教学しゅうきょうがく芸術げいじゅつ専門職せんもんしょく学際がくさい
    01

    問といを立たてる

    学問がくもんを定義ていぎする八やっつの要素ようそ(学科的八个要素 / Eight Elements That Define a Discipline)

    八つの要素の束学問D = (O,Q,M,E,F,A,N,H)O対象Q問いM方法E証拠F形式A応用N規範H系譜解剖学と法科学 ── O は同じ「人体」。Q が違い、E が違い、N が違う八要素のうち一つが変わるだけで、新しい学問が生まれる
    図ず 05学問がくもんを対象たいしょうの箱はことしてではなく、八やっつの要素ようその束たばとして定義ていぎする。ひとつが変かわるだけで、新あたらしい学問がくもんが生うまれる。

    学問がくもんとは何なにか、と問とわれたとき、
    「何なにを研究けんきゅうするか」だけでは答こたえにならない。

    人体じんたいを研究けんきゅうするのは、解剖学かいぼうがくだけではない。
    生理学せいりがくも、彫刻ちょうこくも、法科ほうか学がくも、保険ほけん数理すうり学がくも、人体じんたいを研究けんきゅうしている。

    学問がくもんを「対象たいしょうの箱はこ」として定義ていぎすることはできない。同おなじ対象たいしょうに、まったく違ちがう問といと方法ほうほうで向むかう複数ふくすうの学問がくもんが存在そんざいするからだ。

    本ほんページでは、学問がくもんをひとつの箱はこではなく、八やっつの要素ようその束たばとして定義ていぎする。

    記号きごう要素ようそ問とい
    O対象たいしょう(对象 / Object)何なにを研究けんきゅうするか
    Q問とい(问题 / Question)何なにを問とうか
    M方法ほうほう(方法 / Method)どう研究けんきゅうするか
    E証拠しょうこ(证据 / Evidence)何なにを証拠しょうことするか
    F形式けいしき(形式 / Formalism)どう形式けいしき化かするか
    A応用おうよう(应用 / Application)何なにへ応用おうようするか
    N規範きはん(规范 / Normativity)価値かち判断はんだんを含ふくむか
    H系譜けいふ(谱系 / Historical lineage)どの学問がくもんから派生はせいしたか

    この八はち要素ようそは、原典げんてん『学問がくもんの系統樹けいとうじゅ』が自みずから提示ていじしたモデルである。事実じじつ

    八はち要素ようそで見みると、学問がくもんの輪郭りんかくがはっきりする。

    解剖学かいぼうがく(解剖学 / Anatomy)と法科ほうか学がく(法庭科学 / Forensic Science)は、Oが同おなじ「人体じんたい」でも、Qが違ちがう(構造こうぞうは何なにか/何なにが起おきたか)。Eも違ちがう(標本ひょうほん/証拠しょうこ物件ぶっけん)。Nも違ちがう(法科ほうか学がくは法廷ほうていに立たつ以上いじょう、規範きはんを内在ないざいする)。

    神経しんけい経済学けいざいがく(神经经济学 / Neuroeconomics)が生うまれたとき、Oは変かわっていない。人間にんげんの意思決定いしけっていである。変かわったのはMだ。経済学けいざいがくの選好せんこう理論りろんに、神経しんけい科学かがくの計測けいそくが加くわわった。解釈かいしゃく

    八はち要素ようそのうちひとつが変かわるだけで、新あたらしい学問がくもんが生うまれる。これが、学問がくもんが増ふえ続つづける仕組しくみである。解釈かいしゃく

    そして、この八はち要素ようそはまだ名前なまえのない学問がくもんにも使つかえる。対象たいしょうと問といと方法ほうほうと証拠しょうこを書かき出だせる何なにかは、すでに学問がくもんの形かたちをしている。

    データと出典しゅってん
    • 八はち要素ようそモデルの出典しゅってん:原典げんてん『学問がくもんの系統樹けいとうじゅ ―― 2026年ねん版はん』§233
    • 本ほんページでは144のスパイン学問がくもんすべてにこの八はち要素ようそを付与ふよしている
    • 表記ひょうき:D = (O, Q, M, E, F, A, N, H)

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    02

    問といを立たてる

    学問がくもん史し(学科史 / A History of "Discipline")

    新しい層が古い層を消すのではなく、上に積む
    図ず 06新あたらしい層そうが古ふるい層そうを消けすのではなく、上うえに積つむ
    学問史の年表 ── 紀元前4世紀から2026年へ古代 ── 中世前350年〜1200年アリストテレス観想・実践・制作前350中国 四部分類経・史・子・集前300ファルサファとカラームイスラーム世界900自由七科と中世大学三学と四科1200デカルト根・幹・枝の樹1637近世 ── 近代1637年〜1917年カント諸学部の争い1798フンボルト研究と教授の統一1810ディルタイ説明と理解1883ヴィンデルバント法則定立と個性記述1894ウェーバー価値自由1917ウィーン学団統一科学と検証1929現代1929年〜2026年ポパー反証可能性1934スノー二つの文化1959クーンパラダイム1962ラカトシュ研究プログラム1970ファイヤアーベント方法への異議1975ユネスコ ISCED 改訂改訂プロセス開始2026各段の中では、しるしを等間隔に置いてある ── 長さは時間の量ではない
    図ず 07三さん段だんに折おり返かえしてある。各段かくだんの中なかではしるしを等間隔とうかんかくに置おいたので、長ながさは時間じかんの量りょうではない。末尾まつびの 2026 だけ色いろが違ちがい、そこから右みぎへ破線はせんが伸のびて途切とぎれていない ── いま書かき換かえられている最中さいちゅうである。

    「何なにを学問がくもんと呼よぶか」を決きめてきたのは、
    いつも誰だれかの必要ひつようだった。

    観想かんそうの必要ひつよう。職業しょくぎょうの必要ひつよう。自律じりつの必要ひつよう。統計とうけいの必要ひつよう。
    分類ぶんるいの背後はいごには、常つねに目的もくてきがある。

    前4世紀ぜんよんせいき観想かんそうする人ひとアリストテレス

    紀元前きげんぜん4世紀よんせいき、アリストテレスは知ちを三みっつに分わけた。観想かんそう的てき学がく(theōrētikē、それ自体じたいのために知しること)、実践的じっせんてき学がく(praktikē、行為こういのために知しること)、制作せいさく的てき学がく(poiētikē、作つくるために知しること)である。

    彼かれはまた、知ちのあり方かたそのものを五いつつに分わけた。エピステーメー(学知がくち)、テクネー(技術知ぎじゅつち)、フロネーシス(実践じっせん知ち)、ソフィア(智慧ちえ)、ヌース(直知ちょくち)。

    この区分くぶんは驚おどろくほど現代的げんだいてきだ。本ほんページの方法論ほうほうろん軸じく(S6)は、実質的じっしつてきにこの三分さんぶんの子孫しそんである。解釈かいしゃく

    そしてアリストテレスは、修辞学しゅうじがく(修辞学 / Rhetoric)を学問がくもんとして扱あつかった。説得せっとくの技術ぎじゅつに体系たいけいがある、と考かんがえたのである。原典げんてんにはこの分野ぶんやが存在そんざいしなかったため、本ほんページで追加ついかした。事実じじつ

    中世ちゅうせい数かぞえる人ひと自由じゆう七科しちかと中世ちゅうせい大学だいがく

    中世ちゅうせいヨーロッパの大学だいがくは、まず自由じゆう七科しちかを教おしえた。三さん学がく(文法ぶんぽう・論理ろんり・修辞しゅうじ)と四科しか(算術さんじゅつ・幾何きか・音楽おんがく・天文てんもん)である。

    七科しちかを終おえた者ものだけが、上級じょうきゅう三さん学部がくぶへ進すすんだ。神学しんがく・法学ほうがく・医学いがく。

    順序じゅんじょに注目ちゅうもくしてほしい。これは真理しんりの階層かいそうではなく、職業しょくぎょうと権威けんいの階層かいそうである。魂たましいを救すくう者もの、社会しゃかいを裁さばく者もの、身体しんたいを治なおす者もの。哲学てつがくは下級かきゅう学部がくぶだった。

    分類ぶんるいは、すでにこの時点じてんで目的もくてきに従属じゅうぞくしていた。解釈かいしゃく

    同時どうじ代だい別べつの場所ばしょで分わけていた人々ひとびと別べつの場所ばしょで分わけていた人々ひとびと

    同おなじころ、イスラーム世界せかいではファルサファ(哲学てつがく)とカラーム(神学しんがく)が区別くべつされ、ギリシア語ご文献ぶんけんの大規模だいきぼな翻訳ほんやく運動うんどうが知ちの体系たいけいを作つくり直なおしていた。

    中国ちゅうごくでは、書物しょもつを経けい・史し・子し・集しゅうの四部しぶに分わける分類ぶんるいが確立かくりつしていた。経へ(経典きょうてん)、史し(歴史れきし)、子こ(諸子しょし)、集しゅう(詩文しぶん)。これは対象たいしょうの分類ぶんるいではなく、書物しょもつの権威けんいによる分類ぶんるいである。

    「学問がくもんの分類ぶんるい」は西洋せいようの発明はつめいではない。そして、分わけ方ほうは文化ぶんかごとに違ちがった。解釈かいしゃく

    17世紀じゅうななせいき樹きを描えがいた人ひとデカルト

    17世紀じゅうななせいき、デカルトは学問がくもんを一本いっぽんの樹きに喩たとえた。根ねは形而上学けいじじょうがく、幹みきは自然学しぜんがく、枝えだは諸学しょがくである。

    「学問がくもんの系統樹けいとうじゅ」という比喩ひゆは、ここから来きている。本ほんページの原典げんてんのタイトルも、この四百年よんひゃくねん前まえの比喩ひゆを引ひき継ついでいる。

    そして本ほんページの結論けつろんは、この比喩ひゆがもう成なり立たたないというものである。解釈かいしゃく

    18世紀末せいきまつ境界きょうかいを引ひいた人ひとカント

    18世紀末せいきまつ、カントは『諸学しょがく部ぶの争あらそい』で、下級かきゅう学部がくぶである哲学部てつがくぶを擁護ようごした。神学部しんがくぶ・法学部ほうがくぶ・医学部いがくぶは国家こっかの必要ひつように応こたえる。だが哲学部てつがくぶは、真理しんりにのみ従したがう。だからこそ自由じゆうでなければならない。

    カントはまた、認識にんしきそのものに限界げんかいを引ひいた。何なにが知しりうるか、何なにが知しりえないかを画定かくていする仕事しごとである。

    本ほんページの観測かんそく可能性かのうせい軸じく(S5)――E0からE8までの九きゅう段階だんかい――は、この仕事しごとの遠とおい子孫しそんである。解釈かいしゃく

    19世紀じゅうきゅうせいき初頭しょとう大学だいがくを作つくった人ひとフンボルト

    19世紀じゅうきゅうせいき初頭しょとう、フンボルトはベルリンに大学だいがくを構想こうそうした。研究けんきゅうと教授きょうじゅの統一とういつ、そして学問がくもんの自由じゆう。教師きょうしも学生がくせいも、既成きせいの知識ちしきを運はこぶのではなく、共ともに真理しんりを探究たんきゅうする。

    現代げんだいの大学だいがくの理念りねんは、ここから来きている。

    19世紀じゅうきゅうせいき後半こうはん分わかれた人々ひとびと説明せつめいと理解りかい

    19世紀じゅうきゅうせいき後半こうはん、ディルタイは決定的けっていてきな線せんを引ひいた。自然科学しぜんかがくは説明せつめいする(erklären)。精神せいしん科学かがくは理解りかいする(verstehen)。

    ヴィンデルバントとリッケルトは、これを別べつの言葉ことばで言いい直なおした。法則ほうそく定立ていりつ的てき(nomothetic)と個性こせい記述きじゅつ的てき(idiographic)。法則ほうそくを求もとめるか、個別こべつのものを描えがくか。

    そしてウェーバーは、価値かち自由じゆうを説といた。学問がくもんは価値かち判断はんだんをしてはならない、しかし何なにを研究けんきゅうするかの選択せんたくそのものは価値かちに関係かんけいしている、と。

    本ほんページで144の学問がくもんを分類ぶんるいした結果けっか、86の学問がくもんが規範きはん判断はんだんを内在ないざいしていた(60%)。ウェーバーの問といは、まだ終おわっていない。推論すいろん

    20世紀にじっせいき線せんを引ひき直なおした人々ひとびと20世紀にじっせいきの科学かがく哲学てつがく

    ウィーン学がく団だんは統一とういつ科学かがくを目指めざし、検証けんしょう可能性かのうせいを基準きじゅんにした。ポパーはそれを反証はんしょう可能性かのうせいに置おき換かえた。クーンはパラダイムという概念がいねんで、科学かがくが連続的れんぞくてきに進歩しんぽするという像ぞうを崩くずした。ラカトシュは研究けんきゅうプログラムを、ファイヤアーベントは方法ほうほうそのものへの異議いぎを唱となえた。

    1959年ねん、スノーは「二ふたつの文化ぶんか」を語かたった。人文じんぶんと科学かがくは互たがいを理解りかいしない、と。

    だが本ほんページのネットワーク(S8)を見みれば、その断絶だんぜつは現在げんざいでは成なり立たたない。原典げんてんが明示めいじした学際がくさい的てきな融合ゆうごう分野ぶんやだけで24件にじゅうよんけんある。事実じじつ

    2026年ねんそして、2026年ねんそして、2026年ねん

    いま、分類ぶんるいそのものが書かき換かえられている最中さいちゅうである。

    ユネスコは2025年ねん11月じゅういちがつの総会そうかいで国際こくさい標準ひょうじゅん教育きょういく分類ぶんるいの改訂かいていを承認しょうにんし、2026年ねん2月にがつに改訂かいていプロセスを開始かいしした。2026年ねん4月しがつから12月じゅうにがつが技術ぎじゅつ分析ぶんせきと草案そうあん作成さくせいの期間きかんで、次回じかい総会そうかいに提出ていしゅつされる予定よていである。改訂かいていの明示めいじ的てきな目的もくてきのひとつは、人工知能じんこうちのうなどの新興しんこう分野ぶんやを反映はんえいすることである。事実じじつ

    学問がくもんの地図ちずは、完成かんせいされた過去かこの遺物いぶつではない。

    いま、誰だれかが描かき直なおしている。

    巻子の書庫 ── 一巻を読むには、両手が塞がる
    図ず 08巻子かんすの書庫しょこ ── 一巻いっかんを読よむには、両手りょうてが塞ふさがる
    データと出典しゅってん
    • ユネスコISCED改訂かいてい:UNESCO UIS「Amendment of ISCED 2011 and revision of ISCED-F 2013: process and roadmap」(EDSC-12-3.4、確認日かくにんび 2026-08-17)
    • 現行げんこう ISCED-F 2013 の規模きぼ:11の広域こういき分野ぶんや・29の中分野ちゅうぶんや・約やく80の詳細しょうさい分野ぶんや
    • 融合ゆうごう分野ぶんや24件にじゅうよんけん:原典げんてんが A = B × C の形式けいしきで明示めいじしたものの全数ぜんすう(WORK_01 §5.1)
    • 規範きはん性せい 86/144:本ほん設計せっけいによる分類ぶんるいの結果けっかであり、原典げんてんの主張しゅちょうでも外部がいぶ統計とうけいでもない

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    源一げんいち

    源流げんりゅう ── 知ちはどこで生うまれたか

    論証ろんしょうの発明はつめい(论证的发明 / The Invention of Proof)

    問といを問といとして立たてる ── タレスからソクラテスへ

    ミレトス ── 自然の出来事を、自然の内側で説明しはじめた港町
    図ず 09ミレトス ── 自然しぜんの出来事できごとを、自然しぜんの内側うちがわで説明せつめいしはじめた港町みなとまち

    前6世紀ぜんろくせいきの小しょうアジア西岸せいがん、イオニア地方ちほうの港市こうしミレトスに生いきたタレスが「万物ばんぶつの始原しげんは水みずである」と述のべたと伝つたえられる。ただしタレス自身じしんの著作ちょさくは一行いちぎょうも現存げんそんしない。この命題めいだいを我々われわれが知しるのは、二百にひゃく数十すうじゅう年後ねんごにアリストテレスが『形而上学けいじじょうがく』第一だいいち巻かんで先行者せんこうしゃたちの見解けんかいを整理せいりした記述きじゅつによる。ヘロドトスがタレスに帰かえす日食にっしょく予言よげんの逸話いつわも同おなじ扱あつかいを要ようする。ヘロドトスは日時にちじではなくその年としを予告よこくしたと記しるすにとどまり、前ぜん585年ねん5月ごがつ28日にじゅうはちにちという同定どうていは近代きんだいの天文学的てんもんがくてき逆算ぎゃくさんによる。当時とうじの天文てんもん知識ちしきで特定とくていの土地とちにおける日食にっしょくの可視かし性せいまで予測よそくできたかについては疑問ぎもんが呈ていされており、伝承でんしょうとして扱あつかうのが穏当おんとうである。重要じゅうようなのは答こたえの正ただしさではない。

    転換てんかんは答こたえの内容ないようではなく、答こたえの型かたにあった。従来じゅうらい、世界せかいの成なり立たちを語かたる言葉ことばは神々かみがみの系譜けいふという形かたちをとっていた。海うみが荒あれるのはポセイドンの怒いかりであり、その説明せつめいは神かみの意志いしという、それ以上いじょう遡さかのぼれない1点いってんで止とまる。これに対たいしタレスの水みず、アナクシマンドロスの無限むげん定ていなもの(アペイロン)、アナクシメネスの空気くうきは、いずれも自然しぜんの内部ないぶにある何なにかで自然しぜんを説明せつめいしようとする。原因げんいんを世界せかいの外そとに置おかず、内ないに置おく。この一歩いっぽが、説明せつめいを検証けんしょうと反論はんろんの射程しゃていに引ひき入いれた。

    その帰結きけつは、彼かれらの相互そうご関係かんけいに現あらわれている。アナクシマンドロスはタレスの弟子でし筋すじとされながら始原しげんを水みずとせず、アナクシメネスはさらに別べつの答こたえを出だした。神話しんわの語かたり手てが先行せんこうする語かたりを訂正ていせいすることはあっても、それは異ことなる伝承でんしょうの併存へいそんにとどまる。ここで起おきたのは、同おなじ問といに対たいする競合きょうごうする答こたえの提出ていしゅつであり、後続こうぞく者しゃが先行者せんこうしゃに反対はんたいすることが学派がくはの断絶だんぜつではなく継続けいぞくの形式けいしきになったという事態じたいである。反論はんろん可能性かのうせいが知ちの生産せいさん様式ようしきに組くみ込こまれた。

    ソクラテスは、この流ながれに別べつの軸じくを持もち込こんだ。ただし彼かれもまた著作ちょさくを一行いちぎょうも残のこしていない。我々われわれが知しるソクラテスは、プラトンの対話篇たいわへんに描えがかれたソクラテス、クセノポンの回想かいそうに描えがかれたソクラテス、そしてアリストパネスが前ぜん423年ねんの喜劇きげき『雲くも』で吊つり籠かごに乗のせて天空てんくうの事柄ことがらを論ろんじさせたソクラテスの、少すくなくとも三みっつである。三者さんしゃの像ぞうは一致いっちしない。どれが歴史上れきしじょうの人物じんぶつに近ちかいか、そもそも復元ふくげん可能かのうかという難題なんだいは「ソクラテス問題もんだい」と呼よばれ、19世紀じゅうきゅうせいき初頭しょとうのシュライアマハーの論考ろんこう以来いらい、決着けっちゃくしていない。

    ソクラテスの胸像(ローマ期の模刻)
    図ず 10ソクラテスの胸像きょうぞう(ローマ期きの模刻もこく)
    プラトン、クセノポン、アリストパネス ── 三つの像は重ならない
    図ず 11プラトン、クセノポン、アリストパネス ── 三みっつの像ぞうは重かさならない

    プラトンが描えがくソクラテスの技法ぎほうはエレンコス、すなわち問答もんどうによる論駁ろんばくである。その手順てじゅんは独特どくとくで、彼かれは自分じぶんの主張しゅちょうを立たてない。相手あいてが「敬虔けいけんとは何なにか」に答こたえる。ソクラテスはその定義ていぎから出発しゅっぱつし、相手あいて自身じしんが同意どういする別べつの命題めいだいを次々つぎつぎに引ひき出だし、最後さいごに相手あいての当初とうしょの定義ていぎと引ひき出だされた同意どういが両立りょうりつしないことを示しめす。『エウテュプロン』では、敬虔けいけんとは神々かみがみに愛あいされることだという定義ていぎが、神々かみがみの間あいだに対立たいりつがあるという相手あいて自身じしんの前提ぜんていと衝突しょうとつして崩くずれる。残のこるのは正ただしい定義ていぎではなく、行いき詰づまり(アポリア)である。

    前ぜん399年ねん、ソクラテスはアテナイの民衆みんしゅう法廷ほうていで裁さばかれ、死刑しけい判決はんけつを受うけた。告発こくはつ状じょうの文面ぶんめんは、ディオゲネス・ラエルティオスがファウォリノスを介かいして国家こっか文書ぶんしょ庫こに残のこっていたと伝つたえる形かたちで引用いんようされており、罪状ざいじょうは二ふたつ、国家こっかが認みとめる神々かみがみを認みとめず新奇しんきな神霊しんれいを導入どうにゅうしたこと、そして若者わかものを堕落だらくさせたことである。告発人こくはつにんはメレトス、アニュトス、リュコンの3名さんめいとされる。前ぜん404年ねんの三十人僭主政さんじゅうにんせんしゅせいに彼かれの周辺しゅうへん人物じんぶつが関与かんよしたという政治的せいじてき背景はいけいがこの訴訟そしょうを動うごかしたという解釈かいしゃくは有力ゆうりょくだが、前ぜん403年ねんの恩赦おんしゃにより政治的せいじてき訴追そついが封ふうじられていた事情じじょうからの推論すいろんであり、告発こくはつ状じょうそのものには政治的せいじてき文言もんごんはない。

    裁判さいばんと死しをめぐる二ふたつの主要しゅような典拠てんきょ、プラトンの『弁明べんめい』と『パイドン』は、性格せいかくが大おおきく異ことなる。『弁明べんめい』にはイデア論ろんが現あらわれず、クセノポンの伝つたえる像ぞうと骨格こっかくにおいて重かさならない部分ぶぶんが少すくない。対たいする『パイドン』は魂たましいの不死ふしの複数ふくすうの論証ろんしょうとイデア論ろんを全面ぜんめん展開てんかいしており、プラトン自身じしんの哲学てつがくの色いろが濃こい。しかも『パイドン』は冒頭ぼうとう近ちかくで、プラトンは病気びょうきだったと思おもう、と語かたり手てに言いわせている。目撃者もくげきしゃではないという断ことわりが作品さくひんの内部ないぶに置おかれているのである。

    有名ゆうめいな最期さいごの場面ばめんも、この『パイドン』の描写びょうしゃである。デロス島とうへの祭祀さいし使節しせつが戻もどるまで処刑しょけいが延期えんきされ、その間かんに脱獄だつごくを勧すすめられて断ことわり、当日とうじつ、毒どくを飲のんで足先あしさきから冷つめたくなっていったと語かたられる。用もちいられた毒どくはコニウム、すなわちドクニンジンの類るいとされる。もっとも、この植物しょくぶつの主成分しゅせいぶんによる中毒ちゅうどくが『パイドン』の描えがくような静穏せいおんな上行じょうこう性せい麻痺まひの経過けいかをたどるかについては、20世紀にじっせいき以来いらい医学的いがくてきな疑義ぎぎが提出ていしゅつされる一方いっぽう、近年きんねんには、上行じょうこう性せいの運動うんどう麻痺まひと意識いしきの清明せいめいが併存へいそんする症例しょうれい報告ほうこくは描写びょうしゃと矛盾むじゅんしないとする反論はんろんもあり、決着けっちゃくしていない。

    では、なぜ「知しらないことを知しっている」が知ちの出発点しゅっぱつてんになるのか。『弁明べんめい』でソクラテスは、デルポイの神託しんたくが自分じぶんより知恵ちえのある者ものはいないと告つげたと聞きき、その意味いみを確たしかめるために知者ちしゃと評判ひょうばんの人々ひとびとを訪たずね歩あるいたと語かたる。結論けつろんは、彼かれらは知しらないのに知しっていると思おもい、自分じぶんは知しらないことを知しらないとは思おもっていない、その差さだけが自分じぶんの優位ゆういだというものだった。ここで起おきているのは謙遜けんそんではない。無知むちの自覚じかくとは、自分じぶんの信念しんねんのうちどれが根拠こんきょを持もたないかを特定とくていする作業さぎょうであり、特定とくていされた無知むちは次つぎに調しらべるべき対象たいしょうになる。答こたえを持もたないことが、問といを持もつことに変かわる。

    論証ろんしょうの形かたちを取とり出だす ── アリストテレスの三さん段だん論法ろんぽう

    対当方陣 ── 四つの定言命題の関係矛盾 ── 一方が真なら他方は必ず偽反対 ── ともに真ではありえない小反対 ── ともに偽ではありえない大小大小A全称肯定すべての S は P であるE全称否定いかなる S も P でないI特称肯定ある S は P であるO特称否定ある S は P でない破線の三つの関係は、全称命題が主語の存在を含意するという前提の下でのみ成り立つ。「すべての一角獣は角を持つ」を、一角獣が一頭もいなくても真と読む現代の述語論理では、残るのは対角線の矛盾だけになる。
    図ず 12四隅よすみの命題めいだいのうち、対角線たいかくせんで結むすばれた矛盾むじゅんだけが前提ぜんていを要ようしない。破線はせんの三みっつは、全称ぜんしょう命題めいだいが主語しゅごの存在そんざいを含意がんいするという伝統でんとう論理ろんりの前提ぜんていの下もとでのみ成なり立たつ。
    三段論法の四つの格 ── 中項の位置第一格大前提M — P小前提S — Mすべての M は P、すべての S は M。ゆえに すべての S は P第二格大前提P — M小前提S — M中項が二度とも述語 ── 否定の前提が要る第三格大前提M — P小前提M — S中項が二度とも主語 ── 結論は必ず特称第四格大前提P — M小前提M — Sアリストテレスは格として立てていないM=中項(両方の前提に現れ、結論には現れない)/P=大項(結論の述語)/S=小項(結論の主語)大項を含むほうが大前提、小項を含むほうが小前提。格はこの区別を決めてはじめて定義できる。
    図ず 13格かくは大だい項こう・小しょう項こうの区別くべつを決きめてはじめて定義ていぎできる。第一だいいち格かくだけが背景はいけいを持もち、他ほかの格かくが正ただしさを借かりにゆく基準きじゅんであることを示しめす。

    アリストテレスの論理学ろんりがく的てき著作ちょさくは六篇ろっぺんからなる。『カテゴリー論ろん』『命題論めいだいろん』『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』『分析ぶんせき論ろん後書あとがき』『トピカ』『詭弁きべん論駁ろんばく論ろん』である。これらをまとめて『オルガノン』(道具どうぐの意い)と呼よぶのは後代こうだいの呼称こしょうであり、アリストテレス自身じしんがこの総称そうしょうを用もちいた形跡けいせきはない。彼かれにとって論理ろんりは個別こべつの学問がくもんの一ひとつではなく、あらゆる学問がくもんが使つかう道具どうぐだという位置いちづけを、この名なは後あとから与あたえたことになる。編纂へんさんの経緯けいいにも古代こだいからの伝承でんしょうが絡からむが、確実かくじつなのは、現在げんざいの配列はいれつが学派がくは内ないでの整理せいりの産物さんぶつだということである。

    配列はいれつには理屈りくつがある。『カテゴリー論ろん』は語かたられるものを実体じったい・量りょう・質しつ・関係かんけいなどの類型るいけいに分わけ、単独たんどくの語ごの水準すいじゅんを扱あつかう。『命題論めいだいろん』は語ごを組くみ合あわせて真偽しんぎを担になう最小単位さいしょうたんい、すなわち肯定文こうていぶんと否定文ひていぶんを作つくる水準すいじゅんに進すすむ。そして『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』が、命題めいだいを組くみ合あわせて別べつの命題めいだいを導みちびく水準すいじゅんに至いたる。語ご、文ぶん、推論すいろんという三さん層そうを分わけて扱あつかう設計せっけいそのものが、後世こうせいの論理学ろんりがくの骨格こっかくになった。何なにが推論すいろんの単位たんいかを先さきに確定かくていしてから推論すいろんを論ろんじる、という順序じゅんじょである。

    『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』が扱あつかう定言ていげん命題めいだいは四よっつの型かたを取とる。すべてのSはPである(全称ぜんしょう肯定こうてい)、いかなるSもPでない(全称ぜんしょう否定ひてい)、あるSはPである(特称とくしょう肯定こうてい)、あるSはPでない(特称とくしょう否定ひてい)。これらをA・E・I・Oの記号きごうで呼よぶのは中世ちゅうせいラテン語ご圏けんの工夫くふうで、肯定こうていを意味いみするaffirmoの母音ぼいんAとIを肯定こうてい側がわに、否定ひていを意味いみするnegoの母音ぼいんEとOを否定ひてい側がわに割わり当あてたものである。アリストテレス自身じしんはこの略号りゃくごうを使つかっていない。

    四型よんけいの間あいだには固定こていした関係かんけいがある。AとO、EとIは矛盾むじゅん関係かんけいにあり、一方いっぽうが真しんなら他方たほうは必かならず偽にせ、一方いっぽうが偽にせなら他方たほうは必かならず真しんになる。AとEは反対はんたい関係かんけいで、同時どうじに真しんではありえないが同時どうじに偽にせではありうる。IとOは小しょう反対はんたい関係かんけいで、同時どうじに偽にせではありえないが同時どうじに真しんではありうる。AからI、EからOへは大小だいしょう関係かんけい(従属じゅうぞく関係かんけい)が成なり立たつ。これらを正方形せいほうけいの四隅よすみに配はいして示しめす図式ずしきは「対当たいとう方陣ほうじん」と呼よばれる。図ずそのものは2世紀にせいきのアプレイウスに帰かえされる著作ちょさくやボエティウスの系譜けいふに現あらわれるもので、前者ぜんしゃはこれを「四角しかくい図式ずしき」と呼よんでいる。「対当たいとうの方陣ほうじん」という定型ていけい句くが固かたまるのは中世ちゅうせいである。

    ただし、この四よっつの関係かんけいがすべて成なり立たつには、隠かくれた条件じょうけんがある。主語しゅごの項こうが指さすものが実際じっさいに存在そんざいするという想定そうていである。「すべての一角獣いっかくじゅうは角かどを持もつ」と「ある一角獣いっかくじゅうは角かどを持もつ」を並ならべれば事情じじょうは見みえる。一角獣いっかくじゅうが一頭いっとうもいないなら、後者こうしゃは偽にせだが、前者ぜんしゃは反例はんれいが一ひとつもないという理由りゆうで真しんとされうる。すると全称ぜんしょうから特称とくしょうへの大小だいしょう関係かんけいは破やぶれる。19世紀じゅうきゅうせいき後半こうはんから20世紀にじっせいきにかけて、全称ぜんしょう肯定こうていを「Sであってかつ、Pでないものは存在そんざいしない」と読よむ解釈かいしゃくが標準ひょうじゅんになり、現代げんだいの述語じゅつご論理ろんりはこの読よみを採とる。その結果けっか、対当たいとう方陣ほうじんで無条件むじょうけんに生いき残のこるのは矛盾むじゅん関係かんけいだけとなり、反対はんたい・小しょう反対はんたい・大小だいしょう関係かんけいはいずれも成なり立たたなくなる。アリストテレスが空そらの項こうを想定そうていしなかったこと自体じたいは責せめられない。問題もんだいは、その想定そうていが暗黙あんもくだったために、条件じょうけん付つきの定理ていりが無条件むじょうけんの定理ていりとして2000年ねんのあいだ教おしえられ続つづけたことにある。

    三さん段だん論法ろんぽうは二ふたつの前提ぜんていと一ひとつの結論けつろんからなる。格かくを語かたる前まえに、二ふたつの前提ぜんていを区別くべつしておく必要ひつようがある。結論けつろんの述語じゅつごとなる項こうを大だい項こう、結論けつろんの主語しゅごとなる項こうを小しょう項こうと呼よび、大だい項こうを含ふくむほうの前提ぜんていを大前提だいぜんてい、小しょう項こうを含ふくむほうの前提ぜんていを小前提しょうぜんていと呼よぶ。「すべての人間にんげんは死しぬものである。すべてのギリシア人じんは人間にんげんである。ゆえにすべてのギリシア人じんは死しぬものである」であれば、「死しぬもの」が大だい項こう、「ギリシア人じん」が小しょう項こう、第一だいいちの前提ぜんていが大前提だいぜんてい、第だい二にの前提ぜんていが小前提しょうぜんていである。前提ぜんていの双方そうほうに現あらわれて結論けつろんには現あらわれない項こう、この例れいでは「人間にんげん」が中項ちゅうこうである。二ふたつの前提ぜんていを書かく順序じゅんじょは本質ほんしつではなく、どちらの前提ぜんていがどちらの項こうを含ふくむかが、この区別くべつを決きめる。

    格かくは、中項ちゅうこうが大前提だいぜんていと小前提しょうぜんていのどちらで主語しゅごになり、どちらで述語じゅつごになるかによって分わかれる。中項ちゅうこうが大前提だいぜんていで主語しゅごとなり小前提しょうぜんていで述語じゅつごとなるのが第一だいいち格かく、両方りょうほうの前提ぜんていで述語じゅつごとなるのが第だい二に格かく、両方りょうほうの前提ぜんていで主語しゅごとなるのが第だい三さん格かくである。さきの例れいは第一だいいち格かくにあたる。格かくは、どの命題型めいだいけいを前提ぜんていに入いれるかとは独立どくりつの枠わくであり、格かくと型かたの組くみ合あわせが個々ここの式しきを決きめる。アリストテレスが立たてたのはこの三さん格かくであり、『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』第一だいいち巻かんの四よん章しょうから六章ろくしょうで、それぞれ四よん式しき・四よん式しき・六ろく式しき、合あわせて14の妥当だとうな組くみ合あわせが確定かくていされる。

    第一だいいち格かくが「完全かんぜん」と呼よばれるのは、そこでの推論すいろんが結論けつろんの必然性ひつぜんせいを前提ぜんていの並ならびから直ただちに読よみ取とれるからである。すべてのMはPであり、すべてのSはMであるなら、すべてのSはPである。ここでは項こうが包含ほうがん関係かんけいの階段かいだんとして一列いちれつに並ならんでおり、追加ついかの操作そうさを要ようしない。第だい二に格かくと第だい三さん格かくの推論すいろんは、それ自体じたいでは必然性ひつぜんせいが直観ちょっかんされないため、命題めいだいの換かえ位いや背理法はいりほうによって第一だいいち格かくの形かたちに「還元かんげん」されることで妥当性だとうせいが示しめされる。つまり第一だいいち格かくは、他ほかの格かくが正ただしさを借かりにゆく基準きじゅんの役やくを担になう。

    第だい四格しかく、すなわち中項ちゅうこうが大前提だいぜんていで述語じゅつご、小前提しょうぜんていで主語しゅごとなる配置はいちは、アリストテレスの著作ちょさくには格かくとして現あらわれない。これをガレノスの発案はつあんとする伝承でんしょうは、アヴェロエスを経由けいゆしてヨーロッパに伝つたわったものだが、ガレノス自身じしんの現存げんそんする論理学ろんりがくの著作ちょさくにその記述きじゅつはなく、20世紀にじっせいきにウカシェヴィチが帰属きぞくを疑うたがって以来いらい、定説ていせつとは言いいがたい。四格しかくを立たてた伝統的でんとうてき論理学ろんりがくが妥当だとうと認みとめる式しきは24、そのうち中世ちゅうせいの記憶術きおくじゅつ詩しが列挙れっきょした主要しゅような式しきは19で、残のこる五いつつは大小だいしょう関係かんけいを使つかって結論けつろんを弱よわめた式しきである。弱よわめられた五いつつにもBarbari以下いかの名なは与あたえられており、無名むめいなのではない。この計数けいすうは伝統的でんとうてき論理学ろんりがくのもので、時代じだいを遡さかのぼらせて読よむべきではない。加くわえて、さきに述のべた主語しゅごの存在そんざいの想定そうていを外はずすと、24のうちそのまま妥当だとうなのは15にとどまり、残のこる九ここのつは、主語しゅごの項こうが空そらでないという前提ぜんていを明示めいじ的てきに補おぎなって初はじめて導みちびけるようになる。

    数かぞえ方かた格かく妥当だとうな式しき但ただし書がき
    アリストテレス『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』三さん格かく14第一だいいち巻かん四よん〜六章ろくしょう。第一だいいち格かくに4式よんしき、第だい二に格かくに4式よんしき、第だい三さん格かくに6式ろくしき
    四格しかくを立たてた伝統的でんとうてき論理学ろんりがく四格しかく24中世ちゅうせいの記憶術きおくじゅつ詩しが挙あげる主要しゅような式しきは19。残のこる5は結論けつろんを弱よわめた式しき
    主語しゅごの存在そんざいの想定そうていを外はずすと四格しかく15残のこる9は「主語しゅごの項こうが空そらでない」を明示めいじして初はじめて導みちびける

    表ひょう1三さん段だん論法ろんぽう ── 数かぞえ方かたで「妥当だとうな式しき」の数かずが変かわる

    Barbara, Celarent, Darii, Ferio という語ご列れつは、13世紀じゅうさんせいきのスペインのペトルスやシャーウッドのウィリアムらの教科書きょうかしょに見みえる中世ちゅうせいの記憶術きおくじゅつである。仕掛しかけは母音ぼいんにある。Barbaraの三みっつのaはA・A・Aで、大前提だいぜんてい・小前提しょうぜんてい・結論けつろんがすべて全称ぜんしょう肯定こうていであることを示しめす。Celarentはe・a・eで全称ぜんしょう否定ひてい・全称ぜんしょう肯定こうてい・全称ぜんしょう否定ひてい、Dariiはa・i・i、Ferioはe・i・oとなる。さらに子音しいんにも役割やくわりが与あたえられ、sは単純たんじゅん換かえ位い、pは制限せいげんを伴ともなう換かえ位い、mは前提ぜんていの入いれ替かえ、cは背理法はいりほうによる還元かんげんを指示しじする。頭あたまの子音しいんも無意味むいみではない。CesareやCamestresのCはCelarentへ、DaraptiやDisamisのDはDariiへというように、その式しきを還元かんげんすべき第一だいいち格かくの式しきを指定していしている。つまりこの人工語じんこうごは、その式しきをどう第一だいいち格かくに戻もどすかの操作そうさ手順てじゅんを埋うめ込こんだ圧縮あっしゅく記法きほうだった。

    三さん段だん論法ろんぽうが確立かくりつしたもののうち最もっとも射程しゃていが長ながいのは、妥当性だとうせいと真理しんりの区別くべつである。「すべての魚さかなは哺乳類ほにゅうるいである。すべての鯨くじらは魚さかなである。ゆえにすべての鯨くじらは哺乳類ほにゅうるいである」は、三みっつの命題めいだいがいずれも偽にせでありながら、推論すいろんとしては完全かんぜんに妥当だとうである。形かたちが保証ほしょうするのは、前提ぜんていがすべて真しんであれば結論けつろんも必かならず真しんになるという条件じょうけん付つきの関係かんけいだけであって、前提ぜんていの真偽しんぎそのものではない。逆ぎゃくに、真しんの前提ぜんていから真しんの結論けつろんが出でても推論すいろんが妥当だとうとは限かぎらない。内容ないようの吟味ぎんみと形式けいしきの吟味ぎんみを別べつの作業さぎょうとして切きり離はなしたこと、これが論理学ろんりがくを独立どくりつの分野ぶんやにした。

    限界げんかいも明瞭めいりょうである。三さん段だん論法ろんぽうは項こうの包含ほうがん関係かんけいしか扱あつかえない。19世紀じゅうきゅうせいきにド・モルガンが挙あげた例れいが事情じじょうを示しめしている。すべての馬うまは動物どうぶつである、ゆえにすべての馬うまの頭あたまは動物どうぶつの頭あたまである。この推論すいろんは誰だれにも正ただしく見みえるが、三さん段だん論法ろんぽうのどの格かくのどの式しきにも当あてはまらない。「〜の頭あたまである」という二に項こうの関係かんけいが命題めいだいの内部ないぶに入はいり込こむと、主語しゅごと述語じゅつごという二に分ぶん法ほうでは書かき取とれないからである。同様どうように「すべての人ひとはある人ひとを愛あいする」と「ある人ひとはすべての人ひとに愛あいされる」の差さ、すなわち量りょう化かの入いれ子こも表現ひょうげんできない。この壁かべが破やぶられるのは、1879年ねんのフレーゲが量化子りょうかしを備そなえた人工じんこう言語げんごを設計せっけいしたときであり、それまでに2200年ねんを要ようした。

    別べつの道みち ── ストア派はの命題論めいだいろん理り

    彩色柱廊(ストア・ポイキレ)── 学派の名は、建物の名から来た
    図ず 14彩色さいしき柱廊ちゅうろう(ストア・ポイキレ)── 学派がくはの名なは、建物たてものの名なから来きた

    アリストテレスの学園がくえんと並ならんで、前3世紀ぜんさんせいきのアテナイにはもう一ひとつの論理学ろんりがくの伝統でんとうがあった。ストア派はである。とりわけ前3世紀ぜんさんせいき後半こうはんに学頭がくとうを務つとめたクリュシッポスは、ディオゲネス・ラエルティオスの伝つたえるところでは700巻かんを超こえる著作ちょさくを書かいたとされるが、そのうち完本かんぽんとして現存げんそんするものは一ひとつもない。我々われわれが知しる内容ないようは、2世紀にせいきから3世紀さんせいきのセクストス・エンペイリコスによる懐疑派かいぎはの立場たちばからの批判的ひはんてき引用いんよう、ディオゲネス・ラエルティオスの学説がくせつ誌し、ガレノスやキケロの言及げんきゅうといった、後代こうだいの断片だんぺんと証言しょうげんから復元ふくげんされたものである。

    700巻を超えたと伝えられ、一つも完本では残らなかった
    図ず 15700巻かんを超こえたと伝つたえられ、一ひとつも完本かんぽんでは残のこらなかった

    失うしなわれた体系たいけいの核心かくしんは、変項へんこうの置おき方ほうの違ちがいにあった。アリストテレスは「すべてのAはBである」のように、文字もじを項こう、すなわち名辞めいじの代かわりに用もちいた。ストア派はは「第一だいいちのもの」「第だい二にのもの」といった序数じょすうを、命題めいだいそのものの代かわりに用もちいた。「もし第一だいいちのものならば第だい二にのものである。ところが第一だいいちのものである。ゆえに第だい二にのものである」という具合ぐあいである。この置おき換かえによって、推論すいろんの妥当性だとうせいが主語しゅごと述語じゅつごの関係かんけいからではなく、条件文じょうけんぶんや選言せんげんといった結合けつごうの仕方しかただけから決きまる領域りょういきが切きり出だされた。今日きょうの命題論めいだいろん理りにほぼ相当そうとうする対象たいしょうが、ここで初はじめて分離ぶんりされた。

    ストア派はは五いつつの基本きほん形式けいしきを立たて、それらを「証明しょうめい不可能ふかのうなもの」と呼よんだ。証明しょうめいできないという意味いみではなく、証明しょうめいを必要ひつようとしないほど直接的ちょくせつてきだという意味いみである。第一だいいちは、もしpならばqであり、pである、ゆえにqである。第だい二には、もしpならばqであり、qでない、ゆえにpでない。第だい三さんは、pとqがともに成なり立たつことはない、ところがpである、ゆえにqでない。第だい四よんは、pまたはqであり、pである、ゆえにqでない。第だい五ごは、pまたはqであり、pでない、ゆえにqである。第だい四よんの形式けいしきが成なり立たつことから分わかるように、彼かれらの選言せんげんは両立りょうりつを許ゆるさない排他的はいたてきなものであり、現代げんだいの標準的ひょうじゅんてきな包含ほうがん的てき選言せんげんとは異ことなる。

    さらに彼かれらは、複合ふくごう的てきな推論すいろんをこの五ご形式けいしきに分解ぶんかいする規則きそくを持もっていた。任意にんいの妥当だとうな推論すいろんは、証明しょうめい不可能ふかのうなものの組くみ合あわせに還元かんげんできるという主張しゅちょうである。これは、少数しょうすうの基本きほん規則きそくから出発しゅっぱつして体系たいけい全体ぜんたいを組くみ上あげるという発想はっそうであり、演繹えんえき体系たいけいの完全性かんぜんせいという現代的げんだいてきな問題もんだい設定せっていの遠とおい原型げんけいにあたる。ただし、その還元かんげん規則きそくの全容ぜんようは断片だんぺんからは復元ふくげんしきれていない。

    条件文じょうけんぶんをめぐる論争ろんそうは、この学派がくはの周辺しゅうへんで異例いれいの熱ねつを帯おびた。メガラ派はのフィロンは、条件文じょうけんぶんが偽にせになるのは前件ぜんけんが真しんで後件こうけんが偽にせである場合ばあいに限かぎる、と主張しゅちょうした。これは現代げんだいの実質じっしつ含意がんいそのものであり、その帰結きけつとして「もし地球ちきゅうが平たいらならば二に足たす二には四よんである」も真しんになる。師しにあたるディオドロス・クロノスはこれを不十分ふじゅうぶんとし、いかなる時点じてんにおいても前件ぜんけんが真しんで後件こうけんが偽にせであることがない場合ばあいにのみ真しんだとした。クリュシッポスはさらに進すすんで、前件ぜんけんと後件こうけんの否定ひていが両立りょうりつ不可能ふかのうであることを求もとめた。セクストス・エンペイリコスが伝つたえるカリマコスの警句けいく、屋根やねの上うえの鴉からすまでがどの条件文じょうけんぶんが真しんかを鳴なき交かわしている、という一句いっくが、この論争ろんそうの広ひろがりを伝つたえている。

    二ふたつの伝統でんとうは、その後ごまったく異ことなる運命うんめいをたどった。アリストテレスの著作ちょさくは学派がくはの注釈ちゅうしゃく者しゃたちによって注釈ちゅうしゃくの対象たいしょうであり続つづけた。『カテゴリー論ろん』『命題論めいだいろん』は6世紀ろくせいきのボエティウスがギリシア語ごから訳やくしたラテン語ご版はんを通つうじて中世ちゅうせい前期ぜんきに読よみ継つがれ、残のこる四よん篇へんも12世紀じゅうにせいきにギリシア語ごから訳やくし直なおされた。アラビア語ご圏けんを経由けいゆしてラテン世界せかいに入はいったのは、主しゅとして注釈ちゅうしゃくの系譜けいふである。ストア派はの論理学ろんりがく書しょは、これに対応たいおうする連続れんぞくした注釈ちゅうしゃくの系譜けいふを持もたなかった。そのうえ、項こうの論理ろんりを唯一ゆいいつの論理学ろんりがくとみなす立場たちばからストア派はの議論ぎろんは些末さまつな言葉遊ことばあそびと見みなされる時期じきが長ながく、19世紀じゅうきゅうせいきの論理学史ろんりがくし記述きじゅつにもその評価ひょうかは残のこっていた。

    再評価さいひょうかは20世紀にじっせいきに入はいってからである。フレーゲ以降いこう、命題めいだい結合子けつごうしを基本きほんに据すえた論理ろんり体系たいけいが数学すうがくの標準ひょうじゅんになったことで、ストア派はが扱あつかっていた対象たいしょうの正体しょうたいが見みえるようになった。ウカシェヴィチが1930年代ねんだいにストア派はの論理ろんりを命題めいだい論理ろんりとして読よみ直なおし、1950年代ねんだいのメイツの研究けんきゅうがそれを定着ていちゃくさせた。項こうの論理ろんりと命題論めいだいろん理りが一ひとつの体系たいけいのなかで統合とうごうされるのは、量化子りょうかしを持もつ述語じゅつご論理ろんりが成立せいりつしてからのことで、二ふたつの道みちが分わかれてからおよそ2200年ねんが経たっていた。

    対偶たいぐう・逆ぎゃく・裏うら ── 何なにが保存ほぞんされ、何なにが保存ほぞんされないか

    逆・裏・対偶 ── 元の命題と同値なのはどれか元 A ならば B逆 B ならば A裏 A でないなら B でない対偶 B でないなら A でない同値逆と裏は互いに対偶 ── この二つは同値AB元逆裏対偶真真真真真真真偽偽真真偽偽真真偽偽真偽偽真真真真←二行目を見ると、元と対偶がともに偽で、逆と裏はともに真になる。ここで元と逆は分かれる ── 日常の推論が取り違えるのは、たいていこの行である。
    図ず 16元もとの命題めいだいと同値どうちなのは対偶たいぐうだけである。二に行ぎょう目めで元もとと逆ぎゃくが分わかれる ── 日常にちじょうの推論すいろんが取とり違ちがえるのは、たいていこの行ぎょうである。
    中世写本に描かれた対当の方陣
    図ず 17中世ちゅうせい写本しゃほんに描えがかれた対当たいとうの方陣ほうじん

    「AならばB」という条件文じょうけんぶんからは、機械的きかいてきに三みっつの変形へんけいが作つくれる。前件ぜんけんと後件こうけんを入いれ替かえた「BならばA」が逆ぎゃく、両方りょうほうを否定ひていした「AでないならばBでない」が裏うら、入いれ替かえたうえで両方りょうほうを否定ひていした「BでないならばAでない」が対偶たいぐうである。このうち、元もとの命題めいだいと必かならず真偽しんぎが一致いっちする、すなわち同値どうちであるのは対偶たいぐうだけである。逆ぎゃくと裏うらは元もとの命題めいだいとは独立どくりつであり、真しんであることも偽にせであることもある。ただし逆ぎゃくと裏うらは互たがいに対偶たいぐうの関係かんけいにあるため、この二ふたつは常つねに同おなじ真偽値しんぎちをとる。

    雨あめが降ふれば地面じめんが濡ぬれる、という命題めいだいを考かんがえれば事情じじょうは明白めいはくである。対偶たいぐうは、地面じめんが濡ぬれていなければ雨あめは降ふっていない、となり、確たしかに元もとと同おなじ内容ないようを裏側うらがわから述のべている。逆ぎゃくは、地面じめんが濡ぬれていれば雨あめが降ふった、となり、散水車さんすいしゃが通とおった場合ばあいに偽にせになる。にもかかわらず、日常にちじょうの推論すいろんは逆ぎゃくを犯おかしやすい。この病気びょうきなら発熱はつねつする、という知識ちしきから、発熱はつねつしているならこの病気びょうきだ、と結論けつろんする誤あやまりは、前件ぜんけん肯定こうていに見みせかけた後件こうけん肯定こうていとして繰くり返かえし現あらわれる。原因げんいんから結果けっかへの含意がんいが、結果けっかから原因げんいんへの含意がんいとして読よみ返かえされてしまう。

    この傾向けいこうは実験的じっけんてきにも測はかられている。1960年代ねんだいにピーター・ウェイソンが考案こうあんした選択せんたく課題かだいでは、片面かためんに文字もじ、裏面りめんに数字すうじが書かかれた四よん枚まいのカードが示しめされ、「片面かためんが母音ぼいんならば、その裏うらは偶数ぐうすうである」という規則きそくが守まもられているかを確たしかめるために、どのカードをめくるべきかが問とわれる。正解せいかいは母音ぼいんのカードと奇数きすうのカードだが、多おおくの実施じっしで正答せいとう率りつは1割いちわり前後ぜんごにとどまり、被験者ひけんしゃは母音ぼいんのカードと偶数ぐうすうのカードを選えらぶ傾向けいこうを示しめす。偶数ぐうすうのカードは規則きそくの逆ぎゃくを確たしかめているにすぎず、規則きそくを反証はんしょうしうる奇数きすうのカード、すなわち対偶たいぐうにあたる検査けんさが見落みおとされる。興味深きょうみぶかいことに、同おなじ論理ろんり構造こうぞうでも「酒さけを飲のんでいるなら20歳にじっさい以上いじょうでなければならない」といった社会的しゃかいてき規則きそくの形かたちで提示ていじすると正答せいとう率りつは大おおきく上昇じょうしょうする。論理ろんりの形かたちだけでは人間にんげんの推論すいろんの当あたり外はずれは説明せつめいできない。

    四枚のカード ── 反証にあたる一枚が、しばしば見落とされる
    図ず 18四よん枚まいのカード ── 反証はんしょうにあたる一いち枚まいが、しばしば見落みおとされる

    対偶たいぐうと並ならんで古代こだいが獲得かくとくした強力きょうりょくな形式けいしきが背理法はいりほうである。ある命題めいだいを仮かりに置おき、そこから矛盾むじゅんを導みちびき、したがってその仮定かていは成なり立たたないと結論けつろんする。この手続てつづきは、直接ちょくせつには手てが届とどかない対象たいしょうについて、その不在ふざいや不可能ふかのう性せいを確定かくていできる点てんで特異とくいである。アリストテレスは『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』のなかで、この推論すいろん形式けいしきの代表だいひょう例れいとして、正方形せいほうけいの対角線たいかくせんと一辺いっぺんが通約つうやく不可能ふかのうであることの証明しょうめいに言及げんきゅうしている。この形かたちの議論ぎろんが当時とうじすでに教科書きょうかしょ的てきな標準ひょうじゅん例れいだったことを示しめす証言しょうげんである。

    証明しょうめいの骨格こっかくはよく知しられている。二にの平方根へいほうこんが整数せいすうの比ひで表あらわせると仮定かていし、その比ひを既約きやくなものにとる。分子ぶんしの二に乗じょうが分母ぶんぼの二に乗じょうの2倍にばいになることから分子ぶんしは偶数ぐうすうでなければならず、それを代入だいにゅうすると分母ぶんぼもまた偶数ぐうすうでなければならないことが出でる。既約きやくという仮定かていと衝突しょうとつするので、最初さいしょの仮定かていが誤あやまりだったことになる。この結論けつろんが古代こだいに衝撃しょうげきだったのは、単たんに一ひとつの数かずが扱あつかいにくいという話はなしではない。任意にんいの二ふたつの量りょうには共通きょうつうの尺度しゃくどがあるという前提ぜんていが崩くずれ、比ひによって世界せかいを記述きじゅつするという構想こうそうの土台どだいが抜ぬけたからである。修復しゅうふくにはエウドクソスによる比例ひれい論ろんが必要ひつようになり、その成果せいかが『原論げんろん』第だい五ご巻かんに収おさめられている。もっとも、この巻かんをエウドクソスに帰かえすのは第だい五ご巻かんに付ふされた古代こだいの傍注ぼうちゅうに基もとづく帰属きぞくであって、直接ちょくせつの証拠しょうこがあるわけではない。

    この証明しょうめいを発見はっけんしたとされるヒッパソスが海うみに沈しずめられたという物語ものがたりは、数百すうひゃく年後ねんごのイアンブリコスらに現あらわれる後代こうだいの伝承でんしょうであり、史実しじつとして扱あつかうことはできない。また、『原論げんろん』第十巻だいじっかんの末尾まつびに置おかれたこの命題めいだいは、後世こうせいの挿入そうにゅうとみるのが今日きょうの通例つうれいである。証明しょうめいの形かたちにも1点いってん、注意ちゅういすべきところがある。ここで行おこなわれているのは、ある仮定かていを置おいて矛盾むじゅんを導みちびき、その仮定かていの否定ひていを結論けつろんすることであって、否定ひていのほうを仮定かていして元もとの命題めいだいに戻もどる操作そうさではない。この違ちがいは、次つぎに見みる排中律はいちゅうりつへの疑義ぎぎがどこに及およぶかを決きめる。

    背理法はいりほうには二ふたつの形かたちがある。ある命題めいだいを仮定かていして矛盾むじゅんを導みちびき、その否定ひていを結論けつろんする形かたちと、否定ひていのほうを仮定かていして矛盾むじゅんを導みちびき、元もとの命題めいだいを結論けつろんする形かたちである。前者ぜんしゃは否定ひていという語ごの意味いみそのものから出でるのに対たいし、後者こうしゃは、任意にんいの命題めいだいについて、それが成なり立たつかその否定ひていが成なり立たつかのいずれかである、という排中律はいちゅうりつを必要ひつようとする。二に重じゅうの否定ひていから元もとの命題めいだいへ戻もどる手続てつづきを認みとめるかどうかが、分わかれ目めになる。この第だい二にの形かたちを無制限むせいげんには認みとめない立場たちばが20世紀にじっせいき初頭しょとうに現あらわれた。ブラウワーに始はじまる直観ちょっかん主義しゅぎである。彼かれらの主張しゅちょうは、無限むげんを扱あつかう領域りょういきにおいて、ある対象たいしょうが存在そんざいするという主張しゅちょうは、それを構成こうせいする手続てつづきを示しめして初はじめて成なり立たつ、というものだった。この立場たちばでは、存在そんざいしないと仮定かていして矛盾むじゅんを導みちびいても、存在そんざいすることの証明しょうめいにはならない。

    ここで区別くべつしておくべき二ふたつの原理げんりがある。無矛盾むむじゅん律りつは、ある命題めいだいとその否定ひていが同時どうじに成なり立たつことはない、と言いう。排中律はいちゅうりつは、そのどちらかが必かならず成なり立たつ、と言いう。アリストテレスは『形而上学けいじじょうがく』第だい四よん巻かんで前者ぜんしゃを、およそ論証ろんしょうの前提ぜんていとして最もっとも確実かくじつな原理げんりだと擁護ようごした。直観ちょっかん主義しゅぎが留保りゅうほするのは後者こうしゃだけであって、前者ぜんしゃではない。それどころか直観ちょっかん主義しゅぎ論理ろんりでは、排中律はいちゅうりつの否定ひていを導みちびくことはできない。むしろ、「Aか、Aでないか、のいずれかが成なり立たつ」ということが成なり立たたない、ということはない、という二に重じゅうの否定ひていの形かたちの命題めいだいは定理ていりとして証明しょうめいされる。直観ちょっかん主義しゅぎは矛盾むじゅんを許ゆるす論理ろんりではなく、「どちらかである」と言いうためには「どちらであるか」を示しめせと要求ようきゅうする論理ろんりである。両者りょうしゃを混同こんどうすると、矛盾むじゅんを含ふくむ体系たいけいを許容きょようする矛盾むじゅん許容きょよう論理ろんりと取とり違ちがえることになるが、こちらは無矛盾むむじゅん律りつのほうを制限せいげんする、まったく別べつの系統けいとうである。

    1930年ねん前後ぜんごにハイティングが形式けいしき化かした直観ちょっかん主義しゅぎの体系たいけいは、しばらくは基礎きそ論ろん上じょうの少数しょうすう意見いけんに見みえた。だが、構成こうせい的てきな証明しょうめいとプログラムを対応たいおうづける視点してんが発展はってんしたことで、今日きょうでは証明しょうめい支援しえん系けいや型理論かたりろんの実装じっそうを支ささえる標準的ひょうじゅんてきな論理ろんりの一ひとつになっている。先さきの二にの平方根へいほうこんの証明しょうめいのように、仮定かていから矛盾むじゅんを導みちびいて仮定かていを否定ひていする推論すいろんは、この体系たいけいのなかでもそのまま通とおる。失うしなわれるのは、否定ひていの否定ひていから肯定こうていへ渡わたる一歩いっぽだけである。

    何なにを証明しょうめいとみなすかは、一ひとつに決きまっていない。

    公理こうりから積つみ上あげる ── ユークリッドという型かた

    オクシリンコス・パピルス29 ──『原論』第2巻の断片
    図ず 19オクシリンコス・パピルス29 ──『原論げんろん』第だい2巻にかんの断片だんぺん

    後代こうだいの証言しょうげんによればアレクサンドリアで活動かつどうしたユークリッドが前ぜん300年ねん頃ころに編あんだとされる『原論げんろん』は、全ぜん13巻じゅうさんかんからなる。その第一だいいち巻かんの冒頭ぼうとうに置おかれているのは、点てんとは部分ぶぶんを持もたないものである、といった23の定義ていぎ、任意にんいの点てんから任意にんいの点てんへ直線ちょくせんを引ひくことができるといった五いつつの公準こうじゅん、そして同おなじものに等ひとしいものは互たがいに等ひとしいといった五いつつの共通きょうつう概念がいねん(公理こうり)である。以降いこうのすべての命題めいだいは、これらと既すでに証明しょうめいされた命題めいだいだけから導みちびかれる。編者へんしゃユークリッドその人ひとについては、生没年せいぼつねんも出身地しゅっしんちもほとんど分わかっておらず、主要しゅような伝記でんき的てき言及げんきゅうは5世紀ごせいきのプロクロスの注釈ちゅうしゃくという、800年ねん近ちかく後あとの資料しりょうに依存いぞんしている。

    第1巻命題1 ── 与えられた線分の上に正三角形を作る
    図ず 20第だい1巻いっかん命題めいだい1 ── 与あたえられた線分せんぶんの上うえに正せい三角形さんかくけいを作つくる

    この構成こうせいが新あたらしかったのは、個々ここの定理ていりの内容ないようではない。三角形さんかくけいや円えんについての知識ちしきの多おおくは先行せんこうして存在そんざいしていた。新あたらしかったのは、何なにを前提ぜんていに置おいたかを冒頭ぼうとうで全部ぜんぶ言いい切きり、以後いごは追加ついかの前提ぜんていを持もち込こまないという禁欲きんよくである。読者どくしゃは、途中とちゅうで示しめされた命題めいだいに納得なっとくできなければ、その証明しょうめいが使つかっている前まえの命題めいだいに遡さかのぼり、さらに遡さかのぼって、最後さいごは冒頭ぼうとうの十じゅう数すう行ぎょうに行いき着つく。知識ちしきの全体ぜんたいが一いち枚まいの追跡ついせき可能かのうな構造こうぞうになり、誰だれが述のべたかではなく、どこから導みちびかれたかだけが問とわれるようになる。

    ただしこの体系たいけいも完璧かんぺきではない。たとえば第一だいいち巻かん第一だいいち命題めいだいで正せい三角形さんかくけいを作図さくずする際さい、二ふたつの円えんが交まじわることが暗黙あんもくに使つかわれているが、それを保証ほしょうする公準こうじゅんは挙あげられていない。この種しゅの隙間すきまのうち、点てんが直線ちょくせん上じょうでどう並ならぶかという順序じゅんじょに関かかわるもの、たとえば三角形さんかくけいの一辺いっぺんと交まじわる直線ちょくせんが残のこる二に辺へんのいずれかとも交まじわるという事実じじつが公理こうりとして言いわれていないことを最初さいしょに明示めいじしたのは、1882年ねんのパッシュ『新しん幾何学きかがく講義こうぎ』である。それらを含ふくむ体系たいけいを与あたえたのが、1899年ねんのヒルベルトの仕事しごとだった。

    五いつつの公準こうじゅんのうち、第だい五ごだけが異質いしつである。他ほかの四よっつが一行いちぎょう前後ぜんごで済すむのに対たいし、第だい五ごは、二に直線ちょくせんに交まじわる直線ちょくせんが同おなじ側がわの内角ないかくの和わを二に直角ちょっかくより小ちいさくするならば、その二に直線ちょくせんは延長えんちょうすればその側がわで交まじわる、という長ながい条件文じょうけんぶんになっている。ユークリッド自身じしん、この公準こうじゅんの使用しようを可能かのうなかぎり先送さきおくりしており、第一だいいち巻かんの28番目ばんめの命題めいだいまで使つかわずに進すすむ。作者さくしゃ自身じしんがこの前提ぜんていの異質いしつさを意識いしきしていたと読よめる配置はいちである。

    そこで古代こだいから、第だい五ご公準こうじゅんを他ほかの四よっつから証明しょうめいしようとする試こころみが繰くり返かえされた。プロクロスの注釈ちゅうしゃくにはすでに複数ふくすうの試こころみへの言及げんきゅうがある。この問題もんだいを最もっとも執拗しつように追おったのは、むしろイスラーム圏けんの数学者すうがくしゃたちで、11世紀じゅういっせいきのイブン・アルハイサム、ウマル・ハイヤーム、13世紀じゅうさんせいきのナスィール・アッディーン・トゥースィーらが、四角しかく形けいの角かどの性質せいしつを経由けいゆする独自どくじの議論ぎろんを残のこした。彼かれらの仕事しごとはヨーロッパにも伝つたわり、1733年ねんにサッケーリが、第だい五ご公準こうじゅんの否定ひていから矛盾むじゅんを導みちびこうとして膨大ぼうだいな定理ていり群ぐんを導出どうしゅつしながら、矛盾むじゅんに至いたらないまま強引ごういんに結論けつろんした著作ちょさくを残のこす。彼かれが導みちびいた定理ていり群ぐんは、後あとから見みれば別種べっしゅの幾何学きかがくの内容ないようそのものだった。

    決着けっちゃくは19世紀じゅうきゅうせいきに訪おとずれる。ロバチェフスキーが1820年代ねんだい末まつにカザンで、ボヤイ・ヤーノシュが1832年ねんに父ちちの著書ちょしょの付録ふろくとして、それぞれ独立どくりつに、第だい五ご公準こうじゅんを否定ひていした体系たいけいを矛盾むじゅんなく展開てんかいしてみせた。ガウスも同種どうしゅの結論けつろんに達たっしていたが公表こうひょうせず、ボヤイの父ちちに宛あてた書簡しょかんで、これを賞賛しょうさんすることは自分自身じぶんじしんを賞賛しょうさんすることになる、という趣旨しゅしを書かき送おくっている。決定的けっていてきな補強ほきょうは1868年ねんのベルトラミによるもので、非ひユークリッド幾何きかの内容ないようをユークリッド幾何きかの内部ないぶのモデルとして解釈かいしゃくしてみせた。これにより、非ひユークリッド幾何きかが矛盾むじゅんするならユークリッド幾何きかも矛盾むじゅんする、という相対的そうたいてきな無矛盾むむじゅん性せいが示しめされ、第だい五ご公準こうじゅんは他ほかの公準こうじゅんから独立どくりつであることが確定かくていした。2000年ねんの証明しょうめいの試こころみは、証明しょうめいできないことの証明しょうめいによって閉とじた。

    この結末けつまつは、公理こうりの身分みぶんを変かえた。公理こうりはもはや疑うたがいえない自明じめいの真理しんりではなく、そこから何なにが導みちびかれるかを見みるために選えらばれた仮定かていになった。仮定かていを取とり替かえれば別べつの幾何学きかがくが成なり立たち、どちらが現実げんじつの空間くうかんの記述きじゅつとして正ただしいかは、論理ろんりではなく観測かんそくが決きめる問題もんだいになる。リーマンが1854年ねんの講演こうえんで展開てんかいした曲まがった空間くうかんの一般いっぱん論ろんが、半はん世紀せいき後ごに重力じゅうりょくの理論りろんの数学的すうがくてきな器うつわとして使つかわれることになるのは、この身分みぶん変更へんこうの直接ちょくせつの帰結きけつである。

    『原論げんろん』が与あたえた型かたは、数学すうがくの外そとにも広ひろがった。スピノザは1677年ねんに没後ぼつご刊行かんこうされた主著しゅちょに「幾何学きかがく的てき秩序ちつじょによって論証ろんしょうされた」という副題ふくだいを掲かかげ、定義ていぎと公理こうりを置おいてから命題めいだいを並ならべ、各かく証明しょうめいの末尾まつびに証明しょうめい終おわりの語ごを記しるすという体裁ていさいで倫理学りんりがくを書かいた。ニュートンの1687年ねんの主著しゅちょも、定義ていぎと運動うんどうの公理こうりを冒頭ぼうとうに据すえ、以下いかを命題めいだいと証明しょうめいの連鎖れんさとして組くみ立たてている。ただし、形式けいしきを借かりることと、その形式けいしきが保証ほしょうする確実性かくじつせいを得えることは別べつである。スピノザの公理こうりに読者どくしゃが同意どういする保証ほしょうはどこにもなく、幾何学きかがくの外そとでは、前提ぜんていの正ただしさをどう確保かくほするかという問題もんだいが残のこり続つづけた。

    それでも、この営いとなみが持もち込こんだ新あたらしさは決定的けっていてきだった。証明しょうめいは、権威けんいではなく手続てつづきに服従ふくじゅうを求もとめる。プラトンの『メノン』には、幾何学きかがくを学まなんだことのない少年しょうねんが、問といに答こたえていくだけで与あたえられた正方形せいほうけいの2倍にばいの面積めんせきを持もつ正方形せいほうけいの作図さくずに至いたる場面ばめんがある。この場面ばめんの哲学的てつがくてき解釈かいしゃくはさておき、そこで前提ぜんていされているのは、証明しょうめいの正ただしさが証明者しょうめいしゃの身分みぶんや年齢ねんれいや出自しゅつじに依存いぞんしないという性質せいしつである。神託しんたくでも王おうの宣言せんげんでも長老ちょうろうの記憶きおくでもなく、誰だれでも辿たどれる手順てじゅんが権威けんいになる。知ちの正当性せいとうせいの根拠こんきょが人ひとから方法ほうほうへ移うつったこと、これがギリシアで起おきた最もっとも大おおきな事件じけんである。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 56 / 推すい 6 / 争そう 4

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かくタレスの著作ちょさくは現存げんそんせず、「万物ばんぶつの始原しげんは水みず」という説せつはアリストテレス『形而上学けいじじょうがく』第一だいいち巻かんの先行せんこう学説がくせつの整理せいりを通つうじて伝つたわるアリストテレス『形而上学けいじじょうがく』A巻かん3章さんしょう
    • 争そうヘロドトスが伝つたえるタレスによる日食にっしょく予言よげんヘロドトス『歴史れきし』第だい1巻いっかん74節ななじゅうよんせつ(予告よこくされたのは年としのみで、日時にちじは記しるされない)。前ぜん585年ねん5月ごがつ28日にじゅうはちにちという同定どうていは近代きんだいの天文学的てんもんがくてき逆算ぎゃくさんによる。当時とうじの天文てんもん知識ちしきで特定とくてい地点ちてんでの可視かし性せいまで予測よそく可能かのうだったかに疑義ぎぎがあり、伝承でんしょうとして扱あつかわれる
    • 確かくアナクシマンドロスは始原しげんを無限むげん定ていなもの(アペイロン)、アナクシメネスは空気くうきとし、先行者せんこうしゃと異ことなる答こたえを提出ていしゅつした古代こだいの学説がくせつ誌しおよび断片だんぺん
    • 確かくソクラテスは著作ちょさくを一行いちぎょうも残のこしていないプラトン、クセノポン、アリストテレスのいずれもソクラテスの著作ちょさくに言及げんきゅうせず、現存げんそんもしない
    • 確かくアリストパネス『雲くも』(前ぜん423年ねん上演じょうえん)はソクラテスを吊つり籠かごに乗のせて天空てんくうの事柄ことがらを論ろんじる人物じんぶつとして描えがくアリストパネス『雲くも』
    • 争そう歴史上れきしじょうのソクラテスの復元ふくげん可能性かのうせい(ソクラテス問題もんだい)プラトン・クセノポン・アリストパネスの像ぞうが一致いっちせず、19世紀じゅうきゅうせいき初頭しょとうのシュライアマハーの論考ろんこう以来いらい、決着けっちゃくしていない
    • 確かくプラトン『エウテュプロン』では、敬虔けいけんを「神々かみがみに愛あいされること」とする定義ていぎが、神々かみがみの間あいだの対立たいりつという対話者たいわしゃ自身じしんの前提ぜんていと衝突しょうとつして崩くずれるプラトン『エウテュプロン』
    • 確かくソクラテスの裁判さいばんは前ぜん399年ねん、アテナイの民衆みんしゅう法廷ほうていで行おこなわれたプラトン『弁明べんめい』、クセノポン『ソクラテスの弁明べんめい』、ディオゲネス・ラエルティオス
    • 確かく罪状ざいじょうは「国家こっかが認みとめる神々かみがみを認みとめず新奇しんきな神霊しんれいを導入どうにゅうした」「若者わかものを堕落だらくさせた」の二ふたつ。告発人こくはつにんはメレトス、アニュトス、リュコンディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者てつがくしゃ列伝れつでん』第だい2巻にかんがファウォリノス経由けいゆで告発こくはつ状じょうの文面ぶんめんを引用いんよう
    • 推すい前ぜん404年ねんの三十人僭主政さんじゅうにんせんしゅせいをめぐる政治的せいじてき背景はいけいが訴訟そしょうの実質的じっしつてき動機どうきだったという解釈かいしゃく前ぜん403年ねんの恩赦おんしゃにより政治的せいじてき訴追そついが封ふうじられていた事情じじょうからの推論すいろんであり、告発こくはつ状じょうに政治的せいじてき文言もんごんはない
    • 確かくプラトン『弁明べんめい』にはイデア論ろんが現あらわれず、『パイドン』は魂たましいの不死ふしの論証ろんしょうとイデア論ろんを全面ぜんめん展開てんかいする両りょう対話篇たいわへん本文ほんぶん
    • 確かく『パイドン』は冒頭ぼうとう近ちかくで、プラトンは病気びょうきだったと語かたり手てに述のべさせ、自みずからが目撃者もくげきしゃでないことを明示めいじしているプラトン『パイドン』冒頭ぼうとう部ぶ
    • 確かく『パイドン』は、デロス島とうへの祭祀さいし使節しせつの帰還きかんまで処刑しょけいが延期えんきされたと記しるすプラトン『パイドン』冒頭ぼうとう部ぶ
    • 確かく処刑しょけいに用もちいられた毒どくはコニウム(ドクニンジンの類るい)とされる古代こだいの証言しょうげんおよび『パイドン』の描写びょうしゃに基もとづく通説つうせつ
    • 争そう『パイドン』の描えがく静穏せいおんな上行じょうこう性せい麻痺まひの経過けいかが実際じっさいのコニウム中毒ちゅうどくの臨床りんしょう像ぞうと一致いっちするか20世紀にじっせいき以降いこう、医学的いがくてき観点かんてんからの疑義ぎぎが提出ていしゅつされる一方いっぽう、上行じょうこう性せいの運動うんどう麻痺まひと意識いしき清明せいめいの保持ほじを含ふくむ症例しょうれい報告ほうこくは描写びょうしゃと矛盾むじゅんしないとする反論はんろんもあり、疑義ぎぎと反論はんろんが並立へいりつしており決着けっちゃくしていない
    • 確かくデルポイの神託しんたくの逸話いつわと「知しらないと思おもっていない点てんだけが自分じぶんの優位ゆうい」という論法ろんぽうは、プラトン『弁明べんめい』でソクラテス自身じしんの語かたりとして提示ていじされるプラトン『弁明べんめい』
    • 確かくアリストテレスの論理学ろんりがく的てき著作ちょさくは『カテゴリー論ろん』『命題論めいだいろん』『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』『分析ぶんせき論ろん後書あとがき』『トピカ』『詭弁きべん論駁ろんばく論ろん』の六篇ろっぺんからなる現存げんそんする著作ちょさく集しゅうの構成こうせい
    • 確かく『オルガノン』という総称そうしょうは後代こうだいの呼称こしょうであり、アリストテレス自身じしんの用語ようごではない古代こだい末期まっきの注釈ちゅうしゃく者しゃの伝統でんとうに由来ゆらいする編纂へんさん上じょうの名称めいしょう
    • 確かく定言ていげん命題めいだいの四型よんけいをA・E・I・Oで表あらわす記法きほうは中世ちゅうせいラテン語ご圏けんの工夫くふうで、affirmo(肯定こうていする)とnego(否定ひていする)の母音ぼいんに由来ゆらいする中世ちゅうせい論理学ろんりがくの教科書きょうかしょ伝統でんとう
    • 確かく矛盾むじゅん・反対はんたい・小しょう反対はんたい・大小だいしょう関係かんけいという四型よんけい間かんの関係かんけいはアリストテレスが論ろんじているが、正方形せいほうけいの図式ずしきは後代こうだいのもの関係かんけいは『命題論めいだいろん』7章ななしょうほか、図式ずしきはアプレイウスに帰かえされる著作ちょさくおよびボエティウスの系譜けいふに現あらわれる。アプレイウスに帰かえされる著作ちょさくはこれを「四角い図式(quadrata formula)」と呼よんでおり、「対当の方陣(quadratum oppositionum)」という定型ていけい句くが固かたまるのは中世ちゅうせいである
    • 確かく対当たいとう方陣ほうじんの反対はんたい・小しょう反対はんたい・大小だいしょう関係かんけいは、全称ぜんしょう命題めいだいが主語しゅご項こうの存在そんざいを含意がんいするという前提ぜんていの下もとでのみ成なり立たち、現代げんだいの述語じゅつご論理ろんりの読よみ(全称ぜんしょう肯定こうていを「SであってPでないものは存在そんざいしない」と解かいする)では矛盾むじゅん関係かんけいのみが残のこる述語じゅつご論理ろんりにおける全称ぜんしょう命題めいだいの標準的ひょうじゅんてき解釈かいしゃく
    • 確かく伝統的でんとうてき論理学ろんりがくが妥当だとうとした24式にじゅうよんしきのうち、存在そんざい含意がんいを仮定かていせずに妥当だとうなのは15式じゅうごしきであり、残のこる9式きゅうしき(Darapti・Felapton・Bramantip・Fesapo および弱よわめられた5式ごしき)は主語しゅご項こうの非ひ空性くうしょうを追加ついか前提ぜんていとして要ようする現代げんだいの三さん段だん論法ろんぽうの標準的ひょうじゅんてきな扱あつかい
    • 確かく三さん段だん論法ろんぽうの格かくは、大だい項こう(結論けつろんの述語じゅつご)を含ふくむ大前提だいぜんていと、小しょう項こう(結論けつろんの主語しゅご)を含ふくむ小前提しょうぜんていの区別くべつを前提ぜんていとして定義ていぎされる。中項ちゅうこうが大前提だいぜんていで主語しゅご・小前提しょうぜんていで述語じゅつごとなるのが第一だいいち格かく、両りょう前提ぜんていで述語じゅつごとなるのが第だい二に格かく、両りょう前提ぜんていで主語しゅごとなるのが第だい三さん格かく、大前提だいぜんていで述語じゅつご・小前提しょうぜんていで主語しゅごとなるのが第だい四格しかくである伝統的でんとうてき論理学ろんりがくにおける格かくの標準的ひょうじゅんてき定義ていぎ
    • 確かくアリストテレスが立たてた格かくは三みっつで、『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』第一だいいち巻かん4〜6章しょうにおいて第一だいいち格かくに四よん式しき、第だい二に格かくに四よん式しき、第だい三さん格かくに六ろく式しきの計けい14の妥当だとうな式しきが確定かくていされるアリストテレス『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』
    • 確かく第一だいいち格かくが「完全かんぜん」とされるのは、結論けつろんの必然性ひつぜんせいが追加ついかの操作そうさなしに読よみ取とれるためであり、第だい二に格かく・第だい三さん格かくは換かえ位いや背理法はいりほうによって第一だいいち格かくに還元かんげんされて妥当性だとうせいが示しめされるアリストテレス『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』
    • 争そう第だい四格しかくのガレノスへの帰属きぞくアヴェロエス経由けいゆの伝承でんしょうだが、ガレノスの現存げんそんする論理学ろんりがく著作ちょさくに該当がいとう記述きじゅつはなく、20世紀にじっせいきにウカシェヴィチが帰属きぞくを疑うたがって以来いらい、定説ていせつではない
    • 確かく四格しかくを立たてた伝統的でんとうてき論理学ろんりがくが妥当だとうと認みとめる式しきは24、そのうち中世ちゅうせいの記憶術きおくじゅつ詩しが列挙れっきょした主要しゅような式しきは19で、残のこる五いつつは大小だいしょう関係かんけいにより結論けつろんを弱よわめた式しきである。弱よわめられた五ご式しきにもBarbari, Celaront, Cesaro, Camestrop, Camenop の名ながある中世ちゅうせい以降いこうの伝統的でんとうてき論理学ろんりがくの計数けいすうであり、アリストテレス自身じしんのものではない
    • 確かくBarbara, Celarent, Darii, Ferio などの記憶きおく語ごは13世紀じゅうさんせいきの中世ちゅうせい論理学ろんりがくの産物さんぶつで、母音ぼいんがA・E・I・Oの命題型めいだいけいに、子音しいんが第一だいいち格かくへの還元かんげん操作そうさ(s=単純たんじゅん換かえ位い、p=制限せいげんを伴ともなう換かえ位い、m=前提ぜんていの入いれ替かえ、c=背理法はいりほう)に対応たいおうし、頭あたま子音しいんB・C・D・Fが還元かんげん先さきの第一だいいち格かくの式しき(Barbara, Celarent, Darii, Ferio)を指定していするシャーウッドのウィリアム、スペインのペトルスらの教科書きょうかしょ
    • 確かく妥当性だとうせいと真理しんりは区別くべつされ、前提ぜんていが偽にせでも推論すいろんは妥当だとうでありうるアリストテレス『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』における、形式けいしきのみによる必然性ひつぜんせいの規定きてい
    • 推すい三さん段だん論法ろんぽうは関係かんけいを含ふくむ推論すいろんを扱あつかえない。「すべての馬うまは動物どうぶつである、ゆえにすべての馬うまの頭あたまは動物どうぶつの頭あたまである」という例れいは19世紀じゅうきゅうせいきのド・モルガンによるド・モルガンの関係かんけいの論理ろんりをめぐる一連いちれんの論考ろんこう(『形式けいしき論理学ろんりがく』1847年ねん、および「三さん段だん論法ろんぽうについて IV」1860年ねんほか)。特定とくてい箇所かしょの同定どうていは文献ぶんけんにより揺ゆれる
    • 確かく量化子りょうかしを備そなえた人工じんこう言語げんごはフレーゲが1879年ねんの『概念がいねん記法きほう』で与あたえたフレーゲ『概念がいねん記法きほう』(1879年ねん)
    • 確かくクリュシッポスの著作ちょさくは完本かんぽんとして一ひとつも現存げんそんせず、内容ないようはセクストス・エンペイリコス、ディオゲネス・ラエルティオス、ガレノス、キケロらの断片だんぺん・証言しょうげんから復元ふくげんされている現存げんそん資料しりょうの状況じょうきょう
    • 確かくディオゲネス・ラエルティオスはクリュシッポスの著作ちょさく数すうを700巻かんを超こえると伝つたえるディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者てつがくしゃ列伝れつでん』第だい7巻ななかん
    • 確かくストア派はは序数じょすうを命題めいだいそのものの代かわりに用もちい、アリストテレスが項こうに文字もじを用もちいたのと対照たいしょうをなすセクストス・エンペイリコスらが伝つたえる定式化ていしきか
    • 確かく五いつつの「証明しょうめい不可能ふかのうなもの」は、前件ぜんけん肯定こうてい、後件こうけん否定ひてい、連言れんげんの否定ひていからの推論すいろん、排他的はいたてき選言せんげんの一方いっぽうの肯定こうていからの推論すいろん、排他的はいたてき選言せんげんの一方いっぽうの否定ひていからの推論すいろんであるセクストス・エンペイリコス、ディオゲネス・ラエルティオス
    • 確かくストア派はの選言せんげんは排他的はいたてきであり、現代げんだいの標準的ひょうじゅんてきな包含ほうがん的てき選言せんげんとは異ことなる第だい四よん形式けいしき(pまたはq、pである、ゆえにqでない)が妥当だとうとされることから
    • 確かくフィロンは条件文じょうけんぶんが偽にせになるのを「前件ぜんけんが真しんで後件こうけんが偽にせ」の場合ばあいに限かぎるとし、これが実質じっしつ含意がんいにあたる。ディオドロス・クロノスは時間的じかんてき条件じょうけんを加くわえ、クリュシッポスは前件ぜんけんと後件こうけんの否定ひていの両立りょうりつ不可能ふかのう性せいを求もとめたセクストス・エンペイリコスの伝つたえる論争ろんそう
    • 確かく「屋根やねの上うえの鴉からすまでがどの条件文じょうけんぶんが真しんかを鳴なき交かわしている」というカリマコスの警句けいくが、この論争ろんそうの広ひろがりを伝つたえるセクストス・エンペイリコスの引用いんよう
    • 確かくアリストテレスの論理学ろんりがく著作ちょさくの中世ちゅうせいラテン西方せいほうへの伝達でんたつは、『カテゴリー論ろん』『命題論めいだいろん』が6世紀ろくせいきのボエティウスによるギリシア語ごからの直接ちょくせつ訳やく(logica vetus)、残のこる四よん篇へんが12世紀じゅうにせいきのギリシア語ごからの翻訳ほんやく(logica nova)を主しゅ経路けいろとする。アラビア語ご圏けんを経由けいゆしたのは主しゅとして注釈ちゅうしゃくである中世ちゅうせい論理学史ろんりがくしの標準的ひょうじゅんてき記述きじゅつ
    • 確かくストア派はの論理ろんりを命題論めいだいろん理りとして再評価さいひょうかしたのはウカシェヴィチ(1930年代ねんだい)とメイツ(1950年代ねんだい)であるウカシェヴィチのストア派は論理ろんり論ろん、メイツ『ストア派はの論理学ろんりがく』(1953年ねん)
    • 確かく条件文じょうけんぶんの逆ぎゃく・裏うら・対偶たいぐうのうち、元もとの命題めいだいと同値どうちなのは対偶たいぐうのみ。逆ぎゃくと裏うらは互たがいに対偶たいぐうの関係かんけいにあり、常つねに同おなじ真偽値しんぎちをとる命題論めいだいろん理りの基本きほん定理ていり
    • 確かくウェイソン選択せんたく課題かだいでは、規則きそくの対偶たいぐうにあたるカードが見落みおとされ、多おおくの実施じっしで正答せいとう率りつは1割いちわり前後ぜんごにとどまるピーター・ウェイソンによる1960年代ねんだいの実験じっけんおよび多数たすうの追試ついし
    • 確かく同おなじ論理ろんり構造こうぞうでも社会的しゃかいてき規則きそく(年齢ねんれいと飲酒いんしゅなど)の形かたちで提示ていじすると正答せいとう率りつが大おおきく上昇じょうしょうするGriggs & Cox(1982)の飲酒いんしゅ年齢ねんれい版はん、および Cosmides(1989)以降いこうの社会しゃかい契約けいやく説せつによる解釈かいしゃく
    • 確かくアリストテレスは背理法はいりほうの代表だいひょう例れいとして、正方形せいほうけいの対角線たいかくせんと一辺いっぺんの通約つうやく不可能ふかのう性せいの証明しょうめいに言及げんきゅうしているアリストテレス『分析ぶんせき論ろん前書ぜんしょ』第一だいいち巻かん23章にじゅうさんしょう
    • 推すい通約つうやく不ふ可能性かのうせいの発見はっけんは、任意にんいの二ふたつの量りょうに共通きょうつうの尺度しゃくどがあるという前提ぜんていを崩くずし、その修復しゅうふくとしてエウドクソスの比例ひれい論ろんが『原論げんろん』第だい五ご巻かんに収おさめられた『原論げんろん』第だい五ご巻かんの古代こだいの傍注ぼうちゅう(スコリオン)による帰属きぞくであり、広ひろく受うけ入いれられているが直接ちょくせつの証拠しょうこはない
    • 推すいヒッパソスが通約つうやく不可能ふかのう性せいの発見はっけんにより海うみに沈しずめられたという物語ものがたりは後代こうだいの伝承でんしょうである数百すうひゃく年後ねんごのイアンブリコスらに現あらわれる記述きじゅつであり、同時どうじ代だいの証拠しょうこはない
    • 推すい『原論げんろん』第十巻だいじっかん末尾まつびに置おかれた二にの平方根へいほうこんの無理むり性せいの命題めいだいは後世こうせいの挿入そうにゅうである校訂こうてい史しにおける通例つうれいの判断はんだん
    • 確かく背理法はいりほうには、ある命題めいだいを仮定かていして矛盾むじゅんを導みちびきその否定ひていを結論けつろんする形かたちと、否定ひていを仮定かていして矛盾むじゅんを導みちびき元もとの命題めいだいを結論けつろんする形かたちの二ふたつがあり、排中律はいちゅうりつ(および二に重じゅう否定ひてい除去じょきょ)を要ようするのは後者こうしゃのみである直観ちょっかん主義しゅぎ論理ろんりと古典こてん論理ろんりの差さの標準的ひょうじゅんてきな整理せいり
    • 確かく二にの平方根へいほうこんの無理むり性せいの証明しょうめいは前者ぜんしゃの形かたち(仮定かていから矛盾むじゅんを導みちびき仮定かていを否定ひていする)であり、直観ちょっかん主義しゅぎでもそのまま妥当だとうである同上どうじょう
    • 確かくブラウワーに始はじまる直観ちょっかん主義しゅぎは無限むげんを扱あつかう領域りょういきで排中律はいちゅうりつを無制限むせいげんには認みとめず、存在そんざいの主張しゅちょうに構成こうせい手続てつづきを要求ようきゅうする。1930年ねん前後ぜんごにハイティングが形式けいしき化かした20世紀にじっせいき初頭しょとうの数学すうがく基礎きそ論ろん
    • 確かく直観ちょっかん主義しゅぎが留保りゅうほするのは排中律はいちゅうりつであって無む矛盾律むじゅんりつではなく、直観ちょっかん主義しゅぎ論理ろんりでは排中律はいちゅうりつの否定ひていは導みちびけない(¬¬(A∨¬A) は定理ていりである)。無む矛盾律むじゅんりつのほうを制限せいげんするのは矛盾むじゅん許容きょよう論理ろんり(パラコンシステント論理ろんり)という別べつ系統けいとうである直観ちょっかん主義しゅぎ論理ろんりの標準的ひょうじゅんてきな定式化ていしきか
    • 確かくアリストテレスは『形而上学けいじじょうがく』第だい四よん巻かんで無矛盾むむじゅん律りつを最もっとも確実かくじつな原理げんりとして擁護ようごしたアリストテレス『形而上学けいじじょうがく』Γ巻かん3〜4章しょう
    • 確かく構成こうせい的てき証明しょうめいとプログラムを対応たいおうづける視点してんにより、直観ちょっかん主義しゅぎ論理ろんりは今日きょうの証明しょうめい支援しえん系けいや型理論かたりろんの基盤きばんの一ひとつになっている現代げんだいの証明しょうめい支援しえん系けいの設計せっけい
    • 確かく『原論げんろん』は全ぜん13巻じゅうさんかん、第一だいいち巻かんの冒頭ぼうとうに23の定義ていぎ、五いつつの公準こうじゅん、五いつつの共通きょうつう概念がいねんが置おかれるユークリッド『原論げんろん』第一だいいち巻かん
    • 推すい編纂へんさんは前ぜん300年ねん頃ころ、アレクサンドリアで活動かつどうしたユークリッドによるとされる主要しゅような伝記でんき的てき言及げんきゅうは5世紀ごせいきのプロクロスの注釈ちゅうしゃくという800年ねん近ちかく後あとの資料しりょうに依存いぞんしており、生没年せいぼつねんも出身地しゅっしんちも確たしかではない
    • 確かく『原論げんろん』第一だいいち巻かん第一だいいち命題めいだいの正せい三角形さんかくけいの作図さくずは2円にえんの交まじわりを暗黙あんもくに用もちいており、それを保証ほしょうする公準こうじゅんは挙あげられていないユークリッド『原論げんろん』第一だいいち巻かん
    • 確かく順序じゅんじょに関かんする隙間すきま(直線ちょくせんが三角形さんかくけいの一辺いっぺんと交まじわれば他ほかの一辺いっぺんとも交まじわる、という間あいだの公理こうりを含ふくむ)を最初さいしょに明示めいじしたのはパッシュ『新しん幾何学きかがく講義こうぎ』(1882年ねん)であり、それらを含ふくむ体系たいけいを与あたえたのがヒルベルト『幾何学きかがく基礎きそ論ろん』(1899年ねん)であるパッシュ『新しん幾何学きかがく講義こうぎ』(1882年ねん)、ヒルベルト『幾何学きかがく基礎きそ論ろん』(1899年ねん)
    • 確かく第だい五ご公準こうじゅんは他ほかの四よん公準こうじゅんに比くらべて格段かくだんに長ながく、ユークリッド自身じしんは第一だいいち巻かんの28番目ばんめの命題めいだいまで使用しようを先送さきおくりしているユークリッド『原論げんろん』第一だいいち巻かん
    • 確かく第だい五ご公準こうじゅんの証明しょうめいの試こころみは古代こだいから続つづき、イブン・アルハイサム、ウマル・ハイヤーム、ナスィール・アッディーン・トゥースィーらイスラーム圏けんの数学者すうがくしゃが独自どくじの議論ぎろんを残のこした11〜13世紀せいきのアラビア語ご数学すうがく文献ぶんけん
    • 確かくサッケーリは1733年ねん、第だい五ご公準こうじゅんの否定ひていから矛盾むじゅんを導みちびこうとして多数たすうの定理ていりを導出どうしゅつしたが矛盾むじゅんに至いたらなかったサッケーリの1733年ねんの著作ちょさく
    • 確かくロバチェフスキーは1820年代ねんだい末まつに、ボヤイ・ヤーノシュは1832年ねんに父ちちの著書ちょしょの付録ふろくとして、それぞれ独立どくりつに非ひユークリッド幾何きかを展開てんかいした。ガウスは同種どうしゅの結論けつろんに達たっしながら公表こうひょうしなかった19世紀じゅうきゅうせいきの刊行物かんこうぶつおよびガウスの書簡しょかん
    • 確かくベルトラミが1868年ねんに与あたえたモデルにより、非ひユークリッド幾何きかの相対的そうたいてき無矛盾むむじゅん性せい、すなわち第だい五ご公準こうじゅんの他ほかの公準こうじゅんからの独立性どくりつせいが確定かくていしたベルトラミの1868年ねんの論文ろんぶん
    • 確かくリーマンは1854年ねんの講演こうえんで曲まがった空間くうかんの一般いっぱん論ろんを展開てんかいし、それが後あとの重力じゅうりょく理論りろんの数学的すうがくてき枠組わくぐみとなったリーマンの1854年ねんゲッティンゲン講演こうえん(1868年ねん公刊こうかん)
    • 確かくスピノザの主著しゅちょは1677年ねんに没後ぼつご刊行かんこうされ、「幾何学きかがく的てき秩序ちつじょによって論証ろんしょうされた」という副題ふくだいのもと、定義ていぎ・公理こうり・命題めいだい・証明しょうめいという体裁ていさいをとるスピノザ『エチカ』(1677年ねん)
    • 確かくニュートンの主著しゅちょは1687年ねん刊かんで、定義ていぎと運動うんどうの公理こうりを冒頭ぼうとうに置おき、以下いかを命題めいだいと証明しょうめいの連鎖れんさとして構成こうせいするニュートン『自然しぜん哲学てつがくの数学的すうがくてき諸しょ原理げんり』(1687年ねん)
    • 確かくプラトン『メノン』には、幾何学きかがくを学まなんでいない少年しょうねんが問答もんどうのみで与あたえられた正方形せいほうけいの2倍にばいの面積めんせきを持もつ正方形せいほうけいの作図さくずに至いたる場面ばめんがあるプラトン『メノン』
    源二げんじ

    源流げんりゅう ── 知ちはどこで生うまれたか

    東ひがしアジアの知ち(东亚之知 / Knowledge in East Asia)

    文字もじが記録きろくになる ── 甲骨文こうこつもんから紙かみと印刷いんさつへ

    卜辞を刻んだ牛の肩甲骨(殷)
    図ず 21卜辞ぼくじを刻きざんだ牛うしの肩甲骨けんこうこつ(殷いん)

    現存げんそんする最古さいこの体系的たいけいてきな漢字かんじ資料しりょうは、書物しょもつではなく占うらないの記録きろくである。殷いん(商しょう)の後期こうき、およそ前13世紀ぜんじゅうさんせいきから前11世紀ぜんじゅういっせいきにかけて、王おうは亀かめの腹甲ふっこうや牛うしの肩甲骨けんこうこつに穴あなを穿うがち、火ひを当あててひび割われを生しょうじさせ、その形かたちから吉凶きっきょうを読よんだ。そこに刻きざまれたのは、問とうた日付ひづけ、問とうた人ひと、問といの内容ないよう、そしてしばしば実際じっさいの結果けっかである。狩かりの獲物えもの、雨あめの有無うむ、王妃おうひの出産しゅっさんが男おとこか女おんなか、敵国てきこくへの出兵しゅっぺいの可否かひ。判断はんだんの場ばで書かかれ、判断はんだんのあとに答こたえ合あわせまで記しるされた文書ぶんしょが、この文字もじ体系たいけいの出発点しゅっぱつてんだった。

    甲骨こうこつが学問がくもんの対象たいしょうになったのは19世紀じゅうきゅうせいきの末すえである。1899年ねん、生薬しょうやくとして売うられていた「龍骨りゅうこつ」に刻きざまれた文字もじに気きづいた者ものがあった、という発見はっけん譚たんが広ひろく語かたられる。当事者とうじしゃを国子監こくしかん祭酒さいしゅの王おう懿栄いえいに帰かえす伝承でんしょうが最もっとも流布るふしているが、天津てんしんの王おう襄じょう・孟もう定生さだおが先さきに注目ちゅうもくしていたと説とく別べつ系統けいとうの証言しょうげんもあり、どちらも後年こうねんの回想かいそうに依よるところが大おおきい。競合きょうごうする物語ものがたりが併存へいそんしている以上いじょう、発見はっけんの場面ばめんそのものは確定かくていした事実じじつではなく、逸話いつわとして扱あつかうのが妥当だとうである。

    確実かくじつなのは、1903年ねんに劉鶚りゅうがくが拓本たくほん集しゅう『鉄雲てつうん蔵ぞう亀かめ』を刊行かんこうして資料しりょうが公開こうかいされたこと、そして1917年ねんに王国維おうこくいが甲骨こうこつに見みえる王名おうめいの系列けいれつと『史記しき』殷いん本紀ほんぎの系譜けいふを照合しょうごうし、後世こうせいの文献ぶんけんの記述きじゅつが同どう時代じだい資料しりょうによって裏うらづけられることを示しめしたことである。1928年ねんからは中央ちゅうおう研究けんきゅう院いんが殷墟いんきょ(河南省かなんしょう安陽あんよう)で組織的そしきてきな発掘はっくつを始はじめ、1937年ねんまでに15次じゅうごじを数かぞえた。累計るいけいで十じゅう数万すうまん片へんが知しられるが、確認かくにんされる字種じしゅおよそ四千よんせん数百すうひゃくのうち、確実かくじつに解読かいどくされているのは三分さんぶんの一いちほどにとどまる。

    青銅器銘文の拓本(西周)
    図ず 22青銅器せいどうき銘文めいぶんの拓本たくほん(西周せいしゅう)

    書かく材料ざいりょうは長ながらく竹たけと木きだった。竹簡ちくかん・木簡もっかんを紐ひもで綴とじたものが「編へん」であり「巻かん」である。孔子こうしが『易えき』を愛読あいどくして綴とじ紐ひもを3度さんど切きらせたという「韋編いへん三絶さんぜつ」の言いい回まわしは、書物しょもつが物理的ぶつりてきに重おもく、擦すり切きれるものだったことを前提ぜんていにしている。紙かみは、後漢ごかんの蔡倫さいりんが105年ねんに和帝わていへ献けんじたと『後漢書ごかんじょ』が伝つたえるが、甘粛かんしゅく・陝西せんせいでは前2世紀ぜんにせいきにさかのぼる紙かみ状じょうの遺物いぶつが出土しゅつどしており、紙かみそのものはより古ふるい。蔡倫さいりんの事績じせきは、無むからの発明はつめいというより、原料げんりょうと製法せいほうを安価あんかな方向ほうこうへ改良かいりょうし普及ふきゅうの段階だんかいへ押おし上あげたことに求もとめるべきである。

    綴じられた竹簡(戦国〜秦)
    図ず 23綴とじられた竹簡ちくかん(戦国せんごく〜秦しん)
    竹簡の束が、一巻の紙になったとき、蔵書は建物から棚へ縮んだ
    図ず 24竹簡ちくかんの束たばが、一巻いっかんの紙かみになったとき、蔵書ぞうしょは建物たてものから棚たなへ縮ちぢんだ

    複製ふくせいの技術ぎじゅつは唐とうで本格化ほんかくかした。年とし記きのある現存げんそん最古さいこの印刷いんさつ書物しょもつは、敦煌とんこうで見みつかった868年ねん(咸通かんつう9年くねん)の『金剛こんごう般若はんにゃ波羅蜜経はらみつきょう』である。ただし印刷物いんさつぶつそのものはさらに古ふるい。慶州けいしゅうの仏国ふつこく寺じ釈迦しゃか塔とうから出でた『無垢むく浄光じょうこう大だい陀羅尼経だらにきょう』は、1966年ねんに塔とうの解体かいたい修理しゅうりの際さいに見みつかったもので、この経きょうの漢訳かんやくが704年ねんになされたことが上限じょうげんを、塔とうの建立こんりゅう年ねんである751年ねんが下限かげんを与あたえるため、8世紀はっせいき前半ぜんはんに置おかれる。日本にほんの百万ひゃくまん塔とう陀羅尼だらには8世紀はっせいき後半こうはんである。前者ぜんしゃの製作せいさく地ちが新羅しらぎか唐とうかは、用字ようじと書写しょしゃの特徴とくちょうの解釈かいしゃくをめぐって決着けっちゃくしていない。11世紀じゅういっせいき半なかば、畢昇ひっしょうが膠にかわ泥どろを焼やいた活字かつじを作つくったことは沈括しんかつ『夢渓むけい筆談ひつだん』に記しるされているが、現物げんぶつは伝つたわらず、証言しょうげんのみが残のこる。

    敦煌の『金剛般若波羅蜜経』868年 ── 年記のある現存最古の印刷書物/所蔵:英国図書館
    図ず 25敦煌とんこうの『金剛こんごう般若はんにゃ波羅蜜経はらみつきょう』868年ねん ── 年とし記きのある現存げんそん最古さいこの印刷いんさつ書物しょもつ/所蔵しょぞう:英国えいこく図書館としょかん

    活字かつじを金属きんぞくで鋳いることを本格化ほんかくかさせたのは朝鮮ちょうせんだった。高麗こうらいでは13世紀じゅうさんせいき前半ぜんはんに鋳い字じによる印行いんこうの記録きろくがあり、現存げんそん最古さいこの金属きんぞく活字かつじ印刷いんさつ書しょは1377年ねん、清州チョンジュの興徳こうとく寺じで刷すられた『直指じきし』である。グーテンベルクの42行よんじゅうにぎょう聖書せいしょより約やく80年はちじゅうねん早はやい。ただし、この80年はちじゅうねんがそのまま社会的しゃかいてきな帰結きけつの差さになったわけではない。

    『白雲和尚抄録仏祖直指心体要節』1377年 ── 現存最古の金属活字印刷書/所蔵:フランス国立図書館
    図ず 26『白雲はくうん和尚おしょう抄録しょうろく仏祖ぶっそ直指じきし心体しんたい要よう節せつ』1377年ねん ── 現存げんそん最古さいこの金属きんぞく活字かつじ印刷いんさつ書しょ/所蔵しょぞう:フランス国立こくりつ図書館としょかん

    同おなじ技術ぎじゅつであっても、それを支ささえる需要じゅようと流通りゅうつうの形かたちが違ちがえば、及およぼす影響えいきょうも違ちがってくる。

    年代ねんだい何なにがどこで
    8世紀はっせいき前半ぜんはん『無垢むく浄光じょうこう大だい陀羅尼経だらにきょう』── 漢訳かんやく704年ねんが上限じょうげん、塔とうの建立こんりゅう751年ねんが下限かげん慶州けいしゅう・仏国ふつこく寺じ釈迦しゃか塔とう
    8世紀はっせいき後半こうはん百万ひゃくまん塔とう陀羅尼だらに日本にほん
    868年ねん年とし記きのある現存げんそん最古さいこの印刷いんさつ書物しょもつ『金剛こんごう般若はんにゃ波羅蜜経はらみつきょう』敦煌とんこう(唐とう)
    11世紀じゅういっせいき半なかば畢昇ひっしょうの膠にかわ泥どろ活字かつじ ── 『夢渓むけい筆談ひつだん』の証言しょうげんのみ、現物げんぶつは伝つたわらない北宋ほくそう
    13世紀じゅうさんせいき前半ぜんはん『詳つまびらか定てい古今ここん礼文れぶん』28部にじゅうはちぶを鋳い字じで印行いんこうとの記録きろく ── 現物げんぶつは伝つたわらない高麗こうらい
    1377年ねん現存げんそん最古さいこの金属きんぞく活字かつじ印刷いんさつ書しょ『直指じきし』清州チョンジュ・興徳こうとく寺じ
    1452〜55年としグーテンベルクの42行よんじゅうにぎょう聖書せいしょ ── 『直指じきし』より約やく80年はちじゅうねん遅おそいマインツ

    表ひょう2複製ふくせいの技術ぎじゅつ ── 東ひがしアジアとヨーロッパの前後関係ぜんごかんけい

    焼いた膠泥の活字と、鋳た金属の活字 ── 同じ発想が、別の素材で立ち上がる
    図ず 27焼やいた膠にかわ泥どろの活字かつじと、鋳いた金属きんぞくの活字かつじ ── 同おなじ発想はっそうが、別べつの素材そざいで立たち上あがる

    安やすくなることは、知ちの分布ぶんぷを変かえた。宋代そうだいの福建ふっけん・建陽けんようでは商業しょうぎょう出版しゅっぱんが発達はったつし、科挙かきょの受験じゅけん参考書さんこうしょが量産りょうさんされた。明みんの万暦ばんれき期きには小説しょうせつや実用じつよう書しょが市場しじょうに出回でまわり、江戸えど期きの日本にほんでも版元はんもとが読者どくしゃを作つくった。ただし東ひがしアジアでは、字種じしゅが数千すうせんに及およぶ漢字かんじにおいて一いち枚まい板いたを彫ほる木版もくはんのほうが、少しょう部数ぶすうなら経済的けいざいてきに有利ゆうりであり続つづけた。活字かつじが印刷いんさつを席巻せっけんしたヨーロッパとの違ちがいは、技術ぎじゅつの優劣ゆうれつではなく、文字もじ体系たいけいと市場しじょう規模きぼが定さだめた合理性ごうりせいの違ちがいである。

    技術ぎじゅつが入はいってきたうえで採用さいようされなかった事例じれいが、この点てんを最もっともよく示しめす。文禄ぶんろく・慶長けいちょうの役やくを機きに朝鮮ちょうせんの銅どう活字かつじと印刷いんさつの技法ぎほうが日本にほんへ渡わたり、後陽成ごようぜい天皇てんのうの勅命ちょくめいによる慶長けいちょう勅版ちょくはんが木活もっかつ字じで刷すられ、のちに徳川家康とくがわいえやすの命いのちによる駿河するが版はんでは銅どう活字かつじが用もちいられた。ほぼ同おなじころ、イエズス会かいは西洋せいよう式しきの活版かっぱん印刷機いんさつきを持もち込こみ、天草あまくさや長崎ながさきでキリシタン版はんを刊行かんこうしている。二に系統けいとうの活字かつじ印刷いんさつが並ならんで存在そんざいしたにもかかわらず、寛永かんえい期き以降いこうの商業しょうぎょう出版しゅっぱんは木版もくはんへ回帰かいきした。挿絵さしえと本文ほんぶんを一いち枚まいの版木はんぎに彫ほれること、版木はんぎを保存ほぞんして需要じゅように応おうじて刷すり増ふやせることが、実際じっさいの市場しじょうに合あっていたからである。

    諸子百家しょしひゃっかと論理ろんり ── 名家めいか・墨家ぼっかの議論ぎろん術じゅつ

    思想しそうの爆発ばくはつには条件じょうけんがある。春秋しゅんじゅう戦国せんごく期き、周王しゅうおう室しつの権威けんいが失うしなわれ、数十すうじゅうの国くにが生いき残のこりを賭かけて競きそった結果けっか、有能ゆうのうな策士さくしを高たかく買かう市場しじょうが生うまれた。斉せいの稷下しょっかには各国かっこくから論客ろんきゃくが集あつまり、俸禄ほうろくを受うけて議論ぎろんだけをして暮くらした者ものがいたと伝つたわる。もっとも「百家ひゃっか」という括くくりは当事者とうじしゃの自称じしょうではない。司馬しば談だんの「六家ろっか要よう指ゆび」や劉歆の分類ぶんるいなど、漢かん代だいになって整理せいりのために作つくられた枠組わくぐみである。

    問といは互たがいに噛かみ合あっていた。孔子こうしは乱みだれた秩序ちつじょをどう立たて直なおすかを問とい、外形がいけいの礼れいと内面ないめんの仁ひとしを結むすぼうとした。ただし『論語ろんご』は本人ほんにんの著作ちょさくではなく、弟子でしや孫弟子まごでしの世代せだいが編あんだ言行録げんこうろくである。老子ろうしに帰かえされる『道徳経どうとくきょう』は成立せいりつ年代ねんだいの論争ろんそうが続つづいており、1993年ねんに出土しゅつどした郭店楚簡かくてんそかん(前ぜん300年ねん頃ころ)が現在げんざい知しられる最古さいこ層そうにあたる。墨子ぼくしは無差別むさべつの愛あいと侵略しんりゃくの否定ひていを説とくと同時どうじに、守城しゅじょうの技術ぎじゅつを持もつ実働じつどう集団しゅうだんを率ひきいた。荀子じゅんしは人ひとの性せいを悪あくと見みて、天てんは人ひとの善悪ぜんあくに応おうじて動うごく存在そんざいではないと言いい切きった。韓非かんぴは君主くんしゅが使つかうべき装置そうちとして法ほうと術じゅつと勢いきおいを論ろんじた。

    このなかで、言葉ことばそのものを問題もんだいにしたのが名家めいかである。公孫竜こうそんりゅうの「白馬はくばは馬うまに非ひず」は詭弁きべんとして片かたづけられがちだが、要点ようてんは、「白馬はくば」という名なと「馬うま」という名なが指さす範囲はんいは同おなじでない、という指摘してきにある。名なと対象たいしょうの対応たいおうは自明じめいではない、という主張しゅちょうである。もっとも、現存げんそんする『公孫竜子こうそんりゅうし』は文体ぶんたいと伝来でんらいに疑義ぎぎがあり、戦国せんごく期きの原典げんてんそのものとして扱あつかうことはできない。この学派がくはについて確実かくじつに伝つたわっているのは、議論ぎろんの主題しゅだいと結論けつろんであって、論証ろんしょうの細部さいぶではない。

    「白馬は馬に非ず」── 名と実の食い違いを突く議論
    図ず 28「白馬はくばは馬うまに非ひず」── 名なと実じつの食くい違ちがいを突つく議論ぎろん

    恵施けいしの逆説ぎゃくせつは『荘子そうし』天下てんか篇へんに断片だんぺんとして伝つたわり、「至大しだいは外そと無なし、之これを大一たいいつと謂いう」に始はじまる十じゅうの命題めいだい(歴物十事れきぶつじゅうじ)を成なす。天下てんか篇へんはこれに続つづけて、恵施けいしと論争ろんそうした弁べん者しゃたちの命題めいだいを21挙あげており、そのなかに「一尺いっしゃくの棰、日ひに其その半はんを取とらば、万世まんせい竭けつきず」という無限むげん分割ぶんかつの言明げんめいがある。これらは結論けつろんよりも、日常にちじょう語ごで無限むげんや同一性どういつせいを語かたろうとすると必かならず破綻はたんが生しょうじる、という発見はっけんに価値かちがある。誰だれの命題めいだいかを区別くべつして読よめば、名家めいかと弁べん者しゃたちが別々べつべつの関心かんしんから同おなじ困難こんなんに突つき当あたっていたことも見みえてくる。

    墨家ぼっかはさらに進すすみ、議論ぎろんの作法さほうそのものを条文じょうぶん化かした。『墨子ぼくし』のうち経へ上じょう・経へ下した・経へ説せつ上じょう・経へ説せつ下した・大取だいしゅ・小取しょうしゅの六篇ろっぺんはまとめて「墨経ぼっけい」と呼よばれ、定義ていぎを短みじかく与あたえ、説明せつめいを別立べつだてにする形式けいしきをとる。「故こ」(そうである理由りゆう)や「類るい」(同おなじ種類しゅるいのもの)といった語ごが術語じゅつごとして使つかわれ、小取しょうしゅ篇へんでは譬たとえ・並列へいれつ・引証いんしょうといった推論すいろんの型かたが区別くべつされる。命題めいだいを積つみ上あげて争あらそうための道具立どうぐだてが、意識的いしきてきに作つくられている。

    同おなじ篇へんには自然しぜんの記述きじゅつも混まじる。小ちいさな孔あなを通とおった光ひかりが像ぞうを倒立とうりつさせることが、光ひかりの交まじわる点てんを理由りゆうとして説明せつめいされており、光学こうがくの記録きろくとしては世界せかいでも最古さいこ級きゅうに属ぞくする(アリストテレスに帰かえされる『問題集もんだいしゅう』にも類似るいじの観察かんさつがある)。力ちからについては「力ちからとは形かたちの奮ふるう所以ゆえんなり」と定義ていぎし、天秤てんびんの釣つり合あいや浮うくものの重おもさにも及およぶ。実験じっけん科学かがくとは言いえないが、現象げんしょうを定義ていぎと理由りゆうの形式けいしきに載のせようとした痕跡こんせきは明確めいかくである。

    この線せんは続つづかなかった。秦しんの統制とうせい、そして漢かんの武帝ぶてい期きに儒学じゅがくが官かん学がくとして据すえられると、墨家ぼっかの教団きょうだんは消きえ、名家めいかの議論ぎろんは「詭弁きべん」の代名詞だいめいしになった。皮肉ひにくなことに『墨子ぼくし』の本文ほんぶんが失うしなわれずに済すんだのは、道教どうきょうの経典きょうてん叢書そうしょである『道蔵どうぞう』に紛まぎれ込こんで伝つたわったからであり、そこに収おさめられたまま、長ながく誰だれにも読よまれなかった。復権ふっけんは清代しんだいの考証学こうしょうがくを待まつ。畢沅の注ちゅう(1783年ねん)を経へて、孫詒讓そんいじょうの『墨子閒詁ぼくしかんこ』(19世紀末せいきまつ)が本文ほんぶんを読よめるものにし、20世紀にじっせいき初頭しょとうに梁りょう啓超けいちょうや胡適こてきが西洋せいよう論理学ろんりがくと突つき合あわせて論ろんじ直なおした。もっとも、三さん段だん論法ろんぽうの枠わくに合あわせて読よむことが墨経ぼっけい本来ほんらいの脈絡みゃくらくを歪ゆがめるという批判ひはんも、その時ときから現在げんざいまで続つづいている。

    分類ぶんるいと目録もくろく ── 四部しぶ分類ぶんるいという知ちの地図ちず

    経・史・子・集 ── 千年以上使われた四つの棚
    図ず 29経けい・史し・子し・集しゅう ── 千せん年ねん以上いじょう使つかわれた四よっつの棚たな

    目録もくろくは書物しょもつの一覧いちらんではなく、知ちの地図ちずである。前漢ぜんかんの末すえ、成帝せいていの命いのちにより劉向りゅうきょうが宮中きゅうちゅうの蔵書ぞうしょの校訂こうていに着手ちゃくしゅした。異本いほんを突つき合あわせて重複ちょうふくを削けずり、篇へんの順じゅんを定さだめ、一書いっしょごとに内容ないようと成立せいりつ事情じじょうを記しるした解題かいだいを付ふす。この作業さぎょうを息子むすこの劉歆が引ひき継つぎ、『七略しちりゃく』として編成へんせいした。輯しゅう略りゃく・六芸りくげい略りゃく・諸子しょし略りゃく・詩賦しふ略りゃく・兵書へいしょ略りゃく・術数じゅっすう略りゃく・方ほう技ぎ略りゃくの七なな区分くぶんである。『七略しちりゃく』自体じたいは失うしなわれたが、班固はんこがこれを圧縮あっしゅくして『漢書かんじょ』芸文げいぶん志しに収おさめたため、内容ないようは今日きょうまで伝つたわっている。書物しょもつを集あつめて数かぞえることと、書物しょもつを評価ひょうかして序列じょれつづけることが、最初さいしょから同おなじ作業さぎょうだった。

    七ななつの箱はこは四よっつに減へる。西晋せいしんの荀勗じゅんきょくが甲乙こうおつ丙へい丁ていの四部しぶを立たて、東晋とうしんの李充りじゅうが順序じゅんじょを改あらため、7世紀ななせいき半なかばに成なった『隋書ずいしょ』経籍けいせき志しにおいて経けい・史し・子し・集しゅうという名称めいしょうと順序じゅんじょが確立かくりつする。以後いご1200年ねん余あまり、中国ちゅうごく・朝鮮ちょうせん・日本にほんの蔵書ぞうしょはこの四よっつの箱はこに入いれられ続つづけた。分類ぶんるいの順序じゅんじょはそのまま価値かちの順序じゅんじょである。経へは儒教じゅきょうの経典きょうてんであり、あらゆる議論ぎろんの基準きじゅん点てんに置おかれる。史しがそれに次つぎ、集しゅうは詩文しぶんをまとめる。そして子こ部ぶには、諸子しょしの思想しそうから医方いほう・天文てんもん・農のう・兵へい・術数じゅっすうまで、要ようするに経へ・史し・集しゅうに入はいらないものが一括いっかつして収おさめられた。医学いがくや数学すうがくが独立どくりつした部ぶを持もたなかったという事実じじつは、その社会しゃかいが何なにを学問がくもんの中心ちゅうしんと見みなしたかを、どんな議論ぎろんよりも端的たんてきに示しめしている。

    規模きぼの頂点ちょうてんは『四庫全書しこぜんしょ』である。乾隆けんりゅう38年さんじゅうはちねん(1773年ねん)に開館かいかんし、10年じゅうねんほどをかけて3400余よ種しゅ・7万ななまん9000余よ巻かんを筆写ひっしゃし、七なな部ぶを作つくって各地かくちの閣かくに納おさめた。合あわせて編あまれた『四庫全書しこぜんしょ総そう目め提要ていよう』は、収録しゅうろくした書しょに加くわえて「存あり目め」として排除はいじょした書しょにも解題かいだいを付ふし、1万いちまん種しゅ余よを扱あつかう。個々ここの解題かいだいは今いまなお版本はんぽん研究けんきゅうの出発点しゅっぱつてんとして使つかわれる。

    同時どうじにこれは検閲けんえつ事業じぎょうだった。全国ぜんこくから書しょを献上けんじょうさせる仕組しくみは、そのまま危険きけんな書しょを炙あぶり出だす仕組しくみでもある(「禁きんを徴しるしに寓ぐうす」と評ひょうされる)。満洲まんしゅう族ぞくへの貶称へんしょうや明みんの遺臣いしんの言説げんせつを含ふくむ書しょは焼やかれ、あるいは該当がいとう箇所かしょを削けずって再編さいへんされた。廃棄はいきされた書しょの総数そうすうは史料しりょうによって幅はばがあり、全部ぜんぶ廃棄はいきと部分ぶぶん削除さくじょを合あわせて数千すうせん種しゅ規模きぼと見みるのが穏当おんとうだが、確定かくていは難むずかしい。同おなじ手てが、集あつめることと消けすことを行おこなった。目録もくろくが「何なにが学問がくもんか」を決きめる装置そうちであるとは、この意味いみでもある。

    その基準きじゅんを人材じんざいの流ながれに接続せつぞくしたのが科挙かきょである。隋ずいに始はじまるが、開始かいしをどの年としに置おくかは説せつが分わかれる。587年ねん(開皇かいおう7年しちねん)に文帝ぶんていが州しゅうごとに人材じんざいを貢挙こうきょさせる制せいを定さだめたことに置おく説せつと、605年ねん(大業たいぎょう元年がんねん)に煬帝ようだいが進士しんし科かを立たてたことに置おく説せつである。後者こうしゃを採とれば、1905年ねんの廃止はいしまでの1300年ねんにわたって、官途かんとへの主要しゅような入口いりぐちであり続つづけたことになる。試験科目しけんかもくは「読よむべき書しょ」を定義ていぎする。1313年ねん(皇こう慶よろこび2年にねん)の科挙かきょ復活ふっかつの詔みことのりで朱熹しゅきの『四書ししょ集注しっちゅう』が定本ていほんとされて以降いこう、四書ししょの朱子学しゅしがく的てき解釈かいしゃくが正解せいかいとなり、明清みんしんでは八股文はっこぶんという厳格げんかくな形式けいしきが課かされた。何なにを書かけば通とおるかが決きまれば、何なにを学まなぶかも決きまる。

    ただし、科挙かきょが科学かがくの発展はってんを阻はばんだという因果いんがは単純化たんじゅんかしすぎである。唐宋とうそうには数学すうがくの専門科せんもんか(明みん算さん科か)が置おかれた時期じきがあり、宋代そうだいには科挙かきょの隆盛りゅうせいと技術革新ぎじゅつかくしんが並存へいそんした。制度せいどが有能ゆうのうな人材じんざいを経学けいがくへ大量たいりょうに吸すい寄よせた傾向けいこうは否定ひていしにくいが、それを衰退すいたいの主因しゅいんと見みるか、複数ふくすう要因よういんの一ひとつと見みるかで、研究者けんきゅうしゃの評価ひょうかは分わかれている。

    中国ちゅうごくの科学かがくと技術ぎじゅつ ── ニーダム問題もんだい

    天文てんもんは趣味しゅみではなく国家こっか事業じぎょうだった。暦こよみを作つくり天変てんぺんを読よむことは王朝おうちょうの正統性せいとうせいに直結ちょっけつし、そのために観測かんそく機器ききと記録きろくが国家こっかの手てで維持いじされた。渾天こんてん儀ぎは天球てんきゅうの座標ざひょう系けいを金属きんぞくの環かんで組くみ上あげた装置そうちであり、2世紀にせいきには張衡ちょうこうが水力すいりょくで回転かいてんさせる渾こん象ぞうを作つくったと伝つたわる。1092年ねんに蘇そ頌しょうが完成かんせいさせた水運すいうん儀ぎ象ぞう台だいは、水時計みずどけいの脱進だっしん機構きこうで観測かんそく儀ぎと天球儀てんきゅうぎと時報じほう装置そうちを連動れんどうさせる高層こうそうの機械きかいであり、その構造こうぞうは『新しん儀ぎ象ぞう法要ほうよう』に図解ずかいとして残のこされた。1281年ねん施行しこうの授時暦じゅじれきは、王恂おうじゅん・郭かく守敬しゅけい・許衡きょこうらが簡儀かんぎ・仰儀ぎょうぎといった観測かんそく機器ききを新造しんぞうし、全国ぜんこく27箇所にじゅうななかしょでの実測じっそく(四海しかい測そく験げん)を踏ふまえて編あんだものである。1年いちねんを365.2425日にちとするその値あたいは、300年ねん後ごのグレゴリオ暦れきが採用さいようした値あたいと一致いっちする。

    記録きろくの側がわにも遺産いさんがある。1054年ねん、金牛きんぎゅう宮ぐうの方角ほうがくに「客星きゃくせい」が現あらわれ、昼間ひるまでも23日間にじゅうさんにちかん見みえ、夜空よぞらからは1年いちねん十じゅうか月げつほどで消きえたと宋そうの史料しりょうは記しるす。この記録きろくが超新星ちょうしんせい残骸ざんがいであるかに星雲せいうん(M1)の爆発ばくはつと結むすびつけられたのは20世紀にじっせいきに入はいってからで、位置いちの対応たいおうが指摘してきされたのち1940年代ねんだいにおおむね定着ていちゃくした。日食にっしょく・彗星すいせい・客星きゃくせいを1000年ねん以上いじょうにわたって年月日ねんがっぴつきで記しるした史料しりょうは世界的せかいてきに稀まれであり、現代げんだいの天体てんたい物理学ぶつりがくが過去かこの事象じしょうを較正こうせいするために実際じっさいに参照さんしょうしている。

    数学すうがくは問題集もんだいしゅうの形かたちをとった。『九きゅう章しょう算術さんじゅつ』は前1世紀ぜんいっせいきから後あと1世紀いっせいきにかけて成立せいりつしたと見みられ、246の実務じつむ問題もんだいを九きゅう章しょうに分わけて解法かいほうを示しめす。連立れんりつ一次いちじ方程式ほうていしきを係数けいすうの配列はいれつに置おいて消去しょうきょする「方程ほうてい術じゅつ」は掃はき出だし法ほうにあたり、その過程かていで負数ふすうが正面しょうめんから扱あつかわれる。3世紀さんせいきの劉りゅう徽きは円えんに内接ないせつする多角形たかっけいの辺へんを倍々ばいばいに増ふやしていく方法ほうほうで円周率えんしゅうりつを3.14とし、さらに3072角形かくけいから3.1416を得とくた。5世紀ごせいきの祖そ冲之ちゅうしは3.1415926と3.1415927の間あいだという値あたいを示しめし、あわせて分数ぶんすうによる近似きんじとして密みつ率りつ355/113を与あたえた。三さん桁けたの分母ぶんぼで小数しょうすう第だい六ろく位いまで合あわせるこの分数ぶんすうは、同おなじ精度せいどを極端きょくたんに簡潔かんけつな形かたちで表あらわす。数値すうちそのものの精度せいどは1000年ねん近ちかく破やぶられなかった。

    13世紀じゅうさんせいきには抽象ちゅうしょう度どが上あがる。秦しん九きゅう韶しょうの『数かず書しょ九きゅう章しょう』(1247年ねん)は、余あまりの条件じょうけんから数かずを復元ふくげんする「大衍求一術だいえんきゅういちじゅつ」で一般いっぱん解法かいほうを与あたえ、これは中国ちゅうごく剰余じょうよ定理ていりとして知しられる問題もんだいにあたる。同書どうしょの「正負せいふ開方かいほう術じゅつ」は高次こうじ方程式ほうていしきの数値すうち解かいを反復はんぷく計算けいさんで求もとめる手続てつづきで、後あとにホーナー法ほうと呼よばれる方式ほうしきに相当そうとうする。ただしこれは孤立こりつした達成たっせいではない。11世紀じゅういっせいきの賈か憲けんが示しめした増ぞう乗じょう開方かいほう法ほうと、それを高次こうじへ広ひろげた劉りゅう益ますの仕事しごとという中国ちゅうごく側がわの系譜けいふの上うえに立たっており、西洋せいよう側がわの呼称こしょうだけを与あたえると、この積つみ重かさねが見みえなくなる。李冶りやや朱世傑しゅせいけつの天元術てんげんじゅつ・4元よんげん術じゅつは未知数みちすうを記号きごう的てきに操作そうさする一歩いっぽ手前てまえまで達たっしていた。ただしこの水準すいじゅんは明代みんだいに1度いちど失うしなわれ、清代しんだいの学者がくしゃが古書こしょを掘ほり起おこして再発見さいはっけんすることになる。連続れんぞくしていれば違ちがったかもしれない、という仮定かていが現実げんじつに近ちかい形かたちで残のこされた例れいである。

    医学いがくは理論りろんを持もっていた。『黄帝こうてい内経ないきょう』は戦国せんごくから前漢ぜんかんにかけての複数ふくすうの層そうからなり、経験けいけんの羅列られつではなく陰陽おんみょうと五ご行ぎょうという枠組わくぐみで身体しんたいを組織そしきする。3世紀さんせいき初頭しょとうの張ちょう仲景ちゅうけい『傷寒しょうかん論ろん』は熱性ねっせい疾患しっかんの経過けいかを六ろく段階だんかいに分わけ、患者かんじゃの状態じょうたい(証しょう)に応おうじて処方しょほうを選えらぶ手続てつづきを確立かくりつした。この「弁証論べんしょうろん治ち」の発想はっそうは現在げんざいの漢方かんぽうの骨格こっかくをなす。ただし現行げんこう本ほんは北宋ほくそうの校正こうせい医書いしょ局きょくを経へており、原形げんけいそのままではない。李り時珍じちんは30年さんじゅうねん近ちかくをかけて『本草ほんぞう綱目こうもく』を編あみ(1578年ねん完成かんせい、1596年ねん刊かん)、1800種しゅを超こえる薬物やくぶつを分類ぶんるいし直なおした。

    火薬かやくと羅針盤らしんばんも文献ぶんけんで追おえる。1044年ねんの兵書へいしょ『武経ぶきょう総そう要よう』には現存げんそん最古さいことされる火薬かやくの配合はいごう比ひが載のり、同書どうしょと沈括しんかつ『夢渓むけい筆談ひつだん』には磁針じしんの記述きじゅつがある。沈括しんかつは磁針じしんが真南まみなみをわずかに外はずれることを書かき留とめており、磁気じき偏角へんかくの記録きろくとしては世界せかい最古さいこ級きゅうである。いずれも軍事ぐんじと航海こうかいという実務じつむの必要ひつようのなかで書かき留とめられた知識ちしきであって、自然しぜん哲学てつがくの体系たいけいの一部いちぶとして記しるされたものではない。配合はいごう比ひが兵書へいしょに載のり、磁針じしんの偏かたよりが随筆ずいひつに載のるという配置はいちそのものが、これらの知識ちしきが置おかれていた場所ばしょを示しめしている。

    ここで一ひとつ注記ちゅうきが要いる。「四大しだい発明はつめい」という括くくり方ほうは近代きんだいの言説げんせつである。ベーコンが『ノヴム・オルガヌム』(1620年ねん)で世界せかいを変かえたと述のべたのは印刷いんさつ・火薬かやく・磁石じしゃくの三みっつで、中国ちゅうごく起源きげんとは言いっていない。製紙せいしを加くわえて四よっつに束たばねる定型ていけいは、19世紀じゅうきゅうせいきの西洋人せいようじんによる中国ちゅうごく論ろんのなかで現あらわれた。1840年ねん、宣教師せんきょうしウォルター・ヘンリー・メドハーストがベーコンの挙あげた三みっつをいずれも中国人ちゅうごくじんの発明はつめいであると指摘してきし、次ついでジョゼフ・エドキンズが製紙せいしを加くわえて四よっつに揃そろえた。この定型ていけいが20世紀にじっせいきの中国ちゅうごくで国民的こくみんてきな物語ものがたりとして定着ていちゃくする。個々ここの発明はつめいの事実じじつと、それを「四大しだい」に数かぞえる枠組わくぐみとは、区別くべつして扱あつかう必要ひつようがある。

    これらを一ひとつの問といにまとめたのがジョゼフ・ニーダムである。『中国ちゅうごくの科学かがくと文明ぶんめい』はケンブリッジ大学だいがく出版局しゅっぱんきょくから1954年ねんに第一だいいち巻かんが出でて以後いご、多巻たかん・多分冊たぶんさつで刊行かんこうが続つづいた。彼かれの問といは二に重じゅうだった。15世紀じゅうごせいきまで中国ちゅうごくの技術ぎじゅつは西欧せいおうを上回うわまわっていたのに、なぜ近代きんだい科学かがくは西欧せいおうでだけ成立せいりつしたのか。そしてなぜ、それだけの蓄積ちくせきが自みずから近代きんだい科学かがくへ転てんじなかったのか。ニーダム自身じしんは官僚制かんりょうせいに答こたえを求もとめ、国家こっかが有能ゆうのうな人材じんざいと資本しほんを吸収きゅうしゅうし、商人しょうにん層そうが自律的じりつてきな力ちからを持もてなかったことを挙あげた。

    この問といは、答こたえよりも激はげしい論争ろんそうを呼よんだ。ネイサン・シヴィンは、起おこらなかった出来事できごとの原因げんいんを問とうのは、今日きょうの新聞しんぶんに自分じぶんの名なが載のらなかった理由りゆうを問とうのに似にており、問といとして良よく立たっていないと批判ひはんした。加くわえて、17世紀じゅうななせいきの中国ちゅうごくでは耶蘇やそ会かい士しを介かいした天文学てんもんがくの大おおきな転換てんかんが現実げんじつに起おきており、「何なにも起おきなかった」という前提ぜんてい自体じたいが事実じじつに反はんすると論ろんじた。別べつ方向ほうこうからは、マーク・エルヴィンの「高水準こうすいじゅん均衡きんこうの罠わな」──労働力ろうどうりょくが安やすく豊富ほうふであれば省力しょうりょく機械きかいを作つくる誘因ゆういんが働はたらかない──や、ケネス・ポメランツ『大だい分岐ぶんき』(2000年ねん)の議論ぎろんがある。後者こうしゃは、18世紀じゅうはっせいき半なかばまで先進せんしん地域間ちいきかんの生活せいかつ水準すいじゅんに決定的けっていてきな差さはなく、石炭せきたん鉱床こうしょうの立地りっちと新大陸しんたいりくからの資源しげんが分岐ぶんきを生うんだと主張しゅちょうする。対立たいりつの核心かくしんは事実関係じじつかんけいよりも問といの立たて方ほうにある。「近代きんだい科学かがく」を尺度しゃくどに据すえる限かぎり、他ほかの知ちのかたちは達成たっせいではなく欠如けつじょとしてしか見みえない。他方たほうで、比較ひかくそのものを放棄ほうきすれば、なぜ19世紀じゅうきゅうせいきに力ちからの差さが生しょうじたのかという現実げんじつの問題もんだいが説明せつめいされないまま残のこる。

    日本にほん ── 受容じゅよう・改変かいへん・独自どくじ化か

    日本にほん列島れっとうにとって漢字かんじは輸入品ゆにゅうひんだった。埼玉県さいたまけんの稲荷山いなりやま古墳こふんから出でた鉄剣てっけんには金かね象嵌ぞうがんで115字じが刻きざまれており、「辛亥しんがい年ねん」を471年ねんとする理解りかいが通説つうせつであるが、一いち運うん(60年ろくじゅうねん)繰くり下さげて531年ねんとする説せつも学界がっかいに残のこっており、年次ねんじそのものが確定かくていしているわけではない。ここで文字もじは、系譜けいふと功績こうせきを記録きろくする実用じつようの道具どうぐとして使つかわれている。だがこの文字もじは他人たにんの言語げんごのための体系たいけいである。日本語にほんごを書かくには、漢字かんじの音おとだけを借かりて1字いちじ一音いちおんを写うつす方法ほうほうが要いった。それが万葉まんよう仮名かなであり、8世紀はっせいきの『万葉集まんようしゅう』が大量たいりょうの用例ようれいを残のこした。

    もう一ひとつの発明はつめいは訓読くんどくである。漢文かんぶんをそのまま置おき、返かえり点てんと送おくり仮名がなによって日本語にほんごの語順ごじゅんで読よみ下くだす。翻訳ほんやく文ぶんを別べつに作つくらずに原文げんぶんを読よむ技術ぎじゅつであり、9世紀きゅうせいきの訓点くんてん資料しりょうにはその補助ほじょ記号きごう(ヲコト点てん)が見みえる。これにより漢籍かんせきは「外国語がいこくごの文献ぶんけん」ではなく「読よめるもの」になった。代償だいしょうもあった。原文げんぶんの構造こうぞうを保たもったまま日本語にほんご化かする癖くせは長ながく残のこり、明治めいじ以降いこうの翻訳ほんやく文体ぶんたいにも影かげを落おとしている。9世紀きゅうせいきには草書そうしょの簡略かんりゃく化かから平仮名ひらがなが、仏典ぶってん訓読くんどくの補助ほじょ記号きごうから片仮名かたかなが生うまれ、10世紀じっせいきには仮名かなによる散文さんぶんが書かかれ始はじめる。

    制度せいどとしての学問がくもんは早はやく整ととのい、早はやく形骸化けいがいかした。大宝たいほう令れい(701年ねん)に基もとづく大学寮だいがくりょうは、儒学じゅがくの経書けいしょを読よむ本科ほんかを中心ちゅうしんに、算さん・書しょ・音おとの科かを置おいた。奈良なら中期ちゅうきに文章ぶんしょう(のちの紀伝きでん)と明法みょうぼうが本科ほんかから分離ぶんりし、平安へいあん期きに入はいって明経みょうぎょう・紀伝きでん・明法みょうぼう・算さんを四道しどうと呼よぶ体制たいせいが固かたまる。ただし定員ていいんは限かぎられ、実際じっさいには貴族きぞく子弟していが占しめた。9世紀きゅうせいきには藤原ふじわら氏しの勧学かんがく院いんのような氏族しぞくごとの別曹べっそうが置おかれ、学まなびは家いえに囲かこい込こまれる。空海くうかいが828年ねんに開ひらいたとされる綜芸しゅげい種智院しゅちいんは身分みぶんを問とわない構想こうそうを含ふくんでいたが長続ながつづきしなかった。決定的けっていてきなのは、科挙かきょが制度せいどとして根ねづかなかったことである。試験しけんではなく家格かかくが人材じんざいの配分はいぶんを決きめたという点てんで、日本にほんは中国ちゅうごく・朝鮮ちょうせんと異ことなる道みちを歩あゆんだ。

    独自どくじの展開てんかいは近世きんせいに現あらわれる。関せき孝和たかかずは『発はつ微び算法さんぽう』(1674年ねん)で、漢字かんじを並ならべて式しきを書かく点竄術てんざんじゅつを整ととのえ、代数だいすう計算けいさんを紙かみの上うえで扱あつかえるようにした。1683年ねんの「解伏題之法かいふくだいのほう」には連立れんりつ方程式ほうていしきから未知数みちすうを消去しょうきょするために行列式ぎょうれつしきに相当そうとうする量りょうを用もちいる手続てつづきが見みえ、ライプニッツが同種どうしゅの概念がいねんに言及げんきゅうした1693年ねんの書簡しょかんより早はやい。ただし関せきの方式ほうしきは次数じすうが上あがると符号ふごうの扱あつかいに不備ふびを含ふくむという指摘してきがあり、完成かんせいした理論りろんというより到達点とうたつてんの一ひとつと見みるべきである。建部たけべ賢弘かたひろは『綴つづり術じゅつ算経さんけい』(1722年ねん)で円弧えんこの長ながさを級数きゅうすうで表あらわし、数値すうちの収束しゅうそくを加速かそくする手法しゅほうを用もちいた。これは後あとにリチャードソン外挿がいそうと呼よばれる考かんがえ方かたに相当そうとうする。和算わさんは算額さんがくの奉納ほうのうや遺い題だい継承けいしょうという独自どくじの文化ぶんかを持もったが、問題もんだいの技巧ぎこうに傾かたむき、体系化たいけいかして公刊こうかんする慣行かんこうは弱よわかった。

    暦こよみもまた自前じまえで作つくられた。渋川しぶかわ春海しゅんかいは元もとの授時暦じゅじれきを京都きょうとの里さと差さ(経度けいど差さ)に合あわせて補正ほせいし、1684年ねんに採用さいようが決きまり翌よく1685年ねんから施行しこうされた貞享暦じょうきょうれきを作つくった。日本人にほんじんの手てによる最初さいしょの暦こよみである。その系譜けいふの先さきに麻田あさだ剛立ごうりゅう・高橋たかはし至時よしときがあり、伊能いのう忠敬ただたかによる全国ぜんこく測量そくりょう(1800年ねんから17年間ねんかん)が続つづく。

    伊能忠敬らによる『大日本沿海輿地全図』の一葉/所蔵:国立国会図書館
    図ず 30伊能いのう忠敬ただたからによる『大日本だいにっぽん沿海えんかい輿地よち全図ぜんず』の一葉いちよう/所蔵しょぞう:国立こくりつ国会こっかい図書館としょかん

    蘭学らんがくの起点きてんにはよく知しられた場面ばめんがある。1771年ねん、小塚原こづかっぱらの刑場けいじょうで腑分ふわけに立たち会あった杉田すぎた玄白げんぱく・前野まえの良沢りょうたくらは、持参じさんしたオランダ語ごの解剖かいぼう書しょの図ずが実物じつぶつと細部さいぶまで一致いっちすることに衝撃しょうげきを受うけた。辞書じしょらしい辞書じしょもないなかでの訳業やくぎょうを経へて、『解体かいたい新書しんしょ』は1774年ねんに刊行かんこうされる。原著げんちょはクルムスによる独語どくごの解剖かいぼう書しょの蘭らん訳やくであり、前野まえの良沢りょうたくは訳やくが不完全ふかんぜんであることを理由りゆうに訳者やくしゃとして名なを出ださなかった。玄白げんぱくが晩年ばんねんに書かいた回想かいそう『蘭学らんがく事始ことはじめ』は1815年ねんの執筆しっぴつで、埋うずもれていたものを明治めいじ初年しょねんに福澤ふくざわ諭吉ゆきちらが刊行かんこうして広ひろく読よまれた。蘭学らんがく期きにはすでに、概念がいねんを漢字かんじ2字にじで鋳造ちゅうぞうする技法ぎほうが確立かくりつしていた。宇田川うだがわ榕菴ようあんの『舎密せいみ開宗かいそう』(1837年ねんから刊行かんこう)に見みえる「酸素さんそ」「水素すいそ」「元素げんそ」「還元かんげん」「分析ぶんせき」や、同おなじ榕菴ようあんが植物学しょくぶつがく書しょ『植しょく学がく啓けい原げん』(1833年ねん)で用もちいた「細胞さいぼう」などが、その成果せいかである。

    明治めいじの翻訳ほんやく語ごは、この蓄積ちくせきの上うえに立たつ。西周せいしゅうは philosophy を「哲学てつがく」と訳やくした。当初とうしょは「希き哲学てつがく」の形かたちをとり、『百一新論ひゃくいちしんろん』(慶応けいおう年間ねんかん執筆しっぴつ、1874年ねん刊かん)などを通つうじて定着ていちゃくする。「帰納きのう」「演繹えんえき」も『致知ちち啓蒙けいもう』(1874年ねん)に見みえ、西周せいしゅうに帰かえされることが多おおい。ただし「主観しゅかん」「客観きゃっかん」「概念がいねん」については事情じじょうが異ことなる。西周せいしゅうの訳業やくぎょうに由来ゆらいを持もつとはいえ、語形ごけいが固かたまって普及ふきゅうしたのは井上いのうえ哲次郎てつじろうらの『哲学てつがく字彙じい』(1881年ねん)を経へてからであり、造語ぞうごと定着ていちゃくの担にない手てを1人ひとりに絞しぼることはできない。

    福澤ふくざわ諭吉ゆきちは、経済けいざい書しょを訳やくす際さいに competition を「競争きょうそう」と訳やくしたことを『福翁ふくおう自伝じでん』のなかで自みずから記しるしており、speech の訳語やくご「演説えんぜつ」の定着ていちゃくにも関かかわった。一方いっぽうで「科学かがく」「社会しゃかい」「経済けいざい」といった語ごは、複数ふくすうの訳者やくしゃによる用例ようれいが重かさなって定着ていちゃくしたもので、単独たんどくの造語ぞうご者しゃを特定とくていするのは難むずかしい。制度せいどの側がわでは、1877年ねんに東京とうきょう開成かいせい学校がっこうと東京とうきょう医学校いがっこうを合あわせて東京大学とうきょうだいがくが置おかれ、1886年ねんの帝国ていこく大学令だいがくれいで編成へんせいし直なおされた。

    この訳語やくご群ぐんは、東ひがしアジア全体ぜんたいへ還流かんりゅうした。日清にっしん戦争せんそう後ごに中国ちゅうごくから日本にほんへの留学生りゅうがくせいが急増きゅうぞうし、20世紀にじっせいき初頭しょとうには数千人すうせんにん規模きぼに達たっする。彼かれらの訳書やくしょと、梁りょう啓超けいちょうらの著述ちょじゅつを経へて、和製わせい漢語かんごが中国語ちゅうごくごに大量たいりょうに入はいった。象徴的しょうちょうてきなのは厳復げんふくである。彼かれは evolution・sociology・economics に「天演てんえん」「群ぐん学がく」「計けい学がく」という自前じまえの訳語やくごを当あてたが、日本にほん経由けいゆの「進化しんか」「社会学しゃかいがく」「経済学けいざいがく」が普及ふきゅうして残のこった。朝鮮語ちょうせんごの近代きんだい語彙ごいも同様どうようの経路けいろをたどっている。訳語やくごは翻訳ほんやくの副産物ふくさんぶつであると同時どうじに、その後ごに何なにをどう考かんがえられるかの枠わくを、静しずかに決きめてしまう。

    朝鮮ちょうせん半島はんとう ── 独自どくじの科学かがくと文字もじ

    金属きんぞく活字かつじの歴史れきしは高麗こうらいにさかのぼる。李り奎けい報ほうの文集ぶんしゅうには、13世紀じゅうさんせいき前半ぜんはんに『詳つまびらか定てい古今ここん礼文れぶん』28部にじゅうはちぶを鋳い字じによって印行いんこうしたという記述きじゅつがあるが、その現物げんぶつは伝つたわらない。現存げんそんする最古さいこの金属きんぞく活字かつじ印刷いんさつ書しょは『白雲はくうん和尚おしょう抄録しょうろく仏祖ぶっそ直指じきし心体しんたい要よう節せつ』、通称つうしょう『直指じきし』であり、1377年ねんに清州チョンジュの興徳こうとく寺じで刷すられた。グーテンベルクの42行よんじゅうにぎょう聖書せいしょより約やく80年はちじゅうねん早はやい。下巻げかんのみがフランス国立こくりつ図書館としょかんに残のこるのは、19世紀末せいきまつに駐ちゅう朝あさフランス公使こうしコラン・ド・プランシーが購入こうにゅうして持もち出だしたからである。この1冊いっさつは2001年ねんにユネスコ「世界せかいの記憶きおく」に登録とうろくされ、その後ごまもなく、印刷いんさつ文化ぶんかへの貢献こうけんを顕彰けんしょうする直指じきし賞しょうが同どう機関きかんのもとで設もうけられた。資料しりょうの来歴らいれきと顕彰けんしょうとが、植民地しょくみんち期き以降いこうの資料しりょう移転いてんという主題しゅだいの上うえに重かさなっている。

    ただし早はやさと社会的しゃかいてきな帰結きけつは別べつの話はなしである。朝鮮ちょうせんの活字かつじ印刷いんさつは基本的きほんてきに官営かんえいで、少しょう部数ぶすうを精密せいみつに刷するための技術ぎじゅつだった。商業しょうぎょう出版しゅっぱんが版元はんもとを育そだて、読者層どくしゃそうを膨ふくらませたヨーロッパや中国ちゅうごく江南こうなんとは、同おなじ技術ぎじゅつが置おかれた社会しゃかいの位置いちが違ちがう。朝鮮ちょうせん王朝おうちょうはこれを国家こっか事業じぎょうとして制度せいど化かし、15世紀じゅうごせいき前半ぜんはんには鋳い字じ所しょで美麗びれいな字母じぼが次々つぎつぎに鋳造ちゅうぞうされた。癸未きび字じ(1403年ねん)を皮切かわきりに、庚子こうし字じ、甲寅こういん字じと改鋳かいちゅうが重かさねられている。

    研究けんきゅうに専従せんじゅうする場ばも作つくられた。世宗せいそうが1420年ねんに拡充かくじゅうした集賢しゅうけん殿でんには20人にじゅうにん前後ぜんごの学士がくしが置おかれ、経筵けいえんでの進講しんこうと並ならんで編纂へんさんと調査ちょうさに従事じゅうじした。国家こっかが「研究職けんきゅうしょく」を設もうけて実際じっさいに成果せいかを出ださせた、東ひがしアジアでも際立きわだった例れいである。もっとも制度せいどは政治せいじに脆もろく、集賢しゅうけん殿でんは1456年ねんに世祖せいその手てで廃止はいしされる。

    その15世紀じゅうごせいきに生うまれた器物きぶつの一ひとつが測雨器そくうきである。1441年ねんに考案こうあんされ、翌年よくねんには口径こうけいと深ふかさの規格きかくを定さだめて全国ぜんこくの観測所かんそくしょに配くばられた。重要じゅうようなのは器うつわそのものより体制たいせいのほうで、統一とういつされた器うつわで測はかった降水量こうすいりょうを、日付ひづけとともに中央ちゅうおうへ報告ほうこくさせる仕組しくみが同時どうじに作つくられている。ヨーロッパで雨量計うりょうけいによる組織的そしきてきな観測かんそくが始はじまるのは17世紀じゅうななせいきである。現存げんそんする最古さいこの実物じつぶつは1837年ねんの銘めいを持もつ錦にしき営えい測雨器そくうきで、初期しょきの器うつわは残のこっていない。『世宗せいそう実録じつろく』は考案こうあんを世子せいし(のちの文宗ぶんそう)に帰かえしているが、実務じつむを担になった技術者ぎじゅつしゃの関与かんよも想定そうていされる。

    測雨器(朝鮮王朝)── 降雨量を器で測り、記録に残す制度
    図ず 31測雨器そくうき(朝鮮ちょうせん王朝おうちょう)── 降雨量こううりょうを器うつわで測はかり、記録きろくに残のこす制度せいど

    天文てんもんの整備せいびも同時どうじ期きに進すすんだ。1433年ねんの渾天こんてん儀ぎ、1434年ねんの自じ撃げき漏ろう(自動じどうで時ときを報しらせる水時計みずどけい、蒋しょう英実えいじつらが製作せいさく)、日時計ひどけいである仰釜日晷などが相次あいついで作つくられた。理論りろん面めんの到達点とうたつてんは1440年代ねんだいに編あまれた『七なな政せい算さん』である。内篇ないへんは元もとの授時暦じゅじれきと明みんの大だい統とう暦こよみの方法ほうほうを、漢城かんじょうの緯度いどに合あわせて計算けいさんし直なおしたものであり、外篇がいへんはイスラム系けいの暦法れきほう(回かい回かい暦こよみ)に基もとづく。中国ちゅうごくの暦こよみをそのまま用もちいるのではなく、自国じこくの位置いちで自みずから計算けいさんするという選択せんたくが、ここではっきり取とられている。

    そして訓民くんみん正音せいおんがある。1443年ねん末まつに創製そうせいされ、1446年ねんに解説書かいせつしょ『訓民くんみん正音せいおん』(解かい例れい本ほん)とともに公布こうふされた。この文字もじが特異とくいなのは、設計せっけい原理げんりが設計せっけい者しゃの側がわから明文めいぶんで残のこされている点てんにある。解かい例れい本ほんの制せい字解じかいによれば、子音しいん字じは調音ちょうおん器官きかんの形かたちを象かたどる。ㄱは舌したの根ねが喉のどを塞ふさぐ形かたち、ㄴは舌先したさきが上顎うわあごに付つく形かたち、ㅁは口くちの形かたち、ㅅは歯はの形かたち、ㅇは喉のどの形かたちである。そして同おなじ調音ちょうおん位置いちの音おとは、画がを加くわえることで表あらわされる(ㄱに一画いっかくを足たしてㅋ)。母音ぼいんは天てんを表あらわす点てん、地ちを表あらわす横画よこかく、人ひとを表あらわす縦画たてかくという三さん要素ようその組くみ合あわせとして構成こうせいされる。字じ形けいと音声学おんせいがく的てきな性質せいしつが対応たいおうするように作つくられた文字もじである。

    理論的りろんてきにはさらに踏ふみ込こんでいる。中国ちゅうごくの音韻学おんいんがくは反切はんせつによって音節おんせつを声母せいぼと韻母いんぼに二に分ぶんするのが基本きほんだったが、訓民くんみん正音せいおんは音節おんせつを初声しょせい・中なか声こえ・終声しゅうせいの三みっつに分析ぶんせきし、終声しゅうせいには初声しょせいの字じを再利用さいりようするという規則きそくを立たてた。子音しいんと母音ぼいんを別種べっしゅの要素ようそとして扱あつかい、音節おんせつ単位たんいで組くみ上あげる設計せっけいは、当時とうじの音韻おんいん理論りろんの到達点とうたつてんを踏ふまえたうえで、それを一歩いっぽ越こえている。解かい例れい本ほんは長ながく所在不明しょざいふめいで、1940年ねんに慶尚けいしょう北道ほくどうで発見はっけんされて初はじめて設計せっけい原理げんりが確認かくにんされた。それまでは、字じ形けいの由来ゆらいについて諸説しょせつが唱となえられていた。

    良よい設計せっけいが直ただちに普及ふきゅうするわけではない。1444年ねんには崔萬理さいばんりらが、中華ちゅうかの制度せいどに背そむくとして反対はんたいの上疏じょうそを出だしている。以後いごこの文字もじは「諺文おんもん」と呼よばれ、女性じょせいや庶民しょみんの書かき言葉ことばという位置いちに長ながく置おかれた。公的こうてきな地位ちいを得えるのは19世紀末せいきまつ、甲午こうご改革かいかくで国文こくぶんと定さだめられてからであり、「ハングル」という呼称こしょうが広ひろまるのは20世紀にじっせいきに入はいってからである。文字もじの質しつと、その文字もじが担になう社会的しゃかいてきな地位ちいとは、別べつに決きまる。

    人材じんざいの配分はいぶんは科挙かきょが握にぎった。高麗こうらいの光ひかり宗期むねとき(10世紀じっせいき半なかば)に導入どうにゅうされ、朝鮮ちょうせん王朝おうちょうでは文科もんか・武科ぶか・雑科ざっかに分わかれ、成均館せいきんかんが最高さいこう学府がくふとして置おかれた。合格ごうかくが家門かもんの再生産さいせいさんと結むすびついたため、科挙かきょは身分みぶんを開ひらく装置そうちであると同時どうじに、両りょう班はんという層そうを維持いじする装置そうちでもあった。この構造こうぞうへの内側うちがわからの批判ひはんが実学じつがくである。朴ぼく趾源しげんは1780年ねんの燕つばめ行ぎょうの記録きろく『熱河ねっか日記にっき』で、清しんの煉瓦れんがの積つみ方ほうや車輪しゃりんの規格きかくや糞尿ふんにょうの処理しょりまでを克明こくめいに観察かんさつし、夷狄いてきと侮あなどらずに学まなべと説といた。丁てい若鏞じゃくようは華城かじょうの築城ちくじょうにあたって滑車かっしゃを組くみ合あわせた挙きょ重機じゅうきを設計せっけいし、のちにカトリック関係かんけいの弾圧だんあつで流ながされた康津こうしんでの18年じゅうはちねんに『経世けいせい遺い表ひょう』『牧民心書ぼくみんしんしょ』などを著あらわした。制度せいどそのものを設計せっけいし直なおす対象たいしょうとして扱あつかう学問がくもんが、ここに現あらわれている。

    近代きんだいは断絶だんぜつとして来きた。1910年ねん以降いこうの植民地しょくみんち期きには、1924年ねんに予科よか、1926年ねんに法文学部ほうぶんがくぶと医学部いがくぶを開設かいせつする形かたちで京城帝国大学けいじょうていこくだいがくが置おかれたが、朝鮮人ちょうせんじん学生がくせいは少数しょうすうにとどまり、朝鮮史ちょうせんしや朝鮮語ちょうせんごの研究けんきゅうの主導権しゅどうけんも総督府そうとくふの側がわにあった。朝鮮語ちょうせんご辞典じてんの編纂へんさんに関かかわった学者がくしゃが検挙けんきょされた1942年ねんの朝鮮語ちょうせんご学会がっかい事件じけんは、言語げんご研究けんきゅうが政治的せいじてきな行為こういと見みなされたことを示しめしている。解放かいほう後ご、京城けいじょう帝大ていだいの施設しせつを基礎きそにソウル大学校だいがっこうが発足ほっそくするが、統合とうごう案あんをめぐる紛糾ふんきゅうがあり、続つづく戦争せんそうで施設しせつと人材じんざいの双方そうほうが失うしなわれた。研究けんきゅう体制たいせいの本格的ほんかくてきな再建さいけんは1960年代ねんだい以降いこうで、応用おうよう研究けんきゅうを担になう国立こくりつの研究けんきゅう機関きかんと理工系りこうけいの大学院大学だいがくいんだいがくが相次あいついで設もうけられた。基礎きそより応用おうようを先さきに立たてるという順序じゅんじょは、当時とうじの必要ひつように規定きていされた選択せんたくである。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 88 / 推すい 9 / 争そう 12

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かく現存げんそん最古さいこの体系的たいけいてきな漢字かんじ資料しりょうは殷いん後期こうき(おおむね前まえ13〜前11世紀ぜんじゅういっせいき)の甲骨文こうこつもんであり、内容ないようは占卜せんぼくの記録きろくである殷墟いんきょ出土しゅつど甲骨こうこつ、およびその考こう釈しゃく研究けんきゅうの蓄積ちくせき
    • 確かく甲骨こうこつには問とうた日付ひづけ・貞人ていじん・問といの内容ないようが刻きざまれ、しばしば結果けっか(験げん辞じ)も記しるされる甲骨こうこつ卜辞ぼくじの書式しょしき
    • 争そう1899年ねんの甲骨こうこつ発見はっけんの当事者とうじしゃ王おう懿栄いえいに帰かえす伝承でんしょうが広ひろく流布るふする一方いっぽう、王おう襄じょう・孟もう定生さだおの関与かんよを説とく別べつ系統けいとうの証言しょうげんもあり、いずれも後年こうねんの回想かいそうに依よる。発見はっけんの場面ばめんは確定かくていできない
    • 確かく劉鶚りゅうがく『鉄雲てつうん蔵ぞう亀かめ』(1903年ねん)が甲骨こうこつの拓本たくほんを公刊こうかんした最初さいしょ期きの資料しりょうである同書どうしょ
    • 確かく王国維おうこくいは1917年ねんの研究けんきゅうで甲骨こうこつに見みえる殷いん王おうの系列けいれつと『史記しき』殷いん本紀ほんぎの系譜けいふを照合しょうごうした王国維おうこくい「殷卜辞中所見先公先王考」
    • 確かく中央ちゅうおう研究けんきゅう院いんによる殷墟いんきょの組織的そしきてき発掘はっくつは1928年ねんに始はじまり、1937年ねんまでに15次じゅうごじを数かぞえた中央ちゅうおう研究けんきゅう院いん歴史れきし語言ごげん研究所けんきゅうしょの発掘はっくつ報告ほうこく
    • 推すい甲骨こうこつの字種じしゅは4,000字じ余よ、確実かくじつに解読かいどくされているのはその3さん分ぶんの1程度ていどである字種じしゅ数すう・解読かいどく数すうは研究者けんきゅうしゃにより集計しゅうけいが異ことなるため概数がいすう
    • 確かく『後漢書ごかんじょ』は蔡倫さいりんが105年ねん(元興がんごう元年がんねん)に紙かみを和帝わていに献けんじたと記しるす『後漢書ごかんじょ』蔡倫さいりん伝でん
    • 争そう紙かみの起源きげんは蔡倫さいりんより古ふるく、前2世紀ぜんにせいきにさかのぼる紙かみ状じょう遺物いぶつが甘粛かんしゅく・陝西せんせいから出土しゅつどしている。ただし出土しゅつど品ひんを「紙かみ」と認定にんていしてよいかには異論いろんがある放馬ほうま灘なだ・灞橋などの出土しゅつど資料しりょうをめぐる論争ろんそう
    • 確かく年とし記きのある現存げんそん最古さいこの印刷いんさつ書物しょもつは868年ねん(咸通かんつう9年くねん)の敦煌とんこう本ほん『金剛こんごう般若はんにゃ波羅蜜経はらみつきょう』である大英だいえい図書館としょかん蔵ぞうの同どう資料しりょう
    • 確かく『無垢むく浄光じょうこう大だい陀羅尼経だらにきょう』は1966年ねんの仏国ふつこく寺じ釈迦しゃか塔とう解体かいたい修理しゅうりの際さいに発見はっけんされた。漢訳かんやくが704年ねん、塔とうの建立こんりゅうが751年ねんであることから、印しるし造つくりは8世紀はっせいき前半ぜんはんに置おかれる発見はっけん報告ほうこくおよび同どう経への漢訳かんやく年ねん
    • 争そう同どう経への製作せいさく地ちが新羅しらぎか唐とうかは決着けっちゃくしていない用字ようじ・書写しょしゃの特徴とくちょうの解釈かいしゃくをめぐって韓国かんこく側がわ・中国ちゅうごく側がわの研究者けんきゅうしゃの見解けんかいが分わかれる
    • 確かく畢昇ひっしょうの膠にかわ泥どろ活字かつじは沈括しんかつ『夢渓むけい筆談ひつだん』に記録きろくされており、11世紀じゅういっせいき半なかば(慶よろこび暦年れきねん間かん)に位置いちづけられる。現物げんぶつは伝存でんそんしない『夢渓むけい筆談ひつだん』巻かん18
    • 確かく現存げんそん最古さいこの金属きんぞく活字かつじ印刷いんさつ書しょは1377年ねんに清州チョンジュ興徳こうとく寺じで刷すられた『直指じきし』であり、下巻げかんがフランス国立こくりつ図書館としょかんにある。同館どうかん所蔵しょぞうとなったのは19世紀末せいきまつに駐ちゅう朝あさフランス公使こうしコラン・ド・プランシーが購入こうにゅうして持もち出だしたことによる同書どうしょ、ユネスコ「世界せかいの記憶きおく」登録とうろく(2001年ねん)、およびプランシー旧きゅう蔵書ぞうしょの来歴らいれき
    • 確かく同どう登録とうろくの後あとまもなく、印刷いんさつ文化ぶんかへの貢献こうけんを顕彰けんしょうする直指じきし賞しょうがユネスコのもとに設もうけられたユネスコの賞しょう設置せっちに関かんする決定けってい
    • 確かくグーテンベルクの42行よんじゅうにぎょう聖書せいしょ(1452〜55年とし)は『直指じきし』(1377年ねん)より約やく80年はちじゅうねん遅おそい両書りょうしょの年代ねんだい
    • 確かく高麗こうらいでは13世紀じゅうさんせいき前半ぜんはんに『詳つまびらか定てい古今ここん礼文れぶん』を鋳い字じで印行いんこうしたとの記録きろくがあるが、現物げんぶつは伝つたわらない李り奎けい報ほう『東国とうごく李り相国しょうこく集しゅう』の記述きじゅつ
    • 推すい東ひがしアジアで木版もくはんが長ながく優位ゆういを保たもったのは、漢字かんじの字種じしゅの多おおさと少しょう部数ぶすう刊行かんこうが組くみ合あわさった経済的けいざいてき合理性ごうりせいによる出版しゅっぱん形態けいたいの分布ぶんぷからの解釈かいしゃく
    • 確かく日本にほんでは文禄ぶんろく・慶長けいちょう期きに朝鮮ちょうせん伝来でんらいの活字かつじ技術ぎじゅつによる慶長けいちょう勅版ちょくはん、駿河するが版はんの銅どう活字かつじ、イエズス会かいのキリシタン版はんが並存へいそんしたが、寛永かんえい期き以降いこうの商業しょうぎょう出版しゅっぱんは木版もくはんへ回帰かいきした慶長けいちょう勅版ちょくはん・駿河するが版はん・キリシタン版はんの刊本かんぽん、および近世きんせい出版しゅっぱんの版はん種しゅ分布ぶんぷ
    • 確かく「百家ひゃっか」等とうの学派がくは区分くぶんは漢かん代だいに整理せいりのため設もうけられた枠組わくぐみで、当事者とうじしゃの自称じしょうではない司馬しば談だん「六家ろっか要よう指ゆび」、劉歆の分類ぶんるい(『漢書かんじょ』芸文げいぶん志し所収しょしゅう)
    • 確かく『論語ろんご』は孔子こうし自身じしんの著作ちょさくではなく、弟子でしおよびその後継世代こうけいせだいによる編纂へんさんである本文ほんぶん成立せいりつをめぐる文献学ぶんけんがく的てき定説ていせつ
    • 争そう『老子ろうし(道徳経どうとくきょう)』の成立せいりつ年代ねんだいは論争ろんそうが続つづき、1993年ねん出土しゅつどの郭店楚簡かくてんそかん(前ぜん300年ねん頃ころ)が現在げんざい知しられる最古さいこの写本しゃほん層そうである郭店楚簡かくてんそかんの年代ねんだい測定そくていと本文ほんぶん比較ひかく
    • 確かく公孫竜こうそんりゅうの「白馬はくば非ひ馬うま」は、名なの指さす範囲はんいが同一どういつでないことを論点ろんてんとする『公孫竜子こうそんりゅうし』白馬はくば論ろん
    • 推すい『公孫竜子こうそんりゅうし』現存げんそん本ほんの成立せいりつ時期じきには疑義ぎぎがあり、そのまま戦国せんごく期きの原典げんてんと扱あつかえない文体ぶんたい・伝来でんらいをめぐる文献学ぶんけんがく的てき検討けんとう
    • 確かく恵施けいしの歴物十事れきぶつじゅうじは『荘子そうし』天下てんか篇へんに伝つたわる。「一尺之棰、日ひ取とり其その半はん、万世まんせい不ふ竭けつ」は同どう篇へんが続つづけて挙あげる辯べん者しゃ21事にじゅういちじの一ひとつで、恵施けいし本人ほんにんの十事じゅうじではない『荘子そうし』天下てんか篇へん
    • 確かく『墨子ぼくし』のうち経へ上じょう・経へ下した・経へ説せつ上じょう・経へ説せつ下した・大取だいしゅ・小取しょうしゅの六篇ろっぺんが「墨経ぼっけい」と総称そうしょうされ、定義ていぎと説明せつめいを分離ぶんりする形式けいしきをとる同書どうしょ該当がいとう篇へん
    • 確かく墨経ぼっけいには小孔しょうこうを通とおった光ひかりが像ぞうを倒立とうりつさせる現象げんしょうが、光ひかりの交点こうてんを理由りゆうとして記しるされている『墨子ぼくし』経へ下した・経へ説せつ下した
    • 争そうこの記述きじゅつを「世界せかい最古さいこの光学こうがく記録きろく」とするかは、アリストテレスに帰かえされる『問題集もんだいしゅう』の類似るいじ記述きじゅつとの年代ねんだい比較ひかくに依存いぞんする双方そうほうの成立せいりつ年代ねんだいに幅はばがあるため確定かくていしない
    • 確かく墨経ぼっけいは力ちからを「刑けい(形かたち)の奮ふるう所以ゆえん」と定義ていぎする『墨子ぼくし』経へ上じょう
    • 確かく『墨子ぼくし』の本文ほんぶんは道教どうきょう経典きょうてん叢書そうしょ『道蔵どうぞう』に収おさめられる形かたちで伝存でんそんした明代みんだい『正統せいとう道蔵どうぞう』所収しょしゅう本ほん
    • 確かく清代しんだいに畢沅の注ちゅう(1783年ねん)、次ついで孫詒讓そんいじょう『墨子閒詁ぼくしかんこ』(19世紀末せいきまつ)が墨子ぼくし研究けんきゅうを再興さいこうした両書りょうしょ
    • 争そう墨経ぼっけいを西洋せいよう論理学ろんりがくの枠組わくぐみで読よむことの当否とうひは、20世紀にじっせいき初頭しょとうから現在げんざいまで議論ぎろんが続つづいている胡適こてきらの解釈かいしゃくと、それへの批判ひはん
    • 確かく劉向りゅうきょうが前漢ぜんかん末まつに宮中きゅうちゅう蔵書ぞうしょを校訂こうていし、劉歆が『七略しちりゃく』に編成へんせいした。『七略しちりゃく』は失うしなわれ、『漢書かんじょ』芸文げいぶん志しにその内容ないようが伝つたわる『漢書かんじょ』芸文げいぶん志し
    • 確かく経けい・史し・子し・集しゅうの四部しぶ分類ぶんるいは『隋書ずいしょ』経籍けいせき志し(7世紀ななせいき半なかば)で名称めいしょうと順序じゅんじょが確立かくりつした。原型げんけいは西晋せいしんの荀勗じゅんきょくの四部しぶにある『隋書ずいしょ』経籍けいせき志し
    • 確かく四部しぶでは医方いほう・天文てんもん・農のう・兵へい・術数じゅっすうが子こ部ぶに収おさめられ、独立どくりつした部ぶを与あたえられなかった四部しぶの細目さいもく構成こうせい
    • 確かく『四庫全書しこぜんしょ』は乾隆けんりゅう38年さんじゅうはちねん(1773年ねん)に開館かいかんし、3400余よ種しゅ・7万ななまん9000余よ巻かんを筆写ひっしゃして七なな部ぶが作つくられた『四庫全書しこぜんしょ総そう目め提要ていよう』および編纂へんさん記録きろく
    • 確かく『四庫全書しこぜんしょ』の編纂へんさんは書しょの徴集ちょうしゅうを通つうじた検閲けんえつを伴ともない、禁書きんしょの焚毀ふんき・削除さくじょが行おこなわれた清代しんだいの禁毀書目きんきしょもく
    • 争そう廃棄はいき・削除さくじょされた書しょの総数そうすうは史料しりょうにより幅はばがあり、数千すうせん種しゅ規模きぼとされるが確定かくていしない禁毀書目きんきしょもくの集計しゅうけい方法ほうほうの違ちがいによる
    • 争そう科挙かきょの開始年かいしねんは、587年ねん(開皇かいおう7年しちねん)に文帝ぶんていが州しゅうごとの貢挙こうきょを定さだめたことに置おく説せつと、605年ねん(大業たいぎょう元年がんねん)に煬帝ようだいが進士しんし科かを立たてたことに置おく説せつとで分わかれる『隋書ずいしょ』の記述きじゅつの解釈かいしゃく差さ
    • 確かく科挙かきょは1905年ねんに廃止はいしされた光緒こうしょ31年さんじゅういちねんの上うえ諭さとる
    • 確かく1313年ねん(皇こう慶よろこび2年にねん)の科挙かきょ復活ふっかつの詔みことのりにより、朱熹しゅき『四書ししょ集注しっちゅう』が科挙かきょの定本ていほんとされた元もとの科挙かきょ復活ふっかつに関かんする詔みことのりおよび『元史げんし』選挙せんきょ志し
    • 争そう科挙かきょが科学技術かがくぎじゅつの発展はってんを阻害そがいしたとする見方みかたには、明みん算さん科かの存在そんざいや宋代そうだいの技術革新ぎじゅつかくしんとの並存へいそんを挙あげる反論はんろんがある制度せいど史し研究けんきゅうにおける評価ひょうかの対立たいりつ
    • 確かく蘇そ頌しょうの水運すいうん儀ぎ象ぞう台だい(1092年ねん完成かんせい)の構造こうぞうは『新しん儀ぎ象ぞう法要ほうよう』に図解ずかいで残のこる同書どうしょ
    • 確かく授時暦じゅじれき(1281年ねん施行しこう)は王恂おうじゅん・郭かく守敬しゅけい・許衡きょこうらが簡儀かんぎ・仰儀ぎょうぎ等とうの新造しんぞう機器ききと全国ぜんこく27箇所にじゅうななかしょの実測じっそく(四海しかい測そく験げん)に基もとづいて編あんだもので、1年いちねんを365.2425日にちとし、後あとのグレゴリオ暦れきの値あたいと一致いっちする『元史げんし』暦こよみ志し・郭かく守敬しゅけい伝でん
    • 確かく1054年ねんの客星きゃくせいは宋そうの史料しりょうに記録きろくされ、昼間ひるまに23日間にじゅうさんにちかん、夜間やかんには約やく1年いちねん10か月げつにわたって見みえたとされる『宋そう会かい要よう』『宋そう史し』天文てんもん志し
    • 確かくこの客星きゃくせいとかに星雲せいうん(M1)との同定どうていは20世紀にじっせいきに行おこなわれ、1940年代ねんだいにおおむね定着ていちゃくした20世紀にじっせいき前半ぜんはんの天文学てんもんがく文献ぶんけん
    • 確かく『九きゅう章しょう算術さんじゅつ』の方程ほうてい術じゅつは連立れんりつ一次いちじ方程式ほうていしきの消去しょうきょ解法かいほうであり、負数ふすうを扱あつかう同書どうしょ方程ほうてい章しょう、劉りゅう徽き注ちゅう(263年ねん)
    • 確かく劉りゅう徽きは多角形たかっけいの辺数へんすうを倍加ばいかする方法ほうほうで円周率えんしゅうりつ3.14を、さらに3072角形かくけいから3.1416を得とくた劉りゅう徽き『九きゅう章しょう算術さんじゅつ注ちゅう』
    • 確かく祖そ冲之ちゅうしは円周率えんしゅうりつを3.1415926と3.1415927の間あいだに定さだめ、あわせて分数ぶんすう近似きんじとしての密みつ率りつ355/113を与あたえた『隋書ずいしょ』律りつ暦こよみ志し(祖そ冲之ちゅうし『綴つづり術じゅつ』自体じたいは失しつ伝でん)
    • 確かく秦しん九きゅう韶しょう『数かず書しょ九きゅう章しょう』(1247年ねん)は大衍求一術だいえんきゅういちじゅつと正負せいふ開方かいほう術じゅつを示しめし、後者こうしゃは高次こうじ方程式ほうていしきの数値すうち解法かいほうにあたる同書どうしょ
    • 確かく正負せいふ開方かいほう術じゅつは賈か憲けんの増ぞう乗じょう開方かいほう法ほうおよび劉りゅう益ますの系譜けいふの上うえにあり、秦しん九きゅう韶しょうに始はじまる孤立こりつした達成たっせいではない楊輝ようき『詳解しょうかい九きゅう章しょう算法さんぽう』に引ひかれる賈か憲けん・劉りゅう益ますの方法ほうほう
    • 確かく中国ちゅうごくの代数だいすう(天元術てんげんじゅつ・4元よんげん術じゅつ)の水準すいじゅんは明代みんだいに1度いちど失うしなわれ、清代しんだいに古書こしょの再発見さいはっけんを通つうじて回復かいふくされた清代しんだいの算さん学がく復興ふっこうに関かんする研究けんきゅう
    • 確かく『傷寒しょうかん論ろん』(3世紀さんせいき初頭しょとう、張ちょう仲景ちゅうけい)は熱性ねっせい疾患しっかんを六ろく段階だんかいに分わけて処方しょほうを対応たいおうさせる。現行げんこう本ほんは北宋ほくそうの校正こうせい医書いしょ局きょくを経へる宋そう改かい本ほん『傷寒しょうかん論ろん』
    • 確かく李り時珍じちん『本草ほんぞう綱目こうもく』は1578年ねんに完成かんせいし1596年ねんに刊行かんこうされ、1800種しゅを超こえる薬物やくぶつを扱あつかう同書どうしょ
    • 確かく『武経ぶきょう総そう要よう』(1044年ねん)に現存げんそん最古さいことされる火薬かやくの配合はいごう比ひが記しるされる同書どうしょ
    • 確かく沈括しんかつ『夢渓むけい筆談ひつだん』は磁針じしんが真南まみなみからわずかに外はずれることを記しるし、磁気じき偏角へんかくの記録きろくとして最古さいこ級きゅうである同書どうしょ
    • 確かくベーコン『ノヴム・オルガヌム』(1620年ねん)が挙あげたのは印刷いんさつ・火薬かやく・磁石じしゃくの三みっつで、中国ちゅうごく起源きげんとは述のべていない同書どうしょ第一だいいち巻かん129
    • 推すい製紙せいしを加くわえて「四大しだい発明はつめい」とする定型ていけいは19世紀じゅうきゅうせいきの西洋人せいようじんによる中国ちゅうごく論ろんに現あらわれ、20世紀にじっせいきの中国ちゅうごくで国民的こくみんてき言説げんせつとして定着ていちゃくした1840年ねんにW・H・メドハーストがベーコンの三みっつを中国人ちゅうごくじんの発明はつめいと指摘してきし、次ついでJ・エドキンズが製紙せいしを加くわえたこと、および用語ようごの使用しよう例れいの年代ねんだい分布ぶんぷからの解釈かいしゃく
    • 確かくニーダム『中国ちゅうごくの科学かがくと文明ぶんめい』はケンブリッジ大学だいがく出版局しゅっぱんきょくから1954年ねんに刊行かんこうが始はじまった同書どうしょ
    • 争そうニーダム問題もんだい(なぜ近代きんだい科学かがくが中国ちゅうごくで生うまれなかったか)は、ニーダム自身じしんの官僚制かんりょうせい説せつ、シヴィンによる問といの立たて方ほうへの批判ひはん、エルヴィンの高水準こうすいじゅん均衡きんこうの罠わな、ポメランツ『大だい分岐ぶんき』(2000年ねん)の資源しげん・立地りっち説せつなどが対立たいりつしている各論かくろん者しゃの著作ちょさく
    • 確かくシヴィンは、起おこらなかった出来事できごとの原因げんいんを問とう形式けいしきの難点なんてんを指摘してきし、17世紀じゅうななせいき中国ちゅうごくで耶蘇やそ会かい経由けいゆの天文学的てんもんがくてき転換てんかんが実際じっさいに起おきたことを論拠ろんきょに挙あげたシヴィンの1982年ねんの論考ろんこう
    • 推すい稲荷山いなりやま古墳こふん出土しゅつど鉄剣てっけんには金かね象嵌ぞうがんで115字じが刻きざまれる。「辛亥しんがい年ねん」は471年ねんとするのが通説つうせつだが、60年ろくじゅうねん繰くり下さげて531年ねんとする説せつもある同どう鉄剣てっけん銘めいおよび紀年きねん解釈かいしゃくをめぐる議論ぎろん
    • 確かく日本語にほんごを漢字かんじの音おとを借かりて1字いちじ一音いちおんで写うつす万葉まんよう仮名かなが用もちいられ、8世紀はっせいきの『万葉集まんようしゅう』が大量たいりょうの用例ようれいを残のこす『万葉集まんようしゅう』ほか上代じょうだい文献ぶんけん
    • 確かく漢文かんぶん訓読くんどくの補助ほじょ記号きごう(ヲコト点てん)は9世紀きゅうせいきの訓点くんてん資料しりょうに見みえる平安へいあん初期しょきの訓点くんてん本ほん
    • 確かく平仮名ひらがなは草書そうしょ体からだの簡略かんりゃく化かから、片仮名かたかなは仏典ぶってん訓読くんどくの補助ほじょ記号きごうから9世紀きゅうせいきに生しょうじ、10世紀じっせいきには仮名かなによる散文さんぶんが書かかれ始はじめた仮名かな資料しりょうの編年へんねん
    • 確かく大宝たいほう令れい(701年ねん)の大学寮だいがくりょうは経学けいがくを本科ほんかとし算さん・書しょ・音おとを付置ふちした。明経みょうぎょう・紀伝きでん・明法みょうぼう・算さんの四道しどうという枠組わくぐみは、文章ぶんしょう博士はかせ(728年ねん)・明法みょうぼう博士はかせ(738年ねん)の設置せっちによる分科ぶんかを経へて平安へいあん期きに成立せいりつした令れいの規定きていおよび奈良なら〜平安へいあん期きの博士はかせ設置せっち記事きじ
    • 確かく9世紀きゅうせいきには藤原ふじわら氏しの勧学かんがく院いんをはじめとする氏族しぞくごとの大学だいがく別曹べっそうが置おかれた平安へいあん期きの別曹べっそうに関かんする記録きろく
    • 推すい空海くうかいが828年ねんに開ひらいたとされる綜芸しゅげい種智院しゅちいんは身分みぶんを問とわない教育きょういく構想こうそうを含ふくむが、長続ながつづきしなかった『綜芸しゅげい種智院しゅちいん式しき并ならび序じょ』。設立せつりつ年次ねんじは伝承でんしょうに依よる
    • 確かく日本にほんには科挙かきょが制度せいどとして定着ていちゃくせず、家格かかくが官人かんにんの配分はいぶんを規定きていした平安へいあん期き以降いこうの官人かんにん任用にんようの実態じったい
    • 確かく関せき孝和たかかず『発はつ微び算法さんぽう』(1674年ねん)が点竄術てんざんじゅつを整ととのえ、1683年ねんの「解伏題之法かいふくだいのほう」に行列式ぎょうれつしきに相当そうとうする手続てつづきが見みえる両書りょうしょ
    • 争そう関せきの行列式ぎょうれつしき的てき手法しゅほうは次数じすうが上あがると符号ふごうの扱あつかいに不備ふびを含ふくむという指摘してきがあり、その評価ひょうかは分わかれる和算わさん史し研究けんきゅうにおける検討けんとう
    • 確かく建部たけべ賢弘かたひろ『綴つづり術じゅつ算経さんけい』(1722年ねん)は円弧えんこの級数きゅうすう表現ひょうげんと数値すうち収束しゅうそくの加速かそく手法しゅほうを示しめす同書どうしょ
    • 確かく渋川しぶかわ春海しゅんかいの貞享暦じょうきょうれきは授時暦じゅじれきを京都きょうとの里さと差さ(経度けいど差さ)に合あわせて補正ほせいしたもので、1684年ねんに改暦かいれきが決定けっていし1685年ねんから施行しこうされた貞享じょうきょう改暦かいれきの記録きろく
    • 確かく伊能いのう忠敬ただたかの全国ぜんこく測量そくりょうは1800年ねんに始はじまり、約やく17年じゅうななねんにわたった測量そくりょう日記にっき等とう
    • 確かく1771年ねんに小塚原こづかっぱらの刑場けいじょうでの腑分ふわけに立たち会あった杉田すぎた玄白げんぱく・前野まえの良沢りょうたくらは、持参じさんした蘭らん訳やく解剖かいぼう書しょの図ずが実際じっさいの所見しょけんと一致いっちすることを確認かくにんした『蘭学らんがく事始ことはじめ』(回想かいそうに基もとづく記述きじゅつ)
    • 確かく『解体かいたい新書しんしょ』は1774年ねん刊かん、杉田すぎた玄白げんぱく・前野まえの良沢りょうたくらの訳やくで、原著げんちょはクルムスの解剖かいぼう書しょの蘭らん訳やくである同書どうしょ
    • 確かく前野まえの良沢りょうたくは訳者やくしゃとして名なを出ださなかった『解体かいたい新書しんしょ』の記載きさいおよび『蘭学らんがく事始ことはじめ』
    • 確かく『蘭学らんがく事始ことはじめ』は1815年ねんの執筆しっぴつで、明治めいじ初年しょねんに福澤ふくざわ諭吉ゆきちらの手てで刊行かんこうされた同書どうしょの刊かん記き
    • 確かく宇田川うだがわ榕菴ようあんの『舎密せいみ開宗かいそう』(1837年ねんから刊行かんこう)に「酸素さんそ」「水素すいそ」「元素げんそ」「還元かんげん」「分析ぶんせき」等とうの訳語やくごが見みえる同書どうしょ
    • 確かく「細胞さいぼう」は宇田川うだがわ榕菴ようあん『植しょく学がく啓けい原げん』(1833年ねん)に見みえる語ごであり、『舎密せいみ開宗かいそう』の語ごではない両書りょうしょの本文ほんぶん
    • 確かく西周せいしゅうは philosophy を「哲学てつがく」と訳やくした(当初とうしょは「希き哲学てつがく」の形かたちをとる)西周せいしゅう『百一新論ひゃくいちしんろん』(慶応けいおう年間ねんかん執筆しっぴつ、1874年ねん刊かん)等とう
    • 推すい「帰納きのう」「演繹えんえき」は西周せいしゅう『致知ちち啓蒙けいもう』(1874年ねん)に見みえ、西周せいしゅうへの帰属きぞくが比較的ひかくてき強つよい。「主観しゅかん」「客観きゃっかん」「概念がいねん」は西周せいしゅうに由来ゆらいを持もつが語形ごけいの確定かくていと普及ふきゅうは井上いのうえ哲次郎てつじろうら『哲学てつがく字彙じい』(1881年ねん)を経へており、単独たんどくの造語ぞうご者しゃに帰かえしがたい明治めいじ期き哲学てつがく用語ようごの辞典じてん類るいによる用例ようれい調査ちょうさ
    • 確かく福澤ふくざわ諭吉ゆきちは competition を「競争きょうそう」と訳やくしたことを自みずから記しるしている『福翁ふくおう自伝じでん』
    • 争そう「科学かがく」「社会しゃかい」「経済けいざい」等とうの訳語やくごは複数ふくすうの用例ようれいが重かさなって定着ていちゃくしたもので、単独たんどくの造語ぞうご者しゃを特定とくていできない近代きんだい語彙ごい研究けんきゅうにおける用例ようれい調査ちょうさ
    • 確かく東京大学とうきょうだいがくは1877年ねんに東京とうきょう開成かいせい学校がっこうと東京とうきょう医学校いがっこうを合あわせて設置せっちされ、1886年ねんの帝国ていこく大学令だいがくれいで改組かいそされた設置せっちおよび法令ほうれいの記録きろく
    • 確かく日清にっしん戦争せんそう後ごに中国ちゅうごくから日本にほんへの留学生りゅうがくせいが急増きゅうぞうし、20世紀にじっせいき初頭しょとうには数千人すうせんにん規模きぼに達たっした清末しんまつの留学生りゅうがくせいに関かんする統計とうけいと記録きろく
    • 確かく厳復げんふくは evolution・sociology・economics に「天演てんえん」「群ぐん学がく」「計けい学がく」を当あてたが、日本にほん経由けいゆの「進化しんか」「社会学しゃかいがく」「経済学けいざいがく」が定着ていちゃくした厳復げんふくの訳業やくぎょうと、その後ごの語彙ごいの分布ぶんぷ
    • 推すい朝鮮ちょうせんの活字かつじ印刷いんさつは官営かんえいを基本きほんとし少しょう部数ぶすうを精密せいみつに刷する技術ぎじゅつであって、商業しょうぎょう出版しゅっぱんが読者層どくしゃそうを広ひろげたヨーロッパや中国ちゅうごく江南こうなんとは社会的しゃかいてきな位置いちが異ことなる印行いんこう記録きろくと刊本かんぽんの分布ぶんぷからの解釈かいしゃく
    • 確かく朝鮮ちょうせん王朝おうちょうは鋳い字じ所しょを置おいて活字かつじを鋳造ちゅうぞうし、癸未きび字じ(1403年ねん)以後いご、庚子こうし字じ・甲寅こういん字じと改鋳かいちゅうを重かさねた朝鮮ちょうせん王朝おうちょうの鋳い字じに関かんする記録きろく
    • 確かく集賢しゅうけん殿でんは1420年ねんに世宗せいそうが拡充かくじゅうし、1456年ねんに世祖せいそが廃止はいしした『世宗せいそう実録じつろく』『世祖せいそ実録じつろく』
    • 確かく測雨器そくうきは1441年ねんに考案こうあんされ、翌年よくねんに規格きかくを定さだめて全国ぜんこくに配布はいふされた『世宗せいそう実録じつろく』
    • 確かく現存げんそん最古さいこの測雨器そくうきの実物じつぶつは1837年ねん銘めいの錦にしき営えい測雨器そくうきである同どう資料しりょう
    • 確かく『世宗せいそう実録じつろく』は測雨器そくうきの考案こうあんを世子せいし(のちの文宗ぶんそう)に帰かえしている同書どうしょ
    • 確かく1433年ねんの渾天こんてん儀ぎ、1434年ねんの自じ撃げき漏ろう、仰釜日晷などが世宗せいそう期きに製作せいさくされた『世宗せいそう実録じつろく』
    • 確かく『七なな政せい算さん』は内篇ないへんが授時暦じゅじれき・大だい統とう暦こよみの方法ほうほうを漢城かんじょうの緯度いどで計算けいさんし直なおしたもの、外篇がいへんが回かい回かい暦法れきほうに基もとづく同書どうしょ
    • 確かく訓民くんみん正音せいおんは1443年ねん末まつに創製そうせいされ、1446年ねんに解説書かいせつしょ(解かい例れい本ほん)とともに公布こうふされた『世宗せいそう実録じつろく』および『訓民くんみん正音せいおん』解かい例れい本ほん
    • 確かく解かい例れい本ほんの制せい字解じかいは、子音しいん字じが調音ちょうおん器官きかんの形かたちを象かたどり、加か画がによって同どう系列けいれつの音おとを表あらわすと明記めいきする『訓民くんみん正音せいおん』制せい字解じかい
    • 確かく母音ぼいん字じは天てん・地ち・人ひとを表あらわす点てんと横画よこかく・縦画たてかくの組くみ合あわせとして説明せつめいされる同上どうじょう
    • 確かく訓民くんみん正音せいおんは音節おんせつを初声しょせい・中なか声こえ・終声しゅうせいの3分さんぷんで分析ぶんせきし、終声しゅうせいには初声しょせいの字じを用もちいる『訓民くんみん正音せいおん』例れい義ぎ・解かい例れい
    • 確かく解かい例れい本ほんは1940年ねんに慶尚けいしょう北道ほくどうで発見はっけんされ、それ以前いぜんは字じ形けいの由来ゆらいに諸説しょせつがあった発見はっけんの経緯けいいおよび以前いぜんの諸説しょせつ
    • 確かく1444年ねんに崔萬理さいばんりらが訓民くんみん正音せいおんへの反対はんたい上疏じょうそを提出ていしゅつした『世宗せいそう実録じつろく』所収しょしゅうの上疏じょうそ
    • 確かく訓民くんみん正音せいおんは長ながく「諺文おんもん」と呼よばれ、公的こうてき地位ちいを得とくたのは19世紀末せいきまつの甲午こうご改革かいかく以降いこうである甲午こうご改革かいかく期きの公文こうぶん式しきに関かんする規定きてい
    • 確かく科挙かきょは高麗こうらいの光ひかり宗期むねとき(10世紀じっせいき半なかば)に導入どうにゅうされ、朝鮮ちょうせん王朝おうちょうでは文科もんか・武科ぶか・雑科ざっかに分わかれ、成均館せいきんかんが最高さいこう学府がくふとして置おかれた『高麗史こうらいし』および朝鮮ちょうせん王朝おうちょうの科挙かきょ制度せいど
    • 確かく朴ぼく趾源しげん『熱河ねっか日記にっき』は1780年ねんの燕つばめ行ぎょうの記録きろくで、清しんの技術ぎじゅつを具体的ぐたいてきに観察かんさつし学まなぶべきと説とく同書どうしょ
    • 確かく丁てい若鏞じゃくようは華城かじょう築城ちくじょうにあたり滑車かっしゃを用もちいた挙きょ重機じゅうきを設計せっけいし、康津こうしんでの長ながい流配中りゅうはいちゅうに『経世けいせい遺い表ひょう』『牧民心書ぼくみんしんしょ』等とうを著あらわした同人どうにんの著作ちょさくおよび年譜ねんぷ
    • 確かく京城帝国大学けいじょうていこくだいがくは1924年ねんに予科よか、1926年ねんに法文学部ほうぶんがくぶ・医学部いがくぶを開設かいせつして設置せっちされたが、朝鮮人ちょうせんじん学生がくせいは少数しょうすうにとどまった設置せっちに関かんする法令ほうれいおよび在学ざいがく者しゃ統計とうけい
    • 確かく1942年ねんの朝鮮語ちょうせんご学会がっかい事件じけんで、朝鮮語ちょうせんご辞典じてん編纂へんさんに関かかわった学者がくしゃが検挙けんきょされた同どう事件じけんの記録きろく
    • 確かく解放かいほう後ご、京城けいじょう帝大ていだいの施設しせつを基礎きそにソウル大学校だいがっこうが発足ほっそくしたが、統合とうごう案あんをめぐって紛糾ふんきゅうがあった1946年ねん前後ぜんごの大学だいがく設置せっちをめぐる経緯けいい
    • 推すい韓国かんこくの戦後せんごの研究けんきゅう体制たいせいは1960年代ねんだい以降いこうに本格化ほんかくかし、基礎きそ研究けんきゅうより応用おうよう研究けんきゅうを先さきに立たてる順序じゅんじょをとった国立こくりつ研究けんきゅう機関きかん・理工系りこうけい大学院大学だいがくいんだいがくの設立せつりつ時期じきからの解釈かいしゃく
    源三げんぞう

    源流げんりゅう ── 知ちはどこで生うまれたか

    西にしアジアと南みなみアジアの知ち(西亚与南亚之知 / Knowledge in West and South Asia)

    数かずと文字もじの起源きげん ── メソポタミアとエジプト

    初期の粘土板と、その線描 ── 原物・線描・部分の三つ
    図ず 32初期しょきの粘土板ねんどばんと、その線描せんびょう ── 原物げんぶつ・線描せんびょう・部分ぶぶんの三みっつ

    知ちの記録きろくは、天てんを見上みあげる者ものではなく、倉庫そうこの中身なかみを数かぞえる者ものから始はじまった。西にしアジアの遺跡いせきからは、前ぜん8000年紀ねんき以降いこうの層そうに、円錐えんすい・球きゅう・円盤えんばんといった小ちいさな粘土ねんど製せいの立体りったいが大量たいりょうに出土しゅつどする。デニーズ・シュマント゠ベッセラは1970年代ねんだい以降いこうの一連いちれんの研究けんきゅう(集大成しゅうたいせいは1992年ねんの『文字もじ以前いぜん』)で、これらを商品しょうひんの単位たんいを表あらわす「トークン」と見みた。羊ひつじ1頭いっとうは円盤えんばん、穀物こくもつ一升いっしょうは円錐えんすい、というように。前ぜん4000年紀ねんきの末すえになると、トークンを中空ちゅうくうの粘土ねんど球きゅう(ブッラ)に封入ふうにゅうし、中身なかみを忘わすれないよう表面ひょうめんに同おなじ形かたちを押印おういんする習慣しゅうかんが現あらわれる。押印おういんがあるなら中身なかみは要いらない ── この一歩いっぽが、立体りったいの帳簿ちょうぼを平面へいめんの記号きごうに変かえた。ウルクから出土しゅつどする前ぜん3300年ねん頃ころの初期しょき文書ぶんしょは、実際じっさいにこの押印おういん数字すうじと、対象たいしょうを示しめす絵文字えもじの組くみ合あわせでできている。

    粘土の玉から、封球へ、刻んだ板へ ── 数える道具が書く道具になった
    図ず 33粘土ねんどの玉たまから、封ふう球きゅうへ、刻きざんだ板いたへ ── 数かぞえる道具どうぐが書かく道具どうぐになった

    もっとも、トークンから文字もじへという筋書すじがきを額面がくめんどおり受うけ取とる研究者けんきゅうしゃばかりではない。出土しゅつどトークンの多おおくは文脈ぶんみゃくが乏とぼしく、遊戯ゆうぎ具ぐや呪具じゅぐであった可能性かのうせいも排除はいじょできない。トークンの形かたちと後あとの文字もじ記号きごうの対応たいおうも、提唱ていしょうされた全例ぜんれいが説得せっとく的てきとは言いいがたい。確実かくじつに言いえるのは、最古さいこのまとまった文書ぶんしょ群ぐんが文学ぶんがくでも法ほうでもなく、家畜かちくと穀物こくもつと労働日ろうどうびの一覧いちらんだったこと、つまり書字しょじは行政ぎょうせいの副産物ふくさんぶつとして立たち上あがったことである。

    数かずの体系たいけいも同おなじ土壌どじょうから生はえた。メソポタミアは60を底そことする位取くらいどり記数法きすうほうを発達はったつさせた。60は二に・三さん・四よん・五ご・六ろくで割わり切きれ、分配ぶんぱいと分割ぶんかつを扱あつかう書記しょきにとって扱あつかいやすい。この体系たいけいは驚おどろくほど長ながく生いき延のび、いま1時間いちじかんが60分ろくじっぷん、1分いっぷんが60秒ろくじゅうびょうであること、円周えんしゅうが360度どに分わけられることは、いずれも粘土板ねんどばんの遺産いさんである。ただしバビロニアの位取くらいどりには長ながらく空位くういを示しめす記号きごうがなく、文脈ぶんみゃくで桁けたを読よむ必要ひつようがあった。空位くうい記号きごうが現あらわれるのは前ぜん1000年紀ねんき後半こうはんで、しかも数かずの末尾まつびには用もちいられない。「位取くらいどりのゼロ」と「数かずとしてのゼロ」が別物べつものであることを、この事実じじつは端的たんてきに示しめす。

    粘土板ねんどばんのうち最もっとも有名ゆうめいな一いち枚まいが、コロンビア大学だいがくが所蔵しょぞうするプリンプトン322である。前ぜん1800年ねん頃ころ、4列よんれつ15行じゅうごぎょうの数表すうひょうで、そこにいわゆるピタゴラス数かず(直角ちょっかく三角形さんかくけいの三さん辺へんをなす整数せいすうの組くみ)と読よめる数値すうちが並ならぶ。オットー・ノイゲバウアーらは1940年代ねんだいにこれを数論すうろん的てきな探究たんきゅうの産物さんぶつと解かいした。だが解釈かいしゃくは割われている。エリノア・ロブソンは2001年ねん以降いこうの論考ろんこうで、この表ひょうが逆数ぎゃくすう対たいから機械的きかいてきに生成せいせいでき、当時とうじの学校がっこう文書ぶんしょの書式しょしきと語彙ごいにぴたりと収おさまることを示しめし、教師きょうしが練習問題れんしゅうもんだいを用意よういした実用じつよう文書ぶんしょだと論ろんじた。2017年ねんには正確せいかくな三角さんかく法ほう表ひょうだとする主張しゅちょうも出でたが、支持しじは広ひろがっていない。争点そうてんは数値すうちではなく、「バビロニアの書記しょきが何なにをしていたつもりだったのか」という、証拠しょうこから遠とおい部分ぶぶんにある。

    プリンプトン322 ── 前1800年頃、4列15行の数表/所蔵:コロンビア大学
    図ず 34プリンプトン322 ── 前ぜん1800年ねん頃ころ、4列よんれつ15行じゅうごぎょうの数表すうひょう/所蔵しょぞう:コロンビア大学だいがく

    天体てんたい観測かんそくは、行政ぎょうせいとは別べつの持続性じぞくせいを見みせる。バビロニアの「天文てんもん日誌にっし」は、前ぜん652年ねんから前ぜん61年ねんまで、月つきと惑星わくせいの位置いち、気象きしょう、河かわの水位すいい、市場しじょうの物価ぶっかを同一どういつ形式けいしきで記録きろくし続つづけた。断続だんぞくはあるが、およそ700年ねんに及およぶこの系列けいれつは、人類じんるいが残のこした最長さいちょうの観測かんそく記録きろくである。蓄積ちくせきは周期しゅうきの発見はっけんを可能かのうにした。223朔望さくぼう月つき、すなわち約やく18年じゅうはちねん11日じゅういちにちで食しょくの配置はいちがほぼ繰くり返かえすという関係かんけいを、書記しょきたちは食しょくの一覧いちらんから抽出ちゅうしゅつしていた。ちなみにこの周期しゅうきを「サロス」と呼よぶのは近世きんせいの慣用かんようで、エドモンド・ハリーがバビロニアの別語べつごを転用てんようしたものにすぎない。名なは借かり物ものでも、周期しゅうきそのものは粘土板ねんどばんに実在じつざいする。

    エジプトはやや異ことなる。リンド数学すうがくパピルスは、前ぜん1550年ねん頃ころに書記しょきアハメスが写うつしたもので、本人ほんにんが200年ねん以上いじょう前まえの文書ぶんしょからの写うつしだと明記めいきしている。八十はちじゅう数すう題だいの内容ないようは、パンとビールの配分はいぶん、穀倉こくそうの容積ようせき、傾斜けいしゃの計算けいさんといった実務じつむばかりだ。円えんの面積めんせきを直径ちょっけいの9きゅう分ぶんの八はちの平方へいほうとする規則きそくは、円周率えんしゅうりつにして約やく3.16に相当そうとうする。ヘロドトスはナイルの氾濫はんらん後ごの土地とち再さい測そくから幾何学きかがくが生しょうじたと述のべたが、これはギリシア人じんによる後代こうだいの説明せつめいであり、エジプト側がわの資料しりょうに裏うらづけはない。エジプトにせよメソポタミアにせよ、数学すうがくを駆動くどうしたのは徴税ちょうぜいと配分はいぶんと工事こうじという統治とうちの必要ひつようであって、抽象ちゅうしょうへの欲求よっきゅうはその上うえに後あとから乗のった。

    ゼロと位取くらいどり ── インドからの贈おくり物もの

    バクシャーリー写本 ── 点で書かれた空位/所蔵:ボドリアン図書館
    図ず 35バクシャーリー写本しゃほん ── 点てんで書かかれた空位くうい/所蔵しょぞう:ボドリアン図書館としょかん

    ゼロの「発見者はっけんしゃ」を1人ひとり挙あげよという問といは、問とい自体じたいが粗あらい。区別くべつすべきものが少すくなくとも三みっつある。空位くういを示しめす記号きごうとしてのゼロ、桁けたを位置いちで表あらわす記数法きすうほうの一部いちぶとしてのゼロ、そして加減かげん乗除じょうじょの対象たいしょうとなる数かずとしてのゼロである。バビロニアは第一だいいちを持もち、第だい二にを部分的ぶぶんてきに持もち、第だい三さんを持もたなかった。マヤも独自どくじに第一だいいちと第だい二にに相当そうとうするものを持もった。三みっつすべてを結むすび、規則きそくとして書かき下くだしたのが南みなみアジアである。

    インドの数字すうじは、前3世紀ぜんさんせいきのアショーカ王おう碑文ひぶんなどに見みえるブラーフミー数字すうじに遡さかのぼる。ただし初期しょきのブラーフミー数字すうじは位取くらいどりではない。1から9のほか、10・20・100・1000にそれぞれ固有こゆうの記号きごうがあり、羅列られつによって数かずを表あらわした。位取くらいどりへの移行いこうは紀元きげん後ご数世紀すうせいきのあいだに進すすんだと考かんがえられるが、その過程かていを刻きざんだ資料しりょうは乏とぼしい。アーリヤバタが499年ねんに著あらわした『アーリヤバティーヤ』は、数かずを音節おんせつで符号化ふごうかする独自どくじの方式ほうしきを用もちいつつ、「位くらいから位くらいへ10倍じゅうばいになる」と明言めいげんしており、十進位取じっしんくらいどりりの原理げんりが定着ていちゃくしていたことを示しめす。彼かれはまた円周率えんしゅうりつに62832/20000、すなわち3.1416という値あたいを与あたえ、これを「近似きんじ(アーサンナ)」と呼よんだ。近似きんじであると断ことわる態度たいどそのものが、この文献ぶんけんの質しつを語かたっている。

    数かずとしてのゼロを最もっとも明快めいかいに扱あつかったのはブラフマグプタである。628年ねんの『ブラーフマスプタシッダーンタ』第だい18章じゅうはっしょうで、彼かれは「財産ざいさん」と「負債ふさい」の比喩ひゆを用もちい、正負せいふの数かずとゼロを含ふくむ加減かげん乗除じょうじょの規則きそくを体系的たいけいてきに述のべた。負債ふさいから負債ふさいを引ひく、財産ざいさんにゼロを足たす、といった規則きそくはいずれも現代げんだいの符号ふごう規則きそくと一致いっちする。ただしゼロによる除法じょほうでは、ゼロをゼロで割わるとゼロだとする誤あやまりを含ふくみ、正負せいふの数かずをゼロで割わった場合ばあいの扱あつかいも定さだまらない。ここは500年ねん後ごのバースカラ二世にせいが、分母ぶんぼをゼロとする量りょうとして別枠べつわくで論ろんじ直なおすことになる。ゼロを数かずとして遇ぐうした瞬間しゅんかんに、割わり算ざんという難問なんもんが同時どうじに生うまれたわけである。

    物的証拠ぶってきしょうこの年代ねんだいは、いまなお決着けっちゃくしていない。1881年ねんに現在げんざいのパキスタン領りょうバクシャーリー村むら付近ふきんで発見はっけんされた樺かば皮かわ写本しゃほんには、空位くういを示しめす点てんが用もちいられている。2017年ねん、所蔵しょぞうするボドリアン図書館としょかんが放射性ほうしゃせい炭素たんそ年代ねんだい測定そくていの結果けっかを公表こうひょうしたところ、3点さんてんの試料しりょうから3世紀さんせいきから4世紀よんせいき、7世紀ななせいきから9世紀きゅうせいき、9世紀きゅうせいきから10世紀じっせいきという、互たがいに重かさならない三みっつの年代ねんだいが出でた。図書館としょかん側がわは最古さいこの値あたいを根拠こんきょに「最古さいこのゼロ」と発表はっぴょうしたが、複数ふくすうの研究者けんきゅうしゃがただちに異議いぎを唱となえた。1冊いっさつの写本しゃほんが数百すうひゃく年ねん隔へだたった素材そざいで構成こうせいされる事態じたいは考かんがえにくく、書体しょたい・言語げんご・数学すうがく内容ないようはむしろ後代こうだいを示唆しさする、というのがその論旨ろんしである。碑文ひぶんで年代ねんだいの確たしかなものとしては、インドのグワーリオル碑文ひぶん(876年ねん)が挙あげられるが、東南とうなんアジアにはより古ふるい7世紀ななせいきのクメール碑文ひぶんの例れいもある。ゼロの帰属きぞくは、資料しりょうの増減ぞうげんで今後こんごも動うごきうる。

    南みなみインドのケーララでは、14世紀じゅうよんせいきから16世紀じゅうろくせいきにかけて、独特どくとくの数学的すうがくてき伝統でんとうが育そだった。マーダヴァに帰かえされる正弦せいげん・余弦よげん・逆ぎゃく正接せいせつの無限むげん級数きゅうすう、そして円周率えんしゅうりつの級数きゅうすう展開てんかいは、ヨーロッパで同種どうしゅの結果けっかが得とくられる200年ねん以上いじょう前まえのものである。ジェーシュタデーヴァが16世紀じゅうろくせいき前半ぜんはんにマラヤーラム語ごで著あらわした『ユクティバーシャー』は、結果けっかだけでなく導出どうしゅつの筋道すじみちを記しるす点てんで異例いれいだ。これを「微積分びせきぶんの先取さきどり」と呼よべるかどうかは争あらそわれている。無限むげん級数きゅうすうと項こう別べつの総和そうわ操作そうさ、誤差ごさ項こうの評価ひょうかは確たしかにあるが、任意にんいの関数かんすうに適用てきようできる微分びぶん・積分せきぶんの一般いっぱん概念がいねんや、両者りょうしゃを結むすぶ定理ていりは見当みあたらない、というのが慎重しんちょう派はの指摘してきである。さらに、イエズス会かい士しを介かいしてヨーロッパへ伝つたわったとする伝播でんぱ説せつも提出ていしゅつされているが、それを裏うらづける文書ぶんしょはいまのところ発見はっけんされていない。

    十進位取じっしんくらいどりりが西にしへ渡わたる道筋みちすじは、比較的ひかくてきよく見みえる。9世紀きゅうせいきのフワーリズミーはインド式しき計算法けいさんほうの書しょを著あらわし(原典げんてんは失うしなわれ、ラテン語ご訳やくで伝つたわる)、アラビア語ご圏けんはこの記数法きすうほうを「インドの数かず」と呼よんだ。ヨーロッパへは10世紀じっせいき以降いこう断続的だんぞくてきに紹介しょうかいされ、決定的けっていてきだったのはピサのレオナルド、いわゆるフィボナッチが1202年ねんに著あらわした『算盤そろばんの書しょ』である。北きたアフリカで商人しょうにんの子ことして実務じつむを学まなんだ彼かれは、この記数法きすうほうが両替りょうがえと利息りそくと比例ひれい配分はいぶんの計算けいさんをいかに軽かるくするかを、商業しょうぎょうの実例じつれいを並ならべて説といた。それでも普及ふきゅうは速はやくない。イタリアの都市としでは帳簿ちょうぼの改竄かいざんを恐おそれてローマ数字すうじを義務ぎむづける規制きせいも出でた。記法きほうの勝敗しょうはいを決きめたのは論証ろんしょうではなく、数世紀すうせいきにわたる実務じつむの摩耗まもうであった。

    パーニニとインドの言語学げんごがく・論理学ろんりがく

    貝葉に書かれたサンスクリット文法書の写本
    図ず 36貝葉ばいように書かかれたサンスクリット文法ぶんぽう書しょの写本しゃほん

    前4世紀ぜんよんせいき頃ころ、パーニニは『アシュターディヤーイー』、すなわち「八やっつの章しょう」を編あんだ。約やく4000の簡潔かんけつな規則きそく(スートラ)によってサンスクリット語ごの音韻おんいん・形態けいたい・統語とうごを尽つくそうとした著作ちょさくである。特筆とくひつすべきは分量ぶんりょうではなく構造こうぞうにある。規則きそくは語形ごけいを列挙れっきょせず、語根ごこんと接辞せつじから語形ごけいを「生成せいせい」する手続てつづきとして書かかれている。冒頭ぼうとうには音おとを並ならべた14の短みじかい一覧いちらんが置おかれ、そこから任意にんいの音類おんるいを二に文字もじで呼よび出だせる略号りゃくごう体系たいけいが作つくられる。さらに規則きそくを制御せいぎょする規則きそく、すなわちメタ規則きそく(パリバーシャー)があり、規則きそくが衝突しょうとつしたときどちらを優先ゆうせんするか、どの規則きそく群ぐんを互たがいに「存在そんざいしないもの」として扱あつかうかまで定さだめている。この著作ちょさくは全ぜん八章はっしょう、各章かくしょう四よん節せつからなるが、その最終章さいしゅうしょうの末尾まつび三さん節せつ(トリパーディー)を、それ以前いぜんの規則きそくから見みえなくする扱あつかいは、現代げんだいの言語学げんごがく者しゃが規則きそく順序じゅんじょと呼よぶ問題もんだいへの、明示めいじ的てきな解答かいとうである。

    この形式けいしき性せいゆえに、20世紀にじっせいき半なかば以降いこう、パーニニの体系たいけいはしばしば計算機科学けいさんきかがくの記法きほうと並ならべて論ろんじられてきた。文脈ぶんみゃく自由じゆう文法ぶんぽうの記述きじゅつ形式けいしきに「パーニニ゠バッカス記法きほう」の名なを提案ていあんした論ろん者しゃもいる。ただし比較ひかくには注意ちゅういが要いる。パーニニの目的もくてきは言語げんごの集合しゅうごうを定義ていぎすることではなく、正ただしいサンスクリット語形ごけいを導みちびく手続てつづきを圧縮あっしゅくして口伝くでん可能かのうにすることだった。実際じっさいこの著作ちょさくは数世紀すうせいきにわたり暗誦あんしょうで伝つたえられており、極端きょくたんな簡潔かんけつさは記憶術きおくじゅつ上じょうの要請ようせいでもある。形式けいしき文法ぶんぽうとの類似るいじは、同おなじ問題もんだい(有限ゆうげんの規則きそくで無限むげんの表現ひょうげんを生うむ)に対たいする独立どくりつした解かいであって、系譜けいふ的てきなつながりではない。

    論理ろんりの側がわでは、ニヤーヤ学派がくはが推論すいろんの作法さほうを整ととのえた。紀元きげん後ご2世紀にせいき頃ころに成立せいりつしたとされる『ニヤーヤ・スートラ』は、推論すいろんを五いつつの支分しぶんに分わける。主張しゅちょう、理由りゆう、実例じつれい、適用てきよう、結論けつろんである。「あの山やまに火ひがある/煙けむりがあるから/煙けむりあるところ火ひあり、竈へっついのごとく/この山やまもそうである/ゆえに火ひがある」という有名ゆうめいな定型ていけいがそれだ。アリストテレスの三さん段だん論法ろんぽうと比くらべると差さは明瞭めいりょうで、ニヤーヤは実例じつれい(ドリシュターンタ)を推論すいろんの構成要素こうせいようそとして要求ようきゅうする。つまり推論すいろんの妥当性だとうせいは形式けいしきだけで完結かんけつせず、理由りゆうと帰結きけつのあいだの遍ぺん充みつる関係かんけい(ヴィヤープティ)が現実げんじつの事例じれいで確たしかめられていることに支ささえられる。論理学ろんりがくと認識論にんしきろんが分離ぶんりしていないと言いい換かえてもよい。

    仏教ぶっきょう側がわからはこれに批判ひはんと洗練せんれんが加くわえられた。6世紀ろくせいき前半ぜんはんのディグナーガは五ご支しを三さん支しに切きり詰つめ、『プラマーナ・サムッチャヤ(集しゅう量りょう論ろん)』で正ただしい理由りゆうが満みたすべき三さん条件じょうけんを定式化ていしきかした。さらに別べつの小品しょうひん『ヘートゥチャクラ・ダマル(因輪論いんりんろん)』では、9通きゅうつうりの組くみ合あわせを表ひょうにして妥当だとうな場合ばあいを選より分わけている。彼かれはまた語ごの意味いみを「他ほかでないこと」の排除はいじょとして説明せつめいする立場たちばを打うち出だす。7世紀ななせいきのダルマキールティはこれを継つぎ、因果いんが関係かんけいと同一性どういつせいという理由りゆうの型かたを区別くべつした。この系統けいとうは二に方向ほうこうに伝つたわる。玄奘げんじょうが7世紀ななせいき半なかばに関連かんれん論ろん書しょを漢訳かんやくして東ひがしアジアに「因明いんみょう」の学がくが生うまれたが、根ねづきは限定的げんていてきだった。他方たほうチベットでは論理学ろんりがくが僧院そういん教育きょういくの基幹きかん科目かもくとなり、身振みぶりを伴ともなう定型ていけい的てきな問答もんどう形式けいしきとして今日きょうまで実践じっせんされている。

    14世紀じゅうよんせいき前後ぜんごのガンゲーシャ以降いこう、ニヤーヤは「新しんニヤーヤ」と呼よばれる段階だんかいに入はいる。ガンゲーシャの『タットヴァチンターマニ』は認識にんしきの四よん手段しゅだんを軸じくに据すえつつ、命題めいだいの構造こうぞうを表あらわす高度こうどに技術的ぎじゅつてきな言語げんごを練ねり上あげた。限定げんてい者しゃと被ひ限定げんてい者しゃ、関係かんけいの種別しゅべつ、否定ひていの作用さよう域いきを、括弧かっこのない散文さんぶんで一義いちぎに指定していできるよう語形ごけいを積つみ重かさねる。読よみにくさは悪名あくめい高たかいが、それは曖昧あいまいさを排はいするための代価だいかだった。この記述きじゅつ言語げんごは論理学ろんりがくの外そとへも広ひろがり、法学ほうがく・詩学しがく・文法学ぶんぽうがくの議論ぎろんがこの語彙ごいで書かかれるようになる。分野ぶんやを横断おうだんする厳密げんみつな術語じゅつご体系たいけいという点てんで、これは南みなみアジアが独自どくじに到達とうたつした学問がくもんの形式けいしきである。

    翻訳ほんやく運動うんどう ── バグダードの知恵ちえの館やかた

    写本を突き合わせ、誤りを正してから訳す ── 翻訳者は校訂者でもあった
    図ず 37写本しゃほんを突つき合あわせ、誤あやまりを正ただしてから訳やくす ── 翻訳者ほんやくしゃは校訂こうてい者しゃでもあった

    762年ねんに建設けんせつされたバグダードを中心ちゅうしんに、8世紀はっせいき後半こうはんから10世紀じっせいきにかけて、ギリシア語ご・シリア語ご・中期ちゅうきペルシア語ご・サンスクリット語ごの学術がくじゅつ文献ぶんけんがアラビア語ごへ組織的そしきてきに移うつされた。この事業じぎょうの規模きぼは、量りょうにおいても持続じぞくにおいても比較ひかくを絶ぜっする。実用じつよう書しょだけでなく、医学いがく・数学すうがく・天文学てんもんがく・光学こうがく・薬学やくがく・哲学てつがくのほぼ全域ぜんいきが対象たいしょうとなり、2世紀にせいき以上いじょうにわたって途切とぎれなかった。ディミトリ・グータスは、これを少数しょうすうの啓蒙的けいもうてき君主くんしゅの趣味しゅみではなく、アッバース朝ちょうが旧きゅうサーサーン朝ちょう領りょうの支配しはい層そうを取とり込こむために必要ひつようとした文化ぶんか政策せいさくとして説明せつめいした。占星術せんせいじゅつと行政ぎょうせい術じゅつと医術いじゅつが権力けんりょくの実務じつむに直結ちょっけつしていたことが、資金しきんの流ながれを支ささえたのである。

    波なみ時期じき場ば何語なにごから何語なにごへ
    第一だいいちの波なみ8世紀はっせいき後半こうはん〜10世紀じっせいきバグダードギリシア語ご・シリア語ご・中期ちゅうきペルシア語ご・サンスクリット語ご → アラビア語ご
    第だい二にの波なみ12世紀じゅうにせいきトレド、シチリアアラビア語ご → ラテン語ご
    第だい三さんの道みち13世紀じゅうさんせいき──ギリシア語ご → ラテン語ごの直接ちょくせつ訳やく(モルベケのウィレム)

    表ひょう3翻訳ほんやくは二に度ど、向むきを変かえた

    翻訳者ほんやくしゃは職人しょくにんであり、同時どうじに校訂こうてい者しゃだった。ネストリウス派はキリスト教きょう徒とのフナイン・イブン・イスハーク(809〜873年とし)は、ガレノス翻訳ほんやくの経緯けいいを記しるした書簡しょかんで自みずからの方法ほうほうを明あかしている。同一どういつ著作ちょさくの写本しゃほんを各地かくちで探索たんさくして集あつめ、突つき合あわせて誤あやまりを正ただし、そのうえで訳やくす。単語たんごを機械的きかいてきに置おき換かえるのではなく、文ぶんの意味いみ単位たんいで移うつす。彼かれの工房こうぼうには息子むすこや甥おいが加くわわり、ギリシア語ごからシリア語ご、シリア語ごからアラビア語ごという二に段階だんかいの経路けいろも併用へいようされた。翻訳ほんやくは同時どうじに本文ほんぶん批判ひはんであり、注釈ちゅうしゃくであり、しばしば原典げんてんを超こえる整理せいりを伴ともなった。ハッラーン出身しゅっしんのサービト・イブン・クッラのように、既訳きやくを数学的すうがくてきに検討けんとうして訂正ていせいする者ものも現あらわれる。

    「知恵ちえの館やかた(バイト・アル゠ヒクマ)」の像ぞうは、近年きんねんかなり削けずられた。一般いっぱんには壮麗そうれいな研究所けんきゅうしょや大学だいがくの原型げんけいとして語かたられるが、同時どうじ代だい史料しりょうに残のこるのは、カリフの図書館としょかんないし書庫しょことしての言及げんきゅうであり、そこに常勤じょうきんの研究者けんきゅうしゃ集団しゅうだんや翻訳ほんやく局きょくがあったことを示しめす確たしかな証拠しょうこは乏とぼしい。グータスは、これがサーサーン朝ちょう以来いらいの宮廷きゅうてい図書館としょかんの伝統でんとうに連つらなる施設しせつで、主しゅとしてペルシア語ご文献ぶんけんの翻訳ほんやくと天文てんもん・歴史れきしの編纂へんさんに関かかわったと見みる。ギリシア語ごからの大だい翻訳ほんやく事業じぎょうの大半たいはんは、宮廷外きゅうていがいの富裕ふゆうな後援こうえん者しゃが個々ここの翻訳者ほんやくしゃに発注はっちゅうする形かたちで進すすんだ。壮大そうだいな建物たてものを一ひとつ想定そうていするより、後援こうえん者しゃと翻訳者ほんやくしゃと写本しゃほん商しょうが張はりめぐらせた市場しじょうを想像そうぞうするほうが実態じったいに近ちかい。

    翻訳ほんやくは蓄積ちくせきで終おわらなかった。9世紀きゅうせいきのフワーリズミーは方程式ほうていしきの解法かいほう書しょを著あらわし、その書名しょめいに含ふくまれる「アル゠ジャブル」(移項いこうによる復元ふくげん)代数(algebra)の語源ごげんとなり、算法(algorithm)の語源ごげんとなった。11世紀じゅういっせいき初頭しょとうのカイロでイブン・アル゠ハイサムが著あらわした『光学こうがくの書しょ』は、目めから光線こうせんが出でるという古来こらいの説せつを退しりぞけ、外部がいぶの光ひかりが目めに入はいるとする立場たちばを、暗室あんしつと孔あなと複数ふくすう光源こうげんを用もちいた統制とうせい的てきな実験じっけんで支ささえた。仮説かせつを立たて、装置そうちで条件じょうけんを変かえ、結果けっかで判定はんていするという手順てじゅんが、光学こうがくという1分野ぶんやで明確めいかくに姿すがたを現あらわしている。イブン・シーナーの『医学いがく典範てんぱん』は11世紀じゅういっせいき前半ぜんはんに成なり、ラテン語ご訳やくを経へてヨーロッパの医学部いがくぶで数世紀すうせいきにわたり教科書きょうかしょであり続つづけた。ビールーニーは山頂さんちょうから水平線すいへいせんの俯角ふかくを測はかって地球ちきゅうの大おおきさを算出さんしゅつし、またサンスクリット語ごを学まなんで『インド誌し』を著あらわした。そこで彼かれは、インドの学問がくもんと自みずからの立場たちばの隔へだたりを認みとめたうえで、相手あいての言いい分ぶんを相手あいての語彙ごいで記述きじゅつしようと努つとめている。比較ひかく研究けんきゅうの作法さほうとして、これは早はやい。

    イブン・シーナー『医学典範』の写本 ── ラテン語圏で読み継がれた
    図ず 38イブン・シーナー『医学いがく典範てんぱん』の写本しゃほん ── ラテン語ご圏けんで読よみ継つがれた

    制度せいどの面めんでは、11世紀じゅういっせいき以降いこうのマドラサ(学院がくいん)と、寄進きしん財ざい(ワクフ)による恒常的こうじょうてきな財政ざいせい基盤きばんが学問がくもんの再生産さいせいさんを担になった。天文学てんもんがくは特とくに組織化そしきかが進すすみ、1259年ねんにフレグの支援しえんでナスィールッディーン・トゥースィーが設もうけたマラーゲ天文台てんもんだいには各地かくちから学者がくしゃが集あつまり、惑星わくせい運動うんどうを扱あつかう新あたらしい幾何学きかがく的てき手法しゅほうが生うまれた。15世紀じゅうごせいき前半ぜんはんにはウルグ・ベクがサマルカンドに天文台てんもんだいを築きずき、1437年ねん頃ころの天文てんもん表ひょうは千せんを超こえる恒星こうせいの位置いちを新規しんき観測かんそくに基もとづいて与あたえた。同おなじ環境かんきょうでアル゠カーシーは円周率えんしゅうりつを、十進じっしんに直なおせば16桁じゅうろくけたの精度せいどで算出さんしゅつしている。なお「イスラームの黄金おうごん時代じだい」という呼称こしょうは、輝かがやかしい時代じだいとその後ごの停滞ていたいという二に分ぶん法ほうを伴ともないがちだが、これは実証じっしょうに耐たえない。14世紀じゅうよんせいきのイブン・アル゠シャーティルの惑星わくせいモデル、15世紀じゅうごせいきのサマルカンド、16世紀じゅうろくせいきのイスタンブル天文台てんもんだいと、水準すいじゅんの高たかい仕事しごとは長ながく続つづいた。特定とくていの神学者しんがくしゃが1人ひとりで科学かがくを殺ころした、という筋書すじがきも同様どうように単純化たんじゅんかである。

    マラーゲ天文台 ── 各地から学者を集め、惑星運動の新しい幾何学が生まれた
    図ず 39マラーゲ天文台てんもんだい ── 各地かくちから学者がくしゃを集あつめ、惑星わくせい運動うんどうの新あたらしい幾何学きかがくが生うまれた

    逆方向ぎゃくほうこうの翻訳ほんやく ── 12世紀じゅうにせいきルネサンスとヨーロッパ

    トレド ── アラビア語からラテン語へ、流れが向きを変えた場所
    図ず 40トレド ── アラビア語ごからラテン語ごへ、流ながれが向むきを変かえた場所ばしょ

    12世紀じゅうにせいき、翻訳ほんやくの流ながれは向むきを変かえた。1085年ねんにカスティーリャ王国おうこくの支配下しはいかに入はいったトレドには、アラビア語ご文献ぶんけんとアラビア語ごを読よむユダヤ教きょう徒と・モサラベ(アラビア語ご化かしたキリスト教きょう徒と)が残のこっており、ラテン西方せいほうの学者がくしゃが集あつまる場ばとなった。クレモナのジェラルド(1187年ねん没ぼつ)はプトレマイオスの『アルマゲスト』を求もとめてトレドに赴おもむき、そこに留とまって膨大ぼうだいな訳業やくぎょうを残のこした。死後しごに弟子でしたちが作つくった一覧いちらんには70点ななじってんを超こえる著作ちょさくが並ならぶ。翻訳ほんやくはしばしば2人組ににんぐみで行おこなわれ、アラビア語ごを解かいする者ものが口頭こうとうで俗語ぞくごに訳やくし、それをラテン語ごに書かき取とる、という分業ぶんぎょうが記録きろくされている。ただし「トレド翻訳ほんやく学派がくは」という名称めいしょうは後代こうだいの整理せいりであって、統一とういつされた組織そしきや公式こうしきの後援こうえんを示しめす証拠しょうこは薄うすい。実態じったいは、写本しゃほんと語学力ごがくりょくと需要じゅようが偶然ぐうぜんに集あつまった都市としであった。

    経路けいろはイベリア半島はんとうだけではない。ノルマン王朝下おうちょうかのシチリアでは、ギリシア語ご話者わしゃが残のこっていたため、アラビア語ごを介かいさずギリシア語ご原典げんてんから直接ちょくせつラテン語ごへ訳やくすことができた。12世紀じゅうにせいき半なかば、プラトンの対話篇たいわへんのいくつかと『アルマゲスト』が、この経路けいろでラテン西方せいほうに入はいっている。13世紀じゅうさんせいきにはモルベケのウィレムがアリストテレスをギリシア語ごから訳やくし直なおした。したがって「失うしなわれたギリシアをアラビアが返かえしてくれた」という一いち枚まい絵えは、正確せいかくではない。返還へんかんの経路けいろは複数ふくすうあり、しかもアラビア語ご圏けんから来きたのはギリシアの遺産いさんだけでなく、その上うえに数世紀すうせいき分ぶんの注釈ちゅうしゃくと批判ひはんと新しん結果けっかが積つみ上あがったものだった。同おなじ理由りゆうで「ヨーロッパの暗黒あんこく時代じだい」という語ごも使つかいにくい。修道院しゅうどういんと司教しきょう座ざ学校がっこうは古典こてんの写本しゃほんを保存ほぞんし続つづけており、途切とぎれていたのは知ちの全体ぜんたいではなく、特定とくていの分野ぶんやの高等こうとうな文献ぶんけんである。

    流入りゅうにゅうした文献ぶんけんを受うけ止とめる容器ようきとして、大学だいがくが形成けいせいされた。ボローニャは慣例かんれい的てきに1088年ねん創立そうりつとされるが、この年号ねんごうは19世紀末せいきまつに記念きねん行事ぎょうじのために遡さかのぼって定さだめられたもので、実際じっさいには12世紀じゅうにせいきを通つうじて法学ほうがく教師きょうしと学生がくせいの団体だんたいが徐々じょじょに固かたまっていった。パリは12世紀じゅうにせいき後半こうはんに教師きょうしの組合くみあいとして姿すがたを現あらわし、1200年ねん前後ぜんごに王権おうけんと教皇きょうこうから特権とっけんを得える。オックスフォードは12世紀じゅうにせいき後半こうはんから教育きょういくが集積しゅうせきした。ウニウェルシタスとはもともと組合くみあい・団体だんたいを意味いみする語ごで、校舎こうしゃでも敷地しきちでもない。彼かれらが獲得かくとくしたのは、教師きょうしを認定にんていする権利けんり、成員せいいんを域外いきがいの裁判権さいばんけんから守まもる特権とっけん、そして集団しゅうだんで講義こうぎを停止ていしする権利けんりであった。学位がくいという制度せいどは、この組合くみあいが発行はっこうする営業えいぎょう免許めんきょとして始はじまっている。

    学部がくぶ課程かていの建前たてまえは自由じゆう七科しちかであった。文法ぶんぽう・論理ろんり・修辞しゅうじの三さん学がくと、算術さんじゅつ・幾何きか・天文てんもん・音楽おんがくの四科しかである。ただし建前たてまえと実態じったいの距離きょりは大おおきい。実際じっさいの学芸学部がくげいがくぶでは論理学ろんりがくとアリストテレス自然しぜん哲学てつがくが時間じかんの大半たいはんを占しめ、四科しかは形式的けいしきてきな扱あつかいに終おわることが多おおかった。それでも七科しちかの枠組わくぐみは、学問がくもんを「教おしえられる順序じゅんじょを持もつ全体ぜんたい」として構想こうそうする型かたを残のこした。何なにをどの順じゅんで学まなぶかを制度せいどが定さだめるという発想はっそうは、ここから続つづいている。

    授業じゅぎょうと著作ちょさくの形式けいしきとしてはクァエスティオ(問題もんだい)が確立かくりつした。ある問といを立たて、まず反対はんたいに見みえる論拠ろんきょを並ならべ、次つぎに権威けんいによる反論はんろんを置おき、著者ちょしゃの解答かいとうを述のべ、最後さいごに冒頭ぼうとうの各論拠かくろんきょへ個別こべつに応答おうとうする。この作法さほうの下地したじには、アベラールが12世紀じゅうにせいき前半ぜんはんに編あんだ、教父きょうふたちの矛盾むじゅんする言明げんめいを主題しゅだいごとに対置たいちした書物しょもつがある。彼かれは解決かいけつを与あたえず、権威けんいは食くい違ちがうのだから理性りせいで調停ちょうていするほかない、と示しめした。討論とうろんでは反対はんたい意見いけんを最もっとも強つよい形かたちで提示ていじする義務ぎむが課かされる。相手あいての主張しゅちょうを歪ゆがめずに再構成さいこうせいしてから応おうじる、という規範きはんは、この教室きょうしつから出でて今日きょうの査読さどくと学術がくじゅつ論争ろんそうにまで及およんでいる。

    1277年ねん3月さんがつ、パリ司教しきょうエティエンヌ・タンピエは219の命題めいだいを断罪だんざいした。多おおくはアリストテレス主義しゅぎ的てきな決定論けっていろん、すなわち神かみといえどもなしえないことがあるとする含意がんいを持もつ主張しゅちょうである。ピエール・デュエムは20世紀にじっせいき初頭しょとう、この禁令きんれいがアリストテレスの軛くびきから自然学しぜんがくを解放かいほうし、近代きんだい科学かがくの出発点しゅっぱつてんになったと論ろんじた。この強つよい主張しゅちょうは今日きょうほぼ支持しじされていない。ただし穏健おんけんな形かたちでは議論ぎろんが続つづいている。神かみは複数ふくすうの世界せかいを作つくりうる、宇宙うちゅう全体ぜんたいを直線ちょくせん運動うんどうさせうる、と認みとめよと命めいじられた教師きょうしたちは、それらの場合ばあいに何なにが起おきるかを「想像そうぞうに即そくして」論ろんじざるをえなくなった。真空中しんくうちゅうの運動うんどう、地球ちきゅうの自転じてん、無限むげんの可能性かのうせいといった主題しゅだいが14世紀じゅうよんせいきの註解ちゅうかいに現あらわれるのは、この圧力あつりょくと無縁むえんではない。禁令きんれいが意図いとしたのは思考しこうの制限せいげんであり、結果けっかとして供給きょうきゅうされたのは思考しこう実験じっけんの題材だいざいだった、という皮肉ひにくである。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 45 / 推すい 5 / 争そう 8

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かく西にしアジアの遺跡いせきから前ぜん8000年紀ねんき以降いこうの粘土ねんど製せい小しょう立体りったい(トークン)が多数たすう出土しゅつどし、前ぜん4000年紀ねんき末まつには粘土ねんど球きゅう(ブッラ)への封入ふうにゅうと表面ひょうめん押印おういんの例れいがあるD. Schmandt-Besserat による1970年代ねんだい(1974年ねん、1977年ねんの論文ろんぶん)以降いこうの一連いちれんの研究けんきゅう。集大成しゅうたいせいは *Before Writing*(1992)。
    • 争そうトークンが楔形せっけい文字もじの直接ちょくせつの起源きげんであるとする説せつシュマント゠ベッセラの主張しゅちょうに対たいし、出土しゅつどトークンの機能きのうの多様性たようせい(遊戯ゆうぎ具ぐ・呪具じゅぐの可能性かのうせい)や、トークン形状けいじょうと文字もじ記号きごうの対応たいおうの不十分ふじゅうぶんさを指摘してきする批判ひはんがある。
    • 確かくウルク出土しゅつどの前ぜん3300年ねん頃ころの最初さいしょ期き文書ぶんしょ群ぐんは、家畜かちく・穀物こくもつ・労働ろうどうなどの行政ぎょうせい記録きろくが大半たいはんを占しめるウルクIV期き粘土板ねんどばんの刊本かんぽんおよび原げん楔形せっけい文字もじ研究けんきゅう(H. Nissen, P. Damerow, R. Englund らの研究けんきゅう)。
    • 確かくメソポタミアは六十進ろくじっしん法ほうを用もちい、1時間いちじかん60分ろくじっぷん・1分いっぷん60秒ろくじゅうびょう・円周えんしゅう360度どとしてこの体系たいけいが現代げんだいまで残のこる楔形せっけい文字もじ数学すうがく文献ぶんけんの標準的ひょうじゅんてき記述きじゅつ。
    • 確かくバビロニアの位取くらいどり記数法きすうほうには長ながらく空位くうい記号きごうがなく、空位くうい記号きごうが用もちいられるようになるのは前ぜん1000年紀ねんき後半こうはん、かつ数かずの末尾まつびには用もちいられないバビロニア数学すうがく天文学てんもんがく文献ぶんけんの記数法きすうほう研究けんきゅう(O. Neugebauer 以来いらいの通説つうせつ)。
    • 確かくプリンプトン322はコロンビア大学だいがく所蔵しょぞう、前ぜん1800年ねん頃ころの粘土板ねんどばんで、4列よんれつ15行じゅうごぎょうの数表すうひょうコロンビア大学だいがく Plimpton Collection 所蔵しょぞう資料しりょう。
    • 争そうプリンプトン322の解釈かいしゃくノイゲバウアーとサックス(1945)の数論すうろん的てき解釈かいしゃく、E. Robson(2001, 2002)の学校がっこう文書ぶんしょ・逆数ぎゃくすう対たい生成せいせい説せつ、Mansfield & Wildberger(2017)の三角さんかく法ほう表ひょう説せつが対立たいりつ。ロブソン説せつが現在げんざい最もっとも広ひろく受うけ入いれられている。
    • 確かくバビロニアの「天文てんもん日誌にっし」は前ぜん652年ねんから前ぜん61年ねんまでの観測かんそく・気象きしょう・物価ぶっか記録きろくの系列けいれつであるA. Sachs & H. Hunger 編へん *Astronomical Diaries and Related Texts from Babylonia*。
    • 確かく223朔望さくぼう月つき(約やく18年じゅうはちねん11日じゅういちにち)で食しょくの配置はいちがほぼ繰くり返かえす周期しゅうきがバビロニアの食しょく記録きろくから把握はあくされていた楔形せっけい文字もじ食しょく一覧いちらんテキストの研究けんきゅう。
    • 確かくこの周期しゅうきの「サロス」という名称めいしょうは近世きんせいの転用てんようで、エドモンド・ハリーがバビロニアの語ごを別べつの意味いみで用もちいたことに由来ゆらいする天文学てんもんがく史しにおける定説ていせつ。
    • 確かくリンド数学すうがくパピルスは前ぜん1550年ねん頃ころに書記しょきアハメスが写うつしたもので、本文ほんぶんに200年ねんほど前まえの原本げんぽんからの写うつしである旨むねが記しるされる大英だいえい博物館はくぶつかん所蔵しょぞう、標準ひょうじゅん刊本かんぽん(A. B. Chace ほか)。
    • 確かくリンド・パピルスは円えんの面積めんせきを直径ちょっけいの9きゅう分ぶんの八はちの平方へいほうとし、これは円周率えんしゅうりつ約やく3.16(256/81)に相当そうとうするリンド・パピルス問題もんだい50。
    • 推すいエジプト幾何学きかがくがナイル氾濫はんらん後ごの土地とち再さい測そくから生しょうじたという説明せつめいはヘロドトスによるギリシア側がわの解釈かいしゃくであり、エジプト側がわの同時どうじ代だい資料しりょうに直接ちょくせつの裏うらづけはないヘロドトス『歴史れきし』第だい二に巻かんの記述きじゅつと、エジプト数学すうがくパピルスの内容ないようとの照合しょうごうによる判断はんだん。
    • 確かくブラーフミー数字すうじは1〜9および10・20・100・1000に固有こゆう記号きごうを持もつ非ひ位取くらいどりの体系たいけいで、アショーカ王おう碑文ひぶん期き(前3世紀ぜんさんせいき)以降いこうに現あらわれるインド碑文ひぶん学がくの標準的ひょうじゅんてき記述きじゅつ。
    • 確かくアーリヤバタ『アーリヤバティーヤ』は499年ねん成立せいりつで、位くらいから位くらいへ10倍じゅうばいになる旨むねを明記めいきし、円周率えんしゅうりつに62832/20000(=3.1416)を「近似きんじ」として与あたえる『アーリヤバティーヤ』ガニタパーダ。
    • 確かくブラフマグプタ『ブラーフマスプタシッダーンタ』(628年ねん)第だい18章じゅうはっしょうはゼロと正負せいふ数すうの加減かげん乗除じょうじょの規則きそくを体系的たいけいてきに述のべる同書どうしょ。
    • 確かくブラフマグプタはゼロをゼロで割わった商しょうをゼロとしており、これは誤あやまりである同書どうしょ第だい18章じゅうはっしょう。ゼロを分母ぶんぼとする量りょうの扱あつかいは12世紀じゅうにせいきのバースカラ二世にせいが改あらためて論ろんじた。
    • 争そうバクシャーリー写本しゃほんの年代ねんだいボドリアン図書館としょかんによる2017年ねんの放射性ほうしゃせい炭素たんそ測定そくていは3点さんてんの試料しりょうから3〜4世紀せいき、7〜9世紀せいき、9〜10世紀せいきという重かさならない三さん区間くかんを出だした。図書館としょかん側がわは最古さいこ値ちに基もとづき「最古さいこのゼロ」と発表はっぴょうしたが、1冊いっさつの写本しゃほんの素材そざいが数百すうひゃく年ねん隔へだたることの不自然ふしぜんさ、書体しょたい・言語げんご・数学すうがく内容ないようが後代こうだいを示唆しさする点てんを挙あげる反論はんろんがある。
    • 確かくインドのグワーリオル碑文ひぶん(876年ねん)は年代ねんだいの確たしかなゼロ記号きごうの例れいであり、東南とうなんアジアには7世紀ななせいきのクメール碑文ひぶんにゼロを含ふくむ例れいがある碑文ひぶん資料しりょう。
    • 確かくケーララ学派がくはではマーダヴァ(十じゅう4〜15世紀せいき)に帰かえされる正弦せいげん・余弦よげん・逆ぎゃく正接せいせつおよび円周率えんしゅうりつの無限むげん級数きゅうすうがあり、ジェーシュタデーヴァ『ユクティバーシャー』(16世紀じゅうろくせいき前半ぜんはん、マラヤーラム語ご)は導出どうしゅつ過程かていを記述きじゅつする同書どうしょおよび関連かんれんサンスクリット文献ぶんけん。
    • 争そうケーララ学派がくはの成果せいかを「微積分びせきぶんの先取さきどり」と呼よべるか無限むげん級数きゅうすう・項こう別べつ総和そうわ・誤差ごさ評価ひょうかの存在そんざいを根拠こんきょとする肯定こうてい説せつに対たいし、微分びぶんと積分せきぶんの一般いっぱん概念がいねんおよび両者りょうしゃを結むすぶ定理ていりを欠かくとする慎重しんちょう論ろんがある。
    • 争そうケーララの成果せいかがイエズス会かい士しを介かいしてヨーロッパへ伝つたわったとする伝播でんぱ説せつ状況じょうきょう証拠しょうこに基もとづく提唱ていしょうがあるが、これを裏うらづける文書ぶんしょ史料しりょうは確認かくにんされていない。
    • 確かくフワーリズミーはインド式しき計算法けいさんほうについての書しょを著あらわしたが原げんアラビア語ご本ほんは失うしなわれ、ラテン語ご訳やくを通つうじて伝つたわる*Algoritmi de numero Indorum* 系けい写本しゃほん。
    • 確かくフィボナッチ(ピサのレオナルド)『算盤そろばんの書しょ』(1202年ねん)が十進位取じっしんくらいどりり記数法きすうほうを商業しょうぎょう計算けいさんの実例じつれいとともにヨーロッパに広ひろめた同書どうしょ。
    • 確かく中世ちゅうせいイタリアの都市としには、帳簿ちょうぼでのインド・アラビア数字すうじ使用しようを制限せいげんしローマ数字すうじを求もとめる規制きせいの例れいがある都市とし条例じょうれいの記録きろく(フィレンツェの両替商りょうがえしょう規約きやくなど)。
    • 確かくパーニニ『アシュターディヤーイー』は約やく4000のスートラからなり、音一覧おんいちらんに基もとづく略号りゃくごう体系たいけい、生成せいせい的てきな規則きそく記述きじゅつ、規則きそくを制御せいぎょするメタ規則きそく(パリバーシャー)、および第だい八章はっしょう末尾まつびの三さん節せつ(トリパーディー)を先行せんこう規則きそく群ぐんから不可視ふかしとする規則きそく順序じゅんじょの扱あつかいを含ふくむ。全ぜん八章はっしょう、各章かくしょう四よん節せつの構成こうせいである同書どうしょ。
    • 推すいパーニニの体系たいけいと現代げんだいの形式けいしき文法ぶんぽう(文脈ぶんみゃく自由じゆう文法ぶんぽう・BNF記法きほう)との類似るいじは、有限ゆうげん規則きそくで無限むげんの表現ひょうげんを生うむという同型どうけいの問題もんだいに対たいする独立どくりつの解かいであり、歴史的れきしてきな系譜けいふ関係かんけいではない両りょう体系たいけいの目的もくてき(言語げんご集合しゅうごうの定義ていぎ 対たい 正用せいよう形けいの導出どうしゅつ手続てつづきの口伝くでん可能かのうな圧縮あっしゅく)の相違そういに基もとづく判断はんだん。
    • 確かくパーニニの年代ねんだいは前6世紀ぜんろくせいきから前4世紀ぜんよんせいきの幅はばで議論ぎろんされ、前4世紀ぜんよんせいき頃ころとする見解けんかいが多おおいインド学がくにおける通説つうせつ的てきな幅はば。
    • 確かくニヤーヤ学派がくはの五ご支し論ろん式しきは主張しゅちょう・理由りゆう・実例じつれい・適用てきよう・結論けつろんからなり、実例じつれい(ドリシュターンタ)を推論すいろんの構成要素こうせいようそとして要求ようきゅうする『ニヤーヤ・スートラ』(紀元きげん後ご2世紀にせいき頃ころ成立せいりつとされる)。
    • 確かくディグナーガ(6世紀ろくせいき前半ぜんはん)は論ろん式しきを三さん支しに整理せいりし、正ただしい理由りゆうの三さん条件じょうけんと9通きゅうつうりの組くみ合あわせの表ひょう(九きゅう句く因もと、因もとの輪わ)を定式化ていしきかした三さん条件じょうけんは『プラマーナ・サムッチャヤ(集しゅう量りょう論ろん)』、九きゅう句く因もとの表ひょうは『ヘートゥチャクラ・ダマル(因輪論いんりんろん)』。
    • 確かくダルマキールティ(7世紀ななせいき)はディグナーガを継承けいしょうし、理由りゆうを因果いんが関係かんけいと同一性どういつせいの型かたに区別くべつした『プラマーナ・ヴァールッティカ』。
    • 確かく玄奘げんじょうによる関連かんれん論ろん書しょの漢訳かんやく(7世紀ななせいき半なかば)を通つうじて東ひがしアジアに「因明いんみょう」の学がくが成立せいりつしたが、チベットにおけるほど教育きょういく制度せいどに根ねづかなかった漢訳かんやく仏典ぶってんおよびチベット僧院そういん教育きょういくの比較ひかく。
    • 確かくガンゲーシャ『タットヴァチンターマニ』を画期かっきとして新しんニヤーヤが成立せいりつし、限定げんてい者しゃ・関係かんけい・否定ひていの作用さよう域いきを一義いちぎに指定していする技術的ぎじゅつてき言語げんごが発達はったつ、法学ほうがく・詩学しがく・文法学ぶんぽうがくの議論ぎろんにも用もちいられた同書どうしょおよび D. Ingalls, *Materials for the Study of Navya-Nyāya Logic*(1951)。ガンゲーシャの年代ねんだいは13世紀じゅうさんせいき後半こうはんから14世紀じゅうよんせいき前半ぜんはんの幅はばで論ろんじられる。
    • 確かくバグダードは762年ねんに建設けんせつされ、8世紀はっせいき後半こうはんから10世紀じっせいきにかけてギリシア語ご・シリア語ご・中期ちゅうきペルシア語ご・サンスクリット語ごからアラビア語ごへの組織的そしきてき翻訳ほんやくが2世紀にせいき以上いじょう継続けいぞくしたD. Gutas, *Greek Thought, Arabic Culture*(1998)。
    • 推すい翻訳ほんやく運動うんどうの駆動くどう因もとはアッバース朝ちょうの社会的しゃかいてき・政治的せいじてき必要ひつよう(旧きゅうサーサーン朝ちょう領りょう支配しはい層そうの統合とうごう、占星術せんせいじゅつ・行政ぎょうせい術じゅつ・医術いじゅつの実務じつむ価値かち)であったグータスの解釈かいしゃく。少数しょうすうの啓蒙的けいもうてき君主くんしゅの個人的こじんてき関心かんしんに帰かえす従来じゅうらい説せつへの修正しゅうせい。
    • 確かくフナイン・イブン・イスハーク(809〜873年とし)はガレノス翻訳ほんやくに関かんする書簡しょかんで、複数ふくすう写本しゃほんの収集しゅうしゅう・照合しょうごうによる本文ほんぶん確定かくていと意味いみ単位たんいでの翻訳ほんやくという方法ほうほうを記述きじゅつしている同氏どうしの『書簡しょかん(リサーラ)』。
    • 争そう「知恵ちえの館やかた(バイト・アル゠ヒクマ)」の実態じったい大規模だいきぼな研究けんきゅう機関きかん・翻訳ほんやく局きょくとする通俗的つうぞくてきな像ぞうに対たいし、同時どうじ代だい史料しりょうはカリフの図書館としょかんないし書庫しょことしての言及げんきゅうにとどまるとして、サーサーン朝ちょう以来いらいの宮廷きゅうてい図書館としょかんの系譜けいふに位置いちづけ、ギリシア語ご翻訳ほんやく事業じぎょうの大半たいはんは宮廷外きゅうていがいの私的してき後援こうえんによったとする見解けんかい(Gutas ほか)が有力ゆうりょくになっている。
    • 確かく「アルジェブラ(代数だいすう)」はフワーリズミーの著書ちょしょ名中めいちゅうの al-jabr に、「アルゴリズム」は彼かれの名なのラテン語形ごけいに由来ゆらいする語源学ごげんがくの定説ていせつ。
    • 確かくイブン・アル゠ハイサム『光学こうがくの書しょ』(11世紀じゅういっせいき初頭しょとう、カイロ)は視覚しかくの外送説がいそうせつを退しりぞけて内入説ないにゅうせつを採とり、暗室あんしつ・孔あな・複数ふくすう光源こうげんによる統制とうせい的てき実験じっけんで議論ぎろんを支ささえた*Kitāb al-Manāẓir*。
    • 確かくイブン・シーナー『医学いがく典範てんぱん』(11世紀じゅういっせいき前半ぜんはん)はラテン語ご訳やくを経へてヨーロッパの医学いがく教育きょういくで数世紀すうせいきにわたり使用しようされた同書どうしょのラテン語ご訳やくおよび近世きんせいの刊本かんぽん史し。
    • 確かくビールーニーは山頂さんちょうからの水平線すいへいせん俯角ふかくの測定そくていによって地球ちきゅうの大おおきさを算出さんしゅつし、また『インド誌し』でサンスクリット文献ぶんけんに基もとづくインドの学問がくもん・宗教しゅうきょうの記述きじゅつを行おこなった『インド誌し(タフキーク・マー・リル・ヒンド)』ほか。
    • 確かくマラーゲ天文台てんもんだいは1259年ねん、フレグの支援下しえんかでナスィールッディーン・トゥースィーにより設立せつりつされた天文学てんもんがく史しの標準的ひょうじゅんてき記述きじゅつ。
    • 確かくウルグ・ベクのサマルカンド天文台てんもんだいは15世紀じゅうごせいき前半ぜんはんに建設けんせつされ、1437年ねん頃ころの天文てんもん表ひょうは千せんを超こえる恒星こうせいの新規しんき観測かんそく位置いちを含ふくむ『ズィージェ・スルターニー』。
    • 確かくアル゠カーシーは15世紀じゅうごせいき前半ぜんはんに円周率えんしゅうりつを十進じっしん換算かんさんで16桁じゅうろくけたの精度せいどで算出さんしゅつした『円周えんしゅう論ろん』(1424年ねん)。
    • 争そう「イスラームの黄金おうごん時代じだいとその後ごの停滞ていたい」という図式ずしき14世紀じゅうよんせいきのイブン・アル゠シャーティルの惑星わくせいモデル、15世紀じゅうごせいきサマルカンド、16世紀じゅうろくせいきイスタンブル天文台てんもんだいなど高水準こうすいじゅんの仕事しごとが長ながく続つづいたことを根拠こんきょに、この時代じだい区分くぶんと衰退すいたいの原因論げんいんろん(特定とくていの神学者しんがくしゃへの帰責きせきを含ふくむ)を退しりぞける研究けんきゅうがある(G. Saliba ほか)。
    • 確かくトレドは1085年ねんにカスティーリャの支配下しはいかに入はいり、12世紀じゅうにせいきを通つうじてアラビア語ご文献ぶんけんのラテン語ご訳やくが集中的しゅうちゅうてきに行おこなわれた中世ちゅうせい翻訳ほんやく史しの標準的ひょうじゅんてき記述きじゅつ。
    • 確かくクレモナのジェラルド(1187年ねん没ぼつ)は『アルマゲスト』を求もとめてトレドに赴おもむき、死後しごに弟子でしが作成さくせいした一覧いちらんには70点ななじってんを超こえる訳業やくぎょうが記しるされるジェラルド伝記でんきおよび訳業やくぎょう目録もくろく。
    • 推すい「トレド翻訳ほんやく学派がくは」という名称めいしょうは後代こうだいの整理せいりであり、統一とういつ的てきな組織そしきや公式こうしき後援こうえんの証拠しょうこは薄うすい個々ここの翻訳者ほんやくしゃ・後援こうえん者しゃの記録きろくが組織的そしきてき枠組わくぐみを示しめさないことに基もとづく判断はんだん。
    • 確かくノルマン朝ちょうシチリアではギリシア語ご原典げんてんから直接ちょくせつラテン語ごへの翻訳ほんやくが行おこなわれ、12世紀じゅうにせいき半なかばにプラトンの対話篇たいわへんの一部いちぶと『アルマゲスト』が訳やくされた中世ちゅうせい翻訳ほんやく史しの記録きろく。
    • 確かくモルベケのウィレム(13世紀じゅうさんせいき)はアリストテレスをギリシア語ごから直接ちょくせつラテン語ごに訳やくし直なおした同氏どうしの訳業やくぎょう。
    • 推すい「ヨーロッパの暗黒あんこく時代じだい」という図式ずしきは成立せいりつしない修道院しゅうどういん・司教しきょう座ざ学校がっこうによる写本しゃほん保存ほぞんの継続けいぞくと、複数ふくすう経路けいろでの古典こてん受容じゅようが確認かくにんされるため。断絶だんぜつしていたのは知ちの全体ぜんたいではなく特定とくてい分野ぶんやの高等こうとう文献ぶんけんである。
    • 確かくボローニャ大学だいがくの1088年ねん創立そうりつという年号ねんごうは19世紀末せいきまつに記念きねん行事ぎょうじに際さいして定さだめられたもので、実際じっさいの団体だんたい形成けいせいは12世紀じゅうにせいきを通つうじて進すすんだ大学だいがく史し研究けんきゅうの指摘してき。
    • 確かくウニウェルシタスは組合くみあい・団体だんたいを意味いみする語ごであり、大学だいがくが獲得かくとくしたのは教授きょうじゅ資格しかくの認定にんてい権けん、成員せいいんの裁判さいばん管轄かんかつ上じょうの特権とっけん、集団的しゅうだんてきな講義こうぎ停止ていし権けんなどである中世ちゅうせい大学だいがく史しの標準的ひょうじゅんてき記述きじゅつ。
    • 確かく自由じゆう七科しちかは三さん学がく(文法ぶんぽう・論理ろんり・修辞しゅうじ)と四科しか(算術さんじゅつ・幾何きか・天文てんもん・音楽おんがく)からなるが、中世ちゅうせい学芸学部がくげいがくぶの実際じっさいの授業じゅぎょう時間じかんは論理学ろんりがくとアリストテレス自然しぜん哲学てつがくが大半たいはんを占しめた中世ちゅうせい大学だいがくカリキュラム研究けんきゅう。
    • 確かくクァエスティオの形式けいしきは、問といの提示ていじ、反対論拠はんたいろんきょの列挙れっきょ、権威けんいによる反論はんろん、著者ちょしゃの解答かいとう、各論拠かくろんきょへの個別こべつ応答おうとうからなるトマス・アクィナス『神学しんがく大全たいぜん』ほかスコラ学がくの著作ちょさく形式けいしき。
    • 確かくアベラールは12世紀じゅうにせいき前半ぜんはん、教父きょうふたちの矛盾むじゅんする言明げんめいを主題しゅだいごとに対置たいちした書物しょもつを編あみ、解決かいけつを与あたえずに権威けんいの食くい違ちがいを示しめした『然りと否(Sic et Non)』。
    • 確かく1277年ねん3月さんがつ、パリ司教しきょうエティエンヌ・タンピエは219の命題めいだいを断罪だんざいしたパリ司教区しきょうくの禁令きんれい文書ぶんしょ。
    • 争そう1277年ねんの禁令きんれいが近代きんだい科学かがくを準備じゅんびしたとするデュエムの主張しゅちょう強つよい形かたちでの主張しゅちょうは現在げんざいほぼ支持しじされないが、神かみの絶対的ぜったいてき能力のうりょくを認みとめよという要求ようきゅうが複数ふくすう世界せかい・宇宙うちゅうの直線ちょくせん運動うんどう・真空中しんくうちゅうの運動うんどうなどの「想像そうぞうに即そくした」思考しこう実験じっけんを促うながしたとする穏健おんけんな議論ぎろん(E. Grant ほか)は継続けいぞくしている。
    源みなもと四よん

    源流げんりゅう ── 知ちはどこで生うまれたか

    記録きろくされなかった知ち(未被记录之知 / Knowledge Not Written Down)

    アフリカ ── 口承こうしょうと写本しゃほんのあいだ

    1950年ねん、ベルギーの地質学ちしつがく者しゃジャン・ド・エンゼランは、コンゴ東部とうぶエドワード湖畔こはんのイシャンゴ遺跡いせきで、1本いっぽんの骨ほねを掘ほり出だした。ヒヒの腓骨ひこつで、先端せんたんに石英せきえいの小片しょうへんが埋うめ込こまれている。柄がらの三みっつの面めんに、束たばになった刻きざみ目めが並ならぶ。年代ねんだいは当初とうしょ、完新世かんしんせい(数千すうせん年前ねんまえ)と見積みつもられていたが、1987年ねんのブルックスとスミスによる遺跡いせきの再さい調査ちょうさと年代ねんだい測定そくていによって、およそ2万にまん年としから2万にまん5000年前ねんまえへ大おおきく繰くり上あげられた。現在げんざいも幅はばを持もって扱あつかわれる数字すうじである。この骨ほねが有名ゆうめいなのは、刻きざみ目めの一列いちれつが11・13・17・19、すなわち10と20のあいだの素数そすうと一致いっちするからである。

    イシャンゴの骨 ── 刻み目の一列は 11・13・17・19 と読める/所蔵:ベルギー王立自然史博物館
    図ず 41イシャンゴの骨ほね ── 刻きざみ目めの一列いちれつは 11・13・17・19 と読よめる/所蔵しょぞう:ベルギー王立おうりつ自然しぜん史し博物館はくぶつかん

    ただし、この一致いっちをどう読よむかは決着けっちゃくしていない。素数そすう表ひょうとする解釈かいしゃく、月つきの満みち欠かけの記録きろくとする解釈かいしゃく(アレクサンダー・マーシャックの主張しゅちょう)、そして単たんなる計数けいすうの痕跡こんせきないし滑すべり止どめの意匠いしょうとする解釈かいしゃくが並立へいりつしている。決定的けっていてきな難点なんてんは、刻きざみ目めをどこで区切くぎるかが観察かんさつ者しゃによって揺ゆれることと、四よっつの数かずの一致いっちは偶然ぐうぜんでも十分じゅうぶんに起おこりうることである。南部なんぶアフリカのボーダー洞窟どうくつから出でたレボンボの骨ほね(4万よんまん年前ねんまえ前後ぜんご、ヒヒの腓骨ひこつに29本にじゅうきゅうほんの刻きざみ目め)も同様どうようで、骨ほねの一端いったんが折おれているため元もとの総数そうすうは分わからない。太陰たいいん月つきと結むすびつける議論ぎろんは魅力的みりょくてきだが、証拠しょうこは足たりない。確実かくじつに言いえるのは、人類じんるいがきわめて早はやい段階だんかいで「何なにかを数かぞえて刻きざむ」ことをしていた、という1点いってんだけである。

    文字もじによる数学すうがくの記録きろくに移うつれば、事情じじょうは一変いっぺんする。リンド数学すうがくパピルスは、書記しょきアーメスが前ぜん1550年ねんごろに筆写ひっしゃしたもので、彼かれ自身じしんがより古ふるい原本げんぽんの写うつしであると記しるしている。エジプトの分数ぶんすう表記ひょうきは、三分さんぶんの二にを除のぞけばすべて単位たんい分数ぶんすうの和わに分解ぶんかいするという独特どくとくの規約きやくを持もち、そのための膨大ぼうだいな分解ぶんかい表ひょうが添そえられていた。モスクワ数学すうがくパピルスには切きり頭あたま四角錐しかくすいの体積たいせきを求もとめる手順てじゅんが残のこる。ナイル上流じょうりゅうのクシュ王国おうこくはメロエ文字もじを用もちいたが、ここに厄介やっかいな逆転ぎゃくてんがある。文字もじの音価おんかは20世紀にじっせいき初頭しょとうにフランシス・グリフィスがほぼ決定けっていしたにもかかわらず、メロエ語ご自体じたいが既知きちの言語げんご族ぞくと結むすびつかず、いまも「発音はつおんできるが意味いみが分わからない」状態じょうたいが続つづいている。文字もじがあれば知ちが伝つたわる、というわけではない。

    エチオピア高原こうげんでは別べつの連続れんぞく性せいが保たもたれた。4世紀よんせいきのアクスム王おうエザナの碑文ひぶんは、ゲエズ語ごをゲエズ文字もじで記しるした面めん、同おなじゲエズ語ごを南みなみアラビアのサバア文字もじで記しるした面めん、そしてギリシア語ごの面めんから成なる。言語げんごが三みっつあるのではなく、二ふたつの言語げんごと三みっつの表記ひょうきが組くみ合あわされている。ゲエズ文字もじはこのころ、子音しいん字じに母音ぼいんを示しめす小ちいさな付加ふか記号きごうを組くみ合あわせる音節おんせつ文字もじへと変化へんかした。以後いご、エチオピア教会きょうかいの写本しゃほん工房こうぼうが千せん数百すうひゃく年ねんにわたって書写しょしゃを続つづけ、その結果けっかとして、たとえば旧約きゅうやく外典がいてん『エノク書しょ』は完本かんぽんとしてはゲエズ語ご訳やくしか現存げんそんしないという事態じたいが生しょうじている。エチオピア暦こよみは30日さんじゅうにちの月つきを12と、5日いつかないし6日むいかの第だい13の月つきから成なり、紀年きねんはグレゴリオ暦れきより7年しちねんから8年はちねん遅おくれる。受胎じゅたい告知こくちの年としをどう算定さんていするかの差さが、そのまま暦こよみの差さとして残のこっている。

    サハラ南縁なんえんのトンブクトゥは、14世紀じゅうよんせいきから16世紀じゅうろくせいきにかけて交易こうえきと学問がくもんの結節けっせつ点てんとなった。サンコーレ、ジンガリベリ、シディ・ヤヒヤの各かくモスクには学問がくもんの場ばが付設ふせつされ、制度せいど化かされた大学だいがくというより、教師きょうし個人こじんの周囲しゅういに学生がくせいが集あつまって免許状めんきょじょうを受うける師承ししょうの網あみとして機能きのうした。法学者ほうがくしゃアフマド・ババ(1556〜1627)は、1591年ねんのモロッコ軍ぐん侵攻しんこうの後あとにマラケシュへ連行れんこうされ、そこでも講義こうぎを続つづけたと伝つたわる。写本しゃほんの総数そうすうは、公的こうてきな研究所けんきゅうしょの所蔵しょぞうで2万にまんから4万よんまん点てん、私設しせつの家族かぞく文庫ぶんこを含ふくむ地域ちいき全体ぜんたいでは十じゅう数万すうまん点てんから30万さんじゅうまん点てん超ちょうまで、推定すいていに大おおきな幅はばがある。2012年ねんから13年じゅうさんねんの武装ぶそう勢力せいりょくによる占領せんりょう時じ、アブデル・カデル・ハイダラらが写本しゃほんを金属きんぞく箱はこに詰つめ、川かわと陸路りくろでバマコへ運はこび出だした。退避たいひ点数てんすうとして報ほうじられる数字すうじも数万すうまんから35万さんじゅうごまん点てん超ちょうまで開ひらきがあり、多おおくは支援しえん団体だんたいと報道ほうどうによる自己申告じこしんこくで、独立どくりつした検証けんしょうは進すすんでいない。研究所けんきゅうしょの一部いちぶでは焼却しょうきゃくも起おきた。

    トンブクトゥの写本 ── 家に受け継がれた蔵書
    図ず 42トンブクトゥの写本しゃほん ── 家いえに受うけ継つがれた蔵書ぞうしょ

    一方いっぽう、西にしアフリカのマンデ社会しゃかいでは、グリオと呼よばれる世襲せしゅうの語かたり部べが系譜けいふ・法ほう・歴史れきしを担になった。彼かれらの技法ぎほうは、単たんなる暗記あんきではない。定型ていけい句くと韻律いんりつが誤あやまりを検出けんしゅつする枠わくとして働はたらき、コラやバラフォンの伴奏ばんそうが句くの切きれ目めを固定こていし、複数ふくすうの家系かけいが同おなじ伝承でんしょうを保持ほじすることで相互そうご点検てんけんが成なり立たつ。写本しゃほん文化ぶんかと口承こうしょう文化ぶんかは対立たいりつしていたのではなく、同おなじ都市としの中なかで併存へいそんしていた。記録きろくの媒体ばいたいが違ちがえば、誤あやまりを検出けんしゅつする仕組しくみも違ちがう形かたちをとるというだけのことである。

    定型句と韻律が、誤りを検出する枠として働く
    図ず 43定型ていけい句くと韻律いんりつが、誤あやまりを検出けんしゅつする枠わくとして働はたらく

    それにもかかわらず、ヘーゲルは『歴史れきし哲学てつがく講義こうぎ』でアフリカを世界史せかいしの外そとに置おいた。20世紀にじっせいきに入はいってもヒュー・トレヴァー=ローパーは1963年ねんの講演こうえんで、将来しょうらいはアフリカ史しなるものが教おしえられるようになるかもしれないが「現時点げんじてんではそんなものは存在そんざいしないか、ごくわずかしかない。あるのはアフリカにおけるヨーロッパ人じんの歴史れきしだけであり、残のこりはおおむね暗黒あんこくであって、暗黒あんこくは歴史れきしの主題しゅだいにならない」と述のべた。留保りゅうほを付ふした言いい方かたではあるが、論法ろんぽうは変かわらない。文字もじの不在ふざいを知ちの不在ふざいと読よみ替かえる誤あやまりである。

    ヨルバのイファ占うらないを見みれば、その誤あやまりは具体的ぐたいてきに崩くずれる。占者せんしゃはヤシの実じつを掌てのひらから掌てのひらへ移うつす操作そうさを8回はっかい繰くり返かえし、そのつど残のこった数かずの偶奇ぐうきを2本にほんの縦列じゅうれつに記しるす。組くみ合あわせは二にの八はち乗じょう、すなわち256通つうりに分岐ぶんきし、そのそれぞれに長大ちょうだいな詩句しく群ぐんが結むすびついている。記号きごうによる分岐ぶんき操作そうさと、分岐ぶんき先さきの内容ないようを保持ほじする記憶術きおくじゅつとの組くみ合あわせであって、その構造こうぞうは文字もじを持もつ占術せんじゅつ体系たいけいと原理げんり的てきに変かわらない。なお、この二値にち操作そうさをライプニッツの二進法にしんほうの源泉げんせんとみる説せつがしばしば語かたられるが、両者りょうしゃを結むすぶ直接ちょくせつの証拠しょうこはなく、構造こうぞうの類似るいじにとどまる。

    アメリカ大陸たいりく ── マヤの数学すうがくと暦こよみ、インカのキープ

    メソアメリカの記数法きすうほうは、点てんを1、棒ぼうを5とし、20を単位たんいとして位くらいを上あげる。空位くういには貝殻かいがらを模もした記号きごうを置おいた。位取くらいどりと空位くうい記号きごうの両方りょうほうが揃そろっている以上いじょう、これは機能きのうとしてのゼロである。旧きゅう世界せかいの記数法きすうほうとは何なにの系統けいとう関係かんけいもなく、独立どくりつに到達とうたつした。ただし完全かんぜんな20進にじっしん法ほうではない。長期ちょうき暦こよみの第だい三さん位いだけが20ではなく18倍じゅうはちばい(20日はつか×18=360日にち)になっており、実用じつようの暦こよみに合あわせるために純粋じゅんすいな位取くらいどりが折おり曲まげられている。この暦こよみの最古さいこ級きゅうの年とし記きは前1世紀ぜんいっせいきのもので、しかも古典こてん期きマヤの中心地ちゅうしんちではなく、テワンテペク地峡ちきょう周辺しゅうへんの碑文ひぶんに現あらわれる。ゼロを含ふくむ体系たいけいは、マヤが受うけ継つぎ精緻せいち化かした共有きょうゆう財産ざいさんだったと考かんがえるほうが証拠しょうこに近ちかい。

    長期暦の日付を刻んだマヤの石碑
    図ず 44長期ちょうき暦こよみの日付ひづけを刻きざんだマヤの石碑せきひ

    暦こよみは複数ふくすうの周期しゅうきの重かさね合あわせで動うごいていた。260日にちのツォルキン、365日にちのハアブ、その最小公倍数さいしょうこうばいすうとして52年ごじゅうにねんで一巡いちじゅんするカレンダーラウンド、そして起点きてんからの通算つうさん日数にっすうを数かぞえる長期ちょうき暦こよみ。ドレスデン絵え文書ぶんしょには金星きんせい表ひょうがあり、金星きんせいの会合かいごう周期しゅうきを584日にちとして、五ご周期しゅうき=八はちハアブ=2920日にちという近似きんじを組くむ。実際じっさいの会合かいごう周期しゅうきは約やく583.92日にちなので、584日にちで回まわし続つづけると、一周いっしゅう期きあたり0.8日にちずつ暦こよみのほうが先さきへ進すすむ。表ひょうには、57周期ごじゅうななしゅうきや61周期ろくじゅういちしゅうきといった区切くぎりで4日よっかを、65周期ろくじゅうごしゅうきで8日ようかを差さし引ひく補正ほせいの手続てつづきが書かき込こまれている。ずれの向むきと量りょうを把握はあくしたうえで、観測かんそくに合あわせて数値すうちを引ひき戻もどす操作そうさが、絵え文書ぶんしょの中なかで明示めいじ的てきに行おこなわれていた。

    ドレスデン絵文書の金星表 ── 補正の手続きまで書き込まれている/所蔵:ザクセン州立図書館
    図ず 45ドレスデン絵え文書ぶんしょの金星きんせい表ひょう ── 補正ほせいの手続てつづきまで書かき込こまれている/所蔵しょぞう:ザクセン州しゅう立りつ図書館としょかん

    その絵え文書ぶんしょは、いま3点さんてんないし4点よんてんしか残のこっていない。真正性しんせいせいに争あらそいのないのはドレスデン、マドリード、パリの3点さんてんである。第だい四よんの写本しゃほん、すなわち旧きゅうグロリエ写本しゃほん(現在げんざいはメキシコ・マヤ絵え文書ぶんしょと呼よばれる)は長ながく偽作ぎさく説せつにさらされ、2016年ねんの材質ざいしつ・図像ずぞう分析ぶんせきと2018年ねんのメキシコ国立こくりつ人類学じんるいがく歴史学れきしがく研究所けんきゅうしょの判断はんだんを経へて真正しんせいとする見解けんかいが優勢ゆうせいになったが、合意ごういは完全かんぜんではない。これを含ふくめるか否いなかで、現存げんそん点数てんすうは3点さんてんとも4点よんてんとも数かぞえられる。

    点数てんすうがこれほど少すくない原因げんいんははっきりしている。フランシスコ会かい士しディエゴ・デ・ランダは、1562年ねんにユカタン半島はんとうのマニで異端いたん審問しんもんの儀式ぎしきを行おこない、押収おうしゅうした書物しょもつを焼やいた。彼かれ自身じしんが、先住民せんじゅうみんは文字もじで書かかれた多数たすうの書物しょもつを持もっていたが「我々われわれはそれらをすべて焼やいた」と書かき残のこしている。しかし同おなじランダが、後あとに『ユカタン事物じぶつ記き』で、現地げんちの助言者じょげんしゃに音おとを尋たずねて記号きごうを書かき取とらせた一覧いちらんを残のこした。破壊はかいした当人とうにんが、後あとの解読かいどくの鍵かぎを残のこしたことになる。

    もっとも、その鍵かぎは300年ねんのあいだ行方ゆくえが知しれなかった。ランダの原稿げんこうそのものは伝つたわらず、現存げんそんするのは17世紀じゅうななせいきに作つくられた抄本しょうほんである。これをマドリードで見出みだし、1862年ねんに学界がっかいへ知しらせたのはフランスの聖職者せいしょくしゃブラッスール・ド・ブールブールだった。焚書ふんしょから解読かいどくの再開さいかいまでのあいだ、鍵かぎそのものが視野しやの外そとにあったことになる。史料しりょうが残のこるかどうかは、書かかれたかどうかとも、焼やかれたかどうかとも、なお別べつの偶然ぐうぜんに左右さゆうされる。

    解読かいどくは長ながく停滞ていたいした。ランダの一覧いちらんはアルファベットとして読よもうとすると破綻はたんするため、偽物にせものか無価値むかちと見みなされていた。転換点てんかんてんは1952年ねん、ユーリー・クノロゾフが、これは音節おんせつを表あらわす記号きごうの記録きろくであり、マヤ文字もじは表語ひょうご文字もじと音節おんせつ文字もじの混合こんごう体系たいけいだと論ろんじた論文ろんぶんである。当時とうじの学界がっかいを代表だいひょうするエリック・トンプソンはこれを長ながく退しりぞけ、冷戦れいせん下したの政治的せいじてきな不信ふしんも重かさなって受容じゅようは遅おくれた。並行へいこうして、ハインリヒ・ベーリンが1958年ねんに特定とくていの都市としに結むすびつく紋章もんしょう文字もじを識別しきべつし、タチアナ・プロスコウリアコフが1960年ねんに、碑文ひぶんの日付ひづけの並ならびが人間にんげんの一生いっしょうの長ながさに収おさまることを示しめして、それらが神話しんわではなく実在じつざいの王おうの伝記でんきであると論証ろんしょうした。この三みっつが噛かみ合あった1970年代ねんだい以降いこうに解読かいどくは加速かそくし、いまでは碑文ひぶんの大半たいはんが読よめる。

    アステカの計算けいさんは、実務じつむの文書ぶんしょに痕跡こんせきを残のこしている。16世紀じゅうろくせいきのコデクス・ベルガラとサンタ・マリア・アスンシオン絵え文書ぶんしょは、農地のうちの一いち区画くかくごとに所有者しょゆうしゃ・辺へんの長ながさ・面積めんせきを記しるした台帳だいちょうである。区画くかくの多おおくは不ふ整形せいけいなので、辺へん長ちょうを単純たんじゅんに掛かけ合あわせても記載きさいの面積めんせきにならない。2008年ねんに発表はっぴょうされた分析ぶんせきは、記載きさいされた補助ほじょ記号きごう(矢や、手て、心臓しんぞうなどの形かたち)が標準ひょうじゅん単位たんいの端数はすうを表あらわし、これを用もちいた一連いちれんの近似きんじ算法さんぽうで面積めんせきが導みちびかれていることを示しめした。徴税ちょうぜいのために面積めんせきを扱あつかう必要ひつようがあり、そのための算法さんぽうが現げんに存在そんざいしていた。

    アンデスには、音おとを写うつす文字もじ体系たいけいが知しられていない。記録きろくの中心ちゅうしんにあったのはキープ、すなわち結むすんだ紐ひもの束たばである。主しゅ紐ひもから垂たれる副ふく紐ひもに結むすび目めが並ならび、結むすび目めの型かた(単純たんじゅん結むすび、長結ながむすび、八はちの字じ結むすび)と主しゅ紐ひもからの距離きょりが、十進位取じっしんくらいどりりの桁けたと数値すうちを表あらわす。数かずを読よむ枠組わくぐみ自体じたいは、1912年ねんにリーランド・ロックが提示ていじして以後いご、大おおきく変かわっていない。その内側うちがわでは、アッシャー夫妻ふさいによる体系的たいけいてきな記述きじゅつ(1981年ねん)を経へて、結むすび目め群ぐんの階層かいそう構造こうぞうの解析かいせきや、複数ふくすうのキープの数値すうちを集約しゅうやくする「総括そうかつキープ」の同定どうていなど、読よみの精度せいどが着実ちゃくじつに上あがってきた。

    キープ ── 結び目の型と、主紐からの距離が位を表す
    図ず 46キープ ── 結むすび目めの型かたと、主しゅ紐ひもからの距離きょりが位くらいを表あらわす
    担にない手て媒体ばいたい誤あやまりをどう防ふせぐか
    マンデ社会しゃかいのグリオ口承こうしょう定型ていけい句くと韻律いんりつが誤あやまりを検出けんしゅつする枠わくとして働はたらき、伴奏ばんそうが句くの切きれ目めを刻きざむ
    アンデスキープ(結むすんだ紐ひもの束たば)結むすび目めの型かたと主しゅ紐ひもからの距離きょりで位取くらいどりを表あらわす。数かずの記録きろくであることは確実かくじつ、それ以外いがいは争点そうてん
    マヤ文字もじと暦こよみ長期ちょうき暦こよみと表ひょうによる補正ほせいの手続てつづき
    オセアニア星ほしと波なみ恒星こうせいの出没しゅつぼつ点てんによって32前後さんじゅうにぜんごの方位ほういを定義ていぎする

    表ひょう4文字もじを使つかわずに、知ちはどう保たもたれたか

    数かずを記録きろくする装置そうちであることは確実かくじつである。争点そうてんは、そこから先さきである。数かず以外いがいのもの──固有名こゆうめい、系譜けいふ、物語ものがたり──を記録きろくできたのか。ハーバード大学だいがくのキープ・データベース計画けいかくは2002年ねんから数百すうひゃく点てんの物理的ぶつりてき属性ぞくせいを体系的たいけいてきに記録きろくし、紐ひもの色いろ・撚よりの向むき・素材そざいの組くみ合あわせが二進にしん的てきな符号ふごうを成なす可能性かのうせいを提起ていきした。2017年ねんには、ペルー中部ちゅうぶの村むらが保管ほかんする18〜19世紀せいきのキープについて、動物どうぶつ繊維せんいの種類しゅるいと色いろが氏族名しぞくめいを表あらわす音節おんせつ的てきな要素ようそだと主張しゅちょうする研究けんきゅうが出でた。いずれも決定的けっていてきではなく、否定的ひていてきな立場たちばも強つよい。「数かず以外いがいも記録きろくした」も「数かずだけだった」も、現時点げんじてんでどちらかを断言だんげんできる段階だんかいにない。

    断絶だんぜつは人為的じんいてきだった。1583年ねんの第だい三さんリマ公会こうかい議ぎは、キープを偶像ぐうぞう崇拝すうはいの道具どうぐとして使用しようを禁きんじ、破棄はきを命めいじている。残存ざんぞんは約やく1000点てん前後ぜんごと推定すいていされ、その多おおくは副葬品ふくそうひんとして出土しゅつどしたもので、使つかわれていた文脈ぶんみゃくは失うしなわれた。復元ふくげん研究けんきゅうはこの穴あなを埋うめようとしている。植民地しょくみんち期きのスペイン語ごの貢納こうのう台帳だいちょうと、同おなじ共同体きょうどうたいに由来ゆらいするキープの数値すうちが対応たいおうする事例じれいがいくつか確認かくにんされており、この照合しょうごうが数かずの読よみを外そとから検証けんしょうする数少かずすくない手段しゅだんになっている。逆ぎゃくに、過剰かじょうな読よみ込こみへの警戒けいかいも必要ひつようである。ナスカの地上絵ちじょうえは長ながく天文てんもん暦こよみ説せつ(マリア・ライヒェ)とともに語かたられたが、統計的とうけいてきな検証けんしょうは有意ゆういな天体てんたい方位ほういを支持しじせず、現在げんざいは水源すいげんへの祈願きがんと儀礼的ぎれいてきな行進こうしん路ろとする解釈かいしゃくが優勢ゆうせいである。証拠しょうこのない天文てんもん化かは、証拠しょうこのない未開みかい視しと同おなじくらい実像じつぞうから遠とおい。

    東南とうなんアジア ── 交差点こうさてんとしての知ち

    ボロブドゥールの浮彫 ── 海を渡った船が刻まれている
    図ず 47ボロブドゥールの浮彫うきぼり ── 海うみを渡わたった船ふねが刻きざまれている

    紀元きげん後ごの数世紀すうせいき、南みなみインド由来ゆらいのパッラヴァ系けい文字もじが東南とうなんアジアに渡わたり、クメール文字もじ、ジャワの古こカウィ文字もじ、古こモン文字もじ、そして後あとのタイ文字もじやビルマ文字もじの祖そ形けいとなった。同時どうじにサンスクリットの宇宙論うちゅうろん、法ほう(ダルマ)、王権おうけんの観念かんねんが入はいる。これを「インド化か」と呼よぶのは慣例かんれいだが、一方的いっぽうてきな移植いしょくではなかった。文字もじは現地げんち語ごの音韻おんいんに合あわせて記号きごうが足たされ、王権おうけん概念がいねんは在地ざいちの首長制しゅちょうせいに接つぎ木きされ、輸入ゆにゅうされた語彙ごいはジャワ語ごでは敬語けいごの階層かいそうに組くみ込こまれた。受うけ手ての側がわが何なにを採とるかを選えらんでいる。

    その混淆こんこうから、数学すうがく史上しじょうきわめて重要じゅうような一いち片へんが生うまれた。カンボジア、メコン川沿かわぞいのサンボールで見みつかった碑文ひぶん(K-127)は、サカ暦こよみ605年ねん、すなわち西暦せいれき683年ねんの年とし記きを持もち、その「605」の空位くういが点てんで書かかれている。1931年ねん、ジョルジュ・セデスはこれを報告ほうこくし、位取くらいどりのゼロがアラビアではなくインド圏けんに起源きげんを持もつことの証拠しょうことした。当時とうじ、ゼロのインド起源きげんを疑うたがう説せつが英語圏えいごけんにあった。インドで確実かくじつな年とし記きを持もつ最古さいこ級きゅうの例れい(グワリオール碑文ひぶん、876年ねん)より2世紀にせいき近ちかく古ふるいこの碑文ひぶんは、その西方せいほう起源きげん説せつの主要しゅような論拠ろんきょを崩くずし、論争ろんそうの重心じゅうしんを移うつした。碑文ひぶんはその後ごカンボジアの内戦ないせん期きに所在しょざいが分わからなくなり、2013年ねん、アンコール保存ほぞん所しょの収蔵品しゅうぞうひんのなかから再さい確認かくにんされた。現在げんざいはプノンペンの国立こくりつ博物館はくぶつかんにある。ほぼ同時どうじ期き、スマトラのシュリーヴィジャヤ関連かんれん碑文ひぶんも同おなじ683年ねん前後ぜんごの年とし記きを持もち、ゼロの伝播でんぱが海域かいいきを通つうじて広ひろく同時どうじに起おきたことを示しめしている。

    「最古さいこ」という記述きじゅつは、しかし固定こていしていない。2017年ねん、オックスフォードのボドリアン図書館としょかんは、インド北西部ほくせいぶで見みつかったバクシャーリー写本しゃほんの一部いちぶの葉はについて、3世紀さんせいきから4世紀よんせいきにさかのぼる放射性ほうしゃせい炭素たんそ年代ねんだいを公表こうひょうした。もし写本しゃほん全体ぜんたいがその年代ねんだいであれば、点てんによるゼロ表記ひょうきの年代ねんだいは一挙いっきょに繰くり上あがる。ただし測定そくていされた葉はのあいだで年代ねんだいが数百すうひゃく年ねんにわたって食くい違ちがっており、写本しゃほんを一体いったいのものとして最古さいこと扱あつかうことはできないという強つよい批判ひはんがある。年代ねんだい論争ろんそうは開ひらいたままである。

    アンコールの碑文ひぶんには、二ふたつの層そうがある。サンスクリットの韻文いんぶんは王おうと神かみを讃たたえ、宗教的しゅうきょうてきな功徳くどくを語かたる。同おなじ石いしの別べつ面めんに刻きざまれた古こクメール語ごの散文さんぶんは、寺院じいんに寄進きしんされた田たの面積めんせき、労働者ろうどうしゃの名なと人数にんずう、米こめや布ぬのや家畜かちくの数量すうりょうを延々えんえんと並ならべる。前者ぜんしゃだけを読よめば神話しんわ的てきな王国おうこくが現あらわれ、後者こうしゃを読よめば会計かいけいと労務管理ろうむかんりの記録きろくが現あらわれる。アンコールの巨大きょだいな貯水池ちょすいち(バライ)についても解釈かいしゃくは割われており、大規模だいきぼ灌漑かんがいが王権おうけんの経済けいざい基盤きばんだったとする説せつと、貯水池ちょすいちはむしろ儀礼的ぎれいてき・象徴的しょうちょうてきな意味いみが主しゅで灌漑かんがい能力のうりょくは限定的げんていてきだったとする説せつが並立へいりつしている。近年きんねんの航空こうくうレーザー測量そくりょうは広範こうはんな運河うんがと区画くかくの存在そんざいを示しめしたが、水みずがどう使つかわれたかまでは確定かくていしていない。

    貯水池と水路の網 ── 都市そのものが一つの水の装置だった
    図ず 48貯水池ちょすいちと水路すいろの網あみ ── 都市としそのものが一ひとつの水みずの装置そうちだった

    ジャワでは、8世紀末せいきまつから9世紀きゅうせいき前半ぜんはんにかけてボロブドゥールが築きずかれた。方形ほうけいの基壇きだんから円形えんけいの上層じょうそうへ至いたる構成こうせいは、回廊かいろうの浮彫うきぼりを順じゅんに辿たどることで教理きょうりの階梯かいていを歩あゆませる仕掛しかけになっている。暦こよみの側がわでは、ジャワは5日いつか週しゅう(パサル)と7日なのか週しゅうを組くみ合あわせて35日さんじゅうごにちの周期しゅうきを作つくり、さらに30の名なを持もつ210日にちのウク暦れきを用もちいた。互たがいに素そな周期しゅうきを重かさねて長ながい循環じゅんかんを作つくるという発想はっそうは、メソアメリカのツォルキンとハアブの組くみ合あわせと構造的こうぞうてきによく似にているが、両者りょうしゃに接触せっしょくの証拠しょうこはない。同おなじ問題もんだいに対たいする独立どくりつの解かいである。

    海域かいいきでは、知ちは季節きせつの形かたちをとった。南西なんせいと北東ほくとうで半年はんとしごとに向むきを変かえるモンスーンは、往路おうろと復路ふくろのあいだに数すうか月げつの滞船たいせんを強制きょうせいする。港市こうしはその滞在期間たいざいきかんを前提ぜんていに倉庫そうこと信用しんようの仕組しくみを整ととのえた。星ほしの出没しゅつぼつ方位ほうい、海岸線かいがんせんの目印めじるし、潮流ちょうりゅうと海底かいていの質しつを読よむ技法ぎほうは、ブギスやマカッサルの航海こうかい者しゃのあいだで航海こうかい書しょの形かたちにもまとめられた。13世紀末せいきまつ以降いこうのイスラームの浸透しんとうは、これにアラビア語ご圏けんの暦法れきほうと天文てんもん計算けいさんを加くわえた。礼拝れいはい方位ほうい(キブラ)の決定けっていは球面きゅうめん上じょうの方位角ほういかくの問題もんだいであり、宗教しゅうきょう実務じつむがそのまま計算けいさん技術ぎじゅつの需要じゅようを生うんだ。

    17世紀じゅうななせいき後半こうはん、オランダ東ひがしインド会社かいしゃの職員しょくいんゲオルク・ルンフィウスはアンボン島しまで植物誌しょくぶつしの編纂へんさんに取とりかかった。彼かれは途中とちゅうで失明しつめいし、地震じしんで妻つまと娘むすめを失うしない、火災かさいで図版ずはんを焼やかれながら、口述こうじゅつと助手じょしゅの手てで執筆しっぴつを続つづけた。完成かんせいした『アンボン島しま植物誌しょくぶつし』が刊行かんこうされたのは彼かれの死しから約やく40年後ねんご、18世紀じゅうはっせいき半なかばのことである。この書物しょもつは、数百すうひゃく種しゅの植物しょくぶつについて現地名げんちめいと現地げんちでの用法ようほうを丹念たんねんに記録きろくしており、いまも民族みんぞく植物学しょくぶつがくの一次いちじ資料しりょうとして使つかわれる。同時どうじにそれは、会社かいしゃが丁子ちょうじと肉豆蔲の独占どくせん価格かかくを維持いじするために指定してい地域外ちいきがいの樹きを組織的そしきてきに伐採ばっさいしていた、まさにその現場げんばで書かかれた。収奪しゅうだつと記録きろくは別々べつべつの場所ばしょで起おきたのではない。

    収集しゅうしゅうと記録きろくは、やがて制度せいどになる。1817年ねん、バタヴィア近郊きんこうのボイテンゾルフ(現げんボゴール)に植民地しょくみんち政せい庁ちょうの植物園しょくぶつえんが置おかれた。ここは本国ほんごくの植物学しょくぶつがく者しゃが熱帯ねったいの植物しょくぶつ相そうを掌握しょうあくするための拠点きょてんであると同時どうじに、有用ゆうよう植物しょくぶつの栽培さいばい可能性かのうせいを試験しけんする農業試験場のうぎょうしけんじょうでもあった。個人こじんの観察かんさつが施設しせつの日課にっかへ、日課にっかが政策せいさくへと接続せつぞくされる。次つぎの世紀せいきに起おきることを準備じゅんびしたのは、この種しゅの施設しせつである。

    19世紀じゅうきゅうせいきにはより露骨ろこつな移転いてんが起おきる。マラリア治療薬ちりょうやくキニーネの原料げんりょうであるキナ樹じゅはアンデス原産げんさんで、その樹皮じゅひの効能こうのうは現地げんちの知識ちしきに由来ゆらいする。1860年代ねんだい、イギリス人じん商人しょうにんチャールズ・レジャーの依頼いらいを受うけたアイマラの協力者きょうりょくしゃマヌエル・インクラ・ママニが良質りょうしつな種子しゅしを採取さいしゅし、それがオランダ領りょうジャワへ渡わたって栽培さいばいが確立かくりつした。ママニはその後ごボリビア当局とうきょくに拘束こうそくされ、それが原因げんいんで死しんだと伝つたえられる。20世紀にじっせいき前半ぜんはんには、世界せかいのキニーネ供給きょうきゅうの圧倒的あっとうてきな部分ぶぶんをジャワのプランテーションが占しめるに至いたった。知識ちしきの出所でどころであるアンデスにも、種子しゅしを採とった当人とうにんにも、利益りえきは戻もどらなかった。

    植民地しょくみんち医学いがくも同おなじ両義性りょうぎせいを持もつ。クリスティアーン・エイクマンは1880年代ねんだい末まつのバタヴィアで、精白せいはくした米こめを与あたえた鶏にわとりが人ひとの脚気かっけに似にた多発たはつ神経炎しんけいえんを起おこすことを見出みいだした。ただしエイクマン自身じしんはこれを、精白米せいはくまいに含ふくまれる毒素どくそが糠ぬかの成分せいぶんによって中和ちゅうわされるという毒素どくそ説せつの枠わくで解釈かいしゃくしていた。これを「食物中しょくもつちゅうの必須ひっす成分せいぶんの欠乏けつぼう」という因果いんがの形かたちに定式化ていしきかしたのは、後任こうにんのヘリット・グレインス(1901年ねん)である。エイクマンは後あとにノーベル賞しょうを受うけている。だがその研究けんきゅうの場ばは植民地しょくみんちの監獄かんごくと軍ぐんであり、被験者ひけんしゃの同意どういという概念がいねんはほとんど働はたらいていなかった。残のこされた観察かんさつ記録きろくは科学的かがくてきに価値かちがあり、その取得しゅとくの仕方しかたは現在げんざいの基準きじゅんでは正当化せいとうかできない。両方りょうほうが同おなじ文書ぶんしょに書かき込こまれている。

    第だい二次にじ世界せかい大戦たいせん後ご、これらの機関きかんは国民こくみん国家こっかの装置そうちとして再編さいへんされた。バタヴィアの医学校いがっこう(STOVIA)の系譜けいふを引ひく高等こうとう教育きょういくは1950年ねんにインドネシア大学だいがくへ、シンガポールの医学校いがっこうとラッフルズ・カレッジは1949年ねんにマラヤ大学だいがくへと組くみ替かえられた。同時どうじに進すすんだのが国語こくごによる学術がくじゅつ語彙ごいの整備せいびである。誰だれの言語げんごで科学かがくを書かくかという問といは、植民地しょくみんち期きには自明じめいのこととして宗主国そうしゅこく側がわに決きめられていた。その決定権けっていけんを取とり戻もどす作業さぎょうが、独立どくりつ後ごの大学だいがくの主要しゅような仕事しごとのひとつになった。

    オセアニア ── 星ほしと波なみを読よむ航海術こうかいじゅつ

    太平洋たいへいようの伝統的でんとうてき航海術こうかいじゅつの中核ちゅうかくは、星ほしの出没しゅつぼつ方位ほういで水平線すいへいせんを分割ぶんかつする体系たいけいである。ミクロネシアのカロリン諸島しょとうで記録きろくされた体系たいけいでは、特定とくていの恒星こうせいが昇のぼる点てんと沈しずむ点てんを組くみ合あわせて32前後さんじゅうにぜんごの方位ほういが定義ていぎされ、目標もくひょうの島しまはその方位ほういのひとつとして記憶きおくされる。一ひとつの星ほしが高たかく昇のぼって方位ほういの目印めじるしとして使つかえなくなると、次つぎに同おなじ方位ほういから昇のぼる星ほしに引ひき継つぐ。緯度いどや経度けいどという座標ざひょう系けいはなく、方位ほういと経過けいか時間じかんと速度そくどの見積みつもりで位置いちを保持ほじする。

    恒星の出没点で切った32前後の方位 ── 磁針を使わない航法の目盛り
    図ず 49恒星こうせいの出没しゅつぼつ点てんで切きった32前後さんじゅうにぜんごの方位ほうい ── 磁針じしんを使つかわない航法こうほうの目盛めもり

    星ほしが見みえない曇天どんてんや昼間ひるまには、別べつの手てがかりが働はたらく。うねりは遠とおい低気圧ていきあつが生うむ長ちょう周期しゅうきの波なみで、風波ふうはより安定あんていしており、島しまにぶつかると回折かいせつと反射はんしゃで干渉かんしょうの紋様もんようを作つくる。熟練じゅくれんの航海こうかい者しゃは船体せんたいの動うごきから複数ふくすうのうねりの向むきを弁別べんべつできる。アジサシやカツオドリは朝あさに島しまから出でて夕ゆうに戻もどるので、その飛行ひこう方向ほうこうは数十すうじゅうキロ圏けん内ないの陸りくを指さす。礁湖しょうこの浅あさい水みずは雲底うんていを緑みどりがかった色いろに染そめる。これらを統合とうごうするのがエタクと呼よばれる考かんがえ方かたで、船ふねは星ほしの下したに静止せいししており、進行しんこうにつれて航路こうろの脇わきにある参照さんしょう島しまのほうが星ほしの方位ほういを次々つぎつぎに横切よこぎっていく、と捉とらえる。実際じっさいの位置いちではなく、行程こうていのどこにいるかを島しまの見みかけの移動いどうとして数かぞえる相対そうたい座標ざひょう系けいである。この体系たいけいは、1970年ねん前後ぜんごにトマス・グラッドウィンとデイヴィッド・ルイスが航海こうかい者しゃに同行どうこうして詳細しょうさいに記録きろくした。

    マーシャル諸島しょとうには、これとは別種べっしゅの道具どうぐがある。ヤシの葉はの中肋ちゅうろくを組くんで結むすび、うねりの屈折くっせつや交差こうさの様子ようすを線せんで表あらわし、島しまの位置いちをタカラガイで示しめしたスティックチャートである。訓練くんれん用ようの抽象的ちゅうしょうてきなもの、限かぎられた海域かいいきを扱あつかうもの、群島ぐんとう全体ぜんたいを覆おおうものといった種類しゅるいが区別くべつされていた。重要じゅうようなのは、これが航海中こうかいちゅうに船ふねへ持もち込こまれる海図かいずではなかったことである。陸上りくじょうで学習がくしゅうし記憶きおくに転写てんしゃするための装置そうちであり、海うみの上うえでは航海こうかい者しゃの頭あたまの中なかにしかない。地図ちずとは紙かみの上うえの絵えであるという前提ぜんていのほうが、むしろ狭せまい。

    うねりの向きを体で読み、島の在り処を波の乱れから知る
    図ず 50うねりの向むきを体からだで読よみ、島しまの在あり処かを波なみの乱みだれから知しる

    この知識ちしき体系たいけいは、20世紀にじっせいき半なかばまで学術的がくじゅつてきにほとんど信用しんようされていなかった。アンドリュー・シャープは1956年ねんの著作ちょさくで、遠洋えんようの島々しまじまへの人類じんるいの拡散かくさんは意図的いとてきな往復おうふく航海こうかいではなく偶然ぐうぜんの漂流ひょうりゅうと片道かたみちの遭難そうなんによって説明せつめいできると主張しゅちょうし、この見方みかたが長ながく影響力えいきょうりょくを持もった。口承こうしょうで伝つたえられた技法ぎほうは文献ぶんけんの形かたちで提出ていしゅつできず、当時とうじの学界がっかいが求もとめる証拠しょうこの形式けいしきに合あわなかった。反証はんしょうしにくい主張しゅちょうが、そのぶん長ながく生いき延のびたことになる。

    反証はんしょうは実演じつえんの形かたちで来きた。1976年ねん、ポリネシア航海こうかい協会きょうかいが復元ふくげんした双胴船そうどうせんホクレア号ごうが、計器けいきを一切いっさい用もちいずにハワイからタヒチまでおよそ4400キロを一いちか月げつあまりで航海こうかいした。航海こうかいを導みちびいたのは、ハワイの人間にんげんではなく、ミクロネシア・サタワル島しまの航海こうかい者しゃマウ・ピアイルグである。当時とうじハワイでは伝統でんとう航海術こうかいじゅつの担にない手てがすでに絶たえており、外部がいぶから呼よぶしかなかった。実演じつえんの射程しゃていは、この往路おうろに限かぎられる。復路ふくろは伝統でんとう航法こうほうによらず、マウ自身じしんも乗組員のりくみいんとの軋轢あつれきを理由りゆうに航海こうかい後ごいったん計画けいかくを離はなれている。1980年ねんには、マウに学まなんだナイノア・トンプソンが往復おうふく航海こうかいを導みちびいた。

    ただしこの実演じつえんが証明しょうめいしたのは「そのような航海こうかいが可能かのうである」ことであって、「過去かこに実際じっさいそうした」ことの直接ちょくせつ証拠しょうこではない。それを支ささえるのは別種べっしゅの証拠しょうこ──ラピタ土器かわらけの分布ぶんぷが示しめす急速きゅうそくな東進とうしん、オセアニア諸語しょごの系統けいとう関係かんけい、そして2020年ねんに発表はっぴょうされたゲノム解析かいせきが示唆しさする、東ひがしポリネシアと南米なんべい沿岸えんがんの集団しゅうだんの1200年ねんごろの接触せっしょく──である。実演じつえんと、考古こうこと、言語げんごと、遺伝いでんという別々べつべつの方向ほうこうからの証拠しょうこが、同おなじ像ぞうを支ささえている。

    なぜこれが長ながく「科学かがく」と呼よばれなかったのか。理由りゆうの一ひとつは形式けいしきにある。この知ちは命題めいだいとして書かかれず、手順てじゅんと身体しんたい感覚かんかくとして徒弟とてい制せいのなかで伝つたえられた。理論りろんの記述きじゅつがなければ理論りろんはない、という前提ぜんていを置おけば、見落みおとすことになる。もう一ひとつは端的たんてきな人種主義じんしゅしゅぎである。太平洋たいへいようの人々ひとびとが計画的けいかくてきな遠洋えんよう航海こうかいを行おこないえたはずがない、という前提ぜんていは、シャープの漂流ひょうりゅう説せつにも、南米なんべいからの筏いかだによる移住いじゅうを唱となえたトール・ハイエルダールの立論りつろんにも、形かたちを変かえて共有きょうゆうされていた。しかし手続てつづきの水準すいじゅんで見みれば、そこには体系たいけいがある。星ほしの出没しゅつぼつ方位ほういの網羅もうら的てきな暗記あんき、うねりの周期しゅうきの弁別べんべつ訓練くんれん、そして誤差ごさの累積るいせきを前提ぜんていに目標もくひょう島しまの風下かざしも側がわで一定いっていの探索たんさくパターンを走はしらせるという、不ふ確実性かくじつせいの扱あつかいまで含ふくめた設計せっけいである。位置いち推定すいていの誤差ごさを消けすのではなく、誤差ごさを吸収きゅうしゅうする手順てじゅんを組くみ込こむという考かんがえ方かたは、近代きんだいの航法こうほうが採とったものと同おなじである。

    現在げんざい、この種しゅの知識ちしきは伝統的でんとうてき生態学せいたいがく的てき知識ちしき(TEK)という枠わくで再評価さいひょうかされつつある。ハワイのアフプアアは、尾根おねから海うみまでを一ひとつの縦長たてながの単位たんいとして区切くぎり、上流じょうりゅうの森林しんりんと下流かりゅうの漁場ぎょばを同おなじ管理かんり主体しゅたいの下したに置おく制度せいどで、流域りゅういき単位たんいの資源しげん管理かんりという現代げんだいの発想はっそうを先取さきどりしている。太平洋たいへいよう各地かくちに見みられる漁区ぎょくの一時的いちじてきな閉鎖へいさの慣行かんこうは、資源しげんの回復期間かいふくきかんを確保かくほする仕組しくみとして機能きのうしてきた。

    制度せいどの側がわの応答おうとうも進すすんだ。生物せいぶつ多様性たようせい条約じょうやくは第だい八はち条じょう(j)で先住民せんじゅうみんの知識ちしきの尊重そんちょうを締約国ていやくこくに求もとめ、2010年ねんに採択さいたくされ2014年ねんに発効はっこうした名古屋なごや議定書ぎていしょは、遺伝いでん資源しげんとそれに関連かんれんする伝統的でんとうてき知識ちしきへのアクセスに事前じぜんの同意どういを要求ようきゅうし、そこから生しょうじる利益りえきの配分はいぶんを締約国ていやくこくに義務ぎむづけた。キナ樹じゅの種子しゅしが持もち出だされた時代じだいに存在そんざいしなかった手続てつづきが、いまは条約じょうやくの文言もんごんとして置おかれている。2019年ねんのIPBES地球ちきゅう規模きぼ評価ひょうか報告書ほうこくしょと、2021年ねんから22年にじゅうにねんにかけて公表こうひょうされたIPCC第だい六次ろくじ評価ひょうか報告書ほうこくしょは、いずれも先住民せんじゅうみん知ち・地域ちいき知ちを評価ひょうかの基礎きそに組くみ込こむ必要ひつようを明記めいきした。ただし取とり込こみには危あやうさもつきまとう。知識ちしきを文脈ぶんみゃくから切きり離はなして観測かんそくデータとして抽出ちゅうしゅつすれば、それを保持ほじしてきた共同体きょうどうたいの権利けんりと、実践じっせんそのものが持もつ更新こうしん能力のうりょくが失うしなわれる。参照さんしょうされるだけの知ちは、生いきた知ちではない。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 68 / 推すい 11 / 争そう 8

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かくイシャンゴの骨ほねはコンゴ東部とうぶエドワード湖畔こはんで1950年ねんにジャン・ド・エンゼランが発掘はっくつした、石英せきえい片へんを装着そうちゃくしたヒヒの腓骨ひこつであるde Heinzelin, *Les fouilles d'Ishango*(1957年ねん、ベルギー王立おうりつ自然科学しぜんかがく研究所けんきゅうしょ)
    • 確かくイシャンゴの骨ほねの刻きざみ目めの一列いちれつは11・13・17・19と読よめる同上どうじょうおよび以後いごの記述きじゅつ的てき報告ほうこく
    • 争そうイシャンゴの骨ほねの年代ねんだい発掘はっくつ当初とうしょは完新世かんしんせい(数千すうせん年前ねんまえ)とされたが、1987年ねんの再さい調査ちょうさと年代ねんだい測定そくていによりおよそ2万にまん〜2万にまん5000年前ねんまえへ繰くり上あげられた。単一たんいつ値ちではなく幅はばを持もって扱あつかうべき ── Brooks, A.S. & Smith, C.C., "Ishango revisited: new age determinations and cultural interpretations", *The African Archaeological Review* 5(1987年ねん)
    • 争そうイシャンゴの骨ほねの「数学的すうがくてき」性格せいかく素そ数表すうひょう説せつ、太陰暦たいいんれき記録きろく説せつ(Alexander Marshack, *The Roots of Civilization*, 1972年ねん)、単たんなる計数けいすう・意匠いしょう説せつが並立へいりつ。刻きざみ目めの分節ぶんせつの読よみ方かた自体じたいが観察かんさつ者しゃ依存いぞんであり、決着けっちゃくしていない
    • 争そうレボンボの骨ほね(南みなみアフリカ・ボーダー洞窟どうくつ、29本にじゅうきゅうほんの刻きざみ目め、4万よんまん年前ねんまえ前後ぜんご)が太陰たいいん月つきと関係かんけいするか骨ほねの一端いったんが破損はそんして本来ほんらいの刻きざみ目め総数そうすうが不明ふめいであり、断定だんていできない
    • 確かくリンド数学すうがくパピルスは書記しょきアーメスが前ぜん1550年ねんごろに筆写ひっしゃし、本人ほんにんがより古ふるい原本げんぽんの写うつしであると本文ほんぶんに記しるしている大英だいえい博物館はくぶつかん EA10057/10058
    • 確かく古代こだいエジプトの分数ぶんすう表記ひょうきは、三分さんぶんの二になどの例外れいがいを除のぞき単位たんい分数ぶんすうの和わに分解ぶんかいする規約きやくを持もち、そのための分解ぶんかい表ひょうを伴ともなったリンド・パピルス冒頭ぼうとうの二に/n表ひょう
    • 確かくモスクワ数学すうがくパピルスに切きり頭あたま四角錐しかくすいの体積たいせきを求もとめる手順てじゅんが含ふくまれるモスクワ数学すうがくパピルス第だい14問題もんだい(前まえ19〜18世紀せいきごろ)
    • 確かくメロエ文字もじの音価おんかは20世紀にじっせいき初頭しょとうにフランシス・グリフィスによってほぼ決定けっていされたが、メロエ語ご自体じたいは現在げんざいも解読かいどくされていないGriffith, *Karanòg: The Meroitic Inscriptions*(1911年ねんごろ)以降いこうの研究けんきゅう状況じょうきょう
    • 確かくアクスム王おうエザナの4世紀よんせいきの碑文ひぶんは、ゲエズ語ごをゲエズ文字もじで記しるした面めん、同おなじゲエズ語ごを南みなみアラビアのサバア文字もじで記しるした面めん、ギリシア語ごの面めんから成なる(サバア語ごという別べつ言語げんごで書かかれているのではない)アクスム出土しゅつど碑文ひぶん群ぐん。なお表記ひょうきの呼よび方かたは研究者けんきゅうしゃにより揺ゆれがある
    • 確かくゲエズ文字もじは4世紀よんせいきごろ、子音しいん字じに母音ぼいん記号きごうを付ふす音節おんせつ文字もじへ移行いこうしたエザナ期き前後ぜんごの碑文ひぶんの比較ひかく
    • 確かく『エノク書しょ』(第一だいいちエノク書しょ)は完本かんぽんとしてはゲエズ語ご訳やくのみが伝つたわり、他ほか言語げんごでは断片だんぺんのみであるゲエズ語ご写本しゃほん群ぐん、クムラン出土しゅつどアラム語ご断片だんぺん
    • 確かくエチオピア暦こよみは30日さんじゅうにちの月つき12と、5日いつかまたは6日むいかの第だい13の月つきから成なり、紀年きねんはグレゴリオ暦れきより7〜8年とし遅おくれるエチオピア教会きょうかいの暦法れきほう。差さは受胎じゅたい告知こくち年ねんの算定さんていの違ちがいに由来ゆらいする
    • 確かくトンブクトゥのサンコーレ、ジンガリベリ、シディ・ヤヒヤの各かくモスクに学問がくもんの場ばが付設ふせつされ、教師きょうし個人こじんの免許状めんきょじょうを軸じくとする師承ししょうの網あみとして機能きのうしたアフリカ史し研究けんきゅうにおける標準的ひょうじゅんてき記述きじゅつ
    • 確かく法学者ほうがくしゃアフマド・ババ(1556〜1627)は1591年ねんのモロッコ軍ぐん侵攻しんこうの後あとにマラケシュへ連行れんこうされた16〜17世紀せいき西にしアフリカ・イスラーム学がくの伝記でんき資料しりょう
    • 推すいトンブクトゥ周辺しゅうへんの写本しゃほん総数そうすう公的こうてき研究所けんきゅうしょの所蔵しょぞうで2万にまん〜4万よんまん点てん、私設しせつ文庫ぶんこを含ふくむ地域ちいき全体ぜんたいで十じゅう数万すうまん〜30万さんじゅうまん点てん超ちょうという推定すいていの幅はばがある。目録もくろく化かが完了かんりょうしていないため確定かくてい値ちはない
    • 推すい2012〜13年としの危機ききに際さいして退避たいひした写本しゃほんの点数てんすう数万すうまん点てんから35万さんじゅうごまん点てん超ちょうまで報告ほうこくに幅はばがある。多おおくが支援しえん団体だんたい・報道ほうどうによる自己申告じこしんこくで、独立どくりつ検証けんしょうは進すすんでいない
    • 確かくマンデ社会しゃかいのグリオは世襲せしゅうの語かたり部べとして系譜けいふ・法ほう・歴史れきしを担にない、定型ていけい句くと韻律いんりつ、楽器がっきの伴奏ばんそう、複数ふくすう家系かけいによる並行へいこう保持ほじが誤あやまりの検出けんしゅつと点検てんけんの枠わくとして働はたらいた西にしアフリカ口承こうしょう伝承でんしょうの民族誌みんぞくし
    • 確かくヘーゲルは『歴史れきし哲学てつがく講義こうぎ』でアフリカを世界史せかいしの外部がいぶに位置いちづけたHegel, *Vorlesungen über die Philosophie der Geschichte*(講義こうぎ1820年代ねんだい、没後ぼつご刊行かんこう)
    • 確かくヒュー・トレヴァー=ローパーは1963年ねんの講演こうえんで、将来しょうらいはアフリカ史しが教おしえられるようになるかもしれないが「現時点げんじてんではそんなものは存在そんざいしないか、ごくわずかしかない。あるのはアフリカにおけるヨーロッパ人じんの歴史れきしだけ」であり残のこりは暗黒あんこくだと述のべた。「現時点げんじてんでは」「ごくわずか」という留保りゅうほを含ふくむ言いい方かたである1963年ねんのBBC講義こうぎ(*The Listener* 同年どうねん11月じゅういちがつ28日にじゅうはちにち号ごう)、のち *The Rise of Christian Europe*(1965年ねん)に収録しゅうろく
    • 確かくヨルバのイファ占うらないは8回はっかいの二値にち操作そうさにより256の標識ひょうしき(オドゥ)に分岐ぶんきし、各かく標識ひょうしきに詩句しく群ぐんが結むすびつくユネスコ無形むけい文化ぶんか遺産いさん(2005年ねん宣言せんげん、2008年代ねんだい表ひょう一覧表いちらんひょう記載きさい)ほか民族誌みんぞくし記述きじゅつ
    • 推すいイファの二値にち操作そうさと近世きんせいヨーロッパの二進法にしんほうの間あいだに歴史的れきしてきな影響えいきょう関係かんけいがあったとする主張しゅちょう直接ちょくせつの証拠しょうこはなく、構造こうぞうの類似るいじにとどまる
    • 確かくメソアメリカの記数法きすうほうは点てん=1、棒ぼう=5、20進にじっしんの位取くらいどりを用もちい、空位くういに貝殻かいがら状じょうの記号きごう(ゼロ)を置おくドレスデン絵え文書ぶんしょほか碑文ひぶん・写本しゃほん
    • 確かくメソアメリカの記数法きすうほうは旧きゅう世界せかいの記数法きすうほうと系統けいとう関係かんけいを持もたず、独立どくりつに到達とうたつしたものである両者りょうしゃのあいだに伝播でんぱ経路けいろを示しめす資料しりょうがないこと、および記号きごう体系たいけい・進しん法ほうの相違そうい
    • 確かく長期ちょうき暦こよみの第だい三さん位いは20倍にじゅうばいではなく18倍じゅうはちばい(360日にち)であり、純粋じゅんすいな20進にじっしんから逸脱いつだつしている長期ちょうき暦こよみの構成こうせい
    • 確かく長期ちょうき暦こよみの最古さいこ級きゅうの年とし記きは前1世紀ぜんいっせいきのもので、古典こてん期きマヤの中心地ちゅうしんちではなくテワンテペク地峡ちきょう周辺しゅうへんの碑文ひぶんに現あらわれるトレス・サポテス石碑せきひCほか
    • 確かく金星きんせいの平均へいきん会合かいごう周期しゅうきは約やく583.92日にちである現代げんだいの天文てんもん定数ていすう(現代値げんだいち583.93日にち)
    • 確かくドレスデン絵え文書ぶんしょの金星きんせい表ひょうは会合かいごう周期しゅうきを584日にち、五ご周期しゅうき=8年はちねん=2920日にちとして組くむ。584日にちは真値しんちより長ながいため暦こよみが先さきへ進すすみ、表ひょうは57周期ごじゅうななしゅうき・61周期ろくじゅういちしゅうきで4日よっか、65周期ろくじゅうごしゅうきで8日ようかを差さし引ひく異常いじょう倍数ばいすうによってずれを引ひき戻もどすドレスデン絵え文書ぶんしょ(ザクセン州しゅう立りつ図書館としょかん)
    • 確かくディエゴ・デ・ランダは1562年ねんにユカタン半島はんとうのマニで異端いたん審問しんもんの儀式ぎしきを行おこない、マヤの書物しょもつを焼却しょうきゃくしたLanda, *Relación de las cosas de Yucatán*(1566年ねんごろ執筆しっぴつ)
    • 確かく同おなじランダの『ユカタン事物じぶつ記き』に記しるされた記号きごう一覧いちらん(いわゆるランダのアルファベット)が、後あとのマヤ文字もじ解読かいどくの鍵かぎとなった同上どうじょう
    • 確かくランダの原稿げんこうは伝存でんそんせず、現存げんそんするのは17世紀じゅうななせいきの抄本しょうほんである。これをマドリードで見出みだし1862年ねんに学界がっかいへ知しらせたのはブラッスール・ド・ブールブールである抄本しょうほんの書誌しょしおよび同人どうにんの報告ほうこく
    • 確かく真正性しんせいせいに争あらそいのないマヤの絵え文書ぶんしょは現存げんそん3点さんてん(ドレスデン、マドリード、パリ)である各かく所蔵しょぞう機関きかん
    • 争そう第だい四よんの写本しゃほん(旧きゅうグロリエ写本しゃほん、現げんメキシコ・マヤ絵え文書ぶんしょ)の真正性しんせいせい長ながく偽作ぎさく説せつがあったが、2016年ねんの材質ざいしつ・図像ずぞう分析ぶんせきと2018年ねんのメキシコ国立こくりつ人類学じんるいがく歴史学れきしがく研究所けんきゅうしょ(INAH)の判断はんだんを経へて真正しんせいとする見解けんかいが優勢ゆうせいになった。合意ごういは完全かんぜんではなく、これを含ふくめるか否いなかで現存げんそん点数てんすうは3点さんてんとも4点よんてんとも数かぞえられる
    • 確かくユーリー・クノロゾフは1952年ねんの論文ろんぶんでマヤ文字もじを表語ひょうご文字もじと音節おんせつ文字もじの混合こんごう体系たいけいと論ろんじ、これが解読かいどくの転換点てんかんてんとなったクノロゾフの1952年ねんの論文ろんぶん(ロシア語ご)
    • 確かくハインリヒ・ベーリンが1958年ねんに紋章もんしょう文字もじを、タチアナ・プロスコウリアコフが1960年ねんに碑文ひぶんの日付ひづけ列れつが実在じつざいの王おうの生涯しょうがいを記しるすことを示しめしたBerlin(1958年ねん)、Proskouriakoff, *American Antiquity*(1960年ねん)
    • 確かく16世紀じゅうろくせいきのコデクス・ベルガラおよびサンタ・マリア・アスンシオン絵え文書ぶんしょは、区画くかくごとの所有者しょゆうしゃ・辺へん長ちょう・面積めんせきを記しるす土地とち台帳だいちょうである両りょう絵え文書ぶんしょ
    • 確かくこれらの台帳だいちょうに記しるされた補助ほじょ記号きごうが標準ひょうじゅん単位たんいの端数はすうを表あらわし、不ふ整形せいけい区画くかくの面積めんせきを導みちびく近似きんじ算法さんぽうが用もちいられていたことが2008年ねんに示しめされたWilliams & Jorge y Jorge, *Science*(2008年ねん)
    • 推すいアンデスでは音声おんせいを写うつす文字もじ体系たいけいが確認かくにんされていない。ただし「文字もじがない」ことと「言語的げんごてき内容ないようを記録きろくする手段しゅだんがない」こととは同一どういつでなく、キープやトカプ文様もんようの機能きのうは未決着みけっちゃくであるアンデス記録きろく媒体ばいたい研究けんきゅう
    • 確かくキープは結むすび目めの型かたと主しゅ紐ひもからの距離きょりによって十進位取じっしんくらいどりりの数値すうちを表あらわすLocke, *American Anthropologist*(1912年ねん)ほか
    • 確かく数かずの読よみの枠組わくぐみ自体じたいはロック以後いご大おおきく変かわっていないが、結むすび目め群ぐんの階層かいそう構造こうぞうの解析かいせきや「総括そうかつキープ」の同定どうていなど、読よみの精度せいどは向上こうじょうしてきたAscher & Ascher, *Code of the Quipu*(1981年ねん)以降いこうの研究けんきゅう
    • 争そうキープが数かず以外いがい(固有名こゆうめい・系譜けいふ・言語的げんごてき内容ないよう)を記録きろくしえたかハーバード大学だいがくキープ・データベース計画けいかく(2002年ねん〜)による二進にしん的てき符号化ふごうかの仮説かせつ、2017年ねんのペルー中部ちゅうぶコリャタのキープに関かんする音節おんせつ的てき解釈かいしゃくなどが提起ていきされる一方いっぽう、否定的ひていてき立場たちばも強つよい。未決着みけっちゃく
    • 確かく1583年ねんの第だい三さんリマ公会こうかい議ぎはキープの使用しようを禁きんじ破棄はきを命めいじた第だい三さんリマ公会こうかい議ぎ教令きょうれい
    • 推すい現存げんそんするキープは約やく1000点てん前後ぜんご世界せかい各地かくちの博物館はくぶつかん所蔵しょぞうの集計しゅうけいに基もとづく推定すいていで、幅はばがある
    • 確かく植民地しょくみんち期きスペイン語ごの貢納こうのう台帳だいちょうと、同おなじ共同体きょうどうたいに由来ゆらいするキープの数値すうちとが対応たいおうする事例じれいが確認かくにんされており、数かずの読よみを外そとから検証けんしょうする手段しゅだんになっている該当がいとうする台帳だいちょうとキープの対照たいしょう研究けんきゅう
    • 争そうナスカの地上絵ちじょうえの天文てんもん暦こよみ説せつマリア・ライヒェの主張しゅちょうが長ながく流布るふしたが、統計的とうけいてき検証けんしょうは有意ゆういな天体てんたい方位ほういを支持しじせず、現在げんざいは水源すいげんへの祈願きがん・儀礼的ぎれいてき行進こうしん路ろとする解釈かいしゃくが優勢ゆうせい
    • 確かくパッラヴァ系けい文字もじが東南とうなんアジアに伝つたわり、クメール文字もじ・古こカウィ文字もじ・古こモン文字もじなどの祖そ形けいとなった東南とうなんアジア初期しょき碑文ひぶんの古文書こもんじょ学がく
    • 推すい「インド化か」は一方的いっぽうてきな移植いしょくではなく、文字もじへの記号きごう追加ついか、王権おうけん概念がいねんの在地ざいち首長制しゅちょうせいへの接合せつごう、借用しゃくよう語彙ごいのジャワ語ご敬語けいご階層かいそうへの組くみ込こみなど、受うけ手ての側がわの選択せんたくを伴ともなった現地げんち碑文ひぶん・語彙ごい資料しりょうからの解釈かいしゃく
    • 確かくカンボジアのサンボール出土しゅつど碑文ひぶんK-127はサカ暦こよみ605年ねん(西暦せいれき683年ねん)の年とし記きを持もち、その空位くういが点てんで記しるされている現物げんぶつはプノンペン国立こくりつ博物館はくぶつかん所蔵しょぞう
    • 確かくジョルジュ・セデスは1931年ねんにK-127を報告ほうこくし、位取くらいどりのゼロのインド圏けん起源きげんを支持しじする証拠しょうことしたCœdès(1931年ねん)
    • 確かくインドで確実かくじつな年とし記きを持もつ最古さいこ級きゅうのゼロ表記ひょうきはグワリオール碑文ひぶん(876年ねん)であるグワリオール、チャトゥルブジャ寺院じいん碑文ひぶん
    • 争そうバクシャーリー写本しゃほんの年代ねんだい2017年ねんにボドリアン図書館としょかんが一部いちぶの葉はについて3〜4世紀せいきの放射性ほうしゃせい炭素たんそ年代ねんだいを公表こうひょうしたが、測定値そくていちが数百すうひゃく年ねんにわたって混在こんざいし写本しゃほん全体ぜんたいの年代ねんだいとはしがたいという強つよい批判ひはんがある。ゼロ表記ひょうきの「最古さいこ」をめぐる議論ぎろんは開ひらいている
    • 確かくK-127はカンボジア内戦ないせん期きに所在不明しょざいふめいとなり、2013年ねんにアンコール保存ほぞん所しょの収蔵品中しゅうぞうひんちゅうから再さい確認かくにんされたAmir D. Aczel, *Finding Zero*(2015年ねん)
    • 確かくスマトラのシュリーヴィジャヤ関連かんれん碑文ひぶんも7世紀ななせいき後半こうはん(680年代ねんだい)の年とし記きを持もつケドゥカン・ブキット碑文ひぶんほか
    • 確かくアンコールの碑文ひぶんはサンスクリット韻文いんぶん(讃辞さんじ・宗教しゅうきょう)と古こクメール語ご散文さんぶん(寺領じりょう・労働者ろうどうしゃ・物品ぶっぴん数量すうりょうの記録きろく)の二に層そう構造こうぞうをとるアンコール期き碑文ひぶん集成しゅうせい
    • 争そうアンコールの貯水池ちょすいち(バライ)の機能きのう大規模だいきぼ灌漑かんがいによる経済けいざい基盤きばんとする説せつと、儀礼的ぎれいてき・象徴的しょうちょうてき機能きのうが主しゅで灌漑かんがい能力のうりょくは限定的げんていてきとする説せつが対立たいりつ。航空こうくうレーザー測量そくりょうは水利すいり施設しせつの広ひろがりを示しめしたが用途ようとの確定かくていには至いたっていない
    • 確かくボロブドゥールは8世紀末せいきまつから9世紀きゅうせいき前半ぜんはんに中部ちゅうぶジャワで造営ぞうえいされた現地げんち碑文ひぶんおよび建築けんちく編年へんねん
    • 確かくジャワの暦こよみは5日いつか週しゅう(パサル)と7日なのか週しゅうの組くみ合あわせによる35日さんじゅうごにち周期しゅうき、および210日にちのウク暦れきを用もちいるジャワ・バリの暦法れきほう
    • 推すいジャワの周期しゅうき暦こよみとメソアメリカの周期しゅうき暦こよみの構造的こうぞうてき類似るいじ接触せっしょくの証拠しょうこはなく、独立どくりつの発明はつめいと解かいするのが妥当だとう
    • 確かく半年はんとしごとに向むきを変かえるモンスーンは往路おうろと復路ふくろのあいだに数すうか月げつの滞船たいせんを強制きょうせいし、港市こうしはその滞在たいざいを前提ぜんていに倉庫そうこと信用しんようの仕組しくみを整ととのえた海域かいいき東南とうなんアジアの港市こうしに関かんする交易こうえき史し研究けんきゅう
    • 推すいブギス・マカッサルの航海こうかい者しゃは星ほしの出没しゅつぼつ方位ほういや海岸かいがんの目印めじるし、潮流ちょうりゅうと海底かいていの質しつを読よむ技法ぎほうを航海こうかい書しょの形かたちにもまとめた現存げんそんが確認かくにんされる航海こうかい書しょは限かぎられ、伝存でんそん資料しりょうからの推定すいていにとどまる
    • 確かく礼拝れいはい方位ほうい(キブラ)の決定けっていは球面きゅうめん上じょうの方位角ほういかくの問題もんだいであり、宗教しゅうきょう実務じつむが計算けいさん技術ぎじゅつの需要じゅようを生うんだイスラーム圏けんの天文てんもん・数理すうり地理学ちりがくの文献ぶんけん
    • 確かくゲオルク・ルンフィウスは失明しつめい・家族かぞくの死し・図版ずはん焼失しょうしつを経へてアンボン島しまの植物誌しょくぶつしを編纂へんさんし、『アンボン島しま植物誌しょくぶつし』は彼かれの死後しご、18世紀じゅうはっせいき半なかばに刊行かんこうされた*Herbarium Amboinense*(1741〜50年刊ねんかん)
    • 確かく同書どうしょは多数たすうの植物しょくぶつについて現地名げんちめいと現地げんちの用法ようほうを記録きろくしており、現在げんざいも民族みんぞく植物学しょくぶつがくの一次いちじ資料しりょうとして用もちいられる同上どうじょう
    • 確かくオランダ東ひがしインド会社かいしゃは香辛料こうしんりょうの独占どくせん価格かかく維持いじのため、指定してい地域外ちいきがいの丁子ちょうじ・肉豆蔲の樹きを組織的そしきてきに伐採ばっさいしたVOCのモルッカ統治とうち政策せいさく
    • 確かくボイテンゾルフ(ボゴール)植物園しょくぶつえんは1817年ねんに植民地しょくみんち政せい庁ちょうのもとで設立せつりつされ、熱帯ねったい植物しょくぶつ相そうの掌握しょうあくと有用ゆうよう植物しょくぶつの栽培さいばい試験しけんの拠点きょてんとなった現げんボゴール植物園しょくぶつえんおよびその沿革えんかく
    • 確かくキナ樹じゅはアンデス原産げんさんで、1860年代ねんだいに良質りょうしつな種子しゅしが持もち出だされてオランダ領りょうジャワでの栽培さいばいが確立かくりつし、20世紀にじっせいき前半ぜんはんには世界せかいのキニーネ供給きょうきゅうの大半たいはんをジャワが占しめたキニーネ生産せいさん史し
    • 確かくこの種子しゅしの採取さいしゅと持もち出だしには、イギリス人じん商人しょうにんチャールズ・レジャーと、アイマラの協力者きょうりょくしゃマヌエル・インクラ・ママニが関与かんよしたレジャーの書簡しょかん等とうキニーネ生産せいさん史しの記録きろく
    • 推すいママニはその後ごボリビア当局とうきょくに拘束こうそくされ、それが原因げんいんで死しんだと伝つたえられる同時どうじ代だいの伝聞でんぶんに基もとづく記述きじゅつであり、確認かくにんしうる公的こうてき記録きろくは乏とぼしい
    • 確かくクリスティアーン・エイクマンは1880年代ねんだい末まつのバタヴィアで、精白米せいはくまいを与あたえた鶏にわとりに多発たはつ神経炎しんけいえんが生しょうじることを見出みいだした(1929年ねんノーベル生理学せいりがく・医学いがく賞しょう)。ただし彼かれ自身じしんの解釈かいしゃくは毒素どくそ説せつであり、欠乏けつぼう説せつへの定式化ていしきかは後任こうにんのヘリット・グレインス(1901年ねん)によるEijkman のバタヴィア実験じっけん報告ほうこく、Grijns の報告ほうこく
    • 確かくインドネシア大学だいがくは1950年ねん、マラヤ大学だいがくは1949年ねんに設立せつりつされ、いずれも植民地しょくみんち期きの医学校いがっこう等とうを母体ぼたいとする各かく大学だいがくの設立せつりつ経緯けいい
    • 確かくミクロネシア・カロリン諸島しょとうの航法こうほうでは、恒星こうせいの出没しゅつぼつ点てんによって32前後さんじゅうにぜんごの方位ほういが定義ていぎされるGladwin, *East Is a Big Bird*(1970年ねん)、Lewis, *We, the Navigators*(1972年ねん)
    • 確かくエタクは、船ふねを静止せいしと見みなし参照さんしょう島しまが星ほしの方位ほういを横切よこぎっていくと捉とらえる相対的そうたいてきな行程こうてい計測けいそく法ほうである同上どうじょう
    • 確かくマーシャル諸島しょとうのスティックチャートはうねりの屈折くっせつと交差こうさを示しめす学習がくしゅう・記憶きおく用ようの道具どうぐで、航海中こうかいちゅうに船ふねへ携行けいこうされなかったマーシャル諸島しょとうの航海術こうかいじゅつに関かんする民族誌みんぞくし
    • 確かくアンドリュー・シャープは1956年ねんの著作ちょさくで、太平洋たいへいようへの拡散かくさんを偶然ぐうぜんの漂流ひょうりゅうと片道かたみち航海こうかいによって説明せつめいしたSharp, *Ancient Voyagers in the Pacific*(1956年ねん)
    • 確かく1976年ねん、ホクレア号ごうは計器けいきを用もちいずハワイからタヒチへ航海こうかいし、ミクロネシア・サタワル島しまのマウ・ピアイルグが航法こうほうを担当たんとうしたポリネシア航海こうかい協会きょうかいの航海こうかい記録きろく。距離きょりはおよそ4400キロ、所要しょようは一いちか月げつあまり
    • 確かく1976年ねん航海こうかいのうち伝統でんとう航法こうほうによったのは往路おうろであり、復路ふくろはこれによらない。マウ・ピアイルグは航海こうかい後ごいったん計画けいかくから離はなれた同どう協会きょうかいの記録きろくおよび航海こうかいの経緯けいいに関かんする記述きじゅつ
    • 確かく1980年ねんにはナイノア・トンプソンが同様どうようの方式ほうしきで往復おうふく航海こうかいを導みちびいた同どう協会きょうかいの記録きろく
    • 確かく太平洋たいへいようの航法こうほうは、誤差ごさの累積るいせきを前提ぜんていに目標もくひょう島しまの風下かざしも側がわで探索たんさくパターンを走はしらせるなど、不ふ確実性かくじつせいの処理しょりを手順てじゅんに組くみ込こんでいるLewis, *We, the Navigators*(1972年ねん)ほか
    • 推すいシャープの漂流ひょうりゅう説せつとハイエルダールの南米なんべい起源きげん説せつは、太平洋たいへいようの航海こうかい者しゃによる意図的いとてきな東航とうこうを想定そうていしない点てんで人種主義じんしゅしゅぎ的てきな前提ぜんていを共有きょうゆうしていたと評価ひょうかしうる両者りょうしゃの立論りつろんが伝統でんとう航法こうほうの存在そんざいを検討けんとうの対象たいしょうとしなかったことからの解釈かいしゃく
    • 推すい1976年ねんの航海こうかいが示しめしたのは古代こだいの航海こうかいが「可能かのうであった」ことであり、実際じっさいにそう行おこなわれたことの直接ちょくせつ証拠しょうこではない実演じつえん航海こうかいの論理的ろんりてき射程しゃていについての一般的いっぱんてきな理解りかい
    • 確かくラピタ土器かわらけの分布ぶんぷは太平洋たいへいようへの急速きゅうそくな東進とうしんを示しめし、オセアニア諸語しょごの系統けいとう関係かんけいも拡散かくさんの経路けいろと整合せいごうするラピタ複合ふくごうの考古学こうこがく的てき編年へんねんおよびオーストロネシア語ご族ぞくの比較ひかく言語学げんごがく
    • 確かく2020年ねんに発表はっぴょうされたゲノム解析かいせきは、東ひがしポリネシアの集団しゅうだんと南米なんべい沿岸えんがんの集団しゅうだんの1200年ねんごろの接触せっしょくを示唆しさしたIoannidis et al., *Nature*(2020年ねん)
    • 確かくハワイのアフプアアは尾根おねから海うみまでを一いち単位たんいとする資源しげん管理かんり区分くぶんであるハワイの伝統的でんとうてき土地とち制度せいど
    • 確かく太平洋たいへいよう各地かくちには漁区ぎょくを一時的いちじてきに閉鎖へいさする慣行かんこうがあり、資源しげんの回復期間かいふくきかんを確保かくほする仕組しくみとして機能きのうしてきた太平洋たいへいよう島嶼とうしょ域いきの慣習かんしゅう的てき漁業ぎょぎょう管理かんりに関かんする記述きじゅつ
    • 確かく生物せいぶつ多様性たようせい条約じょうやくは第だい八はち条じょう(j)で先住民せんじゅうみん・地域社会ちいきしゃかいの知識ちしきの尊重そんちょうと保全ほぜんを締約国ていやくこくに求もとめている生物せいぶつ多様性たようせい条約じょうやく(1992年ねん採択さいたく)
    • 確かく名古屋なごや議定書ぎていしょ(2010年ねん採択さいたく、2014年ねん発効はっこう)は、遺伝いでん資源しげんおよび関連かんれんする伝統的でんとうてき知識ちしきへのアクセスに事前じぜんの情報じょうほうに基もとづく同意どういを求もとめ、生しょうじた利益りえきの配分はいぶんを締約国ていやくこくに義務ぎむづけた同どう議定書ぎていしょ
    • 確かくIPBES地球ちきゅう規模きぼ評価ひょうか報告書ほうこくしょ(2019年ねん)およびIPCC第だい六次ろくじ評価ひょうか報告書ほうこくしょ(2021〜22年とし)は、先住民せんじゅうみん知ち・地域ちいき知ちを評価ひょうかに組くみ込こむ必要ひつようを明記めいきした両りょう報告書ほうこくしょ
    源五げんご

    源流げんりゅう ── 知ちはどこで生うまれたか

    学問がくもんが制度せいどになる(学问成为制度 / When Learning Became an Institution)

    古代こだいローマ ── 独創どくそうより編纂へんさんと法ほう

    独創より、編纂と法と土木 ── ローマが得意としたもの
    図ず 51独創どくそうより、編纂へんさんと法ほうと土木どぼく ── ローマが得意とくいとしたもの

    ローマは、ギリシアの知ちを輸入ゆにゅうした側がわだった。前2世紀ぜんにせいき以降いこう、ギリシア語ごの哲学てつがく・医学いがく・数学すうがくがローマに流ながれ込こみ、キケロはそれをラテン語ごに移うつすために語彙ごいそのものを作つくらねばならなかった。qualitas(性質せいしつ)のような語ごは、彼かれがギリシア語ごの概念がいねんを訳やくすために鋳造ちゅうぞうした造語ぞうごである。ただし「ローマの学問がくもん」と呼よばれるものの多おおくは、実じつはラテン語ごで書かかれていない。2世紀にせいきにアレクサンドリアで『アルマゲスト』を書かいたプトレマイオスも、ペルガモン出身しゅっしんの医師いしガレノスも、ローマ帝国ていこくの市民しみんでありながらギリシア語ごで著述ちょじゅつした。帝国ていこくは言語的げんごてきに二に重じゅうで、理論的りろんてきな仕事しごとはおおむね東ひがし半分はんぶんのギリシア語ご圏けんに残のこった。

    ラテン語ご側がわで起おきたのは、独創どくそうではなく編纂へんさんだった。大だいプリニウスの『博物誌はくぶつし』(77年ななじゅうななねん、ティトゥスへの献呈けんてい)は全ぜん37巻さんじゅうななかん、天文てんもんから鉱物こうぶつ、動植物どうしょくぶつ、絵画かいが、薬くすりまで扱あつかう。序文じょぶんで彼かれは、100人にんの著者ちょしゃによる2000巻かんから「記録きろくに値あたいする2万にまんの事項じこう」を集あつめたと述のべ、第だい一巻いっかんをまるごと目次もくじと典拠てんきょ一覧いちらんに充あてた。どの巻かんの記述きじゅつがどの著者ちょしゃに由来ゆらいするかを列挙れっきょするこの構成こうせいは、引用元いんようもとを明示めいじするという発想はっそうの、現存げんそんする最もっとも早はやい大規模だいきぼな実例じつれいのひとつである。プリニウス自身じしんは79年ななじゅうきゅうねんのウェスウィウス噴火ふんかのさなか、艦隊かんたいを率ひきいて救助きゅうじょと観察かんさつに向むかい、そこで死しんだ。

    大プリニウス『博物誌』の初期刊本 ── 全37巻の編纂
    図ず 52大だいプリニウス『博物誌はくぶつし』の初期しょき刊本かんぽん ── 全ぜん37巻さんじゅうななかんの編纂へんさん

    同おなじ実用じつよう志向しこうは建築けんちくにも現あらわれる。ウィトルウィウスの『建築けんちく十書じっしょ』はアウグストゥスに捧ささげられた(前まえ30〜前ぜん20年ねん頃ころ)。建築けんちくが満みたすべき条件じょうけんを firmitas(堅牢けんろう)・utilitas(有用ゆうよう)・venustas(美び)の3語さんごで定式化ていしきかしたことで知しられるが、内容ないようの大半たいはんは水道すいどう、機械きかい、日時計ひどけい、測量そくりょうといった技術ぎじゅつの記述きじゅつである。理論りろんを語かたるためではなく、作つくるために書かかれている。この書物しょもつは中世ちゅうせいを通つうじて写本しゃほんが残のこり、15世紀じゅうごせいき初頭しょとうに人文主義者じんぶんしゅぎしゃの手てで「再発見さいはっけん」されて、ルネサンス建築けんちくの規範きはんとなった。

    建築が満たすべき三つの条件 ── 強・用・美
    図ず 53建築けんちくが満みたすべき三みっつの条件じょうけん ── 強きょう・用よう・美び

    医学いがくではケルススの『医学いがく論ろん』(1世紀いっせいき前半ぜんはん)がある。これは農業のうぎょう・軍事ぐんじ・法学ほうがくなどを含ふくむ大百科だいひゃっかの一部いちぶで、他ほかの部分ぶぶんは失うしなわれた。炎症えんしょうの四徴しちょう──発赤はっせき・熱感ねつかん・腫脹しゅちょう・疼痛とうつう(rubor, calor, tumor, dolor)──の定式ていしきは今いまも臨床りんしょうで使つかわれる。書かき手ては職業しょくぎょう医師いしではなく教養きょうようある素人しろうとだったと長ながく考かんがえられてきたが、記述きじゅつの臨床りんしょう的てきな細部さいぶから医師いしとみる再評価さいひょうかもある。いずれにせよ、専門せんもん知ちが専門家せんもんかの外そとで整理せいりされうるという、ローマ的てきな知ちの形かたちをよく示しめしている。この本ほんは1478年ねんにフィレンツェで印刷いんさつされ、活字かつじになった最初さいしょ期きの医学書いがくしょの1冊いっさつとなった。

    ガレノス(129年ねん頃ころ〜216年ねん頃ころ、没年ぼつねんには資料しりょうにより幅はばがある)は、この時代じだい最大さいだいの医学いがく者しゃである。剣闘士けんとうしの外科医げかいから出発しゅっぱつし、皇帝こうていマルクス・アウレリウスの侍医じいとなった。彼かれは解剖かいぼうと生体せいたい実験じっけんを重おもんじ、公開こうかいの場ばでブタの反回はんかい神経しんけいを結紮けっさつして鳴なき声ごえを止とめてみせた──神経しんけいが声こえを支配しはいすることの、直接ちょくせつの証明しょうめいである。しかしローマでは人体じんたい解剖かいぼうが行おこなわれておらず、彼かれが切きったのはバーバリーマカクやブタ、ウシだった。

    人体じんたいをまったく見みなかったわけではない。彼かれ自身じしん、アレクサンドリアで骸骨がいこつを観察かんさつしたこと、増水ぞうすいした川かわが墓はかから押おし流ながした遺体いたい、掘ほり返かえされた遺骸いがい、剣闘士けんとうしの深ふかい裂傷れっしょうから体内たいないを覗のぞいたことを書かき残のこしている。骨ほね学がくの記述きじゅつが比較的ひかくてき正確せいかくなのはそのためで、誤あやまりは内臓ないぞうと血管系けっかんけいに集中しゅうちゅうした。動物どうぶつで見みたものを人体じんたいに外挿がいそうした結果けっか、脳底のうていに「奇網きもう」という血管網けっかんもうがあるとし(有蹄類ゆうているいにはあるが人ひとにはない)、心室しんしつ中隔ちゅうかくに血液けつえきが通とおる孔あながあるとし、肝臓かんぞうを五葉ごようとした。

    誤あやまりは1300年ねん以上いじょう残のこった。理由りゆうはガレノスの体系たいけいが内的ないてきに整合せいごうしていたこと、そして、14世紀じゅうよんせいき以降いこうに再開さいかいされた人体じんたい解剖かいぼうが、テクストの記述きじゅつを確認かくにんする演示えんじとして営いとなまれたことにある。ボローニャのモンディーノ・デ・リウッツィは1316年ねんに『解剖学かいぼうがく』を著あらわし、以後いご、公開こうかい解剖かいぼうは大学だいがく医学部いがくぶの恒例こうれいになった。だがそこで見みるべきものは、あらかじめガレノスが書かいていた。解剖かいぼうは行おこなわれていた。行おこなわれていなかったのは、書かかれたものと目めの前まえのものが食くい違ちがったときに前者ぜんしゃを疑うたがうことである。

    1543年ねん、ヴェサリウスは『人体じんたいの構造こうぞうについて(ファブリカ)』で自みずから解剖かいぼうした所見しょけんを提示ていじし、この像ぞうを崩くずした。新あたらしかったのは解剖かいぼうしたことではなく、解剖かいぼうの目的もくてきを変かえたことである。ただし中隔ちゅうかくの孔あなについて、1543年ねんの彼かれはまだ「見みえない」と当惑とうわくを書かくにとどめ、明確めいかくに否定ひていしたのは1555年ねんの第だい二に版はんである。見みえたものが書かかれたものに優先ゆうせんするという順序じゅんじょは、1冊いっさつの刊行かんこうで入いれ替かわったのではない。誤あやまりの訂正ていせいすら段階的だんかいてきだった。

    ローマが独自どくじに生うみ出だした「学がく」があるとすれば、それは法ほうである。ユスティニアヌス帝ていの命いのちでトリボニアヌスらが編纂へんさんした『学説がくせつ彙纂いさん(ディゲスタ)』は533年ねん12月じゅうにがつ16日じゅうろくにちに公布こうふされ、同月どうげつ30日さんじゅうにちに施行しこうされた。数世紀すうせいきにわたる法学者ほうがくしゃの著作ちょさく──伝つたえられるところでは2000巻かん近ちかく──を50巻ごじっかんに圧縮あっしゅくしたもので、原典げんてんの大半たいはんはこれを通とおしてしか残のこっていない。決定的けっていてきなのはその形式けいしきである。各かく条文じょうぶんには「ウルピアヌス『告示こくじ註解ちゅうかい』第だい何なに巻かんより」といった出典しゅってんが付ふされている。法ほうは権力者けんりょくしゃの命令めいれいではなく、名なを持もつ専門家せんもんかの議論ぎろんの集積しゅうせきとして提示ていじされた。これが法ほうを学問がくもんにした。

    『学説がくせつ彙纂いさん』は単体たんたいの書物しょもつではなく、四よっつの部分ぶぶんからなる事業じぎょうの中心ちゅうしんだった。皇帝こうていの法令ほうれいを集成しゅうせいした『勅法ちょくほう彙纂いさん(コーデクス)』(初版しょはん529年ねん、改訂版かいていばん534年ねん)、法学者ほうがくしゃの学説がくせつを編あんだ『学説がくせつ彙纂いさん』(533年ねん)、学生がくせい向むけの教科書きょうかしょ『法学ほうがく提要ていよう(インスティトゥティオネス)』(533年ねん11月じゅういちがつ21日にじゅういちにち公布こうふ、学説がくせつ彙纂いさんと同おなじ12月じゅうにがつ30日さんじゅうにち施行しこう)、そして534年ねん以降いこうの追加ついか立法りっぽう『新しん勅法ちょくほう(ノヴェッラエ)』である。ノヴェッラエだけは公式こうしきの集成しゅうせいが完成かんせいせず、私的してきな編集へんしゅうで伝つたわった。この四部しぶを「ローマ法大全(Corpus Iuris Civilis)」と総称そうしょうするのは16世紀じゅうろくせいきの慣行かんこうで、ゴトフレドゥスの1583年ねん版はんに由来ゆらいする。実定法じっていほう・学説がくせつ・教科書きょうかしょ・追加ついか立法りっぽうという区分くぶんは、法ほうを運用うんようと教育きょういくの両面りょうめんから支ささえる構かまえを示しめしている。

    ただし委員会いいんかいは原文げんぶんをそのまま写うつしたのではない。時代遅じだいおくれの条文じょうぶんを削けずり、語ごを置おき換かえ、複数ふくすうの文ぶんを接合せつごうした。この改変かいへん(インテルポラティオ、「トリボニアヌスの継つぎはぎ」とも呼よばれる)は19世紀じゅうきゅうせいき以降いこうの法ほう史学しがくの主要しゅような研究けんきゅう対象たいしょうとなり、どこまでが古典こてん期きの法学者ほうがくしゃの言葉ことばかを剥はがす作業さぎょうが今いまも続つづいている。学説がくせつ彙纂いさんは古典こてん法学ほうがくを保存ほぞんしたが、同時どうじに、保存ほぞんされなかった部分ぶぶんを決定的けっていてきに失うしなわせた。

    11世紀末せいきまつから12世紀じゅうにせいき初頭しょとうのボローニャでこの写本しゃほんが読よみ直なおされ、イルネリウスに始はじまる註釈ちゅうしゃく学派がくはが行間ぎょうかんに註ちゅうを書かき込こみはじめる。教師きょうしと学生がくせいの団体だんたい(ウニウェルシタス)が数十すうじゅう年ねんかけてそこから形かたちをとり、のちに「ヨーロッパ最古さいこの大学だいがく」と呼よばれるものになった。ただし「1088年ねん創立そうりつ」という年号ねんごうは、1888年ねんの創立そうりつ記念祭きねんさいにあたって遡及そきゅう的てきに定さだめられたものであり、パリとの先後せんごも決着けっちゃくしていない。制度せいどの起源きげんは、たいてい後あとから日付ひづけを与あたえられる。

    ただし「編纂へんさんのローマ」という括くくりは一面的いちめんてきでもある。測量そくりょう技師ぎし(アグリメンソレス)の体系たいけいとグローマによる区画くかく割わり、コンクリートとアーチによる構造こうぞう技術ぎじゅつ、ウァロやコルメラの農学のうがく、そして前ぜん45年ねんに施行しこうされたユリウス暦れきは、いずれもローマで実質的じっしつてきに展開てんかいした知ちである。理論的りろんてき独創どくそうが乏とぼしかったことと、独自どくじの知ちがなかったこととは別べつである。理論りろんよりも運用うんように強つよい知ちの型かたがあった、というのが正確せいかくなところだろう。

    その後ごの1000年ねん、ラテン語ごは学術がくじゅつの共通語きょうつうごであり続つづけた。ニュートンの『プリンキピア』(1687年ねん)もガウスの『整数論せいすうろん研究けんきゅう』(1801年ねん)もラテン語ごである。だがギリシア語ご圏けんとの断絶だんぜつの代償だいしょうは大おおきかった。西方せいほうラテン世界せかいにはギリシア科学かがくのごく一部いちぶしか翻訳ほんやくされず、多おおくが読よめなくなった。それらは8〜10世紀せいきのバグダードでアラビア語ごに訳やくされ、12世紀じゅうにせいきのトレドで今度こんどはアラビア語ごからラテン語ごへ訳やくし戻もどされる。クレモナのゲラルドゥスが『アルマゲスト』を訳やくし終おえたのは1175年ねんである。ガレノスの『解剖かいぼう手技しゅぎ』の後半こうはん部ぶはギリシア語ご原典げんてんが失うしなわれ、アラビア語ご訳やくでしか読よめない。知ちは1本いっぽんの線せんで伝つたわったのではなく、大おおきく迂回うかいして戻もどってきた。

    学会がっかい・学術がくじゅつ誌し・実験じっけん ── 17世紀じゅうななせいきの制度せいど化か

    知ちの営いとなみが集団的しゅうだんてきに組織そしきされた例れいは、17世紀じゅうななせいき以前いぜんにも各地かくちにある。マラーゲやサマルカンドの天文台てんもんだいは複数ふくすうの観測かんそく者しゃを長期ちょうきに束たばね、アッバース朝ちょうの翻訳ほんやく事業じぎょうは組織的そしきてきに知ちを移うつした。中世ちゅうせいヨーロッパの大学だいがくも、註釈ちゅうしゃくと公開こうかい討論とうろん(quaestio disputata)の作法さほうを数世紀すうせいきかけて練ねり上あげていた。17世紀じゅうななせいきヨーロッパで新あたらしかったのは組織そしきそのものではなく、組織そしきが何なにを保証ほしょうしたかである。誰だれが何なにをいつ見みつけたのかを日付ひづけ入はいりで確定かくていし、他人たにんの主張しゅちょうを集団しゅうだんで検証けんしょうし、その結果けっかを継続的けいぞくてきに公刊こうかんする。この三みっつが一ひとつの仕組しくみに束たばねられたことに新あたらしさがあった。逆ぎゃくに言いえば、それ以前いぜんは、成果せいかは書簡しょかんでやりとりされ、発見はっけんは秘匿ひとくされるか、パトロンへの献呈けんてい品ひんとして扱あつかわれていた。

    1603年ねん、18歳じゅうはっさいのフェデリコ・チェージが友人ゆうじん3人さんにんとローマで結成けっせいしたリンチェイ・アカデミア(山猫やまねこの眼めのように鋭するどい観察かんさつ者しゃ、の意い)は、その最初さいしょの応答おうとうだった。ガリレオは1611年ねんに会員かいいんとなり、学会がっかいは『太陽たいよう黒点こくてん論ろん』(1613年ねん)や『偽金にせがね鑑識かんしき官かん』(1623年ねん)を出版しゅっぱんした。だが1630年ねんにチェージが死しぬと学会がっかいは事実上じじつじょう消滅しょうめつする。個人こじんの富とみに依存いぞんした組織そしきの脆もろさが露呈ろていした。

    フィレンツェのアカデミア・デル・チメント(実験じっけん学会がっかい、1657〜67年とし)は別べつの解かいを試ためした。合言葉あいことばは「試ためし、また試ためす」。1667年ねんの『自然しぜん実験じっけん集成しゅうせい』は個人名こじんめいを伏ふせた集団しゅうだんの著作ちょさくとして刊行かんこうされた。誰だれの手柄てがらでもないことにすれば争あらそいは起おきない。しかしこの方式ほうしきは普及ふきゅうしなかった。結局けっきょくのところ、人ひとを研究けんきゅうに向むかわせる動機どうきのひとつは名前なまえが残のこることだったからである。

    ロンドンでは1660年ねん11月じゅういちがつ28日にじゅうはちにち、グレシャム・カレッジでのクリストファー・レンの天文学てんもんがく講義こうぎのあと、聴衆ちょうしゅう12人じゅうににんが集あつまって「物理ぶつり数学的すうがくてき・実験的じっけんてきな学問がくもんを推進すいしんする学寮がくりょう」の設立せつりつを決きめた。原文げんぶんの physico-mathematicall という語ごは、実験じっけんと数学的すうがくてき自然学しぜんがくを結むすびつけるという当時とうじの綱領こうりょうを示しめしている。これが設立せつりつの日ひである。国王こくおうチャールズ二世にせいによる最初さいしょの勅許ちょっきょは1662年ねん7月しちがつ15日じゅうごにち、翌よく1663年ねんの第だい二に勅許ちょっきょで「自然しぜん知識ちしきを増進ぞうしんするためのロンドン王立おうりつ協会きょうかい」という名称めいしょうが定さだまった。設立せつりつ年ねんと勅許ちょっきょ年ねんは区別くべつされるべきで、前者ぜんしゃは私的してきな集あつまりの発足ほっそく、後者こうしゃは法人格ほうじんかくの付与ふよを意味いみする。標語ひょうご Nullius in verba(誰だれの言葉ことばも鵜呑うのみにしない)を掲かかげながら、協会きょうかいは国庫こっこからほとんど金かねを受うけ取とらず、会費かいひ滞納たいのうに長ながく苦くるしんだ。

    ロンドン王立協会の勅許状/所蔵:ロンドン王立協会
    図ず 54ロンドン王立おうりつ協会きょうかいの勅許ちょっきょ状じょう/所蔵しょぞう:ロンドン王立おうりつ協会きょうかい
    年とし何なにが併記へいきすべきこと
    1603年ねんリンチェイ・アカデミア(ローマ)1630年ねんにチェージが死しぬと事実上じじつじょう消滅しょうめつ。個人こじんの富とみに依存いぞんした組織そしきの脆もろさ
    1660年ねん11月じゅういちがつ28日にじゅうはちにち王立おうりつ協会きょうかいの発足ほっそく(ロンドン、聴衆ちょうしゅう12人じゅうににん)勅許ちょっきょは1662年ねん7月しちがつ15日じゅうごにち、名称めいしょうの確定かくていは1663年ねん
    1665年ねん『ジュルナル・デ・サヴァン』(1月いちがつ5日いつか、パリ)と『フィロソフィカル・トランザクションズ』(3月さんがつ6日むいか、ロンドン)後者こうしゃは書記しょきオルデンバーグ個人こじんの事業じぎょう。暦こよみが二ふたつあり、先後せんごは一意いちいに決きまらない
    1810年ねん10月じゅうがつベルリン大学だいがくが256名めいの学生がくせいで開講かいこうフンボルトの在職ざいしょくは16か月げつほどで、開学かいがく前まえに辞任じにん
    1862年ねん7月しちがつモリル法ほう ── 連邦れんぽう議会ぎかい議員ぎいん1人ひとり当あたり3万さんまんエーカーの公有地こうゆうち原資げんしは約やく1070万まんエーカー、約やく250部ぶ族ぞく、162件けんの割譲かつじょう
    1876年ねんジョンズ・ホプキンズ大学だいがく ── 大学院だいがくいんでの研究けんきゅうを主しゅ目的もくてきとする最初さいしょの研究大学けんきゅうだいがく約やく350万まんドルの基金ききんから出発しゅっぱつ
    1890年ねん第だい二次にじモリル法ほう高等こうとう教育きょういくを広ひろげた法ほうが、同時どうじに分離ぶんりを制度せいどに書かき込こんだ
    1950年ねん5月ごがつ全米ぜんべい科学かがく財団ざいだん(NSF)初年度しょねんどは管理かんり運営費うんえいひ22万にじゅうにまん5000ドルのみ。研究けんきゅう助成じょせいは翌年度よくねんど、約やく350万まんドル
    1954年ねん9月くがつ29日にじゅうきゅうにち欧州おうしゅう原子核げんしかく研究けんきゅう機構きこう(CERN)条約じょうやく発効はっこう原げん加盟かめい12か国こく
    1957年ねん7月しちがつ〜1958年ねん12月じゅうにがつ国際こくさい地球ちきゅう観測かんそく年ねん(IGY)67か国こくが参加さんか。延長線えんちょうせん上じょうに1959年ねん12月じゅうにがつの南極なんきょく条約じょうやく

    表ひょう5学問がくもんを支ささえる器うつわは、いつどこにできたか

    1666年ねんのフランス科学かがくアカデミーは正反対せいはんたいだった。コルベールが設計せっけいし、会員かいいんの一部いちぶは国王こくおうから年金ねんきんを受うけ、フランス全土ぜんどの測量そくりょうやパリ子午線しごせんの決定けっていといった国家こっか的てき課題かだいを割わり当あてられた。もっとも成文せいぶんの規約きやくはしばらく存在そんざいせず、俸給ほうきゅうの等級とうきゅう(3000・1800・1200リーヴル)と定員ていいん・階層かいそうが定さだめられるのは1699年ねん1月いちがつ26日にじゅうろくにちの規約きやくによる。自弁じべんの紳士しんしたちの自由じゆうな結社けっしゃか、俸給ほうきゅうを受うける国家こっかの頭脳ずのうか。この二ふたつの型かたは今日きょうまで各国かっこくの研究けんきゅう体制たいせいに影かげを落おとしている。

    1665年ねん3月さんがつ6日むいか、王立おうりつ協会きょうかい書記しょきのヘンリー・オルデンバーグが『フィロソフィカル・トランザクションズ』を創刊そうかんした。同年どうねん1月いちがつ5日いつかにパリで出でた『ジュルナル・デ・サヴァン』に二にか月げつ遅おくれる。しかも当時とうじの英国えいこくはユリウス暦れきを用もちいていたから、この3月さんがつ6日むいかは大陸たいりくの暦こよみでは3月さんがつ16日じゅうろくにちにあたり、実際じっさいの差さはさらに10日とおか大おおきい。英国えいこくの年始ねんしが3月さんがつ25日にじゅうごにちだったため、当時とうじの表記ひょうきは「1664/65年ろくじゅうごねん3月さんがつ6日むいか」となる。どちらが先さきかという単純たんじゅんな問といさえ、暦こよみが二ふたつあれば一意いちいには答こたえられない。

    『フィロソフィカル・トランザクションズ』の初期の巻
    図ず 55『フィロソフィカル・トランザクションズ』の初期しょきの巻かん

    重要じゅうようなのは、これが協会きょうかいの公式こうしき刊行物かんこうぶつではなくオルデンバーグ個人こじんの事業じぎょうで、損益そんえきも彼かれが負おったことである。それでも機能きのうは決定的けっていてきだった。私信ししんのやりとりが、日付ひづけ入はいりで公開こうかいされる記録きろくになった。誰だれが先さきかを事後じごに確定かくていできるようになったのである。ロバート・フックが1676年ねんにばねの法則ほうそくをアナグラム ceiiinosssttuv として公表こうひょうし、1678年ねんに ut tensio sic vis(伸のびのごとく力ちからあり)と明あかしたのは、秘匿ひとくと公開こうかいのあいだの過渡的かとてきな作法さほうだった。ニュートンとライプニッツの微積分びせきぶん優先権ゆうせんけん争あらそいでは、1712年ねんに王立おうりつ協会きょうかいが調査ちょうさ委員会いいんかいを設もうけ、報告書ほうこくしょを会長かいちょうのニュートン自身じしんが起草きそうするという有様ありさまになった。優先権ゆうせんけんが制度せいどの中心ちゅうしん問題もんだいになった証拠しょうこである。

    査読さどくはこれよりずっと遅おくれて、段階的だんかいてきに成立せいりつした。エディンバラの『医学いがく論集ろんしゅう』(1731年ねん)の序文じょぶんには論文ろんぶんを会員かいいんに回覧かいらんして判断はんだんさせる旨むねの記述きじゅつがあり、王立おうりつ協会きょうかいが1752年ねんに『トランザクションズ』の財政ざいせいを引ひき受うけた際さいに論文ろんぶん委員会いいんかいを設もうけた。だがこれらは編集へんしゅう主体しゅたいによる内部ないぶ審査しんさであり、外部がいぶの匿名とくめい専門家せんもんかが採否さいひを決きめる現代げんだい型がたの査読さどくが分野ぶんやを越こえて標準ひょうじゅんになるのは20世紀にじっせいき半なかば以降いこうである。1936年ねん、アインシュタインは『フィジカル・レビュー』に送おくった論文ろんぶんが匿名とくめいの査読さどく者しゃに回まわされたことに憤慨ふんがいし、原稿げんこうを撤回てっかいして別べつ誌しに出だした。当時とうじのドイツ語ご圏けんの慣行かんこうでは、編集者へんしゅうしゃが信頼しんらいする著者ちょしゃの原稿げんこうはそのまま載のるのが普通ふつうだったからである。

    方法論ほうほうろんの側がわでは二ふたつの構想こうそうが競きそった。フランシス・ベーコンの『ノヴム・オルガヌム』(1620年ねん)は、三さん段だん論法ろんぽうではなく事実じじつの集積しゅうせきからの帰納きのうを説とき、人間にんげんが陥おちいる偏見へんけんを四よっつの「イドラ」として分類ぶんるいした。死後しご刊行かんこうの『ニュー・アトランティス』(1627年ねん)が描えがく「ソロモンの家いえ」は、実験じっけん者しゃ・記録きろく者しゃ・解釈かいしゃく者しゃに分業ぶんぎょうした研究けんきゅう機関きかんの構想こうそうで、王立おうりつ協会きょうかいの創設者そうせつしゃたちはこれをしばしば引ひき合あいに出だした。一方いっぽうデカルトの『方法ほうほう序説じょせつ』(1637年ねん)は、疑うたがいうるものを排はいして確実かくじつな出発点しゅっぱつてんから演繹えんえきする道みちを示しめし、しかもラテン語ごではなくフランス語ごで書かかれた。集あつめる方法ほうほうと、疑うたがう方法ほうほう。近代きんだい科学かがくはこの二ふたつの緊張きんちょうの上うえに立たった。

    実験じっけんがなぜ知識ちしきになるのかは、自明じめいではない。シェイピンとシャッファーは『リヴァイアサンと空気くうきポンプ』(1985年ねん)で、ボイルの空気くうきポンプ実験じっけんを素材そざいにこれを論ろんじた。装置そうちは air-pump(機械的きかいてきな抽気ちゅうき装置そうち、machina Boyleana)であって、そこに真空しんくうが生しょうじているのか否いなかこそが係争けいそう点てんだった。彼かれらの整理せいりでは、事実じじつの生産せいさんには三みっつの技術ぎじゅつが要いる。装置そうちそのもの(物質的ぶっしつてき技術ぎじゅつ)、失敗しっぱいを含ふくめて冗長じょうちょうに書かくことで読者どくしゃを「その場ばに居合いあわせた証人しょうにん」にする記述きじゅつ法ほう(文学的ぶんがくてき技術ぎじゅつ、彼かれらのいう仮想的かそうてき証言しょうげん)、そして誰だれの証言しょうげんなら信用しんようできるかを定さだめる社会的しゃかいてき規約きやくである。

    17世紀の空気ポンプの図版 ── 実験を「誰の前で」行うかが争点になった
    図ず 5617世紀じゅうななせいきの空気くうきポンプの図版ずはん ── 実験じっけんを「誰だれの前まえで」行おこなうかが争点そうてんになった

    ボイルの実験じっけんは、身分みぶんある紳士しんしの面前めんぜんで行おこなわれることによって公的こうてきな事実じじつになった。逆ぎゃくに言いえば、実験室じっけんしつは入場にゅうじょうを制限せいげんされた私的してきな空間くうかんでありながら、そこでの出来事できごとを万人ばんにんに妥当だとうするものとして通用つうようさせたのである。ホッブズはこれを二に重じゅうに攻撃こうげきした。装置そうちは漏もれており真空しんくうは示しめされていない、そもそも真空しんくうは原理げんり的てきにありえない、と技術的ぎじゅつてきに。そして、個別こべつの事実じじつをいくら積つんでも哲学てつがくが求もとめる確実かくじつな知ちには届とどかず、私的してきな集会しゅうかいが独自どくじの権威けんいを主張しゅちょうすることは内乱ないらんを経へたばかりの秩序ちつじょにとって危険きけんである、と原理げんり的てきに。両者りょうしゃの対立たいりつは自然しぜんについてであると同時どうじに、誰だれが何なにを根拠こんきょに語かたってよいかについての対立たいりつだった。同書どうしょが「知識ちしきの問題もんだいへの解決かいけつは、社会しゃかい秩序ちつじょの問題もんだいへの解決かいけつでもある」と結むすぶのはそのためである。

    言語げんごも変かわった。ガリレオは『天文てんもん対話たいわ』(1632年ねん)をイタリア語ごで、デカルトは前述ぜんじゅつのとおりフランス語ごで書かき、『トランザクションズ』は主しゅとして英語えいごで編あまれた(創刊そうかん期きにはラテン語ごの寄稿きこうや書簡しょかんの転載てんさいも併載へいさいされている)。専門家せんもんかの閉とじた共同体きょうどうたいではなく、読よみ書かきのできる公衆こうしゅうに向むけて書かくという選択せんたくである。ただし移行いこうは一様いちようではない。ニュートンの主著しゅちょもガウスの主著しゅちょもラテン語ごであり、分野ぶんやによっては19世紀じゅうきゅうせいきまでラテン語ごが残のこった。共通語きょうつうごが一ひとつ失うしなわれ、複数ふくすうの国語こくごが並立へいりつする時代じだいがしばらく続つづく。

    研究大学けんきゅうだいがくの発明はつめい ── ベルリンからアメリカへ

    開学期のベルリン大学(旧ハインリヒ王子宮)の版画
    図ず 57開学かいがく期きのベルリン大学だいがく(旧きゅうハインリヒ王子おうじ宮ぐう)の版画はんが

    18世紀じゅうはっせいきの終おわり、ヨーロッパの大学だいがくの評判ひょうばんは低ひくかった。神学しんがく・法学ほうがく・医学いがくの職業訓練しょくぎょうくんれん所しょであり、新あたらしい知ちは大学だいがくの外そとの学会がっかいやサロンで生うまれていた──もっとも、この「18世紀じゅうはっせいきの大学だいがくは衰退すいたいしていた」という像ぞうは、大学だいがくを批判ひはんした当時とうじの知識人ちしきじんの言いい分ぶんを後世こうせいが受うけ継ついだもので、近年きんねんの大学だいがく史し研究けんきゅうは修正しゅうせいを加くわえている。フランス革命かくめい政府せいふは大学だいがくを廃止はいしし、代かわりにエコール・ポリテクニク(1794年ねん)などの専門せんもん高等こうとう教育機関きょういくきかんを作つくった。研究けんきゅうは科学かがくアカデミーが、教育きょういくはグランド・ゼコールが担になう分業ぶんぎょうである。ドイツ語ご圏けんの答こたえはこれと違ちがった。ハレ(1694年ねん)やゲッティンゲン(1737年ねん開学かいがく)はすでに、蔵書ぞうしょを大規模だいきぼに整備せいびし、少人数しょうにんずうの演習えんしゅうで原典げんてんを読よませる方式ほうしきを導入どうにゅうしていた。

    1806年ねんのイエナ・アウエルシュテットの敗戦はいせんと、翌よく1807年ねん7月しちがつのティルジット条約じょうやくによって、プロイセンは領土りょうどのほぼ半分はんぶんを失うしなった。ハレ大学だいがくも国外こくがいになった。国家こっか再建さいけんの一環いっかんとして、国王こくおうフリードリヒ・ヴィルヘルム三世さんせいが1809年ねん8月はちがつ16日じゅうろくにちにベルリン大学だいがくの設立せつりつを裁可さいかし、大学だいがくは1810年ねん10月じゅうがつに256名めいの学生がくせいで開講かいこうする。ヴィルヘルム・フォン・フンボルトが内務ないむ省しょう文教ぶんきょう局きょく長ちょうを務つとめたのは1809年ねんから翌年よくねんまでの16か月げつほどで、彼かれは開学かいがく前まえに辞任じにんしている。彼かれの構想こうそうを記しるした覚書おぼえがき「ベルリンにおける高等こうとう学術がくじゅつ施設しせつの内的ないてきおよび外的がいてき組織そしきについて」は未完みかんのまま草稿そうこうに留とまり、公刊こうかんされたのは19世紀末せいきまつである。したがって「フンボルト理念りねんが1810年ねんに大学だいがくを作つくった」という語かたりは、後あとから整ととのえられた面めんが大おおきい──この点てんは研究けんきゅう史上しじょう、繰くり返かえし論争ろんそうになってきた。

    それでも理念りねんの内容ないようは明確めいかくだった。教師きょうしは既成きせいの知識ちしきを伝つたえる者ものではなく研究けんきゅうする者ものであり、学生がくせいは聴きくだけでなく研究けんきゅうに参加さんかする(研究けんきゅうと教授きょうじゅの統一とういつ)。そのためには外部がいぶの干渉かんしょうから守まもられた「孤独こどくと自由じゆう」(Einsamkeit und Freiheit)、すなわち教おしえる自由じゆうと学まなぶ自由じゆうが要いる。従来じゅうらいは下位かいに置おかれていた哲学部てつがくぶ(今日きょうでいう人文じんぶん・理学りがく)が、職業しょくぎょう学部がくぶの上位じょういに位置いちづけられた。初代しょだいの選挙せんきょによる総長そうちょうはフィヒテだった。

    理念りねんを運はこぶ器うつわになったのがゼミナールと学位がくい論文ろんぶんである。ゼミナールはもともと古典こてん文献学ぶんけんがくの教員きょういん養成ようせいの場ばで、10人じゅうにん程度ていどが原典げんてんを読よみ、各自かくじが新あたらしい読解どっかいを提出ていしゅつして批判ひはんを受うけた。ランケが1830年代ねんだいのベルリンで歴史学れきしがくに持もち込こんだとき、学生がくせいは史料しりょうそのものを扱あつかって自分じぶんの判断はんだんを述のべることを求もとめられた。同時どうじに博士論文はくしろんぶんは、古ふるい形式的けいしきてきな公開こうかい討論とうろんから、未発表みはっぴょうの新しん知見ちけんを要求ようきゅうする成果物せいかぶつへと変質へんしつした。研究者けんきゅうしゃを再生産さいせいさんする装置そうちがここで完成かんせいする。

    実験じっけん科学かがくには別べつの器うつわが要いった。ユストゥス・フォン・リービヒは1824年ねん、21歳にじゅういっさいでギーセン大学だいがくに着任ちゃくにんし、学生がくせいが自みずから手てを動うごかす実験室じっけんしつを教育きょういくの中心ちゅうしんに据すえた。決定的けっていてきだったのは1831年ねんに彼かれが考案こうあんしたカリアパラート(五ご球きゅう式しきの吸収きゅうしゅう装置そうち)で、これにより有機ゆうき化合物かごうぶつの炭素たんそ・水素すいその定量ていりょうが短時間たんじかんで確実かくじつにできるようになった。熟練じゅくれんの職人芸しょくにんげいだった分析ぶんせきが、訓練くんれん可能かのうな手続てつづきになったのである。ホフマン、ケクレ、ヴュルツらが彼かれのもとを通とおり、英米えいべいからも学生がくせいが集あつまった。ただし、ギーセンを最初さいしょから「大量たいりょう養成ようせい工場こうじょう」として構想こうそうされたものと見みる通説つうせつには、実際じっさいには研究けんきゅうのための施設しせつが結果けっかとして教育きょういく機能きのうを持もったのだ、という異論いろんがある。

    アメリカはこの制度せいどを輸入ゆにゅうした。1815年ねんにゲッティンゲンへ渡わたったティックナーやエヴァレットに始はじまり、19世紀じゅうきゅうせいきを通つうじて数千人すうせんにん規模きぼ──よく引ひかれる推計すいけいでは1万いちまん人ひと近ちかく──のアメリカ人じんがドイツの大学だいがくで学まなんだ。イェールが自前じまえの博士号はくしごうを初はじめて3人さんにんに授与じゅよしたのは1861年ねんである。そして1876年ねん、ボルティモアに開学かいがくしたジョンズ・ホプキンズ大学だいがくが、大学院だいがくいんでの研究けんきゅうを主しゅ目的もくてきとする最初さいしょの本格的ほんかくてきな研究大学けんきゅうだいがくとなった。商人しょうにんにして投資家とうしか(ボルティモア・アンド・オハイオ鉄道てつどうの大株主おおかぶぬし)だったジョンズ・ホプキンズが1873年ねんに遺のこした約やく700万まんドル──当時とうじのアメリカで最大さいだいの慈善じぜん遺贈いぞう──は、遺言ゆいごんにより大学だいがくと病院びょういんにほぼ折半せっぱんされ、大学だいがくは約やく350万まんドルの基金ききんから出発しゅっぱつした。

    初代しょだい学長がくちょうギルマンは学部がくぶ教育きょういくより大学院だいがくいんフェローシップに資源しげんを集中しゅうちゅうし、英国えいこくから数学者すうがくしゃシルヴェスターを招まねいて1878年ねんに『アメリカ数学すうがくジャーナル』を創刊そうかんした。研究けんきゅうし、学生がくせいを訓練くんれんし、雑誌ざっしを出だす──ドイツ型かたの3点さんてんセットである。なお、ホプキンズを終生しゅうせいの奴隷制どれいせい廃止論はいしろん者しゃとする大学だいがくの公式こうしき記述きじゅつは、2020年ねんに大学だいがく自身じしんの調査ちょうさによって覆くつがえされた。1850年ねんの国勢こくせい調査ちょうさは彼かれの世帯せたいに奴隷どれいとされた人々ひとびとを記録きろくしている。基金ききんの出所でどころは、制度せいどの性格せいかくと無関係むかんけいではない。

    研究し、学生を訓練し、雑誌を出す ── 三点で一組の型
    図ず 58研究けんきゅうし、学生がくせいを訓練くんれんし、雑誌ざっしを出だす ── 三さん点てんで一組ひとくみの型かた

    もう一ひとつの流ながれは公費こうひだった。1862年ねん7月しちがつ、リンカーンが署名しょめいしたモリル法ほうは、連邦れんぽう議会ぎかい議員ぎいん1人ひとり当あたり3万さんまんエーカーの公有地こうゆうちを各州かくしゅうに与あたえ、その売却益ばいきゃくえきで農学のうがくと工学こうがくを教おしえる大学だいがくを設立せつりつさせた。多おおくの州立大学しゅうりつだいがくがここから生うまれ、高等こうとう教育きょういくの対象たいしょうが階層かいそう的てきに広ひろがった。ただし配分はいぶんされた土地とちの大半たいはんは、条約じょうやくや強制きょうせい移住いじゅうによって先住民せんじゅうみんから取とり上あげられたものであり、近年きんねんの調査ちょうさは約やく1070万まんエーカー、約やく250部ぶ族ぞく、162件けんの割譲かつじょうという規模きぼで筆数ふでかずと部族ぶぞく名めいを具体的ぐたいてきに特定とくていしている。

    公有地の売却益が大学になった ── その原資がどこから来たかも、制度の一部である
    図ず 59公有地こうゆうちの売却益ばいきゃくえきが大学だいがくになった ── その原資げんしがどこから来きたかも、制度せいどの一部いちぶである

    制度せいどの成立せいりつを語かたるなら、その原資げんしも語かたられねばならない。

    恩恵おんけいの配分はいぶんにも限定げんていがあった。1862年ねん法ほうの利益りえきは白人はくじんにほぼ限かぎられており、1890年ねんの第だい二次にじモリル法ほうは、人種じんしゅを理由りゆうに入学にゅうがくを拒こばまないか、別個べっこの機関きかんを設もうけるかを州しゅうに求もとめた。後者こうしゃを選えらんだ南部なんぶ諸州しょしゅうに、黒人こくじんのための州しゅう立りつ農工のうこう大学だいがく(いわゆる1890年ねんランドグラント校こう)が生うまれる。高等こうとう教育きょういくを広ひろげた法ほうは、同時どうじに分離ぶんりを制度せいどに書かき込こんだ法ほうでもあった。1887年ねんのハッチ法ほうは農事のうじ試験場しけんじょうに連邦れんぽう資金しきんを投とうじ、州立大学しゅうりつだいがくに研究けんきゅう予算よさんが流ながれる回路かいろを作つくった。

    第だい二次にじ大戦たいせんがこの構造こうぞうを一変いっぺんさせる。ヴァネヴァー・ブッシュが率ひきいた科学かがく研究開発けんきゅうかいはつ局きょく(OSRD)は、大学だいがくの研究者けんきゅうしゃを軍ぐんに組くみ込こむのではなく、大学だいがくに契約けいやくで仕事しごとを出だす方式ほうしきをとった。MITの放射線ほうしゃせん研究所けんきゅうしょのレーダー、ペニシリンの量産りょうさん、近接きんせつ信管しんかんがその産物さんぶつである。そしてマンハッタン計画けいかくは、総額そうがくおよそ20億にじゅうおくドル、ピーク時ときに10万じゅうまん人ひと以上いじょうを動員どういんし、1945年ねん7月しちがつ16日じゅうろくにちのトリニティ実験じっけんに至いたった。区画化くかくかされた秘密ひみつ保持ほじ、産業さんぎょう規模きぼの設備せつび、軍ぐんの指揮しき系統けいとう。科学者かがくしゃは国家こっかの資源しげんであり、同時どうじに国家こっかの管理下かんりかに入はいった。広島ひろしま・長崎ながさきの後あと、多おおくの参加者さんかしゃが公開こうかい書簡しょかんや運動うんどうに転てんじたのは、その関係かんけいの重おもさを自覚じかくしたからである。

    1945年ねん7月しちがつ、ブッシュはトルーマンに報告書ほうこくしょ『科学かがく──果はてしなきフロンティア』を提出ていしゅつした(依頼いらいしたのは前年ぜんねん11月じゅういちがつのローズヴェルトで、彼かれは提出前ていしゅつまえに死去しきょしている)。基礎きそ研究けんきゅうは応用おうようの源泉げんせんであり、平時へいじにも政府せいふが大学だいがくの基礎きそ研究けんきゅうを支ささえるべきだ、という主張しゅちょうである。ただし実現じつげんは難航なんこうした。新しん機関きかんを大統領だいとうりょうが統制とうせいするか独立どくりつ理事会りじかいが統制とうせいするか、特許とっきょの帰属きぞくをどうするかで対立たいりつし、1947年ねんの法ほう案あんはトルーマンに拒否権きょひけんを行使こうしされた。

    全米ぜんべい科学かがく財団ざいだん(NSF)の設立せつりつは1950年ねん5月ごがつまで遅おくれ、初年度しょねんど(1951会計年度かいけいねんど)に議会ぎかいが認みとめたのは22万にじゅうにまん5000ドルの管理かんり運営費うんえいひだけだった。研究けんきゅう助成じょせいの予算よさんがつくのは翌年度よくねんど(約やく350万まんドル)で、最初さいしょの交付こうふは1952年ねん2月にがつである。その間かん、海軍かいぐん研究けんきゅう局きょく、原子力げんしりょく委員会いいんかい、国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょが実質的じっしつてきな資金源しきんげんとなった。なお、ブッシュの報告ほうこくに帰かえされる「基礎きそ研究けんきゅう→応用おうよう→開発かいはつ」という直線ちょくせんモデルは、報告書ほうこくしょ自体じたいの読よみ直なおしから疑問視ぎもんしされてもいる。

    ロシア・ソ連れん ── 国家こっかと科学かがくの緊張きんちょう

    ロシアの科学かがくは、社会しゃかいの内側うちがわから生はえたのではなく、上うえから移植いしょくされた。ピョートル一世いっせいは1697〜98年としの大だい使節しせつ団だんで西欧せいおうを視察しさつし、その後ごライプニッツと書簡しょかんを交かわし数かず度ど会あっている。アカデミー設立せつりつの元老げんろう院いん令れいが出でたのは1724年ねん1月いちがつ28日にじゅうはちにち(旧暦きゅうれき、新暦しんれきでは2月にがつ8日ようか)で、実際じっさいに活動かつどうが始はじまったのは翌よく1725年ねん、ピョートルの死後しごである。この機関きかんは西欧せいおうのアカデミーとひとつ違ちがっていた。ロシアには大学だいがくも中等ちゅうとう教育きょういくも整ととのっていなかったため、アカデミーに大学だいがくとギムナジウムが付属ふぞくさせられた。研究けんきゅう機関きかんが教育機関きょういくきかんを産うむという、逆向ぎゃくむきの順序じゅんじょである。

    人材じんざいは輸入ゆにゅうするほかなかった。ヨハン・ベルヌーイの息子むすこダニエルとニコラウス二世にせいが1725年ねんに招まねかれ(ニコラウスは着任ちゃくにんの翌年よくねんペテルブルクで病死びょうしする)、その縁えんで1727年ねん、20歳にじっさいのレオンハルト・オイラーがバーゼルから着ついた。彼かれは1741年ねんまでここで働はたらき、ベルリンに移うつって25年にじゅうごねんを過すごしたのち、1766年ねんに戻もどって1783年ねんに没ぼっした。晩年ばんねんはほとんど視力しりょくを失うしなっていたが、口述こうじゅつによって生産量せいさんりょうはむしろ増ふえ、その膨大ぼうだいな論文ろんぶんはアカデミーの紀要きように載のり続つづけた。ロシア人じんとしてアカデミーで重おもきをなした最初さいしょの1人ひとりはロモノーソフ(1711〜65年とし)で、彼かれは1755年ねんのモスクワ大学だいがく創設そうせつに関かかわった。移植いしょくされた制度せいどが土着どちゃく化かするまでに、およそ半はん世紀せいきかかった。

    その土壌どじょうから出でた仕事しごとは、しばしば外そとから見みえなかった。カザン大学だいがくのニコライ・ロバチェフスキーは、平行線へいこうせん公準こうじゅんを捨すてた幾何学きかがくを1826年ねんに講演こうえんし、1829〜30年としに地方ちほう誌し『カザン報知ほうち』にロシア語ごで発表はっぴょうした。首都しゅとの権威けんいオストログラツキーは否定的ひていてきな評価ひょうかを下くだし、この仕事しごとは長ながく無視むしされる。彼かれは1837年ねんにクレレ誌し(『純粋じゅんすい・応用おうよう数学すうがく雑誌ざっし』第だい17巻じゅうななかん)へフランス語ごで "Géométrie imaginaire" を、1840年ねんにはドイツ語ごで『平行線へいこうせん論ろんの幾何学きかがく的てき研究けんきゅう』を出だしたが、反応はんのうは乏とぼしいままだった。ほぼ同おなじ結論けつろんをラテン語ごで発表はっぴょうしたハンガリーのボヤイ・ヤーノシュ(1832年ねん)も黙殺もくさつされている。

    周辺しゅうへんの言語げんごと媒体ばいたいという不利ふりは確たしかにあった。だがより大おおきな障害しょうがいは、平行線へいこうせん公準こうじゅんを捨すててよいという主張しゅちょう自体じたいが受うけ取とられなかったことである。評価ひょうかが動うごくのは、ガウスが書簡しょかんでロバチェフスキーを高たかく評価ひょうかしていたことが1860年代ねんだいに公刊こうかんされ、さらにベルトラミやクラインが非ひユークリッド幾何きかにモデルと解釈かいしゃくを与あたえてからだった。周辺しゅうへん性せいと、主張しゅちょうそのものの新奇しんきさ。無視むしには二ふたつの理由りゆうがあり、後者こうしゃのほうが重おもい。制度せいどと言語げんごの非対称ひたいしょうは働はたらいていたが、それだけではなかった。

    ドミトリー・メンデレーエフの周期表しゅうきひょう(1869年ねん3月さんがつ6日むいか、新暦しんれき。ロシア化学かがく会かいで本人ほんにん不在ふざいのまま代読だいどくされた報告ほうこく)は、逆ぎゃくに世界せかいに届とどいた。届とどいた理由りゆうは表あらわそのものではなく、表ひょうが空白くうはくを残のこし、そこに入はいる未知みち元素げんその性質せいしつを数値すうちで予言よげんしたことである。エカアルミニウムは1875年ねんにガリウムとして、エカホウ素そは1879年ねんにスカンジウムとして、エカケイ素そは1886年ねんにゲルマニウムとして見みつかり、比重ひじゅうや酸化物さんかぶつの性質せいしつが予言よげんとよく合あった。ほぼ同時どうじ期きにロータル・マイヤーも類似るいじの周期しゅうき性せいに到達とうたつしているが、検証けんしょう可能かのうな予言よげんを出だしたことがメンデレーエフの位置いちを決きめた。

    革命かくめい後ご、アカデミーは廃止はいしされるどころか強化きょうかされた。1925年ねんにソ連れん科学かがくアカデミーと改称かいしょうされ、1934年ねんに本部ほんぶがモスクワへ移うつり、傘下さんかに多数たすうの研究所けんきゅうしょを抱かかえる巨大きょだい組織そしきになる。研究けんきゅうを大学だいがくではなくアカデミー附置ふち研究所けんきゅうしょに集中しゅうちゅうさせるこの構造こうぞうは、資源しげんを計画的けいかくてきに投入とうにゅうできる反面はんめん、教育きょういくと研究けんきゅうを制度せいど的てきに切きり離はなした。五ごか年ねん計画けいかくのもとで研究けんきゅう課題かだいが上うえから割わり当あてられる「計画けいかく科学かがく」が試こころみられ、成果せいかは分野ぶんやによって大おおきく異ことなった。数学すうがくと理論りろん物理学ぶつりがくは世界せかい最高さいこう水準すいじゅんの学派がくはを育そだて、確率論かくりつろんを公理こうり化かしたコルモゴロフや、体系的たいけいてきな理論りろん物理学ぶつりがくの教程きょうていを残のこしたランダウの名なが残のこる。1938年ねんに逮捕たいほされたランダウが翌年よくねん釈放しゃくほうされたのは、カピッツァがスターリン宛あてに身元みもとを引ひき受うける書簡しょかんを書かいたからだった。

    1957年ねん10月じゅうがつ4日よっか、スプートニク一いち号ごう(83.6キログラム)が軌道きどうに乗のった。設計せっけいを率ひきいたセルゲイ・コロリョフは「主任しゅにん設計せっけい者しゃ」とだけ呼よばれ、実名じつめいが公表こうひょうされたのは1966年ねんの死後しごである。彼かれは1938年ねんに逮捕たいほされてコルィマの収容しゅうよう所しょに送おくられ、のちに収容しゅうよう所しょ内ないの設計せっけい局きょくに移うつされて航空機こうくうきの仕事しごとをしていた。この「シャラーシカ」と呼よばれる獄中ごくちゅう設計せっけい局きょくは制度せいどとして運用うんようされ、1937年ねんに逮捕たいほされた航空機こうくうき設計せっけい者しゃツポレフは、収容しゅうよう下したの設計せっけい局きょくで爆撃機ばくげききTu-2を設計せっけいした。ソルジェニーツィンが『煉獄れんごくのなかで』に描えがいたマルフィノの研究所けんきゅうしょも同種どうしゅの施設しせつである。国家こっかは科学者かがくしゃを投獄とうごくしたうえで、その頭脳ずのうを使つかい続つづけた。

    生物学せいぶつがくでは、政治せいじが学問がくもんの内容ないようそのものを裁さばいた。トロフィム・ルイセンコは春化しゅんか処理しょり(低温ていおん処理しょりによる開花かいか促進そくしん)の効果こうかを誇大こだいに唱となえて1930年代ねんだいに台頭たいとうし、獲得かくとく形質けいしつの遺伝いでんを認みとめない遺伝学いでんがくを「ブルジョア的てき」と攻撃こうげきした。植物しょくぶつ遺伝いでん資源しげんの世界せかい最大級さいだいきゅうの収集しゅうしゅうを築きずいたニコライ・ヴァヴィロフは1940年ねん8月はちがつに逮捕たいほされ、翌年よくねん死刑しけい判決はんけつを受うけて減刑げんけいされたのち、1943年ねん1月いちがつ26日にじゅうろくにちにサラトフの獄中ごくちゅうで栄養失調えいようしっちょうにより死しんだ(公式こうしきの死亡しぼう記録きろくと名誉めいよ回復かいふく文書ぶんしょはジストロフィーと記しるす)。レニングラード封鎖ふうさ下したでは、彼かれの種子しゅしコレクションを守まもった職員しょくいん9名きゅうめいが、食用しょくようにできる種子しゅしに囲かこまれたまま餓死がししている。決定的けっていてきだったのは1948年ねん8月はちがつの全ぜんソ農業のうぎょう科学かがくアカデミー総会そうかいで、ここで遺伝学いでんがくは事実上じじつじょう禁きんじられ、多数たすうの研究者けんきゅうしゃが職しょくを失うしない、大学だいがくでの教育きょういくも止とまった。

    ただし被害ひがいの性質せいしつは正確せいかくに見みるべきである。個人こじんへの弾圧だんあつは分野ぶんやを選えらばなかった。1936年ねんには数学者すうがくしゃルジンが集団的しゅうだんてき糾弾きゅうだんにかけられ(ルジン事件じけん)、1937〜38年としには物理学ぶつりがく者しゃブロンシテインとシュブニコフが銃殺じゅうさつされ、ランダウも逮捕たいほされている。1949年ねんには、量子りょうし力学りきがくと相対性理論そうたいせいりろんを「観念論かんねんろん」として断罪だんざいする全ぜんソ物理学ぶつりがく会議かいぎが準備じゅんびされもした(直前ちょくぜんに中止ちゅうしされた)。生物学せいぶつがくが特異とくいだったのは、分野ぶんやの理論りろんそのものが公式こうしきに否定ひていされ、研究職けんきゅうしょくと大学だいがく教育きょういくから排除はいじょされた点てんである。核かく開発かいはつが物理学ぶつりがく者しゃを必要ひつようとしたことが、その差さの理由りゆうとしてしばしば挙あげられる。ルイセンコの権勢けんせいはスターリンの死後しごに衰おとろえ、彼かれが完全かんぜんに失脚しっきゃくするのは1964〜65年としである。国家こっかが科学かがくを強力きょうりょくに支ささえるという構図こうずと、国家こっかが科学かがくの内容ないようを決きめうるという構図こうずは、同おなじ制度せいどの表裏ひょうりだった。

    現代げんだい ── 国際化こくさいかと再編さいへん

    第だい二次にじ大戦たいせん後ご、物理学ぶつりがくは個人こじんの実験室じっけんしつに収おさまらない規模きぼになった。アルヴィン・ワインバーグが1961年ねんに「ビッグ・サイエンス」という語ごで論ろんじ、デレク・デ・ソラ・プライスが『リトル・サイエンス、ビッグ・サイエンス』(1963年ねん)で科学かがくの指数関数しすうかんすう的てき成長せいちょうを計測けいそくした通とおりである。欧州おうしゅう原子核げんしかく研究けんきゅう機構きこう(CERN)は、1953年ねんに条約じょうやくが署名しょめいされ1954年ねん9月くがつ29日にじゅうきゅうにちに発効はっこうした。原げん加盟かめい12か国こく。単独たんどくでは加速器かそくきを持もてない戦後せんごヨーロッパが、中立地ちゅうりつちに共同きょうどう施設しせつを置おき、頭脳ずのう流出りゅうしゅつを止とめるという政治的せいじてき動機どうきが背景はいけいにあった。2012年ねん7月しちがつ4日よっかにヒッグス粒子りゅうしらしき信号しんごうが公表こうひょうされたとき、2本にほんの論文ろんぶんの著者ちょしゃはそれぞれ3000人にん規模きぼに達たっしていた。誰だれが発見者はっけんしゃかという問といが、もはや意味いみをなさない形かたちで。

    欧州原子核研究機構 ── 原加盟12か国、中立地に置かれた共同施設/所蔵:CERN
    図ず 60欧州おうしゅう原子核げんしかく研究けんきゅう機構きこう ── 原げん加盟かめい12か国こく、中立地ちゅうりつちに置おかれた共同きょうどう施設しせつ/所蔵しょぞう:CERN

    国境こっきょうを越こえる観測網かんそくもうも生うまれた。1957年ねん7月しちがつから1958年ねん12月じゅうにがつまでの国際こくさい地球ちきゅう観測かんそく年ねん(IGY)には67か国こくが参加さんかし、南極なんきょく、電離層でんりそう、宇宙線うちゅうせんなどを同時どうじ観測かんそくした。スプートニクはこの枠組わくぐみのなかで打うち上あげられている。米べいソが最もっとも鋭するどく対立たいりつした時期じきに共同きょうどう観測かんそくが成立せいりつし、その延長えんちょうで1959年ねん12月じゅうにがつに南極なんきょく条約じょうやくが署名しょめいされた(発効はっこうは1961年ねん)。同時どうじに、スプートニクへの反応はんのうとしてアメリカは1958年ねんにNASAとARPA(のちのDARPA)を設もうけ、国防こくぼう教育法きょういくほうで理数りすう教育きょういくに連邦れんぽう資金しきんを投とうじた。冷戦れいせんは科学かがくの国際化こくさいかと国家こっか化かを同時どうじに加速かそくさせた。予算よさん規模きぼは象徴的しょうちょうてきで、NASAの支出ししゅつは1966年ねんに連邦れんぽう予算よさんの4%台だいに達たっし、その後ごは下さがり続つづけた。

    67か国が同じ期間に、南極・電離層・宇宙線を同時に観測した
    図ず 6167か国こくが同おなじ期間きかんに、南極なんきょく・電離層でんりそう・宇宙線うちゅうせんを同時どうじに観測かんそくした

    21世紀にじゅういっせいきに入はいって地図ちずが変かわった。中国ちゅうごくは2000年代ねんだい以降いこう、研究開発けんきゅうかいはつ投資とうしを継続的けいぞくてきかつ急速きゅうそくに増ふやし、論文ろんぶん数すうでも2010年代ねんだい後半こうはんには自然科学しぜんかがく系けいの産出量さんしゅつりょうで世界せかい最大級さいだいきゅうとなった。ただし数値すうちは年次ねんじで動うごき、どのデータベースを使つかうか、共著きょうちょをどう数かぞえるかで順位じゅんいも比率ひりつも変かわる。断定だんてい的てきな最新さいしん値ちより、傾向けいこうとして見みるのが妥当だとうである。傾向けいこうとしては、総量そうりょうだけでなく被ひ引用いんよう上位じょうい層そうの比率ひりつでも2010年代ねんだい後半こうはんから20年代にじゅうねんだいにかけて存在感そんざいかんが増ました一方いっぽう、分野ぶんやごとの偏かたよりは大おおきい。注目ちゅうもくすべきは制度せいどの側がわの動うごきで、中国ちゅうごく政府せいふは2020年ねん前後ぜんごに、論文ろんぶん数すうや掲載誌けいさいし指標しひょうに依存いぞんした評価ひょうかと論文ろんぶん1本いっぽんごとの報奨金ほうしょうきんを抑制よくせいする方針ほうしんを公式こうしきに打うち出だしている。量的りょうてき拡大かくだいの副作用ふくさようを、拡大かくだいした当事者とうじしゃが問題化もんだいかした。

    その副作用ふくさようの中心ちゅうしんにあるのが評価ひょうか指標しひょうである。ユージン・ガーフィールドは1955年ねんに引用いんよう索引さくいんの構想こうそうを発表はっぴょうし、1964年ねんに科学かがく引用いんよう索引さくいん(SCI)を実現じつげんした。雑誌ざっしのインパクトファクターは本来ほんらい、図書館としょかんが購読こうどく誌しを選えらぶための道具どうぐだった。それが研究者けんきゅうしゃ個人こじんと論文ろんぶんの価値かちの代理だいり指標しひょうに転用てんようされたとき、統計的とうけいてきな難点なんてんが露呈ろていする。ある雑誌ざっしの引用いんようは少数しょうすうの論文ろんぶんに極端きょくたんに偏かたよっており、平均値へいきんちは個々ここの論文ろんぶんをほとんど予測よそくしない。この点てんは1990年代ねんだいに繰くり返かえし指摘してきされ、サンフランシスコ研究けんきゅう評価ひょうか宣言せんげん(DORA、2013年ねん)とライデン声明せいめい(2015年ねん)という対抗たいこう規範きはんを生うんだ。図書館としょかんの選書せんしょのための比率ひりつが人事じんじと資金しきんの判断はんだん材料ざいりょうになるまでに、半はん世紀せいきとかからなかったことになる。

    流通りゅうつうと信頼性しんらいせいの側がわでも再編さいへんが進すすんだ。1991年ねんに物理学ぶつりがくのプレプリントサーバ arXiv が動うごきはじめ、2002年ねんのブダペスト・オープンアクセス提唱ていしょう、2018年ねんのプランSへと、購読こうどく料りょうに閉とざされた流通りゅうつうを開ひらく動うごきが続つづいた。ただしオープンアクセスは費用ひようを読者どくしゃから著者ちょしゃへ移うつし、論文ろんぶん掲載けいさい料りょうを払はらえるかどうかという新あたらしい非対称ひたいしょうを生うんだ。同おなじ時期じき、再現性さいげんせいの問題もんだいが表面化ひょうめんかする。2015年ねんに心理学しんりがくの100件けんの追試ついし計画けいかくが公表こうひょうされ、判定はんていの基準きじゅんによって再現さいげん率りつが36%から68%まで動うごくことが示しめされた。製薬せいやく企業きぎょうの研究者けんきゅうしゃによる同種どうしゅの報告ほうこくもあったが、対象たいしょう論文ろんぶんの一覧いちらんも生せいデータも公開こうかいされておらず、独立どくりつの検証けんしょうはできない。2023年ねんには撤回てっかい論文ろんぶんが年間ねんかん1万いちまん本ほんを超こえたと報ほうじられたが、その多おおくは特定とくていの出版社しゅっぱんしゃによる一括いっかつ撤回てっかいであり、単純たんじゅんな劣化れっかの指標しひょうとしては読よめない。

    最後さいごに言語げんごがある。英語えいごという共通語きょうつうごは、ロバチェフスキーが20年にじゅうねん待またされたような事態じたいを大幅おおはばに減へらした。世界せかいのどこの誰だれでも同おなじ雑誌ざっしを読よみ、同おなじ会議かいぎで議論ぎろんできる。だが可能かのうにしたものの裏うらで、見みえなくなったものもある。生物せいぶつ多様性たようせい保全ほぜんの文献ぶんけん調査ちょうさでは、対象たいしょう文書ぶんしょの三分さんぶんの一いち以上いじょうが英語えいご以外いがいで書かかれており、英語えいごだけを読よむ研究者けんきゅうしゃはその地域ちいき固有こゆうの知見ちけんにアクセスできない。非ひ英語えいご母語ぼご話者わしゃは同おなじ論文ろんぶんを読よむのに要ようする時間じかんも投稿とうこうの言語的げんごてきリジェクト率りつも明確めいかくに高たかい、という調査ちょうさも報告ほうこくされている。共通語きょうつうごは参加さんかの条件じょうけんであると同時どうじに、参加さんかの費用ひようでもある。ローマがギリシア語ごの知ちをラテン語ごに移うつすのに数世紀すうせいきを要ようし、その過程かていで失うしなわれたものがアラビア語ごを迂回うかいして戻もどってきたように、学問がくもんの国際化こくさいかはつねに翻訳ほんやくの損益そんえき計算けいさんを伴ともなう。制度せいどは知ちを運はこぶが、運はこばれない知ちを同時どうじに作つくり出だす。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 111 / 推すい 8 / 争そう 7

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かくキケロはギリシア哲学てつがくの概念がいねんを訳やくすためにラテン語ごの語彙ごいを新造しんぞうした(qualitas など)キケロ『アカデミカ』ほかの自作じさくについての言及げんきゅう
    • 確かくプトレマイオスとガレノスはローマ帝国ていこく下したの人物じんぶつだがギリシア語ごで著述ちょじゅつした『アルマゲスト』『解剖かいぼう手技しゅぎ』ほかの原典げんてん言語げんご
    • 確かく大だいプリニウス『博物誌はくぶつし』は全ぜん37巻さんじゅうななかん、77年ななじゅうななねんにティトゥスへ献呈けんていされた同書どうしょ序文じょぶん
    • 確かく『博物誌はくぶつし』序文じょぶんは「100人にんの著者ちょしゃの2000巻かんから2万にまんの記録きろくに値あたいする事項じこうを集あつめた」と述のべ、第一だいいち巻かんは目次もくじと典拠てんきょ一覧いちらんである同書どうしょ第一だいいち巻かん
    • 確かく大だいプリニウスは79年ななじゅうきゅうねんのウェスウィウス噴火ふんかの際さいに死しんだ小しょうプリニウス『書簡集しょかんしゅう』6.16(タキトゥス宛あて)
    • 確かくウィトルウィウス『建築けんちく十書じっしょ』はアウグストゥスに献呈けんていされ、firmitas・utilitas・venustas を建築けんちくの要件ようけんとした同書どうしょ第一だいいち書しょ三さん章しょう
    • 推すい『建築けんちく十書じっしょ』の成立せいりつは前まえ30〜前ぜん20年ねん頃ころ献呈けんてい相手あいてと内容ないようからの推定すいていで、資料しりょうにより幅はばがある
    • 確かくケルスス『医学いがく論ろん』は炎症えんしょうの四徴しちょう(rubor, calor, tumor, dolor)を定式化ていしきかした同書どうしょ第だい三さん巻かん
    • 確かく『医学いがく論ろん』は1478年ねんにフィレンツェで印刷いんさつされたインキュナブラ書誌しょし
    • 争そうケルススが職業しょくぎょう医師いしであったか著作ちょさくの構成こうせいと叙述じょじゅつ態度たいどから教養きょうようある素人しろうととみる通説つうせつ的てき推定すいていに対たいし、臨床りんしょう記述きじゅつの具体性ぐたいせいを根拠こんきょに医師いしとみる再評価さいひょうかがある
    • 確かくローマでは人体じんたい解剖かいぼうが行おこなわれず、ガレノスは主おもにバーバリーマカクやブタを解剖かいぼうしたガレノス『解剖かいぼう手技しゅぎ』
    • 確かくガレノスは公開こうかいの場ばでブタの反回はんかい神経しんけいを結紮けっさつし発声はっせいが止とまることを示しめしたガレノス『解剖かいぼう手技しゅぎ』の記述きじゅつ
    • 確かくガレノスは骨格こっかくについては人骨じんこつや露出ろしゅつした遺体いたい、剣闘士けんとうしの裂傷れっしょうを観察かんさつする機会きかいを得とくたと自みずから記しるしており、骨ほね学がくの記述きじゅつは比較的ひかくてき正確せいかくで誤あやまりは内臓ないぞう・血管系けっかんけいに集中しゅうちゅうするガレノス『骨ほねについて』『解剖かいぼう手技しゅぎ』
    • 確かく奇網(rete mirabile)の人体じんたいへの存在そんざい、心室しんしつ中隔ちゅうかくの孔あな、五葉ごようの肝臓かんぞうを説といた『身体しんたい諸しょ部分ぶぶんの用途ようとについて』ほか
    • 確かく西欧せいおうの人体じんたい解剖かいぼうは14世紀じゅうよんせいき初頭しょとうに再開さいかいし、モンディーノ・デ・リウッツィ『解剖学かいぼうがく』(1316年ねん)以降いこう、大学だいがく医学部いがくぶで恒例こうれいの公開こうかい解剖かいぼうが行おこなわれた同書どうしょおよび中世ちゅうせい大学だいがくの学則がくそく
    • 確かくヴェサリウス『ファブリカ』は1543年ねん刊かんバーゼル、オポリヌス刊本かんぽん
    • 確かく心室しんしつ中隔ちゅうかくの孔あなについて、ヴェサリウスは1543年ねん版はんでは疑問ぎもんを呈ていするにとどまり、1555年ねん第だい二に版はんで明確めいかくに否定ひていした両りょう版はんの該当がいとう箇所かしょの比較ひかく
    • 争そうガレノスの死し年ねん216年ねん頃ころとする説せつと199年ねん頃ころとする説せつがあり、アラビア語ご伝承でんしょうをどう扱あつかうかで分わかれる
    • 確かく『学説がくせつ彙纂いさん』は533年ねん12月じゅうにがつ16日じゅうろくにちに公布こうふ、同月どうげつ30日さんじゅうにちに施行しこうされた勅法ちょくほう Tanta / Δέδωκεν
    • 確かく『学説がくせつ彙纂いさん』の各かく条文じょうぶんには法学者ほうがくしゃ名めいと著作ちょさく名めいが出典しゅってんとして付ふされている同書どうしょ本文ほんぶんの形式けいしき
    • 確かくユスティニアヌス法典ほうてん群ぐんは勅法ちょくほう彙纂いさん(初版しょはん529年ねん・改訂かいてい534年ねん)、学説がくせつ彙纂いさん(533年ねん)、法学ほうがく提要ていよう(533年ねん11月じゅういちがつ21日にじゅういちにち公布こうふ)、新しん勅法ちょくほう(534年ねん以降いこう)からなり、新しん勅法ちょくほうは公式こうしきの集成しゅうせいが完成かんせいしなかった各かく構成こうせい部分ぶぶんの公布こうふ勅法ちょくほう
    • 確かく「Corpus Iuris Civilis」という総称そうしょうは16世紀じゅうろくせいきの呼称こしょうであるディオニュシウス・ゴトフレドゥス版はん(1583年ねん)
    • 確かく『学説がくせつ彙纂いさん』の編纂へんさん委員会いいんかいは原文げんぶんを削除さくじょ・置換ちかん・接合せつごうしており、この改変かいへん(インテルポラティオ)は19世紀じゅうきゅうせいき以降いこうの法ほう史学しがくの主要しゅような研究けんきゅう対象たいしょうである学説がくせつ彙纂いさん本文ほんぶんの批判的ひはんてき校訂こうていとインテルポラティオ研究けんきゅうの伝統でんとう
    • 確かく11世紀末せいきまつから12世紀じゅうにせいき初頭しょとうのボローニャで『学説がくせつ彙纂いさん』が読よみ直なおされ、イルネリウスに始はじまる註釈ちゅうしゃく学派がくはが生うまれた註釈ちゅうしゃく学派がくはの伝統でんとう
    • 推すいボローニャの「1088年ねん創立そうりつ」は1888年ねんの創立そうりつ800年ねん記念祭きねんさいにあたって遡及そきゅう的てきに定さだめられた年代ねんだいであり、「ヨーロッパ最初さいしょの大学だいがく」という順位じゅんいづけはパリとの比較ひかくで決着けっちゃくしていない記念祭きねんさい委員会いいんかいの決定けっていと、大学だいがく成立せいりつ史し(ウニウェルシタスの形成けいせい過程かてい)の研究けんきゅう
    • 確かく測量そくりょう技師ぎし(アグリメンソレス)の体系たいけい、コンクリートとアーチの構造こうぞう技術ぎじゅつ、ウァロ・コルメラの農学のうがく、前ぜん45年ねん施行しこうのユリウス暦れきは、いずれもローマで実質的じっしつてきに展開てんかいした知ちである各かく技術書ぎじゅつしょおよび暦法れきほう改革かいかくの記録きろく
    • 確かくニュートン『プリンキピア』(1687年ねん)とガウス『整数論せいすうろん研究けんきゅう』(1801年ねん)はラテン語ごで書かかれた各かく初版しょはん
    • 確かくクレモナのゲラルドゥスは1175年ねんにトレドで『アルマゲスト』のラテン語ご訳やくを完成かんせいした訳やく稿こうの奥書おくがき
    • 確かくガレノス『解剖かいぼう手技しゅぎ』の後半こうはん部ぶはギリシア語ご原典げんてんが失うしなわれ、アラビア語ご訳やくで伝つたわる現存げんそん写本しゃほんの状況じょうきょう
    • 確かく17世紀じゅうななせいき以前いぜんにも集団的しゅうだんてきに組織そしきされた知ちの営いとなみがあった(マラーゲ・サマルカンドの天文台てんもんだい、アッバース朝ちょうの翻訳ほんやく事業じぎょう、中世ちゅうせい大学だいがくの公開こうかい討論とうろん)各かく天文台てんもんだいの観測かんそく記録きろくおよび中世ちゅうせい大学だいがくの学則がくそく
    • 確かくリンチェイ・アカデミアは1603年ねんにフェデリコ・チェージらによって創設そうせつされ、ガリレオは1611年ねんに加入かにゅうした学会がっかい記録きろく
    • 確かく同どう学会がっかいはガリレオ『太陽たいよう黒点こくてん論ろん』(1613年ねん)と『偽金にせがね鑑識かんしき官かん』(1623年ねん)を刊行かんこうした各かく初版しょはんの刊かん記き
    • 確かくアカデミア・デル・チメントは1657〜67年としに活動かつどうし、『自然しぜん実験じっけん集成しゅうせい』(1667年ねん)を著者ちょしゃ名めいを出ださずに刊行かんこうした同書どうしょ
    • 確かく王立おうりつ協会きょうかいは1660年ねん11月じゅういちがつ28日にじゅうはちにちのグレシャム・カレッジでの会合かいごうに発はっし、勅許ちょっきょは1662年ねん7月しちがつ15日じゅうごにち、名称めいしょう確定かくていは1663年ねんの第だい二に勅許ちょっきょ協会きょうかいの設立せつりつ記録きろくおよび勅許ちょっきょ状じょう
    • 確かく1660年ねん11月じゅういちがつ28日にじゅうはちにちの覚書おぼえがきの文言もんごんは "a Colledge for the Promoting of Physico-Mathematicall Experimentall Learning" である同どう覚書おぼえがき
    • 確かく王立おうりつ協会きょうかいは国庫こっこからの支援しえんをほとんど受うけず、会費かいひの滞納たいのうに長ながく苦くるしんだ協会きょうかいの会計かいけい記録きろくおよび評議会ひょうぎかい記録きろく
    • 確かくフランス科学かがくアカデミーは1666年ねんにコルベールの主導しゅどうで設立せつりつされ、一部いちぶ会員かいいんは国王こくおうの年金ねんきんを受うけた。俸給ほうきゅうの等級とうきゅう(3000・1800・1200リーヴル)と定員ていいん・階層かいそうを定さだめた規約きやくは1699年ねん1月いちがつ26日にじゅうろくにち設立せつりつ時じの体制たいせいおよび1699年ねん規約きやく
    • 確かく『フィロソフィカル・トランザクションズ』は1665年ねん3月さんがつ6日むいか創刊そうかん、オルデンバーグの個人こじん事業じぎょうだった創刊号そうかんごうおよび協会きょうかい史し
    • 確かく『ジュルナル・デ・サヴァン』は1665年ねん1月いちがつ5日いつかに創刊そうかんされた創刊号そうかんごう
    • 確かく当時とうじの英国えいこくはユリウス暦れきを用もちい年始ねんしが3月さんがつ25日にじゅうごにちだったため、『トランザクションズ』創刊そうかん日ひは大陸たいりくの暦こよみでは3月さんがつ16日じゅうろくにち、当時とうじの表記ひょうきでは「1664/65年ろくじゅうごねん3月さんがつ6日むいか」となる英国えいこくの暦こよみ制せい(グレゴリオ暦れき採用さいようは1752年ねん)
    • 確かくフックは1676年ねんにばねの法則ほうそくをアナグラムで公表こうひょうし、1678年ねんに ut tensio sic vis と明あかした『太陽たいよう望遠鏡ぼうえんきょうについて』および『復元力ふくげんりょくについて』
    • 確かく微積分びせきぶん優先権ゆうせんけんをめぐり王立おうりつ協会きょうかいは1712年ねんに委員会いいんかいを設もうけ、その報告ほうこくをニュートン自身じしんが起草きそうしたCommercium Epistolicum(1713年ねん)の成立せいりつ事情じじょう
    • 確かく王立おうりつ協会きょうかいは1752年ねんに同誌どうしの刊行かんこう責任せきにんを引ひき受うけ、論文ろんぶん委員会いいんかいを設もうけた協会きょうかい評議会ひょうぎかい記録きろく
    • 確かくエディンバラ『医学いがく論集ろんしゅう』(1731年ねん)の序文じょぶんは、原稿げんこうを会員かいいんに回覧かいらんする手続てつづきを記しるしている同書どうしょ序文じょぶん
    • 推すい外部がいぶ査読さどくが分野ぶんや横断おうだん的てきに標準化ひょうじゅんかするのは20世紀にじっせいき半なかば以降いこう主要しゅよう誌しの運用うんよう開始時期かいしじきの集積しゅうせきからの評価ひょうか。誌しごとの年次ねんじには異説いせつがある
    • 確かくアインシュタインは1936年ねんに『フィジカル・レビュー』へ送おくった論文ろんぶんが査読さどくに回まわされたことに抗議こうぎし、撤回てっかいした同誌どうし編集部へんしゅうぶとの往復おうふく書簡しょかん(1937年ねんに Journal of the Franklin Institute へ発表はっぴょう)
    • 確かくベーコン『ノヴム・オルガヌム』は1620年ねん刊かん、『ニュー・アトランティス』は死後しごの1627年ねん刊かん各かく初版しょはん
    • 確かくデカルト『方法ほうほう序説じょせつ』(1637年ねん)はフランス語ごで書かかれた初版しょはん
    • 確かくシェイピン゠シャッファー『リヴァイアサンと空気くうきポンプ』(1985年ねん)は、ボイルの空気くうきポンプ(air-pump, machina Boyleana)をめぐる論争ろんそうを素材そざいに、事実じじつの生産せいさんを物質的ぶっしつてき・文学的ぶんがくてき・社会的しゃかいてき技術ぎじゅつの三さん層そうで分析ぶんせきし「仮想的かそうてき証言しょうげん」概念がいねんを提出ていしゅつした。同書どうしょの眼目がんもくは、入場にゅうじょうを制限せいげんされた私的してき空間くうかんで得とくられた事実じじつが公共こうきょう的てきな事実じじつとして通用つうようする作法さほうの分析ぶんせきにある同書どうしょ
    • 確かくホッブズはボイル批判ひはんにおいて、装置そうちの気密きみつの不完全ふかんぜんさ、真空しんくうの原理げんり的てき不可能ふかのう性せい、実験的じっけんてき事実じじつからは哲学的てつがくてき確実性かくじつせいが得とくられないことの3点さんてんを挙あげたホッブズ『物体ぶったい論ろん』『自然学しぜんがく対話たいわ』
    • 争そう実験的じっけんてき事実じじつが社会的しゃかいてき合意ごういに依存いぞんする程度ていど構成こうせい主義しゅぎ的てき説明せつめいと、実験じっけんの物質的ぶっしつてき拘束力こうそくりょくを強調きょうちょうする立場たちばが対立たいりつする
    • 確かくガリレオ『天文てんもん対話たいわ』(1632年ねん)はイタリア語ごで書かかれた初版しょはん
    • 確かく『フィロソフィカル・トランザクションズ』創刊そうかん期きは主しゅとして英語えいごだが、ラテン語ごの寄稿きこうや書簡しょかんの転載てんさいも併載へいさいされた創刊そうかん期き各号かくごう
    • 確かくエコール・ポリテクニクは1794年ねんに設立せつりつされた設立せつりつ法令ほうれい
    • 確かくハレ大学だいがくは1694年ねんに設立せつりつされた設立せつりつ勅許ちょっきょ
    • 確かくゲッティンゲン大学だいがくは1737年ねんに開学かいがくし、大規模だいきぼ図書館としょかんとゼミナールを整ととのえた大学だいがく史し
    • 争そう「18世紀じゅうはっせいきのヨーロッパの大学だいがくは衰退すいたいしていた」という像ぞう啓蒙けいもう期きの大学だいがく批判ひはんを引ひき継つぐ通説つうせつに対たいし、近年きんねんの大学だいがく史し研究けんきゅう(ターナー、ハンマーシュタインら)は修正しゅうせいを加くわえている
    • 確かくプロイセンは1806年ねんのイエナ・アウエルシュテットの敗戦はいせんと1807年ねん7月しちがつのティルジット条約じょうやくにより領土りょうどのほぼ半分はんぶんを失うしない、ハレは国外こくがいとなった講和こうわ条約じょうやくの領土りょうど条項じょうこう
    • 確かくベルリン大学だいがくの設立せつりつは1809年ねん8月はちがつ16日じゅうろくにちの国王こくおうフリードリヒ・ヴィルヘルム三世さんせいの裁可さいかにより決きまり、開講かいこうは1810年ねん10月じゅうがつ(学生がくせい256名めい)であるプロイセン王おうの設立せつりつ文書ぶんしょおよび大学だいがく記録きろく
    • 確かくフンボルトが文教ぶんきょう局きょく長ちょうを務つとめたのは1809〜10年としのおよそ16か月げつで、開学かいがく前まえに辞任じにんしたプロイセン内務ないむ省しょうの人事記録じんじきろく
    • 確かくフンボルトのベルリン高等こうとう学術がくじゅつ施設しせつに関かんする覚書おぼえがきは未完みかんの草稿そうこうで、公刊こうかんは19世紀末せいきまつである遺稿いこうの刊行かんこう事情じじょう
    • 争そう「フンボルト理念りねん」が1810年ねんの大学だいがくを実際じっさいに規定きていしたか後世こうせい(1900年ねん前後ぜんご)の構築こうちくとみる立場たちば(シェルスキー、パレチェク、アッシュら)と、理念りねんの連続れんぞく性せいを認みとめる立場たちばが対立たいりつする
    • 確かくフィヒテはベルリン大学だいがくの最初さいしょの選挙せんきょによる総長そうちょうとなった(初代しょだい総長そうちょうはシュマルツ)大学だいがく史し
    • 確かくランケは1830年代ねんだいのベルリンで歴史学れきしがくのゼミナールを制度せいど化かし、学生がくせいに史料しりょうの直接ちょくせつの取とり扱あつかいを求もとめたベルリン大学だいがくの演習えんしゅう記録きろく
    • 確かくリービヒは1824年ねんに21歳にじゅういっさいでギーセン大学だいがくの員外いんがい教授きょうじゅとなり(正せい教授きょうじゅは1825年ねん)、1831年ねんにカリアパラート(五ご球きゅう式しき吸収きゅうしゅう装置そうち)を考案こうあんしたギーセン大学だいがく人事記録じんじきろくおよび有機ゆうき元素げんそ分析ぶんせき法ほうの史料しりょう
    • 争そうギーセンの実験室じっけんしつが当初とうしょから大量たいりょう教育きょういくモデルとして構想こうそうされたか教育きょういく装置そうちとみる通説つうせつに対たいし、研究けんきゅう施設しせつが結果的けっかてきに教育きょういく機能きのうを得とくたとする見直みなおしがある
    • 確かくエヴァレットは1817年ねんにゲッティンゲンで学位がくいを得とくたアメリカ人じんである学位がくい記録きろく
    • 推すい19世紀じゅうきゅうせいきを通つうじてドイツの大学だいがくで学まなんだアメリカ人じんはおよそ1万いちまん人ひと規模きぼ各かく大学だいがくの登録とうろく簿ぼからの推計すいけいで、数かぞえ方かたにより幅はばがある
    • 確かくイェール大学だいがくは1861年ねんにアメリカ最初さいしょの博士号はくしごうを3名さんめいに授与じゅよした大学だいがく記録きろく
    • 確かくジョンズ・ホプキンズ大学だいがくは1876年ねんに開学かいがくし、初代しょだい学長がくちょうはギルマン。原資げんしは1873年ねんのホプキンズの遺贈いぞう総額そうがく約やく700万まんドルのうち大学だいがくに配分はいぶんされた約やく半額はんがく(約やく350万まんドル)である遺言ゆいごん書しょおよび大学だいがく史し
    • 確かくシルヴェスターは同どう大学だいがくで1878年ねんに『アメリカ数学すうがくジャーナル』を創刊そうかんした同誌どうし創刊号そうかんごう
    • 確かくホプキンズを終生しゅうせいの奴隷制どれいせい廃止論はいしろん者しゃとする大学だいがくの公式こうしき記述きじゅつは2020年ねんの大学だいがく自身じしんの調査ちょうさで覆くつがえされ、1850年ねんの国勢こくせい調査ちょうさに彼かれの世帯せたいの奴隷どれいとされた人々ひとびとが記録きろくされているジョンズ・ホプキンズ大学だいがく Hard Histories プロジェクトの公表こうひょう資料しりょうおよび国勢こくせい調査ちょうさ原簿げんぼ
    • 確かくモリル法ほうは1862年ねん7月しちがつ2日ふつかに成立せいりつし、連邦れんぽう議員ぎいん1人ひとり当あたり3万さんまんエーカーの公有地こうゆうちを州しゅうに配分はいぶんした同法どうほう条文じょうぶん
    • 確かくモリル法ほうの配分はいぶん地ちの多おおくは条約じょうやくや強制きょうせい移住いじゅうで先住民せんじゅうみんから取得しゅとくされた土地とちで、約やく1070万まんエーカー、約やく250部ぶ族ぞく、162件けんの割譲かつじょうにわたるLee & Ahtone, "Land-Grab Universities", High Country News(2020年ねん)
    • 確かく1890年ねんの第だい二次にじモリル法ほうは、人種じんしゅによる入学にゅうがく拒否きょひをしないか別個べっこの機関きかんを設もうけるかを州しゅうに求もとめ、後者こうしゃから黒人こくじんのための州しゅう立りつ農工のうこう大学だいがくが生うまれた同法どうほう条文じょうぶんおよび該当がいとう校こうの設立せつりつ記録きろく
    • 確かくハッチ法ほう(1887年ねん)は農事のうじ試験場しけんじょうに連邦れんぽう資金しきんを投とうじた同法どうほう条文じょうぶん
    • 確かくマンハッタン計画けいかくは総額そうがく約やく20億にじゅうおくドルを費ついやし、ピーク時ときに10万じゅうまん人ひと以上いじょうを動員どういんし、1945年ねん7月しちがつ16日じゅうろくにちにトリニティ実験じっけんを行おこなった米こめ政府せいふの事後じご公表こうひょう資料しりょう
    • 確かくヴァネヴァー・ブッシュ『科学かがく果はてしなきフロンティア』は1945年ねん7月しちがつにトルーマンへ提出ていしゅつされた(依頼いらいは1944年ねん11月じゅういちがつのローズヴェルト) ── 報告書ほうこくしょの書簡しょかん部ぶ
    • 確かく1947年ねんの科学かがく財団ざいだん法ほう案あんはトルーマンの拒否権きょひけんにより成立せいりつせず、NSFの設立せつりつは1950年ねん5月ごがつ立法りっぽう記録きろく
    • 確かくNSFの1951会計年度かいけいねんどの充当額じゅうとうがくは22万にじゅうにまん5000ドルで管理かんり運営費うんえいひのみ。研究けんきゅう助成じょせいの予算よさんは1952会計年度かいけいねんど(約やく350万まんドル)からで、最初さいしょの交付こうふは1952年ねん2月にがつであるNSFの充当額じゅうとうがく履歴りれきおよび事業じぎょう記録きろく
    • 争そうブッシュ報告ほうこくに「直線ちょくせんモデル」を帰属きぞくさせること通説つうせつに対たいし、報告書ほうこくしょ自体じたいにはその図式ずしきがないとする科学かがく政策せいさく史しの再読さいどくがある
    • 確かくペテルブルク科学かがくアカデミー設立せつりつの元老げんろう院いん令れいは1724年ねん1月いちがつ28日にじゅうはちにち(旧暦きゅうれき)付ふで、活動かつどう開始かいしは1725年ねんアカデミー設立せつりつ文書ぶんしょ
    • 確かくピョートル一世いっせいはライプニッツと書簡しょかんを交かわし複数回ふくすうかい会見かいけんしたライプニッツ書簡集しょかんしゅう
    • 確かくペテルブルクに招まねかれたのはヨハン・ベルヌーイの息子むすこダニエルとニコラウス二世にせい(1725年ねん着任ちゃくにん、ニコラウスは翌年よくねんペテルブルクで没ぼつ)であるアカデミー招聘しょうへい記録きろく
    • 確かくオイラーは1727年ねんにペテルブルクに着任ちゃくにんし、1741〜66年としをベルリンで過すごし、1766年ねんに戻もどって1783年ねんに没ぼっした伝記でんきおよび学士がくし院いん記録きろく
    • 確かくロモノーソフは1755年ねんのモスクワ大学だいがく創設そうせつに関与かんよした大学だいがく設立せつりつ文書ぶんしょ
    • 確かくロバチェフスキーは1826年ねんに非ひユークリッド幾何きかを講演こうえんし、1829〜30年としに『カザン報知ほうち』にロシア語ごで発表はっぴょうした同誌どうし
    • 確かくロバチェフスキーは1837年ねんにクレレ誌し第だい17巻じゅうななかんへフランス語ごで "Géométrie imaginaire" を、1840年ねんにドイツ語ごで『平行線へいこうせん論ろんの幾何学きかがく的てき研究けんきゅう』を発表はっぴょうした各誌かくし・各書かくしょ
    • 確かくボヤイ・ヤーノシュは1832年ねんにラテン語ごで同種どうしゅの結論けつろんを発表はっぴょうしたが黙殺もくさつされた『付録ふろく』(父ちちボヤイ・ファルカシュ『テンタメン』所収しょしゅう)
    • 推すいロバチェフスキーの仕事しごとが長ながく無視むしされた主因しゅいんは、周辺しゅうへんの言語げんご・媒体ばいたいという不利ふりよりも、平行線へいこうせん公準こうじゅんを捨すてるという主張しゅちょう自体じたいへの抵抗ていこうである中心ちゅうしんの言語げんご・媒体ばいたい(クレレ誌し、ドイツ語ご単行本たんこうぼん)でも反応はんのうが乏とぼしかったこと、ラテン語ごで発表はっぴょうしたボヤイも同様どうようだったことからの評価ひょうか
    • 確かく評価ひょうかが動うごいたのは、ガウスの書簡しょかんが1860年代ねんだいに公刊こうかんされ、ベルトラミやクラインがモデルと解釈かいしゃくを与あたえて以降いこうであるガウス書簡集しょかんしゅうの刊行かんこう事情じじょうおよびベルトラミ(1868年ねん)・クラインの論文ろんぶん
    • 確かくメンデレーエフの周期律しゅうきりつは1869年ねん3月さんがつ6日むいか(新暦しんれき、旧暦きゅうれき2月にがつ18日じゅうはちにち)にロシア化学かがく会かいで本人ほんにん不在ふざいのまま代読だいどくされた同会どうかい記録きろく
    • 確かくエカアルミニウム=ガリウム(1875年ねん)、エカホウ素そ=スカンジウム(1879年ねん)、エカケイ素そ=ゲルマニウム(1886年ねん)各かく元素げんその発見はっけん報告ほうこく
    • 確かくロータル・マイヤーもほぼ同時どうじ期きに周期しゅうき性せいに到達とうたつしていた1870年ねんの論文ろんぶん
    • 確かくソ連れん科学かがくアカデミーへの改称かいしょうは1925年ねん、本部ほんぶのモスクワ移転いてんは1934年ねんアカデミー史し
    • 確かくソ連れんの数学すうがく・理論りろん物理学ぶつりがくは国際的こくさいてき水準すいじゅんの学派がくはを形成けいせいし、コルモゴロフは確率論かくりつろんの公理こうり化か(1933年ねん)を、ランダウは理論りろん物理学ぶつりがく教程きょうていを残のこした各かく著作ちょさく
    • 確かくランダウは1938年ねんに逮捕たいほされ、カピッツァのスターリン宛あて書簡しょかんを経へて翌年よくねん釈放しゃくほうされた公開こうかいされたソ連れん公文こうぶん書しょ
    • 確かくスプートニク一いち号ごうは1957年ねん10月じゅうがつ4日よっかに打うち上あげられ、質量しつりょうは83.6キログラム打うち上あげ記録きろく
    • 確かくコロリョフの実名じつめいは1966年ねんの死後しごまで公表こうひょうされず、彼かれは1938年ねんに逮捕たいほされ収容しゅうよう所しょを経へて獄中ごくちゅう設計せっけい局きょくに移うつされたソ連れん公文こうぶん書しょおよび伝記でんき
    • 確かくツポレフは1937年ねんに逮捕たいほされ、獄中ごくちゅう設計せっけい局きょくでTu-2を設計せっけいした設計せっけい局きょく史し
    • 確かくソルジェニーツィン『煉獄れんごくのなかで』の舞台ぶたいマルフィノは獄中ごくちゅうの研究けんきゅう設計せっけい施設しせつ(シャラーシカ)である同作どうさくおよび著者ちょしゃ自身じしんの服役ふくえき記録きろく
    • 確かくルイセンコは春化しゅんか処理しょりの効果こうかを掲かかげて1930年代ねんだいに台頭たいとうし、メンデル遺伝学いでんがくを「ブルジョア的てき」と攻撃こうげきした同時どうじ代だいの農学のうがく誌しおよび総会そうかい速記録そっきろく
    • 確かくヴァヴィロフは1940年ねん8月はちがつに逮捕たいほされ、1943年ねん1月いちがつ26日にじゅうろくにちにサラトフの獄中ごくちゅうで栄養失調えいようしっちょうにより死亡しぼうした(公式こうしき記録きろく・名誉めいよ回復かいふく文書ぶんしょはジストロフィーと記しるす)ソ連れん公文こうぶん書しょ、名誉めいよ回復かいふく文書ぶんしょ
    • 確かくレニングラード封鎖ふうさ下したで、種子しゅしコレクションを守まもった全ぜんソ植物しょくぶつ栽培さいばい研究所けんきゅうしょ(VIR)職員しょくいん9名きゅうめいが餓死がしした同どう研究所けんきゅうしょの記録きろく
    • 確かく1948年ねん8月はちがつの全ぜんソ農業のうぎょう科学かがくアカデミー総会そうかいで遺伝学いでんがくは否定ひていされ、研究けんきゅう・教育きょういくが停止ていしされた総会そうかい速記録そっきろく
    • 確かく物理学ぶつりがく・数学すうがくでも個人こじんへの弾圧だんあつはあった。1936年ねんのルジン事件じけん、1937〜38年としのブロンシテインとシュブニコフの銃殺じゅうさつ、1949年ねんに準備じゅんびされ直前ちょくぜんに中止ちゅうしされた全ぜんソ物理学ぶつりがく会議かいぎがその例れいであるソ連れん公文こうぶん書しょ、アカデミー記録きろく、会議かいぎ準備じゅんび文書ぶんしょ
    • 推すい分野ぶんやの理論りろんそのものの公式こうしき否定ひていと教育きょういくからの排除はいじょに至いたったのは遺伝学いでんがくのみで、物理学ぶつりがく・数学すうがくでは個人こじんへの弾圧だんあつはあっても理論りろんの公式こうしき否定ひていには至いたらなかった分野ぶんや別べつの人事じんじ・刊行かんこう状況じょうきょうおよび1949年ねんの物理学ぶつりがく会議かいぎ中止ちゅうしの経緯けいいからの評価ひょうか
    • 確かくルイセンコが完全かんぜんに失脚しっきゃくしたのは1964〜65年としであるアカデミーの人事記録じんじきろく
    • 確かくワインバーグは1961年ねんに「ビッグ・サイエンス」を論ろんじ、プライス『リトル・サイエンス、ビッグ・サイエンス』は1963年ねん刊かんであるWeinberg, Science 134 (1961) および Price(1963年ねん)
    • 確かくCERN条約じょうやくは1953年ねん署名しょめい、1954年ねん9月くがつ29日にじゅうきゅうにち発効はっこう、原げん加盟かめい12か国こく条約じょうやく文書ぶんしょ
    • 確かくヒッグス粒子りゅうしの発見はっけん発表はっぴょうは2012年ねん7月しちがつ4日よっかで、論文ろんぶんの著者ちょしゃは各かく3000人にん規模きぼATLAS/CMS両論りょうろん文ぶん
    • 確かく国際こくさい地球ちきゅう観測かんそく年ねんは1957年ねん7月しちがつ〜1958年ねん12月じゅうにがつ、67か国こくが参加さんかし、スプートニク一いち号ごうはこの枠組わくぐみのなかで打うち上あげられたICSU記録きろくおよびソ連れんのIGY計画けいかく文書ぶんしょ
    • 確かく南極なんきょく条約じょうやくは1959年ねん12月じゅうにがつ署名しょめい、1961年ねん発効はっこう条約じょうやく文書ぶんしょ
    • 確かくアメリカは1958年ねんにNASAとARPAを設立せつりつし、国防こくぼう教育法きょういくほうを制定せいていした各かく設立せつりつ法ほう
    • 確かくNASA予算よさんは1966年ねんに連邦れんぽう予算よさんの4%台だいに達たっした米こめ連邦れんぽう予算よさん統計とうけい
    • 推すい中国ちゅうごくは2010年代ねんだい後半こうはんに自然科学しぜんかがく系けい論文ろんぶんの産出量さんしゅつりょうで世界せかい最大級さいだいきゅうになった複数ふくすうの指標しひょう機関きかんの集計しゅうけい。データベースと計数けいすう法ほうにより順位じゅんい・年次ねんじが動うごく
    • 確かく中国ちゅうごく政府せいふは2020年ねん前後ぜんごに、論文ろんぶん数すう・掲載誌けいさいし指標しひょう偏重へんちょうの評価ひょうかと論文ろんぶん報奨金ほうしょうきんを抑制よくせいする方針ほうしん文書ぶんしょを出だした科学技術かがくぎじゅつ部ぶ・教育部きょういくぶの通知つうち
    • 確かくガーフィールドは1955年ねんに引用いんよう索引さくいんを提唱ていしょうし、1964年ねんにSCIを実現じつげんしたGarfield, Science 122 (1955) および SCI の刊行かんこう
    • 確かく雑誌ざっしの被ひ引用いんようは少数しょうすうの論文ろんぶんに強つよく偏かたより、インパクトファクターは個別こべつ論文ろんぶんの被ひ引用いんようをほとんど予測よそくしないSeglen, P. O., "Why the impact factor of journals should not be used for evaluating research", BMJ 314 (1997)
    • 確かくDORAは2012年ねん起草きそう・2013年ねん公表こうひょう、ライデン声明せいめいは2015年ねん各かく宣言せんげん文ぶん
    • 確かくarXivは1991年ねんに開始かいし、ブダペスト・オープンアクセス提唱ていしょうは2002年ねん、プランSは2018年ねん発表はっぴょう各かく一次いちじ資料しりょう
    • 確かく製薬せいやく企業きぎょうの研究者けんきゅうしゃが、がん研究けんきゅうの重要じゅうよう論文ろんぶん53本ごじゅうさんぼんのうち社内しゃないで確認かくにんできたのは6本ろっぽんと報告ほうこくした(2012年ねん)。対象たいしょう論文ろんぶんの一覧いちらんも生せいデータも公開こうかいされておらず、独立どくりつの検証けんしょうはできないBegley & Ellis, Nature 483 (2012), 531-533
    • 確かく心理学しんりがくの100件けんの追試ついし計画けいかく(2015年ねん)では、判定基準はんていきじゅんにより再現さいげん率りつが動うごく。有意ゆうい性せいで36%、原著げんちょと追試ついしを統合とうごうした場合ばあいで68%であるOpen Science Collaboration, Science 349 (2015)
    • 確かく2023年ねんの撤回てっかい論文ろんぶんは年間ねんかん1万いちまん本ほんを超こえたと報ほうじられ、その多おおくは特定とくてい出版社しゅっぱんしゃによる一括いっかつ撤回てっかいだった同年どうねん末まつの学術がくじゅつ報道ほうどうおよび撤回てっかい追跡ついせきデータ
    • 確かく生物せいぶつ多様性たようせい保全ほぜんの文献ぶんけんの35.6%が英語えいご以外いがいの言語げんごで書かかれているAmano et al., PLoS Biology 14 (2016)
    • 推すい非ひ英語えいご母語ぼご話者わしゃは論文ろんぶんの読解どっかい・執筆しっぴつに要ようする時間じかんおよび言語げんごを理由りゆうとする不ふ採択さいたく率りつが有意ゆういに高たかいAmano et al., PLoS Biology 21 (2023)。自己申告じこしんこくに基もとづくため数値すうちには幅はばがある
    源六げんろく

    源流げんりゅう ── 知ちはどこで生うまれたか

    知ちの道具どうぐ(知的工具 / The Tools of Knowledge)

    数かぞえる ── 記数法きすうほうの三みっつの原理げんりと、ゼロという第だい四よんの発明はつめい

    記数法の四つの型 ── 同じ数を書き分ける加算的エジプト・ローマ数字MMXXVI記号を足し合わせる。位置に意味はない×乗算的漢数字二千二十六数詞と位の名を掛け合わせる。位の名が要る△位取り(60)バビロニア33 ; 46位置が桁。空位のしるしは後から加わった○位取り(10)インド由来2026位置が桁。ゼロが数として働く◎桁の位置が意味を持つか2026 という数を、四つの型でゼロには三つの顔がある ── 空位のしるし、数そのもの、そして計算の対象。この三つが揃うまでに千年以上かかった。
    図ず 62同おなじ数かずを四よっつの型かたで書かく。下したへゆくほど記号きごうが減へり、計算けいさんがしやすくなる。ゼロには空位くういのしるし・数かずそのもの・計算けいさんの対象たいしょうという三みっつの顔かおがある。
    加算・乗算・位取り、そして空位を書く記号という第四の発明
    図ず 63加算かさん・乗算じょうざん・位取くらいどり、そして空位くういを書かく記号きごうという第だい四よんの発明はつめい

    数詞すうしと記数法きすうほうは別べつの発明はつめいである。数詞すうしは話はなし言葉ことばのなかの語ごであり、記数法きすうほうは数かずを書かきとめる規約きやくである。両者りょうしゃはしばしば食くい違ちがう。フランス語ごの80は「四よっつの20」と言いうが、そう書かくわけではない。独立どくりつした数詞すうしが一いち・二に・多たの三さん段階だんかいしかない言語げんごもあるが、数かぞえる能力のうりょくの欠如けつじょを意味いみしない ── 対応たいおうづけや刻きざみ目めによる計数けいすうは語彙ごいとは別べつに働はたらく。学問がくもんの道具どうぐとして問題もんだいになるのは、話はなし言葉ことばの数詞すうしよりも、紙かみや粘土ねんどの上うえでどう並ならべるかのほうである。

    最もっとも素朴そぼくな規約きやくは加算かさん的てきである。記号きごうに固有こゆうの値あたいを与あたえ、並ならんだ値あたいをすべて足たす。エジプトの聖刻せいこく数字すうじは1・10・100……にそれぞれ別べつの絵え記号きごうを割わり当あて、必要ひつような数かずだけ繰くり返かえした。243なら100の記号きごうを2つ、10の記号きごうを4つ、1の記号きごうを3つ並ならべる。並ならび順じゅんが意味いみを持もたないため書かき崩くずしに強つよい反面はんめん、大おおきな数かずほど記号きごうが増ふえ、桁けたごとの機械的きかいてきな手続てつづきを定義ていぎできない。ローマ数字すうじも出発点しゅっぱつてんは同おなじだが、後あとに減算げんざん則そくを取とり込こんだため、IVは四よん、VIは六ろくというように並ならび順じゅんが値あたいを左右さゆうする点てんで、純粋じゅんすいな加算かさん的てき体系たいけいからは外はずれた。古典こてん期きには四よんをIIIIと書かく形かたちが優勢ゆうせいで、減算げんざん則そくの使用しようはまだ散発さんぱつ的てきだった。

    第だい二にの工夫くふうが乗算じょうざん的てきな組くみ合あわせである。漢数字かんすうじの「三百二十四さんひゃくにじゅうよん」は、三さんと百ひゃくを掛かけ、二にと十じゅうを掛かけ、四よんを足たす構造こうぞうを持もつ。位くらいの名なを明示めいじするので、4005は日本語にほんごの漢数字かんすうじなら「四千五よんせんご」で済すむ。もっとも中国語ちゅうごくごでは内部ないぶの空位くういに「零れい」を挟はさんで「四千零五よんせんれいご」とするのが規範きはんであり、乗算じょうざん的てきな体系たいけいだから空位くういのしるしが要いらない、とまでは言いえない。いずれにせよ桁けたが名前なまえで指定していされるため、位置いちだけを頼たよりに桁けたをずらす筆算ひっさんにはなじまない。

    第だい三さんが位取くらいどりである。同おなじ記号きごうでも、置おかれた位置いちによって値あたいが変かわる。バビロニアは前ぜん2000年紀ねんきの初はじめごろまでに六十進ろくじっしんの位取くらいどりを完成かんせいさせ、縦棒たてぼうと山形やまがたの2種にしゅの楔くさびだけで任意にんいの大おおきさの数かずを書かいた。マヤは点てんと横棒よこぼうによる二十にじゅう進しんの位取くらいどりを用もちいたが、暦こよみの長期ちょうき計数けいすうでは第だい三さん位いが20倍にじゅうばいでなく18倍じゅうはちばいになる変則へんそくを含ふくむ ── 1年いちねんを360日にちに近ちかづけるための妥協だきょうである。中国ちゅうごくでは算木さんぎを升目ますめに並ならべる形かたちで十進じっしんの位取くらいどりが早はやくから機能きのうしており、空位くういは升目ますめの空白くうはくがそのまま担になった。そしてインドで、九きゅう個この記号きごうと空位くういのしるしによる十進位取じっしんくらいどりりが、書かかれる数かずとして成立せいりつした。これらは互たがいに独立どくりつの発明はつめいと考かんがえられている。中国ちゅうごくの数学すうがくが高度こうどな計算けいさんを実現じつげんしたのは漢数字かんすうじによってではなく算木さんぎの盤面ばんめんによるのであって、書かく数かずと計算けいさんする数かずは分業ぶんぎょうしていた。

    算木と算盤 ── 位を空間で表す道具
    図ず 64算木さんぎと算盤そろばん ── 位くらいを空間くうかんで表あらわす道具どうぐ

    位取くらいどりが決定的けっていてきだったのは、計算けいさんを局所きょくしょ的てきな手続てつづきに分解ぶんかいできるからである。加算かさんは右みぎの桁けたから順じゅんに足たして繰くり上あがりを左ひだりへ送おくるだけで、桁数けたすうが増ふえても手続てつづきは同おなじ反復はんぷくになる。意味いみを考かんがえずに規則きそくを適用てきようすれば答こたえが出でる。もっとも、手順てじゅんを反復はんぷくして答こたえに至いたるという発想はっそうそのものは位取くらいどりに先立さきだつ。バビロニアの手順てじゅん文書ぶんしょにも、『九きゅう章しょう算術さんじゅつ』の各かく「術じゅつ」にも、それは既すでにある。位取くらいどりが新あらたに与あたえたのは、手順てじゅんを桁けたという単位たんいに分解ぶんかいし、誰だれの手てでも同おなじ形かたちで反復はんぷくできる筆算ひっさんの形式けいしきのほうである。ローマ人じんが計算けいさんできなかったわけでもない。彼かれらは溝みぞに玉たまを並ならべる計算板けいさんばんで計算けいさんし、ローマ数字すうじは結果けっかを記録きろくする表記ひょうきだった。位取くらいどりが変かえたのは計算けいさんの可否かひではなく、計算けいさんを紙かみの上うえで誰だれでも追跡ついせきし検算けんざんできるようにしたことである。

    第だい四よんの発明はつめいがゼロである。ただしゼロには三みっつの異ことなる顔かおがあり、別々べつべつの時期じきに獲得かくとくされた。第一だいいちは空位くういのしるしで、バビロニアは長ながらく桁けたの空白くうはくを文脈ぶんみゃくで補おぎなわせた末すえ、前ぜん1000年紀ねんきの後半こうはんに空位くういを埋うめる記号きごうを用もちいるようになり、前4世紀ぜんよんせいきから前3世紀ぜんさんせいきごろには二ふたつの楔くさびを斜ななめに並ならべた形かたちが定型ていけいとなった。より古ふるい前8世紀ぜんはっせいきから前7世紀ぜんななせいきの別べつ形けいの例れいも報告ほうこくされている。ただし数かずの末尾まつびには使つかわれず、60と3600の区別くべつはなお文脈ぶんみゃくに委ゆだねられている。

    第だい二には、空白くうはくを埋うめる記号きごうではなく、それ自体じたいが一いち個この数かずだという認識にんしきである。インドではこれが「空そら」を意味いみする śūnya という既存きそんの語ごとともに定着ていちゃくし、6世紀ろくせいきから7世紀ななせいきの文献ぶんけんでは他ほかの数かずと同列どうれつに扱あつかわれるようになる。第だい三さんは、演算えんざんの対象たいしょうとして規則きそくを持もつということである。この段階だんかいを明示めいじ的てきに書かいたのが7世紀ななせいきインドのブラフマグプタで、零れいと負数ふすうを含ふくむ加減かげん乗除じょうじょの規則きそくを体系的たいけいてきに述のべた。もっとも彼かれは零れいを零れいで割わった商しょうを零れいとした ── 誤あやまりである。

    負数ふすうの受容じゅようは、地域ちいきによって速度そくどが著いちじるしく違ちがう。中国ちゅうごくでは『九きゅう章しょう算術さんじゅつ』の方程ほうてい章しょうに正負せいふ術じゅつが現あらわれ、連立れんりつ一次いちじ方程式ほうていしきを解とく過程かていで負ふの数かずが当然とうぜんのように扱あつかわれる。3世紀さんせいきの劉りゅう徽きの注ちゅうは、正せいの算木さんぎを赤あか、負ふの算木さんぎを黒くろとして区別くべつする実務じつむまで書かき留とめている。これに対たいしヨーロッパでは抵抗ていこうが長ながく続つづいた。カルダーノは16世紀じゅうろくせいき半なかばに負ふの解かいを「虚構きょこうの数かず」と呼よび、デカルトは負ふの根ねを「偽にせの根ね」と呼よんだ。18世紀じゅうはっせいきに至いたってなお、「無むより小ちいさい量りょう」は不合理ふごうりだという議論ぎろんが繰くり返かえされる。ヨーロッパの数かずが長ながさや面積めんせきという幾何学きかがく的てきな量りょうと結むすびついており、負ふの長ながさは意味いみを成なさなかったからである。負数ふすうが正当化せいとうかされたのは、量りょうの解釈かいしゃくを捨すて、演算えんざん規則きそくの一貫性いっかんせいだけを根拠こんきょとする19世紀じゅうきゅうせいきの形式的けいしきてきな代数だいすうにおいてであった。

    数かずの側がわからの最大さいだいの衝撃しょうげきは、通約つうやく不可能ふかのう量りょうの発見はっけんである。正方形せいほうけいの対角線たいかくせんと一辺いっぺんは、どんな共通きょうつうの単位たんいをとっても両方りょうほうを整数せいすう倍ばいで表あらわせない。証明しょうめいを得とくたのは前5世紀ぜんごせいきごろのピュタゴラス派はとされ、発見者はっけんしゃヒッパソスが秘密ひみつを漏もらして海うみに投なげ込こまれたという話はなしが伝つたわるが、数世紀すうせいき後ごの著述ちょじゅつにのみ現あらわれる伝承でんしょうで裏うらづけはない。この発見はっけんが示しめしたのは、量りょうと数かずを一致いっちさせられないということである。もっとも、これが「万物ばんぶつは数かず」という前提ぜんていを崩壊ほうかいさせ、ギリシア数学すうがくに「基礎きその危機きき」をもたらしたという筋書すじがきには、同時どうじ代だいの証言しょうげんを欠かく後世こうせいの構成こうせいだという批判ひはんが強つよい。

    確たしかなのは、エウドクソスが比ひを数かずではなく量りょうそのものの関係かんけいとして定義ていぎしなおし、その方法ほうほうが『原論げんろん』第だい五ご巻かんに収おさめられたことである。二ふたつの比ひが等ひとしいとは、双方そうほうに任意にんいの整数せいすう倍ばいを施ほどこしたときの大小だいしょう関係かんけいがつねに一致いっちすることだ、という定義ていぎである。共通きょうつうの単位たんいを持もたない量りょうどうしでも、この定義ていぎなら比較ひかくが成なり立たつ。ギリシアは厳密げんみつな量りょうの理論りろんを得とくたが、数かずと量りょうは別べつの対象たいしょうとして扱あつかわれ続つづけた。分離ぶんりが解消かいしょうされ、無理数むりすうが有理数ゆうりすうの集合しゅうごうから算術さんじゅつ的てきに構成こうせいされたのは19世紀じゅうきゅうせいき後半こうはんのデデキントらの仕事しごとによる。二千にせん数百すうひゃく年ねんの宿題しゅくだいであった。

    書かく ── 文字もじ体系たいけいと知識ちしきの保存ほぞん

    表語・音節・単音 ── 記号の数と、覚える負担は反比例する
    図ず 65表語ひょうご・音節おんせつ・単音たんおん ── 記号きごうの数かずと、覚おぼえる負担ふたんは反比例はんぴれいする

    文字もじは、何度なんども発明はつめいされたわけではない。他ほかの文字もじを知しらずにゼロから作つくられた例れいとして広ひろく認みとめられるのは、メソポタミアの楔形せっけい文字もじ(前まえ3400〜前ぜん3200年ねんごろ、ウルクの粘土板ねんどばん)、エジプトの聖刻文字せいこくもじ(前ぜん3200年ねんごろ、アビドス出土しゅつどの骨ほね・象牙ぞうげのラベル)、中国ちゅうごくの甲骨文こうこつもん(確実かくじつな年代ねんだいを持もつ資料しりょうは前ぜん1200年ねんごろの殷墟いんきょのもので、甲骨こうこつ資料しりょうそのものは前13世紀ぜんじゅうさんせいきから前11世紀ぜんじゅういっせいきに及およぶ)、そしてメソアメリカ(前ぜん600年ねんから前ぜん300年ねんごろ)の四よん例れいである。

    ロゼッタ石 ── 同じ文が三つの書記体系で刻まれている/所蔵:大英博物館
    図ず 66ロゼッタ石いし ── 同おなじ文ぶんが三みっつの書記しょき体系たいけいで刻きざまれている/所蔵しょぞう:大英だいえい博物館はくぶつかん

    ただし数かぞえ方かたは研究者けんきゅうしゃによって割われる。エジプトはメソポタミアから「文字もじという着想ちゃくそうだけ」を受うけ取とった刺激しげき伝播でんぱではないかという議論ぎろんが続つづき、これを独立どくりつ発明はつめいに数かぞえない立場たちばがある。逆ぎゃくに、イースター島しまのロンゴロンゴを加くわえて五ご例れいとする数かぞえ方かたもあるが、こちらも1770年ねんのスペイン人じんによる領有りょうゆう宣言せんげんの場ばで文字もじを目めにした可能性かのうせいを排除はいじょできておらず、刺激しげき伝播でんぱの疑うたがいは強つよい。インダス文字もじにいたっては、言語げんごを記しるす文字もじ体系たいけいなのか記号きごうの集合しゅうごうにすぎないのかで論争ろんそうが決着けっちゃくしていない。

    文字もじ体系たいけいは、記号きごうが何なんに対応たいおうするかで大別たいべつできる。語ごに対応たいおうする表語ひょうご文字もじ、音節おんせつに対応たいおうする音節おんせつ文字もじ、単音たんおんに対応たいおうするアルファベットである。記号きごう数すうは表語ひょうごで数百すうひゃくから数千すうせん、音節おんせつで数十すうじゅうから百ひゃく程度ていど、アルファベットで20から30程度ていどになり、習得しゅうとくの負担ふたんはこの順じゅんに軽かるくなる。ここから「アルファベットが最もっとも効率的こうりつてきな発明はつめいである」という進歩しんぽの物語ものがたりが導みちびかれてきたが、慎重しんちょうに扱あつかうべきである。現実げんじつの文字もじ体系たいけいはほぼすべて混合こんごうで、楔形せっけい文字もじも漢字かんじも表音ひょうおん的てきな用法ようほうを併あわせ持もつ。記号きごう数すうが多おおい体系たいけいは同音どうおん異義いぎの弁別べんべつに強つよく、意味いみを目めで直接ちょくせつつかめる ── 日本語にほんごの漢字かんじ仮名かな混まじり表記ひょうきが語ごの切きれ目めを分わかち書がきなしに示しめせるのはそのためで、記号きごう数すうの多おおさは必かならずしも不利ふりではない。

    アルファベットの系譜けいふは、いまのところ1点いってんに収束しゅうそくする。前ぜん1900年ねんから前ぜん1500年ねんごろ、シナイ半島はんとうのトルコ石いし鉱山こうざんセラービート・エル=ハーディムと、上うえエジプトのテーベ近郊きんこう、砂漠さばく路ろ沿そいのワディ・エル=ホルに残のこされた落書らくがき状じょうの刻文こくぶんがそれである。前者ぜんしゃを原げんシナイ文字もじと呼よび、後者こうしゃを区別くべつして扱あつかう研究者けんきゅうしゃも多おおいため、まとめて初期しょきアルファベット文字もじと呼よぶのが安全あんぜんである。エジプトの絵え記号きごうの形かたちを借かりながら、セム語ごでの物ものの名なの語ご頭音とうおんだけを取とって音おとを表あらわす仕組しくみで、「家いえ」を意味いみする語ごの頭音とうおんからbという具合ぐあいになる。もっとも解読かいどくが及およんでいるのは一部いちぶの語ごにとどまり、頭音とうおんを取とるというこの仕組しくみ自体じたい、限かぎられた同定どうていに支ささえられた復元ふくげんである。

    ここからフェニキア文字もじの22の子音しいん字じが定さだまり、地中海ちちゅうかい各地かくちに広ひろがった。ギリシア人じんが加くわえた変更へんこうは決定的けっていてきだった。ギリシア語ごに対応たいおうする音おとを持もたないセム語ごの字じ ── 喉音こうおんの字じだけでなく、ヨッドやワウのような半母音はんぼいんの字じも含ふくむ ── が行ゆき場ばを失うしない、母音ぼいん字じに転用てんようされたのである。ただし、これが母音ぼいん表記ひょうきの必要ひつようから意図いとされた設計せっけいだったのか、余あまった字じの消化しょうかとして自然しぜんに生しょうじたのかは、なお議論ぎろんがある。いずれにせよ結果けっかは同おなじである。子音しいんだけを並ならべて母音ぼいんを読よみ手ての知識ちしきに委ゆだねる表記ひょうきから、母音ぼいんを独立どくりつの字じで書かきとめる表記ひょうきへ、この転用てんようを境さかいに移行いこうした。読よみ手てがその言語げんごを知しらなくても音おとを復元ふくげんできる、という性質せいしつはここで生しょうじている。

    書かく材料ざいりょうは、知識ちしきの量りょうと寿命じゅみょうを物理的ぶつりてきに決きめた。粘土板ねんどばんは焼やくと事実上じじつじょう不滅ふめつになるため、宮殿きゅうでんや文庫ぶんこの火災かさいがかえって記録きろくを保存ほぞんするという逆説ぎゃくせつが起おきる。ニネヴェのアッシュールバニパル文庫ぶんこが数万すうまん点てん規模きぼで残のこるのは、まさに焼やかれたからである。パピルスは軽かるいが湿気しっけに弱よわく、エジプトの乾燥かんそう地ち以外いがいではほとんど残のこらない。羊皮紙ようひしは高価こうかだが丈夫じょうぶで両面りょうめんに書かける。巻子かんすから冊子さっしへの移行いこうはこの材料ざいりょうの普及ふきゅうと時期じきが重かさなるが、初期しょきの冊子さっしにはパピルス製せいも多おおく、材料ざいりょうが移行いこうを決きめたとは言いえない。ともあれ冊子さっしは任意にんいの箇所かしょを直接ちょくせつ開あけるため、参照さんしょうと引用いんようの作法さほうを変かえている。

    巻子から冊子へ ── 任意の頁へ直接跳べるようになった
    図ず 67巻子かんすから冊子さっしへ ── 任意にんいの頁ページへ直接ちょくせつ跳とべるようになった

    東ひがしアジアの竹簡ちくかん・木牘もくとくは入手にゅうしゅしやすい代かわりに嵩張かさばり、書物しょもつの量りょうが荷車にぐるまの台数だいすうで語かたられる程度ていどには重おもかった。紙かみ状じょうの遺物いぶつは前漢ぜんかん期きの遺跡いせきから出土しゅつどしており ── それを紙かみと認定にんていしてよいかには異論いろんがある ── 後漢ごかんの蔡倫さいりんは発明はつめい者しゃというより、製法せいほうを改良かいりょうして実用じつように載のせた人物じんぶつと見みるのが妥当だとうである。材料ざいりょうの軽かるさは、書物しょもつを誰だれの手元てもとに置おけるかを決きめる。同おなじ内容ないようが竹たけの束たばから一巻いっかんの紙かみに移うつったとき、蔵書ぞうしょは建物たてものの設備せつびではなく個人こじんの持もち物ものにもなりうるものへ変かわった。製紙法せいしほうが西にしへ伝つたわって冊子さっしと印刷いんさつの前提ぜんていになったのも、この軽かるさと安やすさゆえである。

    写本しゃほんは、写うつすたびに誤あやまる。同おなじ音おとの別語べつごに置おき換かえる誤あやまり、字じ形けいの似にた字じを取とり違ちがえる誤あやまり、そして同おなじ語句ごくが近ちかくに2度にど現あらわれるとき、写字しゃじ生せいの目めが後方こうほうへ跳とんで途中とちゅうを丸まるごと脱落だつらくさせる誤あやまり。誤あやまりは複製ふくせいとともに累積るいせきし、しかも後あとの写字しゃじ生せいが意味いみの通とおらない箇所かしょを「直なおす」ため、もっともらしい別べつの本文ほんぶんが育そだっていく。1回いっかいの書写しょしゃで入はいる誤あやまりは少すくなくとも、写うつしの写うつしを十じゅう代だい重かさねれば本文ほんぶんは別物べつものに近ちかづく。誤あやまりの量りょうは年数ねんすうではなく、間あいだに挟はさまった書写しょしゃの回数かいすうで決きまる。古ふるい写本しゃほんが必かならずしも良よい本文ほんぶんを伝つたえるとは限かぎらず、新あたらしい写本しゃほんが良よい系統けいとうを伝つたえることもあるのは、そのためである。

    これに対抗たいこうする技法ぎほうが校訂こうていである。アレクサンドリアの学者がくしゃたちはホメロスの本文ほんぶんに、削除さくじょすべき行ぎょうを示しめす横線おうせんや移動いどうを示しめす星印ほしじるしといった符号ふごう体系たいけいを作つくった。劉向りゅうきょう・劉歆は宮廷きゅうていの蔵書ぞうしょを複数ふくすう本ほんで突つき合あわせて定本ていほんを作つくり、目録もくろくに編あんだ。イスラーム世界せかいでは、教師きょうしの前まえで読よみ上あげて聴取ちょうしゅの事実じじつを写本しゃほんに記録きろくし、伝授でんじゅの免許めんきょを与あたえる人的じんてきな保証ほしょうが発達はったつする。19世紀じゅうきゅうせいきのヨーロッパでは異読いどくの分布ぶんぷから写本しゃほんの系統樹けいとうじゅを復元ふくげんする方法ほうほうが定式化ていしきかされ、ラハマン法ほうと呼よばれるようになったが、実際じっさいの写本しゃほんは複数ふくすうの本ほんを参照さんしょうして作つくられることが多おおく、きれいな樹形じゅけいにならない。混淆こんこうを理由りゆうに単一たんいつの最良さいりょう写本しゃほんに依拠いきょすべきだとするベディエの批判ひはんは、いまも消きえていない。

    印刷いんさつは何なにを変かえたのか。エリザベス・アイゼンステインは1979年ねんの著作ちょさくで、印刷いんさつがもたらしたのは複製ふくせいの速はやさより「固定こてい性せい」だと論ろんじた。同一どういつの本文ほんぶんと同一どういつの図版ずはんを、遠とおく離はなれた多数たすうの読者どくしゃが同時どうじに参照さんしょうできる。ゆえに誤あやまりは共同きょうどうで発見はっけん・訂正ていせいされ、版はんを重かさねるごとに精度せいどが上あがる ── 天文てんもん表ひょうや解剖かいぼう図ずのように、一ひとつの図版ずはんの狂くるいが全体ぜんたいを狂くるわせる分野ぶんやでは決定的けっていてきだった、という主張しゅちょうである。有力ゆうりょくな反論はんろんもある。エイドリアン・ジョンズは1998年ねんの著作ちょさくで、初期しょき近代きんだいの印刷物いんさつぶつはむしろ海賊版かいぞくばん・誤植ごしょく・偽にせの著者ちょしゃ名めいに満みちており、その信頼性しんらいせいは機械きかいの性質せいしつとしてではなく、書籍しょせき業者ぎょうしゃの評判ひょうばんや国家こっかの規制きせいによって事後じご的てきに作つくられたと論ろんじた。

    もう一ひとつの検討けんとう材料ざいりょうが東ひがしアジアである。木版もくはん印刷いんさつは8世紀はっせいきに、金属きんぞく活字かつじは13世紀じゅうさんせいきの高麗こうらいに遡さかのぼり、明末みんまつの中国ちゅうごくでは出版しゅっぱんが爆発的ばくはつてきに増ふえた。17世紀じゅうななせいきの中国ちゅうごくでは耶蘇やそ会かい士しを介かいした天文学てんもんがくの大おおきな転換てんかんも現実げんじつに起おきている。西洋せいよう天文学てんもんがくに基もとづく計算法けいさんほうは『崇禎すうてい暦書れきしょ』に編あまれ、清初しんしょには時憲じけん暦こよみとして国家こっかの暦法れきほうに採用さいようされた。何なにも起おきなかったわけではない。ただしそれは、ヨーロッパで起おきたのと同おなじ形かたちの変革へんかくではなかった。印刷いんさつは必要条件ひつようじょうけんであっても十分じゅうぶん条件じょうけんではなかった、というのが穏当おんとうな結論けつろんである。

    測はかる ── 単位たんい・器械きかい・誤差ごさ

    単位たんいはもともと、土地とちごとの取とり決きめであった。革命かくめい前まえのフランスでは、同おなじ名なで呼よばれる布ぬのの長ながさの単位たんい(オーヌ)が領主りょうしゅや都市としごとに異ことなり、名称めいしょうと実量じつりょうの組くみ合あわせを数かぞえ上あげれば25万にじゅうごまん種しゅに達たっするという見積みつもりもある。日本にほんでも曲尺まがりがねと鯨尺くじらじゃくが並存へいそんした。同おなじ「尺さし」や「ポンド」という語ごが、隣となりの町まちでは別べつの量りょうを指さす。取引とりひきが現物げんぶつを前まえにして行おこなわれるかぎり支障ししょうはない。困こまるのは、書かかれた数値すうちだけが土地とちを越こえて動うごきはじめたときである。単位たんいが違ちがえば、他所よその測定値そくていちは自分じぶんの帳簿ちょうぼに持もち込こめない。度量衡どりょうこうの乱立らんりつは不便ふべんである以前いぜんに、記録きろくを比較ひかく不能ふのうにする障害しょうがいだった。

    同おなじ問題もんだいへの最もっとも早はやい大規模だいきぼな解答かいとうは、フランス革命かくめいの2000年ねん前まえにある。前ぜん221年ねん、統一とういつ直後ちょくごの秦しんは度量衡どりょうこうの規格きかくを定さだめ、標準ひょうじゅんの枡ますや権けん(分銅ふんどう)に詔みことのりを刻きざんで各地かくちへ配くばった。現存げんそんする秦しん権けんにはその詔文しょうぶんが残のこっており、規格きかくが文書ぶんしょではなく器物きぶつそのものに刻きざまれて流通りゅうつうしたことが分わかる。規格きかくを統一とういつした目的もくてきは学問がくもんではなく、徴税ちょうぜいと労役ろうえきの管理かんりである。それでも、離はなれた土地とちの数値すうちを同おなじ帳簿ちょうぼに載のせられるという効果こうかは変かわらない。ただし基準きじゅんはあくまで王朝おうちょうの定さだめた人為じんいであり、王朝おうちょうが替かわれば基準きじゅんも替かわった。人ひとではないものに基準きじゅんを求もとめるという発想はっそうは、まだない。

    フランス革命かくめい期きの改革者かいかくしゃたちは、この恣意性しいせいを断たつために人ひとではなく地球ちきゅうに基準きじゅんを求もとめた。北極ほっきょくから赤道せきどうまでの子午線しごせん弧この1000万まん分ぶんの一いちを1メートルとする。ドランブルとメシャンがダンケルクからバルセロナまでの弧こを1792年ねんから6年ろくねんかけて三角さんかく測量そくりょうした。1795年ねんの法ほうが定さだめたのは、まだ測量そくりょうが終おわらないうちに旧来きゅうらいの測地そくち値ちから算出さんしゅつした暫定ざんていの長ながさであり、2人ふたりの結果けっかを反映はんえいした確定かくてい値ちと、それを体現たいげんする白金はっきんの原器げんきが定さだめられたのは1799年ねんである。測はかり終おえる前まえに法ほうを作つくった、という順序じゅんじょであった。

    ダンケルクからバルセロナまで ── 三角形の連鎖で弧を測る
    図ず 68ダンケルクからバルセロナまで ── 三角形さんかくけいの連鎖れんさで弧こを測はかる

    しかもこの測量そくりょうには隠かくされた瑕疵かしがある。メシャンはバルセロナでの緯度いど観測かんそくに整合せいごうしない値あたいを得とくながら公表こうひょうしなかった。加くわえて地球ちきゅうは完全かんぜんな回転かいてん楕円体だえんたいではなく、扁平率へんぺいりつの推定すいていにも誤差ごさがあった。現在げんざいの値あたいで計算けいさんすると、子午線しごせんの四分しぶんの一いちは1000万まんメートルをおよそ2キロメートル上回うわまわる。地球ちきゅうに基準きじゅんを求もとめても、地球ちきゅうを測はかるのは人ひとである。それでも構想こうそうのほうは残のこった。誤差ごさは定義ていぎの側がわに固定こていされ、以後いごのメートルは地球ちきゅうの大おおきさではなく、そのとき定さだめた1本いっぽんの棒ぼうの長ながさを指さすことになる。

    自然しぜんに基準きじゅんを求もとめる試こころみは、結局けっきょくもう一ひとつの人工物じんこうぶつを作つくって終おわった。

    白金の原器 ── 自然に基準を求めた試みは、もう一つの人工物を作って終わった
    図ず 69白金はっきんの原器げんき ── 自然しぜんに基準きじゅんを求もとめた試こころみは、もう一ひとつの人工物じんこうぶつを作つくって終おわった

    その後ごの歴史れきしは、基準きじゅんを人工物じんこうぶつから自然しぜん定数ていすうへ移うつす過程かていである。1889年ねんに白金はっきんイリジウム合金ごうきんの国際こくさいメートル原器げんきが採用さいようされ、1960年ねんにはクリプトン86の輝線きせん波長はちょうへ、1983年ねんには「真空中しんくうちゅうの光ひかりが2億におく9979万まん2458分ぶんの1秒間びょうかんに進すすむ距離きょり」へと置おき換かえられた。残のこる四よっつの単位たんいにも同おなじ転換てんかんが及および、七ななつの基本きほん単位たんいすべてが物理ぶつり定数ていすうの定義ていぎ値ちの上うえに立たつ体系たいけいが完成かんせいしたのが、2019年ねん5月ごがつの国際こくさい単位系たんいけいの改定かいていである。キログラムはプランク定数ていすう、アンペアは電気でんき素そ量りょう、ケルビンはボルツマン定数ていすう、モルはアボガドロ定数ていすうの値あたいを固定こていすることで定義ていぎしなおされた。動機どうきは実務じつむ的てきだった。国際こくさいキログラム原器げんきは複製ふくせいとの比較ひかくで数十すうじゅうマイクログラム規模きぼのずれを示しめしており、質量しつりょうの世界せかい基準きじゅんが理由りゆうの分わからない漂流ひょうりゅうをしていたのである。物体ぶったいを基準きじゅんにする限かぎり、基準きじゅんそのものが変化へんかする可能性かのうせいを排除はいじょできない。

    七つの基本単位が、七つの物理定数の定義値の上に立った
    図ず 70七ななつの基本きほん単位たんいが、七ななつの物理ぶつり定数ていすうの定義ていぎ値ちの上うえに立たった
    年としよりどころ併記へいきすべきこと
    1795年ねん子午線しごせんの四分しぶんの一いちの1000万まん分ぶんの一いち(旧きゅう測地そくち値ちによる暫定値ざんていち)測量そくりょうが終おわる前まえに法ほうが定さだまった
    1799年ねんドランブル=メシャンの測量そくりょうによる確定かくてい値ちと、白金はっきんの原器げんきメシャンは整合せいごうしない緯度いど観測かんそくを公表こうひょうしなかった
    1889年ねん白金はっきんイリジウム合金ごうきんの国際こくさいメートル原器げんき物体ぶったいを基準きじゅんにするかぎり、基準きじゅんそのものが漂流ひょうりゅうしうる
    1960年ねんクリプトン86の輝線きせん波長はちょう──
    1983年ねん真空中しんくうちゅうの光ひかりが2億におく9979万まん2458分ぶんの1秒間びょうかんに進すすむ距離きょり光速こうそくを定義ていぎ値ちとして固定こてい
    2019年ねん七ななつの基本きほん単位たんいすべてが物理ぶつり定数ていすうの定義ていぎ値ちの上うえに立たつキログラムはプランク定数ていすう、アンペアは電気でんき素そ量りょう、ケルビンはボルツマン定数ていすう、モルはアボガドロ定数ていすう

    表ひょう61メートルは何なにで決きめられてきたか

    計測器けいそくきのなかで、科学かがくの形かたちを最もっとも変かえたのは時計とけいである。ホイヘンスが17世紀じゅうななせいき半なかばに振ふり子この等時性とうじせいを機構きこうに組くみ込こんだ時計とけいを実用化じつようかし、日誤差にちごさは分ぶんの単位たんいから秒びょうの単位たんいへ落おちた。経度けいどは出発地しゅっぱつちの時刻じこくと現在地げんざいちの南中なんちゅう時刻じこくの差さから求もとまるため、揺ゆれる船上せんじょうで長期間ちょうきかん狂くるわない時計とけいがあれば海上かいじょうでも位置いちが分わかる。英国えいこく議会ぎかいが1714年ねんに懸賞金けんしょうきんを設もうけたこの問題もんだいに、独学どくがくの時計とけい師しジョン・ハリソンが30年さんじゅうねん余よをかけて挑いどみ、大型おおがたの海洋かいよう時計とけいから一転いってんして懐中時計かいちゅうどけいの形かたちをとった四よん作さく目めが、1761年ねんから翌年よくねんの西にしインド航海こうかいで実用じつように足たる精度せいどを示しめした。

    ハリソンの四作目(H4)── 揺れる船上で狂わない時計/所蔵:英国王立博物館グリニッジ
    図ず 71ハリソンの四よん作さく目め(H4)── 揺ゆれる船上せんじょうで狂くるわない時計とけい/所蔵しょぞう:英国えいこく王立おうりつ博物館はくぶつかんグリニッジ

    ただし当時とうじ、月つきの位置いちから時刻じこくを割わり出だす月つき距きょ法ほうという競合きょうごう手法しゅほうがあり、天文てんもん学者がくしゃ側がわの支持しじを得とくていた。マスケリンらが編あんだ航海暦こうかいれきは、高価こうかな時計とけいを買かえない船ふねにも経度けいどを与あたえる方式ほうしきだったのである。ハリソンの評価ひょうかをめぐる紛糾ふんきゅうは、技術ぎじゅつと学界がっかいの対立たいりつという図式ずしきではなく、二に方式ほうしきの実用性じつようせい競争きょうそうでもあった。20世紀にじっせいき半なかばにセシウム原子げんしの遷移せんい周波数しゅうはすうを用もちいる時計とけいが実現じつげんし、1967年ねんに秒びょうの定義ていぎそのものが原子げんしに移うつる。この精度せいどがなければ衛星えいせい測位そくいは成なり立たたない ── 軌道きどう上じょうの時計とけいは重力じゅうりょくの弱よわさと運動うんどうの速はやさの差さし引ひきで地上ちじょうより1日ついたちあたり数十すうじゅうマイクロ秒びょう進すすみ、この相対論そうたいろん的てきな補正ほせいを怠おこたれば、位置いちの誤差ごさは1日ついたちあたり10キロメートル前後ぜんごの割合わりあいで積つみ上あがる。

    17世紀じゅうななせいき初頭しょとう、二に枚まいのレンズの組くみ合あわせが二に方向ほうこうに世界せかいを拡張かくちょうした。オランダの眼鏡めがね師しによる発明はつめいの報ほうが伝つたわると、ガリレオはただちに自作じさくの筒つつを天てんへ向むけ、月つきの凹凸おうとつ、木星もくせいをめぐる四よっつの衛星えいせい、天あまの川がわが無数むすうの星ほしであることを1610年ねんに公刊こうかんした。見落みおとされがちなのは、当時とうじの反対はんたいが単たんなる頑迷がんめいではなかったことである。レンズが像ぞうを歪ゆがめることは誰だれもが知しっていた。ならば、地上ちじょうの対象たいしょうでは正ただしく働はたらく器械きかいが、遠方えんぽうの天体てんたいでも正ただしく働はたらく保証ほしょうはどこにあるのか ── 答こたえるには器械きかいの理論りろんと地上ちじょうでの対照たいしょう実験じっけんが要いった。器械きかいによる観察かんさつは、器械きかいそのものへの信頼しんらいを別途べっと調達ちょうたつしなければならない。同おなじ問題もんだいは顕微鏡けんびきょうでも起おきる。レーウェンフックが1670年代ねんだいに単たんレンズで報告ほうこくした微小びしょうな生いき物ものは、彼かれのレンズ製作せいさく法ほうが秘匿ひとくされていたため、他者たしゃによる追試ついしが長ながく困難こんなんだった。

    最後さいごに、測定そくていは必かならずずれる、という前提ぜんていそのものが道具どうぐになった。同おなじ星ほしを何度なんど測はかっても値あたいは一致いっちしない。この食くい違ちがいを、どの観測かんそくが失敗しっぱいかという問題もんだいではなく、誤差ごさの分布ぶんぷという統計的とうけいてき対象たいしょうとして扱あつかうのが誤差ごさ論ろんである。最小さいしょう二に乗法じょうほうはルジャンドルが1805年ねんに公表こうひょうし、ガウスは1809年ねんの著作ちょさくでより早はやく用もちいていたと主張しゅちょうして優先権ゆうせんけん論争ろんそうになった。ガウスの寄与きよは方法ほうほうそのものより、誤差ごさが特定とくていの釣鐘つりがね型がたの分布ぶんぷに従したがうと仮定かていするとき最小さいしょう二に乗じょうの推定すいていが最良さいりょうになると示しめした点てんにある。ラプラスは翌年よくねんごろ、多数たすうの小ちいさな独立どくりつした原因げんいんの和わがこの分布ぶんぷに近ちかづくことを示しめし、なぜ誤差ごさがその形かたちをとるのかを説明せつめいした。ここで測定そくていの性格せいかくが変かわる。値あたいは真値しんちではなく、真値しんちのまわりに散ちらばる標本ひょうほんになり、報告ほうこくすべきものは数値すうちではなく数値すうちと幅はばの組くみになった。現代げんだいの論文ろんぶんが測定値そくていちに必かならず不確ふたしかさを添そえるのは、この転換てんかんの直系ちょっけいの子孫しそんである。

    疑うたがう ── 証拠しょうこと反証はんしょうの作法さほう

    二ふたつの条件じょうけんを並ならべて比くらべれば違ちがいが分わかる、という直観ちょっかんは古ふるい。イブン・シーナーは『医学いがく典範てんぱん』第だい二に巻かんで、薬くすりの効能こうのうを判定はんていする条件じょうけんとして、比較ひかくしうる二ふたつの症例しょうれいで試ためすこと、偶然ぐうぜんの一致いっちを排はいすること、人体じんたいで確たしかめることといった要件ようけんを列挙れっきょしている。しかし直観ちょっかんと手続てつづきは別べつである。16世紀じゅうろくせいきのフランスの外科医げかいアンブロワーズ・パレは、1537年ねんの従軍中じゅうぐんちゅう、銃創じゅうそうに煮にえ油あぶらを注そそぐ当時とうじの処置しょちの途中とちゅうで油あぶらを切きらし、やむなく軟膏なんこうを塗ぬった兵へいの経過けいかが良好りょうこうだったことを記録きろくした。これは比較ひかくの記録きろくではあるが、計画けいかくされた実験じっけんではない。偶然ぐうぜんが対照たいしょう群ぐんを作つくってくれただけである。対照たいしょうとは、比くらべる二に群ぐんが処置しょち以外いがいの点てんで揃そろうように、あらかじめ設計せっけいすることを指さす。

    その最初さいしょ期きの例れいとして引ひかれるのが、英国えいこく海軍かいぐんの軍医ぐんいジェームズ・リンドが1747年ねんに行おこなった壊血病かいけつびょうの試験しけんである。彼かれは同おなじ船ふねの患者かんじゃ12人じゅうににんを選えらび、共通きょうつうの食事しょくじのうえで2人ふたりずつ六ろく組くみに分わけ、それぞれに林檎酒りんごしゅ、硫酸りゅうさん、酢す、海水かいすい、柑橘かんきつ、下剤げざい混合こんごうを与あたえた。効果こうかが最もっとも突然とつぜんかつ目めに見みえて現あらわれたのは柑橘かんきつの組くみで、1人ひとりは6日むいかで任務にんむに復帰ふっきし、もう1人ひとりは最もっともよく回復かいふくしたため残のこる病者びょうしゃの看護かんごに当あたることになった。林檎酒りんごしゅの組くみにも軽かるい改善かいぜんは認みとめられている。

    ただし、これを現代げんだいの無作為むさくい化か比較ひかく試験しけんの祖そと呼よぶのは正確せいかくではない。割付わりつけは無作為むさくいではなく、患者かんじゃも観察かんさつ者しゃも何なにを与あたえられているか知しっており、各群かくぐんはわずか2人ふたりである。しかもリンド自身じしんは柑橘かんきつを決定的けっていてきな治療ちりょうと結論けつろんづけなかった。彼かれは病因びょういんを湿しめった空気くうきに求もとめ、果汁かじゅうを煮詰につめた濃縮のうしゅく液えきを推奨すいしょうしたが、加熱かねつは有効ゆうこう成分せいぶんを壊こわしてしまう。海軍かいぐんが柑橘類かんきつるいの常備じょうびを制度せいど化かしたのは1790年代ねんだい半なかば、商船しょうせんに義務ぎむづけられたのは1860年代ねんだいであった。証拠しょうこが出でてから制度せいどが動うごくまでに、半はん世紀せいきから1世紀いっせいきを要ようしている。

    無作為むさくい化かを原理げんりとして据すえたのは、20世紀にじっせいきの農事のうじ試験しけんである。フィッシャーは、区画くかくごとに肥料ひりょうの効果こうかを比くらべるとき、処置しょちをくじで割わり当あてることが誤差ごさの見積みつもりを正当化せいとうかすると論ろんじた。人為じんいで揃そろえられない未知みちの要因よういんまで、無作為むさくい化かは確率かくりつ的てきに均ならす。この考かんがえ方かたが臨床りんしょうに移うつされたのが、英国えいこく医学いがく研究けんきゅう審議会しんぎかいが1948年ねんに報告ほうこくした肺結核はいけっかくに対たいするストレプトマイシンの試験しけんで、割付わりつけは封筒ふうとうに封入ふうにゅうされた乱数らんすう表ひょうによって行おこなわれた。ただし対照たいしょう群ぐんは臥床がしょう安静あんせいのみで偽薬ぎやく注射ちゅうしゃは行おこなわれておらず、患者かんじゃも担当医たんとういも処置しょちを知しりえた。試験しけんが確保かくほした盲検もうけん性せいは、判定はんていの中心ちゅうしんである胸部きょうぶエックス線せん写真しゃしんを、患者かんじゃ情報じょうほうから切きり離はなした複数ふくすうの読影どくえい者しゃに評価ひょうかさせた点てんにある。全面的ぜんめんてきな二に重じゅう盲検もうけんではなく、判定はんていの盲検もうけん化かであった。

    判断はんだんの基準きじゅんとして統計とうけいを用もちいる作法さほうも、この時期じきに定着ていちゃくした。フィッシャーは1925年ねんの教科書きょうかしょで、偶然ぐうぜんでは説明せつめいしにくい結果けっかの目安めやすとして20にじゅう分ぶんの一いちという水準すいじゅんを挙あげたが、これは便宜的べんぎてきな線引せんびきとして提示ていじされたものだった。やがてこの目安めやすは、論文ろんぶんの採否さいひと研究費けんきゅうひを左右さゆうする関門かんもんに変かわる。批判ひはんは絶たえない。算出さんしゅつされたp値あたいは、仮説かせつが正ただしい確率かくりつでも、効果こうかが実在じつざいする確率かくりつでもない。閾値しきいちを下回したまわらなかったことも、効果こうかがないことを意味いみしない。解析かいせき条件じょうけんを試行錯誤しこうさくごして閾値しきいちをまたがせる操作そうさや、有意ゆういな結果けっかだけが公表こうひょうされる偏かたよりも指摘してきされた。批判ひはんが個々ここの論文ろんぶんへの異議いぎから職業しょくぎょう集団しゅうだんの公式こうしき見解けんかいに変かわるのは2016年ねんで、米国べいこく統計学とうけいがく会かいの声明せいめいはp値あたいが何なにであり何なにでないかを述のべ、閾値しきいちによる二に分ぶんと報告ほうこくの不完全ふかんぜんさを戒いましめている。

    p値は仮説が正しい確率ではない ── 閾値による二分と、報告の不完全さを戒める
    図ず 72p値あたいは仮説かせつが正ただしい確率かくりつではない ── 閾値しきいちによる二に分ぶんと、報告ほうこくの不完全ふかんぜんさを戒いましめる

    証拠しょうこを突つき合あわせて権威けんいを退しりぞけるという作法さほうは、実験じっけん科学かがくの専有物せんゆうぶつではない。17世紀じゅうななせいきから18世紀じゅうはっせいきにかけての清しんの考証学こうしょうがくは、別べつの対象たいしょうに同おなじ手続てつづきを向むけていた。経書けいしょの本文ほんぶんと字義じぎを、音韻おんいんの法則ほうそくと同時どうじ代だい資料しりょうの用例ようれいによって検証けんしょうし、権威けんいある注釈ちゅうしゃくでも証拠しょうこが合あわなければ退しりぞける。閻若璩が『尚書しょうしょ古文こぶん疏しょ証しょう』で『古文こぶん尚書しょうしょ』の一部いちぶを後世こうせいの偽作ぎさくと論証ろんしょうしたのは、文献ぶんけんに対たいする反証はんしょうの実践じっせんであった。ここで経書けいしょは、権威けんいの源泉げんせんであることをやめ、経書けいしょの外そとにある証拠しょうこによって検証けんしょうされる対象たいしょうに変かわっている。対象たいしょうが自然しぜんであるか古典こてんであるかは、方法ほうほうの骨格こっかくをさほど変かえない。

    これらを支ささえる作法さほうは、統計とうけいより前まえに社会的しゃかいてきなものである。ただし査読さどくの歴史れきしは思おもわれているより浅あさい。17世紀じゅうななせいきに創刊そうかんされた学会誌がっかいしの掲載けいさい可否かひは長ながらく編集者へんしゅうしゃと学会がっかい役員やくいんの判断はんだんであり、外部がいぶの専門家せんもんかに原稿げんこうを回まわして匿名とくめいの評価ひょうかを受うける現在げんざいの形かたちが分野ぶんやを越こえて標準ひょうじゅんになるのは、20世紀にじっせいき半なかば以降いこうと見みられる。優先権ゆうせんけんの争あらそいも制度せいどの副産物ふくさんぶつだった。誰だれが先さきに言いったかで報むくいる仕組しくみを採とるかぎり、争あらそいは逸脱いつだつではなく規範きはんの帰結きけつとして起おきる。引用いんようも同様どうようで、参照さんしょう関係かんけいの索引さくいん化かは文献ぶんけん検索けんさくの道具どうぐとして始はじまったが、やがて掲載誌けいさいしの平均へいきん引用いんよう数すうが個々ここの研究者けんきゅうしゃの評価ひょうかに流用りゅうようされた。査読さどくも優先権ゆうせんけんも引用いんようも、作法さほうとして整ととのえられたものが制度せいどとしては別べつの働はたらきをしはじめる点てんで共通きょうつうしている。

    最後さいごに、証拠しょうこと信念しんねんの関係かんけいそのものを扱あつかう二ふたつの枠組わくぐみがある。一ひとつはベイズの定理ていりを用もちいる考かんがえ方かたで、あらかじめ持もっている確たしからしさを、観測かんそくされたデータによって書かき換かえる。この定式化ていしきかはベイズの死後しごの18世紀じゅうはっせいきに公表こうひょうされ、ラプラスが独立どくりつに整備せいびしたが、20世紀にじっせいき前半ぜんはんには主観的しゅかんてきな事前じぜん確率かくりつを含ふくむことを理由りゆうに主流しゅりゅうから外はずれた。復権ふっけんしたのは20世紀末せいきまつである。積分せきぶんが解とけなくても標本ひょうほんを発生はっせいさせて分布ぶんぷを近似きんじする計算法けいさんほうが実用じつように載のり、事前じぜん確率かくりつを含ふくむ計算けいさんが計算機けいさんきで扱あつかえるようになったことが直接ちょくせつの契機けいきだった。

    もう一ひとつがポパーの反証はんしょう可能性かのうせいで、経験けいけん的てきに反駁はんばくされうる主張しゅちょうだけが科学かがくに属ぞくするという線引せんびきである。これは強力きょうりょくだが、そのままでは働はたらかない。仮説かせつは単独たんどくでは検証けんしょうされず、観測かんそく装置そうちや補助ほじょ的てきな前提ぜんていを束たばにして初はじめてデータと突つき合あわせられるから、予測よそくが外はずれたときにどれを捨すてるかは論理ろんりだけでは決きまらない。天王星てんのうせいの軌道きどうの食くい違ちがいは、ニュートン理論りろんを捨すてずに未知みちの惑星わくせいを仮定かていして解決かいけつされ、海王星かいおうせいの発見はっけんに終おわった。同おなじ論法ろんぽうを水星すいせいの近日点きんじつてん移動いどうに適用てきようしてバルカンという惑星わくせいを探さがした試こころみは何なにも見みつけられず、最後さいごは理論りろんのほうが置おき換かえられた。同おなじ手てを打うって一方いっぽうは当あたり一方いっぽうは外はずれる。どちらが正ただしい振ふる舞まいだったかは、後あとから分わかる。

    混まざる ── 知ちはどう移動いどうしたか

    知はどう移動したか ── 主な経路数・ゼロ・位取り8〜9世紀哲学・医学・天文8〜10世紀紙・製紙の技法8世紀以降ラテン語訳として西へ12世紀近代語を漢字へ鋳直して19〜20世紀ギリギリシアインインドイスイスラーム世界中国中国日本日本移動のたびに用語は作り直された。ヒンドゥーの数はアラビア数字と呼ばれ、アラビア語の al-jabr は代数になり、ヨーロッパの science は日本で科学と訳され、その訳語が中国と朝鮮半島へ渡った。
    図ず 73知ちはどの方向ほうこうにも動うごいた。移動いどうのたびに用語ようごは作つくり直なおされ、訳語やくごがまた別べつの言語げんごへ渡わたっていく。

    知識ちしきが動うごく経路けいろは限かぎられている。組織的そしきてきな翻訳ほんやく、交易こうえき路ろ、宗教的しゅうきょうてきな人的網じんてきもう、征服せいふくと植民地しょくみんちの行政ぎょうせい、留学りゅうがく、そして電子でんし的てきな公開こうかいである。9世紀きゅうせいき前後ぜんごのバグダードで、ギリシア語ごやシリア語ごやサンスクリットの学術書がくじゅつしょが大量たいりょうにアラビア語ごへ移うつされたのは、その規模きぼと持続じぞくにおいて際立きわだった例れいである。フナイン・イブン・イスハークはガレノス翻訳ほんやくの目録もくろくを自みずから残のこし、複数ふくすうの写本しゃほんを突つき合あわせて本文ほんぶんを定さだめてから訳やくす手順てじゅんを記しるした。ただし、この事業じぎょうを「知恵ちえの館やかた」という一ひとつの翻訳ほんやく機関きかんの業績ぎょうせきとして描えがく像ぞうは、主しゅとして通俗的つうぞくてきな叙述じょじゅつに残のこるもので、専門せんもん研究けんきゅうの裏うらづけは薄うすい。実態じったいは、カリフ、官僚かんりょう、医師いし、富裕ふゆうな後援こうえん者しゃがそれぞれの必要ひつようから翻訳ほんやくに金かねを出だす、2世紀にせいきにわたる社会的しゃかいてき現象げんしょうだった。翻訳ほんやくは制度せいどである前まえに、需要じゅようである。

    移動いどうは一方向いちほうこうではない。インドの仏典ぶってんが中国語ちゅうごくごに訳やくされ続つづけた数百すうひゃく年ねんは、2世紀にせいきに始はじまってバグダードに数世紀すうせいき先行せんこうする大だい翻訳ほんやく運動うんどうであり、鳩摩羅什くまらじゅうや玄奘げんじょうの周囲しゅういには多人数たにんずうの分業ぶんぎょう体制たいせいが組くまれていた。玄奘げんじょうがインド滞在たいざいの見聞けんぶんを書かき残のこした記録きろくは、のちに現地げんちの史料しりょうが乏とぼしい時代じだいのインド史しを復元ふくげんする資料しりょうとして使つかわれる ── 借かり手てが貸かし手ての記憶きおくを保存ほぞんするという逆転ぎゃくてんが起おきた。技術ぎじゅつも往復おうふくした。製紙法せいしほうが8世紀はっせいきの中央ちゅうおうアジアの戦役せんえきで捕虜ほりょとなった工人こうじんによって西にしへ伝つたわったという話はなしは広ひろく流布るふしているが、根拠こんきょとなる記述きじゅつは数世紀すうせいき後ごのもので、サマルカンドでの製紙せいし開始かいしとの因果いんが関係かんけいは確定かくていしていない。イエズス会かい士しと中国ちゅうごくの官僚かんりょうが共同きょうどうでユークリッドの前半ぜんはん六ろく巻かんを漢訳かんやくしたのは17世紀じゅうななせいき初頭しょとうだが、残のこりの巻かんが訳やくされたのは250年ねん後あとである。移動いどうには、途切とぎれと再開さいかいがある。

    『原論』前6巻の漢訳 ── 用語そのものを作りながら訳す作業だった
    図ず 74『原論げんろん』前ぜん6巻かんの漢訳かんやく ── 用語ようごそのものを作つくりながら訳やくす作業さぎょうだった

    移動いどうのたびに起おきるのは、用語ようごの作つくり直なおしである。そしてしばしば、誤読ごどくが語ごを生うむ。三角さんかく法ほうの正弦せいげんは、サンスクリットで弓ゆみの弦げんを意味いみする語ごで呼よばれていた。これがアラビア語ごに音写おんしゃされた結果けっか、綴つづりの上うえでは「入江いりえ」「懐ふところ」を意味いみする語ごと見分みわけがつかなくなり、ラテン語ごに訳やくす者ものはそちらの意味いみで受うけ取とって、入江いりえや襞ひだを意味いみする語ごを当あてた。現在げんざいの記号きごう sin の語源ごげんは、この取とり違ちがえの化石かせきである。同おなじ経路けいろで、移項いこうと整理せいりを意味いみするアラビア語ごの術語じゅつごが代数だいすうの名なになり、中央ちゅうおうアジア出身しゅっしんの数学者すうがくしゃの名なが算法さんぽうの名なとして残のこった。日本語にほんごでも同おなじことが起おきた。18世紀じゅうはっせいきの蘭学者らんがくしゃたちが解剖かいぼう書しょを訳やくすとき、対応たいおうする語ごがない概念がいねんには新あたらしい漢語かんごを作つくるほかなく、その過程かていで生うまれた語ごが今いまも医学いがく用語ようごとして使つかわれている。明治めいじ期きには西周せいしゅうらが西洋せいよう哲学てつがくの術語じゅつごに一群いちぐんの訳語やくごを鋳造ちゅうぞうした。

    作つくられた訳語やくごは、さらに移動いどうする。20世紀にじっせいき初頭しょとう、日本にほんに留学りゅうがくした中国ちゅうごくの知識人ちしきじんは、日本語にほんごに定着ていちゃくした漢語かんごの術語じゅつごを大量たいりょうに持もち帰かえり、それが現代げんだい中国語ちゅうごくごの学術がくじゅつ語彙ごいの基層きそうの一部いちぶになった。韓国語かんこくごやベトナム語ごの術語じゅつごにも同おなじ経路けいろをたどったものが多おおい。ただし、これを「日本製にほんせい漢語かんごの輸出ゆしゅつ」として単純たんじゅんに語かたることには注意ちゅういがいる。多おおくの語ごは古典こてん漢語かんごに既すでにあった語ごに新あたらしい意味いみを負おわせた転用てんようであり、純然じゅんぜんたる新造しんぞうは一部いちぶにすぎない。しかも、どの語ごがどの経路けいろで定着ていちゃくしたかは語ごごとに異ことなり、日本にほんを経由けいゆせず中国ちゅうごくで独自どくじに定着ていちゃくした訳語やくごも、いったん採とられた後あとに別語べつごへ置おき換かえられた訳語やくごもある。語彙ごいの系譜けいふは国籍こくせきの物語ものがたりではなく、個々ここの語ごの履歴りれきの集あつまりである。

    現代げんだいの非対称ひたいしょうも、経路けいろの問題もんだいとして現あらわれる。学術がくじゅつの共通語きょうつうごが英語えいごに収斂しゅうれんした結果けっか、非ひ英語えいごで書かかれた成果せいかは存在そんざいしないものとして扱あつかわれやすい。誰だれでも読よめる形かたちで出だす代かわりに著者ちょしゃ側がわが掲載けいさい料りょうを払はらう公開こうかい方式ほうしきも、資金しきんの乏とぼしい地域ちいきの研究者けんきゅうしゃを締しめ出だす方向ほうこうに働はたらく。見みるべきは、その偏かたよりに対たいして周縁しゅうえんの側がわから立たてられた具体的ぐたいてきな対抗たいこう策さくのほうである。ラテンアメリカでは、公的こうてき資金しきんによる電子でんし出版しゅっぱん基盤きばんが1998年ねんから運用うんようされ、著者ちょしゃも読者どくしゃも費用ひようを負おわない形かたちで地域ちいきの学術がくじゅつ誌しを国際的こくさいてきに可視化かしかしてきた。掲載けいさい料りょうの支払しはらい能力のうりょくを参加さんかの条件じょうけんにしない公開こうかいが現げんに成なり立たつことを、この基盤きばんは20年にじゅうねん以上いじょうにわたって示しめしている。

    素材そざいの側がわの非対称ひたいしょうも同おなじ形かたちをしている。遺伝いでん資源しげんについては、由来国ゆらいこくと利用者りようしゃが利益りえきを分わけ合あう枠組わくぐみが2010年ねんに名古屋なごや議定書ぎていしょとして採択さいたくされ、2014年ねんに発効はっこうした。試料しりょうを提供ていきょうした国くにが、それを用もちいた研究けんきゅうと製品せいひんから締しめ出だされないようにするための仕組しくみである。契機けいきの一ひとつは2006年ねん末まつに起おきた。インドネシアが高こう病原性びょうげんせい鳥とりインフルエンザ(H5N1)の分離ぶんり株かぶの国際的こくさいてきな提供ていきょうを停止ていししたのである。株かぶを提供ていきょうしても、それを用もちいて作つくられたワクチンを自国じこくが買かえない ── 監視網かんしもうの一端いったんを担になう国くにが、その成果せいかから排除はいじょされる構造こうぞうへの異議申いぎもうし立たてだった。2011年ねんのパンデミック・インフルエンザ事前じぜん対策たいさく枠組わくぐみは、この対立たいりつから生うまれている。素材そざいを出だす側がわと成果せいかを得える側がわが一致いっちしないなら、共有きょうゆうは長続ながつづきしない。

    知ちは特定とくていの文明ぶんめいの所有物しょゆうぶつではない。どの体系たいけいも、どこかから借かりた記数法きすうほうと、どこかから借かりた文字もじと、どこかから借かりた測はかり方ほうの上うえに立たっている。借かりたものを組くみ替かえて次つぎの借かり手てへ渡わたすという往復おうふくのうえに、学問がくもんと呼よばれる営いとなみは載のっている。道具どうぐの由来ゆらいを辿たどることは、その道具どうぐの限界げんかいを辿たどることでもある。ある記数法きすうほうがどんな必要ひつようから生うまれたかを知しる者ものは、その記数法きすうほうで何なにが書かけないかも知しっている。借かり物ものであることを忘わすれたとき、知ちは自分じぶんの来歴らいれきを説明せつめいできなくなり、来歴らいれきを説明せつめいできない知ちは、自分じぶんがどこで間違まちがえたのかも説明せつめいできない。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 78 / 推すい 9 / 争そう 11

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かくエジプトの聖刻せいこく数字すうじは加算かさん的てき(同一どういつ記号きごうの反復はんぷく)、漢数字かんすうじは乗算じょうざん的てき(数字すうじと位い名めいの組くみ合あわせ)に分類ぶんるいされる両りょう体系たいけいの表記ひょうき実例じつれいおよび記数法きすうほうの類型るいけい論ろん
    • 確かくローマ数字すうじは減算げんざん則そく(IVは四よん、IXは九きゅう)を含ふくみ、同おなじ二に文字もじでも並ならび順じゅんで値あたいが変かわる。古典こてん期きには IIII 型かたが優勢ゆうせいで減算げんざん則そくの使用しようは散発さんぱつ的てきだったローマの碑文ひぶん・貨幣かへい・帳簿ちょうぼの数表すうひょう記き
    • 確かくローマでは計算けいさんに溝みぞと玉たまによる計算板けいさんばんが用もちいられ、ローマ数字すうじは主しゅとして記録きろくの表記ひょうきであった出土しゅつどした携帯用けいたいよう計算板けいさんばんおよび会計かいけい文書ぶんしょの用例ようれい
    • 確かく中国語ちゅうごくごでは 4005 を「四千零五よんせんれいご」と表記ひょうき・発音はつおんし、内部ないぶの空位くういに「零れい」を挟はさむのが規範きはんである現代げんだい中国語ちゅうごくごおよび明清みんしん以降いこうの数表すうひょう記きの慣行かんこう
    • 確かくバビロニアは前ぜん2000年紀ねんき初頭しょとうまでに六十進ろくじっしんの位取くらいどり記数法きすうほうを用もちいていた古こバビロニア期きの数学すうがく粘土板ねんどばん(プリンプトン322など)
    • 確かく中国ちゅうごくの算木さんぎ記数法きすうほうは升目ますめに算木さんぎを並ならべる十進じっしんの位取くらいどりであり、空位くういは升目ますめの空白くうはくが担になった『孫子そんし算経さんけい』の籌算ちゅうざんの記述きじゅつ、および出土しゅつど算木さんぎ・算さん表ひょう資料しりょう
    • 確かく手順てじゅんを反復はんぷくして答こたえに至いたる「算法さんぽう」の形式けいしきは位取くらいどり以前いぜんから存在そんざいするバビロニアの手順てじゅん文書ぶんしょ(procedure text)、『九きゅう章しょう算術さんじゅつ』の各かく「術じゅつ」
    • 確かく後期こうきバビロニアの文書ぶんしょに空位くういを示しめす記号きごうが現あらわれるが、数かずの末尾まつびには用もちいられない前ぜん1000年紀ねんき後半こうはん以降いこうのバビロニア文書ぶんしょ。2本にほんの斜ななめ楔くさびという定型ていけいはセレウコス朝ちょう期きの天文てんもん文書ぶんしょに見みられ、それ以前いぜんの散発さんぱつ的てきな別べつ形けいの例れいも報告ほうこくされている
    • 確かくマヤの長期ちょうき暦こよみでは第だい三さん位いが第だい二に位いの20倍にじゅうばいでなく18倍じゅうはちばいになるマヤ長期ちょうき暦こよみ(キン・ウィナル・トゥン)の構造こうぞう
    • 確かくゼロを表あらわすインドの語ご śūnya は「空そら」を意味いみする既存きそん語ごであり、6〜7世紀せいきの文献ぶんけんで数かずとして扱あつかわれる同時どうじ期きのサンスクリット数学すうがく・天文てんもん文献ぶんけん
    • 確かくブラフマグプタは零れいと負数ふすうを含ふくむ演算えんざん規則きそくを体系的たいけいてきに述のべ、零れいを零れいで割わった商しょうを零れいとした『ブラーフマスプタシッダーンタ』(628年ねん)
    • 確かく『九きゅう章しょう算術さんじゅつ』方程ほうてい章しょうに正負せいふ術じゅつがあり、正せいの算木さんぎを赤あか・負ふの算木さんぎを黒くろとする色分いろわけは3世紀さんせいきの劉りゅう徽き注ちゅうに明記めいきされる『九きゅう章しょう算術さんじゅつ』および劉りゅう徽き注ちゅう
    • 確かくカルダーノは負ふの解かいを虚構きょこうの数かずと呼よんだ『アルス・マグナ』(1545年ねん)
    • 確かくデカルトは負ふの根ねを「偽にせの根ね」と呼よんだ『幾何学きかがく』(1637年ねん)
    • 争そう通約つうやく不可能ふかのう量りょうの発見はっけんの時期じきと発見者はっけんしゃ前5世紀ぜんごせいきごろのピュタゴラス派はとされるが、個人こじんの特定とくていは史料しりょう上じょう困難こんなん
    • 推すいヒッパソスが通約つうやく不可能ふかのう量りょうの秘密ひみつを漏もらして海うみに沈しずめられたという話はなしは逸話いつわである数世紀すうせいき後ごの新しんプラトン派は著述ちょじゅつにのみ現あらわれ、同時どうじ代だいの裏うらづけがない
    • 争そう通約つうやく不可能ふかのう量りょうの発見はっけんが「万物ばんぶつは数かず」の前提ぜんていを崩くずし、ギリシア数学すうがくに「基礎きその危機きき」を引ひき起おこしたとする筋書すじがき同時どうじ代だいの証言しょうげんを欠かき、19世紀じゅうきゅうせいき以降いこうの再構成さいこうせいであるとする批判ひはん(W. Burkert, *Lore and Science in Ancient Pythagoreanism*、W. Knorr)が有力ゆうりょくである
    • 確かくエウドクソスの比例ひれい論ろんは量りょうの比ひを数かずから切きり離はなして定義ていぎしたユークリッド『原論げんろん』第だい五ご巻かん
    • 確かく無理数むりすうを有理数ゆうりすうの集合しゅうごうから算術さんじゅつ的てきに構成こうせいする方法ほうほうが示しめされたデデキント『連続れんぞく性せいと無理数むりすう』(1872年ねん)
    • 争そう文字もじの独立どくりつ発明はつめいの数かず三さん例れいから五ご例れいまで見解けんかいが分わかれる。争点そうてんはエジプトを刺激しげき伝播でんぱと見みるか、ロンゴロンゴやインダス文字もじを数かぞえるか
    • 推すいロンゴロンゴは独立どくりつ発明はつめいとして数かぞえにくい1770年ねんのスペインによる領有りょうゆう宣言せんげんの場ばで文字もじが示しめされた記録きろくがあり、刺激しげき伝播でんぱの可能性かのうせいを排除はいじょできない
    • 確かくウルク後期こうきの粘土板ねんどばんが最古さいこ級きゅうの楔形せっけい文字もじ資料しりょうである(前まえ3400〜前ぜん3200年ねんごろ)ウルクIV層そう出土しゅつどの行政ぎょうせい文書ぶんしょ
    • 確かくアビドスのU-j墓はかから出でた骨ほね・象牙ぞうげのラベルが最古さいこ級きゅうのエジプト文字もじ資料しりょうである(前ぜん3200年ねんごろ)ドイツ考古学こうこがく研究所けんきゅうしょによるアビドス調査ちょうさ
    • 確かく確実かくじつな年代ねんだいの甲骨文こうこつもんは前ぜん1200年ねんごろの殷墟いんきょ資料しりょうであり、甲骨こうこつ資料しりょう全体ぜんたいは前13世紀ぜんじゅうさんせいきから前11世紀ぜんじゅういっせいきに及およぶ殷墟いんきょ出土しゅつど卜辞ぼくじの編年へんねん
    • 争そうインダス文字もじが言語げんごを表記ひょうきする文字もじ体系たいけいか否いなかFarmer, Sproat & Witzel(2004年ねん)の非ひ文字もじ説せつと、これに反対はんたいする立場たちばが対立たいりつ
    • 確かく初期しょきアルファベット文字もじはシナイ半島はんとうセラービート・エル=ハーディムおよび上うえエジプトのワディ・エル=ホル(テーベ近郊きんこうの砂漠さばく路ろ沿そい)の刻文こくぶんに見みられ、前まえ1900〜前ぜん1500年ねんごろとされる両りょう遺跡いせきの刻文こくぶん。狭義きょうぎの「原げんシナイ文字もじ」はセラービート出土しゅつどの一群いちぐんを指さす
    • 推すい頭音とうおんを取とって音おとを表あらわすという初期しょきアルファベット文字もじの仕組しくみは、限かぎられた語ごの同定どうていに依拠いきょした復元ふくげんであるガーディナー(1916年ねん)の baʿalat 読解どっかい以来いらい、解読かいどくは部分的ぶぶんてきにとどまる
    • 確かくフェニキア文字もじは22の子音しいん字じから成なる前11世紀ぜんじゅういっせいき以降いこうのフェニキア碑文ひぶん
    • 確かくギリシア語ごに対応音たいおうおんを持もたないセム語ごの字じ(喉音こうおん字じおよび半母音はんぼいん字じ)が母音ぼいん字じに転用てんようされた初期しょきギリシア碑文ひぶんの字じ形けいと字じ順じゅん
    • 争そうギリシア母音ぼいん字じの成立せいりつが母音ぼいん表記ひょうきの必要ひつようによる意図的いとてき設計せっけいか、余剰よじょうの字じの転用てんようとして自然しぜんに生しょうじたものか双方そうほうの立場たちばが並立へいりつする
    • 確かくアッシュールバニパル文庫ぶんこの粘土板ねんどばんは宮殿きゅうでん焼失しょうしつ時じの加熱かねつによってかえって保存ほぞんされたニネヴェ出土しゅつど粘土板ねんどばんの状態じょうたい
    • 推すい巻子かんすから冊子さっしへの移行いこうは羊皮紙ようひしの登場とうじょうでは説明せつめいできない初期しょきの冊子さっしにはパピルス製せいが多数たすう含ふくまれる。C. H. Roberts & T. C. Skeat, *The Birth of the Codex*(1983年ねん)
    • 争そう蔡倫さいりん以前いぜんの前漢ぜんかん期きの遺跡いせきから紙かみ状じょうの遺物いぶつが出土しゅつどしているが、これを「紙かみ」と認定にんていしてよいかには異論いろんがある放馬ほうま灘なだ・灞橋・懸泉置けんせんちほかの出土しゅつど資料しりょうをめぐる論争ろんそう
    • 確かくアレクサンドリアの学者がくしゃはホメロス本文ほんぶんの校訂こうていに批評ひひょう符号ふごう(オベロス、アステリスコスなど)を用もちいたゼノドトス、アリスタルコスの校訂こうてい実践じっせんおよびそれを伝つたえる古注こちゅう
    • 確かく劉向りゅうきょう・劉歆は宮廷きゅうてい蔵書ぞうしょを複数ふくすう本ほんで校合きょうごうして定本ていほんを作つくり、目録もくろくを編あんだ『別べつ録ろく』『七略しちりゃく』(『漢書かんじょ』芸文げいぶん志しに反映はんえい)
    • 確かくイスラーム世界せかいでは聴取ちょうしゅ記録きろく(サマーウ)と伝授でんじゅ免許めんきょ(イジャーザ)によって本文ほんぶんの伝達でんたつが人的じんてきに保証ほしょうされた写本しゃほんに残のこる聴取ちょうしゅ記録きろくおよびイジャーザ文書ぶんしょ
    • 確かく異読いどくの分布ぶんぷから写本しゃほんの系統けいとうを復元ふくげんする方法ほうほうが19世紀じゅうきゅうせいきに定式化ていしきかされた(ラハマン法ほう)K. Lachmann らの校訂こうてい実践じっせん
    • 争そう系統樹けいとうじゅによる写本しゃほん復元ふくげんの有効性ゆうこうせい写本間の混淆(contamination)を理由りゆうに、J. Bédier(1928年ねん)以来いらい、単一たんいつの最良さいりょう写本しゃほんに依拠いきょすべきだとする批判ひはんが続つづく
    • 確かくアイゼンステインは印刷いんさつの本質的ほんしつてき作用さようを「固定こてい性せい」に求もとめたEisenstein, *The Printing Press as an Agent of Change*(1979年ねん)
    • 争そう印刷物いんさつぶつの固定こてい性せい・信頼性しんらいせいの由来ゆらいジョンズは信頼性しんらいせいが社会的しゃかいてきに構築こうちくされたものであり印刷機いんさつきの性質せいしつではないと反論はんろん。Johns, *The Nature of the Book*(1998年ねん)
    • 確かく高麗こうらいでは13世紀じゅうさんせいきに金属きんぞく活字かつじによる印刷いんさつが行おこなわれていた李り奎けい報ほう『東国とうごく李り相国しょうこく集しゅう』所収しょしゅうの鋳字印施ちゅうじいんし記事きじ
    • 確かく17世紀じゅうななせいきの中国ちゅうごくでは耶蘇やそ会かい士しを介かいした天文学てんもんがくの大おおきな転換てんかんが現実げんじつに起おきた『崇禎すうてい暦書れきしょ』の編纂へんさんと清初しんしょの時憲じけん暦こよみへの採用さいよう
    • 推すい印刷いんさつは科学かがく革命かくめいの必要条件ひつようじょうけんではあっても十分じゅうぶん条件じょうけんではない東ひがしアジアで印刷いんさつが先行せんこうしながら同型どうけいの変革へんかくが生しょうじなかったことからの解釈かいしゃく。ただし「何なにも起おきなかった」という前提ぜんていは成なり立たたない
    • 推すい革命かくめい前まえのフランスでは度量衡どりょうこうが地域ちいきごとに分立ぶんりつし、名称めいしょうと実量じつりょうの組くみ合あわせの総数そうすうは25万にじゅうごまん種しゅ規模きぼと見積みつもられるKen Alder, *The Measure of All Things*(2002年ねん)。推計すいけいであり数かぞえ方かたにより幅はばがある
    • 確かく日本にほんでは曲尺まがりがねと鯨尺くじらじゃくが長ながさの単位たんいとして並存へいそんした度量衡どりょうこう法ほう(1891年ねん)以前いぜんの慣行かんこうおよび同法どうほうによる整理せいり
    • 確かく秦しんは前ぜん221年ねんの統一とういつ後ごに度量衡どりょうこうを規格化きかくかし、詔文しょうぶんを刻きざんだ標準器ひょうじゅんきを各地かくちに頒布はんぷした出土しゅつどする秦しん権けん・秦しん量りょうの詔版しょうばん銘めい
    • 確かくメートルの当初とうしょ定義ていぎは子午線しごせんの四分しぶんの一いちの1000万まん分ぶんの一いちである。1795年ねんの法ほうが定さだめたのは旧きゅう測地そくち値ちによる暫定値ざんていちであり、ドランブル=メシャンの測量そくりょう(1792〜1798年とし)の結果けっかに基もとづく確定かくてい値ちと白金はっきん原器げんきは1799年ねんに定さだまった共和きょうわ暦こよみ3年さんねん芽月がげつ18日じゅうはちにち法ほうおよびアルシーヴ原器げんき(1799年ねん6月ろくがつ)
    • 確かくメシャンはバルセロナでの緯度いど観測かんそくの不整合ふせいごうを公表こうひょうしなかったKen Alder, *The Measure of All Things*(2002年ねん)
    • 確かく現在げんざいの測地そくち値ちでは子午線しごせんの四分しぶんの一いちは1000万まんメートルを約やく2キロメートル上回うわまわる現行げんこうの地球ちきゅう楕円体だえんたいパラメータによる計算けいさん
    • 確かくメートルの定義ていぎは1889年ねんに国際こくさい原器げんき、1960年ねんにクリプトン86の波長はちょう、1983年ねんに光速こうそくによる定義ていぎへ移行いこうした国際こくさい度量衡どりょうこう総会そうかいの決議けつぎ
    • 確かく2019年ねん5月ごがつ、キログラム・アンペア・ケルビン・モルが物理ぶつり定数ていすうの定義ていぎ値ちに基もとづく形かたちへ改定かいていされ、SI基本きほん単位たんいはすべて定数ていすうによって定義ていぎされる体系たいけいとなった第だい26回にじゅうろっかい国際こくさい度量衡どりょうこう総会そうかい(2018年ねん)決議けつぎ、2019年ねん5月ごがつ20日はつか施行しこう
    • 確かく国際こくさいキログラム原器げんきは複製ふくせいとの比較ひかくで数十すうじゅうマイクログラム規模きぼの質量しつりょう差さを示しめしていた国際こくさい度量衡どりょうこう局きょくによる定期ていき比較ひかく
    • 確かくホイヘンスは振ふり子こを用もちいた時計とけいを17世紀じゅうななせいき半なかばに実用化じつようかし、機械きかい時計とけいの日誤差にちごさを大おおきく改善かいぜんしたHuygens, *Horologium*(1658年ねん)および『振子しんし時計とけい』(1673年ねん)
    • 確かく英国えいこく議会ぎかいは1714年ねんに経度けいど測定そくてい法ほうに対たいする懸賞けんしょうを定さだめた経度けいど法ほう(1714年ねん)
    • 確かくハリソンの四よん号機ごうきは1761年ねんから翌年よくねんの西にしインド航海こうかいで実用的じつようてき精度せいどを示しめした経度けいど委員会いいんかいの航海こうかい試験しけん記録きろく
    • 確かく経度けいど決定けっていでは月つき距きょ法ほうがクロノメーター法ほうと競合きょうごうし、天文学てんもんがく者しゃ側がわの支持しじを得とくていたマスケリンによる『航海暦こうかいれき』(1767年ねん刊行かんこう開始かいし)および経度けいど委員会いいんかいの審議しんぎ記録きろく
    • 確かく1967年ねんに秒びょうの定義ていぎがセシウム133原子げんしの超ちょう微細びさい遷移せんい周波数しゅうはすうに基もとづくものへ変更へんこうされた第だい13回じゅうさんかい国際こくさい度量衡どりょうこう総会そうかい
    • 確かく衛星えいせい測位そくいでは衛星えいせい搭載とうさい時計とけいが地上ちじょうより1日ついたちあたり正味しょうみで数十すうじゅうマイクロ秒びょう進すすみ、相対論そうたいろん的てき補正ほせいを要ようするGPSの時刻系じこくけい設計せっけい
    • 確かくガリレオは望遠鏡ぼうえんきょうによる観測かんそく結果けっかを1610年ねんに公刊こうかんした『星ほし界かいの報告ほうこく』(1610年ねん)
    • 推すい望遠鏡ぼうえんきょうへの当時とうじの反対はんたいには、器械きかいが遠方えんぽうでも正ただしく働はたらく保証ほしょうを問とう正当せいとうな論点ろんてんが含ふくまれていた17世紀じゅうななせいき初頭しょとうの光学こうがく的てき知識ちしきの水準すいじゅんからの解釈かいしゃく
    • 確かくレーウェンフックはレンズ製作せいさく法ほうを公開こうかいせず、追試ついしが困難こんなんであった王立おうりつ協会きょうかい宛あて書簡しょかん群ぐんおよび同時どうじ代だいの追試ついし記録きろく
    • 確かく最小さいしょう二に乗法じょうほうはルジャンドルが1805年ねんに公表こうひょうし、ガウスは1809年ねんの著作ちょさくで先行せんこう使用しようを主張しゅちょうして優先権ゆうせんけん論争ろんそうになったLegendre(1805年ねん)、Gauss, *Theoria Motus*(1809年ねん)
    • 確かくラプラスは多数たすうの独立どくりつな誤差ごさの和わが正規せいき分布ぶんぷに近ちかづくことを示しめしたLaplace(1810年ねんごろの一連いちれんの論文ろんぶん)
    • 確かくイブン・シーナーは薬効やっこう判定はんていの要件ようけんを列挙れっきょし、比較ひかくしうる症例しょうれいでの試験しけんや偶然ぐうぜんの排除はいじょを挙あげた『医学いがく典範てんぱん』第だい二に巻かん
    • 確かくアンブロワーズ・パレは1537年ねんの従軍中じゅうぐんちゅう、煮にえ油あぶらの代かわりに軟膏なんこうを用もちいた銃創じゅうそうの経過けいかを記録きろくしたパレの外科げか著作ちょさくおよび回想かいそう
    • 確かくリンドは1747年ねん、船上せんじょうの壊血病かいけつびょう患者かんじゃ12人じゅうににんを2人ふたりずつ六ろく組くみに分わけて異ことなる処置しょちを与あたえたLind, *A Treatise of the Scurvy*(1753年ねん)
    • 確かくリンドの記述きじゅつでは柑橘かんきつの組くみの1人ひとりが6日むいかで任務にんむに復帰ふっきし、もう1人ひとりは最もっともよく回復かいふくして残のこる病者びょうしゃの看護かんごに当あたった。林檎酒りんごしゅの組くみにも軽度けいどの改善かいぜんが認みとめられている同書どうしょの記述きじゅつ
    • 確かくリンドの試験しけんには無作為むさくい化かも盲検もうけん化かもなく、彼かれ自身じしんは柑橘かんきつを決定的けっていてき治療ちりょうとは結論けつろんしなかった同書どうしょの記述きじゅつおよび濃縮のうしゅく果汁かじゅう(rob)の推奨すいしょう
    • 確かく英国えいこく海軍かいぐんが柑橘類かんきつるいの常備じょうびを制度せいど化かしたのは1790年代ねんだい半なかば、商船しょうせんへの義務化ぎむかは1860年代ねんだいである海軍かいぐん省しょうの措置そちおよび商船しょうせん法ほう(1867年ねん)
    • 確かくフィッシャーは無作為むさくい化かを実験じっけん計画けいかくの原理げんりとして定式化ていしきかしたFisher, *The Design of Experiments*(1935年ねん)
    • 確かく英国えいこく医学いがく研究けんきゅう審議会しんぎかいは1948年ねん、封筒ふうとうに封入ふうにゅうした乱数らんすう表ひょうによる割付わりつけでストレプトマイシンの試験しけんを報告ほうこくしたMRC報告ほうこく、*British Medical Journal*(1948年ねん)
    • 確かく同どう試験しけんに偽薬ぎやく対照たいしょうはなく、盲検もうけん化かは胸部きょうぶエックス線せん写真しゃしんの読影どくえいに限かぎられていた同どう報告ほうこくの方法ほうほう記述きじゅつ
    • 確かくフィッシャーは有意ゆうい性せいの目安めやすとして20にじゅう分ぶんの一いちの水準すいじゅんを便宜的べんぎてきに提示ていじしたFisher, *Statistical Methods for Research Workers*(1925年ねん)
    • 確かく米国べいこく統計学とうけいがく会かいは2016年ねん、p値あたいの解釈かいしゃくに関かんする六ろく項目こうもくの原則げんそくからなる声明せいめいを公表こうひょうし、p値あたいが仮説かせつの正ただしさの確率かくりつでないこと、有意ゆうい性せいの二に分ぶんで結論けつろんや政策せいさく判断はんだんを下くだすべきでないことを明記めいきしたAmerican Statistical Association, "Statement on Statistical Significance and P-Values"(2016年ねん)
    • 確かく閻若璩は『尚書しょうしょ古文こぶん疏しょ証しょう』で『古文こぶん尚書しょうしょ』の一部いちぶを後世こうせいの偽作ぎさくと論証ろんしょうした同書どうしょ
    • 推すい外部がいぶ査読さどくが分野ぶんや横断おうだん的てきに標準化ひょうじゅんかするのは20世紀にじっせいき半なかば以降いこうである主要しゅよう誌しの運用うんよう開始時期かいしじきの集積しゅうせきからの評価ひょうか。誌しごとの年次ねんじには異説いせつがある
    • 確かくベイズの論文ろんぶんは著者ちょしゃの死後しごに公表こうひょうされ、ラプラスが独立どくりつに定式化ていしきかしたBayes(1763年ねん、プライスによる公表こうひょう)、Laplace(1774年ねん)
    • 確かくベイズ的てき方法ほうほうは20世紀にじっせいき前半ぜんはんに主流しゅりゅうから退しりぞき、標本ひょうほんを発生はっせいさせて事後じご分布ぶんぷを近似きんじする計算法けいさんほうの実用化じつようかとともに20世紀末せいきまつに復権ふっけんしたギブス標本ひょうほん法ほうによるベイズ計算けいさんの一般化いっぱんか(Gelfand & Smith, 1990年ねん)以降いこうの統計学とうけいがく文献ぶんけん
    • 確かくポパーは反証はんしょう可能性かのうせいを科学かがくと非ひ科学かがくの線引せんびき基準きじゅんとして提示ていじしたPopper, *Logik der Forschung*(1934年ねん)
    • 確かく仮説かせつは補助ほじょ的てき前提ぜんていとともにしか検証けんしょうできないため、反証はんしょうの対象たいしょうを論理ろんりだけでは特定とくていできないデュエム=クワインのテーゼ
    • 確かく天王星てんのうせいの軌道きどうの不一致ふいっちは未知みちの惑星わくせいの仮定かていによって解決かいけつされ、海王星かいおうせいの発見はっけんに至いたったルヴェリエおよびアダムズの計算けいさん、1846年ねんの発見はっけん
    • 確かく水星すいせいの近日点きんじつてん移動いどうを未知みちの惑星わくせいで説明せつめいする試こころみは成功せいこうせず、一般いっぱん相対性理論そうたいせいりろんによって説明せつめいされたバルカン探索たんさくの失敗しっぱいと1915年ねんの説明せつめい
    • 確かくフナイン・イブン・イスハークはガレノス翻訳ほんやくの目録もくろくを残のこし、写本しゃほん校合きょうごうの手順てじゅんを記しるしたフナインの『書簡しょかん(リサーラ)』
    • 争そう「知恵ちえの館やかた」を組織的そしきてきな翻訳ほんやく機関きかんとする像ぞうこれは主しゅとして通俗的つうぞくてきな叙述じょじゅつに残のこる像ぞうであり、専門せんもん研究けんきゅうでは Gutas, *Greek Thought, Arabic Culture*(1998年ねん)以降いこう、カリフの図書館としょかんないし書庫しょこと見みて翻訳ほんやく事業じぎょうの大半たいはんを宮廷外きゅうていがいの私的してき後援こうえんに帰かえす見方みかたが標準ひょうじゅんとなっている
    • 確かく仏典ぶってんの漢訳かんやくは2世紀にせいきに始はじまり、数百すうひゃく年ねんにわたって訳場やくじょうの分業ぶんぎょう体制たいせいのもとで続つづけられた大規模だいきぼな翻訳ほんやく事業じぎょうである後漢ごかんの安世高あんせいこう・支婁迦讖しるかせん以降いこうの訳経やくきょう記録きろく、鳩摩羅什くまらじゅう・玄奘げんじょうの訳場やくじょう
    • 確かく玄奘げんじょうのインド見聞録けんぶんろくは後世こうせいのインド史し復元ふくげんの資料しりょうとなった『大唐だいとう西域せいいき記き』
    • 争そうタラス河畔かはんの戦たたかいの捕虜ほりょによる製紙法せいしほう西伝せいでん伝承でんしょうを伝つたえる記述きじゅつは数世紀すうせいき後ごのもの(サアーリビー、11世紀じゅういっせいき)で、サマルカンドでの製紙せいし開始かいしとの因果いんがは確定かくていしていない
    • 確かくユークリッド『原論げんろん』の前六巻ぜんろっかんは17世紀じゅうななせいき初頭しょとうに漢訳かんやくされ、残のこりの巻かんの漢訳かんやくは19世紀じゅうきゅうせいき半なかばである『幾何きか原本げんぽん』(1607年ねん、利り瑪竇まとう・徐じょ光啓こうけい)、続編ぞくへん(1857年ねん、李善りぜん蘭らん・ワイリー)
    • 確かくsin の語源ごげんは、サンスクリット語ご jyā(弦げん)がアラビア語ごに jb と音写おんしゃされた後あと、jayb(入江いりえ・懐ふところ)と読よまれ、ラテン語ご訳やくで sinus に置おき換かえられたことに由来ゆらいするクレモナのジェラルドらによるアラビア語ご数学すうがく書しょのラテン語ご訳やくにおける sinus の採用さいよう
    • 確かく代数(algebra)はアラビア語ごの術語じゅつご al-jabr に、算法(algorithm)は数学者すうがくしゃアル=フワーリズミーの名なに由来ゆらいするラテン語ご訳やく数すう学書がくしょの用語ようご史し
    • 確かく18世紀じゅうはっせいき後半こうはんの蘭学者らんがくしゃによる解剖かいぼう書しょ翻訳ほんやくの過程かていで新あたらしい漢語かんごが造つくられた『解体かいたい新書しんしょ』(1774年ねん)
    • 争そう近代きんだい学術がくじゅつ語彙ごいにおける和製わせい漢語かんごの位置いち日本にほん発はつの新造しんぞうとされる語ごの多おおくは古典こてん漢語かんごの転用てんようであり、経路けいろは語ごごとに異ことなる
    • 確かく著者ちょしゃも読者どくしゃも費用ひようを負おわない公的こうてき資金しきんによる電子でんし出版しゅっぱん基盤きばんが20世紀末せいきまつからラテンアメリカで運用うんようされているSciELO(1998年ねん開始かいし)
    • 確かく生物せいぶつ多様性たようせい保全ほぜんに関かんする文献ぶんけんの三分さんぶんの一いち超ちょうが英語えいご以外いがいの言語げんごで書かかれているAmano et al., *PLOS Biology* 14(2016年ねん)
    • 推すい非ひ英語えいごで書かかれた科学的かがくてき知見ちけんは国際的こくさいてきな総説そうせつから系統的けいとうてきに脱落だつらくしやすい上記じょうきの言語げんご分布ぶんぷと、総説そうせつの引用いんよう言語げんご構成こうせいからの解釈かいしゃく
    • 確かく遺伝いでん資源しげんの利用りようから生しょうじる利益りえきの配分はいぶんを定さだめる国際的こくさいてき枠組わくぐみが作つくられた名古屋なごや議定書ぎていしょ(2010年ねん採択さいたく、2014年ねん発効はっこう)
    • 確かくインドネシアは2006年ねん末まつから高こう病原性びょうげんせい鳥とりインフルエンザ(H5N1)分離ぶんり株かぶの国際的こくさいてきな提供ていきょうを停止ていしし、ワクチンへのアクセスを争点そうてん化かしたWHOのインフルエンザ株かぶ共有きょうゆうをめぐる交渉こうしょう経緯けいい
    • 確かくこの対立たいりつを受うけて2011年ねんにパンデミック・インフルエンザ事前じぜん対策たいさく(PIP)枠組わくぐみが成立せいりつした第だい64回ろくじゅうよんかい世界せかい保健ほけん総会そうかい決議けつぎ(2011年ねん)
    03

    マクロ ── 地図ちずをひろげる

    現在げんざいの全景ぜんけい(当前全景 / The Map Today)

    17領域の全景 ── 内環が領域、外環がスパイン学問メタ知識73形式科学79情報45物理科学47化学30地球54生命科学89農学49医学171神経科学42工学57社会科学144人文学92宗教学52芸術32専門職37学際881,181学問ノード
    図ず 75内環ないかんが17領域じゅうななりょういき、外環がいかんの目盛めもりが144のスパイン学問がくもん。角度かくどの幅はばはノード数かずに比例ひれいする。最もっとも広ひろいのは医学いがく・健康けんこう科学かがく ── ただし順位じゅんいは、突つき合あわせた台帳だいちょうの形かたちに従属じゅうぞくする。

    現代げんだいの学問がくもんは、いくつあるのか。

    この問といには、正ただしい答こたえがない。
    数かぞえるための台帳だいちょうが、ひとつではないからだ。

    本ほんページは学問がくもんを 17の領域りょういきに分わけている。メタ知識ちしき・形式けいしき科学かがく・情報じょうほう・物理ぶつり・化学かがく・地球ちきゅう・生命せいめい・農学のうがく・医学いがく・脳のうと心こころ・工学こうがく・社会しゃかい・人文じんぶん・宗教しゅうきょう・芸術げいじゅつ・専門職せんもんしょく・学際がくさい。

    なぜ17なのか。答こたえは正直しょうじきに言いえば、これが原典げんてんの著者ちょしゃの分わけ方ほうだったからである。

    ここが重要じゅうような点てんだ。原典げんてん自身じしんが、最上位さいじょういの分類ぶんるいを五ご通とおり提示ていじしていた。事実じじつ

    分類ぶんるい数かず出所でどころ
    領域りょういきA〜Q17原典げんてん独自どくじ
    KNOWLEDGE11原典げんてんの最終さいしゅう圧縮あっしゅく表現ひょうげん
    OECD FORD6研究開発けんきゅうかいはつ統計とうけいの国際こくさい標準ひょうじゅん
    OpenAlex fields26論文ろんぶんデータ由来ゆらい
    PART構成こうせい33文書ぶんしょの章立しょうだて

    そして、これら五いつつの間あいだに対応表たいおうひょうがなかった。

    本ほんページはその対応表たいおうひょうを作つくった。画面がめん右上みぎうえの切替きりかえで、同おなじ知識ちしき空間くうかんを五いつつの分類ぶんるいで見みることができる。同おなじ学問がくもんが、分類ぶんるいを変かえると別べつの場所ばしょへ移動いどうする。

    作業さぎょうの途中とちゅうで、原典げんてん自身じしんの不整合ふせいごうも見みつかった。原典げんてんの「最終的さいしゅうてきな圧縮あっしゅく表現ひょうげん」である11分類じゅういちぶんるいは、自分じぶんの17領域じゅうななりょういきのうち農学のうがく・芸術げいじゅつ・専門職せんもんしょくの三さん領域りょういきを落おとしていた。推論すいろん

    また、専門職せんもんしょくと学際がくさいの二に領域りょういきは、OECDの6分類ろくぶんるいのどれにも収おさまらない。これは誤あやまりではない。OECDの分類ぶんるいは研究開発けんきゅうかいはつ費ひと人員じんいんを配分はいぶんするための道具どうぐであって、知識ちしきを分類ぶんるいするための道具どうぐではないからだ。解釈かいしゃく

    分類ぶんるいの数かずを数かぞえるより、なぜその数かずになったかを問とうほうが情報量じょうほうりょうが多おおい。

    領域りょういきごとのノード数かずを見みると、この地図ちずの性格せいかくが分わかる。最もっとも大おおきいのは医学いがく・健康けんこう科学かがくで171、次ついで社会しゃかい科学かがく144、人文学じんぶんがく92、生命科学せいめいかがく89、学際がくさい・融合ゆうごう88、形式けいしき科学かがく79である。推論すいろん

    ただし、この順位じゅんいそのものが、本ほんページの中心ちゅうしんテーゼの実例じつれいになっている。医学いがくが最大さいだいなのは、学術がくじゅつ雑誌ざっしの分類ぶんるい(ASJC)と突つき合あわせて、医学いがくを細こまかく彫ほったからだ。突合とつごう先さきを変かえれば、順位じゅんいは変かわる。数かぞえた結果けっかは、数かぞえるのに使つかった道具どうぐの形かたちをしている。解釈かいしゃく

    それでも、学際がくさい・融合ゆうごうが単独たんどくの領域りょういきとして医学いがく・社会しゃかい科学かがくに肩かたを並ならべることは、2026年ねんの学問がくもんがどうなっているかを示しめしている。かつては境界線きょうかいせんだった場所ばしょに、いまは多おおくの名前なまえがついている。スノーが「二ふたつの文化ぶんか」を語かたった1959年ねんから、地図ちずの中心ちゅうしんは移動いどうした。解釈かいしゃく

    この図ずでは、どのノードを選えらんでも、そこから三みっつ先さきまでの接続せつぞく分野ぶんやが浮うかび上あがる。あなたの専門せんもんを選えらんでみてほしい。隣となりにいるのが、思おもっていた分野ぶんやとは限かぎらない。

    データと出典しゅってん
    • 17領域じゅうななりょういきの五ご系統けいとう対応表たいおうひょう:WORK_02 §1
    • 領域りょういき別べつノード数かず(全ぜん1,181):医学いがく171/社会しゃかい144/人文じんぶん92/生命せいめい89/学際がくさい88/形式けいしき79
    • 医学いがくが最大さいだいなのは、ASJC と突つき合あわせて医学いがくを細こまかく彫ほった結果けっかである。順位じゅんいは突合とつごう先さきに従属じゅうぞくする 解釈かいしゃく

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    04

    四よっつの軸じくで切きる

    存在そんざいの階層かいそう(存在的层级 / The Ladder of Being)

    存在の階層 ── 推論から地球社会システムまで階層扱う学問↓還元創発↑L.21地球社会システム地球システム科学・持続可能性学L.20文明歴史学・文明論L.19文化人類学・文化研究L.18国際社会国際関係論L.17国家政治学・行政学L.16制度経済学・法学・政治学L.15組織経営学・組織論L.14二者関係社会心理学L.13個人行動心理学・行動経済学L.12意識・自己意識科学・現象学L.11認知認知科学・心理学L.10神経系神経科学L.9個体医学・動物学・農学L.8組織・臓器生理学・解剖学・内科学L.7細胞細胞生物学・微生物学L.6生体分子生化学・分子生物学L.5物質物性物理学・材料科学L.4分子化学L.3原子原子物理学L.2原子核原子核物理学L.1粒子素粒子物理学L.0時空・量子素粒子物理学・宇宙論L.−1形式数学・確率・計算L.−2推論論理学・数学の基礎下の二段(推論・形式)は破線 ── 時空の中に存在しない
    図ず 76下向したむきに読よむと還元かんげん、上向うわむきに読よむと創発そうはつ。最さい下部かぶの二に層そうだけが破線はせん ── 推論すいろんと形式けいしきは、時空じくうの中なかに存在そんざいしない。

    素粒子そりゅうしから文明ぶんめいまで、世界せかいは積つみ上あがっている。

    下したの階かいを完全かんぜんに理解りかいすれば、上うえの階かいも分わかるはずだ――
    そう考かんがえたくなる。
    だが、量子りょうし力学りきがくから中国ちゅうごくの政治せいじ制度せいどを導みちびくことはできない。

    原典げんてんは世界せかいを 24の階層かいそうに並ならべた。推論すいろん(L−2)と形式けいしき(L−1)から始はじまり、時空じくう・量子りょうし(L0)、粒子りゅうし、原子核げんしかく、原子げんし、分子ぶんし、物質ぶっしつ、生体せいたい分子ぶんし、細胞さいぼう、組織そしき、個体こたい、神経系しんけいけい、認知にんち、意識いしき、個人こじん行動こうどう、二者にしゃ関係かんけい、組織そしき、制度せいど、国家こっか、国際こくさい社会しゃかい、文化ぶんか、文明ぶんめい、そして地球ちきゅう社会しゃかいシステム(L21)まで。

    各かく階層かいそうには、それを扱あつかう学問がくもんが対応たいおうしている。細胞さいぼうには細胞さいぼう生物学せいぶつがく(细胞生物学 / Cell Biology)と微生物びせいぶつ学がく(微生物学 / Microbiology)。制度せいどには経済学けいざいがく・法学ほうがく・政治学せいじがく・社会学しゃかいがく・人類学じんるいがく・宗教学しゅうきょうがく。

    この梯子はしごは、二ふたつの方向ほうこうに読よめる。

    下向したむきに読よむと、還元かんげんである。社会しゃかいは個人こじんに、個人こじんは心理しんりに、心理しんりは神経しんけい回路かいろに、神経しんけい回路かいろは細胞さいぼうに、細胞さいぼうは分子ぶんしに、分子ぶんしは原子げんしに、原子げんしは量子りょうし場ばに依存いぞんしている。この依存いぞん関係かんけいは非常ひじょうに強つよい。心こころは脳のうに依存いぞんし、脳のうは生物学せいぶつがくに依存いぞんし、生物学せいぶつがくは化学かがくに、化学かがくは物理ぶつりに依存いぞんする。

    上向うわむきに読よむと、創発そうはつである。量子りょうし的てき相互作用そうごさようから原子げんしが、原子げんしから分子ぶんしが、分子ぶんしから細胞さいぼうが、細胞さいぼうから神経しんけい回路かいろが、神経しんけい回路かいろから認知にんちが、認知にんちから個人こじんが、個人こじんから集団しゅうだんが、集団しゅうだんから制度せいどが、制度せいどから社会しゃかいが現あらわれる。

    そしてその途中とちゅうで、下したの階層かいそうには存在そんざいしなかった概念がいねんが現あらわれる。温度おんど。流体りゅうたい。生命せいめい。遺伝いでん。意識いしき。言語げんご。市場しじょう。法ほう。国家こっか。

    ここに、還元かんげん主義しゅぎの限界げんかいがある。原典げんてんはこれを三さん段階だんかいに分わけて整理せいりした。事実じじつ

    存在論そんざいろん的てき依存いぞんは強つよい。心こころは脳のうなしに存在そんざいしない。 説明せつめい論ろん的てき還元かんげんは限定的げんていてきである。経済けいざい危機ききを量子りょうし力学りきがくで説明せつめいすることに意味いみはない。 予測よそく論ろん的てき還元かんげんはさらに難むずかしい。初期しょき条件じょうけん、計算けいさん複雑性ふくざつせい、カオス、情報じょうほう不足ふそくのために、下位かいの法則ほうそくを知しっていても上位じょういの現象げんしょうを予測よそくできない場合ばあいが多おおい。

    だから学問がくもんは階層かいそうごとに分わかれている。それは怠慢たいまんではなく、必要ひつようである。解釈かいしゃく

    もうひとつ、この梯子はしごには見落みおとされやすい特徴とくちょうがある。下したの二に段だんが物質ぶっしつではないことだ。

    L−2は推論すいろん、L−1は形式けいしき――論理ろんり、数学すうがく、確率かくりつ、計算けいさん。これらは時空じくうの中なかに存在そんざいするものではない。にもかかわらず、原典げんてんはこれを階層かいそうの最さい下部かぶに置おいた。物質ぶっしつの下したに、物質ぶっしつでないものが敷しかれている。

    この配置はいちは、S7で扱あつかう形式けいしき軸じくと繋つながっている。数学すうがくは物理学ぶつりがくの下したの階層かいそうにあるのではなく、階層かいそう全体ぜんたいを貫つらぬいている。梯子はしごの絵えは便利べんりだが、そこだけは嘘うそをついている。解釈かいしゃく

    そして上端じょうたんも同様どうようである。L21――地球ちきゅう社会しゃかいシステム――は、人類じんるい文明ぶんめいと生物圏せいぶつけんと気候きこうと技術ぎじゅつと経済けいざいを同時どうじに含ふくむ。ここまで来くると、対象たいしょうはもう単一たんいつの学問がくもんの手てに負おえない。地球ちきゅうシステム科学かがく、地球ちきゅう変動へんどう科学かがく、サステナビリティ学がく、プラネタリーヘルス、グローバル研究けんきゅうが同時どうじに必要ひつようになる。梯子はしごの最上さいじょう段だんでは、学問がくもんは再ふたたび融とけ合あう。

    データと出典しゅってん
    • 24階層かいそうの定義ていぎ:原典げんてん §138〜§161
    • 各かく階層かいそうに対応たいおうする学問がくもん:原典げんてんが明示めいじした対応表たいおうひょうを本ほんページで正規化せいきか
    • 還元かんげんの三さん段階だんかい:原典げんてん §164
    • 「量子りょうし力学りきがくから中国ちゅうごくの政治せいじ制度せいどは導みちびけない」は原典げんてん §162 の例れい

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    05

    四よっつの軸じくで切きる

    見みえないものの九きゅう段階だんかい(不可见事物的九个层级 / Nine Grades of the Unseen)

    見えないものの九段階 ── E0 から E8 へE.0直接知覚できる人間の行動岩石・星生態学・地質学E.1装置を介して観測する細胞・脳活動重力波細胞生物学神経科学E.2間接的に推論する電子・暗黒物質素粒子物理学心理学E.3過去に存在した恐竜・古代文明古気候歴史学・考古学E.4一人称でしか届かない痛み・クオリア夢意識科学現象学E.5社会的に実在する貨幣・法・国家経済学・法学E.6形式的対象数・集合位相空間数学・論理学E.7規範的対象善・正義・権利倫理学・美学E.8形而上学的超越的対象存在そのもの神形而上学・神学E3 と E4 のあいだが最も重い境界 ── 第三者が同じ形ではアクセスできない
    図ず 77左端ひだりはしが直接ちょくせつ知覚ちかくできるもの、右端みぎはしが形而上学けいじじょうがく的てき・超越的ちょうえつてき対象たいしょう。E3とE4のあいだの太ふとい線せんが、第三者だいさんしゃアクセスの可否かひという最もっとも重おもい境界きょうかいである。

    「見みえない」には、九きゅう種類しゅるいある。

    電子でんしが見みえないことと、正義せいぎが見みえないことと、
    神かみが見みえないことは、同おなじ意味いみではない。

    学問がくもんを分わけるもうひとつの軸じくは、研究けんきゅう対象たいしょうにどうやって到達とうたつするかである。原典げんてんはこれを九きゅう段階だんかいに分わけた。

    クラス実例じつれい主おもな学問がくもん
    E0直接ちょくせつ知覚ちかくできる人間にんげんの行動こうどう、動植物どうしょくぶつ、岩石がんせき、星ほし、道具どうぐ生態学せいたいがく・地質学ちしつがく・人類学じんるいがく
    E1装置そうちを介かいして観測かんそくする細胞さいぼう、分子ぶんし、脳のう活動かつどう、系けい外惑星がいわくせい、重力波じゅうりょくは細胞さいぼう生物学せいぶつがく・神経しんけい科学かがく・天文学てんもんがく
    E2間接かんせつ的てきに推論すいろんする電子でんし、クォーク、ニュートリノ、暗黒あんこく物質ぶっしつ、心理学しんりがく的てきな潜在せんざい構成こうせい概念がいねん素粒子そりゅうし物理学ぶつりがく・心理学しんりがく
    E3過去かこに存在そんざいした恐竜きょうりゅう、古代こだい文明ぶんめい、死語しご、古こ気候きこう、人類じんるいの祖先そせん歴史学れきしがく・考古学こうこがく・古こ生物学せいぶつがく
    E4一人称いちにんしょうでしか届とどかない痛いたみ、クオリア、主観的しゅかんてき経験けいけん、夢ゆめ、自己じこ感かん意識いしき科学かがく・精神せいしん医学いがく・現象学げんしょうがく
    E5社会的しゃかいてきに実在じつざいする貨幣かへい、法ほう、婚姻こんいん、国家こっか、大学だいがく、国籍こくせき経済学けいざいがく・法学ほうがく・社会学しゃかいがく
    E6形式的けいしきてき対象たいしょう数かず、集合しゅうごう、関数かんすう、群ぐん、位相いそう空間くうかん、アルゴリズム数学すうがく・論理学ろんりがく・理論りろん計算機科学けいさんきかがく
    E7規範きはん的てき対象たいしょう善ぜん、正義せいぎ、義務ぎむ、権利けんり、美び、正統性せいとうせい倫理学りんりがく・政治せいじ哲学てつがく・法学ほうがく・美学びがく
    E8形而上学けいじじょうがく的てき・超越的ちょうえつてき対象たいしょう存在そんざいそのもの、必然的ひつぜんてき存在そんざい、神かみ、究極きゅうきょく原因げんいん、可能かのう世界せかい形而上学けいじじょうがく・宗教しゅうきょう哲学てつがく・自然しぜん神学しんがく・神学しんがく

    この軸じくが示しめすのは、「肉眼にくがんで見みえない」ことは「科学的かがくてきに認識にんしきできない」ことを意味いみしない、ということである。

    ニュートリノも暗黒あんこく物質ぶっしつも遺伝子いでんしも古こ気候きこうも、直接ちょくせつは見みえない。だが観測かんそく結果けっかによって制約せいやくされる。E1からE3までは、観測かんそく装置そうちと推論すいろんの問題もんだいにすぎない。

    境界きょうかいはもっと先さきにある。

    E4――一人称いちにんしょうの経験けいけん――は、第三者だいさんしゃが本人ほんにんと同おなじ形かたちではアクセスできない。あなたの痛いたみを、私わたしは測定そくていできても経験けいけんできない。

    E5――貨幣かへいや法ほうや国家こっか――は、素粒子そりゅうしのような物体ぶったいではない。しかし人間にんげんのあいだで共有きょうゆうされた規則きそくと信念しんねんとして、確たしかに因果いんが的てきに作用さようする。

    E6とE7は、そもそも経験けいけん的てきに発見はっけんする種類しゅるいの対象たいしょうではない。電子でんし顕微鏡けんびきょうで正義せいぎを観測かんそくすることはできない。

    そしてE8。ここには重要じゅうような線せんがある。経験けいけん科学かがくは経験けいけん的てき検証けんしょうによって主張しゅちょうを立たてる。形而上学けいじじょうがくと神学しんがくは、概念的がいねんてき・理性的りせいてき・啓示けいじ的てきな論証ろんしょうによって主張しゅちょうを立たてる。この二ふたつは異ことなる認識論にんしきろん的てき領域りょういきであり、片方かたほうの基準きじゅんでもう片方かたほうを裁さばくことは方法論ほうほうろん上じょう正ただしくない。事実じじつ

    異ことなる学問がくもんに、同一どういつの証明しょうめい基準きじゅんを要求ようきゅうしないこと。 これが本ほんページの立場たちばである。

    データと出典しゅってん
    • 九きゅう段階だんかいの定義ていぎ:原典げんてん §165〜§173
    • 原典げんてん §105 の「見みえないもの①〜⑦」(7分類ななぶんるい)と本ほん軸じく(9分類きゅうぶんるい)は対応たいおうが不整合ふせいごうだったため、本ほんページではE0〜E8に一本化いっぽんかした
    • 疑似ぎじ科学かがくとの境界きょうかいについては S11 を参照さんしょう

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    06

    四よっつの軸じくで切きる

    十一じゅういちの方法ほうほう(十一种方法 / Eleven Ways of Knowing)

    144の学問 × 11の方法演繹実験観察無作為化因果推論模擬歴史的再構成解釈エスノグラフィ設計規範的推論哲学保険数理学意思決定科学数学確率論・統計学論理学サイバーセキュリティソフトウェア・システム科学データサイエンス人工知能情報システム学情報理論理論計算機科学計算機科学凝縮系物理学原子分子光科学天文学・宇宙物理学宇宙論物理学素粒子・高エネルギー物理学重力・量子重力理論ケミカルバイオロジー化学材料科学地球科学大気・気候科学惑星科学水圏・海洋科学環境科学アストロバイオロジーオミクス免疫学分子生物学動物学微生物学植物科学生態学生物学発生生物学細胞生物学進化生物学遺伝学林学水産学・養殖学獣医学農学食品科学エビデンス科学リハビリテーション・関連保伝統医学・中医学公衆衛生学内科学医学医学教育学基礎医学外科学歯学毒性学看護学精密医療・トランスレーショ臨床医学諸科薬学診断科学心理学意識科学神経科学認知科学化学工学土木工学工学機械工学生体医工学電気・電子工学コミュニケーション・メディソーシャルワークマクロ経済学ミクロ経済学人口学人類学図書館情報学国際関係論地理学宇宙法・宇宙政策政治学教育学法学犯罪学社会学社会科学経営学経済学障害学ゲーム研究人文学修辞学先住民知識体系地域研究文化研究文学研究文献学歴史学考古学解釈学言語学記号論キリスト教神学宗教学神学諸宗教・神学伝統デザイン芸術芸術学スポーツ科学安全保障・軍事学建築学法科学災害科学観光学都市計画AIガバナンスサステナビリティ学システム科学ナノ科学ネットワーク科学バイオインフォマティクスプラネタリーヘルスメタサイエンスワンヘルス合成生物学未来学気候工学気候政策科学生命倫理学神経倫理学神経経済学科学技術社会論精神神経免疫学行動経済学複雑系科学計算科学(Computat計算精神医学計量科学(Quantita認知神経科学量子情報科学枠は伝統医学・中医学 ── 解釈と歴史的再構成の側にも、観察と無作為化の側にも立っている
    図ず 78縦たてに144の学問がくもん、横よこに11の方法ほうほう。枠わくで囲かこった一行いちぎょうが伝統でんとう医学いがく・中医学ちゅういがくで、四よっつの方法ほうほうに印しるしがつく。

    同おなじ対象たいしょうを、別べつの方法ほうほうで調しらべたとき、
    それは同おなじ学問がくもんだろうか。

    学問がくもんを分わける第だい三さんの軸じくは、方法ほうほうである。原典げんてんは十一じゅういちの方法ほうほうを挙あげた。

    演繹えんえき(论理学・数学すうがく・理論りろん計算機科学けいさんきかがく)/実験じっけん(物理学ぶつりがく・化学かがく・生物学せいぶつがく・医学いがく)/観察かんさつ(天文学てんもんがく・生態学せいたいがく・疫学えきがく)/無作為むさくい化か比較ひかく試験しけん(臨床りんしょう医学いがく・心理学しんりがく・経済学けいざいがく・教育学きょういくがく)/因果いんが推論すいろん(統計学とうけいがく・疫学えきがく・計量経済学けいりょうけいざいがく)/シミュレーション(気候きこう科学かがく・工学こうがく・疫学えきがく)/歴史的れきしてき再構成さいこうせい(歴史学れきしがく・考古学こうこがく・古こ生物学せいぶつがく・宇宙論うちゅうろん)/解釈かいしゃく(文学ぶんがく・法学ほうがく・神学しんがく・人類学じんるいがく)/エスノグラフィ(人類学じんるいがく・社会学しゃかいがく・科学技術かがくぎじゅつ社会しゃかい論ろん)/設計せっけい(工学こうがく・建築けんちく・デザイン・公共こうきょう政策せいさく)/規範きはん的てき推論すいろん(倫理学りんりがく・法学ほうがく・生命せいめい倫理学りんりがく)。

    この軸じくには、ひとつ際立きわだったノードがある。

    伝統でんとう医学いがく・中医学ちゅういがく(传统医学・中医学 / Traditional Medicine, incl. TCM)である。

    この分野ぶんやは、方法論ほうほうろんマップ上うえで四よっつの方法ほうほうに線せんを持もつ。古典こてんテキスト――『黄帝こうてい内経ないきょう』『傷寒しょうかん論ろん』――の読解どっかいが理論りろんの基盤きばんにある点てんで、解釈かいしゃくの学がくである。理論りろんの歴史的れきしてき形成けいせいを扱あつかう点てんで、歴史的れきしてき再構成さいこうせいの学がくでもある。臨床りんしょうでは観察かんさつを用もちい、現代げんだいの検証けんしょうでは無作為むさくい化か比較ひかく試験しけんを用もちいる。

    つまりこの分野ぶんやは、方法論ほうほうろんの地図ちずの上うえで、神学しんがくや文学ぶんがくと同おなじ場所ばしょにも、内科学ないかがくや外科学げかがくと同おなじ場所ばしょにも立たっている。推論すいろん

    八はち要素ようそで書かけばこうなる。Oは同おなじ、Mが違ちがう。

    だから問といが立たつ。

    同おなじ対象たいしょうを、テキスト解釈かいしゃくで研究けんきゅうするのと、無作為むさくい化か試験しけんで研究けんきゅうするのは、同おなじ学問がくもんなのか。

    本ほんページはこの問といに答こたえを出ださない。特定とくていの医療いりょう体系たいけいの有効性ゆうこうせいについても評価ひょうかを下くださない。ここで示しめしているのは方法論ほうほうろんの構造こうぞうだけである。

    だが、この問といが立たつこと自体じたいが、方法ほうほうという軸じくの切きれ味あじを示しめしている。解釈かいしゃく

    データと出典しゅってん
    • 十一じゅういちの方法ほうほうの定義ていぎ:原典げんてん §174〜§184
    • 144スパイン学問がくもんへの方法ほうほう割当わりあて:WORK_02 §2
    • 伝統でんとう医学いがく・中医学ちゅういがくは原典げんてんに独立どくりつノードがなく(ASJCの下位かい項目こうもくとして一度いちど出現しゅつげんするのみ)、本ほんページで追加ついかした:WORK_04 §3.2

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    07

    四よっつの軸じくで切きる

    形式けいしきと価値かち(形式与价值 / Form and Value)

    規範を内在する学問の分布領域規範を内在する(塗り)/しない(枠のみ)メタ知識1/1形式科学2/5情報2/8物理科学0/7化学0/3地球2/5生命科学0/13農学5/5医学15/16神経科学1/4工学6/6社会科学16/19人文学9/13宗教学3/4芸術3/3専門職7/7学際14/25合計 86 / 144 ── 六割の学問が規範判断を内在しているこの数は本ページの分類の結果であって、原典の主張でも外部統計でもない
    図ず 79塗ぬりつぶしが規範きはんを内在ないざいする学問がくもん、枠わくだけが内在ないざいしない学問がくもん。144件けん中ちゅう86件はちじゅうろくけん、およそ六ろく割わりが規範きはん側がわにある。

    学問がくもんは価値かち中立ちゅうりつである――
    という言いい方かたは、半分はんぶんしか正ただしくない。

    存在そんざい・認識にんしき・方法ほうほうという三みっつの軸じくに加くわえて、二ふたつの軸じくが全体ぜんたいを横断おうだんする。

    形式けいしき軸じくは、論理ろんりから数学すうがく、確率かくりつ、計算けいさん、モデルへと進すすむ。これは物質ぶっしつそのものではなく、可能かのうな構造こうぞう・関係かんけい・変換へんかんを扱あつかう。数学すうがくは物理学ぶつりがくの下したの階層かいそうではない。ほぼ全ぜん学問がくもんを横断おうだんする形式的けいしきてきな神経網しんけいもうである。

    その証拠しょうこがある。数学すうがくの国際こくさい分類ぶんるい MSC2020 は 63の最上位さいじょうい分類ぶんるいを持もつが、その中なかには物理学ぶつりがく、情報科学じょうほうかがく、生物学せいぶつがく、経済学けいざいがく、システム制御せいぎょが含ふくまれている。数学すうがくが自分じぶんの内部ないぶに他ほか分野ぶんやを持もっているのだ。事実じじつ

    規範きはん軸じくは、事実じじつから選好せんこう、価値かち、規範きはん、倫理りんり、法ほう、政治的せいじてき正統性せいとうせいへと進すすむ。

    本ほんページで144のスパイン学問がくもんを分類ぶんるいしたところ、86の学問がくもん(60%)が規範きはん判断はんだんを内在ないざいしていた。推論すいろん

    医学いがくは14章じゅうよんしょうのうち13章じゅうさんしょうが規範きはんを内在ないざいする。例外れいがいは基礎きそ医学いがくだけである。工学こうがくは全ぜん章しょうが規範きはんを内在ないざいする。設計せっけいとは、何なにを良よしとするかの判断はんだんを含ふくむからだ。

    規範きはんを内在ないざいしない側がわに立たつのは、演繹えんえき的てきな形式けいしき科学かがく(論理学ろんりがく・数学すうがく)と、記述きじゅつ的てきな自然科学しぜんかがく(物理学ぶつりがく・化学かがく・生物学せいぶつがくの一部いちぶ)である。

    この数字すうじは、本ほん設計せっけいによる分類ぶんるいの結果けっかであって、外部がいぶの統計とうけいではない。だがウェーバーの「価値かち自由じゆう」が百年ひゃくねん前まえの論争ろんそうではなく、現在げんざいの学問がくもん地図ちずの6割ろくわりに関かかわる問題もんだいであることは示しめしている。解釈かいしゃく

    データと出典しゅってん
    • 形式けいしき軸じく・規範きはん軸じくの定義ていぎ:原典げんてん §209〜§210
    • MSC2020:63の2桁にけた分類ぶんるい・529の3桁さんけた分類ぶんるい・6,022の5桁ごけた分類ぶんるい(msc2020.org、確認日かくにんび 2026-08-17)
    • 規範きはん性せいフラグ86/144の全ぜん内訳うちわけ:WORK_02 §2

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    08

    軸じくではなく関係かんけいで見みる

    ハブとシナプス(枢纽与突触 / Hubs and Synapses)

    九つのハブ ── すべて違う型で繋がっている数学→F 形式化形式的な言語統計学→M 方法論移植不確実性下の推論計算機科学→M 方法論移植計算と情報処理物理学→R 還元下位法則化学→A 応用物質の知識生物学→A 応用生命の知識神経科学→D データ供給機構とデータ哲学→N 規範供給前提と規範歴史学→H 歴史的説明起源四つの双方向ループ ── ここだけ線が最も明るく太い科学技術生物学医学社会科学技術倫理
    図ず 80九ここのつのハブは、すべて違ちがう型かたで繋つながっている。下したの四よん本ほんだけが双方向そうほうこう ── 学問がくもんは観測かんそくした結果けっかとして世界せかいを変かえ、変かわった世界せかいをまた観測かんそくしている。
    派生はせいを重かさねる
    学問のネットワーク ── 点と、人間が引いた線
    図ず 81常時じょうじ描えがいてあるのは原典げんてん由来ゆらいのリンクだけ ── これが原典げんてんの主張しゅちょうするシナプスである。上うえの札ふだで、本ほん設計せっけいが軸じくから生成せいせいした派生はせいを型かたごとに重かさねられる。

    ある学問がくもんが「多おおくの分野ぶんやと繋つながっている」と言いうとき、
    その繋つながり方ほうは、分野ぶんやごとにまったく違ちがう。

    本ほんページは学問間がくもんかんの関係かんけいを十二じゅうにの型かたに分わけている。包含ほうがん、交差こうさ、還元かんげん、創発そうはつ、形式けいしき化か、方法論ほうほうろん移植いしょく、応用おうよう、データ供給きょうきゅう、観測かんそく装置そうち供給きょうきゅう、規範きはん供給きょうきゅう、歴史的れきしてき説明せつめい、双方向そうほうこうフィードバック。

    原典げんてんは九ここのつの分野ぶんやを「ハブ」として挙あげた。数学すうがく、統計学とうけいがく、計算機科学けいさんきかがく、物理学ぶつりがく、化学かがく、生物学せいぶつがく、神経しんけい科学かがく、哲学てつがく、歴史学れきしがくである。

    これらの接続せつぞくを型かたで分類ぶんるいしたところ、九ここのつのハブは、すべて違ちがう型かたで繋つながっていた。推論すいろん

    ハブ型かた供給きょうきゅうしているもの
    数学すうがく形式けいしき化か形式的けいしきてきな言語げんご
    統計学とうけいがく方法論ほうほうろん移植いしょく不ふ確実性かくじつせい下したの推論すいろん
    計算機科学けいさんきかがく方法論ほうほうろん移植いしょく計算けいさんと情報処理じょうほうしょり
    物理学ぶつりがく還元かんげん下位かい法則ほうそく
    化学かがく応用おうよう物質ぶっしつの知識ちしき
    生物学せいぶつがく応用おうよう生命せいめいの知識ちしき
    神経しんけい科学かがくデータ供給きょうきゅう機構きこうとデータ
    哲学てつがく規範きはん供給きょうきゅう前提ぜんていと規範きはん
    歴史学れきしがく歴史的れきしてき説明せつめい起源きげん

    「ハブである」ことの意味いみが、分野ぶんやごとに違ちがう。数学すうがくがすべてに繋つながるのと、哲学てつがくがすべてに繋つながるのは、まったく別べつの現象げんしょうである。解釈かいしゃく

    この九ここのつは、原典げんてんが名指なざしたハブである。いっぽう、本ほんページが軸じくから生成せいせいした6,562本ほんのリンクで数かぞえ直なおすと、別べつの顔かおぶれが立たつ ── 応用おうよう倫理学りんりがく(出で次数じすう786)、確率論かくりつろん・統計学とうけいがく、実験じっけん計画けいかく法ほう。だがこの三みっつには、原典げんてん由来ゆらいのリンクが一本いっぽんも無ない。規則きそくが作つくった鏡像きょうぞうである。原典げんてんの連鎖れんさ記述きじゅつに繰くり返かえし現あらわれるのは、神経しんけい科学かがく・経済学けいざいがく・物理学ぶつりがくのほうだ。受うけ取とる側がわの上位じょうい(神経しんけい科学かがく・論理学ろんりがく・国際こくさい関係かんけい論ろん・細胞さいぼう生物学せいぶつがく・世界史せかいし)も、その多おおくは存在そんざい階層かいそうのアンカーとして受うけている。数かぞえるネットワークを変かえると、ハブも変かわる。推論すいろん

    もうひとつ、型かたの分布ぶんぷから見みえることがある。

    原典げんてんが独立どくりつした節せつを割さいて記述きじゅつした学問間がくもんかんの連鎖れんさを型かた別べつに集計しゅうけいすると、最もっとも多おおいのは「応用おうよう」だった。還元かんげんではない。推論すいろん

    学問間がくもんかんの主要しゅような結合けつごうは、上位じょういを下位かいに還元かんげんすることではなく、基礎きそを実践じっせんへ運はこぶことである。

    そして四よっつの双方向そうほうこうループがある。科学かがくと技術ぎじゅつ、生物学せいぶつがくと医学いがく、社会しゃかいと科学かがく、技術ぎじゅつと倫理りんり。いずれも一方向いちほうこうではない。

    技術ぎじゅつが新あたらしい倫理りんり問題もんだいを生うみ、倫理りんりが法ほうを生うみ、法ほうが規制きせいを生うみ、規制きせいが技術ぎじゅつの設計せっけいに戻もどる。ゲノム編集へんしゅうは生命せいめい倫理学りんりがくを生うみ、規制きせいを生うんだ。人工知能じんこうちのうはAI倫理りんりを生うみ、AI法ほうを生うみ、AIガバナンスを生うんだ。神経しんけい技術ぎじゅつは神経しんけい倫理学りんりがくを生うみ、神経しんけいに関かんする権利けんりの議論ぎろんを生うんだ。

    学問がくもんは、世界せかいを観測かんそくするだけではない。観測かんそくした結果けっかとして世界せかいを変かえ、変かわった世界せかいをまた観測かんそくしている。

    データと出典しゅってん
    • 十二じゅうにのリンク型かた:原典げんてん §3 が定義ていぎしたが本文ほんぶんでほぼ使つかわれていなかったため、本ほんページで全ぜんリンクに付与ふよした
    • 型かたの内訳うちわけ:応用おうよう8/双方向そうほうこう4/還元かんげん4/方法論ほうほうろん移植いしょく4/創発そうはつ2/形式けいしき化か・データ・規範きはん・歴史れきし・装置そうち 各かく1(WORK_02 §3.2)
    • 包含ほうがんリンク1,084本ほんは原典げんてんの階層かいそう構造こうぞうから機械きかい生成せいせい(傘かさの統合とうごうと推移すいい的てき冗長じょうちょう辺へんの清掃せいそう後ご)
    • 原典げんてん由来ゆらいの269本ほんだけで作つくるネットワークでは、最大さいだい成分せいぶん(108分野ひゃくはちぶんや)に17領域じゅうななりょういきすべてが同居どうきょし、最もっとも遠とおい二に分野ぶんやは12歩じゅうにほ離はなれている ── プラネタリーヘルスから生物学せいぶつがくの哲学てつがくまで
    • 派生はせいを含ふくめた全ぜん6,831本ほんでは、平均へいきん経路けいろ長ちょう2.24・クラスタ係数けいすう0.50・直径ちょっけい4 の小しょう世界せかい構造こうぞうになる(次数じすう分布ぶんぷは対数たいすう正規せいきに近ちかい)

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    09

    軸じくではなく関係かんけいで見みる

    交差点こうさてん(交叉点 / Intersections)

    24 の融合分野 ── 交差点で生まれた学問×7サステナビリティ学×6認知科学×6防災科学×6プラネタリーヘルス×6AIガバナンス×5アストロバイオロジー×5精密医療×5量子情報科学×5ナノ科学×5計算論的精神医学×5ワンヘルス×5科学技術社会論×5神経倫理学×4ネットワーク科学×4バイオインフォマティクス×4合成生物学×4神経経済学×4精神神経免疫学×4生命倫理学×3データサイエンス×3生体医工学×3行動経済学×2ケミカルバイオロジー×2認知神経科学
    図ず 8224の融合ゆうごう分野ぶんや。中心ちゅうしんの数字すうじが構成要素こうせいようその数かずで、最もっとも多おおいサステナビリティ学がくは七なな分野ぶんやの交差こうさである。

    新あたらしい学問がくもんは、既存きそんの分野ぶんやの交点こうてんから生うまれる。

    そして交点こうてんは、まだ空あいている場所ばしょのほうが多おおい。

    原典げんてんは、複数ふくすう分野ぶんやの掛かけ合あわせとして定義ていぎされる分野ぶんやを24件にじゅうよんけん明示めいじしていた。事実じじつ

    構成要素こうせいようそが2つのものから始はじまる。認知にんち神経しんけい科学かがく(神経しんけい科学かがく × 心理学しんりがく)。ケミカルバイオロジー(化学かがく × 分子ぶんし生物学せいぶつがく)。

    3つ、4つと増ふえていく。生体せいたい医い工学こうがく(医学いがく × 生物学せいぶつがく × 工学こうがく)。バイオインフォマティクス(生物学せいぶつがく × 計算機科学けいさんきかがく × 統計学とうけいがく × 数学すうがく)。

    最もっとも多おおいのはサステナビリティ学がく(可持续性科学 / Sustainability Science)で、七ななつの分野ぶんやの交差こうさである。生態学せいたいがく、気候きこう科学かがく、地球ちきゅう科学かがく、経済学けいざいがく、工学こうがく、政治せいじ、倫理りんり。

    ここで、ひとつ実測じっそくから分わかったことがある。

    十二じゅうにのリンク型かたのうち、五ご種類しゅるいすべてを受うけ取とっている領域りょういきは、医学いがくだけである。推論すいろん

    医学いがくには、物理学ぶつりがくから観測かんそく装置そうちが来くる(MRI、超音波ちょうおんぱ、放射線ほうしゃせん治療ちりょう)。化学かがくから薬くすりが来くる。分子ぶんし生物学せいぶつがくから機構きこうが来くる。統計学とうけいがくから推論すいろんの方法ほうほうが来くる。そして基礎きそ生物学せいぶつがくとのあいだには双方向そうほうこうの往復おうふくがある――臨床りんしょうの観察かんさつが、新あたらしい生物学せいぶつがくの仮説かせつを送おくり返かえす。

    だから医学いがくは、生物学せいぶつがくの応用おうようではない。十七じゅうななの領域りょういきのうち、最もっとも多おおくの型かたの入力にゅうりょくを受うける統合とうごうの場ばである。解釈かいしゃく

    そして、まだ名前なまえのない交差点こうさてんがある。図ずの上うえでグレーに描えがかれた空そらのノードは、既存きそん分野ぶんやの組くみ合あわせのうち、原典げんてんにも標準ひょうじゅん分類ぶんるいにも名前なまえが見みつからなかったものである。

    そこに何なにが生うまれるかは、まだ誰だれも知しらない。

    データと出典しゅってん
    • 融合ゆうごう分野ぶんや24件にじゅうよんけんの全ぜんリスト:WORK_01 §5.1
    • 医学いがくへの流入りゅうにゅうリンク型かた:還元かんげん(§199, §225)/応用おうよう(§197, §198)/観測かんそく装置そうち供給きょうきゅう(§196)/方法論ほうほうろん移植いしょく(§186)/双方向そうほうこう(§204)
    • 医学いがく領域りょういきのノード数かず:171(17領域中りょういきちゅう1位いちい)

    ---

    10

    ミクロ ── 実務じつむへ降おりる

    数かぞえる道具どうぐ(计数的工具 / The Instruments of Counting)

    分類ぶんるい

    OECD FORD ── 研究開発けんきゅうかいはつ費ひと人員じんいんを配分はいぶんするため

    同じ知識空間を、別の分類で見る本ページの17領域OECD FORD ── 研究開発費と人員を配分するメタ知識形式科学情報物理科学化学地球生命科学農学医学神経科学工学社会科学人文学宗教学芸術専門職学際1 自然科学2 工学・技術3 医学・健康科学4 農学・獣医学5 社会科学6 人文学・芸術横断(FORD外)右端に届かない帯は、その分類に居場所が無い領域である
    図ず 83上うえの帯おびで分類ぶんるいを切きり替かえると、同おなじ知識ちしき空間くうかんが別べつの場所ばしょへ移動いどうする。右端みぎはしに届とどかない帯おびは、その分類ぶんるいに居場所いばしょが無ない領域りょういきである。

    「学問がくもんの分類ぶんるい」として使つかわれているものは、
    ひとつ残のこらず、別べつの目的もくてきのために作つくられた道具どうぐである。

    これが本ほんページで最もっとも意外いがいな発見はっけんかもしれない。

    現代げんだいの主要しゅような学問がくもん分類ぶんるいを調しらべたところ、中立的ちゅうりつてきな「学問がくもんの台帳だいちょう」は存在そんざいしなかった。すべてが別べつの実務じつむ目的もくてきのために作つくられていた。事実じじつ

    分類ぶんるい実際じっさいの目的もくてき
    APA PsycINFO文献ぶんけんデータベースの内容ないよう記述きじゅつ
    OECD FORD研究開発けんきゅうかいはつ費ひと人員じんいんの配分はいぶん
    UNESCO ISCED-F教育きょういくプログラムと資格しかくの国際こくさい比較ひかく
    Scopus ASJC学術がくじゅつ雑誌ざっしの分類ぶんるい
    MeSH/MSC/ACM CCS/JEL/ERIC/AGROVOC/Atla文献ぶんけん検索けんさくのための統制とうせい語彙ごい

    最もっとも明確めいかくなのはアメリカ心理学しんりがく会かいである。同どう学会がっかいは自みずからの分類ぶんるいコード体系たいけいについて、「これはPsycInfoデータベースの内容ないようを記述きじゅつするために設計せっけいされたものであり、心理学しんりがくという分野ぶんやを記述きじゅつするものではない」と明記めいきしている。

    分類ぶんるいを作つくった当人とうにんが、それが学問がくもんの分類ぶんるいではないと言いっているのだ。

    だから「現代げんだいの学問がくもんはいくつあるか」という問といには、目的もくてきを指定していしないと答こたえられない。

    研究費けんきゅうひを配分はいぶんしたいなら6つ(OECD FORD)。学生がくせいの専攻せんこうを国際こくさい比較ひかくしたいなら11の広域こういき分野ぶんや(ISCED-F)。論文ろんぶんを索引さくいんしたいなら26の分野ぶんやと252の下位かい分野ぶんやと4,516のトピック(OpenAlex)。哲学てつがくの文献ぶんけんを探さがしたいなら6,155のカテゴリー(PhilPapers)。農学のうがくの概念がいねんを辿たどりたいなら41,000以上いじょう(AGROVOC)。

    数かぞえ方かたは、目的もくてきに従属じゅうぞくする。 解釈かいしゃく

    データと出典しゅってん
    • 全ぜん出典しゅってんと確認日かくにんび:WORK_03 §7(20件にじっけん、すべて2026-08-17確認かくにん)
    • 下したの一覧いちらんはASJCの下位かい分野ぶんやの代表だいひょう例れいであり、網羅もうらではない(ASJCの最下位さいかいは約やく334項目こうもく)
    • 日中にっちゅうで指示しじ範囲はんいがずれる例れい:日本語にほんごの「文献学ぶんけんがく」に対応たいおうする中国語ちゅうごくごは语文学。中国語ちゅうごくごの「文献学ぶんけんがく」は書誌しょし・文献ぶんけんの学がくを指さし、範囲はんいが異ことなる

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    11

    メタ ── 限界げんかいを見みる

    境界きょうかい(边界 / The Edges)

    埋まっていない穴 ── 神経科学から主観的経験へ物理学化学生物学神経科学主観的経験?????2025年 ── 敵対的共同研究統合情報理論(IIT)後頭皮質内で持続的な同期が見られなかったグローバル・ニューロナル・ワークスペース理論(GNWT)刺激の消失時の発火が広く見られず、前頭前野の内容表現も限定的どちらの理論も、予測の一部が支持されなかった ── 一方が勝ったのではない
    図ず 84物理学ぶつりがくから神経しんけい科学かがくまではつながっている。最後さいごの一段いちだんだけが破線はせんで、そこが埋うまっていない。

    どの学問がくもん体系たいけいにも、端はしがある。

    端はしの向むこうには、まだ埋うまっていない穴あなと、
    学問がくもんが越こえてはならない線せんがある。

    見みえないことと、検証けんしょうできないこと

    研究けんきゅう対象たいしょうが見みえないことは、疑似ぎじ科学かがくを意味いみしない。重要じゅうようなのは観測かんそく可能性かのうせいではなく、検証けんしょう可能性かのうせい・証拠しょうこ・方法論ほうほうろんである。

    ニュートリノも暗黒あんこく物質ぶっしつもブラックホールも遺伝子いでんしも古こ気候きこうも、直接ちょくせつは見みえない。だが観測かんそく結果けっかによって制約せいやくされる。

    一方いっぽう、どのような観測かんそく結果けっかでも否定ひていされない主張しゅちょうは、経験けいけん科学かがくとしては扱あつかいにくい。

    ただし、これは「非ひ経験けいけん的てきな学問がくもんは無意味むいみだ」ということではない。数学すうがく、倫理学りんりがく、形而上学けいじじょうがく、論理学ろんりがく、神学しんがくは、いずれも物理ぶつり実験じっけんによって成立せいりつする学問がくもんではない。異ことなる学問がくもんに、同一どういつの証明しょうめい基準きじゅんを要求ようきゅうしないことが重要じゅうようである。

    埋うまっていない穴あな ── 意識いしき

    学問がくもん体系たいけいのなかで、最もっとも大おおきな空白くうはくは意識いしきである。

    物理学ぶつりがくから化学かがくへ、化学かがくから生物学せいぶつがくへ、生物学せいぶつがくから神経しんけい科学かがくへ――ここまでは繋つながっている。だが神経しんけい科学かがくから主観的しゅかんてき経験けいけんへ至いたる一段いちだんは、埋うまっていない。原典げんてんはこの一段いちだんを ????? と書かいた。

    2025年ねん、この穴あなについて重要じゅうような実験じっけんが行おこなわれた。

    意識いしき研究けんきゅうの二に大だい理論りろんである統合とうごう情報じょうほう理論りろん(IIT)とグローバル・ニューロナル・ワークスペース理論りろん(GNWT)の提唱ていしょう者しゃたちが、中立的ちゅうりつてきな第三者だいさんしゃコンソーシアムのもとで敵対的てきたいてき共同研究きょうどうけんきゅうを行おこなった。互たがいの理論りろんから分岐ぶんきする予測よそくと、その合否ごうひ基準きじゅんを事前じぜんに登録とうろくし、256名めいの被験者ひけんしゃに対たいしてfMRI・MEG・頭蓋ずがい内ない脳波のうはで検証けんしょうしたのである。結果けっかは Nature に発表はっぴょうされた。事実じじつ

    そして――どちらの理論りろんも、予測よそくの一部いちぶが支持しじされなかった。

    統合とうごう情報じょうほう理論りろんにとっては、後頭こうとう皮質ひしつ内ないで持続的じぞくてきな同期どうきが見みられなかったことが理論りろんに反はんする。グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論りろんにとっては、刺激しげきの消失しょうしつ時じに予測よそくされた発火はっかが広ひろく見みられなかったことと、前頭ぜんとう前野まえのにおける内容ないよう表現ひょうげんが限定的げんていてきだったことが理論りろんに反はんする。

    一方いっぽうが勝かったのではない。どちらも完全かんぜんには支持しじされなかった。

    学問がくもん体系たいけいの最大さいだいの空白くうはくは、まだそこにある。

    越こえてはならない線せん

    最後さいごにひとつ、この地図ちずに置おかなかったものについて書かく。

    優生学ゆうせいがくである。

    かつてこれは学問がくもんだった。大学だいがくに講座こうざがあり、学会がっかいがあり、査読さどく誌しがあり、統計学とうけいがくの主要しゅような手法しゅほうのいくつかはこの文脈ぶんみゃくで開発かいはつされた。そして政策せいさくになり、法律ほうりつになり、多おおくの人ひとが不妊ふにん手術しゅじゅつを強制きょうせいされ、殺ころされた。

    本ほんページはこれを分野ぶんやのノードとして立たてなかった。他ほかの143と並ならべれば、価値かち中立ちゅうりつな一分いっぷん野のに見みえてしまうからである。解釈かいしゃく

    だが記録きろくは残のこす。学問がくもんは中立ちゅうりつではない。害がいをなしうる。

    S8で見みた双方向そうほうこうループ――技術ぎじゅつが倫理りんり問題もんだいを生うみ、倫理りんりが法ほうを生うみ、法ほうが技術ぎじゅつの設計せっけいに戻もどる――は、抽象的ちゅうしょうてきな図式ずしきではない。あのループが機能きのうしなかった時代じだいの記録きろくが、これである。

    データと出典しゅってん
    • Cogitate Consortium, *Nature* 642: 133–142 (2025)、被験者ひけんしゃ256名めい、fMRI・MEG・頭蓋ずがい内ないEEG、予測よそくとその合否ごうひ基準きじゅんを事前じぜん登録とうろく
    • 還元かんげんの三さん段階だんかい(存在論そんざいろん的てき・説明せつめい論ろん的てき・予測よそく論ろん的てき):原典げんてん §164
    • 「優生学ゆうせいがく」を分野ぶんやノードとしない判断はんだん:WORK_04 §3.5

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    現げん一いち

    現在げんざい ── いま学問がくもんはどうなっているか

    数かずと規模きぼの全景ぜんけい(规模的全景 / The Scale of Knowledge)

    論文ろんぶんという単位たんい

    『ジュルナル・デ・サヴァン』創刊号(1665年1月5日)
    図ず 85『ジュルナル・デ・サヴァン』創刊号そうかんごう(1665年ねん1月いちがつ5日いつか)

    知識ちしきを「本数ほんすう」で数かぞえるという習慣しゅうかんは、それほど古ふるくない。1665年ねん、パリで『ジュルナル・デ・サヴァン』が、ロンドンで『フィロソフィカル・トランザクションズ』が創刊そうかんされた。後者こうしゃは王立おうりつ協会きょうかいの機関誌きかんしとして記憶きおくされているが、実態じったいは書記しょきオルデンバーグの私的してきな事業じぎょうで、載のったのは観察かんさつの報告ほうこくと手紙てがみの抜粋ばっすいであった。一ひとつの主張しゅちょうを、方法ほうほうと結果けっかと考察こうさつという定型ていけいの器うつわに入いれて提出ていしゅつする形式けいしきが医学いがく雑誌ざっしで優勢ゆうせいになるのは、1970年代ねんだいに入はいってからだと分析ぶんせきされている。論文ろんぶんという単位たんいは、発見はっけんの自然しぜんな形かたちではなく、印刷いんさつと流通りゅうつうの都合つごうが300年ねんかけて固かためた鋳型いがたである。

    その鋳型いがたが数かぞえられる対象たいしょうになったのは、引用索引(引文索引 / citation index)の登場とうじょうによる。ユージン・ガーフィールドは1955年ねんに『サイエンス』誌上しじょうで、論文ろんぶんどうしの引用いんよう関係かんけいを索引さくいん化かする構想こうそうを示しめし、1964年ねんに科学かがく引用いんよう索引さくいんを刊行かんこうした。目的もくてきは検索けんさくであり、ある論文ろんぶんがその後ごどう使つかわれたかを追おう道具どうぐであった。しかし引用いんようを機械きかい可読かどくにした瞬間しゅんかん、引用いんようは数かぞえられ、数かぞえられるものは評価ひょうかに使つかわれるようになった。索引さくいんは世界せかいの写像しゃぞうではなく、検索けんさくのための選択せんたくとして作つくられた。この出自しゅつじは、以後いごの数字すうじすべてに影かげを落おとしている。

    年間ねんかんにどれだけの論文ろんぶんが生うまれているかという問といに単一たんいつの答こたえはない。母集団ぼしゅうだんを定義ていぎする主体しゅたいが複数ふくすうあり、それぞれ別べつのものを数かぞえている。クロスレフは、出版しゅっぱん者しゃが自みずから登録とうろくするデジタルオブジェクト識別子しきべつし(数字对象标识符 / digital object identifier)の管理かんり機関きかんとして2000年ねんに発足ほっそくした。2026年ねん公開こうかいの年次ねんじデータファイルは約やく1億いちおく8000万まん件けんを含ふくみ、前年ぜんねんからの増加ぞうかは1270万まん件けん、7.6%である。ただしここには雑誌ざっし論文ろんぶんのほか、書籍しょせきの章しょう、会議録かいぎろく、プレプリント、データセット、査読さどく報告ほうこく、助成金じょせいきんの記録きろくが混在こんざいし、登録とうろくは出版しゅっぱん者しゃの申告しんこくで査読さどくの有無うむを問とわない。クロスレフが数かぞえているのは「識別子しきべつしを振ふられた出版物しゅっぱんぶつ」であって、「検証けんしょうされた知ち」ではない。

    スコーパスとウェブ・オブ・サイエンスは、選別せんべつを業務ぎょうむとする商業しょうぎょうデータベースである。前者ぜんしゃは2004年ねんにエルゼビアが開始かいしし、2020年代ねんだい半なかばの活動中かつどうちゅう収録しゅうろく誌しは2万にまん7000から2万にまん8000、後者こうしゃのコア・コレクションは四よっつの索引さくいんを束たばねて2万にまん2000余あまりである。両者りょうしゃに共通きょうつうする誌しは1万いちまん5000前後ぜんごにすぎない。2016年ねんの比較ひかく研究けんきゅうは、当時とうじのウェブ・オブ・サイエンスが1万いちまん3605誌し、スコーパスが2万にまん346誌しを収録しゅうろくしたのに対たいし、逐次ちくじ刊行物かんこうぶつ総目録そうもくろくのウルリッヒが査読さどく誌しだけで6万ろくまん3013誌しを記録きろくしていたことを示しめした。選別せんべつされた索引さくいんは、存在そんざいする学術がくじゅつ誌しのせいぜい三分さんぶんの一いちしか見みていない。選別せんべつは自然科学しぜんかがくと生物せいぶつ医学いがくに傾かたむき、社会しゃかい科学かがく・人文学じんぶんがくと非ひ英語圏えいごけんの誌しを落おとす。

    第だい四よんの母集団ぼしゅうだんが、2022年ねんに公開こうかいされたオープンアレックスである。マイクロソフトが2021年ねんに打うち切きった学術がくじゅつグラフを非営利団体ひえいりだんたいが引ひき継ついだもので、収録しゅうろく対象たいしょうを選別せんべつせず、集あつめられるものをすべて集あつめる。2025年ねん11月じゅういちがつの時点じてんで2億におく7130万まん件けんを収録しゅうろくした。同月どうげつの全面ぜんめん改修かいしゅうでは、データサイト由来ゆらいの記録きろくや各国かっこくの機関きかんリポジトリから1億いちおく9200万まん件けんが加くわえられたが、これは書誌しょし情報じょうほうの質しつが揃そろわないため既定きていでは検索けんさくと集計しゅうけいから外はずれる拡張かくちょう分ぶんであり、利用者りようしゃが明示めいじ的てきに選えらんだときだけ現あらわれる。同おなじ「世界せかいの学術がくじゅつ文献ぶんけん」という対象たいしょうが、どこまでを本体ほんたいと認みとめるかという一ひとつの判断はんだんで倍ばい近ちかく動うごく。

    比較的ひかくてき安定あんていした指標しひょうが、米国べいこく科学かがく財団ざいだんがスコーパスを用もちいて集計しゅうけいする科学かがく・工学こうがく論文ろんぶん数すうで、2022年ねんの世界せかい総数そうすうは約やく330万まん件けんである。ただしこの集計しゅうけいも、スコーパスの収録しゅうろく誌しからさらに「疑うたがわしい雑誌ざっし」を除のぞくフィルタを掛かけた後あとの数かずであって、商業しょうぎょうデータベースの母集団ぼしゅうだんをそのまま数かぞえたものではない。何なにを数かぞえたかという問といは、一段いちだんでは終おわらない。

    母集団ぼしゅうだん始はじまり規模きぼ何なにを入いれるか
    クロスレフ2000年ねん約やく1億いちおく8000万まん件けん(2026年ねん)識別子しきべつしを振ふられた出版物しゅっぱんぶつすべて。出版しゅっぱん者しゃの申告しんこくで、査読さどくの有無うむを問とわない
    スコーパス2004年ねん活動中かつどうちゅう2万にまん7000〜2万にまん8000誌し商業しょうぎょうデータベースとしての選別せんべつ。自然科学しぜんかがく・生物せいぶつ医学いがくに傾かたむく
    ウェブ・オブ・サイエンス1964年ねん(科学かがく引用いんよう索引さくいん)コア・コレクション2万にまん2000誌し余あまり四よっつの索引さくいんを束たばねた選別せんべつ。スコーパスとの共通きょうつう誌しは1万いちまん5000前後ぜんご
    オープンアレックス2022年ねん2億におく7130万まん件けん(2025年ねん11月じゅういちがつ)選別せんべつしない。加くわえられた1億いちおく9200万まん件けんは既定きていで集計しゅうけいから外はずれる
    米国べいこく科学かがく財団ざいだんの集計しゅうけい毎年まいとし約やく330万まん件けん(2022年ねんの年間ねんかん)スコーパスからさらに「疑うたがわしい雑誌ざっし」を除のぞいた後あとの数かず
    ウルリッヒ(参考さんこう)──査読さどく誌し6万ろくまん3013誌し(2016年ねん)選別せんべつされた索引さくいんが世界せかいの三分さんぶんの一いちしか見みていないことの目安めやす

    表ひょう7同おなじ「世界せかいの学術がくじゅつ文献ぶんけん」が、母集団ぼしゅうだんの取とり方かたでどれだけ動うごくか

    選別された索引は、存在する学術誌の三分の一しか見ていない
    図ず 86選別せんべつされた索引さくいんは、存在そんざいする学術がくじゅつ誌しの三分さんぶんの一いちしか見みていない

    伸のび方ほうは早はやくから指数関数しすうかんすうだと指摘してきされてきた。デレク・デ・ソラ・プライスは1963年ねんの『リトル・サイエンス、ビッグ・サイエンス』で、学術がくじゅつ雑誌ざっしの数かずが18世紀じゅうはっせいき半なかば以降いこうほぼ一定いってい率りつで増ふえ、50年ごじゅうねんごとに10倍じゅうばいになってきたことを示しめし、倍加時間(倍增时间 / doubling time)を十じゅう数年すうねんと見積みつもった。2015年ねんの計量けいりょう書誌学しょしがく的てき分析ぶんせきは第だい二次にじ大戦たいせん後ごの伸のびを年とし8から9%、倍加ばいかおよそ9年くねんと算出さんしゅつしたが、同おなじ研究者けんきゅうしゃたちが新あたらしいデータベースを加くわえて2021年ねんに行おこなった再さい分析ぶんせきは、年とし4.10%、倍加ばいか17.3年ねんとしている。倍ばい近ちかい開ひらきは、世界せかいが変かわったからではなく、何なにを母集団ぼしゅうだんに取とるかが変かわったからである。

    年8〜9%で倍加9年か、年4.10%で倍加17.3年か ── 母集団が変われば速度が変わる
    図ず 87年とし8〜9%で倍加ばいか9年くねんか、年とし4.10%で倍加ばいか17.3年ねんか ── 母集団ぼしゅうだんが変かわれば速度そくどが変かわる

    出版しゅっぱんの作法さほうは分野ぶんやによって別べつの文化ぶんかを持もつ。数学すうがくでは著者ちょしゃが少すくなく、論文ろんぶんは長ながく、引用いんようの蓄積ちくせきも遅おそい。プレプリント(预印本 / preprint)としてのみ公開こうかいし、雑誌ざっしに投稿とうこうしなかったのは、雑誌ざっし掲載けいさいが業績ぎょうせきの唯一ゆいいつの通路つうろではないという分野ぶんやの感覚かんかくを映うつしている。対極たいきょくが実験じっけん物理ぶつりである。2015年ねんのヒッグス粒子りゅうしの質量しつりょうに関かんする共同きょうどう論文ろんぶんは、著者ちょしゃが5154名めい(集計しゅうけいにより5153名めいとも報ほうじられる)を数かぞえた。人文学じんぶんがくでは書物しょもつが単位たんいであり続つづけ、論文ろんぶん数すうで測はかると過小かしょう評価ひょうかされる。計算機科学けいさんきかがくは査読さどく付つき国際こくさい会議かいぎを主戦場しゅせんじょうとし、機械学習きかいがくしゅうの主要しゅよう会議かいぎである神経しんけい情報処理じょうほうしょりシステム会議かいぎの投稿とうこう数すうは、2014年ねんの1700件けん足たらずから2024年ねんには1万いちまん5000件けんを超こえた。

    プレプリントは、この地図ちずに新あたらしい層そうを加くわえた。アーカイヴは1991年ねん、ロスアラモスのポール・ギンスパルグが高こうエネルギー物理ぶつりの草稿そうこうを配布はいふする仕組しくみとして始はじめた。収録しゅうろく数すうは2014年ねん末まつに100万まん件けん、2022年ねん初はじめに200万まん件けん、2026年ねん4月しがつに300万まん件けんを超こえた。100万まん件けんを積つみ増ます時間じかんが、7年しちねん余あまりから4年よねん余あまりへ縮ちぢんでいる。月間げっかん投稿とうこうは2025年ねん後半こうはんに2万にまん8000件けん近ちかくとなり、2026年ねん半なかばには3万さんまん件けんを超こえた。生物学せいぶつがくでは2013年ねんに、医学いがくでは2019年ねんに同種どうしゅの基盤きばんが開ひらかれ、感染症かんせんしょうの流行りゅうこう期きには査読さどく前まえの草稿そうこうが政策せいさく判断はんだんの材料ざいりょうになった。査読さどくを経へていない文書ぶんしょが事実上じじつじょうの一次いちじ文献ぶんけんとして流通りゅうつうする事態じたいを、既存きそんの集計しゅうけいは長ながらく数かぞえてこなかった。

    論文ろんぶんにならない知ちもある。特許とっきょは年間ねんかん370万まん件けん規模きぼで出願しゅつがんされるが、内容ないようが学術がくじゅつ誌しに載のることは稀まれである。公的機関こうてききかんの技術ぎじゅつ報告ほうこく、データセット、研究けんきゅう用ようソフトウェア、診療しんりょうガイドライン、政策せいさく文書ぶんしょ ── 灰色文献(灰色文献 / grey literature)と総称そうしょうされる。1990年代ねんだい末まつのルクセンブルク会議かいぎで定義ていぎされ2000年代ねんだいに改訂かいていされたこの術語じゅつごの要かなめは、出版しゅっぱんを本業ほんぎょうとしない機関きかんが生うむ情報じょうほうという点てんにあり、書誌しょしデータベースの外そとにあることは条件じょうけんではなく結果けっかである。実務じつむで最もっとも参照さんしょうされる文書ぶんしょほど、学術的がくじゅつてきな計数けいすうからこぼれ落おちる。論文ろんぶん数すうの増加ぞうかを知識ちしき生産せいさんの増加ぞうかと読よみ替かえるとき、この落差らくさは無視むしできない。

    人ひとと金かね

    研究けんきゅうに従事じゅうじする人間にんげんを数かぞえるには、まず1人ひとりを定義ていぎしなければならない。講義こうぎと管理かんり業務ぎょうむの合間あいまに研究けんきゅうする大学だいがく教員きょういんは、何人なんにん分ぶんと数かぞえるべきか。フルタイム換算(全时当量 / full-time equivalent)であり、1人ひとりが1年間ねんかんを全ぜん時間じかん研究けんきゅうに費ついやした場合ばあいを一いちとし、労働時間ろうどうじかんの研究けんきゅうへの配分はいぶん比率ひりつで按分あんぶんする。半分はんぶんを教育きょういくに充あてる教員きょういんは0.5人にんと数かぞえる。

    半分を教育に充てる教員は0.5人と数える ── 1人を定義するところから始まる
    図ず 88半分はんぶんを教育きょういくに充あてる教員きょういんは0.5人にんと数かぞえる ── 1人ひとりを定義ていぎするところから始はじまる

    この規約きやくを含ふくむ研究開発けんきゅうかいはつ統計とうけいの作法さほうを定さだめるのが、経済協力開発機構けいざいきょうりょくかいはつきこうのフラスカティ・マニュアル(弗拉斯卡蒂手册 / Frascati Manual)で、2015年ねんの第だい七なな版はんが現行げんこう版はんである。同どうマニュアルは研究開発けんきゅうかいはつ活動かつどうを、新規性しんきせい・創造性そうぞうせい・不ふ確実性かくじつせい・体系たいけい性せい・移転いてん可能性かのうせいないし再現さいげん可能性かのうせいという五いつつの要件ようけんを満みたす活動かつどうと定義ていぎした。第だい五ごの要件ようけんが二ふたつの語ごを含ふくむのは偶然ぐうぜんではない。成果せいかが他者たしゃに引ひき渡わたせることと、成果せいかが繰くり返かえし得とくられることは別べつの条件じょうけんであり、統計とうけい上じょうの可否かひ判定はんていではしばしば前者ぜんしゃが決きめ手てになる。定義ていぎが先さきにあり、統計とうけいはその写うつしである。

    この規約きやくに沿そった世界せかい集計しゅうけいが、2021年ねんの『ユネスコ科学かがくレポート』である。同どう報告ほうこくは2018年ねん時点じてんの世界せかいの研究者けんきゅうしゃを約やく885万まん人ひと(フルタイム換算かんさん)とし、2014年ねんからの4年間ねんかんで13.7%増ふえたと述のべた。同どう期間きかんの世界せかい人口じんこうの伸のびは4.6%で、人口じんこうの3倍さんばいの速度そくどである。研究開発けんきゅうかいはつ支出ししゅつも同期どうき間かんに19.2%増ふえ、対たいGDP比ひは1.73%から1.79%へ上あがった。研究けんきゅうは、経済けいざいより速はやく膨ふくらむ部門ぶもんである。

    この数かずには二に重じゅうの留保りゅうほが要いる。第一だいいちに、フルタイム換算かんさんという按分あんぶんの規約きやくが揃そろっても、そもそも誰だれを研究者けんきゅうしゃとして数かぞえるかは国くににより違ちがう。博士課程はくしかていの学生がくせいを算入さんにゅうする国くにとそうでない国くにがあり、国際こくさい比較ひかくの分母ぶんぼは完全かんぜんには揃そろわない。第だい二にに、これは2018年ねんの値あたいである。世界せかいを覆おおう集計しゅうけいは各国かっこく統計とうけいの到着とうちゃくを待まつため数年すうねん遅おくれて確定かくていし、2020年代ねんだい半なかばの時点じてんでも、これより新あたらしい包括的ほうかつてきな世界せかい値ちは得とくられない。

    現在げんざいを語かたるとき、手てにしているのはつねに数年すうねん前まえの現在げんざいである。

    国別くにべつの研究開発けんきゅうかいはつ費ひの対たいGDP比ひ(研发经费投入强度 / R&D intensity)を見みると、2023年ねんの統計とうけいでイスラエルが6.3%、韓国かんこくが5.0%と突出とっしゅつし、経済協力開発機構けいざいきょうりょくかいはつきこう全体ぜんたいでは2.7%、欧州連合おうしゅうれんごう27か国こくでは2.1から2.2%であった。後者こうしゃが幅はばを持もつのは、経済協力開発機構けいざいきょうりょくかいはつきこうの系列けいれつとユーロスタットの公表こうひょうとで数かずが分わかれるためである。米国べいこくは3.4%で、額がくにすると8234億おくドルと世界せかい最大さいだいである。日本にほんも3.4%前後ぜんごで推移すいいしている。

    ただしこの8234億おくドルは経済協力開発機構けいざいきょうりょくかいはつきこうの基準きじゅんによる値あたいであり、米国べいこく科学かがく財団ざいだんの全国ぜんこく集計しゅうけいは同おなじ年としの米国べいこくの研究開発けんきゅうかいはつ費ひを9370億おくドルとしている。同おなじ国くにの同おなじ年としについて、国際こくさい比較ひかくの表ひょうと国内こくない統計とうけいの表ひょうが1割いちわり以上いじょう違ちがう数かずを載のせる。中国ちゅうごくは2.6%だが、伸のび率りつが違ちがう。2023年ねんの伸のびは8.7%で、米国べいこくの1.7%、欧州連合おうしゅうれんごうの1.6%を大おおきく上回うわまわった。国家こっか統計とうけい局きょくらの公報こうほうによれば、2024年ねんの研究開発けんきゅうかいはつ費ひは3兆さんちょう6326.8億おく元もと、前年比ぜんねんひ8.9%増ぞうである。比率ひりつの順位じゅんいと、増分ぞうぶんの順位じゅんいは別べつのものを語かたっている。

    国くに・地域ちいき対たいGDP比ひ(%)併記へいきすべきこと
    イスラエル6.3突出とっしゅつした二国にくに。額がくではなく比率ひりつでの首位しゅい
    韓国かんこく5.0同上どうじょう
    米国べいこく3.48234億おくドル(OECD基準きじゅん)。米国べいこく科学かがく財団ざいだんの全国ぜんこく集計しゅうけいでは9370億おくドル
    日本にほん3.4前後ぜんごで推移すいい
    経済協力開発機構けいざいきょうりょくかいはつきこう全体ぜんたい2.7──
    中国ちゅうごく2.62023年ねんの伸のび8.7%。2024年ねんは3兆さんちょう6326.8億おく元もと、前年比ぜんねんひ8.9%増ぞう
    欧州連合おうしゅうれんごう27か国こく2.1〜2.2幅はばは系列けいれつの違ちがい。2023年ねんの伸のび1.6%

    表ひょう8研究開発けんきゅうかいはつ費ひの対たいGDP比ひ ── 2023年ねん

    支出ししゅつの中身なかみは三みっつに分わけられる。基礎研究(基础研究 / basic research)は特定とくていの応用おうようを想定そうていしない知識ちしきの獲得かくとく、応用おうよう研究けんきゅうは特定とくていの目的もくてきに向むけたそれ、開発かいはつは既存きそん知識ちしきによる新製品しんせいひん・新しん工程こうていの産出さんしゅつである。境界きょうかいはあいまいで、同おなじ活動かつどうが申告しんこくの仕方しかたで別べつの欄らんに入はいる。中国ちゅうごくでは基礎きそ研究けんきゅうの比率ひりつが長ながく5%台だいに留とまったが、2024年ねんに2500.9億おく元もと、全体ぜんたいの6.88%となり、過去かこ最高さいこうを記録きろくした。額がくとしては米国べいこくに次つぐ世界せかい第だい二に位いと見みられるが、この順位じゅんいも為替かわせ換算かんさんか購買力平価こうばいりょくへいかかで動うごく。比率ひりつでみれば、なお主要しゅよう先進国せんしんこくの水準すいじゅんを下回したまわる。

    資金しきんの出所でどころも大おおきく移動いどうした。米国べいこくでは連邦れんぽう政府せいふが国内こくないの研究開発けんきゅうかいはつの67%を負担ふたんしていた1964年ねんが頂点ちょうてんで、2000年ねんには四分しぶんの一いちに落おち、2020年ねんには企業きぎょうが73%を担になうに至いたった。国家こっかが科学かがくを養やしなう時代じだいから、企業きぎょうが科学かがくを養やしなう時代じだいへの移行いこうである。連邦れんぽうの支出額ししゅつがく自体じたいは増ふえているから資金しきん量りょうの減少げんしょうではないが、何なにが研究けんきゅうされるかを決きめる重心じゅうしんは動うごいた。企業きぎょうが負担ふたんしにくい領域りょういき、すなわち成果せいかが誰だれのものにもなりにくい基礎きそ研究けんきゅうにおいて、この移行いこうは最もっとも重おもい。

    人ひとの側がわでは、養成ようせいと受うけ皿ざらの乖離かいりが顕著けんちょである。米国べいこくでは2023年ねんに5万ごまん7862人ひとが研究けんきゅう博士号はくしごうを取得しゅとくし、うち1万いちまん9393人ひとが一時いちじ滞在たいざいビザの保持ほじ者しゃで、その86%は科学かがく・工学こうがく分野ぶんやである。中国ちゅうごくも2010年代ねんだいを通つうじて博士号はくしごう授与じゅよ数すうを急増きゅうぞうさせ、2020年代ねんだい前半ぜんはんには年間ねんかんの授与じゅよ数すうで米国べいこくを上回うわまわった。理工系りこうけいの差さはさらに大おおきいという推計すいけいもあるが、授与じゅよ数すうか修了しゅうりょう者しゃ数すうかで値あたいは動うごく。一方いっぽう、大学だいがくの常勤じょうきんポストは同おなじ速度そくどでは増ふえない。英国えいこく王立おうりつ協会きょうかいが2010年ねんに公表こうひょうした報告ほうこくの経路けいろ図ずは、理系りけい博士課程はくしかてい修了しゅうりょう者しゃを100としたとき、大学だいがくの任期にんきなし研究職けんきゅうしょくに至いたるのは約やく3.5、教授きょうじゅに至いたるのは約やく0.45にすぎないと推計すいけいした。博士課程はくしかていが大学だいがく教員きょういんの養成ようせい課程かていだという前提ぜんていは、既すでに崩くずれている。

    結果けっかとして現あらわれるのが、ポスドク(博士后 / postdoctoral researcher)の滞留たいりゅうである。博士号はくしごう取得しゅとく後ごの任期にんき付つき研究職けんきゅうしょくは独立どくりつまでの短みじかい移行いこう期間きかんとして設計せっけいされたが、実質的じっしつてきな長期ちょうき雇用形態こようけいたいになった。米国べいこく国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょの主要しゅよう研究費けんきゅうひを初はじめて獲得かくとくする年齢ねんれいの中央値ちゅうおうちは、1980年ねんごろの30代さんじゅうだい半なかばから2010年代ねんだいには40代よんじゅうだい前半ぜんはんへと上あがった。独立どくりつが10年じゅうねん近ちかく遅おくれたのである。日本にほんでも、研究大学けんきゅうだいがくの39歳さんじゅうきゅうさい以下いかの教員きょういんに占しめる任期にんき付つきの割合わりあいは、2013年ねん度どから2019年ねん度どにかけて6割ろくわり前後ぜんごで高止たかどまりした。大学だいがくの本務ほんむ教員きょういんに占しめる25歳にじゅうごさいから39歳さんじゅうきゅうさいの比率ひりつは、1986年ねん度どの39.0%から2019年ねん度どの22.0%へ落おちている。若手わかてが減へり、残のこった若手わかての多おおくが任期にんき付つきである。

    労働ろうどうの実態じったいは、国境こっきょうを越こえる移動いどうと切きり離はなせない。米国べいこくの博士号はくしごう取得者しゅとくしゃの三分さんぶんの一いちが一時いちじ滞在たいざいビザ保持ほじ者しゃであることは、受うけ入いれ国こくの研究けんきゅうが移民いみんに依存いぞんし、送おくり出だし国くにが育成いくせい費用ひようを負担ふたんしていることを同時どうじに示しめす。研究者けんきゅうしゃに占しめる外国がいこく出身者しゅっしんしゃの比率ひりつは国くににより極端きょくたんに開ひらき、大学だいがくの研究職けんきゅうしょくや博士課程はくしかてい在籍者ざいせきしゃで半分はんぶん前後ぜんごに達たっする国くにがある一方いっぽう、ほとんど受うけ入いれのない国くにもある。ただし各国かっこくの統計とうけいは「研究者けんきゅうしゃ」の範囲はんいも「外国がいこく出身しゅっしん」の定義ていぎも揃そろっておらず、この比較ひかくには幅はばを見込みこまなければならない。近年きんねんはこれに政治せいじが加くわわり、査証さしょうや輸出ゆしゅつ管理かんり、安全あんぜん保障ほしょうを理由りゆうとする審査しんさが、どこで誰だれと研究けんきゅうできるかを規定きていするようになった。研究けんきゅうの労働市場ろうどうしじょうは、制度せいどによって仕切しきられた複数ふくすうの市場しじょうの集合しゅうごうである。

    地図ちずの書かき換かえ

    20世紀にじっせいき後半こうはんの科学かがく地図ちずは、米国べいこくの突出とっしゅつによって特徴とくちょうづけられた。第だい二次にじ大戦たいせん後ごの連邦れんぽう資金しきん、欧州おうしゅうからの亡命ぼうめい科学者かがくしゃ、大学院だいがくいん制度せいどの拡張かくちょうが重かさなり、論文ろんぶん数すうでも受賞者じゅしょうしゃ数すうでも米国べいこくが単独たんどくで世界せかいの3割さんわり前後ぜんごを占しめる時期じきが続つづいた。この構図こうずが崩くずれる過程かていは、単一たんいつの年としに起おきたのではなく、指標しひょうごとに別々べつべつの年としに起おきた。どの指標しひょうを見みるかで、地図ちずが書かき換かわった時点じてんが変かわるのである。

    量りょうの指標しひょうでは、米国べいこく科学かがく財団ざいだんがスコーパスを用もちいて行おこなう集計しゅうけいにおいて、2016年ねんに中国ちゅうごくの科学かがく・工学こうがく論文ろんぶん数すうが米国べいこくを上回うわまわった。それ以降いこうも差さは開ひらき続つづけている。ただしこの集計しゅうけい自体じたい、共著きょうちょ論文ろんぶんを参加さんか著者ちょしゃの比率ひりつで按分あんぶんする分数ぶんすうカウント(分数计数 / fractional counting)による。共著きょうちょ論文ろんぶんを関与国かんよこくすべてに1本いっぽんずつ算入さんにゅうする整数せいすうカウントに切きり替かえれば、国際こくさい共著きょうちょの多おおい国くにほど数かずが膨ふくらみ、順位じゅんいも動うごく。同おなじ論文ろんぶん集合しゅうごうが、按分あんぶんの規約きやくを変かえるだけで別べつの国別くにべつ分布ぶんぷを見みせる。

    しかも「分数ぶんすうカウント」という同おなじ語ごが、集計しゅうけい主体しゅたいによって別べつの操作そうさを指さしている。米国べいこく科学かがく財団ざいだんは参加さんか著者ちょしゃの比率ひりつで按分あんぶんし、日本にほんの科学技術かがくぎじゅつ・学術がくじゅつ政策せいさく研究所けんきゅうしょは著者ちょしゃの所属しょぞく機関きかんの国くにの数かずで按分あんぶんする。一国いっこくから10名じゅうめい、他国たこくから1名いちめいが参加さんかした論文ろんぶんは、前者ぜんしゃでは10対じっつい一いちに、後者こうしゃでは一いち対たい一いちに分わかれる。同おなじ名なを持もつ二ふたつの規約きやくが、同おなじ論文ろんぶんに別べつの重おもみを与あたえるのである。その科学技術かがくぎじゅつ・学術がくじゅつ政策せいさく研究所けんきゅうしょの集計しゅうけいでは、2021年ねんから2023年ねんの平均へいきんで日本にほんの論文ろんぶん数すうは7万ななまん225本ほん、世界せかい五ご位いであり、中国ちゅうごく・米国べいこく・インド・ドイツに次つぐ位置いちにある。

    量りょうが質しつを伴ともなっているかは、被引用回数上位論文(高被引论文 / highly cited papers)で測はかられることが多おおい。分野ぶんやと出版しゅっぱん年ねんごとに上位じょうい10%、あるいは上位じょうい1%に入はいる論文ろんぶんの数かずを数かぞえる方法ほうほうである。この指標しひょうでも、2020年代ねんだい前半ぜんはんに中国ちゅうごくが首位しゅいに立たった。同おなじ期間きかん、日本にほんの順位じゅんいは論文ろんぶん数すうでも上位じょうい論文ろんぶんでも下さがり続つづけた。ここで注意ちゅういすべきは、上位じょうい論文ろんぶんの指標しひょうが引用いんようの分布ぶんぷを前提ぜんていにしていることである。引用いんようは研究者けんきゅうしゃ人口じんこうに比例ひれいして増ふえるから、人口じんこうの大おおきい国くにほど有利ゆうりに働はたらく。指標しひょうは中立ちゅうりつな物差ものさしではなく、特定とくていの集計しゅうけい方式ほうしきが持もつ癖くせである。

    技術ぎじゅつの側がわの指標しひょうはまた別べつの像ぞうを結むすぶ。世界せかいの特許とっきょ出願しゅつがんは2024年ねんに約やく372万まん5000件けんで、うち中国ちゅうごく国家こっか知識ちしき産さん権けん局きょくが受理じゅりしたのは180万まん件けん、世界せかいの49.1%に達たっした。この比率ひりつは2014年ねんの34.6%から10年じゅうねんで15ポイント近ちかく上あがっている。アジア全体ぜんたいでは世界せかいの70.1%を占しめた。ただし国内こくない出願しゅつがんは制度せいどと補助金ほじょきんの影響えいきょうを強つよく受うけるため、件数けんすうは技術力ぎじゅつりょくの直接ちょくせつの尺度しゃくどにならない。複数国ふくすうこくに出願しゅつがんされた同一どういつ発明はつめいをまとめて数かぞえるパテントファミリー(专利族 / patent family)で測はかると像ぞうは変かわり、日本にほんはこの指標しひょうで首位しゅいを保たもっている。同おなじ「特許とっきょで測はかった国力こくりょく」が、数かぞえ方かたで入いれ替かわる。

    欧州連合おうしゅうれんごうは、加盟国かめいこくの資金しきんに上乗うわのせする形かたちの枠組わくぐみ計画けいかくを1980年代ねんだいから積つみ重かさねてきた。2014年ねんから2020年ねんのホライズン2020は約やく800億おくユーロ、後継こうけいのホライズン・ヨーロッパは2021年ねんから2027年ねんで約やく955億おくユーロの規模きぼを持もつ。2007年ねんに設置せっちされた欧州おうしゅう研究会けんきゅうかい議ぎは、国籍こくせきや国境こっきょうを問とわず個人こじんの卓越たくえつ性せいのみで配分はいぶんする制度せいどとして、大陸たいりく規模きぼの研究けんきゅう市場しじょうを作つくろうとした。それでも欧州連合おうしゅうれんごう27か国こくの研究開発けんきゅうかいはつ費ひの対たいGDP比ひは2%台だい前半ぜんはんに留とまり、2000年代ねんだい初頭しょとうに掲かかげた3%という目標もくひょうには20年にじゅうねん以上いじょう届とどいていない。

    新あたらしい伸のびは複数ふくすうの場所ばしょから来きている。インドは論文ろんぶん数すうで世界せかい上位じょういに定着ていちゃくし、ブラジルは自国じこく語ごでの出版しゅっぱんと国際こくさい誌しへの進出しんしゅつを並行へいこうさせ、イランは2000年代ねんだい以降いこう、制裁せいさい下したにありながら論文ろんぶん数すうを急伸きゅうしんさせた。これらの伸のびは、しばしば国内こくないの大学だいがく拡張かくちょうと、業績ぎょうせきに連動れんどうした昇進しょうしん制度せいどの導入どうにゅうによって説明せつめいされる。数かずが政策せいさくに応答おうとうする以上いじょう、数かずの伸のびを知ちの伸のびと同一どういつ視しすることはできない。

    国際共著(国际合著 / international co-authorship)の増加ぞうかは、この期間きかんで最もっとも一貫いっかんした傾向けいこうである。米国べいこく科学かがく財団ざいだんの集計しゅうけいでは、複数国ふくすうこくの著者ちょしゃを含ふくむ論文ろんぶんの比率ひりつは2000年ねんの7本ななほんに1本いっぽんから、2020年ねんには4本よんほんに1本いっぽん近ちかくまで上あがった。人口じんこうの小ちいさい国くにでは6割ろくわりから8割はちわりに達たっする。ただしこの数字すうじの解釈かいしゃくは一ひとつではない。対等たいとうな協力きょうりょくの増加ぞうかとも読よめるし、大型おおがた装置そうち・大規模だいきぼコホート・高性能こうせいのう計算けいさんといった集中しゅうちゅうした資源しげんへの、資源しげんを持もたない側がわからのアクセス経路けいろとも読よめる。共著者きょうちょしゃ一覧いちらんは、しばしば資源しげんの分布ぶんぷ図ずでもある。

    そして政治せいじが地図ちずを直接ちょくせつに書かき換かえることがある。米国べいこくと中国ちゅうごくの共著きょうちょ論文ろんぶんは2019年ねん前後ぜんごを頂点ちょうてんとして減少げんしょうに転てんじ、その後ごの数年すうねんで2割にわりを超こえる規模きぼで縮ちぢんだと複数ふくすうの分析ぶんせきが報告ほうこくしている。両国りょうこくに所属しょぞくを持もつ研究者けんきゅうしゃの数かずも減へった。研究けんきゅうの国際化こくさいかは不可逆ふかぎゃくの趨勢すうせいと語かたられがちだが、実際じっさいには制度せいどと安全あんぜん保障ほしょうの判断はんだんによって短期間たんきかんで反転はんてんしうる。

    最後さいごに言語げんごである。2010年代ねんだい末まつの分析ぶんせきでは、ウェブ・オブ・サイエンス収録しゅうろく文献ぶんけんの95%超ちょう、スコーパスでも90%を超こえる文献ぶんけんが英語えいごであった。一方いっぽう、非ひ英語えいごの学術がくじゅつ出版しゅっぱんは消きえていない。中国語ちゅうごくごでは大規模だいきぼな国内こくない論文ろんぶんデータベースが数千すうせん誌し規模きぼを収おさめ、ロシア語ご圏けん、ラテンアメリカ、日本にほんにもそれぞれ公的こうてきないし地域ちいき的てきな出版しゅっぱん基盤きばんがある。中国語ちゅうごくごの総合そうごうデータベース、ラテンアメリカの公的こうてきな電子でんし出版しゅっぱん基盤きばん、日本にほんの公的機関こうてききかんが運営うんえいする数千すうせん誌し規模きぼの電子でんしジャーナル基盤きばん ── いずれも国際的こくさいてきな引用いんよう索引さくいんとはほとんど重かさならない。したがって、これまで述のべてきた国別くにべつの順位じゅんいはすべて、英語えいごを主体しゅたいとするデータベースで測はかった順位じゅんいである。順位じゅんい表ひょうの上下じょうげが語かたっているのは、どこで知ちが作つくられたかではなく、どの索引さくいんがどこを映うつしたかである。

    何なにが数かぞえられていないか

    最もっとも大おおきな空白くうはくは、地理的ちりてきに偏かたよっている。アフリカ大陸たいりくは世界せかい人口じんこうの2割にわり近ちかくを占しめるが、国際的こくさいてきな書誌しょしデータベースで測はかった研究けんきゅう成果せいかの比率ひりつは1から2%の水準すいじゅんにとどまるとされる。ただしこの数字すうじ自体じたいが問題もんだいを含ふくんでいる。サハラ以南いなんアフリカの生物せいぶつ医学いがく系けい雑誌ざっしを対象たいしょうに、複数ふくすうのデータベースの収録しゅうろく範囲はんいを比較ひかくした研究けんきゅうは、アフリカの雑誌ざっしを最もっとも多おおく収おさめる基盤きばんが国際的こくさいてきな商業しょうぎょうデータベースではなく、アフリカの非営利団体ひえいりだんたいが運営うんえいする電子でんし基盤きばんであることを示しめした。この基盤きばんは500誌し以上いじょうを公開こうかいしているが、その大半たいはんは主要しゅような引用いんよう索引さくいんに収録しゅうろくされていない。数字すうじが小ちいさいのは、研究けんきゅうが少すくないからだけではない。

    ここには循環じゅんかんがある。索引さくいんに入はいらない雑誌ざっしは引用いんようされにくく、引用いんようされない雑誌ざっしは影響力えいきょうりょくの基準きじゅんを満みたせず、基準きじゅんを満みたさない雑誌ざっしは索引さくいんに入いれない。可視かし性せいの欠如けつじょが可視かし性せいの欠如けつじょを生うむ構造こうぞうで、当事者とうじしゃの努力どりょくでは抜ぬけ出だしにくい。加くわえて、地域ちいき固有こゆうの主題しゅだい ── 熱帯ねったいの作物さくもつ病害びょうがい、地域ちいきの言語げんご、地方ちほうの行政ぎょうせい制度せいど ── は国際こくさい誌しの関心かんしんの外そとに置おかれやすい。国際的こくさいてきな重要性じゅうようせいという選別せんべつの基準きじゅんは、中立ちゅうりつに見みえて、既すでに可視かしである研究けんきゅうの分布ぶんぷを再生産さいせいさんする。

    別種べっしゅの空白くうはくが、先住民せんじゅうみんと地域ちいきの知ち(土著和地方知识 / indigenous and local knowledge)である。数かず世代せだいにわたる観察かんさつの蓄積ちくせきとして保持ほじされ、しばしば口承こうしょうと実践じっせんの形かたちをとるこれらの知ちは、論文ろんぶんという単位たんいに馴染なじまない。生物せいぶつ多様性たようせいと生態系せいたいけいサービスに関かんする政府間せいふかん科学かがく政策せいさくプラットフォームは、その評価ひょうか報告ほうこくに先住民せんじゅうみんと地域ちいきの知ちを明示めいじ的てきに組くみ込こむ手続てつづきを設もうけた。しかし組くみ込こみは新あらたな問題もんだいを生うむ。誰だれが代表だいひょうするのか、記録きろくの権利けんりは誰だれにあるのか、成果せいかから生しょうじる利益りえきはどう配分はいぶんされるのか。2010年ねんに採択さいたくされた名古屋なごや議定書ぎていしょは遺伝いでん資源しげんについて利益りえき配分はいぶんの枠組わくぐみを定さだめ、2019年ねんには先住民せんじゅうみんのデータ管理かんりに関かんする原則げんそくが提唱ていしょうされた。公開こうかいと共有きょうゆうを善ぜんとする科学かがくの作法さほうが、そのままでは適用てきようできない領域りょういきがある。

    産業界さんぎょうかいの研究けんきゅうは、規模きぼの大おおきさに比ひして見みえない。経済協力開発機構けいざいきょうりょくかいはつきこうの各国かっこくでは企業きぎょう部門ぶもんが研究開発けんきゅうかいはつの実行じっこうの7割ななわり前後ぜんごを担になうが、その成果せいかの大半たいはんは論文ろんぶんにならない。しかも企業きぎょうの科学かがく離はなれは統計的とうけいてきに確認かくにんされている。1980年ねんから2006年ねんの大企業だいきぎょうを分析ぶんせきした研究けんきゅうは、企業きぎょう科学者かがくしゃによる論文ろんぶんが多おおくの産業さんぎょうで減少げんしょうした一方いっぽう、特許とっきょで測はかられる技術的ぎじゅつてき知識ちしきの価値かちは安定あんていしていたことを示しめし、企業きぎょうは科学かがくが生うむ「卵たまご」を求もとめるが「鵞鳥がちょう」自体じたいは飼かわなくなったと結論けつろんした。ベル研究所けんきゅうしょ型がたの基礎きそ研究けんきゅう部門ぶもんが縮小しゅくしょうした後あと、その空白くうはくは誰だれも埋うめていない。

    近年きんねん、この不可視ふかし性せいは新あたらしい形かたちで拡大かくだいしている。有力ゆうりょくな機械学習きかいがくしゅうモデルの技術ぎじゅつ報告ほうこくが、構成こうせい・規模きぼ・訓練くんれんデータ・訓練くんれん手法しゅほうを意図的いとてきに開示かいじしないと明記めいきする例れいが2020年代ねんだい前半ぜんはんに現あらわれ、以後いごは珍めずらしくなくなった。スタンフォード大学だいがくの年次ねんじ報告ほうこくは、2025年ねんに発表はっぴょうされた注目ちゅうもくすべき最先端さいせんたんモデルの9割きゅうわり超ちょうが産業界さんぎょうかいから出でたとしている。分野ぶんやの最前線さいぜんせんが、査読さどくも再現さいげんも外部がいぶ検証けんしょうもない文書ぶんしょによって定義ていぎされるようになった。学術がくじゅつデータベースで機械学習きかいがくしゅう分野ぶんやを数かぞえても、その分野ぶんやで実際じっさいに何なにが作つくられたかは分わからない。

    軍事ぐんじ研究けんきゅうの空白くうはくはより古ふるく、より制度せいど化かされている。米国べいこくの1946年ねん原子力げんしりょく法ほうは、核兵器かくへいきに関かんする情報じょうほうを「生うまれながらに秘密ひみつ」とする分類ぶんるいを導入どうにゅうした。誰だれが生うみ出だしたかを問とわず、政府せいふが関与かんよしなくても、その種しゅの情報じょうほうは自動的じどうてきに機密きみつになる。輸出ゆしゅつ管理かんりや安全あんぜん保障ほしょう指定していの下したに置おかれた研究けんきゅうは、その存在そんざいすら公表こうひょうされないことがある。国家こっかの研究開発けんきゅうかいはつ支出ししゅつのうち防衛ぼうえい目的もくてきの比率ひりつは各国かっこくの統計とうけいで公表こうひょうされているが、その内側うちがわで何なにが知しられたかは、統計とうけいの外そとにある。

    結果けっかが出でなかった研究けんきゅうの未発表みはっぴょう ── 出版バイアス(发表偏倚 / publication bias)── は、可視かしの文献ぶんけんそのものを歪ゆがめる。2008年ねんの分析ぶんせきは、米国べいこく食品しょくひん医薬品いやくひん局きょくに登録とうろくされた抗こううつ薬やくの臨床りんしょう試験しけん74件ななじゅうよんけんを追跡ついせきし、そのうち31%、被験者ひけんしゃ数すうにして3449人にん分ぶんの試験しけんが公表こうひょうされていなかったことを示しめした。当局とうきょくが肯定的こうていてきと判定はんていした試験しけんはほぼすべてが公表こうひょうされたのに対たいし、否定的ひていてきないし疑うたがわしいと判定はんていされた試験しけんの多おおくは公表こうひょうされず、公表こうひょうされたものも肯定的こうていてきな結論けつろんとして提示ていじされていた。この選別せんべつにより、薬効やっこうの推定値すいていちは薬剤やくざいごとに11から69%、薬剤やくざい群ぐん全体ぜんたいで32%過大かだいになっていた。存在そんざいしない文献ぶんけんが、存在そんざいする文献ぶんけんの意味いみを変かえるのである。

    臨床試験登録(临床试验注册 / clinical trial registration)である。試験しけんの開始かいし前まえに設計せっけいと主要しゅよう評価項目ひょうかこうもくを公開こうかいの登録とうろく簿ぼに記載きさいし、結果けっかの如何いかんにかかわらず一定いってい期間内きかんないに報告ほうこくすることを義務ぎむづける。米国べいこくでは2007年ねんの法改正ほうかいせいで、対象たいしょうとなる試験しけんは終了しゅうりょう後ご12か月げつ以内いないの結果けっか登録とうろくを求もとめられることになった。だが遵守じゅんしゅ率りつは長ながく低ひくいままだった。2008年ねんから2012年ねんに終了しゅうりょうないし中止ちゅうしした対象たいしょう試験しけんのうち、12か月げつ以内いないに結果けっかを登録とうろくしたものは13.4%である。2017年ねんに規則きそくが強化きょうかされた後あとを対象たいしょうとした分析ぶんせきでも40.9%で、約やく3倍さんばいに伸のびてなお半数はんすうに届とどかない。2020年代ねんだい半なかばになっても、対象たいしょうと見みられる研究けんきゅうの3割さんわり近ちかくが結果けっかを提出ていしゅつしていないと当局とうきょく自身じしんが推定すいていし、多数たすうの実施じっし主体しゅたいに督促とくそくが送おくられている。制度せいどは作つくられたが、機能きのうは追おいついていない。

    データの共有きょうゆうも同様どうようである。2014年ねんの研究けんきゅうは、2年前ねんまえから22年前ねんまえまでに公表こうひょうされた516本ほんの論文ろんぶんの著者ちょしゃにデータを請求せいきゅうし、入手にゅうしゅできる確率かくりつが論文ろんぶんの年齢ねんれい1年いちねんあたり17%ずつ下さがることを示しめした。20年前ねんまえの論文ろんぶんのデータは、事実上じじつじょう失うしなわれている。原因げんいんの一ひとつは単純たんじゅんで、著者ちょしゃの連絡先れんらくさきが有効ゆうこうである確率かくりつが年とし7%ずつ下さがっていくことにある。論文ろんぶんは図書館としょかんと索引さくいんに残のこるが、その論文ろんぶんが依拠いきょしたデータは、誰だれも撤去てっきょしないまま静しずかに到達とうたつ不能ふのうになっていく。存在そんざいしない文献ぶんけんが文献ぶんけんの意味いみを変かえるのと同おなじように、到達とうたつできないデータは、到達とうたつできる論文ろんぶんの検証けんしょう可能性かのうせいを後あとから取とり消けす。

    数かぞえられないものを数かぞえようとする試こころみは、それ自体じたいが近年きんねんの重要じゅうような動うごきである。収録しゅうろくを選別せんべつしない書誌しょしデータベース、研究者けんきゅうしゃに永続えいぞく的てきな識別子しきべつしを与あたえる仕組しくみ、研究けんきゅう機関きかんの名寄なよせ台帳だいちょう、データセットへの識別子しきべつし付与ふよ、臨床りんしょう試験しけんと社会しゃかい科学かがく実験じっけんの登録とうろく簿ぼ、政策せいさく文書ぶんしょの引用いんようを追跡ついせきする基盤きばん ── いずれも2000年代ねんだい以降いこうに作つくられ、可視かしの範囲はんいを押おし広ひろげてきた。しかし押おし広ひろげられた範囲はんいもまた、識別子しきべつしを振ふれるもの、電子化でんしかされたもの、公開こうかいを選えらんだものに限かぎられる。知ちの総量そうりょうを測はかる試こころみは、測定そくていの枠組わくぐみが同時どうじに選別せんべつの枠組わくぐみであるという条件じょうけんから、原理げんり的てきに逃のがれられない。ここまでに並ならべた数かずはすべて、その条件じょうけんのもとで読よまれなければならない。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 70 / 推すい 11 / 争そう 2

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かく『ジュルナル・デ・サヴァン』と『フィロソフィカル・トランザクションズ』はともに1665年ねんに創刊そうかんされた両誌りょうしの創刊号そうかんごう(1665年ねん1月いちがつ/3月さんがつ)
    • 確かく『フィロソフィカル・トランザクションズ』は当初とうしょ、王立おうりつ協会きょうかい書記しょきオルデンバーグの私的してき事業じぎょうとして刊行かんこうされた王立おうりつ協会きょうかいの刊行かんこう史しおよび同誌どうし初期しょきの刊かん記き
    • 確かく序論じょろん・方法ほうほう・結果けっか・考察こうさつという定型ていけいが医学いがく雑誌ざっしで優勢ゆうせいになるのは1970年代ねんだいであるSollaci & Pereira, *Journal of the Medical Library Association* 92(2004年ねん)、1935〜1985年としの医学いがく誌しの分析ぶんせき
    • 確かくガーフィールドは1955年ねんに『サイエンス』誌しで引用いんよう索引さくいんの構想こうそうを示しめし、1964年ねんに科学かがく引用いんよう索引さくいんが刊行かんこうされたGarfield, "Citation Indexes for Science", *Science* 122(1955年ねん)、および Science Citation Index の刊行かんこう開始かいし
    • 確かくクロスレフは2000年ねんに発足ほっそくしたDOI登録とうろく機関きかんであり、雑誌ざっし論文ろんぶんのほか書籍しょせきの章しょう・会議録かいぎろく・プレプリント・データセット・査読さどく報告ほうこく・助成金じょせいきん記録きろくを登録とうろくするCrossref の事業じぎょう概要がいよう
    • 確かく2026年ねん公開こうかいのクロスレフ年次ねんじデータファイルは約やく1億いちおく8000万まん件けんの記録きろくを含ふくみ、前年ぜんねんからの増加ぞうかは1270万まん件けん(7.6%)であるCrossref, 2026 public data file 公表こうひょう
    • 確かくスコーパスは2004年ねん開始かいしで、2020年代ねんだい半なかばの活動中かつどうちゅう収録しゅうろく誌しは2万にまん7000〜2万にまん8000であるElsevier の収録しゅうろく誌し一覧いちらん
    • 確かくウェブ・オブ・サイエンス・コア・コレクションは四よっつの索引さくいんの集合しゅうごうで、2万にまん2000誌し余あまりを収録しゅうろくするClarivate の収録しゅうろく範囲はんい説明せつめい(SCIE 約やく9400、SSCI 約やく3500、AHCI 約やく1800、ESCI 約やく7800)
    • 確かく2016年ねんの比較ひかくでは、ウェブ・オブ・サイエンス1万いちまん3605誌し、スコーパス2万にまん346誌しに対たいし、ウルリッヒは査読さどく誌し6万ろくまん3013誌しを記録きろくしていたMongeon & Paul-Hus, *Scientometrics* 106(2016年ねん)
    • 確かく両りょうデータベースは自然科学しぜんかがく・工学こうがく・生物せいぶつ医学いがくに偏かたより、社会しゃかい科学かがく・人文学じんぶんがくおよび非ひ英語えいご誌しを過小かしょうに収録しゅうろくする同どう論文ろんぶん
    • 確かくスコーパスとウェブ・オブ・サイエンス・コア・コレクションの共通きょうつう収録しゅうろく誌しは約やく1万いちまん5000である(実測じっそく1万いちまん4917誌し)両社りょうしゃの収録しゅうろく誌し一覧いちらんの突合とつごう(2020年代ねんだい半なかば)
    • 確かく灰色はいいろ文献ぶんけんは、出版しゅっぱんを本業ほんぎょうとしない政府せいふ・学術がくじゅつ機関きかん・企業きぎょう・産業さんぎょうが印刷いんさつおよび電子でんしの形かたちで生うむ情報じょうほうとして国際こくさい会議かいぎで定義ていぎされた術語じゅつごである第だい三さん回かい国際こくさい灰色はいいろ文献ぶんけん会議かいぎ(ルクセンブルク、1997年ねん)の定義ていぎおよび2004年ねんニューヨーク会議かいぎでの改訂かいてい
    • 確かくオープンアレックスは2022年ねん公開こうかいで、マイクロソフト・アカデミック・グラフ(2021年ねん終了しゅうりょう)を引ひき継ついだOurResearch による公表こうひょう
    • 確かくオープンアレックスの本体ほんたい収録しゅうろく数すうは2025年ねん11月じゅういちがつ時点じてんで約やく2億におく7130万まん件けんである。同月どうげつの全面ぜんめん改修かいしゅうで加くわえられた約やく1億いちおく9200万まん件けんは、書誌しょし情報じょうほうの質しつが揃そろわないため既定きていでは検索けんさく・集計しゅうけいの対象外たいしょうがいに置おかれる拡張かくちょう分ぶんであり、本体ほんたいに合算がっさんされるものではないOpenAlex の公表こうひょう資料しりょうおよび2025年ねんの年次ねんじ総括そうかつ
    • 確かくスコーパスに基もとづく集計しゅうけいで、2022年ねんの世界せかいの科学かがく・工学こうがく論文ろんぶん数すうは約やく330万まん件けんであるNational Science Board, *Science & Engineering Indicators*
    • 確かく同どう集計しゅうけいはスコーパス収録しゅうろく誌しをそのまま数かぞえるのではなく、「疑うたがわしい雑誌ざっし」を除のぞくフィルタを掛かけた後あとの母集団ぼしゅうだんによる同書どうしょの方法論ほうほうろん付録ふろく
    • 確かくプライスは学術がくじゅつ雑誌ざっし数すうが18世紀じゅうはっせいき半なかば以降いこうほぼ一定いってい率りつで増ふえ、50年ごじゅうねんごとに10倍じゅうばいになってきたと論ろんじたPrice, *Little Science, Big Science*(1963年ねん)
    • 確かく2015年ねんの分析ぶんせきは第だい二次にじ大戦たいせん後ごの成長率せいちょうりつを年とし8〜9%と算出さんしゅつしたBornmann & Mutz, *JASIST*(2015年ねん)
    • 確かく同おなじ研究者けんきゅうしゃらによる2021年ねんの再さい分析ぶんせきは全体ぜんたい成長率せいちょうりつを年とし4.10%、倍加ばいか時間じかん17.3年ねんとしたBornmann, Haunschild & Mutz, *Humanities and Social Sciences Communications*(2021年ねん)
    • 推すい成長率せいちょうりつ推定すいていの開ひらきは主しゅとして母集団ぼしゅうだんの取とり方かたの違ちがいに由来ゆらいする二に論文ろんぶんが用もちいたデータベースの差さ(WoS/Scopus のみか、Dimensions/Microsoft Academic を加くわえるか)からの解釈かいしゃく
    • 確かくペレルマンはポアンカレ予想よそうの解決かいけつを2002年ねんから2003年ねんにかけてプレプリントとしてのみ公開こうかいし、雑誌ざっしに投稿とうこうしなかったarXiv 掲載けいさいの3本さんぼんの草稿そうこう
    • 確かく2015年ねんのアトラスとCMSの共同きょうどう論文ろんぶんの著者ちょしゃ数すうは5154名めいである(集計しゅうけいにより5153名めいとも報ほうじられる)Aad et al., *Physical Review Letters* 114, 191803(2015年ねん)
    • 確かく機械学習きかいがくしゅうの主要しゅよう国際こくさい会議かいぎである神経しんけい情報処理じょうほうしょりシステム会議かいぎの投稿とうこう数すうは、2014年ねんの1700件けん足たらずから2024年ねんには1万いちまん5000件けんを超こえた同会議どうかいぎの各年かくねんの主催者しゅさいしゃ公表こうひょう統計とうけい
    • 確かくアーカイヴは1991年ねんにポール・ギンスパルグが開始かいししたarXiv の沿革えんかく
    • 確かくアーカイヴの収録しゅうろく数すうは2014年ねん末まつに100万まん件けん、2022年ねん初はじめに200万まん件けん、2026年ねん4月しがつに300万まん件けんを超こえた(300万まん件けん通過つうかは同年どうねん7月しちがつの告知こくちで公表こうひょうされた)arXiv の公表こうひょう
    • 確かくアーカイヴの月間げっかん投稿とうこう数すうは2025年ねん後半こうはんに2万にまん8000件けん近ちかくとなり、2026年ねん半なかばには3万さんまん件けんを超こえたarXiv の月間げっかん投稿とうこう統計とうけい
    • 確かく生物学せいぶつがく向むけのプレプリント基盤きばんは2013年ねん、医学いがく向むけは2019年ねんに開設かいせつされたbioRxiv(2013年ねん11月じゅういちがつ)、medRxiv(2019年ねん6月ろくがつ)
    • 確かく世界せかいの特許とっきょ出願しゅつがんは2024年ねんに約やく372万まん5000件けんであるWIPO, *World Intellectual Property Indicators 2025*
    • 確かくフルタイム換算かんさんは、研究けんきゅうに充あてた労働時間ろうどうじかんの比率ひりつで人員じんいんを按分あんぶんする規約きやくであるOECD『フラスカティ・マニュアル』第だい七なな版はん(2015年ねん)
    • 確かく同どうマニュアルは研究開発けんきゅうかいはつを、新規性しんきせい・創造性そうぞうせい・不ふ確実性かくじつせい・体系たいけい性せい・移転いてん可能性かのうせいないし再現さいげん可能性かのうせい(transferable and/or reproducible)の五ご要件ようけんを満みたす活動かつどうと定義ていぎする同書どうしょ
    • 推すいフルタイム換算かんさんの規約きやくが揃そろっても、誰だれを研究者けんきゅうしゃに算入さんにゅうするかは国くににより異ことなり(博士課程はくしかてい学生がくせいの扱あつかいが分わかれる)、国際こくさい比較ひかくの分母ぶんぼは完全かんぜんには揃そろわない各国かっこくの研究開発けんきゅうかいはつ調査ちょうさの対象たいしょう定義ていぎと『フラスカティ・マニュアル』の勧告かんこくとの差さからの解釈かいしゃく
    • 推すい2020年代ねんだい半なかばの時点じてんでも、2018年ねんより新あたらしい包括的ほうかつてきな世界せかい研究者けんきゅうしゃ数すう・世界せかい研究開発けんきゅうかいはつ支出ししゅつの値あたいは得とくられないユネスコ統計とうけい研究所けんきゅうしょの公表こうひょう周期しゅうきと各国かっこく統計とうけいの到着とうちゃく時期じきからの評価ひょうか
    • 確かく2018年ねんの世界せかいの研究者けんきゅうしゃは約やく885万まん人ひと(フルタイム換算かんさん)で、2014年ねんから13.7%増ぞう、同期どうき間かんの世界せかい人口じんこうの伸のびは4.6%であるUNESCO, *Science Report: The Race Against Time for Smarter Development*(2021年ねん)
    • 確かく同期どうき間かんに世界せかいの研究開発けんきゅうかいはつ支出ししゅつは19.2%増ふえ、対たいGDP比ひは1.73%から1.79%へ上あがった同どう報告ほうこく
    • 確かく2023年ねんの研究開発けんきゅうかいはつ費ひ対たいGDP比ひはイスラエル6.3%、韓国かんこく5.0%、米国べいこく3.4%、中国ちゅうごく2.6%、EU27か国こく2.1%、OECD全体ぜんたい2.7%であるOECD, Main Science and Technology Indicators。ただしEU27か国こくの同年どうねん値ちはEurostatの公表こうひょうでは2.2%であり、集計しゅうけい主体しゅたいで分わかれる
    • 確かく日本にほんの研究開発けんきゅうかいはつ費ひ対たいGDP比ひは2020年代ねんだい前半ぜんはんを通つうじて3.4%前後ぜんごで推移すいいしているOECD, Main Science and Technology Indicators/総務省そうむしょう『科学技術かがくぎじゅつ研究けんきゅう調査ちょうさ』
    • 争そう2023年ねんの米国べいこくの研究開発けんきゅうかいはつ費ひの額がく8234億ドル(Main Science and Technology Indicators)、米国べいこく科学かがく財団ざいだんの全国ぜんこく集計しゅうけいでは9370億おくドル(NSF NCSES, National Patterns of R&D Resources)。対象たいしょう範囲はんいと計上けいじょう基準きじゅんの差さにより、同一どういつ国こく・同どう1年いちねんについて1割いちわり以上いじょう異ことなる値あたいが並立へいりつする
    • 確かく2023年ねんの研究開発けんきゅうかいはつ費ひの伸のびは中国ちゅうごく8.7%、米国べいこく1.7%、EU1.6%であるOECD, Main Science and Technology Indicators
    • 確かく中国ちゅうごくの2024年ねんの研究開発けんきゅうかいはつ費ひは3兆さんちょう6326.8億おく元もと(前年比ぜんねんひ8.9%増ぞう)、うち基礎きそ研究けんきゅうは2500.9億おく元もとで全体ぜんたいの6.88%である中国ちゅうごく国家こっか統計とうけい局きょく・科学技術かがくぎじゅつ部ぶ・財政ざいせい部ぶ『2024年ねん全国ぜんこく科技かぎ経費けいひ投入とうにゅう統計とうけい公報こうほう』
    • 推すい中国ちゅうごくの基礎きそ研究費けんきゅうひは額がくとして米国べいこくに次つぐ世界せかい第だい二に位いである各国かっこくの基礎きそ研究費けんきゅうひ公表こうひょう値ちの比較ひかくによる評価ひょうか。為替かわせ換算かんさんか購買力平価こうばいりょくへいかかで順位じゅんいは動うごきうる
    • 確かく経済協力開発機構けいざいきょうりょくかいはつきこう加盟国かめいこくでは企業きぎょう部門ぶもんが研究開発けんきゅうかいはつの実行じっこうの7割ななわり前後ぜんごを担になうOECD, Main Science and Technology Indicators(実行じっこう部門別ぶもんべつ支出ししゅつ)
    • 確かく米国べいこくの連邦れんぽう政府せいふによる研究開発けんきゅうかいはつ資金しきん負担ふたん比率ひりつは1964年ねんの67%を頂点ちょうてんに、2000年ねんには25%へ低下ていかし、2020年ねんには企業きぎょうが73%を担になったNSF NCSES, National Patterns of R&D Resources
    • 確かく2023年ねんの米国べいこくの研究けんきゅう博士号はくしごう取得者しゅとくしゃは5万ごまん7862人ひとで、うち一時いちじ滞在たいざいビザ保持ほじ者しゃが1万いちまん9393人ひと(34%)、その86%が科学かがく・工学こうがく分野ぶんやであるNSF NCSES, Survey of Earned Doctorates 2023
    • 推すい中国ちゅうごくの博士はかせ学位がくい授与じゅよ数すうは2020年代ねんだい前半ぜんはんに年とし8万はちまん人ひと規模きぼに達たっし、年間ねんかんの授与じゅよ数すうで米国べいこくを上回うわまわった教育部きょういくぶ『全国ぜんこく教育きょういく事業じぎょう発展はってん統計とうけい公報こうほう』各年かくねん版はんと SED 2023 の突合とつごうによる評価ひょうか。学位がくい授与じゅよ数すうを数かぞえるか課程かてい修了しゅうりょう者しゃ数すうを数かぞえるかで値あたいは動うごく
    • 推すい研究者けんきゅうしゃに占しめる外国がいこく出身者しゅっしんしゃの比率ひりつは国くににより極端きょくたんに開ひらき、大学だいがくの研究職けんきゅうしょくや博士課程はくしかてい在籍者ざいせきしゃで半分はんぶん前後ぜんごに達たっする国くにがある一方いっぽう、ほとんど受うけ入いれのない国くにもある各国かっこく統計とうけいの比較ひかくによる評価ひょうか。「研究者けんきゅうしゃ」の範囲はんいも「外国がいこく出身しゅっしん」の定義ていぎ(出生地しゅっしょうちか国籍こくせきか)も国くににより揃そろわず、比較ひかくには幅はばを要ようする
    • 確かく英国えいこく王立おうりつ協会きょうかいの2010年ねん報告ほうこくの経路けいろ図ずは、理系りけい博士はかせ修了しゅうりょう者しゃを100としたとき大学だいがくの任期にんきなし研究職けんきゅうしょくに至いたるのが約やく3.5、教授きょうじゅに至いたるのが約やく0.45という推計すいけいを示しめしたRoyal Society, *The Scientific Century: securing our future prosperity*(2010年ねん)、図ず1.6
    • 確かく日本にほんの研究大学けんきゅうだいがくにおける39歳さんじゅうきゅうさい以下いかの教員きょういんに占しめる任期にんき付つきの割合わりあいは、2013年ねん度ど60.0%、2019年ねん度ど60.5%であるNISTEP『研究大学けんきゅうだいがくにおける教員きょういんの雇用こよう状況じょうきょうに関かんする調査ちょうさ』(2020年ねん)
    • 確かく日本にほんの大学だいがく教員きょういんに占しめる25〜39歳さいの比率ひりつは1986年ねん度ど39.0%から2019年ねん度ど22.0%へ低下ていかした同調査どうちょうさおよび文部科学省もんぶかがくしょうの統計とうけい
    • 推すい米国べいこく国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょの主要しゅよう研究費けんきゅうひを初はじめて獲得かくとくする年齢ねんれいは1980年ねんごろの30代さんじゅうだい半なかばから2010年代ねんだいの40代よんじゅうだい前半ぜんはんへ上昇じょうしょうしたNIH の受給者じゅきゅうしゃ年齢ねんれい統計とうけいに基もとづく評価ひょうか。集計しゅうけい年ねんと対象たいしょう種別しゅべつにより値あたいは動うごく
    • 確かくスコーパスに基もとづく集計しゅうけいで、中国ちゅうごくの科学かがく・工学こうがく論文ろんぶん数すうは2016年ねんに米国べいこくを上回うわまわった。この集計しゅうけいは参加さんか著者ちょしゃの比率ひりつで按分あんぶんする分数ぶんすうカウントによるNational Science Board, *Science & Engineering Indicators*(方法論ほうほうろん付録ふろく)
    • 確かく「分数ぶんすうカウント」の按分あんぶん単位たんいは集計しゅうけい主体しゅたいにより異ことなる。米国べいこく科学かがく財団ざいだんは参加さんか著者ちょしゃの比率ひりつで、NISTEPは著者ちょしゃの所属しょぞく機関きかんの国くにの数かずで按分あんぶんする前掲ぜんけい書しょの方法論ほうほうろん付録ふろくおよび NISTEP『科学技術かがくぎじゅつ指標しひょう』の計量けいりょう方法ほうほう
    • 確かく分数ぶんすうカウントによる2021〜2023年平均ねんへいきんで、日本にほんの論文ろんぶん数すうは7万ななまん225本ほん、世界せかい五ご位い(中国ちゅうごく・米国べいこく・インド・ドイツに次つぐ)であるNISTEP『科学技術かがくぎじゅつ指標しひょう2025』
    • 確かく2020年代ねんだい前半ぜんはんに、中国ちゅうごくは被ひ引用いんよう回数かいすう上位じょうい10%論文ろんぶんおよび上位じょうい1%論文ろんぶんの数かずで世界一せかいいち位いとなったNISTEP『科学技術かがくぎじゅつ指標しひょう』各年かくねん版はんおよび『科学かがく研究けんきゅうのベンチマーキング』
    • 確かく日本にほんはパテントファミリー数かずで世界一せかいいち位いであるNISTEP『科学技術かがくぎじゅつ指標しひょう2025』
    • 確かく2024年ねんの中国ちゅうごく国家こっか知識ちしき産さん権けん局きょくの特許とっきょ出願しゅつがん受理じゅりは180万まん件けん、世界せかいの49.1%で、2014年ねんの34.6%から上昇じょうしょうした。アジア全体ぜんたいは70.1%であるWIPO, *World Intellectual Property Indicators 2025*
    • 確かくホライズン2020(2014〜2020年とし)は約やく800億おくユーロ、ホライズン・ヨーロッパ(2021〜2027年とし)は約やく955億おくユーロの規模きぼを持もつ欧州連合おうしゅうれんごうの予算よさん文書ぶんしょ
    • 確かく欧州おうしゅう研究会けんきゅうかい議ぎは2007年ねんに設置せっちされた欧州委員会おうしゅういいんかいの決定けってい
    • 推すい欧州連合おうしゅうれんごうの研究開発けんきゅうかいはつ費ひ対たいGDP比ひは2000年代ねんだい初頭しょとうに掲かかげた3%目標もくひょうに20年にじゅうねん以上いじょう到達とうたつしていないリスボン戦略せんりゃく以降いこうの目標設定もくひょうせっていと、Eurostat / OECD の実績値じっせきちからの評価ひょうか
    • 確かく複数国ふくすうこくの著者ちょしゃを含ふくむ論文ろんぶんの比率ひりつは2000年ねんの約やく7本ななほんに1本いっぽんから2020年ねんには約やく4本よんほんに1本いっぽんへ上あがったNational Science Board, *Science & Engineering Indicators*(Scopus に基もとづく集計しゅうけい)
    • 確かく米中べいちゅう共著きょうちょ論文ろんぶんは2019年ねん前後ぜんごを頂点ちょうてんに減少げんしょうし、2021年ねんまでに2割にわりを超こえる規模きぼで縮ちぢんだVan Noorden, *Nature*(2022年ねん)ほか Scopus / InCites に基もとづく複数ふくすうの分析ぶんせき
    • 争そう米中べいちゅう共著きょうちょ減少げんしょうの主因しゅいん安全あんぜん保障ほしょう政策せいさくと査証さしょう審査しんさを主因しゅいんとする見方みかたと、中国ちゅうごく側がわの自立じりつ志向しこうおよび国内こくない共著きょうちょの増加ぞうかを主因しゅいんとする見方みかたが並立へいりつする
    • 確かく2010年代ねんだい末まつの分析ぶんせきで、ウェブ・オブ・サイエンス収録しゅうろく文献ぶんけんの95%超ちょう、スコーパス収録しゅうろく文献ぶんけんの90%超ちょうが英語えいごであったVera-Baceta, Thelwall & Kousha, *Scientometrics*(2019年ねん)
    • 確かく中国語ちゅうごくごの国内こくない論文ろんぶんデータベースは数千すうせん誌し規模きぼの学術がくじゅつ誌しを収録しゅうろくする中国ちゅうごく知ち網もう(CNKI)および万まん方ほう数すう据すえの収録しゅうろく誌し統計とうけい
    • 確かくラテンアメリカ、ロシア語ご圏けん、日本にほんにはそれぞれ国内こくない・地域ちいきの学術がくじゅつ出版しゅっぱん基盤きばんがあり、国際的こくさいてきな引用いんよう索引さくいんとはほとんど重かさならないSciELO、eLIBRARY.ru、J-STAGE の各かく収録しゅうろく範囲はんい(各かく基盤きばんの成立せいりつと課金かきん構造こうぞうの詳細しょうさいはF章しょう)
    • 確かく日本にほんでは公的機関こうてききかんの運営うんえいする電子でんしジャーナル基盤きばんが数千すうせん誌しを公開こうかいしているJ-STAGE(科学技術かがくぎじゅつ振興しんこう機構きこう)
    • 推すいイランは2000年代ねんだい以降いこう、制裁せいさい下したにありながら論文ろんぶん数すうを急伸きゅうしんさせたScopus / Web of Science に基もとづく国別くにべつ論文ろんぶん数すうの時系列じけいれつからの評価ひょうか
    • 推すいアフリカ大陸たいりくの研究けんきゅう成果せいかが国際的こくさいてきな書誌しょしデータベースで世界せかいの1〜2%とされるのは、研究けんきゅう量りょうの少すくなさと索引さくいんの非ひ収録しゅうろくの両方りょうほうに由来ゆらいする各種かくしゅの集計値しゅうけいちと、下記かきの収録しゅうろく範囲はんい比較ひかく研究けんきゅうからの解釈かいしゃく
    • 確かくサハラ以南いなんアフリカの生物せいぶつ医学いがく誌しを最もっとも多おおく収録しゅうろくするのは国際的こくさいてきな商業しょうぎょうデータベースではなく、アフリカの非営利ひえいり基盤きばんである収録しゅうろく範囲はんいの比較ひかく研究けんきゅう(Web of Science / Scopus / EMBASE / MEDLINE / African Index Medicus / African Journals OnLine の比較ひかく、2023年ねん)
    • 確かくAfrican Journals OnLine は500誌し以上いじょうを公開こうかいしているAJOL の公表こうひょう
    • 確かく生物せいぶつ多様性たようせいと生態系せいたいけいサービスに関かんする政府間せいふかん科学かがく政策せいさくプラットフォームは、評価ひょうかに先住民せんじゅうみんと地域ちいきの知ちを組くみ込こむ手続てつづきを設もうけているIPBES の方法論ほうほうろん指針ししん
    • 確かく遺伝いでん資源しげんの利用りようから生しょうじる利益りえき配分はいぶんの枠組わくぐみは2010年ねんに採択さいたくされた名古屋なごや議定書ぎていしょ
    • 確かく先住民せんじゅうみんのデータ管理かんりに関かんする原則げんそくが2019年ねんに提唱ていしょうされたCARE Principles for Indigenous Data Governance, Global Indigenous Data Alliance
    • 確かく1980〜2006年としの大企業だいきぎょうの分析ぶんせきは、企業きぎょう科学者かがくしゃの論文ろんぶんが多おおくの産業さんぎょうで減少げんしょうした一方いっぽう、特許とっきょで測はかる技術的ぎじゅつてき知識ちしきの価値かちは安定あんていしていたことを示しめしたArora, Belenzon & Patacconi, *Strategic Management Journal* 39(2018年ねん)
    • 確かく有力ゆうりょくな機械学習きかいがくしゅうモデルの技術ぎじゅつ報告ほうこくが、構成こうせい・規模きぼ・訓練くんれんデータ・訓練くんれん手法しゅほうを開示かいじしないと明記めいきする例れいが2020年代ねんだい前半ぜんはんに現あらわれたOpenAI, *GPT-4 Technical Report*(2023年ねん)における非ひ開示かいじの明示めいじ
    • 確かく2025年ねんに発表はっぴょうされた注目ちゅうもくすべき最先端さいせんたんモデルの9割きゅうわり超ちょうが産業界さんぎょうかいから出でたStanford HAI, *AI Index Report*(2026年ねん版はん)
    • 確かく米国べいこくの1946年ねん原子力げんしりょく法ほうは、核兵器かくへいき関連かんれん情報じょうほうを政府せいふの関与かんよにかかわらず機密きみつとする「生うまれながらの秘密ひみつ」の分類ぶんるいを導入どうにゅうしたAtomic Energy Act of 1946, restricted data 条項じょうこう
    • 確かく米国べいこく食品しょくひん医薬品いやくひん局きょくに登録とうろくされた抗こううつ薬やく試験しけん74件ななじゅうよんけんのうち31%(被験者ひけんしゃ3449人にん分ぶん)が未み公表こうひょうであり、公表こうひょうされた文献ぶんけんに基もとづく効果こうか量りょうは薬剤やくざいごとに11〜69%、薬剤やくざい群ぐん全体ぜんたいで32%過大かだいであったTurner et al., *New England Journal of Medicine* 358(2008年ねん)
    • 確かく米国べいこくでは2007年ねんの法改正ほうかいせいにより、対象たいしょうとなる臨床りんしょう試験しけんは終了しゅうりょう後ご12か月げつ以内いないの結果けっか登録とうろくを義務ぎむづけられたFDA Amendments Act of 2007(および2017年ねんの最終さいしゅう規則きそく)
    • 確かく2008〜2012年としに終了しゅうりょう・中止ちゅうしした対象たいしょう試験しけんのうち12か月げつ以内いないに結果けっかを登録とうろくしたものは13.4%であったAnderson et al., *New England Journal of Medicine* 372(2015年ねん)
    • 確かく2017年ねんの最終さいしゅう規則きそく施行後しこうごを対象たいしょうとした分析ぶんせきでは、期限内きげんないの結果けっか報告ほうこく率りつは40.9%であったDeVito, Bacon & Goldacre, *Lancet* 395(2020年ねん)
    • 確かく2020年代ねんだい半なかばの時点じてんでも、報告ほうこく義務ぎむの対象たいしょうと見みられる研究けんきゅうの3割さんわり近ちかくが結果けっかを未提出みていしゅつであり、多数たすうの実施じっし主体しゅたいに督促とくそくが送おくられたFDA による遵守じゅんしゅ状況じょうきょうの分析ぶんせきおよび通知つうち(2026年ねん)
    • 確かく2年前ねんまえから22年前ねんまえまでに公表こうひょうされた516本ほんの論文ろんぶんを対象たいしょうとした請求せいきゅうで、データを入手にゅうしゅできる確率かくりつは論文ろんぶんの年齢ねんれい1年いちねんあたり17%低下ていかし、著者ちょしゃの有効ゆうこうな連絡先れんらくさきが得とくられる確率かくりつは年とし7%低下ていかしたVines et al., *Current Biology* 24(2014年ねん)
    • 推すい可視かし性せいの欠如けつじょが可視かし性せいの欠如けつじょを再生産さいせいさんする循環じゅんかんが、非ひ英語圏えいごけんおよび低所得ていしょとく国こくの学術がくじゅつ誌しに働はたらいている索引さくいんの選定せんてい基準きじゅん(引用いんよう実績じっせき・国際こくさい性せい)と収録しゅうろく状況じょうきょうの対応たいおうからの解釈かいしゃく
    現げん二に

    現在げんざい ── いま学問がくもんはどうなっているか

    方法ほうほうの解剖かいぼう(方法的解剖 / Anatomy of Method)

    因果いんがを知しる三みっつの階段かいだん

    因果のはしご ── 相関・介入・反事実相関見る問い傘を持つ人が多い日は雨が多い観察・記述統計・回帰介入する問い傘を配ったら、雨は増えるかランダム化比較試験・自然実験反事実想像する問いあの日に傘を配っていたら、どうなったか構造的因果モデル下の段のデータをいくら集めても、上の段の問いには届かない。ランダム化が保証するのは、期待値において交絡が均されることであって、一回の試験で均されることではない。
    図ず 89下したの段だんのデータをいくら集あつめても、上うえの段だんの問といには届とどかない。ランダム化かが保証ほしょうするのは、期待値きたいちにおいて交絡こうらくが均ならされることであって、一回いっかいの試験しけんで均ならされることではない。

    「分わかった」という言葉ことばは、少すくなくとも三みっつの異ことなる達成たっせいを指さす。ジューディア・パールが2018年ねんの著作ちょさくでまとめた因果いんがのはしごでは、第一だいいち段だんが観察かんさつ ── Xを見みたときYがどう分布ぶんぷするか。第だい二に段だんが介入かいにゅう ── Xを手てで動うごかしたときYがどうなるか。第だい三さん段だんが反はん事実じじつ ── 起おきなかった条件じょうけんのもとで何なにが起おきていたか。三みっつは精度せいどではなく、答こたえられる問といの種類しゅるいが違ちがう。とりわけ第だい三さん段だんは遠とおく、一いち個体こたいについて処置しょちありと処置しょちなしの結果けっかを同時どうじに見みることはできず、ポール・ホランドは1986年ねんにこれを因果いんが推論すいろんの根本こんぽん問題もんだいと呼よんだ。

    段だんの違ちがいは数字すうじの裏切うらぎりとして現あらわれる。1973年ねん秋あきのバークレー校こう大学院だいがくいん入試にゅうしでは、男性だんせい志願者しがんしゃのおよそ44%、女性じょせいのおよそ35%が合格ごうかくした。ところが学科がっかごとに分わけると、多おおくの学科がっかで女性じょせいの合格率ごうかくりつのほうが高たかい。志願しがんが合格率ごうかくりつの低ひくい学科がっかに集中しゅうちゅうしていたためである。全体ぜんたいと層別そうべつで向むきが逆転ぎゃくてんするこの現象げんしょうを、シンプソンのパラドックスという。ただし志願しがん先さきは、性別せいべつと合否ごうひの共通きょうつう原因げんいんではない。性別せいべつの結果けっかであり、合否ごうひの原因げんいんである。効く交絡(混杂 / confounding)とは構造こうぞうが違ちがい、層別そうべつは交絡こうらくを除のぞくのではなく、性別せいべつが志願しがん先さきを経由けいゆして合否ごうひに及およぼす分ぶんを切きり落おとす操作そうさになる。

    向むきを取とり違ちがえる誤あやまりは、逆側ぎゃくがわにも起おきる。曝露ばくろと結果けっかの双方そうほうが原因げんいんとなって決きまる変数へんすう ── 合流点(对撞因子 / collider)── で層別そうべつし、あるいはその値あたいで標本ひょうほんを選えらぶと、無関係むかんけいだった二ふたつに関連かんれんが生うまれる。入院にゅういん患者かんじゃだけを見みると二ふたつの疾患しっかんが負ふに相関そうかんするのが古典的こてんてきな例れいで、選択せんたくバイアスや生存者せいぞんしゃバイアスもこの構造こうぞうをとる。交絡こうらく因子いんしは調整ちょうせいしなければならず、合流ごうりゅう点てんは調整ちょうせいしてはならない。どちらであるかはデータに書かかれておらず、因果いんがの向むきの仮定かていでしか決きまらない。共変量きょうへんりょうを増ふやすほど推定すいていが良よくなるという直観ちょっかんは、ここで破やぶれる。下したの段だんのデータだけでは上うえの段だんの問といが測度そくどゼロの例外れいがいを除のぞいて決きまらないことは、定理ていりの形かたちでも示しめされた。

    介入かいにゅうの段だんに登のぼる最もっとも確実かくじつな梯子はしごが、割わり付つけを偶然ぐうぜんに委ゆだねることである。フィッシャーが1935年ねんの『実験じっけん計画けいかく法ほう』で確立かくりつしたこの手続てつづきのもとでは、測定そくていされた交絡こうらく因子いんしも測定そくていされていないものも、割わり付つけの確率かくりつのうえで処置しょちの有無うむと独立どくりつになる。その帰結きけつとして、群間ぐんかんの背景はいけいの分布ぶんぷは期待値きたいちにおいて一致いっちする。さらに、有意ゆうい性せい検定けんていを正当化せいとうかする確率かくりつの枠組わくぐみそのものを割わり付つけが供給きょうきゅうする。未知みちの要因よういんまで扱あつかえる点てんで、観察かんさつデータの事後じご的てきな調整ちょうせいとは異ことなる。

    保証ほしょうの内容ないようを過大かだいに読よんではならない。均等きんとう化かされるのは期待値きたいちにおいてであって、個々ここの試験しけんにおいてではない。だからこそ、実施じっし済ずみの試験しけんで「両群りょうぐんの背景はいけい因子いんしに有意差ゆういさがない」ことを検定けんていするのは筋すじが通とおらない ── その帰無きむ仮説かせつは割わり付つけの手続てつづきによってすでに真しんだと分わかっている、と1994年ねんにスティーヴン・センは指摘してきした。ランダム化かは脱落だつらくや不履行ふりこう、集団外しゅうだんがいへの一般化いっぱんかを保証ほしょうせず、割わり付つけ後あとの偏かたよりも扱あつかわない。何なにを与あたえられたかを患者かんじゃと観察かんさつ者しゃが知しっていれば、報告ほうこくも判定はんていもそれに従したがって動うごく。盲検もうけん化かは無作為むさくい化かの一部いちぶではなく、別べつに用意よういされる装置そうちである。

    介入かいにゅうが許ゆるされない問といでは、自然しぜんが配くばる偶然ぐうぜんを使つかうほかない。差の差分法(双重差分 / difference-in-differences)である。1992年ねん4月しがつにニュージャージー州しゅうが最低賃金さいていちんぎんを4.25ドルから5.5ドルへ引ひき上あげたとき、カードとクルーガーは隣接りんせつするペンシルヴェニア州しゅう東部とうぶのファストフード店みせと比くらべ、雇用こよう減少げんしょうの証拠しょうこは見みいだせないと1994年ねんに報告ほうこくした。給与台帳きゅうよだいちょうを用もちいた再さい分析ぶんせきはこれを争あらそっている。依拠いきょするのは、処置しょちがなければ両群りょうぐんの推移すいいは平行へいこうだったはずだという、検証けんしょうできない仮定かていである。

    閾値しきいちが人ひとを分わける制度せいどなら、直上ちょくじょうと直下ちょっかを比くらべればよい。それを1960年ねんに全米ぜんべいメリット奨学金しょうがくきんの表彰ひょうしょう効果こうかの測定そくていとして定式化ていしきかしたのが、シスルスウェイトとキャンベルの回帰かいき不連続ふれんぞくデザイン(断点回归设计 / regression discontinuity design)である。仮定かていは、閾値しきいちにおいて結果けっかの潜在的せんざいてきな値あたいが連続れんぞくであること ── 当事者とうじしゃがどちら側がわに落おちるかを精密せいみつには操作そうさできないこと ── で、得とくられるのは閾値しきいち近傍きんぼうの効果こうかにすぎない。操作変数法(工具变量法 / instrumental variables)で、処置しょちに影響えいきょうし、結果けっかへは処置しょちを経由けいゆしてしか影響えいきょうしない変数へんすうの変動へんどうだけを使つかう。

    アングリストは1990年ねん、ベトナム戦争せんそう期きの徴兵ちょうへい抽選ちゅうせん番号ばんごうを操作そうさ変数へんすうに、従軍じゅうぐんが後年こうねんの所得しょとくを押おし下さげたと推定すいていした。ただし取とり出だされるのは、抽選ちゅうせん番号ばんごうで従軍じゅうぐんの有無うむが変かわった者ものについての局所きょくしょ的てきな効果こうかであり、番号ばんごうがどうであれ従軍じゅうぐんした者ものも、しなかった者ものも、この推定すいていには入はいらない。操作そうさ変数へんすうが結果けっかへ直接ちょくせつには効きかないという除外じょがい制約せいやくも、データからは検証けんしょうできない。三みっつの技法ぎほうはいずれも、ある個体こたいへの処置しょちが他ほかの個体こたいの結果けっかに影響えいきょうしないことも前提ぜんていにする。予防接種よぼうせっしゅや隣接りんせつする労働市場ろうどうしじょうのように、この前提ぜんていが破やぶれる場面ばめんでは、対照たいしょう群ぐんそのものが処置しょちを受うけている。

    弱よわい操作そうさ変数へんすうはさらに捉とらえにくい。1995年ねんの批判ひはん論文ろんぶんは、出生しゅっしょう四半期しはんきを操作そうさ変数へんすうとして就学しゅうがく年数ねんすうの収益しゅうえきを推定すいていした1991年ねんの研究けんきゅうについて、30万さんじゅうまん件けんを超こえる標本ひょうほんを用もちいながら、操作そうさ変数へんすうを乱数らんすうに置おき換かえても似にた推定値すいていちと標準ひょうじゅん誤差ごさが出でると示しめした。標本ひょうほんの大おおきさは、この種しゅの誤あやまりへの守まもりにならない。自然しぜん実験じっけんによる因果いんが分析ぶんせきに2021年ねんのノーベル経済学賞けいざいがくしょうが与あたえられたとき、承認しょうにんされたのは万能ばんのうの杖つえではなく、仮定かていを明示めいじしてその破やぶれ方ほうまで書かく作法さほうだった。

    しばしば誤読ごどくされる文書ぶんしょがある。オースティン・ブラッドフォード・ヒルが1965年ねんの講演こうえんで挙あげた九ここのつの項目こうもく ── 関連かんれんの強つよさ、時間的じかんてき先行せんこう、量りょう反応はんのう関係かんけいなど ── である。ヒル自身じしんが本文ほんぶんで明示めいじしている ── 九ここのつのいずれも因果いんが仮説かせつを決定けっていづける証拠しょうこを与あたえず、いずれも必要条件ひつようじょうけんとして要求ようきゅうされるものではない、と。彼かれの語ごは基準きじゅんではなく観点かんてんであった。否定ひていは九きゅう項目こうもくすべてに及および、時間的じかんてき先行せんこうも例外れいがいとされていない。それでも原因げんいんが結果けっかに先立さきだつことだけは要求ようきゅうしてよい ── ヒルの権威けんいによってではなく、因果いんがという概念がいねんの側がわからそう決きまっているからである。項目こうもくを数かぞえて点数てんすう化かする用法ようほうは、その意図いとの反対はんたい側がわにある。

    観点かんてんの列挙れっきょが無力むりょくなのではない。コーンフィールドらは1959年ねん、より鋭するどい道具どうぐを示しめしていた。喫煙きつえんと肺癌はいがんの相対そうたい危険きけんが九きゅうであるとき、これを未知みちの交絡こうらく因子いんしだけで説明せつめいするには、その因子いんしが喫煙者きつえんしゃで非ひ喫煙者きつえんしゃの9倍きゅうばい以上いじょうの頻度ひんどで分布ぶんぷしていなければならない。証明しょうめいされるのは因果いんがではなく、対抗たいこう仮説かせつが満みたすべき条件じょうけんである ── 感度かんど分析ぶんせきやE値あたいとして整備せいびされる発想はっそうだ。因果いんがの主張しゅちょうとは、代替だいたい説明せつめいを一ひとつずつ潰つぶした残余ざんよであって、チェックリストの合計ごうけい点てんではない。

    見みる・作つくる・回まわす

    学問がくもんを分わける線せんの1本いっぽんは、対象たいしょうに手てを出だせるかどうかである。化学者かがくしゃはフラスコの温度おんどを任意にんいに設定せっていできる。天文学てんもんがく者しゃは恒星こうせいの質量しつりょうを変かえられない。疫学えきがく者しゃは被験者ひけんしゃに発癌はつがん物質ぶっしつを投与とうよできない。地質学ちしつがく者しゃは造山ぞうざん運動うんどうをやり直なおせない。この線せんは分野ぶんやの優劣ゆうれつではない。天文学てんもんがくは最もっとも古ふるい定量ていりょう科学かがくの一ひとつであり、日食にっしょくの予報よほうという厳きびしい検証けんしょうに何千なんぜん年ねんも晒さらされてきた。手てが出だせないことが妨さまたげるのは、精度せいどではなく、初期しょき条件じょうけんを指定していする自由じゆうである。

    観察かんさつ科学かがくは、その自由じゆうを自然しぜんからの配給はいきゅうで代替だいたいする。恒星こうせいの一生いっしょうを一ひとつ追おいかけることはできないが、あらゆる年齢ねんれいの恒星こうせいが同時どうじに空そらに並ならんでいる。個体こたいの時間じかん発展はってんを集団しゅうだんの断面だんめんで置おき換かえる。疫学えきがくが前節ぜんせつの道具立どうぐだてを発達はったつさせたのも同おなじ理由りゆうによる。介入かいにゅうを設計せっけいできない以上いじょう、自然しぜんが偶然ぐうぜんに近ちかい割わり付つけを行おこなっている場面ばめんを探さがし当あてるほかない。1854年ねんのロンドンでジョン・スノウが用もちいたのは、1852年ねんに取水しゅすい口くちをテムズ川上かわかみ流りゅうへ移うつしたランベス社しゃと、下流かりゅうに据すえ置おいた会社かいしゃの給水きゅうすい区域くいきが同おなじ街路がいろで入いり混まじり、住民じゅうみんの多おおくが自分じぶんの水源すいげんを知しらないという偶然ぐうぜんだった。観察かんさつ科学かがくの方法論ほうほうろん的てきな洗練せんれんは、実験じっけんができないことの補償ほしょうとして生うまれてきた。

    ジョン・スノウのコレラ地図(1854年)
    図ず 90ジョン・スノウのコレラ地図ちず(1854年ねん)
    同じ街路に二社の給水区域が入り混じり、住民の多くは自分の水源を知らなかった
    図ず 91同おなじ街路がいろに二に社しゃの給水きゅうすい区域くいきが入いり混まじり、住民じゅうみんの多おおくは自分じぶんの水源すいげんを知しらなかった
    型かた初期しょき条件じょうけんを指定していできるか代かわりに何なにを使つかうか例れい
    実験じっけんできる──フラスコの温度おんどを任意にんいに設定せっていする化学かがく
    観察かんさつできない自然しぜんが配くばったばらつき。個体こたいの時間じかん発展はってんを集団しゅうだんの断面だんめんで置おき換かえるあらゆる年齢ねんれいの恒星こうせいが同時どうじに空そらに並ならぶ天文学てんもんがく
    準じゅん実験じっけんできない自然しぜんが偶然ぐうぜんに近ちかい割わり付つけを行おこなった場面ばめんを探さがし当あてる1854年ねんロンドン、給水きゅうすい区域くいきが街路がいろで入いり混まじっていたこと

    表ひょう9見みる・作つくる・回まわす ── 対象たいしょうに手てを出だせるかどうかで方法ほうほうが分わかれる

    見る・作る・回す ── 手を出せるかどうかが、方法を分ける
    図ず 92見みる・作つくる・回まわす ── 手てを出だせるかどうかが、方法ほうほうを分わける

    歴史れきし科学かがく ── 進化しんか生物学せいぶつがく、宇宙論うちゅうろん、考古学こうこがく、地質学ちしつがく ── では、対象たいしょうが過すぎ去さっている点てんでさらに条件じょうけんが厳きびしい。ここで働はたらく推論すいろんを、科学かがく哲学者てつがくしゃキャロル・クリーランドは2001年ねんに痕跡こんせきからの推論すいろんとして特徴とくちょうづけた。実験じっけん科学かがくが仮説かせつから予測よそくを導みちびいて試ためすのに対たいし、歴史れきし科学かがくは対立たいりつ仮説かせつを立たて、それらを識別しきべつする痕跡こんせき ── 決きめ手て ── を探さがす。この非対称ひたいしょうには根拠こんきょがある。過去かこの出来事できごとは現在げんざいに無数むすうの痕跡こんせきを残のこす一方いっぽう、現在げんざいの状態じょうたいは未来みらいを一意いちいに定さだめない。過去かこは過剰かじょう決定けっていされており、だからこそ痕跡こんせきの照合しょうごうが働はたらく。

    痕跡こんせきは1本いっぽんでは弱よわく、束たばになって強つよい。ウィリアム・帰納の一致(consilience)と名なづけたのは、別種べっしゅの事実じじつから独立どくりつに得とくられた帰納きのうが同おなじ結論けつろんに収束しゅうそくする事態じたいである。独立どくりつであることが要点ようてんで、前提ぜんていを共有きょうゆうする証拠しょうこを積つみ上あげても信頼しんらいは増ふえない。なお、1998年ねんにE・O・ウィルソンが自然科学しぜんかがくと人文学じんぶんがくの統合とうごうという別べつの意味いみで用もちいたため、二ふたつの用法ようほうが混同こんどうされやすい。方法論ほうほうろんとして意味いみを持もつのはヒューエルの側がわである。

    1980年ねん、ルイスとウォルター・アルヴァレスらは、イタリア・グッビオの白亜紀はくあきと古こ第だい三さん紀きの境界層きょうかいそうに、地殻ちかくの平均へいきんをはるかに超こえるイリジウムの濃集のうしゅうを報告ほうこくした。当初とうしょの証拠しょうこは地球ちきゅう化学的かがくてきな異常いじょうという1点いってんだった。以後いご、衝撃しょうげき変成へんせいした石英せきえい、溶融ようゆうガラス起源きげんの球粒きゅうりゅう、津波つなみ堆積物たいせきぶつが加くわわり、1991年ねんにはユカタン半島はんとうのチクシュルーブ構造こうぞうが同年代どうねんだいの衝突しょうとつクレーターとして同定どうていされた。独立どくりつな証拠しょうこ線せんが1点いってんに集あつまり、2010年ねんには多数たすうの研究者けんきゅうしゃによる総説そうせつが衝突しょうとつを主因しゅいんと結論けつろんした。ただしデッカン洪水こうずい玄武岩げんぶがんの噴火ふんかの寄与きよをめぐる議論ぎろんは続つづいており、決着けっちゃくしたとまでは言いえない。

    見みる・作つくるに続つづく第だい三さんの様式ようしきとしてシミュレーション(模拟 / simulation)が数かぞえられるようになったのは20世紀にじっせいき後半こうはんである。起源きげんの一ひとつはロスアラモスで、スタニスワフ・ウラムが1946年ねんに病床びょうしょうのソリティアから着想ちゃくそうし、フォン・ノイマンらと乱数らんすうを用もちいた計算法けいさんほうへ育そだてた。2005年ねんの米国大統領べいこくだいとうりょう情報じょうほう技術ぎじゅつ諮問しもん委員会いいんかいの報告ほうこくは、計算けいさん科学かがくを理論りろん・実験じっけんに並ならぶ第だい三さんの柱はしらと呼よんだ。もっとも、これが認識論にんしきろん的てきに新あたらしい様式ようしきかについては論争ろんそうがあり、2009年ねんには既存きそんの道具立どうぐだての焼やき直なおしにすぎないという批判ひはんも出でた。

    計算けいさんが何なにを保証ほしょうするかを考かんがえるとき、二ふたつの問といを混まぜてはならない。第一だいいちは、書かいた数式すうしきをプログラムが正ただしく解といているかという検証けんしょう(验证 / verification)である。第だい二には、その数式すうしきが対象たいしょうを適切てきせつに写うつしているかという妥当性だとうせい確認かくにん(确认 / validation)である。前者ぜんしゃは数学すうがくの内部ないぶで完結かんけつし、格子こうしを細こまかくしたときの収束しゅうそくの次数じすうを測はかる、既知きちの厳密げんみつ解かいを作つくって解とかせる、といった手続てつづきで確たしかめられる。後者こうしゃは世界せかいとの突つき合あわせを要ようする。方程式ほうていしきを正ただしく解とくことと、正ただしい方程式ほうていしきを解とくこととは別べつだ。

    後者こうしゃは、しばしば原理げんり的てきに不可能ふかのうである。1994年ねん、ナオミ・オレスケスらは『サイエンス』誌しで、地球ちきゅう科学かがくの数値すうちモデルは検証けんしょうも妥当性だとうせい確認かくにんもできないと論ろんじた。ただし彼女かのじょらの言いう検証けんしょうは、数式すうしきを正ただしく解といているかという内部ないぶの点検てんけんではなく、モデルが真しんであることの確立かくりつを指さす。同おなじ語ごが二ふたつの水準すいじゅんで使つかわれており、その混同こんどうこそが論点ろんてんだった。自然しぜん系けいは閉とじておらず、入力にゅうりょくデータは不完全ふかんぜんで、未確定みかくていのパラメータが常つねに残のこる。合致がっちは妥当性だとうせいの証明しょうめいではなく、支持しじの一いち形態けいたいにすぎない ── 異ことなる誤あやまりが打うち消けし合あって合あってしまう可能性かのうせいを排除はいじょできないからである。核兵器かくへいきの信頼性しんらいせい評価ひょうか、銀河ぎんが形成けいせい、気候きこうの100年ねん予測よそくは、いずれも実物大じつぶつだいの対照たいしょう実験じっけんが存在そんざいしない領域りょういきにある。

    だからこそ気候きこう科学かがくは、単一たんいつのモデルではなく束たばを使つかう。結合けつごうモデル相互そうご比較ひかく計画けいかくのもとで各国かっこくの機関きかんが同おなじ実験じっけん計画けいかくでモデルを走はしらせ、結果けっかの広ひろがりを不ふ確実性かくじつせいの目安めやすとする。ただしこの束たばは、可能かのうなモデルの空間くうかんからの無作為むさくい標本ひょうほんではない ── 各かくモデルは互たがいにコードや定式化ていしきかを借かり合あい、誤差ごさは相関そうかんする。実際じっさい、第だい六ろく期きの一部いちぶのモデルは平衡へいこう気候きこう感度かんどが他ほかの証拠しょうこと整合せいごうしないほど高たかく、第だい六次ろくじ評価ひょうか報告書ほうこくしょはモデルを等ひとしく数かぞえ上あげるのをやめ、複数ふくすうの系統けいとうの証拠しょうこを突つき合あわせて感度かんどを評価ひょうかした。モデルを増ふやすことは、正ただしさを増ふやすことではない。

    計算けいさん実験じっけんが予測よそくできるものにも上限じょうげんがある。決定論けっていろん的てきな方程式ほうていしきでも初期しょき条件じょうけんのごくわずかな違ちがいが指数関数しすうかんすう的てきに拡大かくだいしうることは古ふるくから知しられ、大気たいきについてはそこから見積みつもられる予測よそく可能性かのうせいの限界げんかいがおよそ2週間にしゅうかんとされてきた(値あたいは評価ひょうか指標しひょうと対象たいしょう量りょうに依存いぞんする)。ただし限界げんかいの適用てきよう先さきを取とり違ちがえてはならない。天気予報てんきよほうは初期値しょきち問題もんだいであり、気候きこう投影とうえいは境界きょうかい値ち問題もんだいである。個々ここの日ひの気温きおんの軌跡きせきが予測よそくできないことは、温室おんしつ効果こうか気体きたいの濃度のうどという境界きょうかい条件じょうけんを変かえたときに気温きおん分布ぶんぷの統計とうけいがどう動うごくかを予測よそくできないことを意味いみしない。

    理想化りそうかは欠陥けっかんではなく、方法ほうほうの一部いちぶである。摩擦まさつのない斜面しゃめんも、理想りそう気体きたいも、点てん質量しつりょうも、世界せかいにはない。ジョージ・ボックスの句く ── すべてのモデルは間違まちがっているが、いくつかは役やくに立たつ ── は、この事情じじょうの要約ようやくとして広ひろく引ひかれる。含意がんいを緩ゆるめて読よむのは誤あやまりである。ボックスが1976年ねんの論文ろんぶんで続つづけて書かいたのは、精緻せいち化かを重かさねて「正ただしい」モデルに到達とうたつすることはできない、科学者かがくしゃは何なにが重要じゅうような意味いみで間違まちがっているかに注意ちゅういを払はらわねばならない、ということだった。彼かれはこれを「虎とらが出でているときに鼠ねずみを心配しんぱいするな」と言いい換かえている。すべてが等ひとしく間違まちがっているのだから何なにでもよい、という相対そうたい主義しゅぎとは正反対せいはんたいの主張しゅちょうである。問とうべきは、この誤あやまりがこの問といに効きくか否いなかである。

    統計とうけいという共通語きょうつうごと、その罠わな

    分かれ道はどれも正当に見える ── ただし、進んだ道は一つしか報告されない
    図ず 93分わかれ道みちはどれも正当せいとうに見みえる ── ただし、進すすんだ道みちは一ひとつしか報告ほうこくされない

    統計学とうけいがくは分野ぶんやを横断おうだんする共通語きょうつうごになった。素粒子そりゅうし物理ぶつりも臨床りんしょう試験しけんも社会学しゃかいがくも、証拠しょうこの強つよさを同おなじ語彙ごいで述のべる。だが共通語きょうつうごであることは、中心ちゅうしんの概念がいねんが正ただしく読よまれていることを意味いみしない。p値(p值 / p-value)ほど、日々ひび使つかわれながら日々ひび誤読ごどくされている量りょうはない。定義ていぎはこうである。帰無きむ仮説かせつを含ふくむ統計とうけいモデル一式いっしきが正ただしいと仮定かていしたうえで、データを要約ようやくする統計とうけい量りょうが、観測かんそくされた値あたいと同どう程度ていどかそれ以上いじょうに極端きょくたんな値あたいをとる確率かくりつ。条件じょうけんになっているのは仮説かせつとモデルの側がわであり、結論けつろんになっているのはデータの側がわである。したがってp値あたいは、仮説かせつが正ただしい確率かくりつではなく、0.03は「帰無きむ仮説かせつが正ただしい確率かくりつが3%」を意味いみしない。条件じょうけんと結論けつろんを入いれ替かえるこの転置てんちの誤あやまりは、1994年ねんにコーエンが改あらためて指弾しだんした後あとも生いき延のびている。

    含ふくみはもう一ひとつある。p値あたいが小ちいさいとき、疑うたがわれるのは帰無きむ仮説かせつだけではない。無作為むさくい抽出ちゅうしゅつ、独立性どくりつせい、分布ぶんぷ形けい、測定そくていの妥当性だとうせい、解析かいせき手順てじゅんが事前じぜんに決きまっていたこと ── モデル一式いっしきのどれが破やぶれていてもp値あたいは小ちいさくなりうる。たとえば、途中とちゅうの結果けっかを見みながら標本ひょうほんを足たすか打うち切きるかを決きめていれば、名目めいもく上じょうの5%はもう5%ではない。小ちいさなp値あたいが意味いみするのはモデルとデータの折おり合あいの悪わるさで、どこが悪わるいかは指さし示しめさない。

    そもそも今日きょうの教科書きょうかしょ的てき手続てつづきは、二ふたつの相そう容いれない枠組わくぐみの融合物ゆうごうぶつである。フィッシャーの有意ゆうい性せい検定けんていはp値あたいを証拠しょうこの連続的れんぞくてきな尺度しゃくどと見みて、5%を便宜的べんぎてきな目安めやすとして1925年ねんの著作ちょさくで挙あげたにすぎない。ネイマンとピアソンの仮説かせつ検定けんていは、対立たいりつ仮説かせつを明示めいじして長期的ちょうきてきな誤あやまり率りつを制御せいぎょする意思決定いしけっていの理論りろんであり、αは事前じぜんに固定こていする。両者りょうしゃは対立たいりつしたまま、教科書きょうかしょのなかで一ひとつの儀式ぎしきへ縫ぬい合あわされた。

    区別くべつすべき第だい二にの点てんは、有意ゆうい性せいと効果こうかの大おおきさである。p値あたいは効果こうか量りょうと標本ひょうほんの大おおきさの双方そうほうに依存いぞんするから、標本ひょうほんを大おおきくすれば実質的じっしつてきに無意味むいみな差さでも有意ゆういになる。逆ぎゃくに大おおきな効果こうかが小しょう標本ひょうほんのために有意ゆういにならないこともある。「有意ゆういでない」は「効果こうかがない」の同義語どうぎごではない ── 証拠しょうこの不在ふざいは不在ふざいの証拠しょうこではない。関連かんれんして、一方いっぽうが有意ゆういで他方たほうが有意ゆういでないとき、その二ふたつの差さが有意ゆういであるとは限かぎらない。

    多重たじゅう比較ひかくはこれを増幅ぞうふくする。独立どくりつな検定けんていを20回にじっかい行おこなえば、すべて帰無きむ仮説かせつが真しんでも、少すくなくとも1回いっかいは5%水準すいじゅんを下回したまわる確率かくりつが約やく64%に達たっする。2009年ねんの実験じっけんがこれを鮮烈せんれつに示しめした。死しんだ大西洋たいせいようサケをMRI装置そうちに入いれ、人物じんぶつの写真しゃしんを「見みせ」、補正ほせいなしに解析かいせきすると、サケの脳のう腔内こうないに有意ゆういな賦活ふかつが出でた。補正ほせいの必要ひつようを説とくための実験じっけんである。偽にせ発見はっけん率りつを制御せいぎょする1995年ねんの手続てつづきなど、道具どうぐは整備せいびされている。

    より捉とらえにくいのは、不正ふせいを伴ともなわない自由度じゆうどの乱用らんようである。データを見みてから仮説かせつを作つくり事前じぜんの予測よそくとして書かくこと ── HARKing ── や、共変量きょうへんりょうの組くみ合あわせを有意ゆういになるまで試ためすこと ── p-hacking ── は、本人ほんにんには誠実せいじつな探索たんさくと見みえる。2011年ねんの実験じっけんは、四よっつのありふれた解析かいせき上じょうの自由じゆうを組くみ合あわせるだけで偽にせ陽性ようせい率りつが5%から61%へ跳はね上あがると示しめし、「ある楽曲がっきょくを聴きくと被験者ひけんしゃの実年齢じつねんれいが1年いちねん半はん若返わかがえる」という有意ゆういな結果けっかを実演じつえんした。

    2016年ねん、アメリカ統計学とうけいがく会かいは創立そうりつ以来いらいはじめて特定とくていの統計とうけい手法しゅほうについて公式こうしき声明せいめいを出だし、六ろく原則げんそくを示しめした ── p値あたいはデータとモデルの不整合ふせいごうの程度ていどを示しめしうるが、仮説かせつが真しんである確率かくりつでも偶然ぐうぜんによって生しょうじた確率かくりつでもない。結論けつろんを閾値しきいちの通過つうかだけで下くだしてはならない。適正てきせいな推論すいろんは完全かんぜんな報告ほうこくと透明性とうめいせいを要ようする。p値あたいも有意ゆうい性せいも効果こうかの大おおきさや重要性じゅうようせいを測はからず、p値あたいだけでは証拠しょうこの良よい尺度しゃくどにならない。新奇しんきな主張しゅちょうは一ひとつもない。新奇しんきだったのは、学会がっかいが公式こうしきに言いわねばならないほど事態じたいが悪化あっかしていたことである。

    議論ぎろんは続つづいた。2019年ねん、同どう学会誌がっかいしの特集とくしゅう号ごうの巻頭かんとう論説ろんせつは「統計的とうけいてきに有意ゆうい」という語ごの使用しよう中止ちゅうしを呼よびかけ、同年どうねん『ネイチャー』誌しにも800名めい超ちょうの署名しょめいを伴ともなう二に分ぶん法ほう廃止はいしの論考ろんこうが載のった。ただしこれは学会がっかいの公式こうしき方針ほうしんではなく編集へんしゅう上じょうの主張しゅちょうであり、2021年ねんには学会がっかい長ちょうの任にんじた作業さぎょう部会ぶかいが、p値あたいと有意ゆうい性せい検定けんていは適切てきせつに用もちいれば有用ゆうようだと反論はんろんしている。閾値しきいちを捨すてれば選択的せんたくてき報告ほうこくが消きえるのか、判断基準はんだんきじゅんが不透明ふとうめいになるだけなのか ── 意見いけんは割われている。

    別べつの枠組わくぐみも古ふるくからある。ベイズ統計(贝叶斯统计 / Bayesian statistics)は仮説かせつそのものに確率かくりつを与あたえ、データを得とくた後あとの確率かくりつを事前じぜん確率かくりつと尤度ゆうどから計算けいさんする。批判ひはんは事前じぜん分布ぶんぷの選えらび方かたの恣意性しいせいに集中しゅうちゅうしてきた。ただし論点ろんてんはねじれている。事前じぜん分布ぶんぷの影響えいきょうは、母数ぼすうの推定すいていについてはデータが増ふえれば薄うすれる。だが仮説かせつそのものを比くらべるときには薄うすれない。尤度ゆうど、すなわちモデルの形かたちの指定していは、どちらの場合ばあいもデータを集あつめて消きえる仮定かていではない。

    両りょう枠組わくぐみの緊張きんちょうを示しめす古典こてんが、1957年ねんにリンドリーが定式化ていしきかしたジェフリーズ=リンドリーのパラドックスである。帰無きむ仮説かせつに有限ゆうげんの確率かくりつを置おき、対立たいりつ仮説かせつに広ひろく散ちらばった事前じぜん分布ぶんぷを置おくと、5%水準すいじゅんで有意ゆういな結果けっかがベイズ因子いんしでは逆ぎゃくに帰無きむ仮説かせつを支持しじしうる。しかも、どれほど散ちらばらせるかの選択せんたくが結論けつろんを動うごかす。同おなじデータが枠組わくぐみによって逆向ぎゃくむきの結論けつろんを導みちびくのだから、統計とうけいは判断はんだんを自動化じどうかする装置そうちではない。

    検出力(统计功效 / statistical power)、効果こうかが実在じつざいするときにそれを有意ゆういとして検出けんしゅつできる確率かくりつである。コーエンは1962年ねん、心理学しんりがくの1誌いちしの悉皆しっかい調査ちょうさで、中なか程度ていどの効果こうかへの検出力けんしゅつりょくの中央値ちゅうおうちが0.5を下回したまわると示しめした。2013年ねんの分析ぶんせきは、神経しんけい科学かがく分野ぶんやの中央値ちゅうおうちを21%程度ていど、想定そうていする効果こうか量りょうに応おうじておよそ8〜31%の範囲はんいと見積みつもった。検出力けんしゅつりょくが低ひくいとき、有意ゆういになった研究けんきゅうの効果こうか量りょうは過大かだいになる ── 小ちいさな効果こうかは小しょう標本ひょうほんでは有意ゆういにならず、関門かんもんを通とおるのは偶然ぐうぜん大おおきく出でた推定値すいていちだけだからである。最初さいしょの報告ほうこくが最もっとも大おおきな効果こうかを示しめし、追試ついしのたびに縮ちぢむという型かたは、不正ふせいがなくとも構造的こうぞうてきに生しょうじる。

    事前登録(预注册 / preregistration)と登録報告(注册报告 / Registered Reports)は、これらに手続てつづきで応こたえる試こころみである。解析かいせき計画けいかくをデータ取得しゅとくの前まえに公開こうかいし、計画けいかくの段階だんかいで査読さどくを受うけ、結果けっかによらず掲載けいさいを約束やくそくさせる。米国べいこく国立こくりつ心肺しんぱい血液けつえき研究所けんきゅうしょの大規模だいきぼ心血管しんけっかん試験しけんでは、事前じぜん登録とうろくが要求ようきゅうされた2000年ねんを境さかいに、有意ゆういな便益べんえきを報告ほうこくした割合わりあいが大おおきく下さがった。ただしこれは55件ごじゅうごけんの前後ぜんご比較ひかくであって、同どう時期じきの他ほかの変化へんかを排除はいじょできていない ── 本章ほんしょうの前半ぜんはんが戒いましめた読よみ方かたが、そのまま返かえってくる。それでも、登録とうろくが消けしたのは効果こうかではなく確証かくしょう的てきな装よそおいをまとった探索たんさくだと読よむのが、最もっとも無理むりのない解釈かいしゃくだろう。悪わるい測定そくていと貧まずしい理論りろんは、登録とうろくしても悪わるいまま残のこる。

    機械学習きかいがくしゅうは方法ほうほうをどう変かえたか

    方法ほうほうをめぐる議論ぎろんの地形ちけいを、この20年にじゅうねんで最もっとも大おおきく動うごかしたのは統計とうけいそのものの内部ないぶ改革かいかくではなく、外そとから来きた計算けいさんである。出発点しゅっぱつてんとして押おさえるべき区別くべつを、ガリット・シュムエリが2010年ねんに整理せいりした ── 説明せつめいと予測よそくは別べつの目標もくひょうであり、別べつのモデルを要求ようきゅうする。説明的せつめいてきモデリングは理論りろんから導みちびかれた因果いんが構造こうぞうを検定けんていするもので、偏かたよりの排除はいじょを最優先さいゆうせんする。予測よそく的てきモデリングは未知みちの新あたらしい観測かんそくを当あてることを目標もくひょうとし、偏かたよりと分散ぶんさんの交換こうかんによって、真しんのモデルより誤あやまったモデルのほうがよく当あたる場合ばあいがある。同おなじデータから、目標もくひょうが違ちがえば違ちがう変数へんすう選択せんたく、違ちがう評価ひょうか、違ちがう結論けつろんが出でる。

    シュムエリの区別くべつの前段ぜんだんには、2001年ねんのレオ・ブレイマンによる「二ふたつの文化ぶんか」の対比たいひがある。データがある確率かくりつモデルから生成せいせいされたと仮定かていして係数けいすうを解釈かいしゃくする文化ぶんかと、生成せいせい過程かていを未知みちの関数かんすうとして扱あつかい予測よそく精度せいどだけで評価ひょうかする文化ぶんかである。後者こうしゃには厄介やっかいな性質せいしつが伴ともなう ── 精度せいどがほぼ等ひとしく構造こうぞうの異ことなるモデルが多数たすう併存へいそんしうる。同おなじ現象げんしょうについて、互たがいに矛盾むじゅんする説明せつめいを与あたえる同等どうとうに良よい予測器よそくきがいくつも作つくれるのだから、精度せいどは説明せつめいの資格しかくを与あたえない。

    深層学習(深度学习 / deep learning)はこの性質せいしつを極端きょくたんまで押おし進すすめた。数億すうおくから数千すうせん億おくの重おもみを持もつ関数かんすうが、訓練くんれんデータ上うえで高たかい精度せいどを達成たっせいする。だがその関数かんすうがどの特徴とくちょうを根拠こんきょにしているかは、重おもみを眺ながめても分わからない。どの画素がそに強つよく反応はんのうしたかを事後じごに調しらべることはできるが、それは関数かんすうの振ふる舞まいの記述きじゅつであって、対象たいしょうが従したがう法則ほうそくの記述きじゅつではない。当あてることと分わかることの距離きょりが、これほど明確めいかくに開ひらいた道具どうぐは過去かこになかった。

    そこで説明せつめい可能性かのうせい(可解释性 / explainability)の研究けんきゅうが広ひろがった。局所きょくしょ的てきに単純たんじゅんなモデルで近似きんじする手法しゅほう、各かく特徴とくちょうの寄与きよを協力きょうりょくゲーム理論りろんの配分はいぶんとして計算けいさんする手法しゅほう、入力にゅうりょくのどこが出力しゅつりょくに効きいたかを画像がぞう上じょうに可視化かしかする顕著けんちょ性せい地図ちず。しかしこれらの信頼性しんらいせいそのものが検証けんしょうを要ようする。2018年ねんに発表はっぴょうされた健全性けんぜんせい検査けんさは、いくつかの著名ちょめいな顕著けんちょ性せい地図ちずの手法しゅほうについて、モデルの重おもみを完全かんぜんに乱数らんすうで置おき換かえても、ほとんど変かわらない地図ちずが出力しゅつりょくされることを示しめした。モデルの判断はんだんではなく、画像がぞうの輪郭りんかくを描えがいていたにすぎない、ということである。

    より原理げんり的てきな批判ひはんもある。シンシア・ルーディンが2019年ねんに述のべたのは、事後じご的てきな説明せつめいは元もとのモデルの近似きんじであって元もとのモデルではない、という点てんだった。近似きんじが忠実ちゅうじつなら元もとのモデルの代かわりにその近似きんじを使つかえばよく、忠実ちゅうじつでないならその説明せつめいは誤あやまりを含ふくむ。高たかい利害りがいのかかる判断はんだんについては、後あとから説明せつめいを貼はるのではなく、最初さいしょから解釈かいしゃく可能かのうなモデルを設計せっけいすべきだ、という主張しゅちょうである。反論はんろんもあるが、事後じご説明せつめいが万能ばんのうでないことは共有きょうゆうされつつある。

    科学かがくにおける機械学習きかいがくしゅう(机器学习 / machine learning)の使つかい方かたは、大おおきく3通さんつうりに整理せいりできる。代理モデル(代理模型 / surrogate model)である。計算量けいさんりょうの大おおきい数値すうちシミュレーションの入出力にゅうしゅつりょく関係かんけいを学習がくしゅうさせ、はるかに速はやい近似器きんじきで置おき換かえる。2023年ねんに発表はっぴょうされた気象予報きしょうよほうモデルは、欧州おうしゅう中期ちゅうき予報よほうセンターの高こう解像度かいぞうど予報よほうと比くらべ、1380の検証けんしょう項目こうもくのうち約やく9割きゅうわりで上回うわまわる精度せいどを、桁違けたちがいに短みじかい計算けいさん時間じかんで示しめした。ただし、この種しゅのモデルは再さい解析かいせきデータや数値すうちモデルの出力しゅつりょくで訓練くんれんされており、物理ぶつり法則ほうそくを検証けんしょうしているのではなく、既存きそんの物理ぶつりモデルが体現たいげんしている関係かんけいを継承けいしょうしている。速はやさは理解りかいの増加ぞうかではない。

    第だい二にが探索たんさくの絞しぼり込こみである。合成ごうせいしうる化合物かごうぶつ、結晶けっしょう構造こうぞう、たんぱく質しつ配列はいれつの空間くうかんは組くみ合あわせ的てきに巨大きょだいで、実験じっけんの数かずは有限ゆうげんである。機械学習きかいがくしゅうはこの空間くうかんを篩ふるいにかけ、実験じっけんの順番じゅんばんを決きめる。2023年ねんに報告ほうこくされた深層学習しんそうがくしゅうによる無機むき結晶けっしょうの大量たいりょう探索たんさくと、自律じりつ実験室じっけんしつによる短期間たんきかんでの多数たすうの新規しんき化合物かごうぶつ合成ごうせいは、いずれも翌年よくねん、化学かがくの側がわから新規性しんきせいそのものを疑うたがう検討けんとうを受うけた。候補こうほの生成せいせいと、候補こうほが本物ほんものであることの確認かくにんとは、まったく別べつの作業さぎょうである。第だい三さんがパターン発見はっけんで、人間にんげんが見落みおとしていた規則きそく性せいをデータから拾ひろい上あげる用法ようほうである。

    この三みっつの交点こうてんに置おかれるのがAlphaFoldである。2020年代ねんだい前半ぜんはんに、アミノ酸さん配列はいれつから立体りったい構造こうぞうを当あてるという長年ながねんの難問なんもんは、実用じつようの水準すいじゅんでは解とかれた。だが何なにが変かわらなかったかを見落みおとしてはならない。AlphaFoldは配列はいれつから構造こうぞうを当あてるが、なぜその構造こうぞうになるかを語かたらない。折おりたたみの経路けいろも、中間ちゅうかん状態じょうたいも、エネルギー地形ちけいも出力しゅつりょくしない。一ひとつのアミノ酸さん置換ちかんが構造こうぞうをどう変かえるかの予測よそくは不ふ得手えてであり、複数ふくすうの立体りったい配座はいざのあいだを行いき来きする分子ぶんしについて、そのゆらぎを表現ひょうげんするようには作つくられていない。折おりたたみ問題もんだいのうち解とかれたのは予測よそくの部分ぶぶんであって、機構きこうの部分ぶぶんではない。予測よそくの成功せいこうが理解りかいの代替だいたいになるかどうかは、まさに前節ぜんせつまでの問といに戻もどる。

    そして機械学習きかいがくしゅうは、統計とうけいの罠わなを新あたらしい形かたちで再生産さいせいさんしている。データ漏洩(数据泄露 / data leakage)── 訓練くんれんの段階だんかいで、本来ほんらいは使つかえないはずの情報じょうほうが混入こんにゅうすること ── がその中心ちゅうしんにある。2023年ねんの調査ちょうさは、少すくなくとも17の分野ぶんや、294編へんの論文ろんぶんがこの誤あやまりの影響えいきょうを受うけていると報告ほうこくした。時系列じけいれつを無視むしした分割ぶんかつ、同一どういつ被験者ひけんしゃの訓練くんれん集合しゅうごうと検証けんしょう集合しゅうごうへの分散ぶんさん、前処理まえしょりを分割ぶんかつ前まえに行おこなうこと、いずれも精度せいどを実力じつりょく以上いじょうに見みせる。2018年ねんの研究けんきゅうは、肺炎はいえん検出けんしゅつの深層学習しんそうがくしゅうモデルが撮影さつえいした病院びょういんを高こう精度せいどで識別しきべつできることを示しめした ── モデルは病変びょうへんではなく、病院びょういんごとの有病ゆうびょう率りつという近道ちかみちを学まなんでいた。2021年ねん、胸部きょうぶ画像がぞうによる新型しんがたコロナウイルス感染症かんせんしょうの判定はんていモデルを網羅もうら的てきに検討けんとうした総説そうせつは、精査せいさに付ふした62編ろくじゅうにへんのいずれについても、方法ほうほう上じょうの欠陥けっかんや偏かたよりのために臨床りんしょう利用りように足たるとは言いえないと結論けつろんしている。

    仮説かせつの生成せいせいを機械きかいが担になう段階だんかいに入はいると、負荷ふかの配分はいぶんがさらに偏かたよる。文献ぶんけんを読よみ、実験じっけんを設計せっけいし、装置そうちを動うごかし、結果けっかを解釈かいしゃくする一連いちれんの作業さぎょうを自動化じどうかする試こころみが、2023年ねん以降いこう相次あいついで報告ほうこくされている。生成せいせいの側がわは安価あんかに加速かそくでき、検証けんしょうの側がわはできない。多おおくの分野ぶんやで律速りっそくとなるのは、もはや思おもいつく能力のうりょくではなく、思おもいついたものを一ひとつずつ潰つぶす能力のうりょくのほうである。方法ほうほうの重心じゅうしんは、仮説かせつをどう作つくるかから、仮説かせつをどう捨すてるかへ移うつりつつある。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 63 / 推すい 5 / 争そう 5

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かく因果いんが推論すいろんの問といは、観察かんさつ・介入かいにゅう・反はん事実じじつの三さん層そうに整理せいりされるPearl & Mackenzie, *The Book of Why*(2018年ねん)、および Pearl, *Causality*(2000年ねん、第だい二に版はん2009年ねん)
    • 確かく下したの層そうのデータだけでは、測度そくどゼロの例外れいがいを除のぞいて上うえの層そうの問といが決定けっていされないBareinboim, Correa, Ibeling, Icard「On Pearl's Hierarchy and the Foundations of Causal Inference」(2022年ねん)における因果いんが階層かいそう定理ていり
    • 確かく1973年ねん秋あきのバークレー校こう大学院だいがくいん入試にゅうしは全体ぜんたいでは男性だんせいの合格率ごうかくりつが高たかく、学科がっか別べつに見みると多おおくの学科がっかで女性じょせいの合格率ごうかくりつがわずかに高たかかったBickel, Hammel & O'Connell, *Science* 187(1975年ねん)。全体ぜんたいの合格率ごうかくりつは男性だんせいおよそ44%、女性じょせいおよそ35%
    • 確かく全体ぜんたいと層別そうべつで関連かんれんの向むきが逆転ぎゃくてんする現象げんしょうはシンプソンのパラドックスと呼よばれるSimpson, *JRSS-B* 13(1951年ねん)。「シンプソンのパラドックス」の名称めいしょうは Blyth, *JASA* 67(1972年ねん)による
    • 推すいバークレーの事例じれいで層別そうべつに用もちいられた志願しがん先さきは、性別せいべつと合否ごうひの共通きょうつう原因げんいん(交絡こうらく因子いんし)ではなく、性別せいべつの結果けっかかつ合否ごうひの原因げんいん、すなわち媒介ばいかい変数へんすうである時間じかん順序じゅんじょ(志願しがんは性別せいべつの後あと、合否ごうひは志願しがんの後あと)からの帰結きけつであり、因果いんが構造こうぞうとしての解釈かいしゃくである
    • 確かく曝露ばくろと結果けっかの共通きょうつうの結果けっかである変数へんすうで層別そうべつまたは選抜せんばつを行おこなうと、両者りょうしゃのあいだに見みせかけの関連かんれんが生しょうじるGreenland, Pearl & Robins「Causal Diagrams for Epidemiologic Research」*Epidemiology* 10(1999年ねん)
    • 確かく選択せんたくバイアスおよび生存者せいぞんしゃバイアスの多おおくは、共通きょうつうの結果けっかによる選抜せんばつという同一どういつの構造こうぞうで説明せつめいできるHernán, Hernández-Díaz & Robins「A Structural Approach to Selection Bias」*Epidemiology* 15(2004年ねん)
    • 確かく個体こたいについて処置しょちありと処置しょちなしの両方りょうほうの結果けっかを同時どうじに観測かんそくすることはできないHolland「Statistics and Causal Inference」*JASA* 81(1986年ねん)が因果いんが推論すいろんの根本こんぽん問題もんだいと呼よんだ
    • 確かく無作為むさくい割わり付つけのもとでは、測定そくていの有無うむにかかわらず背景はいけい変数へんすうは処置しょち指標しひょうと独立どくりつになり、その帰結きけつとして群間ぐんかんの背景はいけいの分布ぶんぷは期待値きたいちにおいて一致いっちする。個々ここの試験しけんにおける均等きんとうは保証ほしょうされないFisher, *The Design of Experiments*(1935年ねん)以来いらいの標準的ひょうじゅんてき理解りかい
    • 確かく無作為むさくい割わり付つけは、有意ゆうい性せい検定けんていの確率かくりつ的てきな基礎きそそのものを供給きょうきゅうするFisher, *The Design of Experiments*(1935年ねん)における無作為むさくい化か検定けんてい
    • 確かく盲検もうけん化かは無作為むさくい化かとは別個べっこの装置そうちであり、無作為むさくい化かは割わり付つけ後あとに生しょうじる報告ほうこく・判定はんていの偏かたよりを防ふせがない英国えいこく医学いがく研究けんきゅう審議会しんぎかいのストレプトマイシン試験しけん(*BMJ*, 1948年ねん)は乱数らんすうによる割わり付つけを行おこなったが、盲検もうけん化かされたのは判定はんていの部分ぶぶんに限かぎられた
    • 確かく実施じっし済ずみの無作為むさくい化か試験しけんについて群間ぐんかんの背景はいけい因子いんしの差さを検定けんていすることは論理的ろんりてきに不整合ふせいごうであるSenn「Testing for baseline balance in clinical trials」*Statistics in Medicine* 13(1994年ねん)
    • 確かくランベス社しゃは1852年ねんにテムズ川かわの取水しゅすい口くちを上流じょうりゅうへ移うつし、スノウはこれを利用りようして給水きゅうすい会社かいしゃ別べつのコレラ死亡率しぼうりつを比較ひかくしたSnow, *On the Mode of Communication of Cholera*, 第だい二に版はん(1855年ねん)
    • 確かくニュージャージー州しゅうは1992年ねん4月しがつに最低賃金さいていちんぎんを時給じきゅう4.25ドルから5.5ドルへ引ひき上あげ、隣接りんせつするペンシルヴェニア州しゅう東部とうぶとの比較ひかくで雇用こよう減少げんしょうは確認かくにんされなかったと報告ほうこくされたCard & Krueger, *American Economic Review* 84(1994年ねん)
    • 争そう最低賃金さいていちんぎん引ひき上あげの雇用こよう効果こうか給与台帳きゅうよだいちょうデータを用もちいた Neumark & Wascher(*AER*, 2000年ねん)は雇用こよう減少げんしょうを報告ほうこくし、Card & Krueger(同年どうねん)が再さい反論はんろんした。決着けっちゃくしていない
    • 確かく差さの差分さぶん法ほうは平行へいこうトレンドの仮定かていに依拠いきょし、この仮定かていはデータから検証けんしょうできない準じゅん実験的じっけんてき手法しゅほうの識別しきべつ条件じょうけんについての標準的ひょうじゅんてき理解りかい(Angrist & Pischke, *Mostly Harmless Econometrics*, 2009年ねん)
    • 確かく回帰かいき不連続ふれんぞくデザインは1960年ねんに全米ぜんべいメリット奨学金しょうがくきんの表彰ひょうしょう効果こうかの分析ぶんせきとして定式化ていしきかされたThistlethwaite & Campbell, *Journal of Educational Psychology* 51(1960年ねん)
    • 確かく回帰かいき不連続ふれんぞくデザインが同定どうていするのは閾値しきいち近傍きんぼうにおける局所きょくしょ的てきな効果こうかであるHahn, Todd & van der Klaauw, *Econometrica* 69(2001年ねん)による識別しきべつ条件じょうけんの定式化ていしきか
    • 確かくベトナム戦争せんそう期きの徴兵ちょうへい抽選ちゅうせん番号ばんごうを操作そうさ変数へんすうとして兵役へいえきの所得しょとくへの影響えいきょうが推定すいていされたAngrist, *American Economic Review* 80(1990年ねん)
    • 確かく操作そうさ変数へんすう法ほうが同定どうていするのは、単調たんちょう性せいの仮定かていのもとで、操作そうさ変数へんすうによって処置しょちの有無うむが実際じっさいに変かわる部分ぶぶん集団しゅうだんについての局所きょくしょ平均へいきん処置しょち効果こうかであるImbens & Angrist, *Econometrica* 62(1994年ねん)
    • 確かく除外じょがい制約せいやく(操作そうさ変数へんすうが結果けっかへ直接ちょくせつには影響えいきょうしないこと)はデータから検証けんしょうできないAngrist, Imbens & Rubin, *JASA* 91(1996年ねん)における識別しきべつ条件じょうけんの整理せいり
    • 確かく弱よわい操作そうさ変数へんすうのもとでは、実際じっさいの操作そうさ変数へんすうを乱数らんすうで置おき換かえても同様どうようの推定値すいていちと標準ひょうじゅん誤差ごさが得とくられうるBound, Jaeger & Baker, *JASA* 90(1995年ねん)による、出生しゅっしょう四半期しはんきを操作そうさ変数へんすうとする Angrist & Krueger(1991年ねん)への批判ひはん。標本ひょうほんは30万さんじゅうまん件けんを超こえる
    • 確かく準じゅん実験的じっけんてき手法しゅほうは、ある個体こたいへの処置しょちが他ほかの個体こたいの結果けっかに影響えいきょうしないという仮定かてい(干渉かんしょうのなさ)に立たつRubin, *JASA* 81(1986年ねん)による安定あんてい単位たんい処置しょち値ち仮定かていの定式化ていしきか
    • 確かく2021年ねんのノーベル経済学賞けいざいがくしょうは、労働ろうどう経済学けいざいがくへの実証的じっしょうてき貢献こうけん(カード)と因果いんが関係かんけいの分析ぶんせきについての方法論ほうほうろん的てき貢献こうけん(アングリスト、インベンス)に授与じゅよされたスウェーデン王立おうりつ科学かがくアカデミー(2021年ねん)
    • 確かくヒルは1965年ねんの講演こうえんで九ここのつの観点かんてんを挙あげ、いずれも因果いんがの決定的けっていてき証拠しょうこを与あたえず、いずれも必要条件ひつようじょうけんとして要求ようきゅうされるものではないと明記めいきしたHill「The Environment and Disease: Association or Causation?」*Proceedings of the Royal Society of Medicine* 58(1965年ねん)
    • 推すい九きゅう項目こうもくのうち時間的じかんてき先行せんこうだけは要求ようきゅうしてよい原因げんいんは結果けっかに先立さきだつという因果いんが概念がいねんそのものからの帰結きけつである。ヒル自身じしんは時間的じかんてき先行せんこうを含ふくむ九きゅう項目こうもくのいずれについても必要条件ひつようじょうけん性せいを否定ひていしており、この主張しゅちょうは彼かれの記述きじゅつの外そとにある
    • 確かく相対そうたい危険きけんを未知みちの交絡こうらく因子いんしだけで説明せつめいするには、その因子いんしが曝露ばくろ群ぐんで相当そうとうに偏かたよって分布ぶんぷしていなければならないことが定量的ていりょうてきに示しめされたCornfield et al., *JNCI* 22(1959年ねん)。現代げんだいの感度かんど分析ぶんせきとE値あたい(VanderWeele & Ding, 2017年ねん)の先駆せんく
    • 確かく歴史れきし科学かがくは予測よそくではなく痕跡こんせきの識別しきべつによって仮説かせつを選別せんべつするという特徴とくちょうづけがあるCleland「Historical science, experimental science, and the scientific method」*Geology* 29(2001年ねん)
    • 確かく独立どくりつに得とくられた複数ふくすうの帰納きのうが一致いっちすることを「帰納きのうの一致いっち」と呼よんだのはヒューエルであるWhewell, *The Philosophy of the Inductive Sciences*(1840年ねん)。E・O・ウィルソンの1998年ねんの同名どうめい書しょは学問がくもん統合とうごうという別べつの意味いみで用もちいた
    • 確かく白亜紀はくあき・古こ第だい三さん紀き境界層きょうかいそうのイリジウム濃集のうしゅうは1980年ねんに報告ほうこくされ、対応たいおうするクレーターは1991年ねんにユカタン半島はんとうで同定どうていされたAlvarez et al., *Science* 208(1980年ねん)、Hildebrand et al., *Geology* 19(1991年ねん)
    • 争そう白亜紀はくあき末まつの大量たいりょう絶滅ぜつめつの主因しゅいん2010年ねんの *Science* 誌しの総説そうせつは衝突しょうとつを主因しゅいんと結論けつろんしたが、デッカン洪水こうずい玄武岩げんぶがんの噴火ふんかの寄与きよを重視じゅうしする立場たちばが存続そんぞくしている
    • 確かくモンテカルロ法ほうはロスアラモスで1940年代ねんだいに定式化ていしきかされたMetropolis & Ulam「The Monte Carlo Method」*JASA* 44(1949年ねん)
    • 確かく計算けいさん科学かがくを理論りろん・実験じっけんに並ならぶ第だい三さんの柱はしらと位置いちづける公的こうてき報告ほうこくがある米国大統領べいこくだいとうりょう情報じょうほう技術ぎじゅつ諮問しもん委員会いいんかい(PITAC)報告ほうこく(2005年ねん)
    • 争そうシミュレーションが認識論にんしきろん的てきに新あたらしい方法ほうほうかどうかFrigg & Reiss, *Synthese* 169(2009年ねん)は既存きそんの方法論ほうほうろんの焼やき直なおしだと論ろんじ、Humphreys らが反論はんろんした
    • 確かくverification(数式すうしきを正ただしく解といているか)と validation(正ただしい数式すうしきを解といているか)は別べつの問といである計算けいさん科学かがくにおける標準的ひょうじゅんてきな区別くべつ、Roache(1998年ねん)、Oberkampf & Roy(2010年ねん)
    • 確かく自然しぜん系けいは開ひらいているため、地球ちきゅう科学かがくの数値すうちモデルは厳密げんみつな意味いみで検証けんしょうも妥当性だとうせい確認かくにんもできず、確証かくしょうされうるにとどまる。ここでの検証けんしょうはモデルが真しんであることの確立かくりつを指さし、計算けいさん工学こうがくの用語ようご法ほうとは水準すいじゅんが異ことなるOreskes, Shrader-Frechette & Belitz, *Science* 263(1994年ねん)
    • 推すい気候きこうモデルのアンサンブルは可能かのうなモデルの空間くうかんからの無作為むさくい標本ひょうほんではなく、機関間きかんかんでコードと定式化ていしきかが共有きょうゆうされるため誤差ごさは相関そうかんするTebaldi & Knutti, *Phil. Trans. R. Soc. A* 365(2007年ねん)、Knutti et al.「Climate model genealogy」*Journal of Climate* 26(2013年ねん)による解釈かいしゃく
    • 確かく第だい六ろく期きの一部いちぶの気候きこうモデルは他ほかの証拠しょうこと整合せいごうしない高たかい気候きこう感度かんどを示しめし、IPCC第だい六次ろくじ評価ひょうか報告書ほうこくしょはモデルを等とう重おもみで扱あつかわず複数ふくすうの証拠しょうこ系統けいとうから感度かんどを評価ひょうかしたいわゆる「ホットモデル問題もんだい」に関かんする議論ぎろん(Hausfather et al., *Nature*, 2022年ねん)
    • 推すい大気たいきの予測よそく可能性かのうせいの限界げんかいはおよそ2週間にしゅうかんであるLorenz(1969年ねん)以来いらいの見積みつもりで、その後ごの研究けんきゅうでも大おおきくは変かわっていない。値あたいは評価ひょうか指標しひょうと対象たいしょう量りょうに依存いぞんする。またこれは初期値しょきち問題もんだいとしての天気予報てんきよほうに関かんする限界げんかいであり、境界きょうかい条件じょうけんの変化へんかに対たいする気候きこうの統計とうけいの応答おうとうには直接ちょくせつには及およばない
    • 確かく「すべてのモデルは間違まちがっているが、いくつかは役やくに立たつ」の含意がんいは、精緻せいち化かによって正ただしいモデルに到達とうたつすることはできず、何なにが重要じゅうような意味いみで間違まちがっているかに注意ちゅういすべきだということであるBox「Science and Statistics」*JASA* 71(1976年ねん)。標語ひょうごとしての定型ていけい句くは Box & Draper(1987年ねん)
    • 確かくp値あたいとは、帰無きむ仮説かせつを含ふくむ統計とうけいモデルが正ただしいと仮定かていしたときに、データの統計的とうけいてき要約ようやくが観測かんそくされた値あたいと同どう程度ていど以上いじょうに極端きょくたんな値あたいをとる確率かくりつであるASA声明せいめい(2016年ねん)原則げんそく一いちおよび二に
    • 確かくp値あたいを仮説かせつが真しんである確率かくりつと読よむ転置てんちの誤あやまりは、繰くり返かえし指摘してきされてきたCohen「The Earth Is Round (p < .05)」*American Psychologist* 49(1994年ねん)
    • 確かく途中とちゅう結果けっかを見みながら標本ひょうほんを追加ついか・打うち切きりする手続てつづきのもとでは、名目めいもく上じょうの有意ゆうい水準すいじゅんは保たもたれないArmitage, McPherson & Rowe, *JRSS-A* 132(1969年ねん)による逐次ちくじ的てき検定けんていの第一だいいち種しゅ過誤かご率りつの計算けいさん
    • 確かく有意ゆうい水準すいじゅん0.05は便宜的べんぎてきな目安めやすとして提示ていじされたものであるFisher, *Statistical Methods for Research Workers*(1925年ねん)
    • 確かくフィッシャーの有意ゆうい性せい検定けんていとネイマン=ピアソンの仮説かせつ検定けんていは別個べっこの枠組わくぐみであり、両者りょうしゃの創始者そうししゃは対立たいりつしていた統計学とうけいがく史しにおける確立かくりつした理解りかい
    • 確かく両者りょうしゃは教科書きょうかしょのなかで出所でどころを明あかさぬまま一ひとつの手続てつづきへ縫ぬい合あわされたGigerenzer「Mindless statistics」*Journal of Socio-Economics* 33(2004年ねん)
    • 確かく「有意ゆういでない」は「効果こうかがない」を意味いみしないAltman & Bland「Absence of evidence is not evidence of absence」*BMJ* 311(1995年ねん)
    • 確かく一方いっぽうが有意ゆういで他方たほうが有意ゆういでないことは、両者りょうしゃの差さが有意ゆういであることを意味いみしないGelman & Stern, *The American Statistician* 60(2006年ねん)
    • 確かく独立どくりつな検定けんていを20回にじっかい行おこなえば、すべて帰無きむ仮説かせつが真しんでも少すくなくとも1回いっかいは5%水準すいじゅんを下回したまわる確率かくりつは約やく64%である1−0.95^20 ≈ 0.642
    • 確かく多重たじゅう比較ひかく補正ほせいを行おこなわないfMRI解析かいせきは、死しんだ大西洋たいせいようサケの脳のう腔内こうないに有意ゆういな賦活ふかつを検出けんしゅつしうるBennett et al.(2009年ねん発表はっぴょう、2010年ねん公刊こうかん)
    • 確かく偽にせ発見はっけん率りつを制御せいぎょする多重たじゅう比較ひかく手続てつづきが1995年ねんに提案ていあんされたBenjamini & Hochberg, *JRSS-B* 57(1995年ねん)
    • 確かく結果けっかを見みた後あとに仮説かせつを立たてて事前じぜんの予測よそくとして提示ていじする慣行かんこうはHARKingと名なづけられたKerr, *Personality and Social Psychology Review* 2(1998年ねん)
    • 確かく解析かいせき上じょうの四よっつの自由じゆうを組くみ合あわせるだけで偽にせ陽性ようせい率りつは5%から約やく61%へ上昇じょうしょうするSimmons, Nelson & Simonsohn「False-Positive Psychology」*Psychological Science* 22(2011年ねん)
    • 確かくアメリカ統計とうけい学会がっかいは2016年ねん、p値あたいについて六ろく原則げんそくからなる公式こうしき声明せいめいを出だした。同どう学会がっかいが特定とくていの統計とうけい手法しゅほうについて公式こうしき声明せいめいを出だしたのはこれが初はじめてであるWasserstein & Lazar, *The American Statistician* 70(2016年ねん)
    • 確かく2019年ねんに「統計的とうけいてきに有意ゆうい」という語ごの使用しよう中止ちゅうしを求もとめる論説ろんせつと、800名めい超ちょうの署名しょめいを伴ともなう有意ゆうい性せい廃止はいしの提言ていげんが公表こうひょうされたWasserstein, Schirm & Lazar, *The American Statistician* 73 補遺ほい(2019年ねん)、Amrhein, Greenland & McShane, *Nature* 567(2019年ねん)
    • 争そう統計的とうけいてき有意ゆうい性せいを放棄ほうきすべきか2021年ねんにアメリカ統計学とうけいがく会長かいちょうの任にんじた作業さぎょう部会ぶかいは、p値あたいと有意ゆうい性せい検定けんていは適切てきせつに用もちいれば有用ゆうようだとする声明せいめいを発表はっぴょうし、上記じょうきの提言ていげんに反論はんろんした
    • 確かく事前じぜん分布ぶんぷの影響えいきょうは母数ぼすうの推定すいていについては標本ひょうほんの増加ぞうかとともに薄うすれるが、仮説かせつそのものを比くらべるベイズ因子いんしでは、対立たいりつ仮説かせつに置おいた事前じぜん分布ぶんぷの広ひろがりの影響えいきょうは残のこる前者ぜんしゃはベルンシュタイン=フォン・ミーゼスの定理ていり、後者こうしゃはジェフリーズ=リンドリーのパラドックスの含意がんい
    • 確かく事前じぜん分布ぶんぷに広ひろい散ちらばりを与あたえると、5%水準すいじゅんで有意ゆういな結果けっかがベイズ因子いんしでは帰無きむ仮説かせつを支持しじしうるLindley「A statistical paradox」*Biometrika* 44(1957年ねん)、Jeffreys, *Theory of Probability*(1939年ねん)
    • 確かく心理学しんりがくの1誌いちしの悉皆しっかい調査ちょうさにより、中なか程度ていどの効果こうかに対たいする検出力けんしゅつりょくの中央値ちゅうおうちが0.5を下回したまわることが示しめされたCohen, *Journal of Abnormal and Social Psychology* 65(1962年ねん)
    • 確かく神経しんけい科学かがく分野ぶんやの検出力けんしゅつりょくの中央値ちゅうおうちは21%程度ていど、想定そうていする効果こうか量りょうに応おうじておよそ8〜31%の範囲はんいと見積みつもられたButton et al.「Power failure」*Nature Reviews Neuroscience* 14(2013年ねん)
    • 確かく検出力けんしゅつりょくが低ひくいとき、有意ゆういとなった研究けんきゅうの効果こうか量りょうは系統的けいとうてきに過大かだいになる効果量誇張(Type M)誤差ごさ、Gelman & Carlin, *Perspectives on Psychological Science* 9(2014年ねん)
    • 確かく米国べいこく国立こくりつ心肺しんぱい血液けつえき研究所けんきゅうしょの大規模だいきぼ心血管しんけっかん試験しけんでは、事前じぜん登録とうろくが要求ようきゅうされた2000年ねんより前まえの30件さんじっけんのうち多数たすうが有意ゆういな便益べんえきを報告ほうこくしたのに対たいし、以後いごの25件にじゅうごけんではその割合わりあいが大おおきく低下ていかしたKaplan & Irvin, *PLOS ONE* 10(2015年ねん)。前後ぜんご比較ひかくであり、同時どうじ期きの他ほかの変化へんかは統制とうせいされていない
    • 確かく説明せつめいを目的もくてきとするモデリングと予測よそくを目的もくてきとするモデリングは異ことなる基準きじゅんを要ようし、真しんのモデルより誤あやまったモデルのほうが予測よそくに優すぐれる場合ばあいがあるShmueli「To Explain or to Predict?」*Statistical Science* 25(2010年ねん)
    • 確かく精度せいどがほぼ等ひとしく構造こうぞうの異ことなるモデルが多数たすう併存へいそんしうるBreiman「Statistical Modeling: The Two Cultures」*Statistical Science* 16(2001年ねん)における羅生門らしょうもん効果こうか
    • 確かく一部いちぶの顕著けんちょ性せい地図ちずの手法しゅほうは、モデルの重おもみを乱数らんすう化かしてもほとんど変かわらない出力しゅつりょくを与あたえるAdebayo et al.「Sanity Checks for Saliency Maps」NeurIPS(2018年ねん)
    • 確かく事後じご的てきな説明せつめいは元もとのモデルの近似きんじにすぎず、高たかい利害りがいのかかる判断はんだんには最初さいしょから解釈かいしゃく可能かのうなモデルを用もちいるべきだという主張しゅちょうがあるRudin, *Nature Machine Intelligence* 1(2019年ねん)
    • 確かく機械学習きかいがくしゅうによる気象予報きしょうよほうモデルが、欧州おうしゅう中期ちゅうき予報よほうセンターの高こう解像度かいぞうど予報よほうを1380の検証けんしょう項目こうもくの約やく9割きゅうわりで上回うわまわる精度せいどを示しめしたLam et al.「GraphCast」*Science* 382(2023年ねん)
    • 争そう2023年ねんに報告ほうこくされた大規模だいきぼな無機むき結晶けっしょう探索たんさくと自律じりつ実験室じっけんしつによる多数たすうの新規しんき合成ごうせいは、いずれも翌年よくねん、新規性しんきせいおよび相そうの同定どうていについて化学かがくの側がわから疑問ぎもんを提起ていきされたCheetham & Seshadri, *Chemistry of Materials*(2024年ねん)ほか。決着けっちゃくしていない
    • 確かく2020年代ねんだい前半ぜんはんに、アミノ酸さん配列はいれつからの立体りったい構造こうぞう予測よそくは実験じっけん構造こうぞうに迫せまる精度せいどに達たっしたJumper et al., *Nature* 596(2021年ねん)
    • 推すいAlphaFoldは構造こうぞうを予測よそくするが折おりたたみの機構きこうを説明せつめいしない手法しゅほうの出力しゅつりょく(配座はいざの静的せいてきな予測よそくと信頼度しんらいど指標しひょう)と、折おりたたみ経路けいろ・中間ちゅうかん状態じょうたいを扱あつかわない設計せっけいからの解釈かいしゃく
    • 確かくデータ漏洩ろうえいは少すくなくとも17の分野ぶんや、294編へんの論文ろんぶんに影響えいきょうしていると報告ほうこくされたKapoor & Narayanan「Leakage and the Reproducibility Crisis in Machine-Learning-Based Science」*Patterns* 4(2023年ねん)
    • 確かく肺炎はいえん検出けんしゅつの深層学習しんそうがくしゅうモデルは撮影さつえい施設しせつを高こう精度せいどで識別しきべつでき、施設しせつごとの有病ゆうびょう率りつを近道ちかみちとして学習がくしゅうしていたZech et al., *PLOS Medicine* 15(2018年ねん)
    • 確かく胸部きょうぶ画像がぞうによる新型しんがたコロナウイルス感染症かんせんしょう判定はんていモデルの系統的けいとうてき総説そうせつは、精査せいさした62編ろくじゅうにへんのいずれも臨床りんしょう利用りように足たらないと結論けつろんしたRoberts et al., *Nature Machine Intelligence* 3(2021年ねん)
    現げん三さん

    現在げんざい ── いま学問がくもんはどうなっているか

    測はかることの政治せいじ(测量的政治 / The Politics of Measurement)

    分類ぶんるい体系たいけいを並ならべてみる

    分類体系の比較 ── 何のために作られたか体系作った主体何のために粒度ASJCScopus雑誌の索引27分野・約330OECD FOSOECD統計の国際比較6分野・42ISCED-Fユネスコ教育課程の比較11大分類審査区分日本・科研費研究費の審査大・中・小の三層学科目録中国・教育部学位授与権の管理門類・一級・二級CIP米国・NCES教育統計2桁・4桁・6桁目的が違えば境界も違う。同じ心理学が、ある体系では社会科学に、別の体系では自然科学に落ちる。
    図ず 94目的もくてきが違ちがえば境界きょうかいも違ちがう。同おなじ心理学しんりがくが、ある体系たいけいでは社会しゃかい科学かがくに、別べつの体系たいけいでは自然科学しぜんかがくに落おちる。

    学問がくもんをいくつに分わけるか。答こたえは体系たいけいによって違ちがう。エルゼビアの文献ぶんけんデータベースScopusが用もちいるASJC(全ぜん学問がくもん領域りょういき雑誌ざっし分類ぶんるい)は最上位さいじょういを27の分野ぶんやに分わけ、その下したに334の小しょう分類ぶんるいを置おく。OECDの研究開発けんきゅうかいはつ統計とうけいが用もちいるFOS(科学技術かがくぎじゅつ分野ぶんや分類ぶんるい)は六むっつの大だい分野ぶんやと40余よんじゅうよりの小しょう分野ぶんやからなる。ユネスコ統計とうけい研究所けんきゅうしょのISCED-F 2013は11の広こう分野ぶんや・29の狭きょう分野ぶんや・約やく80の詳細しょうさい分野ぶんや。日本にほんの科学かがく研究費けんきゅうひ助成じょせい事業じぎょうの「審査しんさ区分くぶん表ひょう」は11の大だい区分くぶん・65の中なか区分くぶん・306の小しょう区分くぶん。一級学科(一级学科 / first-level discipline)を並ならべる。米国べいこくのCIP(教育きょういくプログラム分類ぶんるい)は、2020年ねん版はんで48の二に桁けた系列けいれつの下したに千せん数百すうひゃくの六桁ろっけたコードを持もつ。最上位さいじょういの枠わくの数かずが6から48まで開ひらいている。同おなじ「学問がくもんの全体ぜんたい」を分わけているはずの体系たいけいが、最初さいしょの一手いってからして一致いっちしない。

    一致いっちしない理由りゆうは単純たんじゅんで、目的もくてきが違ちがう。ASJCの目的もくてきは雑誌ざっしの索引さくいんである。分類ぶんるいは論文ろんぶんではなく雑誌ざっしに付ふされ、Scopusに収録しゅうろくされる時点じてんで編集へんしゅう方針ほうしんと掲載けいさい内容ないようをもとに社内しゃないの担当者たんとうしゃが割わり当あてる。帰結きけつは明快めいかいで、ある論文ろんぶんの「分野ぶんや」はその内容ないようではなく掲載けいさい先さきによって決きまる。分野ぶんやをまたぐ研究けんきゅうを総合そうごう誌しに載のせれば、その論文ろんぶんは総合そうごう誌しの分類ぶんるいを着きせられる。索引さくいんとしては合理的ごうりてきな設計せっけいである。索引さくいん以外いがいの用途ようとでは、この設計せっけいが誤差ごさの源みなもとになる。

    OECDのFOSは研究開発けんきゅうかいはつ統計とうけいの国際こくさい比較ひかくのために作つくられた。原型げんけいは各国かっこくの研究開発けんきゅうかいはつ調査ちょうさの方法ほうほうを揃そろえるフラスカティ・マニュアルにあり、現行げんこうの6分野ぶんや構成こうせいは2007年ねんの改訂かいていで定さだまった。目的もくてきは各国かっこくの研究開発けんきゅうかいはつ費ひと研究者けんきゅうしゃ数すうを同おなじ枡ますで数かぞえることであって、分野ぶんやどうしの内的ないてきな近ちかさを表あらわすことではない。だから人文学じんぶんがくは六むっつ目めの箱はこに一括いっかつされ、その内部ないぶは数個すうこの小しょう分野ぶんやで足たりることになっている。統計とうけいの粒度りゅうどは、比較ひかくしたい単位たんいの粗あらさに従したがう。

    ユネスコのISCED-F 2013が分類ぶんるいしているのは、学問がくもんではなく教育きょういくプログラムである。何なにを教おしえているかという内容ないようの近ちかさで詳細しょうさい分野ぶんやを束たばね、それを狭きょう分野ぶんや・広こう分野ぶんやへ積つみ上あげる。学位がくい課程かていの国際こくさい比較ひかくのための道具どうぐだから、研究けんきゅうの最前線さいぜんせんがどこにあるかには関知かんちしない。教育課程きょういくかていとして安定あんていして存在そんざいするものだけが、この体系たいけいには現あらわれる。

    科研費かけんひの審査しんさ区分くぶん表ひょうは、研究費けんきゅうひの審査しんさを割わり振ふるための区分くぶんである。2018年ねん度ど助成じょせいの審査しんさから、旧来きゅうらいの「系けい・分野ぶんや・分科ぶんか・細目さいもく表ひょう」を廃はいして導入どうにゅうされた。ここで注目ちゅうもくすべきは、作成者さくせいしゃ自身じしんの説明せつめいである。審査しんさ区分くぶんは「科研費かけんひの審査しんさのための区分くぶんであり、学問がくもん分野ぶんやの体系化たいけいかを趣旨しゅしとしたものでも、大学だいがくの学科がっか・専攻せんこうや学会がっかいの分野ぶんやなどに基もとづくものでもなく、また固定化こていかされたものでもありません」と明記めいきされている。分類ぶんるいを作つくった側がわが、これは学問がくもんの地図ちずではないと断ことわっている。

    学位授与権(学位授予权 / degree-awarding authority)の管理かんりである。14の学科がっか門もん類るいの下したに一級いっきゅう学科がっかがあり、大学だいがくは自みずからが授権じゅけんを得とくた一級いっきゅう学科がっかでしか学位がくいを出だせない。目録もくろくは行政上ぎょうせいじょうの許可きょかそのものであり、目録もくろくに載のらない領域りょういきは学位がくい課程かていとして存在そんざいできない。分類ぶんるいの変更へんこうが、そのまま大学だいがくの設置せっちしうる課程かていの変更へんこうになる。

    米国べいこくのCIPは全米ぜんべい教育きょういく統計とうけいセンターが維持いじし、高等こうとう教育機関きょういくきかんの統一とういつ報告ほうこく制度せいどのために作つくられた。しかしこの統計とうけいコードは統計とうけいの外そとでも働はたらく。国土こくど安全あんぜん保障ほしょう省しょうが「STEM指定してい」した六桁ろっけたコードの課程かていを修了しゅうりょうした留学生りゅうがくせいは、卒業後そつぎょうごの就労許可しゅうろうきょかの延長えんちょうを受うけられる。自分じぶんの課程かていをどの六桁ろっけたコードで登録とうろくするかが、学生がくせいの在留ざいりゅう期間きかんを左右さゆうする。統計とうけいのための番号ばんごうが、入国管理にゅうこくかんりの閾値しきいちになっている。

    目的もくてきが違ちがえば、同おなじ学問がくもんの置おき場ばも違ちがう。心理学しんりがくは、ISCED-Fでは「社会しゃかい科学かがく、ジャーナリズムおよび情報じょうほう」の広こう分野ぶんやに置おかれ、OECDのFOSでは社会しゃかい科学かがくの第一だいいち小しょう分野ぶんやに置おかれる。中国ちゅうごくの学科がっか目録もくろくでは教育学きょういくがく門もん類るいに属ぞくする一級いっきゅう学科がっかでありながら、授与じゅよできる学位がくいは教育学きょういくがくでも理学りがくでもよい。クラリベイトの引用いんよう索引さくいんでは、心理学しんりがくの下位かい分類ぶんるいが自然科学しぜんかがく系けいの索引さくいんと社会しゃかい科学かがく系けいの索引さくいんに分わかれて収録しゅうろくされる。科研費かけんひでは独立どくりつした中なか区分くぶん「心理学しんりがくおよびその関連かんれん分野ぶんや」を持もつ。教育学きょういくがくの下した、社会しゃかい科学かがくの下した、自然科学しぜんかがくの隣となり、そしてどこにも属ぞくさない独立どくりつ枠わく ── 学問がくもんの側がわは動うごいていない。動うごいているのは枡ますのほうである。

    分類ぶんるいが索引さくいんや統計とうけいにとどまるあいだ、こうした不一致ふいっちは不便ふべんでしかない。資源しげん配分はいぶんに接続せつぞくした瞬間しゅんかんに、不一致ふいっちは利害りがいになる。中国ちゅうごくは2021年ねん1月いちがつ、既存きそんのどの門もん類るいにも収おさまらない領域りょういきのために「交叉こうさ学科がっか」という14番目ばんめの学科がっか門もん類るいを新設しんせつし、集積回路しゅうせきかいろ科学かがくと工程こうてい、および国家こっか安全学あんぜんがくを一級いっきゅう学科がっかとして置おいた。2022年ねん版はんの目録もくろくまでに、この門もん類るいの一級いっきゅう学科がっかは七ななつに増ふえている。分野ぶんやが学位がくいと資金しきんの器うつわになっているから、器うつわの外そとにある研究けんきゅうは器うつわを作つくってもらうほかない。分類ぶんるいは世界せかいの記述きじゅつではなく、配分はいぶんの前提条件ぜんていじょうけんである。前提条件ぜんていじょうけんであるかぎり、その改定かいていは学説がくせつの変化へんかではなく政治せいじになる。

    指標しひょうという装置そうち

    被引用数の分布 ── 平均は代表値ではない中央値ほとんどの論文はここ平均裾に引っぱられる少数の論文が引用の大半を占める被引用数 →論文数雑誌の平均値(インパクトファクター)で個々の論文を測ると、大多数を実際より高く見積もる。
    図ず 95被ひ引用いんよう数すうの分布ぶんぷは左ひだりに山やまを作つくり、右みぎへ長ながい裾すそを引ひく。雑誌ざっしの平均値へいきんちで個々ここの論文ろんぶんを測はかると、大多数だいたすうを実際じっさいより高たかく見積みつもる。

    インパクトファクター(影响因子 / impact factor)の定義ていぎは単純たんじゅんである。ある年としのある雑誌ざっしの値あたいは、その年としに生しょうじた被ひ引用いんようのうち直前ちょくぜんの2年間ねんかんにその雑誌ざっしが掲載けいさいした論文ろんぶんへ向むけられたものの総数そうすうを、同おなじ2年間ねんかんにその雑誌ざっしが掲載けいさいした「引用いんよう可能かのう項目こうもく」の数かずで割わったものである。2024年ねんの値あたいなら、分子ぶんしは2024年ねん中ちゅうに生しょうじた引用いんよう、分母ぶんぼは2022年ねんと2023年ねんの掲載けいさい数すうである。何なにを引用いんよう可能かのう項目こうもくと数かぞえるかは、後あとで見みるようにこの指標しひょうの急所きゅうしょになる。2年にねん窓まどの平均へいきん被ひ引用いんよう数すう、それ以上いじょうのものではない。

    設計せっけい目的もくてきは評価ひょうかではなかった。ユージン・ガーフィールドは1955年ねんの『サイエンス』誌しの論文ろんぶんで引用いんよう索引さくいんの構想こうそうを示しめし、共同研究者きょうどうけんきゅうしゃアーヴィング・シャーとともに、収録しゅうろくすべき雑誌ざっしを選えらぶ道具どうぐとしてこの比率ひりつを考案こうあんした。掲載けいさい数すうの少すくない優すぐれた雑誌ざっしが多おおい雑誌ざっしに埋うずもれないよう規模きぼで割わる ── それが分母ぶんぼの役割やくわりである。1972年ねんの論文ろんぶんで公おおやけに提案ていあんされ、1975年ねんから『ジャーナル・サイテーション・リポーツ』として毎年まいとし公表こうひょうされる。想定そうていされた使つかい手ては図書館としょかん員いんで、限かぎられた予算よさんでどの雑誌ざっしを購読こうどくするかを助たすけることが目的もくてきだった。

    指標しひょうの内部ないぶには当初とうしょから非対称ひたいしょうがある。分子ぶんしは雑誌ざっしが出だしたあらゆる種類しゅるいの記事きじへの引用いんようを数かぞえるが、分母ぶんぼは「引用いんようされうる項目こうもく」として原著げんちょ論文ろんぶんと総説そうせつだけを数かぞえ、論説ろんせつや書簡しょかんは除のぞく。したがって論説ろんせつや書簡しょかんが引用いんようされるほど、分母ぶんぼを増ふやさずに分子ぶんしだけが増ふえる。種別しゅべつの判定はんていは指標しひょう提供ていきょう者しゃに委ゆだねられている。2007年ねん、ロックフェラー大学だいがく出版局しゅっぱんきょくの編集者へんしゅうしゃたちは自じ誌しと競合きょうごう誌しのデータを購入こうにゅうして検算けんざんを試こころみ、公表こうひょう値ちを再現さいげんできなかったと報告ほうこくした。誤あやまった種別しゅべつの付与ふよが見みつかり、2度目どめに受うけ取とったデータもなお合あわなかった。評価ひょうかに使つかわれている数値すうちを、当事者とうじしゃが検算けんざんできない。押おし上あげの程度ていどは誌しごとに大おおきく異ことなると推計すいけいされているが、種別しゅべつ判定はんていの基準きじゅんが公開こうかいされていないため独立どくりつの検証けんしょうができない。

    分子はあらゆる記事への引用を数え、分母は原著論文と総説しか数えない
    図ず 96分子ぶんしはあらゆる記事きじへの引用いんようを数かぞえ、分母ぶんぼは原著げんちょ論文ろんぶんと総説そうせつしか数かぞえない

    値あたいは測はかり方ほうだけでなく、母集団ぼしゅうだんの改定かいていでも動うごく。2023年ねんの版はんから、それまで対象外たいしょうがいだった新興しんこう分野ぶんや索引さくいんの収録しゅうろく誌しにもインパクトファクターが付与ふよされるようになり、値あたいを持もつ雑誌ざっしの集合しゅうごうが一挙いっきょに広ひろがった。ある誌しの分子ぶんしと分母ぶんぼが前年ぜんねんと変かわらなくても、その値あたいが全体ぜんたいの中なかで占しめる位置いちは変かわる。誰だれを同おなじ表ひょうに載のせるかという判断はんだんが、定義ていぎと同時どうじに効きいている。

    より根本的こんぽんてきな難点なんてんは分布ぶんぷの形かたちにある。被引用数(引用次数 / citation count)の分布ぶんぷは極端きょくたんに右みぎへ歪ゆがんでおり、平均へいきんは代表値だいひょうちにならない。ペール・セグレンは1997年ねんの論文ろんぶんで、上位じょうい15%の論文ろんぶんが被ひ引用いんようの半分はんぶんを、上位じょうい半分はんぶんが9割きゅうわりを占しめることを示しめした。残のこる1割いちわりは、下位かい半数はんすうの論文ろんぶんが集あつめた引用いんようである。2016年ねん、出版社しゅっぱんしゃの関係者かんけいしゃと計量けいりょう書誌しょし学者がくしゃが共同きょうどうで11誌じゅういちしの被ひ引用いんよう分布ぶんぷを公表こうひょうしたところ、どの誌しでも掲載けいさい論文ろんぶんの65から75%が自じ誌しの値あたいを下回したまわっていた。値あたいが三さんに満みたない誌しでも30を超こえる誌しでも、この割合わりあいはほとんど変かわらない。歪ゆがみは雑誌ざっしの格かくではなく、引用いんようという現象げんしょうそのものの性質せいしつである。

    個人こじんを測はかる指標しひょうとして広ひろまったh指数しすう(h指数しすう / h-index)は、ホルヘ・ヒルシュが2005年ねんに提案ていあんした。h本ほんの論文ろんぶんがそれぞれh回かい以上いじょう引用いんようされているような最大さいだいのhがその値あたいである。突出とっしゅつした一本いっぽんにも多数たすうの未み引用いんよう論文ろんぶんにも動うごかされない点てんが長所ちょうしょとされた。短所たんしょは定義ていぎから直接ちょくせつ出でてくる。値あたいは論文ろんぶん数すうを超こえられないから経歴けいれきの長ながさに縛しばられ、引用いんようの慣行かんこうが分野ぶんやごとに違ちがうから分野ぶんやを跨またいだ比較ひかくは成なり立たたない。そして単調たんちょう非ひ減少げんしょうである ── 研究けんきゅうをやめてもh指数しすうは下さがらない。さらに、値あたいは使つかうデータベースによって変かわる。同おなじ研究者けんきゅうしゃのh指数しすうが、収録しゅうろく範囲はんいの違ちがう三みっつの基盤きばんで三みっつの値あたいをとる。指標しひょうは人ひとではなく、人ひとが収録しゅうろくされている範囲はんいを測はかっている。

    h本の論文がそれぞれh回以上 ── 突出した一本にも、未引用の山にも動かされない
    図ず 97h本ほんの論文ろんぶんがそれぞれh回かい以上いじょう ── 突出とっしゅつした一本いっぽんにも、未み引用いんようの山やまにも動うごかされない

    提案ていあん者しゃ自身じしんが後あとに強つよい留保りゅうほを付つけている。ヒルシュは2020年ねんの論考ろんこうで、自みずからの全ぜん業績ぎょうせきの約やく半分はんぶんを占しめる超伝導ちょうでんどうの研究けんきゅうに対たいする引用いんようの総和そうわが、自身じしんの全ぜん被ひ引用いんようの1割いちわりに満みたないと述のべた。引用いんようとh指数しすうを信しんじるなら、自分じぶんの超伝導ちょうでんどうへの寄与きよは取とるに足たらないことになる、と彼かれは書かいている。指標しひょうの作者さくしゃが、自分じぶんの指標しひょうは自分じぶんの分野ぶんやで高たかい達成たっせいを識別しきべつできないと結論けつろんした。

    そもそも被ひ引用いんよう数すうは何なにを測はかっているのか。史上しじょう最もっとも引用いんようされた論文ろんぶんは、1951年ねんにローリーらが発表はっぴょうしたタンパク質しつ定量ていりょう法ほうの記述きじゅつで、2014年ねんの集計しゅうけいで30万さんじゅうまん件けんを超こえる引用いんようを集あつめていた。理論的りろんてきな達成たっせいではなく、誰だれもが使つかう手技しゅぎである。撤回てっかい後ごも引用いんようされ続つづける論文ろんぶんの存在そんざいも繰くり返かえし報告ほうこくされている。引用いんようは注目ちゅうもくでもあり、有用性ゆうようせいでもあり、論争ろんそうの的まとであることでもある。「使つかわれた」ことの記号きごうではあっても、どう使つかわれたかを区別くべつしない。

    測はかったものを評価ひょうかに使つかうと、測はかったものが壊こわれる。チャールズ・グッドハートは1970年代ねんだい半なかば、観測かんそくされた統計的とうけいてきな規則きそく性せいは制御せいぎょ目的もくてきの圧力あつりょくがかかると崩くずれると述のべた。マリリン・ストラザーンは1997年ねん、これを「尺度しゃくどが目標もくひょうになったとき、それは良よい尺度しゃくどではなくなる」と定式化ていしきかしなおしている。ドナルド・キャンベルはさらに強つよく、量的りょうてきな社会しゃかい指標しひょうが社会的しゃかいてき決定けっていに用もちいられるほど歪曲わいきょくの圧力あつりょくを受うけ、監視かんししようとした当とうの過程かていを歪ゆがめると述のべた。指標しひょうの劣化れっかは運用うんようの失敗しっぱいではなく、指標しひょうを目標もくひょうにすることの構造的こうぞうてきな帰結きけつである。

    尺度が目標になったとき、それは良い尺度ではなくなる
    図ず 98尺度しゃくどが目標もくひょうになったとき、それは良よい尺度しゃくどではなくなる

    現あらわれた歪ゆがみは具体的ぐたいてきである。一ひとつの研究けんきゅうを最小さいしょうの公表こうひょう単位たんいに切きり分わけて本数ほんすうを稼かせぐサラミ出版しゅっぱん、雑誌ざっしどうしが互たがいを引ひき合あう引用いんようの積つみ上あげ、自じ誌し・自著じちょへの引用いんようの膨張ぼうちょう。指標しひょうの提供ていきょう者しゃは対抗たいこう措置そちとして、異常いじょうな引用いんよう行動こうどうを示しめした雑誌ざっしの値あたいを公表こうひょうから外はずしており、2020年ねんの公表こうひょうでは33誌さんじゅうさんし、収録しゅうろく誌し全体ぜんたいの0.3%弱じゃくが対象たいしょうになった。著者ちょしゃ数すうの膨張ぼうちょうも同おなじ圧力あつりょくの下したにある。先さきの章しょうで見みたヒッグス粒子りゅうしの質量しつりょうの共同きょうどう測定そくてい論文ろんぶんは、全ぜん33頁さんじゅうさんページのうち24頁にじゅうよんページが著者ちょしゃ名めいと所属しょぞくの一覧いちらんに費ついやされていた。1人ひとりひとりの寄与きよを数かぞえ分わけることは、もはや原理げんり的てきにできない。

    是正ぜせいを求もとめる文書ぶんしょが三みっつ続つづいた。サンフランシスコ研究けんきゅう評価ひょうか宣言せんげん(DORA)は2012年ねん12月じゅうにがつにアメリカ細胞さいぼう生物学せいぶつがく会かいの年会ねんかいで起草きそうされ、翌年よくねん5月ごがつに公表こうひょうされた。中心ちゅうしん的てきな勧告かんこくは、雑誌ざっし単位たんいの指標しひょうを個々ここの論文ろんぶんの質しつの代理だいりや採用さいよう・昇進しょうしん・研究費けんきゅうひの判断はんだんに用もちいるな、というものである。ライデン声明せいめいは2015年ねん4月しがつに『ネイチャー』誌しへ10原則げんそくとして掲載けいさいされ、第一だいいち原則げんそくで定量的ていりょうてき評価ひょうかは質的しつてきな専門家せんもんか判断はんだんを支援しえんすべきだと述のべた。2022年ねん7月しちがつには研究けんきゅう評価ひょうか改革かいかくの合意文書ごういぶんしょがまとまり、同年どうねん9月末くがつまつに署名しょめいが開放かいほうされ、研究評価推進連合(CoARA)が発足ほっそくする。中核ちゅうかく的てきな約束やくそくは、評価ひょうかを主おもに査読さどくによる質的しつてき判断はんだんに基もとづけること、機関きかんランキングを研究けんきゅう評価ひょうかに用もちいないことである。三みっつの文書ぶんしょはいずれも、指標しひょうの廃止はいしではなく指標しひょうの位置いちの格下かくさげを求もとめている。ただし署名しょめいの数かずと、審査しんさ室しつで実際じっさいに使つかわれる書式しょしきとは別べつの階層かいそうにある。

    大学だいがくランキングという産業さんぎょう

    世界せかいの大学だいがくを一列いちれつに並ならべる表ひょうには、有力ゆうりょくなものが三みっつある。上海交通大学しゃんはいこうつうだいがくが2003年ねんに始はじめた世界せかい大学だいがく学術がくじゅつランキング(ARWU)、英国えいこくのQS社しゃによる世界せかい大学だいがくランキング、そしてタイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)の世界せかい大学だいがくランキングである。三みっつは同おなじ対象たいしょうを並ならべているように見みえて、測はかっているものが違ちがう。違ちがいは重おもみづけの表ひょうを見みれば分わかる。

    ARWUの指標しひょうは六むっつで、重おもみは公開こうかいされている。卒業生そつぎょうせいのノーベル賞しょう・フィールズ賞しょう受賞じゅしょうが10%、教員きょういんの同賞どうしょう受賞じゅしょうが20%、高こう被ひ引用いんよう研究者けんきゅうしゃが20%、『ネイチャー』『サイエンス』掲載けいさい論文ろんぶんが20%、引用いんよう索引さくいん収録しゅうろく論文ろんぶん数すうが20%、規模きぼで割わった1人ひとりあたり成績せいせきが10%である。ここで数かぞえられる賞しょうは物理学ぶつりがく・化学かがく・生理学せいりがく医学いがく・経済学けいざいがくのノーベル賞しょうとフィールズ賞しょうに限かぎられる。文学賞ぶんがくしょうも平和賞へいわしょうも入はいらない。人文学じんぶんがくと社会しゃかい科学かがくの最高さいこうの達成たっせいは、この表ひょうの目盛めもりの上うえには存在そんざいしない。しかも受賞じゅしょうは年代ねんだいによって割わり引びかれる。受賞じゅしょう年ねんが古ふるいほど計上けいじょうされる重おもみが下さがる設計せっけいであり、同おなじ受賞じゅしょうが、いつ受うけたかによって別べつの点数てんすうになる。何なにを数かぞえるかだけでなく、いつのものをどれだけ数かぞえるかまでが、表ひょうの作者さくしゃの選択せんたくである。

    評判調査(声誉调查 / reputation survey)の比重ひじゅうが高たかい。2024年ねん版はんより前まえの構成こうせいでは、研究者けんきゅうしゃへの評判ひょうばん調査ちょうさが40%、雇用者こようしゃへの評判ひょうばん調査ちょうさが10%で、合あわせて総得点そうとくてんの半分はんぶんを占しめていた。2024年ねん版はんで構成こうせいが組くみ替かえられ、学術がくじゅつ評判ひょうばんが30%、雇用者こようしゃ評判ひょうばんが15%となり、代かわりに国際こくさい研究けんきゅうネットワーク、卒業生そつぎょうせいの就業しゅうぎょう成果せいか、持続可能性じぞくかのうせいがそれぞれ5%で加くわわった。評判ひょうばん調査ちょうさは、回答者かいとうしゃが名前なまえを知しっている大学だいがくに票ひょうが集あつまりやすい。すでに有名ゆうめいであることが、有名ゆうめいであることの根拠こんきょになる。

    THEは2023年ねん秋あき公表こうひょうの2024年ねん版はんで方法論ほうほうろんを改あらため、教育きょういくを29.5%、研究けんきゅう環境かんきょうを29%、研究けんきゅうの質しつを30%、国際こくさい性せいを7.5%、産業さんぎょうからの収入しゅうにゅうと特許とっきょを合あわせて4%とした。それ以前いぜんの10年じゅうねん余あまりは、教育きょういく30・研究けんきゅう30・被ひ引用いんよう30・国際こくさい性せい7.5・産業さんぎょう収入しゅうにゅう2.5という配分はいぶんで、被ひ引用いんようという単一たんいつの指標しひょうが3割さんわりを占しめていた。18の指標しひょうへ分解ぶんかいしたこの改定かいていで、順位じゅんい表ひょうは目めに見みえて動うごいた。大学だいがくの中身なかみは1年いちねんで変かわらない。変かわったのは重おもみである。

    表ひょう重おもみづけ
    ARWU(2003年ねん〜)教員きょういんの受賞じゅしょう20/高こう被ひ引用いんよう研究者けんきゅうしゃ20/『ネイチャー』『サイエンス』論文ろんぶん20/収録しゅうろく論文ろんぶん数すう20/卒業生そつぎょうせいの受賞じゅしょう10/1人ひとりあたり成績せいせき10
    QS(2024年ねん版はんより前まえ)研究者けんきゅうしゃへの評判ひょうばん調査ちょうさ40/雇用者こようしゃへの評判ひょうばん調査ちょうさ10 ── 合あわせて総得点そうとくてんの半分はんぶん
    QS(2024年ねん版はん)学術がくじゅつ評判ひょうばん30/雇用者こようしゃ評判ひょうばん15/国際こくさい研究けんきゅうネットワーク5/卒業生そつぎょうせいの就業しゅうぎょう成果せいか5/持続可能性じぞくかのうせい5
    THE(2024年ねん版はんより前まえ)教育きょういく30/研究けんきゅう30/被ひ引用いんよう30/国際こくさい性せい7.5/産業さんぎょう収入しゅうにゅう2.5
    THE(2024年ねん版はん)研究けんきゅうの質しつ30/教育きょういく29.5/研究けんきゅう環境かんきょう29/国際こくさい性せい7.5/産業さんぎょう収入しゅうにゅうと特許とっきょ4

    表ひょう10同おなじ大学だいがくを並ならべる三みっつの表ひょう ── 重おもみづけの違ちがい(%)

    大学の中身は1年で変わらない。変わったのは重みである
    図ず 99大学だいがくの中身なかみは1年いちねんで変かわらない。変かわったのは重おもみである

    そもそも表ひょうに載のる大学だいがくは少すくない。主要しゅようランキングが順位じゅんいを付つけるのは、表ひょうによって1000校こうから2000校こう余あまりである。世界せかいの高等こうとう教育機関きょういくきかんはその10倍じゅうばいを超こえる数かずがあると推計すいけいされているが、推計すいけいには幅はばがある。載のらない大学だいがくは「順位じゅんいの低ひくい大学だいがく」ではなく、測定そくていの対象外たいしょうがいである。しかし表ひょうの読者どくしゃにとって、載のらないことと低ひくいことは区別くべつされない。表ひょうは世界せかいの縮図しゅくずとして読よまれ、縮図しゅくずに入はいらないものは存在そんざいしないものとして扱あつかわれる。

    表ひょうは大学だいがくの行動こうどうを変かえる。評判ひょうばん調査ちょうさの回答者かいとうしゃ層そうへ向むけた広報こうほう、国際こくさい共著きょうちょ率りつや留学生りゅうがくせい比率ひりつの数値すうち目標もくひょう、被ひ引用いんようの伸のびやすい分野ぶんやへの集中しゅうちゅう投資とうし ── いずれも指標しひょうの構成こうせいから逆算ぎゃくさんして導みちびかれる。QSの被ひ引用いんよう指標しひょうが教員きょういん数すうで割わられるため、教員きょういん数すうを絞しぼれば分子ぶんしを増ふやさずに値あたいが上あがる。この種しゅの逆算ぎゃくさんは不正ふせいではない。指標しひょうが求もとめているとおりに振ふる舞まっているだけである。

    国家こっかが順位じゅんいを政策せいさく目標もくひょうに据すえた例れいもある。ロシアでは2012年ねん5月ごがつの大統領だいとうりょう令れいが、2020年ねんまでに世界せかいの主要しゅよう大学だいがくの上位じょうい100に少すくなくとも五いつつのロシアの大学だいがくを入いれると定さだめ、公募こうぼで選えらばれた21大学だいがくに年間ねんかん最大さいだい10億じゅうおくルーブル規模きぼの資金しきんが投とうじられた。計画けいかくは2020年ねんに終了しゅうりょうしたが、参加さんか校こうのうち総合そうごう順位じゅんいで上位じょうい100に入はいったものはなかった。分野ぶんや別べつの順位じゅんいでは複数ふくすうの大学だいがくが上位じょういに入はいっている。目標もくひょうが総合そうごう順位じゅんいという一ひとつの数かずに固定こていされたために、実際じっさいに起おきた変化へんかの大半たいはんは達成たっせいとして数かぞえられなかった。

    表ひょうに乗のらない学問がくもんもある。教員きょういん養成ようせい、看護かんごや社会しゃかい福祉ふくしの実務じつむ教育きょういく、地域ちいき研究けんきゅう、現地げんち語ごで書かかれ現地げんちで読よまれる法制史ほうせいしや地方ちほう史し。これらは英語えいごの引用いんよう索引さくいんに載のりにくく、載のっても引用いんようが集あつまるまでの時間じかんが長ながい。ARWUでは、人文じんぶん社会しゃかい科学かがくに特化とっかした機関きかんについて『ネイチャー』『サイエンス』指標しひょうの重おもみを他ほかの指標しひょうへ振ふり替かえる扱あつかいがある。振ふり替かえが必要ひつようだという事実じじつそのものが、この表ひょうの目盛めもりが誰だれのために切きられているかを示しめしている。

    2020年代ねんだいに入はいって、順位じゅんい表ひょうへの協力きょうりょくをやめる大学だいがくが現あらわれた。2022年ねん11月じゅういちがつ、イェール大学だいがくロースクールが『USニューズ』の法科大学院ほうかだいがくいんランキングへのデータ提供ていきょうを停止ていしし、ハーバードをはじめ複数ふくすうの有力ゆうりょく校こうが続つづいた。翌年よくねんには医学いがく大学院だいがくいんにも広ひろがっている。同おなじ2022年ねん、中国人民大学ちゅうごくじんみんだいがく・南京大学なんきんだいがく・蘭州らんしゅう大学だいがくが国際こくさいランキングから離脱りだつしたと報ほうじられた。2023年ねんにはユトレヒト大学だいがくがTHEへのデータ提供ていきょうをやめている。理由りゆうは同おなじではない。イェールの学部がくぶ長ちょうは方法論ほうほうろんが経済的けいざいてきに恵めぐまれない学生がくせいの受うけ入いれを不利ふりにすると述のべ、ユトレヒトはオープンサイエンスと評価ひょうか改革かいかくの文脈ぶんみゃくで順位じゅんい表ひょうが競争きょうそうを過度かどに強調きょうちょうすると述のべ、中国ちゅうごくの3校こうは外国がいこくが定さだめた基準きじゅんからの自立じりつという文脈ぶんみゃくで語かたられた。共通きょうつうしているのは、順位じゅんいが測はかり方ほうの関数かんすうであることを測はかられる側がわが公おおやけに認みとめた点てんである。

    このことは実例じつれいで確たしかめられる。QSが2024年ねん版はんで被ひ引用いんよう指標しひょうを分野ぶんやごとに正規化せいきかしたとき、分野ぶんや構成こうせいの偏かたよった大学だいがくの位置いちはその一事いちじだけで動うごいた。THEが同年どうねん版はんで被ひ引用いんようの単一たんいつ指標しひょうを複数ふくすうの「研究けんきゅうの質しつ」指標しひょうへ分解ぶんかいしたときも同様どうようである。より分わかりやすいのは、同おなじ年としの同おなじ大学だいがくが三みっつの表ひょうで別べつの位置いちに現あらわれることである。自然科学しぜんかがくの論文ろんぶんと賞しょうに厚あついフランスのパリ・サクレー大学だいがくは、賞しょうと『ネイチャー』『サイエンス』論文ろんぶんを重おもく見みるARWUでは10位じゅうい台だいに置おかれるのに対たいし、評判ひょうばん調査ちょうさを重おもく見みるQSと教育きょういく環境かんきょうを含ふくめて配点はいてんするTHEでは60位ろくじゅういから80位はちじゅうい台だいに現あらわれる。同おなじ大学だいがくが、同おなじ年としに、40位よんじゅういも50位ごじゅういも違ちがう場所ばしょに立たっている。順位じゅんいは大学だいがくの属性ぞくせいではなく、重おもみづけという一組ひとくみの選択せんたくの出力しゅつりょくである。重おもみを公開こうかいしているランキングほど、この点てんは検証けんしょうしやすい。

    検証けんしょうできるということは、順位じゅんいが発見はっけんされた事実じじつではなく計算結果けいさんけっかだということでもある。

    数かぞえられたものが世界せかいになる

    イアン・ハッキングは、人ひとを分類ぶんるいする営いとなみが分類ぶんるいされた人ひとの側がわを変かえ、変かわったループ効果(looping effect)と呼よんだ。1986年ねんの論考ろんこう「人々ひとびとを作つくり上あげる」に始はじまるこの議論ぎろんは、精神せいしん医学いがくの診断しんだん名めいを主おもな例れいにしている。分類ぶんるいが与あたえられると、人ひとはその分類ぶんるいのもとで自分じぶんを理解りかいしはじめ、その理解りかいに沿そって振ふる舞まいはじめ、やがて分類ぶんるいのもとの記述きじゅつが実態じったいと合あわなくなる。物理的ぶつりてきな対象たいしょうの分類ぶんるいにはこの循環じゅんかんがない。中性子ちゅうせいしは「中性子ちゅうせいし」と呼よばれても振ふる舞まいを変かえない。人ひとと制度せいどを対象たいしょうとする分類ぶんるいは、記述きじゅつするそばから対象たいしょうを作つくりかえる。

    学問がくもんの分類ぶんるいは、まさにこの種しゅの分類ぶんるいである。研究費けんきゅうひの区分くぶんは申請者しんせいしゃにどの枠わくで出だすかを選えらばせ、選えらばれた枠わくごとの申請数しんせいすうと採択さいたく数すうが次つぎの改定かいていの材料ざいりょうになり、改定かいていされた枠わくがまた申請しんせいを誘導ゆうどうする。新あたらしい領域りょういきが枠わくを得えれば、その名なの下したに人ひとが集あつまり、学会がっかいができ、教科書きょうかしょができ、学位がくい課程かていができる。枠わくを得とくなければ、既存きそんのどれかの枠わくに自分じぶんを翻訳ほんやくして申請しんせいすることになる。翻訳ほんやくのたびに、研究けんきゅう計画けいかくは枠わくの言葉ことばへ寄よせられていく。区分くぶん表ひょうは学問がくもんの地図ちずではないと作成者さくせいしゃが断ことわっていても、資源しげんがその表ひょうに沿そって流ながれるかぎり、表ひょうは地図ちずとして振ふる舞まう。

    学際研究(跨学科研究 / interdisciplinary research)が制度せいど上じょうどこにも属ぞくさないことの帰結きけつは、数字すうじで確たしかめられている。オーストラリア研究会けんきゅうかい議ぎの基幹きかん助成じょせい計画けいかくに5年間ねんかんで提出ていしゅつされた1万いちまん8476件けんすべてを分析ぶんせきした2016年ねんの研究けんきゅうは、申請しんせいが学問がくもん分野ぶんやをまたぐ度合どあいと採択さいたく率りつが一貫いっかんして負ふの相関そうかんを示しめすことを報告ほうこくした。関係かんけいは分野ぶんやを問とわず現あらわれた。ただし、またぐ度合どあいの算出さんしゅつに用もちいられた分野ぶんや符号ふごうは申請者しんせいしゃ自身じしんが付ふしたものであり、測はかられているのは申告しんこくされた学際がくさい性せいである。審査しんさ者しゃが学際がくさい研究けんきゅうを嫌きらっているとは限かぎらない。自分じぶんの区分くぶんの外そとにある部分ぶぶんを評価ひょうかしきれないというだけでも、この差さは生しょうじる。分類ぶんるいが資源しげん配分はいぶんに接続せつぞくするとき、どの枠わくにも収おさまらないという性質せいしつそのものが不利益ふりえきになる。

    評価ひょうかが短期たんきの成果せいかを求もとめると、長期ちょうきの探索たんさくが減へる。ジェームズ・マーチは1991年ねんの論文ろんぶんで、組織そしきは既知きちの方法ほうほうを磨みがく「活用かつよう」と未知みちの可能性かのうせいを試ためす「探索たんさく」のあいだで資源しげんを配分はいぶんせざるをえず、活用かつようの見返みかえりのほうが早はやく確実かくじつであるため、短期たんきの成績せいせきで調整ちょうせいされる組織そしきは探索たんさくを過小かしょうに選えらぶと論ろんじた。生命科学せいめいかがくでこれを検証けんしょうした研究けんきゅうがある。失敗しっぱいに寛容かんようで審査しんさ周期しゅうきの長ながい財団ざいだんの支援しえんを受うけた研究者けんきゅうしゃは、3年さんねん周期しゅうきで更新こうしん審査しんさを受うける公的こうてき助成じょせいの研究者けんきゅうしゃに比くらべ、高たかい被ひ引用いんようを得える論文ろんぶんをより多おおく生うみ、研究けんきゅうの方向ほうこうがより新奇しんきな領域りょういきへ移うつっていた。制度せいどが違ちがえば、同どう程度ていどの能力のうりょくの研究者けんきゅうしゃが違ちがうことをする。

    それでも測はかることをやめられない。公費こうひで運営うんえいされる以上いじょう、何なんにいくら使つかわれたかを説明せつめいする責任せきにんがあり、資源しげんは有限ゆうげんで、誰だれかに配くばって誰だれかに配くばらないという判断はんだんを毎年まいとししなければならない。判断はんだんは必かならず何なにらかの比較ひかくを含ふくみ、比較ひかくは必かならず何なにらかの尺度しゃくどを含ふくむ。「専門家せんもんかの判断はんだんに委ゆだねよ」という助言じょげんも、判断はんだんが偏かたよらないという保証ほしょうを伴ともなわない。査読さどくは既存きそんの枠わくに収おさまる申請しんせいを高たかく評価ひょうかする傾向けいこうを持もち、評価者ひょうかしゃや申請者しんせいしゃの属性ぞくせいによる偏かたよりも繰くり返かえし報告ほうこくされている。指標しひょうを捨すてれば偏かたよりが消きえるのではなく、偏かたよりが見みえなくなるだけである。

    現実的げんじつてきな処方しょほうは三みっつに絞しぼれる。第一だいいちに、測はかり方ほうを複数ふくすう持もつこと。単一たんいつの順位じゅんいは選択せんたくの出力しゅつりょくにすぎないから、重おもみの違ちがう複数ふくすうの表ひょうを並ならべれば、結果けっかのどこまでが対象たいしょうの性質せいしつでどこからが尺度しゃくどの性質せいしつかが見みえてくる。ライデン声明せいめいが第一だいいち原則げんそくで定量的ていりょうてき評価ひょうかを専門家せんもんか判断はんだんの「支援しえん」に位置いちづけたのは、この意味いみにおいてである。指標しひょうを消けすのではなく、指標しひょうに反証はんしょうの機会きかいを与あたえるということでもある。

    第だい二にに、平均へいきんではなく分布ぶんぷを示しめすこと。雑誌ざっしの被ひ引用いんよう分布ぶんぷを公表こうひょうせよという2016年ねんの提案ていあんは、一ひとつの数かずが隠かくしていた散ちらばりを見みせるためのものだった。第だい三さんに、測はかれないものがあると明示めいじすること。研究費けんきゅうひの申請書しんせいしょで業績ぎょうせき一覧いちらんの代かわりに、何なにをなぜ行おこない何なんに貢献こうけんしたかを記述きじゅつさせるナラティブ履歴書りれきしょ(narrative CV)の様式ようしきが、2020年代ねんだい前半ぜんはんに英国えいこく、オランダ、スイスなどの助成じょせい機関きかんで相次あいついで導入どうにゅうされた。分量ぶんりょうを絞しぼった代表だいひょう業績ぎょうせきと、数かずに還元かんげんされない貢献こうけんの記述きじゅつとを組くみ合あわせる形式けいしきである。運用うんようの負担ふたんは軽かるくない。それでも、指標しひょうに載のらない仕事しごとを書かく欄らんが制度せいどの中なかに存在そんざいするかどうかは、大おおきな違ちがいを生うむ。

    これらはどれも、測はかることをやめる処方しょほうではない。測はかったものの外そとに何なにが残のこっているかを、測はかるたびに書かき添そえる処方しょほうである。分類ぶんるいも指標しひょうも世界せかいを切きり取とる道具どうぐであって、切きり取とられなかった部分ぶぶんがそれで消きえるわけではない。消きえるのは、切きり取とられなかった部分ぶぶんを見みる習慣しゅうかんのほうである。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 44 / 推すい 7 / 争そう 3

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かくScopusのASJC分類ぶんるいは最上位さいじょうい27分野ぶんや・下位かい334カテゴリからなり、分類ぶんるいは論文ろんぶん単位たんいではなく雑誌ざっし単位たんいで、収録しゅうろく決定けってい時じに編集へんしゅう方針ほうしんと掲載けいさい内容ないように基もとづいて付与ふよされるElsevier / Scopus サポートセンターの分類ぶんるい説明せつめい
    • 確かくOECDのFOS(科学技術かがくぎじゅつ分野ぶんや分類ぶんるい)は六ろく大だい分野ぶんやと40余よんじゅうよりの小しょう分野ぶんやからなり、現行げんこう版はんは2007年ねんの改訂かいていによるOECD, Revised Field of Science and Technology (FOS) Classification in the Frascati Manual(2007年ねん)
    • 確かくユネスコのISCED-F 2013は11の広こう分野ぶんや・29の狭きょう分野ぶんや・約やく80の詳細しょうさい分野ぶんやからなり、対象たいしょうは学問がくもんではなく教育きょういくプログラムであるUNESCO Institute for Statistics, ISCED Fields of Education and Training 2013
    • 確かく科研費かけんひの審査しんさ区分くぶん表ひょうは11の大だい区分くぶん・65の中なか区分くぶん・306の小しょう区分くぶんからなり、平成へいせい30年度ねんど助成じょせいの審査しんさから旧きゅう「系けい・分野ぶんや・分科ぶんか・細目さいもく表ひょう」に代かえて適用てきようされた文部科学省もんぶかがくしょう・日本学術振興会にほんがくじゅつしんこうかい「審査しんさ区分くぶん表ひょう」
    • 確かく「審査しんさ区分くぶんは、科研費かけんひの審査しんさのための区分くぶんであり、学問がくもん分野ぶんやの体系化たいけいかを趣旨しゅしとしたものでも、大学だいがくの学科がっか・専攻せんこうや学会がっかいの分野ぶんやなどに基もとづくものでもなく、また固定化こていかされたものでもありません」文部科学省もんぶかがくしょう「審査しんさ区分くぶん表ひょうについて」および科学研究費補助金かがくけんきゅうひほじょきん審査しんさ部会ぶかい資料しりょう
    • 確かく中国ちゅうごくの学科がっか目録もくろくは学科がっか門もん類るい・一級いっきゅう学科がっかの階層かいそうを持もち、大学だいがくは授権じゅけんを得とくた一級いっきゅう学科がっかでしか学位がくいを授与じゅよできない国務こくむ院いん学位がくい委員会いいんかい・教育部きょういくぶ『研究生けんきゅうせい教育学科きょういくがっか専業せんぎょう目録もくろく(2022年ねん)』
    • 確かく中国ちゅうごくでは2021年ねん一いち月つきに第だい14の学科がっか門もん類るい「交叉こうさ学科がっか」が新設しんせつされ、集積回路しゅうせきかいろ科学かがくと工程こうてい・国家こっか安全学あんぜんがくが一級いっきゅう学科がっかとして置おかれた。2022年ねん版はん目録もくろくまでにこの門もん類るいの一級いっきゅう学科がっかは七ななつになった国務こくむ院いん学位がくい委員会いいんかい・教育部きょういくぶ通知つうち(2021年ねん1月いちがつ)、同どう『研究生けんきゅうせい教育学科きょういくがっか専業せんぎょう目録もくろく(2022年ねん)』
    • 確かく心理学しんりがくは中国ちゅうごくの学科がっか目録もくろくでは教育学きょういくがく門もん類るいの一級いっきゅう学科がっかであり、教育学きょういくがくと理学りがくのいずれの学位がくいも授与じゅよしうる『研究生けんきゅうせい教育学科きょういくがっか専業せんぎょう目録もくろく(2022年ねん)』
    • 確かく心理学しんりがくはISCED-Fでは広こう分野ぶんや「社会しゃかい科学かがく、ジャーナリズムおよび情報じょうほう」に、OECDのFOSでは社会しゃかい科学かがくの第一だいいち小しょう分野ぶんやに置おかれるISCED-F 2013、OECD FOS 2007
    • 確かくクラリベイトの引用いんよう索引さくいんでは心理学しんりがくの下位かい分類ぶんるいが自然科学しぜんかがく系けい索引さくいんと社会しゃかい科学かがく系けい索引さくいんに分わかれて収録しゅうろくされるWeb of Science の索引さくいん別べつカテゴリ構成こうせい
    • 確かく科研費かけんひの中なか区分くぶん10は「心理学しんりがくおよびその関連かんれん分野ぶんや」である科研費かけんひ審査しんさ区分くぶん表ひょう
    • 確かく米国べいこくのCIPは全米ぜんべい教育きょういく統計とうけいセンターが維持いじし、高等こうとう教育機関きょういくきかんの統一とういつ報告ほうこく制度せいどのために設計せっけいされた。現行げんこうの2020年ねん版はんは48の二に桁けた系列けいれつの下したに千せん数百すうひゃくの六桁ろっけた詳細しょうさいコードを持もつ(2010年ねん版はんは47系列けいれつ)NCES, Classification of Instructional Programs 2020
    • 確かく米国べいこくでは国土こくど安全あんぜん保障ほしょう省しょうがSTEM指定していしたCIPコードの課程かてい修了しゅうりょう者しゃに、卒業後そつぎょうごの就労許可しゅうろうきょかの延長えんちょうが認みとめられるDHS の STEM 指定してい CIP コード一覧いちらんおよび関連かんれん規則きそく
    • 確かくインパクトファクターは、当年とうねんに生しょうじた被ひ引用いんようのうち直前ちょくぜん2年間ねんかんの掲載けいさい論文ろんぶんに向むけられた総数そうすうを、同どう2年間ねんかんに掲載けいさいされた「引用いんよう可能かのう項目こうもく」の数かずで割わった値あたいであるClarivate, Journal Citation Reports の定義ていぎ
    • 確かくガーフィールドは1955年ねん『サイエンス』誌しに引用いんよう索引さくいんの構想こうそうを発表はっぴょうし、シャーとともに収録しゅうろく雑誌ざっし選定せんていの道具どうぐとしてインパクトファクターを考案こうあんした。『ジャーナル・サイテーション・リポーツ』の刊行かんこうは1975年ねんに始はじまるGarfield, *Science* 122(1955年ねん)、Garfield(1972年ねん)、JCR 刊行かんこう史し
    • 確かくインパクトファクターの分子ぶんしは全ぜん記事きじ種別しゅべつへの引用いんようを数かぞえるが、分母ぶんぼは「引用いんよう可能かのう項目こうもく」すなわち原著げんちょ論文ろんぶんと総説そうせつのみを数かぞえるClarivate, JCR の「citable items」の定義ていぎ
    • 確かく2023年ねんの版はんから、新興しんこう分野ぶんや索引さくいん(ESCI)の収録しゅうろく誌しにもインパクトファクターが付与ふよされ、値あたいを持もつ雑誌ざっしの集合しゅうごうが拡大かくだいしたClarivate の告知こくち(2022年ねん7月しちがつ)および JCR 2023
    • 確かくロックフェラー大学だいがく出版局しゅっぱんきょくの編集者へんしゅうしゃはインパクトファクターの元もとデータを購入こうにゅうして検算けんざんを試こころみ、公表こうひょう値ちを再現さいげんできず、記事きじ種別しゅべつの誤ご付与ふよを報告ほうこくしたRossner, Van Epps & Hill, *Journal of Cell Biology* 179(6)(2007年ねん)
    • 確かく上位じょうい15%の論文ろんぶんが被ひ引用いんようの約やく半分はんぶんを、上位じょうい50%が約やく9割きゅうわりを占しめるSeglen, *BMJ* 314(1997年ねん)。対象たいしょうは生化学せいかがく系けい3誌さんし
    • 確かく主要しゅよう11誌じゅういちしの被ひ引用いんよう分布ぶんぷでは、いずれの誌しでも掲載けいさい論文ろんぶんの65〜75%が自じ誌しのインパクトファクターを下回したまわったLarivière et al., "A simple proposal for the publication of journal citation distributions"(bioRxiv, 2016年ねん)
    • 確かくh指数しすうは「h本ほんの論文ろんぶんがそれぞれh回かい以上いじょう引用いんようされている最大さいだいのh」と定義ていぎされるHirsch, *PNAS* 102(46)(2005年ねん)
    • 確かく同どう1人物じんぶつのh指数しすうは、収録しゅうろく範囲はんいの異ことなるWeb of Science・Scopus・Google Scholarで別べつの値あたいになる三さん基盤きばんの収録しゅうろく範囲はんいの差さと、同一どういつ研究者けんきゅうしゃ集団しゅうだんを対象たいしょうとした複数ふくすうの比較ひかく研究けんきゅう
    • 確かくヒルシュは、自みずからの超伝導ちょうでんどう研究けんきゅうへの引用いんよう総和そうわが全ぜん被ひ引用いんようの1割いちわり未満みまんであると述のべ、h指数しすうが自分じぶんの分野ぶんやで高たかい達成たっせいを識別しきべつしないと結論けつろんしたHirsch, "Superconductivity, what the H? The emperor has no clothes"(2020年ねん)
    • 確かく史上しじょう最多さいたの被ひ引用いんようを集あつめた論文ろんぶんはタンパク質しつ定量ていりょう法ほうの記述きじゅつであり、2014年ねんの集計しゅうけいで30万さんじゅうまん件けんを超こえたLowry et al., *J. Biol. Chem.* 193(1951年ねん)、Van Noorden et al., "The top 100 papers", *Nature*(2014年ねん)
    • 確かくグッドハートは、統計的とうけいてき規則きそく性せいは制御せいぎょ目的もくてきの圧力あつりょくがかかると崩くずれると述のべたGoodhart(1975年ねん)。「尺度しゃくどが目標もくひょうになったとき、それは良よい尺度しゃくどではなくなる」という定式ていしきはストラザーンによる ── Strathern, "Improving ratings"(1997年ねん)
    • 確かくキャンベルは、量的りょうてき社会しゃかい指標しひょうが社会的しゃかいてき決定けっていに用もちいられるほど歪曲わいきょく圧力あつりょくを受うけ、対象たいしょうの過程かていを歪ゆがめると述のべたCampbell, "Assessing the Impact of Planned Social Change"(1976年ねん)
    • 確かく2020年ねんの『ジャーナル・サイテーション・リポーツ』では、異常いじょうな引用いんよう行動こうどうを理由りゆうに33誌さんじゅうさんし(収録しゅうろく誌しの約やく0.27%)が公表こうひょう対象たいしょうから外はずされたClarivate の suppression 方針ほうしんおよび同年どうねんの公表こうひょう
    • 確かく2015年ねんのATLAS・CMS共同きょうどうのヒッグス粒子りゅうし質量しつりょう測定そくてい論文ろんぶんは、全ぜん33頁さんじゅうさんページのうち24頁にじゅうよんページが著者ちょしゃ名めいと所属しょぞくの一覧いちらんである*Physical Review Letters* 114, 191803(2015年ねん)。著者ちょしゃ数すうはG1章いっしょうに記しるした
    • 確かくDORAは2012年ねん12月じゅうにがつにアメリカ細胞さいぼう生物学せいぶつがく会かい年会ねんかいで起草きそうされ、2013年ねん5月ごがつに公表こうひょうされた。18の勧告かんこくからなり、雑誌ざっし単位たんいの指標しひょうを個々ここの論文ろんぶんや個人こじんの評価ひょうか、採用さいよう・昇進しょうしん・研究費けんきゅうひの判断はんだんに用もちいないことを求もとめるSan Francisco Declaration on Research Assessment
    • 確かくライデン声明せいめいは2015年ねん4月しがつに『ネイチャー』誌しに10原則げんそくとして発表はっぴょうされ、第一だいいち原則げんそくで定量的ていりょうてき評価ひょうかは質的しつてきな専門家せんもんか判断はんだんを支援しえんすべきだと述のべるHicks, Wouters, Waltman, de Rijcke & Rafols, *Nature* 520(2015年ねん)
    • 確かく研究けんきゅう評価ひょうか改革かいかくの合意文書ごういぶんしょは2022年ねん7月しちがつにまとまり、同年どうねん9月末くがつまつに署名しょめいが開放かいほうされ、12月じゅうにがつにCoARAが発足ほっそくした。中核ちゅうかく的てき約束やくそくには、査読さどくによる質的しつてき判断はんだんを評価ひょうかの主軸しゅじくとすること、研究けんきゅう評価ひょうかに機関きかんランキングを用もちいないことが含ふくまれるAgreement on Reforming Research Assessment(2022年ねん)
    • 確かくARWUは2003年ねんに上海交通大学しゃんはいこうつうだいがくで開始かいしされ、指標しひょうの重おもみは卒業生そつぎょうせい賞しょう10・教員きょういん賞しょう20・高こう被ひ引用いんよう研究者けんきゅうしゃ20・『ネイチャー』『サイエンス』論文ろんぶん20・収録しゅうろく論文ろんぶん数すう二〇にれい・一人ひとりあたり成績せいせき10%である。対象たいしょうとなる賞しょうはノーベル賞しょう(物理学ぶつりがく・化学かがく・生理学せいりがく医学いがく・経済学けいざいがく)とフィールズ賞しょうに限かぎられ、人文じんぶん社会しゃかい科学かがくに特化とっかした機関きかんでは『ネイチャー』『サイエンス』指標しひょうの重おもみが他ほかへ振ふり替かえられるShanghaiRanking, ARWU Methodology
    • 確かくARWUの賞しょう指標しひょうは受賞じゅしょう年ねんが古ふるいほど計上けいじょうされる重おもみが割わり引びかれる同どう方法論ほうほうろんの年代別ねんだいべつ重おもみづけ表ひょう
    • 確かくQSは2024年ねん版はんより前まえは学術がくじゅつ評判ひょうばん40・雇用者こようしゃ評判ひょうばん10%で評判ひょうばん調査ちょうさが半分はんぶんを占しめ、2024年ねん版はんで学術がくじゅつ評判ひょうばん30・雇用者こようしゃ評判ひょうばん15%に改あらため、国際こくさい研究けんきゅうネットワーク・就業しゅうぎょう成果せいか・持続可能性じぞくかのうせいを各かく5%で加くわえたQS World University Rankings Methodology
    • 確かくQSの被ひ引用いんよう指標しひょうは教員きょういん数すうで除じょして算出さんしゅつされる同方法論(citations per faculty)
    • 推すいQSが2024年ねん版はんで被ひ引用いんよう指標しひょうを分野ぶんやごとに正規化せいきかしたことにより、分野ぶんや構成こうせいの偏かたよった大学だいがくの位置いちはその一事いちじだけで動うごいた方法論ほうほうろん変更へんこうの内容ないようと前後ぜんご版はんの順位じゅんいからの評価ひょうか。個別こべつ大学だいがくの変動へんどう幅はばの検証けんしょうは十分じゅうぶんではない
    • 確かくTHEは2024年ねん版はん(WUR 3.0)で教育きょういく29.5、研究けんきゅう環境かんきょう29、研究けんきゅうの質しつ30、国際こくさい性せい7.5、産業さんぎょう4%とし、指標しひょう数すうを18とした。それ以前いぜんは教育きょういく30・研究けんきゅう30・被ひ引用いんよう30・国際こくさい性せい7.5・産業さんぎょう収入しゅうにゅう2.5%であったTimes Higher Education, World University Rankings 2024 Methodology
    • 推すい主要しゅようランキングが順位じゅんいを付つけるのは表ひょうによって1000校こうから2000校こう余あまりであり、世界せかいの高等こうとう教育機関きょういくきかんはその10倍じゅうばいを超こえる数かずがあると推計すいけいされるARWU・QS・THE各版かくはんの掲載けいさい校こう数すうと、各国かっこく統計とうけいを積つみ上あげた世界せかいの高等こうとう教育機関きょういくきかん数すうの推計すいけいによる評価ひょうか。後者こうしゃは「高等こうとう教育機関きょういくきかん」の定義ていぎにより幅はばがある
    • 推すい同どう1年いちねんの同一どういつ大学だいがくが三さん表ひょうで大おおきく異ことなる位置いちに現あらわれる。パリ・サクレー大学だいがくはARWUで10位じゅうい台だい、QSとTHEでは60位ろくじゅういから80位はちじゅうい台だいに置おかれる各表かくひょうの2020年代ねんだい半なかばの版はんの突合とつごうによる評価ひょうか。順位じゅんいは版はんごとに変動へんどうする
    • 確かくロシアでは2012年ねん5月ごがつの大統領だいとうりょう令れいが、2020年ねんまでに世界せかいの上位じょうい100に五いつつのロシアの大学だいがくを入いれる目標もくひょうを定さだめ、21大学だいがくが選定せんていされたロシア連邦れんぽう大統領だいとうりょう令れい第だい599号ごう(2012年ねん)、Project 5-100
    • 推すい計画けいかくに参加さんかした21大学だいがくのうち、2020年ねん時点じてんで主要しゅようランキングの総合そうごう順位じゅんいで上位じょうい100に入はいったものはない各かくランキングの2020年ねん版はんの順位じゅんいと参加さんか校こう名簿めいぼの突合とつごうによる評価ひょうか。上位じょうい100に入はいったロシアの大学だいがくは計画外けいかくがいの機関きかんである
    • 確かくイェール大学だいがくロースクールは2022年ねん11月じゅういちがつに『USニューズ』ランキングへのデータ提供ていきょうを停止ていしし、他ほかの有力ゆうりょく校こうが続つづき、翌年よくねんには医学いがく大学院だいがくいんにも広ひろがった各校かくこうの声明せいめいおよび同時どうじ期きの報道ほうどう
    • 確かく中国人民大学ちゅうごくじんみんだいがく・南京大学なんきんだいがく・蘭州らんしゅう大学だいがくが2022年ねんに国際大学こくさいだいがくランキングから離脱りだつしたと報ほうじられた2022年ねん5月ごがつの中国ちゅうごく国内こくない報道ほうどうおよび国際こくさい報道ほうどう
    • 確かくユトレヒト大学だいがくは2023年ねんにTHEへのデータ提供ていきょうを停止ていしした同どう大学だいがくの公表こうひょうおよび同年どうねんの報道ほうどう
    • 確かくハッキングは、人間にんげんを対象たいしょうとする分類ぶんるいが対象たいしょうの自己じこ理解りかいと行動こうどうを変かえ、それが分類ぶんるいの内容ないようを変かえる循環じゅんかんを「ループ効果こうか」と呼よんだHacking, "Making Up People"(1986年ねん)、"The Looping Effects of Human Kinds"(1995年ねん)
    • 推すい学際がくさい性せいの高たかい申請しんせいほど採択さいたく率りつが低ひくく、関係かんけいは分野ぶんやを問とわず現あらわれる。対象たいしょうはオーストラリア研究会けんきゅうかい議ぎの基幹きかん助成じょせい計画けいかくへの5年間ねんかん・1万いちまん8476件けんの申請しんせいBromham, Dinnage & Hua, *Nature* 534(2016年ねん)。学際がくさい性せいの度合どあいは申請者しんせいしゃ自身じしんが付ふした研究けんきゅう分野ぶんや符号ふごうの散ちらばりから算出さんしゅつされており、測はかっているのは申告しんこくされた学際がくさい性せいである(測定そくていの限界げんかいの議論ぎろんはG4章よんしょう)。層そうごとの採択さいたく率りつの具体ぐたい値ちは原論げんろん文ぶんで確認かくにんできない
    • 確かくマーチは、組織そしきが探索たんさくと活用かつようのあいだで資源しげんを配分はいぶんせざるをえず、短期たんきの成績せいせきで調整ちょうせいされる組織そしきは探索たんさくを過小かしょうに選えらぶと論ろんじたMarch, "Exploration and Exploitation in Organizational Learning", *Organization Science* 2(1)(1991年ねん)
    • 確かく失敗しっぱいに寛容かんようで審査しんさ周期しゅうきの長ながい財団ざいだんの支援しえんを受うけた生命科学せいめいかがく者しゃは、3年さんねん周期しゅうきの公的こうてき助成じょせいを受うけた同等どうとうの研究者けんきゅうしゃに比くらべ高こう被ひ引用いんよう論文ろんぶんを多おおく生うみ、研究けんきゅうの方向ほうこうがより新奇しんきな領域りょういきへ移うつったAzoulay, Graff Zivin & Manso, *RAND Journal of Economics* 42(3)(2011年ねん)。対象たいしょうはハワード・ヒューズ医学いがく研究所けんきゅうしょとNIHの比較ひかく
    • 推すい査読さどくは既存きそんの分野ぶんやの枠わくに収おさまる申請しんせいを相対的そうたいてきに高たかく評価ひょうかする傾向けいこうを持もつ学際がくさい性せいと採択さいたく率りつの負ふの相関そうかん、新奇しんき性せいの認知にんちの遅おくれに関かんする研究けんきゅう群ぐんからの解釈かいしゃく。査読さどくそのものを直接ちょくせつに操作そうさした実験的じっけんてき検証けんしょうは限かぎられる
    • 確かく業績ぎょうせき一覧いちらんに代かえて貢献こうけんを記述きじゅつさせる履歴書りれきしょ様式ようしきが、2020年代ねんだい前半ぜんはんに複数国ふくすうこくの助成じょせい機関きかんで導入どうにゅうされた英国えいこく王立おうりつ協会きょうかい Résumé for Researchers、スイス国立こくりつ科学かがく財団ざいだんの標準ひょうじゅんCV様式ようしき(2022年ねん秋あき導入どうにゅう)、オランダの Recognition and Rewards 計画けいかく
    • 争そうインパクトファクターの分子ぶんし・分母ぶんぼの非対称ひたいしょうが個別こべつ誌しの値あたいをどれだけ押おし上あげているか誌しごとに大おおきく異ことなるとする推計すいけいが複数ふくすうあるが、記事きじ種別しゅべつの判定基準はんていきじゅんが公開こうかいされていないため、独立どくりつした再現さいげんは難むずかしい
    • 争そう順位じゅんい表ひょうが大学だいがくの行動こうどうをどれだけ変かえているか指標しひょうから逆算ぎゃくさんした施策しさくの存在そんざいは各校かくこうの公表こうひょう文書ぶんしょで確認かくにんできるが、順位じゅんいが原因げんいんか資源しげん配分はいぶんの変化へんかが原因げんいんかの識別しきべつは難むずかしく、因果いんがの強つよさの推定すいていは分わかれる
    • 争そうDORA・ライデン声明せいめい・CoARAに代表だいひょうされる指標しひょう改革かいかくの実効性じっこうせい署名しょめい数すうの増加ぞうかを根拠こんきょに転換てんかんが進すすんだとする見方みかたと、任用にんよう・昇進しょうしんの基準きじゅん文書ぶんしょがなお雑誌ざっし指標しひょうに依拠いきょしていることを根拠こんきょに表明ひょうめいにとどまるとする見方みかたが並立へいりつする(現場げんばの調査ちょうさはG7章ななしょう)
    • 推すいランキングに載のらない学問がくもん(教員きょういん養成ようせい、実務じつむ系けい教育きょういく、地域ちいき研究けんきゅう、現地げんち語ごの歴史れきし研究けんきゅうなど)が不利ふりになる各かくランキングの指標しひょう構成こうせいと、英語えいご引用いんよう索引さくいんの収録しゅうろく傾向けいこうからの解釈かいしゃく。個別こべつ分野ぶんやごとの定量的ていりょうてき検証けんしょうは十分じゅうぶんではない
    現げん四よん

    現在げんざい ── いま学問がくもんはどうなっているか

    学際がくさいの実像じつぞう(跨学科的实像 / Interdisciplinarity in Practice)

    三みっつの「際さい」

    分野ぶんやをまたぐ研究けんきゅうを指さす語ごは、日常にちじょうの用法ようほうではほとんど区別くべつされずに使つかわれる。だが実際じっさいに起おきていることは3通さんつうりに分わかれる。第一だいいちは、複数ふくすうの分野ぶんやが同おなじ問題もんだいに並ならんで取とり組くむが、それぞれの方法ほうほうと語彙ごいは保たもたれる場合ばあい。会議かいぎで地質学ちしつがく者しゃが話はなし、次つぎに経済学けいざいがく者しゃが話はなし、報告書ほうこくしょは二ふたつの章しょうに分わかれる。第だい二には、概念がいねんや方法ほうほうそのものが混まざり、どちらの分野ぶんやの道具どうぐとも言いえないものが生うまれる場合ばあい。第だい三さんは、大学だいがくの外そとにいる当事者とうじしゃ ── 行政ぎょうせい、企業きぎょう、患者かんじゃ、農民のうみん ── が問といの設定せっていそのものに加くわわる場合ばあいである。並置へいちか、統合とうごうか、学外がくがいを含ふくむか。この三みっつは連続れんぞくした程度ていどの差さではなく、別種べっしゅのことである。

    この区別くべつを国際的こくさいてきな文書ぶんしょとして最初さいしょに整理せいりしたのは、経済協力開発機構けいざいきょうりょくかいはつきこうの教育きょういく研究けんきゅう革新かくしんセンターが1970年ねん9月くがつにニース大学だいがくで開ひらいた会議かいぎと、その成果せいかとして1972年ねんに刊行かんこうされた報告書ほうこくしょである。多分野(多学科 / multidisciplinary)が「複数ふくすうの分野ぶんやの並置へいち」と定義ていぎされ、学際(跨学科 / interdisciplinary)は「着想ちゃくそうの単たんなる伝達でんたつから、組織化そしきか概念がいねん・方法論ほうほうろん・手続てつづき・認識論にんしきろん・術語じゅつご・データの相互そうご統合とうごうにいたるまで」の幅はばを持もつものとされ、超学際(超学科 / transdisciplinary)は「分野ぶんやごとの世界像せかいぞうの範囲はんいを超こえる、包括的ほうかつてきな総合そうごうによる共通きょうつうの公理系こうりけい」と定義ていぎされた。同おなじ報告書ほうこくしょには他ほかにも複数ふくすう分野ぶんや性せい・交差こうさ分野ぶんや性せい・メタ分野ぶんや性せいといった十じゅう近ちかい派生語はせいごが並ならんでおり、語ごの乱立らんりつは当初とうしょからの問題もんだいであった。

    語ご定義ていぎ起おきていること
    多分たぶん野の複数ふくすうの分野ぶんやの並置へいち会議かいぎで地質学ちしつがく者しゃが話はなし、次つぎに経済学けいざいがく者しゃが話はなし、報告書ほうこくしょは二ふたつの章しょうに分わかれる
    学際がくさい着想ちゃくそうの伝達でんたつから、組織化そしきか概念がいねん・方法論ほうほうろん・手続てつづき・認識論にんしきろん・術語じゅつご・データの相互そうご統合とうごうまで概念がいねんや方法ほうほうそのものが混まざり、どちらの分野ぶんやの道具どうぐとも言いえないものが生うまれる
    超ちょう学際がくさい分野ぶんやごとの世界像せかいぞうの範囲はんいを超こえる、包括的ほうかつてきな総合そうごうによる共通きょうつうの公理系こうりけい1990年代ねんだい以降いこうは逆ぎゃくの意味いみ ── 学問がくもんの外そとにいる当事者とうじしゃと共同きょうどうで問題もんだいを定義ていぎし解とく実践じっせん

    表ひょう11分野ぶんやをまたぐ三みっつの型かた ── 1972年ねんの報告書ほうこくしょの定義ていぎ

    並置か、統合か、学外を含むか ── 三つは程度の差ではなく別種のことである
    図ず 100並置へいちか、統合とうごうか、学外がくがいを含ふくむか ── 三みっつは程度ていどの差さではなく別種べっしゅのことである

    この語ごを誰だれが造つくったかについては、説せつが割われている。ニース会議かいぎではピアジェ、ヤンチュ、リシュネロヴィッチの3名さんめいの発表はっぴょうにほぼ同時どうじに現あらわれており、造語ぞうごをピアジェに帰きする説せつが有力ゆうりょくである一方いっぽう、教育きょういくと計画けいかくの文脈ぶんみゃくで展開てんかいしたのはヤンチュであった。注意ちゅういすべきは、超ちょう学際がくさいという語ごの意味いみがその後ご移動いどうしたことである。1972年ねんの定義ていぎが想定そうていしていたのは、諸しょ分野ぶんやの上うえに立たつ共通きょうつうの公理系こうりけいという上うえからの統合とうごうであった。1990年代ねんだい以降いこう、とくにドイツ語ご圏けんとスイスで用もちいられるようになった意味いみは逆ぎゃくで、学問がくもんの外そとにいる実務者じつむしゃや当事者とうじしゃと共同きょうどうで問題もんだいを定義ていぎし解とく実践じっせんを指さす。上うえからの統合とうごうと、外そとへの開放かいほう。同おなじ語ごが正反対せいはんたいに近ちかい二ふたつの構想こうそうを担になっている。文献ぶんけんでこの語ごに出会であったときは、どちらの系譜けいふの用法ようほうかを確たしかめないと議論ぎろんがすれ違ちがう。

    では実際じっさいの研究けんきゅうがこの三みっつのどこに位置いちするのかを、どう測はかるか。試こころみは大おおきく三さん系統けいとうある。第一だいいちは参考文献さんこうぶんけんの分散ぶんさんを見みる方法ほうほうで、ある論文ろんぶんが引用いんようした文献ぶんけんが何なに種類しゅるいの分野ぶんや区分くぶん(学科分类 / subject category)に散ちらばっているかを数かぞえる。第だい二には著者ちょしゃの所属しょぞくの多様性たようせいを見みる方法ほうほうで、共著者きょうちょしゃが何なに種類しゅるいの学部がくぶ・学科がっかに属ぞくするかを数かぞえる。第だい三さんはこれらを一ひとつの指標しひょうに圧縮あっしゅくする方法ほうほうである。よく使つかわれる Rao-Stirling 多様性たようせい指標しひょうは、多様性たようせいを三みっつの成分せいぶんに分わけて合成ごうせいする。いくつの区分くぶんにまたがるか(変異へんい性せい)、それらに均等きんとうに分布ぶんぷしているか(均衡きんこう性せい)、そして区分くぶんどうしがどれだけ離はなれているか(乖離かいり性せい)である。第だい三さんの成分せいぶんが入はいる点てんが重要じゅうようで、遠とおい分野ぶんやをつなぐ論文ろんぶんと近ちかい分野ぶんやをつなぐ論文ろんぶんを区別くべつできる。

    いくつにまたがるか、均等か、そして区分どうしがどれだけ離れているか
    図ず 101いくつにまたがるか、均等きんとうか、そして区分くぶんどうしがどれだけ離はなれているか

    この指標しひょうを時系列じけいれつに当あてはめた代表的だいひょうてきな研究けんきゅうが、六むっつの研究けんきゅう領域りょういきについて1975年ねんから2005年ねんまでを追おったものである。結果けっかは二に面めん的てきだった。一いち論文ろんぶんあたりの参考文献さんこうぶんけん数すうと、引用いんようされた分野ぶんや区分くぶんの種類しゅるい数すうはともに5割ごわりほど増ふえ、共著者きょうちょしゃ数すうは7割ななわり5分ごふんほど増ふえた。境界きょうかいを越こえる動うごきは明あきらかに増ふえている。ところが乖離かいり性せいを織おり込こんだ統合とうごう指標しひょう(integration score)の伸のびは、多おおくの領域りょういきで5%程度ていどにとどまった。地図ちずに描えがき出だしてみると理由りゆうがはっきりする。増ふえた引用いんようの大半たいはんが、自分じぶんの領域りょういきの隣接りんせつ地帯ちたいに向むかっていたのである。越境えっきょうは増ふえたが、越こえている距離きょりは短みじかい。

    より広ひろい母集団ぼしゅうだんでも似にた形かたちが出でる。3500万まん件けん規模きぼの論文ろんぶんを、掲載誌けいさいしをもとに14の大分類だいぶんるいと143の専門せんもんに割わり当あてた分析ぶんせきでは、分野ぶんや外がいへの引用いんようの比率ひりつは1970年代ねんだい半なかばまで下さがり続つづけ、その後ご上昇じょうしょうに転てんじている。上昇じょうしょうだけを取とり出だせば学際がくさいの進展しんてんの証拠しょうこになるが、その前まえに長ながい下降かこうがあったことも同おなじデータが示しめしている。20世紀にじっせいき半なかばの数十すうじゅう年ねんは、分野ぶんやが内側うちがわへ閉とじていく時期じきだったのである。専門せんもん分化ぶんかと越境えっきょうは交互こうごに強つよまるのであって、単調たんちょうな進歩しんぽの物語ものがたりには収おさまらない。しかも動うごきは分野ぶんやごとに異ことなり、全体ぜんたいの平均へいきんは個々ここの分野ぶんやの別々べつべつの動うごきを均ならした結果けっかにすぎない。

    ただし、ここまでの数字すうじはすべて「どの指標しひょうで測はかったか」に従属じゅうぞくする。学際がくさい性せいの測定そくてい指標しひょうを系統的けいとうてきに並ならべて相互そうごの一致いっち度どを検証けんしょうした研究けんきゅうは、同おなじ次元じげんを捉とらえるはずの指標しひょうどうしでさえ結果けっかが大おおきく食くい違ちがうことを示しめした。測定そくてい単位たんいの問題もんだいも大おおきい。分野ぶんや区分くぶんは掲載誌けいさいしに対たいして与あたえられることが多おおく、1誌いちしが複数ふくすうの区分くぶんに割わり当あてられることも珍めずらしくない。分野ぶんやをまたぐ論文ろんぶんを総合そうごう誌しに載のせれば、その論文ろんぶんには総合そうごう誌しの分類ぶんるいが着きせられる ── 越境えっきょうそのものが分類ぶんるいの操作そうさによって見みえなくなる。区分くぶんの粒度りゅうどが粗あらければ、実質的じっしつてきな越境えっきょうが同一どういつ区分くぶんの内側うちがわに埋うずもれる。逆ぎゃくに細こまかすぎれば、隣室りんしつへの移動いどうが越境えっきょうとして数かぞえられる。したがって「学際がくさい的てきな論文ろんぶんが増ふえている」という言明げんめいは、つねに特定とくていの指標しひょうについての言明げんめいであって、それ以上いじょうではない。

    越境えっきょうの見返みかえりと代償だいしょう

    異質いしつな知識ちしきの組くみ合あわせが何なにをもたらすかを、大規模だいきぼに測はかった研究けんきゅうがある。1790万まん件けんの論文ろんぶんについて、参考文献さんこうぶんけんに現あらわれる雑誌ざっしの対たいがどれだけ珍めずらしいかを、無作為むさくいに組くみ替かえた基準きじゅんと比くらべて評価ひょうかしたものである。結果けっかは単純たんじゅんな「新奇しんきさが良よい」ではなかった。最もっとも引用いんようされる論文ろんぶんは、圧倒的あっとうてきに定型ていけい的てきな組くみ合あわせを土台どだいとしながら、その裾すそに非ひ定型ていけいな組くみ合あわせ(atypical combination)を少数しょうすう抱かかえている型かただった。この型かたの論文ろんぶんは上位じょうい5%に入はいる確率かくりつがおよそ2倍にばいになる。また、非ひ定型ていけいな組くみ合あわせを持もち込こむ確率かくりつは、単独たんどく著者ちょしゃよりチームのほうが4割よんわり近ちかく高たかかった。

    越境えっきょうは、根ねを張はった上うえでなされるときに報むくわれる。

    定型を土台にして、その裾に非定型を少数抱える ── 最も引用される論文の型
    図ず 102定型ていけいを土台どだいにして、その裾すそに非ひ定型ていけいを少数しょうすう抱かかえる ── 最もっとも引用いんようされる論文ろんぶんの型かた

    ただし報むくわれるまでに時間じかんがかかる。参考文献さんこうぶんけんの珍めずらしい組くみ合あわせで新奇しんき性せいを定義ていぎした別べつの研究けんきゅうは、新奇しんきな論文ろんぶんが長ながい観測かんそく窓まどでは上位じょうい1%に入はいりやすい一方いっぽう、短みじかい窓まどでは不利ふりであり、インパクトファクター(影响因子 / impact factor)の低ひくい雑誌ざっしに載のりやすく、自分じぶんの分野ぶんやの外そとから引用いんようされやすいことを示しめした。同おなじ論文ろんぶんが、3年さんねんで評価ひょうかすれば凡庸ぼんように、15年じゅうごねんで評価ひょうかすれば傑出けっしゅつして見みえる。指標しひょうが悪わるいのではなく、指標しひょうが定さだめる時間じかんの窓まどが結論けつろんを決きめている。任期にんきや昇進しょうしんの審査しんさが数年すうねんの窓まどで回まわるかぎり、この時間差じかんさはそのまま制度せいど的てきな不利ふりになる。

    同じ論文が、3年で測れば凡庸に、15年で測れば傑出して見える
    図ず 103同おなじ論文ろんぶんが、3年さんねんで測はかれば凡庸ぼんように、15年じゅうごねんで測はかれば傑出けっしゅつして見みえる

    しかも、遠とおければ遠とおいほどよいわけでもない。Rao-Stirling の三さん成分せいぶんを分解ぶんかいして引用いんようへの効果こうかを推定すいていした研究けんきゅうは、変異へんい性せい ── いくつの分野ぶんやにまたがるか ── は引用いんようと正せいの関係かんけいにあるが、乖離かいり性せい ── どれだけ遠とおい分野ぶんやを混まぜるか ── は負ふの関係かんけいにあると報告ほうこくした。多様性たようせいと引用いんようの関係かんけいを逆ぎゃくU字じと見みる推定すいていも別べつに出でている。読よみ手ては、少すこし離はなれた分野ぶんやの混合こんごうは歓迎かんげいするが、あまりに異質いしつな混合こんごうには報むくいない。「遠とおい分野ぶんやを学まなべ」という助言じょげんは、どの成分せいぶんの話はなしかを指定していしなければ処方しょほうにならない。

    審査しんさでの不利ふりは、より直接的ちょくせつてきに測はかられている。オーストラリアの研究会けんきゅうかい議ぎの基幹きかん助成じょせいに5年ごねん連続れんぞくで提出ていしゅつされた1万いちまん8476件けんの申請しんせいを分析ぶんせきした研究けんきゅうは、申請書しんせいしょに付ふされた研究けんきゅう分野ぶんや符号ふごうの散ちらばりから学際がくさい性せいの度合どあいを算出さんしゅつし、それが採択さいたく率りつと一貫いっかんして負ふの相関そうかんを持もつこと、しかもその関係かんけいが分野ぶんやを問とわず現あらわれることを報告ほうこくした。ただしこの符号ふごうは申請者しんせいしゃ自身じしんが付つけるものであり、測はかっているのは実際じっさいの学際がくさい性せいというより「申請者しんせいしゃが申告しんこくした学際がくさい性せい」である。それでも、申告しんこくが不利ふりに働はたらくという事実じじつは残のこる。

    なぜ査読(同行评议 / peer review)が越境えっきょうに厳きびしくなるのかは、仕組しくみを見みれば説明せつめいがつく。審査しんさ区分くぶんは分野ぶんやごとに設もうけられ、審査員しんさいんはその区分くぶんの標準ひょうじゅんで読よむ。二ふたつの分野ぶんやの基準きじゅんを半分はんぶんずつ満みたす申請しんせいは、どちらの審査員しんさいんから見みても不十分ふじゅうぶんに見みえる。日本にほんの科学かがく研究費けんきゅうひ助成じょせい事業じぎょうが2018年ねん度どの公募こうぼから従来じゅうらいの細目さいもく表ひょうを廃はいし、粒度りゅうどの異ことなる三さん層そうの審査しんさ区分くぶん表ひょうに置おき換かえたのは、この構造こうぞうへの制度せいど的てきな応答おうとうであった。複数ふくすうの小しょう区分くぶんにまたがる提案ていあんを、より粗あらい区分くぶんの審査しんさに回まわせるようにする ── 箱はこそのものが障害しょうがいだという認識にんしきが、設計せっけいに反映はんえいされている。

    雑誌ざっしの壁かべも同種どうしゅのものである。分野ぶんや誌しの編集へんしゅう委員会いいんかいは自分じぶんの分野ぶんやの読者どくしゃに向むけて選別せんべつするから、二ふたつの分野ぶんやのどちらの読者どくしゃにも中なか心的しんてきでない論文ろんぶんは、質しつとは別べつの理由りゆうで落おちる。生産性せいさんせいへの影響えいきょうも測はかられている。研究けんきゅう拠点きょてんに所属しょぞくする約やく900名めいの研究者けんきゅうしゃと約やく3万さんまん2000件けんの論文ろんぶんを追跡ついせきした研究けんきゅうは、学際がくさい性せいが高たかいほど発表はっぴょう数すうが減へる一方いっぽう、被ひ引用いんようは増ふえるという二に重じゅうの効果こうかを報告ほうこくした。異い分野ぶんやの語彙ごいと方法ほうほうを習得しゅうとくする費用ひよう、共同きょうどう作業さぎょうの調整ちょうせい費用ひようが、そのまま産出量さんしゅつりょうを削けずる。目立めだつが、少すくない。

    若手わかてにとってこの構図こうずは特とくに厳きびしい。ここから先さきは解釈かいしゃくになるが、学位がくい取得しゅとくから独立どくりつ職しょくを得えるまでの期間きかんに必要ひつようなのは、短みじかい窓まどで見みえる業績ぎょうせきと、採用さいよう側がわの分野ぶんやが識別しきべつできる専門的せんもんてきな同一性どういつせいである。学際がくさい的てきな仕事しごとは、そのどちらも与あたえにくい。発表はっぴょう数すうは減へり、引用いんようは遅おくれて来きて、しかも「何なにを専門せんもんとする人ひとか」の説明せつめいに一文いちぶん余計よけいにかかる。長期的ちょうきてきな見返みかえりは、それを待まてる地位ちいを先さきに確保かくほした者ものにしか届とどかない。学際がくさいが「業績ぎょうせきを積つんでから取とり組くむもの」として語かたられがちなのは、この非対称ひたいしょうの帰結きけつであって、若手わかてに越境えっきょうの意欲いよくがないからではない。

    それでも越境えっきょうが要求ようきゅうされ続つづけるのは、問題もんだいの側がわが分野ぶんやに従したがって現あらわれないからである。感染症かんせんしょうの流行りゅうこうは、ウイルス学がくと疫学えきがくだけでは扱あつかえない ── 検査けんさ体制たいせいの統計とうけい設計せっけい、人々ひとびとの行動こうどう、輸送ゆそうと備蓄びちく、法的ほうてきな権限けんげん配分はいぶんが同時どうじに効きく。気候きこうは大気たいき物理ぶつりと経済けいざいと政治せいじの交点こうてんにしか存在そんざいしない。人工知能じんこうちのうの統治とうちは計算機科学けいさんきかがくと法学ほうがくと倫理学りんりがくのどれか一ひとつには属ぞくさない。貧困ひんこん研究けんきゅうでは、無作為化比較試験(随机对照试验 / randomized controlled trial)を用もちいた介入かいにゅう評価ひょうかが経済学けいざいがくに心理学しんりがく・教育学きょういくがく・公衆衛生こうしゅうえいせいの手法しゅほうを持もち込こみ、2019年ねんのノーベル経済学賞けいざいがくしょうの対象たいしょうになった。分野ぶんやは答こたえの分業ぶんぎょうであって、問といの分業ぶんぎょうではない。

    実際じっさいに統合とうごうが起おきた例れいと、起おきなかった例れい

    統合とうごうが現げんに起おきた最もっとも明瞭めいりょうな例れいは分子ぶんし生物学せいぶつがくである。「分子ぶんし生物学せいぶつがく」という語ごは1938年ねんにロックフェラー財団ざいだんのウォーレン・ウィーヴァーが用もちいたもので、財団ざいだんの資金しきんは物理学ぶつりがくと化学かがくの手法しゅほうを生物学せいぶつがくに向むける方向ほうこうへ意図的いとてきに配分はいぶんされた。物理学ぶつりがく者しゃマックス・デルブリュックは、遺伝子いでんし変異へんいを量子りょうし力学りきがく的てきな事象じしょうとして扱あつかう1935年ねんの共著きょうちょ論文ろんぶんを経へて生物学せいぶつがくに移うつり、1940年代ねんだいからファージ ── 細菌さいきんに感染かんせんするウイルス ── を材料ざいりょうとする研究けんきゅう群ぐんの中心ちゅうしんになった。1945年ねんにコールド・スプリング・ハーバーで始はじまったファージ実習じっしゅう講座こうざは、外来者がいらいしゃに共通きょうつうの材料ざいりょうと共通きょうつうの測定そくてい手続てつづきを教おしえた。

    この成功せいこうを可能かのうにしたのは、思想しそうの共有きょうゆうよりも操作そうさの共有きょうゆうだったと考かんがえるのが妥当だとうである。標準化ひょうじゅんかされた生物せいぶつと標準化ひょうじゅんかされた測はかり方ほうがあれば、物理学ぶつりがく者しゃは生物学せいぶつがく者しゃに転生てんしょうしなくても参加さんかできる。統合とうごうしたのは分野ぶんやそのものではなく作業さぎょう台だいであった。なお「物理ぶつり学者がくしゃが生物学せいぶつがくを救すくった」という筋書すじがきには留保りゅうほが要いる。シュレーディンガーの『生命せいめいとは何なにか』(1944年ねん)が若わかい研究者けんきゅうしゃを惹ひきつけたという話はなしはワトソン・クリック・ウィルキンズら当人とうにんの回想かいそうに依拠いきょしており、構造化こうぞうか学がくと生化学せいかがくの系譜けいふの寄与きよを過小かしょう評価ひょうかする物語ものがたりだという批判ひはんが続つづいている。

    認知にんち科学かがくの成立せいりつは、収束しゅうそくの年月日ねんがっぴまで語かたられる珍めずらしい例れいである。1956年ねん9月くがつにマサチューセッツ工科大学こうかだいがくで開ひらかれた情報じょうほう理論りろんの会合かいごうで、記憶きおく容量ようりょうの限界げんかいに関かんする心理学しんりがくの報告ほうこく、定理ていりを証明しょうめいする計算機けいさんきプログラムの実演じつえん、言語げんごの記述きじゅつモデルの論文ろんぶんが同おなじ日ひに並ならんだ。この日ひを誕生日たんじょうびとする語かたりは、参加者さんかしゃの1人ひとりが後年こうねんに書かいた回想かいそうに大おおきく依存いぞんしており、事後じごの構成こうせいという側面そくめんを含ふくむ。それでも、複数ふくすう分野ぶんやが同時どうじに同おなじ抽象ちゅうしょう ── 記号きごうを規則きそくで操作そうさする仕組しくみとしての心こころ ── に到達とうたつした点てんは、当時とうじの文献ぶんけんからも確認かくにんできる。

    この分野ぶんやには、統合とうごうの度合どあいを当事者とうじしゃが図示ずしした資料しりょうが残のこっている。1978年ねんにスローン財団ざいだんの委員会いいんかいがまとめた現状げんじょう報告ほうこくに付ふされた六ろく角形かくけいの図ずである。心理学しんりがく・言語学げんごがく・哲学てつがく・人類学じんるいがく・神経しんけい科学かがく・計算機科学けいさんきかがくを頂点ちょうてんに置おき、その間かんに11の学際がくさい的てきな結むすびつきを名前なまえつきで描えがいた。ただし線せんの描えがき分わけがある。確立かくりつした結むすびつきは実線じっせんで、まだ形成けいせい途上とじょうのもの ── 哲学てつがくと計算機科学けいさんきかがく、神経しんけい科学かがくと人類学じんるいがく ── は破線はせんで示しめされた。統合とうごうを宣言せんげんする図ずではなく、どの継つぎ目めが固かたまっていないかを記録きろくした図ずである。その後ごの展開てんかいも無関係むかんけいではない。人類学じんるいがくは中心ちゅうしんから離はなれ、神経しんけい科学かがくとの結むすびつきは認知にんち神経しんけい科学かがくとして最もっとも太ふとい線せんになった。

    バイオインフォマティクスは、別べつの型かたを示しめす。語ごそのものは分野ぶんやより古ふるく、1970年ねんにオランダ語ごの小誌しょうしに載のったホーヘウェフとヘスペルの短たん報ほうで「生体せいたい系けいにおける情報処理じょうほうしょり過程かていの研究けんきゅう」の意味いみで用もちいられた。現在げんざいの意味いみでの分野ぶんやが形かたちを取とるのは、配列はいれつデータが人手ひとでで扱あつかえる量りょうを超こえてからである。1980年代ねんだい前半ぜんはんに欧州おうしゅう分子ぶんし生物学せいぶつがく研究所けんきゅうしょのデータ集しゅうと GenBank が、1986年ねんに日本にほんの DNA データバンクが運用うんようを始はじめた。ここで統合とうごうを担になったのは、理論りろんでも制度せいどでもなく、双方そうほうが必要ひつようとしながら単独たんどくでは扱あつかえない一いち個この対象たいしょう ── 配列はいれつデータベース ── だったと見みるのが自然しぜんである。異ことなる分野ぶんやの者ものが、それぞれの目的もくてきで同おなじものを使つかい、その使用しようを通つうじて共通きょうつうの語彙ごいを作つくる。境界物(边界对象 / boundary object)と呼よばれてきた働はたらきである。

    気候きこう科学かがくは、統合とうごうの規模きぼが最もっとも大おおきい例れいである。大気たいきと海洋かいようを結合けつごうした数値すうちモデルは1960年代ねんだい末まつに現あらわれ、そこに炭素たんそ循環じゅんかん・植生しょくせい・氷床ひょうしょうが順次じゅんじ組くみ込こまれて地球ちきゅうシステムモデルになる。さらに経済けいざいモデルと結合けつごうした統合とうごう評価ひょうかモデルが政策せいさくの選択肢せんたくしを数値化すうちかする。1988年ねん設立せつりつの気候きこう変動へんどうに関かんする政府間せいふかんパネルは、物理的ぶつりてき基礎きそ・影響えいきょうと適応てきおう・緩和かんわという三みっつの作業さぎょう部会ぶかいに分わかれて評価ひょうか報告ほうこくを出だしてきた。ただし統合とうごうの度合どあいは一様いちようではない。物理系ぶつりけいの統合とうごうは深ふかいが、緩和かんわを扱あつかう部会ぶかいでは経済学けいざいがく以外いがいの社会しゃかい科学かがくの関与かんよが薄うすいという批判ひはんが繰くり返かえされており、旗艦きかんとされる事例じれいでさえ統合とうごうは部分的ぶぶんてきである。

    対照的たいしょうてきに、収束しゅうそくしない例れいもある。意識いしきの科学かがくがそれである。統合情報理論(整合信息论 / integrated information theory)とグローバル・ワークスペース理論(全局神经工作空间理论 / global neuronal workspace theory)の対立たいりつが決着けっちゃくしないまま長ながく続つづいたため、両りょう理論りろんの提唱ていしょう者しゃ自身じしんが反対はんたいの予測よそくを事前じぜんに登録とうろくし、第三者だいさんしゃの連合れんごうが実験じっけんを実施じっしするという敵対的てきたいてき協働きょうどう(adversarial collaboration)が組くまれた。2020年代ねんだい半なかばに公表こうひょうされた結果けっかは、どちらの理論りろんも無傷むきずでは通とおさなかった。手続てつづきの設計せっけいは成功せいこうしたが、収束しゅうそくはしなかった。さらに、一方いっぽうの理論りろんを科学かがくの資格しかくに欠かけるとする公開こうかいの批判ひはんも出でており、何なにを理論りろんとして数かぞえるかについてすら合意ごういがない。

    ナノテクノロジーは、名称めいしょうが先行せんこうした例れいである。米国べいこくで2000年ねんに国家こっか的てきな計画けいかくが始はじまり、資金しきんと語彙ごいが一挙いっきょに整備せいびされた。しかし2002年ねんから2003年ねんの600件けん超ちょうの論文ろんぶんの共著きょうちょ関係かんけいを分析ぶんせきした研究けんきゅうは、伝統的でんとうてきな分野ぶんやと比くらべて特徴的とくちょうてきな学際がくさい的てきパターンが見みられず、実態じったいはむしろ互たがいに接続せつぞくしていない単たん1分野ぶんやの集合しゅうごうだと報告ほうこくした。共通きょうつうするのは対象たいしょうの大おおきさの尺度しゃくどだけで、共通きょうつうの対象たいしょうも共通きょうつうの問といもなかった。ただし判定はんていには時期じきと専門せんもんの限定げんていが要いる。生体せいたいナノ科学かがくのような特定とくていの専門せんもんについて、後年こうねんより高たかい統合とうごうを報告ほうこくする研究けんきゅうもあるからである。

    自然科学しぜんかがくと社会しゃかい科学かがくの統合とうごうが難むずかしいのは、資金しきんや制度せいどの問題もんだいではなく、説明せつめいという語ごの意味いみが一致いっちしないからである。法則ほうそくによって出来事できごとを包摂ほうせつする説明せつめいと、行為こうい者しゃにとっての意味いみを理解りかいする解釈かいしゃくとは、目指めざすものが違ちがう。19世紀末せいきまつに法則ほうそく定立ていりつ的てきと個性こせい記述きじゅつ的てきという対たいで立たてられ、20世紀にじっせいき半なかばには二ふたつの文化ぶんかとして論ろんじられ、社会しゃかい生物学せいぶつがく論争ろんそうや科学かがく戦争せんそうとして噴出ふんしゅつした対立たいりつは、どれも同おなじ断層だんそうの露頭ろとうである。無知むちが原因げんいんなら教育きょういくで埋うまるが、何なにを答こたえとみなすかの不一致ふいっちは、場ばを作つくっただけでは埋うまらない。

    これらを並ならべると、成功せいこうと失敗しっぱいを分わけたものについて一ひとつの見立みたてが立たつ。共通きょうつうの問といだけでは足たりない。意識いしきの科学かがくには共通きょうつうの問といがあるが、双方そうほうが測定そくてい対象たいしょうとして認みとめる共通きょうつうの物ものがない。共通きょうつうの尺度しゃくどだけでも足たりない。ナノには尺度しゃくどがあったが対象たいしょうも問といもなかった。統合とうごうが起おきたのは、共通きょうつうの対象たいしょうと、それを扱あつかう共通きょうつうの操作そうさの両方りょうほうがあった場合ばあいである ── ファージと実習じっしゅう講座こうざ、配列はいれつデータベースと計算けいさん手法しゅほう、気候きこう系けいと結合けつごうモデル。共通きょうつうの操作そうさは、意味いみの一致いっちを必かならずしも必要ひつようとしない。もっとも、この見立みたて自体じたいが事後じごの語かたりである危険きけんを負おう。成功せいこうした事例じれいだけが詳くわしく語かたり継つがれ、同おなじ条件じょうけんで失敗しっぱいした試こころみは記録きろくに残のこらない。

    制度せいどが追おいつくとき

    制度せいどが学際がくさいに供給きょうきゅうするものは五いつつある。資金しきん、場所ばしょ、学位がくい、雑誌ざっし、そして職名しょくめいである。このうち最後さいごの二ふたつが決定的けっていてきである。雑誌ざっしがなければ書かいたものが届とどかず、職名しょくめいがなければ若手わかてが人生じんせいを賭かけられない。中心ちゅうしんを持もたない研究けんきゅうがどれほど有望ゆうぼうでも、それを本務ほんむとして名乗なのれる職しょくがなければ、担にない手ては副業ふくぎょうとしてしか関かかわれない。学際がくさいセンターや共同きょうどう学位がくいが繰くり返かえし設もうけられるのは、この二ふたつを人工的じんこうてきに用意よういするためである。裏返うらがえせば、資金しきんだけを増ふやしても学際がくさいは根ねづかない。3年さんねんで終おわる助成金じょせいきんが作つくれるのは共同研究きょうどうけんきゅうであって、職業しょくぎょうではないからである。

    資金しきんの枠組わくぐみは、2010年代ねんだい後半こうはんから明確めいかくに分野ぶんやではなく目標もくひょうを単位たんいに組くまれるようになった。米国べいこくの科学かがく財団ざいだんが2019年ねんに始はじめた収斂しゅうれん研究けんきゅう(convergence research)の加速かそく計画けいかくは、分野ぶんやの名なではなく主題しゅだいの系統けいとうと期限きげんを単位たんいに配分はいぶんする。欧州連合おうしゅうれんごうの枠組わくぐみ計画けいかくでは2021年ねん9月くがつに五いつつの使命しめい ── 気候きこう変動へんどうへの適応てきおう、がん、海洋かいようと水みず、気候きこう中立ちゅうりつ都市とし、土壌どじょう ── が発足ほっそくした。日本にほんのムーンショット型かた研究開発けんきゅうかいはつ制度せいどは2020年ねん1月いちがつに六むっつの目標もくひょうを決定けっていし、その後ご追加ついかされて十じゅうの目標もくひょうに及およんでいる。共通きょうつうするのは、配分はいぶんの単位たんいが「何なにを研究けんきゅうする分野ぶんやか」ではなく「何なにを達成たっせいするか」に置おき換かえられている点てんである。分野ぶんやをまたぐことが例外的れいがいてきな申請しんせいではなく、枠わくの前提ぜんていになる。

    雑誌ざっしと学会がっかいも、それぞれの分野ぶんやの成立せいりつとほぼ同時どうじに生うまれてきた。認知にんち科学かがくの専門せんもん誌しは1977年ねんに、学会がっかいは1979年ねんに発足ほっそくした。計算機けいさんきと生物学せいぶつがくの境界きょうかいの専門せんもん誌しは1985年ねんに創刊そうかんされ1998年ねんに改称かいしょうした。持続可能性じぞくかのうせい科学かがくの専門せんもん誌しは2006年ねん、気候きこう変動へんどうの専門せんもん誌しは2011年ねん、プラネタリーヘルスの専門せんもん誌しは2017年ねん、持続可能性じぞくかのうせいの総合そうごう誌しは2018年ねんに始はじまっている。専門せんもん誌しの創刊そうかんは、その領域りょういきが自前じまえの門番もんばんを持もつことを意味いみする。そしてここに逆説ぎゃくせつの芽めがある。門番もんばんを持もつとは、外そとを持もつということである。

    制度せいど化かされた学際がくさいは、新あたらしい分野ぶんやになる。教程きょうていができ、標準的ひょうじゅんてきな教科書きょうかしょができ、入学試験にゅうがくしけんの科目かもくになり、審査員しんさいんの母集団ぼしゅうだんができ、そして固有こゆうの境界きょうかいができる。生化学せいかがくはかつて化学かがくと生理学せいりがくの境界きょうかい地帯ちたいであり、地球ちきゅう物理学ぶつりがくも物理ぶつり化学かがくも社会しゃかい心理学しんりがくも生物せいぶつ統計学とうけいがくもそうだった。いまそれらは疑うたがいなく分野ぶんやである。学際がくさい性せいは新あたらしい分野ぶんやの前触まえぶれである、という定式化ていしきかがしばしば引ひかれるのはこのためである。さらに、分野ぶんやは内部ないぶで同おなじ種類しゅるいの分割ぶんかつを小ちいさな尺度しゃくどで反復はんぷくするという指摘してきもある。理論りろん派はと実証じっしょう派は、質的しつてきと量的りょうてき、基礎きそと応用おうようといった対立たいりつは、階層かいそうを下さげても同おなじ形かたちで現あらわれる。境界きょうかいは消きえるのではなく、位置いちを変かえて再生産さいせいさんされる。

    分類ぶんるい体系たいけいの側がわには、必かならず遅おくれが生しょうじる。研究開発けんきゅうかいはつ統計とうけいの国際こくさい標準ひょうじゅんとなっている分野ぶんや分類ぶんるいは、六むっつの大分類だいぶんるいと42の細分さいぶん類るいからなるが、そのいずれにも学際がくさいそのものを収おさめる区分くぶんはない。オーストラリア・ニュージーランドの標準ひょうじゅん研究けんきゅう分類ぶんるいは2008年ねん版はんから2020年ねん版はんへの改定かいていまで12年じゅうにねんを要ようし、その改定かいていで先住民せんじゅうみん研究けんきゅうや健康けんこう科学かがくの区分くぶんが新設しんせつされ、「技術ぎじゅつ」の区分くぶんは削除さくじょされた。区分くぶん表ひょうは遅おそい道具どうぐであって、速はやく動うごく対象たいしょうを測はかっている。ここに、測定そくていをめぐる留保りゅうほが戻もどってくる ── 分類ぶんるいを通とおして学際がくさい性せいを測はかるかぎり、測定値そくていちは分類ぶんるいの遅おくれをそのまま含ふくむ。新あたらしい越境えっきょうほど、既存きそんの区分くぶんでは「その他ほか」に落おちるからである。

    学際がくさいを収おさめる場所ばしょがないのは、この分類ぶんるいだけではない。教育きょういくプログラムの国際こくさい分類ぶんるいにも、雑誌ざっしの索引さくいんに用もちいられる分類ぶんるいにも、学際がくさいそのものを立たてた区分くぶんはない。学際がくさい的てきな領域りょういきは、いずれかの既存きそん区分くぶんに押おし込こまれるか、残余ざんよの項目こうもくに落おちる。他方たほう、分類ぶんるいの側がわを作つくり替かえて受うけ止とめる国くにもある。中国ちゅうごくは2021年ねん1月いちがつ、既存きそんのどの門もん類るいにも収おさまらない領域りょういきのために「交叉こうさ学科がっか」という14番目ばんめの学科がっか門もん類るいを設もうけた。学位がくいを出だせる課程かていの枠わくが行政ぎょうせいの目録もくろくによって決きまる制度せいどでは、門もん類るいの追加ついかは、その領域りょういきが学位がくい課程かていとして存在そんざいしうるようになったことを意味いみする。分類ぶんるいの遅おくれは宿命しゅくめいではないが、遅おくれを認みとめて枠わくを足たすという手順てじゅんを要ようする。

    分類ぶんるいの内側うちがわにも、越境えっきょうの痕跡こんせきは読よめる。公開こうかいされている区分くぶん表ひょうや索引さくいんの項目こうもく名めいを眺ながめると、二ふたつの分野ぶんやの名なを継ついだ項目こうもくが繰くり返かえし現あらわれる。計算けいさん化学かがく、計算けいさん言語学げんごがく、計算けいさん考古学こうこがく、計算けいさん神経しんけい科学かがく、そして計量経済学けいりょうけいざいがく、計量けいりょう書誌学しょしがく。どれも一方いっぽうの親おやが、計算けいさんや計量けいりょうという方法ほうほうの側がわにある。対たいして、対象たいしょうそのものを二ふたつの分野ぶんやで共有きょうゆうする項目こうもくは少すくない。芸術げいじゅつと環境かんきょう科学かがくにまたがる保存ほぞん科学かがく、哲学てつがくとイスラーム学がくにまたがるイスラーム哲学てつがく、薬学やくがくと伝統でんとう医学いがくにまたがる中なか薬学やくがく。こうした項目こうもくは数かずが少すくないだけでなく、分類ぶんるい体系たいけいがもっとも扱あつかいあぐねる場所ばしょに落おちる ── どちらか一方いっぽうに押おし込こめば、その項目こうもくを成立せいりつさせている二に重じゅう性せいが消きえてしまうからである。

    この偏かたよりは、計量けいりょうが示しめした結論けつろんと符合ふごうする。越境えっきょうの大半たいはんは、方法ほうほうが旅たびをすることで起おきていると読よめる。統計とうけいや計算けいさんという道具どうぐは、対象たいしょうを選えらばずに持もち運はこべるから、越こえる距離きょりを問とわずに接続せつぞくを作つくれる。対象たいしょうの側がわを共有きょうゆうする越境えっきょうは、そのつど相手方あいてがたの材料ざいりょうと作法さほうを丸まるごと引ひき受うけねばならず、数かずが少すくなく、しかも遠とおい。項目こうもく名めいの付つき方ほうそのものが、どちらの型かたの越境えっきょうなら制度せいどに受うけ入いれられやすいかを示しめしている。

    こうして見みると、学際がくさいは知識ちしきの例外的れいがいてきな状態じょうたいではない。現在げんざいの分野ぶんやの名なを並ならべれば、その多おおくはかつての越境えっきょうの跡あとである。物理ぶつり化学かがくも、生物せいぶつ統計学とうけいがくも、地球ちきゅう化学かがくも、社会しゃかい心理学しんりがくも、成立せいりつの時点じてんでは二ふたつの箱はこの隙間すきまに落おちる異物いぶつだった。分類ぶんるいが安定あんていして見みえるのは、越境えっきょうが終おわったからではなく、前回ぜんかいまでの越境えっきょうが名前なまえを与あたえられて箱はこになったからにすぎない。いま学際がくさいと呼よばれているものは、分類ぶんるいが現実げんじつに追おいつくまでの猶予期間ゆうよきかんにつけられた名前なまえである。その意味いみで、学際がくさいは知識ちしきの常態じょうたいであり、分野ぶんやの一覧いちらんのほうが、つねに一いち世代せだい前まえの地図ちずなのである。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 42 / 推すい 9 / 争そう 5

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かく分野ぶんやをまたぐ研究けんきゅうの類型るいけいを国際こくさい機関きかんの文書ぶんしょとして整理せいりした早はやい例れいは、OECD 教育きょういく研究けんきゅう革新かくしんセンター(CERI)がニース大学だいがくで1970年ねん9月くがつ7〜12日ひに開ひらいた会議かいぎの報告書ほうこくしょである*Interdisciplinarity: Problems of Teaching and Research in Universities*(OECD, 1972年ねん、Apostel, Berger, Briggs, Michaud 編へん)
    • 確かく同どう報告書ほうこくしょは multidisciplinary を「複数ふくすう分野ぶんやの並置へいち」、interdisciplinary を「着想ちゃくそうの伝達でんたつから組織化そしきか概念がいねん・方法論ほうほうろん・手続てつづき・認識論にんしきろん・術語じゅつご・データの相互そうご統合とうごうまで」、transdisciplinary を「分野ぶんやごとの世界像せかいぞうを超こえる包括的ほうかつてき総合そうごうによる共通きょうつうの公理系こうりけい」と定義ていぎした同上どうじょう(Berger による用語ようご解説かいせつ)
    • 確かく同どう報告書ほうこくしょには pluridisciplinary, cross-disciplinary, metadisciplinary など十じゅう近ちかい派生語はせいごが併存へいそんしていた同上どうじょう
    • 争そうtransdisciplinarity の語ごの初出しょしゅつ1970年ねんのニース会議かいぎにおいて、ピアジェ、ヤンチュ、リシュネロヴィッチの発表はっぴょうにほぼ同時どうじに現あらわれる。造語ぞうごをピアジェに帰きする説せつが有力ゆうりょくだが、この語ごを教育きょういくと計画けいかくの文脈ぶんみゃくで展開てんかいしたのはヤンチュであり、帰属きぞくは一致いっちしていない ── OECD, *Interdisciplinarity*(1972年ねん)所収しょしゅうの各論かくろん考こう
    • 争そう超ちょう学際がくさいの意味いみ1972年ねんの「上位じょういの公理系こうりけいによる統合とうごう」と、1990年代ねんだい以降いこうのドイツ語ご圏けん・スイスを中心ちゅうしんとする「学外がくがいの当事者とうじしゃを含ふくむ問題解決もんだいかいけつ」とで用法ようほうが異ことなり、文献ぶんけんごとに系譜けいふの確認かくにんが要いる
    • 確かくRao-Stirling 多様性たようせい指標しひょうは多様性たようせいを変異へんい性せい・均衡きんこう性せい・乖離かいり性せいの三さん成分せいぶんで構成こうせいするA. Stirling, "A general framework for analysing diversity in science, technology and society", *Journal of the Royal Society Interface*(2007年ねん)
    • 確かく六ろく研究けんきゅう領域りょういきを1975〜2005年としで追おった分析ぶんせきでは、引用いんようされた分野ぶんや区分くぶんの種類しゅるい数すうと参考文献さんこうぶんけん数すうがともに約やく5割ごわり、共著者きょうちょしゃ数すうが約やく75%増加ぞうかした一方いっぽう、統合とうごう指標しひょうの伸のびは多おおくの領域りょういきで約やく5%にとどまったPorter & Rafols, *Scientometrics* 81(3): 719-745(2009年ねん)
    • 確かく同どう分析ぶんせきは、統合とうごう指標しひょうが伸のびない理由りゆうを、増ふえた引用いんようが隣接りんせつ分野ぶんやに向むかっているためと説明せつめいした同上どうじょう(科学かがく地図ちずによる可視化かしか)
    • 確かく掲載誌けいさいしをもとに3500万まん件けん超ちょうの論文ろんぶんを14の大分類だいぶんるいと143の専門せんもんに割わり当あてた分析ぶんせきでは、分野ぶんや外がいへの引用いんよう比率ひりつは1970年代ねんだい半なかばまで低下ていかし、その後ご上昇じょうしょうに転てんじたR. Van Noorden, "Interdisciplinary research by the numbers", *Nature* 525: 306-307(2015年ねん)
    • 確かく学際がくさい性せいの測定そくてい指標しひょうは相互そうごに一致いっちせず、同おなじ次元じげんを捉とらえるはずの指標間しひょうかんでも結果けっかが大おおきく食くい違ちがうQ. Wang & J. W. Schneider, "Consistency and validity of interdisciplinarity measures", *Quantitative Science Studies* 1(1): 239-263(2020年ねん)
    • 推すい「学際がくさい的てき研究けんきゅうが増ふえている」という言明げんめいは、採用さいようした指標しひょう・分野ぶんや区分くぶんの粒度りゅうど・測定そくてい単位たんいに従属じゅうぞくする上記じょうき Porter & Rafols と Wang & Schneider の結果けっかからの解釈かいしゃく
    • 確かく1790万まん件けんの論文ろんぶんを対象たいしょうに参考文献さんこうぶんけん中ちゅうの雑誌ざっし対たいの非ひ定型ていけい性せいを無作為むさくい基準きじゅんと比較ひかくした分析ぶんせきでは、最高さいこう被ひ引用いんようの論文ろんぶんは定型ていけい的てき組くみ合あわせを主体しゅたいとしつつ非ひ定型ていけいな組くみ合あわせを少数しょうすう含ふくむ型かたであり、この型かたは上位じょうい5%に入はいる確率かくりつが約やく2倍にばいだったUzzi, Mukherjee, Stringer & Jones, *Science* 342(6157): 468-472(2013年ねん)
    • 確かく同どう分析ぶんせきでは、非ひ定型ていけいな組くみ合あわせを持もち込こむ確率かくりつは単独たんどく著者ちょしゃよりチームのほうが37.7%高たかかった同上どうじょう
    • 確かく新奇しんきな組くみ合あわせを含ふくむ論文ろんぶんは、長期ちょうきの観測かんそく窓まどでは上位じょうい1%に入はいりやすい一方いっぽうで認知にんちが遅おくれ、インパクトファクターの低ひくい雑誌ざっしに掲載けいさいされやすく、自分じぶんの分野ぶんやの外そとから引用いんようされやすいJ. Wang, R. Veugelers & P. Stephan, "Bias against novelty in science", *Research Policy* 46(8): 1416-1436(2017年ねん)
    • 確かく多様性たようせいを成分せいぶん分解ぶんかいすると、変異へんい性せいは被ひ引用いんようと正せい、乖離かいり性せい(遠とおい分野ぶんやの混合こんごう)は負ふの関係かんけいを示しめすYegros-Yegros, Rafols & D'Este, *PLOS ONE* 10(8): e0135095(2015年ねん)
    • 確かく学際がくさい性せいと被ひ引用いんようの関係かんけいを逆ぎゃくU字じ(中なか程度ていどで最大さいだい)と推定すいていした研究けんきゅうがあるLarivière & Gingras, *JASIST* 61(1)(2010年ねん)
    • 確かくオーストラリア研究会けんきゅうかい議ぎの基幹きかん助成じょせいに5年ごねん連続れんぞくで提出ていしゅつされた1万いちまん8476件けんの申請しんせいの分析ぶんせきでは、研究けんきゅう分野ぶんや符号ふごうから算出さんしゅつした学際がくさい性せいの度合どあいが採択さいたく率りつと一貫いっかんして負ふの相関そうかんを示しめし、この関係かんけいは分野ぶんやを問とわず現あらわれたBromham, Dinnage & Hua, *Nature* 534(7609): 684-687(2016年ねん)
    • 推すい上記じょうきの分析ぶんせきが測はかっているのは、申請者しんせいしゃが自みずから付ふした符号ふごうによる「申告しんこくされた学際がくさい性せい」であり、研究けんきゅう内容ないようの学際がくさい性せいと完全かんぜんには一致いっちしない同どう研究けんきゅうの測定そくてい手続てつづきからの限定げんてい
    • 確かく日本にほんの科学かがく研究費けんきゅうひ助成じょせい事業じぎょうは2018年ねん度ど公募こうぼから従来じゅうらいの細目さいもく表ひょうを廃はいし、粒度りゅうどの異ことなる三さん層そうからなる審査しんさ区分くぶん表ひょうに移行いこうした文部科学省もんぶかがくしょう「科研費かけんひ審査しんさシステム改革かいかく2018」および「審査しんさ区分くぶん表ひょう」
    • 確かく研究けんきゅう拠点きょてん所属しょぞくの約やく900名めいの研究者けんきゅうしゃと約やく3万さんまん2000件けんの論文ろんぶんを追跡ついせきした分析ぶんせきでは、学際がくさい性せいは発表はっぴょう数すうを減へらす一方いっぽうで被ひ引用いんようを増ふやしたLeahey, Beckman & Stanko, *Administrative Science Quarterly* 62(1): 105-139(2017年ねん)
    • 推すい若手わかてが学際がくさいに踏ふみ出だす不利ふりは、短みじかい評価ひょうか窓まどと分野ぶんやに紐ひもづく採用さいよう慣行かんこうの組くみ合あわせから生しょうじる上記じょうきの遅延ちえん認知にんち・生産性せいさんせい低下ていか・採択さいたく率りつ低下ていかの各かく知見ちけんを、キャリア段階だんかいに当あてはめた解釈かいしゃく
    • 確かく開発かいはつ経済学けいざいがくにおける無作為むさくい化か比較ひかく試験しけんを用もちいた貧困ひんこん研究けんきゅうに2019年ねんのノーベル経済学賞けいざいがくしょうが与あたえられたスウェーデン国立こくりつ銀行ぎんこう賞しょう(2019年ねん、バナジー・デュフロ・クレマー)
    • 確かく「分子ぶんし生物学せいぶつがく」の語ごは1938年ねんにロックフェラー財団ざいだんのウォーレン・ウィーヴァーが用もちい、同どう財団ざいだんは物理学ぶつりがく・化学かがくの手法しゅほうを生物学せいぶつがくへ向むける方向ほうこうに資金しきんを配分はいぶんした同どう財団ざいだん年次ねんじ報告ほうこく(1938年ねん)および関連かんれん科学史かがくし研究けんきゅう
    • 確かく遺伝子いでんし変異へんいを量子りょうし力学りきがく的てき事象じしょうとして扱あつかう1935年ねんの共著きょうちょ論文ろんぶんがデルブリュックの生物学せいぶつがく転向てんこうの起点きてんとなったTimoféeff-Ressovsky, Zimmer & Delbrück(1935年ねん、いわゆる3人さんにん論文ろんぶん)
    • 確かくコールド・スプリング・ハーバーのファージ実習じっしゅう講座こうざは1945年ねんに始はじまり、外部がいぶからの参入さんにゅう者しゃに共通きょうつうの材料ざいりょうと測定そくてい手続てつづきを教おしえた同どう研究所けんきゅうしょの講座こうざ記録きろく
    • 争そうシュレーディンガー『生命せいめいとは何なにか』(1944年ねん)が分子ぶんし生物学せいぶつがくの成立せいりつに果はたした役割やくわりワトソン・クリック・ウィルキンズらの回想かいそうが主おもな根拠こんきょであり、構造化こうぞうか学がく・生化学せいかがくの系譜けいふの寄与きよを過小かしょう評価ひょうかする事後じご的てきな物語ものがたりだという批判ひはんが科学史かがくし側がわにある
    • 確かく1956年ねん9月くがつにマサチューセッツ工科大学こうかだいがくで開ひらかれた情報じょうほう理論りろんの会合かいごうで、記憶きおく容量ようりょうに関かんする心理学しんりがく報告ほうこく、定理ていり証明しょうめいプログラムの実演じつえん、言語げんご記述きじゅつモデルの言語学げんごがく論文ろんぶんが同時どうじに提示ていじされた同会合どうかいごうの記録きろくおよびミラーによる回想かいそう(*Trends in Cognitive Sciences* 7(3), 2003年ねん)
    • 推すいこの会合かいごうを認知にんち科学かがくの誕生たんじょうとする語かたりは参加者さんかしゃの後年こうねんの回想かいそうに依拠いきょしており、事後じごの構成こうせいという側面そくめんを含ふくむ上記じょうき回想かいそうの性格せいかくからの判断はんだん
    • 確かく1978年ねんのスローン財団ざいだん委員会いいんかいの現状げんじょう報告ほうこくに付ふされた六ろく角形かくけい図ずは、6分野ぶんやを頂点ちょうてんとして11の学際がくさい的てき結合けつごうを名指なざしし、確立かくりつしたものを実線じっせん、形成けいせい途上とじょうのもの(哲学てつがくと計算機科学けいさんきかがく、神経しんけい科学かがくと人類学じんるいがく)を破線はせんで描えがき分わけたSloan Foundation, *Cognitive Science 1978*(State of the Art Report)
    • 確かく専門せんもん誌し *Cognitive Science* は1977年ねんに創刊そうかんされ、Cognitive Science Society は1979年ねんに発足ほっそくした同誌どうしおよび同どう学会がっかいの記録きろく
    • 確かく学際がくさい領域りょういきの専門せんもん誌しの創刊そうかん年ねんは、*Sustainability Science* が2006年ねん、*Nature Climate Change* が2011年ねん、*The Lancet Planetary Health* が2017年ねん、*Nature Sustainability* が2018年ねんである各誌かくしの創刊号そうかんごう
    • 確かくbioinformatics の語ごは1970年ねんにホーヘウェフとヘスペルがオランダ語ごで「生体せいたい系けいにおける情報処理じょうほうしょり過程かていの研究けんきゅう」の意味いみで導入どうにゅうしたB. Hesper & P. Hogeweg, "Bioinformatica: een werkconcept", *Kameleon* 1(6)(1970年ねん)/P. Hogeweg, *PLOS Computational Biology*(2011年ねん)
    • 確かく配列はいれつデータ基盤きばんは1980年代ねんだい前半ぜんはんの EMBL データ集しゅうと GenBank(1982年ねん)、DDBJ(1986年ねん)、NCBI(1988年ねん設立せつりつ)として整備せいびされ、1985年ねん創刊そうかんの専門せんもん誌しは1998年ねんに *Bioinformatics* に改称かいしょうした各かく機関きかんおよび同誌どうしの沿革えんかく
    • 確かく異い分野ぶんやの当事者とうじしゃが同一どういつの対象たいしょうを各自かくじの目的もくてきで用もちいることで協働きょうどうが成立せいりつする働はたらきは「境界物きょうかいぶつ」として概念化がいねんかされたStar & Griesemer, *Social Studies of Science* 19(3)(1989年ねん)
    • 推すいバイオインフォマティクスの成立せいりつを可能かのうにしたのは、共有きょうゆうされた配列はいれつデータベースという対象たいしょうであるデータ基盤きばんの整備せいび時期じきと分野ぶんや形成けいせいの時期じきの一致いっちからの解釈かいしゃく。計算けいさん資源しげんの低廉ていれん化かや資金しきん政策せいさくといった他ほかの要因よういんを排除はいじょできていない
    • 確かく気候きこう変動へんどうに関かんする政府間せいふかんパネルは1988年ねんに世界せかい気象きしょう機関きかんと国連こくれん環境かんきょう計画けいかくのもとに設置せっちされ、物理的ぶつりてき基礎きそ・影響えいきょうと適応てきおう・緩和かんわの三さん作業さぎょう部会ぶかい構成こうせいをとるIPCC 設立せつりつ経緯けいいおよび各次かくじ評価ひょうか報告書ほうこくしょ
    • 確かく大気たいき海洋かいよう結合けつごうモデルは1960年代ねんだい末まつに実現じつげんし、以後いご炭素たんそ循環じゅんかん・植生しょくせい・氷床ひょうしょうを組くみ込こんだ地球ちきゅうシステムモデルへ拡張かくちょうされたManabe & Bryan(1969年ねん)以降いこうのモデル発達はったつ史し
    • 争そうIPCC の統合とうごうの度合どあい物理系ぶつりけいの統合とうごうに対たいし、緩和かんわを扱あつかう部会ぶかいでは経済学けいざいがく以外いがいの社会しゃかい科学かがくの関与かんよが薄うすいという批判ひはんが繰くり返かえされており、評価ひょうかは分わかれる
    • 確かく意識いしきの二に理論りろんについて提唱ていしょう者しゃが事前じぜんに反対はんたい予測よそくを登録とうろくし第三者だいさんしゃ連合れんごうが検証けんしょうする敵対的てきたいてき協働きょうどうが実施じっしされ、参加者さんかしゃ256名めいに対たいし fMRI・脳磁のうじ図ず・頭蓋ずがい内ない脳波のうはを用もちいた結果けっかが2020年代ねんだい半なかばに公表こうひょうされたCogitate Consortium, *Nature*(2025年ねん)
    • 確かくその結果けっか、統合とうごう情報じょうほう理論りろんが予測よそくした持続的じぞくてき同期どうきは確認かくにんされず、グローバル・ワークスペース理論りろんが予測よそくした前頭ぜんとう前野まえのの関与かんよも予測よそくどおりには現あらわれなかった(一方いっぽうで意識いしきの内容ないようが後方こうほう皮質ひしつに表現ひょうげんされる点てんは支持しじされた)同上どうじょう
    • 争そう統合とうごう情報じょうほう理論りろんの科学かがくとしての資格しかく2020年代ねんだい前半ぜんはんに多数たすうの研究者けんきゅうしゃによる公開こうかいの批判ひはんが出だされ、何なにを理論りろんとして数かぞえるかについて合意ごういがない
    • 確かく2002〜2003年としのナノ科学かがく・ナノテクノロジー論文ろんぶん600件けん超ちょうの共著きょうちょ関係かんけいの分析ぶんせきは、伝統的でんとうてき分野ぶんやに比ひして特徴的とくちょうてきな学際がくさい的てきパターンを見出みいださず、実態じったいを互たがいに接続せつぞくしない単たん1分野ぶんやの集合しゅうごうと結論けつろんしたJ. Schummer, *Scientometrics* 59(3): 425-465(2004年ねん)
    • 推すいナノの学際がくさい性せいについての判定はんていは時期じきと専門せんもんに依存いぞんする生体せいたいナノ科学かがくなど特定とくてい専門せんもんでより高たかい統合とうごうを報告ほうこくする後年こうねんの研究けんきゅうがあるため
    • 確かく米国べいこくの国家こっかナノテクノロジー計画けいかくは2000年ねんに開始かいしされたNational Nanotechnology Initiative
    • 確かく法則ほうそく定立ていりつ的てきと個性こせい記述きじゅつ的てきの対たいはヴィンデルバントの1894年ねんの講演こうえんに由来ゆらいし、自然科学しぜんかがくと人文学じんぶんがくの方法ほうほう的てき断絶だんぜつをめぐる論争ろんそうの系譜けいふをなすW. Windelband「歴史れきしと自然科学しぜんかがく」(1894年ねん、ストラスブール大学だいがく総長そうちょう就任しゅうにん講演こうえん)
    • 推すい統合とうごうが起おきたのは共通きょうつうの対象たいしょうと共通きょうつうの操作そうさの双方そうほうが存在そんざいした場合ばあいであり、共通きょうつうの問といのみ、または共通きょうつうの尺度しゃくどのみでは足たりなかった分子ぶんし生物学せいぶつがく・バイオインフォマティクス・気候きこう科学かがくと、意識いしき研究けんきゅう・ナノテクノロジーの対比たいひからの解釈かいしゃく。成功せいこう例れいのみが詳細しょうさいに語かたり継つがれる選択せんたくの偏かたよりを含ふくむ
    • 確かく米国べいこく科学かがく財団ざいだんは2019年ねんに収斂しゅうれん研究けんきゅうの加速かそく計画けいかくを開始かいしし、分野ぶんやではなく主題しゅだい系統けいとうと期限きげんを単位たんいに配分はいぶんしているNSF Convergence Accelerator
    • 確かく欧州連合おうしゅうれんごうの枠組わくぐみ計画けいかくでは2021年ねん9月くがつに五いつつの使命しめい(気候きこう変動へんどうへの適応てきおう、がん、海洋かいようと水みず、気候きこう中立ちゅうりつ都市とし、土壌どじょう)が発足ほっそくしたEU Missions in Horizon Europe
    • 確かく日本にほんのムーンショット型かた研究開発けんきゅうかいはつ制度せいどは2020年ねん1月いちがつに目標もくひょう一いち〜六ろくを決定けっていし、その後ご追加ついかされて計けい10の目標もくひょうに至いたった内閣府ないかくふ総合そうごう科学技術かがくぎじゅつ・イノベーション会議かいぎの決定けってい
    • 確かく研究開発けんきゅうかいはつ統計とうけいの国際こくさい標準ひょうじゅんとなっている分野ぶんや分類ぶんるいは六むっつの大分類だいぶんるいと42の細分さいぶん類るいからなり、学際がくさいそのものを収おさめる区分くぶんを持もたないOECD *Frascati Manual 2015*(FORD 分類ぶんるい)
    • 確かくオーストラリア・ニュージーランドの標準ひょうじゅん研究けんきゅう分類ぶんるいは2008年ねん版はんから2020年ねん版はんへの改定かいていに12年じゅうにねんを要ようし、先住民せんじゅうみん研究けんきゅうおよび健康けんこう科学かがくの区分くぶんが新設しんせつされ「技術ぎじゅつ」区分くぶんが削除さくじょされたANZSRC 2020(2020年ねん6月ろくがつ30日さんじゅうにち公表こうひょう)
    • 確かく学際がくさい性せいは新あたらしい分野ぶんやの前触まえぶれであるという定式化ていしきか、および分野ぶんやが内部ないぶで同型どうけいの分割ぶんかつを反復はんぷくするという指摘してきが制度せいど論ろんから提出ていしゅつされているWeingart & Stehr 編へん *Practising Interdisciplinarity*(2000年ねん)/A. Abbott, *Chaos of Disciplines*(2001年ねん)
    • 確かく教育きょういくプログラムの国際こくさい分類ぶんるい(ISCED-F 2013)にも、雑誌ざっしの索引さくいんに用もちいられる分野ぶんや分類ぶんるいにも、学際がくさいそのものを立たてた区分くぶんはないUNESCO Institute for Statistics, ISCED Fields of Education and Training 2013/Scopus の分野ぶんや分類ぶんるい(ASJC)の区分くぶん一覧いちらん
    • 確かく中国ちゅうごくは2021年ねん1月いちがつ、既存きそんのどの門もん類るいにも収おさまらない領域りょういきのために「交叉こうさ学科がっか」を14番目ばんめの学科がっか門もん類るいとして新設しんせつした国務こくむ院いん学位がくい委員会いいんかい・教育部きょういくぶ「学位がくい授与じゅよおよび人材育成じんざいいくせい学科がっか目録もくろく」の設置せっち(2021年ねん)
    • 推すい分野ぶんやの名なを二ふたつ継ついだ項目こうもくは「計算けいさんX」「計量けいりょうX」型かたに偏かたよっており、多重たじゅう帰属きぞくの多おおくは対象たいしょうの共有きょうゆうではなく方法ほうほうの可搬性かはんせいによって生しょうじている公開こうかいされている区分くぶん表ひょう・索引さくいんの項目こうもく名めい(計算けいさん化学かがく・計算けいさん言語学げんごがく・計算けいさん考古学こうこがく・計算けいさん神経しんけい科学かがく・計量経済学けいりょうけいざいがく・計量けいりょう書誌学しょしがくなど)からの解釈かいしゃくであり、体系たいけいごとに項目こうもくの粒度りゅうどが異ことなるため件数けんすうの比較ひかくはできない
    • 推すい現在げんざいの分野ぶんやの多おおくはかつての越境えっきょうが名前なまえを得とくて制度せいど化かしたものであり、学際がくさいは分類ぶんるいが現実げんじつに追おいつくまでの過渡的かとてきな呼称こしょうである生化学せいかがく・地球ちきゅう物理学ぶつりがく・物理ぶつり化学かがく・社会しゃかい心理学しんりがく・生物せいぶつ統計学とうけいがくの成立せいりつ過程かていからの一般化いっぱんか
    現げん五ご

    現在げんざい ── いま学問がくもんはどうなっているか

    知しることの限界げんかい(认识的界限 / The Limits of Knowing)

    形式けいしきの限界げんかい

    知ることの限界 ── 四つの壁形式の壁証明できないことがあるゲーデルの不完全性/決定不能性公理系の内側では決着しない計算の壁原理的には解けても、時間が足りない指数時間/NP完全宇宙の年齢を超える計算がある予測の壁式が分かっていても、先が読めないカオス/初期値鋭敏性初期値の誤差が指数で拡大する観測の壁見ようとしても、届かない不確定性関係/宇宙論的地平線状態の性質であり、装置の限界ではない限界を知ることは、知をあきらめることではない ── どこに壁があるかが分かってはじめて、どこを掘るかが決められる。
    図ず 104努力どりょくや技術ぎじゅつでは越こえられない壁かべが四よっつある。限界げんかいを知しることは知ちをあきらめることではない ── どこに壁かべがあるかが分わかってはじめて、どこを掘ほるかが決きめられる。

    1930年ねん9月くがつ、ケーニヒスベルクで二ふたつの出来事できごとが2日ふつか続つづけて起おきた。7日なのか、認識論にんしきろんの会議かいぎの討論とうろんで、24歳にじゅうよんさいのクルト・ゲーデルが、算術さんじゅつを含ふくむ形式けいしき体系たいけいには証明しょうめいも反証はんしょうもできない命題めいだいが存在そんざいすると短みじかく述のべた。翌よく8日ようか、同おなじ町まちでダフィット・ヒルベルトが講演こうえんし、「われわれは知しらねばならない、われわれは知しるであろう」と結むすんだ。ヒルベルトは1899年ねんの『幾何学きかがく基礎きそ論ろん』で公理系こうりけい自体じたいを吟味ぎんみの対象たいしょうとし、そこから数学すうがくの無矛盾むむじゅん性せいを有限ゆうげんの手段しゅだんで証明しょうめいする計画けいかくへ進すすんでいた。順序じゅんじょは皮肉ひにくである。発言はつげんの重おもみをその場ばで受うけ止とめたのはジョン・フォン・ノイマンだったと伝つたえられる。

    第一だいいち不完全性ふかんぜんせい定理ていりの内容ないようは、条件じょうけんを落おとすと別物べつものになる。正確せいかくには、次つぎの三みっつを満みたす形式けいしき体系たいけいTについて成なり立たつ。第一だいいちに、Tはごく限かぎられた量りょうの自然数しぜんすうの算術さんじゅつ ── 後続こうぞく・加法かほう・乗法じょうほうの基本的きほんてき事実じじつ ── を表現ひょうげんできること。第だい二にに、Tが無矛盾むむじゅんであること。第だい三さんに、公理化可能(recursively axiomatizable)であること、すなわち公理こうりを機械的きかいてきな手続てつづきで次々つぎつぎに書かき出だせることである。判定はんていできることまでは要いらない。このとき、Tの言語げんごで書かかれたある文ぶんGが存在そんざいし、TはGも、Gの否定ひていも証明しょうめいできない。なお原論げんろん文ぶんは、否定ひていが証明しょうめいできないことを示しめすのにω無矛盾むむじゅんというやや強つよい条件じょうけんを用もちいており、単たんなる無矛盾むむじゅん性せいで足たりるようにしたのは1936年ねんのロッサーである。

    体系が自分自身について語りはじめたとき、届かない文が現れる
    図ず 105体系たいけいが自分自身じぶんじしんについて語かたりはじめたとき、届とどかない文ぶんが現あらわれる

    第だい二に定理ていりは、この構成こうせいをT自身じしんの内部ないぶで形式けいしき化かすることから出でる。ただし条件じょうけんは第一だいいち定理ていりより重おもい。第一だいいち定理ていりはごく弱よわい算術さんじゅつで足たりるが、第だい二に定理ていりは第一だいいち定理ていりの証明しょうめい自体じたいをT内部ないぶで追おえるだけの強つよさを要ようする。Tが自分じぶんの証明しょうめい可能性かのうせいについて最小限さいしょうげんの事実じじつ ── 証明しょうめいできたことは証明しょうめいできると証明しょうめいできる、といった性質せいしつ ── を証明しょうめいでき、かつ無矛盾むむじゅんならば、「Tは無矛盾むむじゅんである」ことを算術さんじゅつの文ぶんとして書かき表あらわしたものを、Tは証明しょうめいできない。ロビンソン算術(Robinson arithmetic)のような弱よわい体系たいけいは第一だいいち定理ていりの条件じょうけんを満みたすが、この強つよさを持もたない。依存いぞんはもう一ひとつ、その書かき表あらわし方ほうにもある。証明しょうめい可能性かのうせいを素直すなおでない仕方しかたで定義ていぎすれば、自分じぶんの無矛盾むむじゅん性せいを表あらわすように見みえる文ぶんを体系たいけい自身じしんが証明しょうめいしてしまう。体系たいけいは自分じぶんの足場あしばの健全けんぜんさを自分じぶんの言葉ことばで保証ほしょうできない ── そう言いえるのは、これだけの条件じょうけんの下もとである。

    ここから広ひろがった誤解ごかいを三みっつ切きり分わける。第一だいいちに、定理ていりは「その体系たいけいでは何なにも証明しょうめいできない」とは言いっていない。ペアノ算術さんじゅつは膨大ぼうだいな定理ていりを証明しょうめいする。定理ていりが言いうのは、証明しょうめいも反証はんしょうもできない文ぶんが少すくなくとも一ひとつ残のこる、ということである。Gを新あたらしい公理こうりに加くわえても事態じたいは変かわらない。拡張かくちょうした体系たいけいがなお三さん条件じょうけんを満みたすかぎり同おなじ構成こうせいが働はたらき、新あたらしい独立どくりつな文ぶんが現あらわれる。不完全性ふかんぜんせいは一文いちぶんの欠落けつらくではなく、条件じょうけんを満みたす体系たいけいすべてが受うけ継つぐ性質せいしつである。

    第だい二にに、あらゆる形式けいしき体系たいけいが不完全ふかんぜんだ、とも言いっていない。加法かほうだけで乗法じょうほうを持もたない自然数しぜんすうの理論りろんは、1929年ねんにプレスブルガーが完全かんぜんかつ決定けってい可能かのうであることを示しめした。実数じっすうの代数だいすうと初等しょとう幾何きかも、タルスキが完全かんぜんかつ決定けってい可能かのうであることを示しめしている。「自然数しぜんすうの算術さんじゅつを含ふくむ」が外はずれれば、定理ていりの射程しゃていは届とどかない。もっとも、決定けってい可能かのうであることと現実げんじつに判定はんていできることは別べつで、プレスブルガー算術さんじゅつの判定はんてい手続てつづきには1974年ねんに二に重じゅう指数しすうの下界かかいが示しめされた。壁かべが一ひとつ外はずれても、次つぎの壁かべがある。

    第だい三さんの誤解ごかいが最もっとも根ねが深ふかい。「不完全性ふかんぜんせい定理ていりによって人間にんげんは機械きかいを超こえると示しめされた」という主張しゅちょうである。ジョン・ルーカスとロジャー・ペンローズの論法ろんぽうは、人間にんげんはGが真しんだと見抜みぬけるが機械きかいには証明しょうめいできない、という形かたちをとる。しかし定理ていりが与あたえるのは条件じょうけんつきの言明げんめいであり、「Tが無矛盾むむじゅんならば、TはGを証明しょうめいしない」としか言いっていない。Gの真理しんりを見抜みぬくには体系たいけいの無矛盾むむじゅん性せいを知しっていなければならず、それは第だい二に定理ていりによって内側うちがわからは手てに入はいらない。論理ろんり学者がくしゃの側がわからの評価ひょうかは概がいして否定的ひていてきである。「社会しゃかい体制たいせいは不完全性ふかんぜんせい定理ていりにより自己じこ完結かんけつできない」といった日常にちじょうへの拡張かくちょうも同様どうようで、定理ていりが要求ようきゅうする三みっつの前提ぜんていのいずれとも接点せってんを持もたない。

    決定けってい不能ふのう性せいは別べつの道みちからも現あらわれる。アラン・チューリングは1936年ねん、機械的きかいてきな計算けいさんという概念がいねんを定義ていぎし、その定義ていぎのもとで判定はんていできない問題もんだいを構成こうせいした。彼かれが扱あつかったのは、機械きかいが無限むげんの出力しゅつりょく列れつを出だし続つづけるかどうかの判定はんていであって、いま教科書きょうかしょが書かく形かたち ── 任意にんいのプログラムと入力にゅうりょくについて停止ていしするか否いなかを判定はんていする一般いっぱんの手続てつづきは存在そんざいしない ── ではない。この形かたちと「停止問題(停机问题 / halting problem)」の名なは、1958年ねんのマーティン・デイヴィスの教科書きょうかしょを経へて定着ていちゃくした。アロンゾ・チャーチも1936年ねん、別べつの形式けいしき化かで決定けってい問題もんだいの否定的ひていてき解決かいけつに達たっした。整数せいすう係数けいすうの方程式ほうていしきが整数せいすう解かいを持もつかを問とうヒルベルト第だい10問題もんだいは1970年ねんに否定的ひていてきに解決かいけつされ、群ぐんの語ごの問題もんだいも四次よじ元もと多様体たようたいの同相どうしょう判定はんていも決定けってい不能ふのうである。

    集合論しゅうごうろんでは、独立性どくりつせいが別べつの顔かおで現あらわれた。自然数しぜんすうの濃度のうどと実数じっすうの濃度のうどのあいだに別べつの濃度のうどはあるか。カントールが立たてたこの問とい ── 連続体仮説(连续统假设 / continuum hypothesis)に、ゲーデルは1938年ねんから1940年ねんにかけて、構成こうせい可能かのう集合しゅうごうの宇宙うちゅうを用もちいて標準的ひょうじゅんてきな公理系こうりけいのもとで反証はんしょうできないことを示しめし、ポール・コーエンは1963年ねん、強制きょうせい法ほうを作つくって証明しょうめいもできないことを示しめした。連続れんぞく体からだ仮説かせつは標準的ひょうじゅんてきな公理系こうりけいから独立どくりつである。

    「答こたえがない」と読よむことはできない。独立どくりつとは、その公理系こうりけいがその問といを決定けっていしないということにすぎない。ゲーデル自身じしんは連続れんぞく体からだ仮説かせつに定さだまった真偽しんぎがあると考かんがえ、より強つよい公理こうりを求もとめた。一方いっぽうで、唯一ゆいいつの意図いとされた宇宙うちゅうなどなく、どの宇宙うちゅうを見みるかで答こたえが変かわるとする立場たちばもある。真理しんりと証明しょうめい可能性かのうせいが別物べつものであることも、独立どくりつに示しめされている。タルスキは1930年代ねんだいに、算術さんじゅつの真しんなる文ぶんの全体ぜんたいは算術さんじゅつの言語げんごの一ひとつの式しきでは定義ていぎできないことを証明しょうめいした ── 真理しんりの定義ていぎ不可能ふかのう性せい(undefinability of truth)である。対照的たいしょうてきに、証明しょうめい可能性かのうせいのほうは算術さんじゅつの言語げんごで定義ていぎできる。

    それでも数学すうがくは止とまらなかった。理由りゆうは三みっつある。一ひとつは、独立どくりつな命題めいだいが日常にちじょうの数学すうがくにはめったに顔かおを出ださないことである。もっとも、パリス=ハリントンの定理ていりやグッドスタインの定理ていりのように、自然しぜんな組合くみあわせ論ろんの言明げんめいでペアノ算術さんじゅつから独立どくりつなものもある。二ふたつめは、証明しょうめいに使つかえる手段しゅだんの水準すいじゅんが測はかれるようになったことである。ゲルハルト・ゲンツェンは1936年ねん、ε₀までの超ちょう限げん帰納法きのうほうを用もちいてペアノ算術さんじゅつの無矛盾むむじゅん性せいを証明しょうめいした。内側うちがわからは出でないが、どれだけ外そとに出でれば出でるかは特定とくていできる。三みっつめは、独立性どくりつせいの手法しゅほうそのものが道具どうぐになったことである。強制きょうせい法ほうは集合論しゅうごうろんの標準ひょうじゅん技法ぎほうである。壁かべの存在そんざいは、壁かべの位置いちを測はかるという研究けんきゅうを生うんだ。

    計算けいさんの限界げんかい

    計算複雑性(计算复杂性 / computational complexity)が測はかるのは速はやさではなく、入力にゅうりょくが大おおきくなったときの伸のび方ほうである。1965年ねんごろ、ジャック・エドモンズとアラン・コバムがそれぞれ、「実用的じつようてきな算法さんぽう」の代理だいりとして、計算量けいさんりょうが入力にゅうりょくの大おおきさの多項式たこうしきで抑おさえられることを提案ていあんした。この線引せんびきは粗あらい。n の100乗じょうは実用じつようにならず、指数しすう時間じかんでも小ちいさな入力にゅうりょくなら十分じゅうぶん速はやい。それでも多項式たこうしきと指数しすうの差さは、入力にゅうりょくが2倍にばいになったときに何なにが起おきるかで決定的けっていてきに分わかれる。多項式たこうしきなら定数ていすう倍ばいで済ずみ、指数しすうなら以前いぜんの計算量けいさんりょうを丸まるごと二に乗じょうするに等ひとしい負担ふたんが乗のる。

    Pは、決定けってい性せいの機械きかいが多項式たこうしき時間じかんで答こたえを出だせる問題もんだいの集あつまりである。NPは、答こたえの候補こうほを与あたえられたときに、それが正ただしいことを多項式たこうしき時間じかんで検証けんしょうできる問題もんだいの集あつまりである。解とくことと確たしかめることの差さ、と言いい換かえてよい。数独すうどくの解かいを確たしかめるのはたやすく、解とくのは難むずかしい。P対たいNP問題もんだいとは、この直観ちょっかんが定理ていりとして正ただしいかを問とうている。1971年ねん、スティーヴン・クックが充足じゅうそく可能性かのうせい問題もんだいについて、NPに属ぞくする任意にんいの問題もんだいがそれに多項式たこうしき時間じかんで帰着きちゃくすることを示しめした。レオニード・レーヴィンが独立どくりつに同種どうしゅの結果けっかを得とくており、翌よく1972年ねんにリチャード・カープが21の問題もんだいについて同おなじ性質せいしつを示しめした。

    こうしてNP完全かんぜん(NP完全かんぜん / NP-complete)という地位ちいが確立かくりつする。一ひとつでも多項式たこうしき時間じかんで解とければ、NPのすべてが多項式たこうしき時間じかんで解とける。巡回じゅんかいセールスマン、ナップサック、頂点ちょうてん被覆ひふく、グラフ彩色さいしき ── 実務じつむで現あらわれる組合くみあわせ最適化さいてきかの多おおくがここに落おちる。P対たいNPは2000年ねんにクレイ数学すうがく研究所けんきゅうしょのミレニアム問題もんだいに選えらばれ、賞金しょうきんがかけられたが、未解決みかいけつである。指数しすうの壁かべは現実げんじつにどう見みえるか。巡回じゅんかいセールスマンの厳密げんみつ解かいを動的どうてき計画けいかく法ほうで求もとめる古典的こてんてきな算法さんぽうは、都市とし数すう n に対たいしておよそ n²·2ⁿ の手数てすうを要ようする。都市としが10増ふえるごとに手数てすうは約やく1000倍ばいになる。ここで重要じゅうようなのは、計算機けいさんきを速はやくしても解とける規模きぼはほとんど伸のびない、という点てんである。速度そくどが1000倍ばいになっても、扱あつかえる都市としは10増ふえるだけである。努力どりょくの投入とうにゅうと成果せいかが対数たいすうでしか結むすびつかない領域りょういきが存在そんざいする。

    速度が1000倍になっても、扱える都市は一〇増えるだけである
    図ず 106速度そくどが1000倍ばいになっても、扱あつかえる都市としは一〇いちれい増ふえるだけである

    ただし、NP完全かんぜんであることは「その問題もんだいは解とけない」を意味いみしない。複雑性ふくざつせいの分類ぶんるいは最悪さいあくの入力にゅうりょくについての保証ほしょうであって、目めの前まえの入力にゅうりょくについての予言よげんではない。充足じゅうそく可能性かのうせい問題もんだいを解とく現代げんだいのソルバは、産業さんぎょうで生しょうじる数百すうひゃく万まん変数へんすう規模きぼの実例じつれいを日常的にちじょうてきに処理しょりしている。巡回じゅんかいセールスマンでも、2006年ねんに8万はちまん5900都市としの実例じつれいが厳密げんみつに解とかれた記録きろくがある。線形せんけい計画けいかく法ほうの単体たんたい法ほうは、1972年ねんにクレーとミンティが指数しすう時間じかんかかる入力にゅうりょくを構成こうせいしてみせたにもかかわらず、実務じつむでは一貫いっかんして高速こうそくである。2001年ねんにダニエル・シュピールマンとシャンホア・テンが提示ていじした平滑へいかつ化か解析かいせきは、入力にゅうりょくにわずかな摂動せつどうを加くわえた平均へいきんで見みれば多項式たこうしき時間じかんになることを示しめし、この乖離かいりに理論りろんの側がわから説明せつめいを与あたえた。

    生物学せいぶつがくの側がわの例れいとして、しばしばタンパク質しつの折おりたたみが引ひかれる。サイラス・レヴィンタールは1969年ねん、ひとつの鎖くさりがとりうる立体りったい配座はいざの数かずは天文学的てんもんがくてきであり、それらを順じゅんに試ためしていては宇宙うちゅうの年齢ねんれいでも足たりないのに、実際じっさいのタンパク質しつは秒びょう以下いかで折おりたたまれる、と指摘してきした。つまり自然しぜんは全ぜん探索たんさくをしていない。格子こうし上じょうに単純化たんじゅんかしたモデルではNP困難こんなん性せいが証明しょうめいされているが、これは「タンパク質しつの構造こうぞう予測よそくが原理げんり的てきに不可能ふかのう」を意味いみしない。2020年ねんの予測よそく競技会きょうぎかいが示しめしたのは、全ぜん探索たんさくを速はやくする方法ほうほうではなく、進化しんかと既知きち構造こうぞうに含ふくまれる統計的とうけいてきな制約せいやくを使つかって探索たんさくそのものを回避かいひする方法ほうほうだった。困難こんなんな問題もんだいへの対処たいしょは、たいてい問題もんだいを解とくことではなく、問題もんだいを取とり替かえることである。

    実際じっさいの解決策かいけつさくは、近似アルゴリズム(近似算法 / approximation algorithm)とヒューリスティクスである。三角さんかく不等式ふとうしきを満みたす巡回じゅんかいセールスマンには、1976年ねんにニコス・クリストフィデスが最適解さいてきかいの1.5倍ばい以内いないを保証ほしょうする手続てつづきを与あたえた。頂点ちょうてん被覆ひふくには、辺へんを順じゅんに選えらんで両端りょうたんを取とるだけで最適解さいてきかいの2倍にばい以内いないに収おさまる素朴そぼくな手続てつづきがある。だが近似きんじにも壁かべがある。1990年代ねんだい初頭しょとうに確立かくりつしたPCP定理ていりを出発点しゅっぱつてんとして、近似きんじの良よさ自体じたいに限界げんかいがあることが次々つぎつぎと示しめされた。たとえば三さん変数へんすうの充足じゅうそく可能性かのうせいの最大化さいだいかは、P=NPでない限かぎり、充足じゅうそくできる節せつの割合わりあいを8はち分ぶんの七ななより良よく近似きんじすることはできない。どこまで諦あきらめればよいかもまた、定理ていりの形かたちで分わかる。

    量子りょうし計算けいさんは、この地図ちずの一部いちぶを書かき換かえるが全部ぜんぶではない。ピーター・ショアが1994年ねんに与あたえた算法さんぽうは、素因そいん数分すうふん解かいと離散りさん対数たいすうを多項式たこうしき時間じかんで解とく。RSA暗号あんごうの安全性あんぜんせいはまさに素因そいん数分すうふん解かいの困難こんなんさに依存いぞんしており、これは直撃ちょくげきである。もっとも素因そいん数分すうふん解かいはNP完全かんぜんとは考かんがえられていない。より本質的ほんしつてきな用途ようとは、リチャード・ファインマンが1982年ねんに指摘してきした量子りょうし系けいの模倣もほうである。一方いっぽう、構造こうぞうのない探索たんさくに対たいするグローヴァーの算法さんぽう(1996年ねん)は、N 個この候補こうほから√N 程度ていどの手数てすうで目的もくてきを見みつける。二次にじの高速化こうそくかにすぎず、指数しすうを多項式たこうしきに変かえるものではない。量子りょうし計算機けいさんきがNP完全かんぜん問題もんだいを一般いっぱんに多項式たこうしき時間じかんで解とけるとは、専門家せんもんかのあいだで広ひろく考かんがえられていない。それでも素因そいん数すう分解ぶんかいと離散りさん対数たいすうへの脅威きょういは現実的げんじつてきとみなされ、米国べいこく標準ひょうじゅん技術研究所ぎじゅつけんきゅうしょは2024年ねん8月はちがつ、量子りょうし計算機けいさんきに耐たえると期待きたいされる暗号あんごう方式ほうしきを標準ひょうじゅんとして公表こうひょうした。

    最後さいごに、計算けいさんは物理ぶつり現象げんしょうである以上いじょう、物理ぶつり法則ほうそくに縛しばられる。ロルフ・ランダウアーは1961年ねん、1ビットの情報じょうほうを消去しょうきょするには温度おんど T の環境かんきょうで少すくなくとも kT·ln2 のエネルギー散逸さんいつを伴ともなうと論ろんじた ── ランダウアーの原理げんり(兰道尔原理 / Landauer's principle)である。室温しつおんでは1ビットあたり約やく3×10⁻²¹ ジュール。2012年ねんには微小びしょう粒子りゅうしを用もちいた実験じっけんでこの下限かげんに迫せまる測定そくていが報告ほうこくされた。ハンス=ヨアヒム・ブレマーマンは1962年ねん、質量しつりょうとエネルギーの等価とうか性せいとプランク定数ていすうから、1キログラムの物質ぶっしつが1秒間びょうかんに処理しょりできる情報量じょうほうりょうの上限じょうげんを約やく1.4×10⁵⁰ ビットと見積みつもった ── ブレマーマンの限界げんかい(Bremermann's limit)である。この種しゅの見積みつもりは、256ビットの鍵かぎの総当そうあたりが地球ちきゅう規模きぼのエネルギーを何なに桁けたも超こえることを示しめす。

    計算けいさんの困難こんなんさは、暗号あんごうにおいては障害しょうがいではなく資源しげんとして使つかわれている。

    主題しゅだい原理げんりが引ひく線せん実際じっさいに届とどいている線せん
    情報じょうほうの消去しょうきょランダウアーの原理げんり ── 室温しつおんで1ビットあたり約やく3×10⁻²¹ ジュール2012年ねん、微小びしょう粒子りゅうしを用もちいた実験じっけんがこの下限かげんに迫せまった
    計算けいさんの速はやさブレマーマンの限界げんかい ── 1キログラムの物質ぶっしつが毎秒まいびょう約やく1.4×10⁵⁰ ビット巡回じゅんかいセールスマン問題もんだいは8万はちまん5900都市としの実例じつれいが厳密げんみつに解とかれている(2006年ねん)

    表ひょう12原理げんりの側がわの線せんと、いま届とどいている線せん

    予測よそくの限界げんかい

    1814年ねん、ピエール=シモン・ラプラスは、宇宙うちゅうのすべての粒子りゅうしの位置いちと速度そくどを知しり、それを解析かいせきにかけうる知性ちせいにとっては、未来みらいも過去かこも現在げんざいと同おなじように眼前がんぜんにあるだろう、と書かいた。決定論けっていろん的てきな法則ほうそくがあれば予測よそくできる、という等式とうしきである。これが成なり立たたないことが、20世紀にじっせいきに明あきらかになった。先さきに気きづいていたのはアンリ・ポアンカレで、三さん体からだ問題もんだいの研究けんきゅうを通つうじて初期しょき条件じょうけんのごくわずかな違ちがいが最終さいしゅう状態じょうたいの大おおきな違ちがいをもたらしうることを認みとめ、1908年ねんの著作ちょさくでは、気象きしょうがまさにそのような系けいであるがゆえに予報よほうが難むずかしいと述のべている。

    一般いっぱんの関心かんしんを集あつめたのは、エドワード・ローレンツが1963年ねんに出だした対流たいりゅうの簡略かんりゃく模型もけいだった。彼かれは1961年ねん、計算けいさんをやり直なおすために印刷いんさつされた途中とちゅう値ちを打うち込こんだところ、以前いぜんとまったく違ちがう経過けいかをたどることに気きづいた。印刷いんさつは小数しょうすう第だい三さん位いまでで、内部ないぶの値あたいは第だい六ろく位いまで持もっていた。千分せんぶんの一いちの丸まるめが、数値すうち実験じっけんの全体ぜんたいを別物べつものにした。「ブラジルの蝶ちょうの羽はばたきがテキサスで竜巻たつまきを引ひき起おこすか」という題だいは、1972年ねんの講演こうえんのためにつけられたものである。

    千分の一の丸めが、数値実験の全体を変えた
    図ず 107千分せんぶんの一いちの丸まるめが、数値すうち実験じっけんの全体ぜんたいを変かえた

    カオス(混沌 / chaos)と呼よばれる性質せいしつである。近接きんせつした二ふたつの初期しょき条件じょうけんの差さは、時間じかんとともにおよそ e^(λt) で開ひらく。この λ リアプノフ時間(李雅普诺夫时间 / Lyapunov time)という。ここに、努力どりょくの効ききにくさの正体しょうたいがある。誤差ごさが1000倍ばいに育そだつまでを予測よそく可能かのう期間きかんとするなら、その期間きかんを2倍にばいに伸のばすには、初期値しょきちの誤差ごさをさらに1000分ぶんの一いちにしなければならない。逆ぎゃくに言いえば、測定そくてい精度せいどを1000倍ばいにしても予測よそく期間きかんは一いち期間きかん分ぶんしか伸のびない。観測かんそく点てんを増ふやし測器そくきを精密せいみつにする投資とうしは、予測よそく期間きかんには対数たいすうでしか効きかない。

    カオスは確率かくりつ的てきなランダムさではない。まったく同おなじ初期しょき状態じょうたいから出発しゅっぱつすれば、まったく同おなじ軌道きどうが出でる。式しきのどこにも乱数らんすうは入はいっていない。予測よそく不能ふのうを生うむのは、初期しょき状態じょうたいを有限ゆうげんの精度せいどでしか知しりえないことと、その誤差ごさが指数しすう的てきに拡大かくだいすることの組くみ合あわせである。重要じゅうようなことに、軌道きどうが予測よそくできなくても、その軌道きどうが住すむ領域りょういきの統計的とうけいてき性質せいしつは安定あんていしている。個々ここの軌道きどうは追おえないが、どの領域りょういきにどれだけの割合わりあいで滞在たいざいするかは決きまっている。

    気象予報きしょうよほうの限界げんかいはこの構造こうぞうから出でる。ローレンツは1969年ねん、小ちいさな渦うずの誤差ごさが大おおきな渦うずへと駆かけ上あがる過程かていを考察こうさつし、模型もけいが完璧かんぺきで観測かんそくが今いまより遥はるかに密みつになっても、予測よそく可能かのう期間きかんには有限ゆうげんの上限じょうげんがあると論ろんじた。現在げんざいの見積みつもりでは、実際じっさいに技能ぎのうを示しめす予報よほうは10日とおか程度ていどまでで、上限じょうげんまでにはなお数日すうじつの余地よちがあるとされる。この壁かべへの対応たいおうは、精度せいどを上あげることではなく、予測よそくの形式けいしきを変かえることだった。初期値しょきちをわずかに変かえた多数たすうの計算けいさんを並行へいこうして走はしらせ、結果けっかの散ちらばりを確率かくりつとして出だす。アンサンブル予報(集合预报 / ensemble forecast)が主要しゅような予報よほうセンターで実運用じつうんように入はいったのは1992年ねんである。

    同おなじ発想はっそうは気象きしょうの外そとにも移うつされた。米国べいこくで新型しんがたコロナウイルスの流行りゅうこう予測よそくを集約しゅうやくした評価ひょうかによれば、複数ふくすうの模型もけいを統合とうごうした予測よそくは個々ここの模型もけいのいずれをも平均へいきんして上回うわまわり、その一方いっぽうで、予測よそく期間きかんを延のばすにつれて技能ぎのうは急速きゅうそくに落おちた。統合とうごうは精度せいどを底上そこあげするが、伸のびない距離きょりは伸のびない。答こたえを1本いっぽんの線せんから分布ぶんぷへ置おき換かえるのは、当あたる予測よそくを作つくる技法ぎほうではなく、どこまでが言いえるかを明示めいじする作業さぎょうである。散ちらばりの幅はばそのものが、その予測よそくから引ひき出だしてよい結論けつろんの範囲はんいを定さだめる。

    気候きこうと天気てんきの違ちがいは、この構造こうぞうから出でる。半年はんとし後ごの特定とくていの日ひの気温きおんは原理げんり的てきに予測よそくできないが、その季節きせつの平均へいきん気温きおんがどこに寄よるかは、海面かいめん水温すいおんのように緩ゆるやかに変かわる条件じょうけんから確率かくりつとして言いえる。さらに100年ねん先さきの気候きこうとなると、問といの種類しゅるいが変かわる。個々ここの日ひの軌跡きせきではなく、温室おんしつ効果こうか気体きたいの濃度のうどという外そとから与あたえる条件じょうけんを変かえたとき気温きおんの分布ぶんぷがどう動うごくかを問とう。初期値しょきちの問題もんだいと境界きょうかい条件じょうけんの問題もんだいは別べつであり、前者ぜんしゃに限界げんかいがあることは、後者こうしゃに限界げんかいがあることを意味いみしない。同おなじ構造こうぞうは太陽系たいようけいにも現あらわれる。惑星わくせい軌道きどうのリアプノフ時間じかんはおよそ500万まん年としで、1億いちおく年とし先さきの地球ちきゅうの軌道きどう上じょうの位置いちは計算けいさんできない。それでも数千すうせん回かいの数値すうち実験じっけんからは、水星すいせいの軌道きどうが今後こんご50億ごじゅうおく年としのうちに不安定ふあんてい化かする確率かくりつは1%程度ていどと報告ほうこくされている。

    複雑系ふくざつけいにはもう一ひとつの困難こんなんがある。フィリップ・アンダーソンが1972年ねんの論説ろんせつで述のべたように、構成要素こうせいようその法則ほうそくを知しっていることと、多数たすうが集あつまったときの振ふる舞まいを導みちびけることは別べつである。水分すいぶん子この方程式ほうていしきから乱流らんりゅうを導みちびくことも、神経細胞しんけいさいぼうの性質せいしつから意識いしきを導みちびくことも、実際じっさいには手てが届とどかない。もっとも、事態じたいは一方的いっぽうてきではない。臨界りんかい点てんの近ちかくで異ことなる物質ぶっしつが同おなじ指数しすうを示しめす普遍性ふへんせいが知しられているように、巨視的きょしてきな振ふる舞まいが微視的びしてきな細部さいぶにほとんど依存いぞんしない場合ばあいもある。どちらになるかは、系けいごとに調しらべるほかない。

    社会しゃかい現象げんしょうには、自然しぜん現象げんしょうにはない固有こゆうの困難こんなんが加くわわる。予測よそくが対象たいしょうに伝つたわり、対象たいしょうの振ふる舞まいを変かえるのである。ロバート・マートンは1948年ねん、支払しはらい能力のうりょくのある銀行ぎんこうでも「危あぶない」という予測よそくが広ひろまれば取とり付つけが起おきて実際じっさいに破綻はたんする、という例れいを挙あげて自己じこ成就じょうじゅ予言よげんを論ろんじた。逆向ぎゃくむきも起おきる。感染症かんせんしょうの流行りゅうこう予測よそくが警告けいこくとして機能きのうし、人々ひとびとが行動こうどうを変かえた結果けっかとして予測よそくが外はずれる。予測よそくが当あたらなかったのか、予測よそくが効きいたのかを事後じごに切きり分わける一般的いっぱんてきな方法ほうほうはない。成功せいこうした警告けいこくは、失敗しっぱいした予測よそくと同おなじ形かたちで記録きろくされる。

    経済学けいざいがくではこれが理論りろんの問題もんだいとして定式化ていしきかされた。ロバート・ルーカスは1976年ねん、集計しゅうけい量りょうのあいだに観測かんそくされた関係かんけいは、その時点じてんの政策せいさくのもとで人々ひとびとが形成けいせいした期待きたいと決定けってい規則きそくを反映はんえいしているにすぎず、政策せいさくを変かえればその関係かんけい自体じたいが変かわる、と論ろんじた ── ルーカス批判(卢卡斯批判 / Lucas critique)である。過去かこのデータに当あてはめた式しきを政策せいさく変更へんこう後ごの予測よそくに使つかうことは、変かわるはずのものを固定こていして計算けいさんすることになる。評価ひょうかに用もちいられた指標しひょうが壊こわれるという、別べつの領域りょういきで繰くり返かえされてきた指摘してきも、この批判ひはんの系けいとして同型どうけいである。関係かんけいを利用りようする行為こういが、関係かんけいを変かえる。

    では、専門家せんもんかの長期ちょうき予測よそくは実際じっさいどうだったのか。フィリップ・テトロックは1980年代ねんだい半なかばから20年にじゅうねん近ちかく、政治せいじ・経済けいざいの専門家せんもんか280人にんあまりから約やく2万にまん8000件けんの確率かくりつつき予測よそくを集あつめ、2005年ねんに公表こうひょうした。平均的へいきんてきな専門家せんもんかの的中てきちゅうは、単純たんじゅんな外挿がいそう規則きそくにも劣おとった。学歴がくれきや経験年数けいけんねんすうとの相関そうかんは乏とぼしく、違ちがいを生うんだのは思考しこうの様式ようしきのほうだった ── 単一たんいつの枠組わくぐみで説明せつめいする者ものより、複数ふくすうの視点してんを継つぎ合あわせ、自分じぶんの誤あやまりを更新こうしんする者もののほうが成績せいせきがよい。続つづく2011年ねんからの予測よそくトーナメントでは、上位じょうい2%程度ていどの参加者さんかしゃが集団しゅうだん平均へいきんを大おおきく上回うわまわる成績せいせきを持続じぞくし、その技能ぎのうは訓練くんれんと集約しゅうやくによって向上こうじょうした。

    観測かんそくの限界げんかい

    1927年ねん、ヴェルナー・ハイゼンベルクは、電子でんしの位置いちを顕微鏡けんびきょうで見みようとする思考しこう実験じっけんから不ふ確定かくてい性せい関係かんけい(不确定性关系 / uncertainty relation)を導みちびいた。短みじかい波長はちょうの光ひかりを当あてれば位置いちは精密せいみつに分わかるが、光子こうしが電子でんしを蹴けるので運動量うんどうりょうが乱みだれる。この説明せつめいは直観的ちょっかんてきで、いまも広ひろく流布るふしている。だがこれは測定そくていが対象たいしょうを乱みだすという話はなしであり、定式化ていしきかとしては不正確ふせいかくである。この関係かんけいはしばしば不ふ確定かくてい性せい原理げんりと呼よばれるが、原理げんりという語ごは、以下いかに見みる二ふたつの別べつの言明げんめいを一ひとつに丸まるめてしまう。

    厳密げんみつな関係かんけいは、一ひとつの量子りょうし状態じょうたいについて、位置いちの標準偏差ひょうじゅんへんさと運動量うんどうりょうの標準偏差ひょうじゅんへんさの積せきが ℏ/2 以上いじょうになる、というものである。この形かたちは同おなじ年としにアール・ケナードが、翌年よくねんにヘルマン・ワイルが与あたえた。標準偏差ひょうじゅんへんさとは、同おなじ状態じょうたいを多数たすう用意よういし、あるものには位置いちだけを、別べつのものには運動量うんどうりょうだけを測はかったときのばらつきである。測定そくていの下手へたさではなく、状態じょうたいそのものの性質せいしつを述のべている。数学的すうがくてきには位置いちと運動量うんどうりょうの分布ぶんぷがフーリエ変換へんかんで結むすばれることの帰結きけつであり、狭せまい波束はそくほど広ひろい波数はすう成分せいぶんを要ようするという波なみの性質せいしつに等ひとしい。任意にんいの二ふたつの物理量ぶつりりょうの組くみへ一般化いっぱんかしたのはハワード・ロバートソンで、1929年ねん、二ふたつの量りょうの交換子こうかんしの期待値きたいちが下限かげんを与あたえることを示しめした。位置いちと運動量うんどうりょうはその特別とくべつな場合ばあいにすぎない。

    測定そくていが対象たいしょうを乱みだすという関係かんけいもまた存在そんざいするが、別べつの不等式ふとうしきに従したがう。小澤正直おざわまさなおは2003年ねん、測定そくてい誤差ごさと擾乱じょうらんを厳密げんみつに定義ていぎすると、ハイゼンベルクが素朴そぼくに書かいた形かたちの不等式ふとうしきは普遍的ふへんてきには成なり立たたないと示しめした。2012年ねんには中性子ちゅうせいしスピンと光子こうし偏光へんこうの実験じっけんで、その破やぶれが観測かんそくされた。ケナードの関係かんけいは破やぶれない。破やぶれるのは、この定義ていぎのもとでの素朴そぼくな形かたちである。もっとも、誤差ごさと擾乱じょうらんを別べつの仕方しかたで定義ていぎすればハイゼンベルク型かたの関係かんけいが定理ていりとして証明しょうめいできるという反論はんろんが2013年ねんに出でて、以後いご、どの定義ていぎが測定そくていの何なにを捉とらえるかをめぐる応酬おうしゅうが続つづいている。争あらそわれているのは実験じっけん結果けっかではなく定義ていぎである。確たしかなのは、状態じょうたいについての関係かんけいと測定そくていについての関係かんけいが別物べつものであり、両者りょうしゃを「観測かんそく者しゃ効果こうか」の1語いちごでまとめられない、という点てんである。

    宇宙うちゅうには、努力どりょくでは届とどかない境界きょうかいが2種類にしゅるいある。粒子地平線(粒子视界 / particle horizon)である。宇宙うちゅうの年齢ねんれいは約やく138億おく年としだが、その間かんに光ひかりが進すすんだ距離きょりは膨張ぼうちょうで引ひき伸のばされ、現在げんざいの尺度しゃくどで測はかった観測かんそく可能かのうな宇宙うちゅうの半径はんけいは約やく465億おく光年こうねんになる。この球きゅうの外そとからの信号しんごうは届とどいていない。第だい二にはより厳きびしい。膨張ぼうちょうが加速かそくしている以上いじょう、ある距離きょりより遠とおい天体てんたいが今日きょう放はなつ光ひかりは、どれだけ待まっても届とどかない。見みえる範囲はんいが時間じかんとともに無限むげんに広ひろがるのではない。

    内側うちがわにも壁かべがある。宇宙うちゅうは誕生たんじょうから約やく38万さんじゅうはちまん年としのあいだ、電離でんりした粒子りゅうしに満みたされ光ひかりに不透明ふとうめいだった。電子でんしと原子核げんしかくが結合けつごうして中性ちゅうせいの原子げんしになり、再結合(recombination)と呼よぶ。背景はいけい放射ほうしゃはこの最終さいしゅう散乱さんらん面めんから来くる。それより前まえは電磁波でんじはでは原理げんり的てきに見みえない。ニュートリノは誕生たんじょうから1秒いちびょう程度ていどで物質ぶっしつとの相互作用そうごさようを離はなれるが、その背景はいけい放射ほうしゃの直接ちょくせつ検出けんしゅつはない。原始げんし重力波じゅうりょくははさらに古ふるい情報じょうほうを運はこぶ。2014年ねんに検出けんしゅつの発表はっぴょうがあったが、翌年よくねん、Planck衛星えいせいとの共同きょうどう解析かいせきで信号しんごうが銀河系ぎんがけい内ないの塵ちりで説明せつめいできることが示しめされ、検出けんしゅつという主張しゅちょうは取とり下さげられた。重力波じゅうりょくはの直接ちょくせつ検出けんしゅつ自体じたいは2015年ねん9月くがつに達成たっせいされた。

    足元あしもとも見みえていない。人類じんるいが掘ほった最もっとも深ふかい孔あなはコラ半島はんとうの1万いちまん2262メートルで、地球ちきゅうの半径はんけい6371キロメートルの0.2%に満みたない。内部ないぶの構造こうぞうは地震波じしんはの走はしり方ほうから復元ふくげんされた。横波よこなみが核かくを通とおらないことから外核がいかくは液体えきたいと分わかり、核かくとマントルの境界きょうかいは深ふかさ約やく2900キロメートルに、内核ないかくの存在そんざいは1936年ねんにレーマンが突つきとめた。2000年代ねんだいからは、ウランやトリウムの崩壊ほうかいが出だす反はんニュートリノの検出けんしゅつも加くわわり、熱源ねつげんに制約せいやくを与あたえている。

    掘った最深の孔は1万2262メートル ── 地球の半径6371キロメートルの0.2%に満たない
    図ず 108掘ほった最深さいしんの孔あなは1万いちまん2262メートル ── 地球ちきゅうの半径はんけい6371キロメートルの0.2%に満みたない

    太陽たいようも同おなじである。中心ちゅうしんで生うまれた光子こうしは散乱さんらんされつづけ、表面ひょうめんに達たっするまで数万すうまん年ねんから数十すうじゅう万まん年ねんを要ようすると見積みつもられる ── 値あたいは模型もけいに強つよく依存いぞんする。我々われわれが見みる太陽たいよう面めんの光ひかりは、現在げんざいの中心ちゅうしんの状態じょうたいを伝つたえない。ニュートリノだけがほぼ直進ちょくしんして数秒すうびょうで出でてくる。デイヴィスが1968年ねんに始はじめた観測かんそくは期待きたいの約やく三分さんぶんの一いちしか捉とらえられず、太陽たいようニュートリノ問題もんだいと呼よばれた。原因げんいんはニュートリノが飛行ひこう中ちゅうに種類しゅるいを変かえることにあった。2001年ねんに荷電かでんカレント反応はんのうの測定そくていが別べつ実験じっけんとの比較ひかくで電子でんし型がた以外いがいの混入こんにゅうを示しめし、2002年ねんに3種類さんしゅるいすべてに感度かんどを持もつ中性ちゅうせいカレント反応はんのうが全ぜんフラックスを直接ちょくせつ数かぞえて、これを確定かくていさせた。

    過去かこの観測かんそくには、固有こゆうの偏かたよりがある。歴史れきし科学かがくが扱あつかうのは出来事できごとそのものではなく、それが残のこした痕跡こんせき ── 地層ちそう、化石かせき、同位体どういたい比ひ、遺伝子いでんし ── であるが、痕跡こんせきは残のこり方ほうが偏かたよる。何なにが化石かせきになり何なにが残のこらないかを扱あつかうタフォノミー(埋藏学 / taphonomy)が示しめすとおり、硬かたい組織そしきを持もつ生物せいぶつや堆積たいせきの速はやい環境かんきょうが過剰かじょうに代表だいひょうされる。突然とつぜんだった絶滅ぜつめつが、記録きろくの上うえでは徐々じょじょに減へったように見みえることも知しられている ── 最後さいごの個体こたいが最後さいごの地層ちそうに残のこる保証ほしょうはない。痕跡こんせきの分布ぶんぷは、過去かこの分布ぶんぷではない。

    他者たしゃの主観的しゅかんてき経験けいけんもある。ネーゲルが1974年ねんに問とうたのは、蝙蝠こうもりが超音波ちょうおんぱで世界せかいを捉とらえるとはどういう感かんじか、である。蝙蝠こうもりの神経系しんけいけいをどれだけ詳くわしく記述きじゅつしても、その記述きじゅつは三人称さんにんしょうの言語げんごで書かかれ、一人称いちにんしょうの視点してんそのものを含ふくまない。チャーマーズが1995年ねんに「難むずかしい問題もんだい」と呼よんだのは、この隔へだたりである。物理的ぶつりてき過程かていがなぜ経験けいけんを伴ともなうのかは、機能きのうの説明せつめいが完成かんせいしても残のこる。心こころの科学かがくの困難こんなんは、対象たいしょうがその科学かがくの言語げんごでは書かけないことにある。

    現代げんだいの研究けんきゅうが採とった戦略せんりゃくは、問題もんだいを解とくことではなく問とい方ほうを変かえることだった。クリックとコッホが1990年ねんに提案ていあんした意識いしきの神経しんけい相関そうかん(neural correlates of consciousness)の探索たんさくは、なぜ経験けいけんが生しょうじるかを問とわず、どの神経しんけい過程かていが経験けいけんの有無うむに対応たいおうするかだけを問とう。近年きんねんは対立たいりつする理論りろんの提唱ていしょう者しゃが事前じぜんに予測よそくを登録とうろくし、同おなじ実験じっけんで判定はんていを受うける試こころみも行おこなわれる。なお一人称いちにんしょうへのアクセスは自分自身じぶんじしんについても万全ばんぜんではない。人ひとは判断はんだんの理由りゆうをしばしば取とり違ちがえ、後あとから説明せつめいを作つくる。

    四よっつの壁かべは性格せいかくが違ちがう。形式けいしきの限界げんかいは論理ろんりの定理ていりであり、計算けいさんの限界げんかいは多おおくが未み証明しょうめいの予想よそうを含ふくむ。予測よそくの限界げんかいは系けいの力学りきがくから、観測かんそくの限界げんかいは物理ぶつり法則ほうそくと配置はいちから出でる。共通きょうつうするのは、いずれも「まだ努力どりょくが足たりない」では解消かいしょうされないことである。だが限界げんかいの確定かくていは、探究たんきゅうの終おわりではなく方向ほうこうの変更へんこうを促うながしてきた。決定けってい不能ふのう性せいは証明しょうめいの強つよさを測はかる研究けんきゅうを生うみ、計算けいさんの困難こんなんさは暗号あんごうという資源しげんになり、初期値しょきち鋭敏えいびん性せいは単一たんいつの予報よほうを確率かくりつ分布ぶんぷに置おき換かえさせた。限界げんかいの測定そくていは、知ちの放棄ほうきではなく、知ちの設計せっけいである。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 78 / 推すい 5 / 争そう 4

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かくゲーデルは1930年ねん9月くがつ7日なのか、ケーニヒスベルクの認識論にんしきろん会議かいぎの討論とうろんで第一だいいち不完全性ふかんぜんせい定理ていりを初はじめて公おおやけにし、その翌日よくじつヒルベルトが同市どうしで「われわれは知しらねばならない、われわれは知しるであろう」と結むすぶ講演こうえんを行おこなった会議かいぎ記録きろく(*Erkenntnis* 誌しに掲載けいさいされた討論とうろん記録きろく)およびヒルベルトのケーニヒスベルク講演こうえん(1930年ねん9月くがつ8日ようか)
    • 推すいケーニヒスベルクの討論とうろんでゲーデルの発言はつげんに即座そくざに反応はんのうしたのはフォン・ノイマンだったとされる後年こうねんの回想かいそう・伝記でんき研究けんきゅう(Wang、Dawson)に基もとづく理解りかいであり、当日とうじつの記録きろくから直接ちょくせつに確たしかめられるものではない
    • 確かくヒルベルトは公理系こうりけいそのものを吟味ぎんみの対象たいしょうとする立場たちばを確立かくりつし、のちに数学すうがくの無矛盾むむじゅん性せいを有限ゆうげんの手段しゅだんで証明しょうめいする計画けいかくを掲かかげたHilbert, *Grundlagen der Geometrie*(1899年ねん)および1920年代ねんだいのヒルベルト計画けいかくに関かんする一連いちれんの論考ろんこう
    • 確かく第一だいいち不完全性ふかんぜんせい定理ていりは、自然数しぜんすうの算術さんじゅつを表現ひょうげんでき、無矛盾むむじゅんで、公理こうり集合しゅうごうが機械的きかいてきに書かき出だせる形式けいしき体系たいけいについて、証明しょうめいも反証はんしょうもできない文ぶんの存在そんざいを主張しゅちょうするGödel, "Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I"(1931年ねん)。標準ひょうじゅんの条件じょうけんは公理こうり集合しゅうごうが帰納的きのうてき可算かさんであることで、判定はんてい可能性かのうせいまでは要いらない(クレイグの技法ぎほうにより定理ていりの射程しゃていでは一致いっちする)
    • 確かくゲーデルの原論げんろん文ぶんは、否定ひていの証明しょうめい不可能ふかのう性せいを導みちびくのにω無矛盾むむじゅん性せいを仮定かていしており、単たんなる無矛盾むむじゅん性せいで足たりるようにしたのはロッサーであるRosser, "Extensions of some theorems of Gödel and Church", *Journal of Symbolic Logic*(1936年ねん)
    • 確かく第だい二に不完全性ふかんぜんせい定理ていりは、体系たいけいが自身じしんの無矛盾むむじゅん性せいを表あらわす算術さんじゅつの文ぶんを証明しょうめいできないことを主張しゅちょうするGödel(1931年ねん)。第だい二に定理ていりの成立せいりつには第一だいいち定理ていりより強つよい条件じょうけん(ヒルベルト=ベルナイス=レープの導出どうしゅつ条件じょうけん、算術さんじゅつ的てきには少すくなくともIΣ₁程度ていどの帰納法きのうほう)と、無矛盾むむじゅん性せい言明げんめいの標準的ひょうじゅんてきな形式けいしき化かが要いる。詳細しょうさいな証明しょうめいの公刊こうかんは Hilbert & Bernays, *Grundlagen der Mathematik* 第だい二に巻かん(1939年ねん)
    • 確かくロビンソン算術さんじゅつは第一だいいち定理ていりの条件じょうけんを満みたすが導出どうしゅつ条件じょうけんを満みたさず、第だい二に定理ていりの適用範囲てきようはんいには入はいらない導出どうしゅつ条件じょうけんに関かんする標準的ひょうじゅんてきな扱あつかい(Hilbert & Bernays 1939年ねん、Löb 1955年ねん)
    • 確かく無矛盾むむじゅん性せい言明げんめいの形式けいしき化かの仕方しかたによっては、体系たいけいが自身じしんの「無矛盾むむじゅん性せい」を表あらわす文ぶんを証明しょうめいできるロッサー型かたの証明しょうめい可能性かのうせい述語じゅつごによる構成こうせい(Feferman, "Arithmetization of metamathematics in a general setting", *Fundamenta Mathematicae*、1960年ねん)
    • 確かく独立どくりつ文ぶんを公理こうりとして追加ついかしても、拡張かくちょうした体系たいけいが条件じょうけんを満みたすかぎり新あらたな独立どくりつ文ぶんが現あらわれる(本質的ほんしつてき不完全性ふかんぜんせい)第一だいいち定理ていりが該当がいとうする任意にんいの体系たいけいに適用てきようできることの直接ちょくせつの帰結きけつ(Gödel 1931年ねん、Rosser 1936年ねん)
    • 確かく加法かほうのみを持もち乗法じょうほうを持もたない自然数しぜんすうの理論りろんは完全かんぜんかつ決定けってい可能かのうであるPresburger(1929年ねん)
    • 確かくプレスブルガー算術さんじゅつの判定はんてい手続てつづきには二に重じゅう指数しすうの下界かかいがあるFischer & Rabin(1974年ねん)
    • 確かく実じつ閉へい体からだの理論りろんは完全かんぜんかつ決定けってい可能かのうであり、初等しょとう幾何きかとともに判定はんてい手続てつづきを持もつTarski, *A Decision Method for Elementary Algebra and Geometry*(1948年ねんの報告ほうこく、1951年ねん刊かん)
    • 確かく不完全性ふかんぜんせい定理ていりは、条件じょうけんを満みたす体系たいけいが「何なにも証明しょうめいできない」ことを含意がんいしない定理ていりの言明げんめいそのもの(存在そんざい言明げんめいであり全称ぜんしょう言明げんめいではない)
    • 争そう不完全性ふかんぜんせい定理ていりが人間にんげんの心こころは機械きかいを超こえることを示しめすという主張しゅちょうLucas(1961年ねん)、Penrose, *The Emperor's New Mind*(1989年ねん)が唱となえ、定理ていりの条件じょうけん言明げんめいとしての性格せいかくと体系たいけいの無矛盾むむじゅん性せいを知しる手立てだての欠如けつじょを理由りゆうに、Putnam・Boolos・Feferman ら論理学ろんりがく者しゃ側がわからの批判ひはんが優勢ゆうせいである
    • 確かくチューリングは計算けいさんの概念がいねんを定義ていぎし、その定義ていぎのもとで判定はんてい不能ふのうな問題もんだいを構成こうせいしたTuring, "On Computable Numbers, with an Application to the Entscheidungsproblem"(1936年ねん)。ただし「停止ていし問題もんだい」の名なと現行げんこうの定式化ていしきかは Davis, *Computability and Unsolvability*(1958年ねん)以降いこうのものであり、原論げんろん文ぶんが扱あつかったのは機械きかいが無限むげんの出力しゅつりょく列れつを出だし続つづけるかの判定はんていである
    • 確かくチャーチは独立どくりつに別べつの形式けいしき化かで決定けってい問題もんだいの否定的ひていてき解決かいけつに達たっしたChurch(1936年ねん)
    • 確かく整数せいすう係数けいすう方程式ほうていしきの整数せいすう解かいの存在そんざいを判定はんていする一般いっぱんの手続てつづきは存在そんざいしない(ヒルベルト第だい10問題もんだいの否定的ひていてき解決かいけつ)Matiyasevich(1970年ねん)、Davis・Putnam・J. Robinson の先行せんこう研究けんきゅうに基もとづく
    • 確かく有限ゆうげん表示ひょうじされた群ぐんの語ごの問題もんだいは一般いっぱんには決定けってい不能ふのうであり、四次よじ元もと閉へい多様体たようたいの同相どうしょう判定はんていも決定けってい不能ふのうであるNovikov(1955年ねん)、Boone(1958年ねん)、Markov(1958年ねん)
    • 確かくゲーデルは連続れんぞく体からだ仮説かせつが標準的ひょうじゅんてきな集合論しゅうごうろんの公理系こうりけいから反証はんしょうできないことを示しめしたGödel, *The Consistency of the Continuum Hypothesis*(1940年ねん、1938年ねんに予報よほう)
    • 確かくコーエンは強制きょうせい法ほうを用もちいて連続れんぞく体からだ仮説かせつが同どう公理系こうりけいから証明しょうめいできないことを示しめしたCohen(1963年ねんの論文ろんぶん、1966年ねんフィールズ賞しょう)
    • 争そう連続れんぞく体からだ仮説かせつに定さだまった真偽しんぎがあるかゲーデル自身じしんは肯定こうていし公理こうりの拡張かくちょうを求もとめた。現代げんだいの集合論しゅうごうろんには、大おおきな基数きすうなどによる決定けっていを目指めざす立場たちばと、単一たんいつの意図いとされた宇宙うちゅうを認みとめない立場たちばが併存へいそんする
    • 確かく算術さんじゅつの真しんなる文ぶん全体ぜんたいは算術さんじゅつの言語げんごの一ひとつの式しきでは定義ていぎできないTarski の真理しんり定義ていぎ不可能ふかのう性せい定理ていり(1933年ねんポーランド語ご、1936年ねんドイツ語ご訳やく)
    • 確かく証明しょうめい可能性かのうせいは算術さんじゅつの言語げんごのなかで定義ていぎできる証明しょうめい関係かんけいの原始げんし帰納きのう性せいとその算術さんじゅつ化か(Gödel 1931年ねん)。真理しんり述語じゅつごとの非対称ひたいしょうはここに由来ゆらいする
    • 確かくゲンツェンはε₀までの超ちょう限げん帰納法きのうほうを用もちいてペアノ算術さんじゅつの無矛盾むむじゅん性せいを証明しょうめいしたGentzen(1936年ねん)
    • 確かく自然しぜんな組合くみあわせ論ろんの言明げんめいでペアノ算術さんじゅつから独立どくりつなものが存在そんざいするParis & Harrington(1977年ねん)、Kirby & Paris によるグッドスタインの定理ていりの独立性どくりつせい(1982年ねん)
    • 確かく多項式たこうしき時間じかんを実用的じつようてき算法さんぽうの代理だいりとする線引せんびきは1960年代ねんだい半なかばに提案ていあんされたCobham(1965年ねん)、Edmonds "Paths, trees, and flowers"(1965年ねん)
    • 確かく充足じゅうそく可能性かのうせい問題もんだいのNP完全性かんぜんせいが示しめされ、翌年よくねんに21の問題もんだいへ拡張かくちょうされたCook(1971年ねん)、Levin(1973年ねん、独立どくりつ)、Karp(1972年ねん)
    • 確かくP対たいNP問題もんだいはクレイ数学すうがく研究所けんきゅうしょのミレニアム問題もんだいの一ひとつである2000年ねんの選定せんてい
    • 確かく巡回じゅんかいセールスマン問題もんだいの厳密げんみつ解かいを与あたえる古典的こてんてき動的どうてき計画けいかく法ほうの計算量けいさんりょうはおよそ n²·2ⁿ であるHeld & Karp(1962年ねん)、Bellman(1962年ねん)
    • 確かく現代げんだいの充足じゅうそく可能性かのうせいソルバは、産業さんぎょう応用おうようで生しょうじる数百すうひゃく万まん変数へんすう規模きぼの実例じつれいを日常的にちじょうてきに処理しょりするSAT競技会きょうぎかいおよび形式けいしき検証けんしょう・計画けいかく問題もんだいでの適用てきよう報告ほうこく
    • 確かく8万はちまん5900都市とし規模きぼの巡回じゅんかいセールスマン実例じつれいが厳密げんみつに解とかれているConcorde による pla85900 の解決かいけつ(2006年ねん)
    • 確かく単体たんたい法ほうには指数しすう時間じかんを要ようする入力にゅうりょくが構成こうせいできるが、実務じつむでは高速こうそくであるKlee & Minty(1972年ねん)
    • 確かく入力にゅうりょくに微小びしょうな摂動せつどうを加くわえた平均へいきんで見みれば単体たんたい法ほうは多項式たこうしき時間じかんになるSpielman & Teng の平滑へいかつ化か解析かいせき(2001年ねんの発表はっぴょう、2004年ねん刊かん)
    • 確かくタンパク質しつの立体りったい配座はいざの全ぜん探索たんさくは現実的げんじつてきな時間じかんで不可能ふかのうだが実際じっさいの折おりたたみは高速こうそくであるLevinthal(1969年ねん)
    • 確かく格子こうし模型もけいに単純化たんじゅんかしたタンパク質しつ折おりたたみ問題もんだいはNP困難こんなんであるBerger & Leighton、Crescenzi et al.(いずれも1998年ねん)
    • 確かく2020年ねんの盲検もうけんの構造こうぞう予測よそく競技会きょうぎかいで、深層学習しんそうがくしゅうに基もとづく手法しゅほうが全ぜん探索たんさくによらず実験じっけん構造こうぞうに迫せまる精度せいどを示しめしたCASP14(2020年ねん)の評価ひょうか
    • 確かく三角さんかく不等式ふとうしきを満みたす巡回じゅんかいセールスマンには最適解さいてきかいの1.5倍ばい以内いないを保証ほしょうする近似きんじ算法さんぽうがあるChristofides(1976年ねん)
    • 確かく頂点ちょうてん被覆ひふくには、極大きょくだいマッチングの両端りょうたん点てんを取とることで最適解さいてきかいの2倍にばい以内いないを保証ほしょうする近似きんじ算法さんぽうがある標準的ひょうじゅんてきな2倍にばい近似きんじ(Gavril による構成こうせいとして知しられる)
    • 確かくP≠NPの下もとで、三さん変数へんすう充足じゅうそく可能性かのうせいの最大化さいだいかは8はち分ぶんの七ななより良よい比率ひりつで近似きんじできないHåstad(2001年ねん)、PCP定理ていり(1992年ねん)に基もとづく
    • 確かく量子りょうし算法さんぽうにより素因そいん数分すうふん解かいと離散りさん対数たいすうは多項式たこうしき時間じかんで解とけるShor(1994年ねん)
    • 確かくRSA暗号あんごうの安全性あんぜんせいは素因そいん数分すうふん解かいの困難こんなんさに依拠いきょするRivest, Shamir & Adleman, *Communications of the ACM* 21(2)(1978年ねん)
    • 確かく量子りょうし計算機けいさんきの主要しゅような用途ようととして量子りょうし系けいの模倣もほうが提案ていあんされたFeynman, "Simulating Physics with Computers", *International Journal of Theoretical Physics* 21(1982年ねん)
    • 確かく構造こうぞうのない探索たんさくに対たいする量子りょうし的てき高速化こうそくかは候補こうほ数すうの平方根へいほうこん程度ていどにとどまるGrover(1996年ねん)
    • 推すい量子りょうし計算機けいさんきはNP完全かんぜん問題もんだいを一般いっぱんに多項式たこうしき時間じかんでは解とけないBQPがNPを含ふくむとは考かんがえられていないという専門家せんもんかの広ひろい合意ごういであり、証明しょうめいされてはいない
    • 確かく米国べいこく標準ひょうじゅん技術研究所ぎじゅつけんきゅうしょは2024年ねん8月はちがつに耐たい量子りょうし暗号あんごうの標準ひょうじゅんを公表こうひょうしたFIPS 203・204・205
    • 確かく1ビットの消去しょうきょには少すくなくとも kT·ln2 のエネルギー散逸さんいつを伴ともなうLandauer(1961年ねん)。室温しつおんで約やく3×10⁻²¹ ジュール
    • 確かくランダウアー限界げんかいに迫せまるエネルギー散逸さんいつが実験じっけんで測定そくていされたBérut et al., *Nature*(2012年ねん)
    • 推すい1キログラムの物質ぶっしつの情報処理じょうほうしょり速度そくどの上限じょうげんは約やく1.4×10⁵⁰ ビット毎秒まいびょうと見積みつもられるBremermann(1962年ねん)。mc²/h による上限じょうげんであり、情報処理じょうほうしょりの物理的ぶつりてき定式化ていしきかの取とり方かたに依存いぞんする
    • 確かくラプラスは決定論けっていろんから予測よそく可能性かのうせいを導みちびく思考しこうを明示めいじ的てきに述のべたLaplace, *Essai philosophique sur les probabilités*(1814年ねん)
    • 確かくポアンカレは初期値しょきち鋭敏えいびん性せいを認識にんしきし、気象予報きしょうよほうの困難こんなんをその例れいとして挙あげたPoincaré, *Science et méthode*(1908年ねん)
    • 確かくローレンツは三さん変数へんすうの対流たいりゅう模型もけいで決定論けっていろん的てき非ひ周期しゅうき流りゅうを示しめしたLorenz, "Deterministic Nonperiodic Flow", *Journal of the Atmospheric Sciences*(1963年ねん)
    • 確かくローレンツの気きづきは、印刷いんさつされた途中とちゅう値ちを丸まるめて再入力さいにゅうりょくしたことに始はじまる本人ほんにんの回想かいそう(*The Essence of Chaos*, 1993年ねん)
    • 確かく「蝶ちょうの羽はばたき」の題だいは1972年ねんの講演こうえんのために付つけられたものであるAAAS会合かいごうでの講演こうえん題だい(題だいそのものはフィリップ・メリリースの提案ていあんと伝つたえられる)
    • 確かく完全かんぜんな模型もけいと密みつな観測かんそくを仮定かていしても気象きしょうの予測よそく可能かのう期間きかんには有限ゆうげんの上限じょうげんがあるLorenz(1969年ねん)
    • 推すい現行げんこうの予報よほうが技能ぎのうを示しめすのは10日とおか程度ていどまでで、上限じょうげんまでになお数日すうじつの余地よちがあるZhang et al., *Journal of the Atmospheric Sciences*(2019年ねん)ほかの推定すいていに基もとづく解釈かいしゃく。値あたいは評価ひょうか指標しひょうと対象たいしょう量りょうに依存いぞんする
    • 確かく初期値しょきち摂動せつどうによる多数たすう計算けいさんを用もちいるアンサンブル予報よほうは1992年ねんに主要しゅよう予報よほうセンターで実運用じつうんように入はいったECMWF および NCEP における導入どうにゅう
    • 確かく感染症かんせんしょう流行りゅうこう予測よそくでは複数ふくすう模型もけいの統合とうごうが個別こべつ模型もけいを上回うわまわり、予測よそく技能ぎのうは予測よそく期間きかんの延長えんちょうとともに急速きゅうそくに低下ていかしたCramer et al., *PNAS*(2022年ねん、米国べいこくCOVID-19予測よそくハブの評価ひょうか)
    • 確かく惑星わくせい軌道きどうのリアプノフ時間じかんはおよそ500万まん年としと見積みつもられるLaskar(1989年ねん)、Sussman & Wisdom(1992年ねん)
    • 確かく水星すいせい軌道きどうが今後こんご50億ごじゅうおく年としのうちに不安定ふあんてい化かする確率かくりつは約やく1%と報告ほうこくされているLaskar & Gastineau, *Nature*(2009年ねん)
    • 確かく構成要素こうせいようその法則ほうそくを知しることと集合的しゅうごうてき振ふる舞まいを導みちびけることは別べつであると論ろんじられたAnderson, "More Is Different", *Science*(1972年ねん)
    • 確かく臨界りんかい点てんの近傍きんぼうでは、異ことなる物質ぶっしつが同おなじ臨界りんかい指数しすうを示しめす普遍性ふへんせいが成なり立たつ繰くり込こみ群ぐんによる普遍性ふへんせいクラスの説明せつめい(Wilson、1971年ねん)
    • 確かく予測よそくの流布るふが対象たいしょうを変かえ、予測よそくを実現じつげんさせる場合ばあいがあるMerton, "The Self-Fulfilling Prophecy"(1948年ねん)
    • 確かく集計しゅうけい量りょうの間あいだの推定すいていされた関係かんけいは政策せいさく変更へんこうによって変化へんかするため、政策せいさく評価ひょうかに流用りゅうようできないLucas, "Econometric Policy Evaluation: A Critique"(1976年ねん)
    • 確かく政治せいじ・経済けいざいの専門家せんもんか約やく280人にんから集あつめた約やく2万にまん8000件けんの確率かくりつ予測よそくは、平均へいきんすると単純たんじゅんな外挿がいそう規則きそくに劣おとったTetlock, *Expert Political Judgment*(2005年ねん、1980年代ねんだい半なかばからの収集しゅうしゅう)
    • 確かく単一たんいつの枠組わくぐみに依拠いきょする者ものより複数ふくすう視点してんを統合とうごうする者もののほうが予測よそく成績せいせきがよい同上どうじょう(バーリンの「ハリネズミと狐きつね」の区分くぶんに依拠いきょした分析ぶんせき)
    • 確かく予測よそくトーナメントにおいて上位じょうい層そうが持続的じぞくてきに高こう成績せいせきを示しめし、訓練くんれんと集約しゅうやくにより成績せいせきが向上こうじょうしたGood Judgment Project(2011年ねん開始かいし、IARPA主催しゅさいのトーナメント)、Tetlock & Gardner, *Superforecasting*(2015年ねん)
    • 確かくハイゼンベルクの1927年ねんの議論ぎろんは、測定そくていによる擾乱じょうらんを用もちいた思考しこう実験じっけんであったHeisenberg(1927年ねん、ガンマ線せん顕微鏡けんびきょうの思考しこう実験じっけん)
    • 確かく標準偏差ひょうじゅんへんさの積せきによる厳密げんみつな不ふ確定かくてい性せい関係かんけいは、単一たんいつの状態じょうたいの性質せいしつを述のべており、測定そくていの擾乱じょうらんを述のべていないKennard(1927年ねん)、Weyl(1928年ねん)、任意にんいの二ふたつの物理量ぶつりりょうへの一般いっぱん形けいは Robertson, *Physical Review* 34(1929年ねん)
    • 争そう測定そくてい誤差ごさと擾乱じょうらんに関かんする不等式ふとうしきの形かたち小澤正直おざわまさなお(2003年ねん)は素朴そぼくなハイゼンベルク型かたが普遍的ふへんてきには成なり立たたないとし、Busch, Lahti & Werner, *PRL* 111, 160405(2013年ねん)は別べつの誤差ごさ・擾乱じょうらんの定義ていぎのもとでハイゼンベルク型かたを証明しょうめいした。定義ていぎの妥当性だとうせいをめぐって論争ろんそうが続つづいている
    • 争そう素朴そぼくな誤差ごさ擾乱じょうらん関係かんけいの破やぶれとされる実験じっけん結果けっかErhart et al.(中性子ちゅうせいしスピン、2012年ねん)、Rozema et al.(光子こうし偏光へんこう、2012年ねん)。破やぶれが示しめされたのは小澤おざわの定義ていぎによる誤差ごさ・擾乱じょうらんについてであり、別べつの定義ていぎのもとでは同種どうしゅの測定そくていが定理ていりと整合せいごうするという反論はんろんがある
    • 確かく宇宙うちゅうの年齢ねんれいは約やく138億おく年とし、観測かんそく可能かのうな宇宙うちゅうの共動半径きょうどうはんけいは約やく465億おく光年こうねんであるPlanck 衛星えいせいの宇宙論うちゅうろんパラメータ(2018年ねん結果けっか)に基もとづくΛCDM模型もけい内ないの値あたいであり、模型もけいを替かえれば動うごく
    • 確かく加速かそく膨張ぼうちょうのもとでは、一定いってい距離きょりより遠方えんぽうの天体てんたいが現在げんざい放はなつ光ひかりは永久えいきゅうに到達とうたつしないΛCDM模型もけいにおける事象じしょうの地平ちへい面めん
    • 確かく宇宙うちゅうは誕生たんじょうから約やく38万さんじゅうはちまん年後ねんごの再さい結合けつごうまで光ひかりに対たいして不透明ふとうめいであった宇宙うちゅうマイクロ波は背景はいけい放射ほうしゃの最終さいしゅう散乱さんらん面めん(赤あか方ほう偏移へんい約やく1100)
    • 確かく宇宙うちゅう背景はいけいニュートリノは理論りろん上じょう存在そんざいするが直接ちょくせつ検出けんしゅつはなされていない標準ひょうじゅん宇宙論うちゅうろんの予言よげんと、検出けんしゅつ実験じっけんの現状げんじょう
    • 確かく2014年ねんに原始げんし重力波じゅうりょくはの検出けんしゅつとして発表はっぴょうされた信号しんごうは、銀河系ぎんがけい内ないの塵ちりで説明せつめいできることが示しめされ、検出けんしゅつの主張しゅちょうは取とり下さげられたBICEP2(2014年ねん)、BICEP2/Keck と Planck の共同きょうどう解析かいせき(2015年ねん)。論文ろんぶん自体じたいは撤回てっかいされていない
    • 確かく重力波じゅうりょくはの直接ちょくせつ検出けんしゅつは2015年ねん9月くがつの連星れんせいブラックホール合体がったいで達成たっせいされたLIGO による GW150914(2016年ねん2月にがつ発表はっぴょう)
    • 確かく人類じんるいが掘ほった最深さいしんの孔あなは約やく1万いちまん2262メートルであり、地球ちきゅう半径はんけい6371キロメートルの0.2%に満みたないコラ半島はんとう超ちょう深度しんど掘削孔くっさくこう SG-3(1989年ねん到達とうたつ)
    • 確かく地球ちきゅう内部ないぶの構造こうぞうは地震波じしんはの伝播でんぱから推定すいていされた外核がいかくの液体えきたい性せい(横波よこなみの不ふ透過とうか)、核かくマントル境界きょうかいの深ふかさ約やく2900キロメートル(Gutenberg、1910年代ねんだい)、内核ないかくの発見はっけん(Lehmann、1936年ねん)
    • 確かく地殻ちかくとマントルの放射性ほうしゃせい崩壊ほうかい起源きげんの反はんニュートリノが検出けんしゅつされ、地球ちきゅう内部ないぶの熱源ねつげんに制約せいやくを与あたえているKamLAND(2005年ねん)、Borexino
    • 推すい太陽たいよう中心ちゅうしんで生しょうじた光子こうしが表面ひょうめんに達たっするまでの時間じかんは数万すうまん年ねんから数十すうじゅう万まん年ねんである拡散かくさん近似きんじによる見積みつもりで、模型もけいと仮定かていに強つよく依存いぞんする。より古ふるい文献ぶんけんには10⁷年とし規模きぼの値あたいもある
    • 確かく太陽たいようニュートリノの観測値かんそくちは当初とうしょ、期待値きたいちの約やく三分さんぶんの一いちにとどまったDavis によるホームステイク実験じっけん(1968年ねん開始かいし)
    • 確かく太陽たいようニュートリノ問題もんだいはニュートリノ振動しんどうによって解決かいけつされたSNO は2001年ねんに荷電かでんカレント反応はんのうの測定そくていを他ほか実験じっけんの弾性だんせい散乱さんらんと比較ひかくして電子でんし型がた以外いがいの存在そんざいを示しめし、2002年ねんに3種さんしゅすべてに感度かんどを持もつ中性ちゅうせいカレント反応はんのうで全ぜんフラックスを直接ちょくせつ測定そくていした
    • 確かく化石かせき記録きろくの偏かたよりにより、突然とつぜんの絶滅ぜつめつが漸進的ぜんしんてきに見みえることがあるシグナー=リップス効果こうか(1982年ねん)
    • 確かく三人称さんにんしょうの記述きじゅつは一人称いちにんしょうの視点してんを含ふくまないという問題もんだいが定式化ていしきかされたNagel, "What Is It Like to Be a Bat?", *Philosophical Review*(1974年ねん)
    • 確かく物理的ぶつりてき過程かていがなぜ経験けいけんを伴ともなうのかという問といが「難むずかしい問題もんだい」と名なづけられたChalmers(1995年ねん)
    • 確かく意識いしきの神経しんけい相関そうかんを探索たんさくするという方法論ほうほうろん的てき転換てんかんが提案ていあんされたCrick & Koch(1990年ねん)
    • 確かく人ひとは自分じぶんの判断はんだんの理由りゆうを誤認ごにんし、事後じごにもっともらしい説明せつめいを構成こうせいすることがあるNisbett & Wilson, "Telling more than we can know", *Psychological Review*(1977年ねん)
    現げん六ろく

    現在げんざい ── いま学問がくもんはどうなっているか

    解とけていない問とい(未解之问 / The Unsolved)

    形式けいしきと物質ぶっしつ

    2000年ねん5月ごがつ、クレイ数学すうがく研究所けんきゅうしょはパリで七問ななもんを発表はっぴょうし、各かく問といに100万まんドルの賞金しょうきんを懸かけた。ミレニアム懸賞問題(千禧年大奖难题 / Millennium Prize Problems)である。1900年ねんに同おなじパリでヒルベルトが挙あげた23問にじゅうさんもんへの、意識的いしきてきな対比たいひである。ヒルベルトの一覧いちらんが20世紀にじっせいきの数学すうがくを実際じっさいに方向ほうこうづけたのに対たいし、クレイの一覧いちらんは逆向ぎゃくむきの機能きのうを果はたす ── 数学すうがくがどこで止とまっているかを示しめす表ひょうである。四半しはん世紀せいきを経へて、解とかれたのは一問いちもんである。

    その一問いちもんも、想定そうていされた道筋みちすじでは解とかれなかった。ポアンカレ予想よそうを示しめしたグリゴリー・ペレルマンが用もちいたのは位相いそう幾何きかの手法しゅほうではなく、リチャード・ハミルトンが構想こうそうした幾何きか解析かいせきの方法ほうほう ── 曲率きょくりつに応おうじて計量けいりょうを連続的れんぞくてきに変形へんけいさせるリッチ流りゅう ── を、途中とちゅうで生しょうじる特異点とくいてんの処理しょりまで含ふくめて完成かんせいさせるものだった。原稿げんこうは要点ようてんを圧縮あっしゅくした形かたちで書かかれており、検証けんしょうは、複数ふくすうの研究けんきゅうチームが細部さいぶを補おぎなう長大ちょうだいな解説かいせつを書かくことで進すすんだ。事実上じじつじょうの査読さどくが、制度せいどの外側そとがわで数年すうねんをかけて行おこなわれた。彼かれは2006年ねんのフィールズ賞しょうを辞退じたいし、2010年ねんの懸賞金けんしょうきんも、寄与きよはハミルトンと同等どうとうだとして受うけ取とらなかった。

    残のこる六問ろくもんは、P対たいNP、リーマン予想よそう、ナビエ・ストークス方程式ほうていしきの解かいの存在そんざいと滑なめらかさ、ヤン・ミルズの質量しつりょうギャップ、ホッジ予想よそう、バーチ=スウィナートン=ダイアー予想よそうである。このうちP対たいNPは「なぜ現在げんざいの道具どうぐでは解とけないかが分わかっている」という特異とくいな状態じょうたいにある。計算けいさんの困難こんなんさに下界かかいを与あたえる証明しょうめい技法ぎほうは、3度さんどにわたり自みずからの限界げんかいを証明しょうめいされてきた。1975年ねんのベイカー=ギル=ソロヴェイは、機械きかいに補助ほじょ的てきな問とい合あわせ装置そうちを与あたえると結論けつろんが両方向りょうほうこうに転ころびうることを示しめした。計算けいさんの詳細しょうさいに立たち入いらない議論ぎろんでは届とどかない。1994年ねんのラズボロフ=ルディッチは、既存きそんの回路かいろ下界かかいの証明しょうめいが共有きょうゆうする「自然しぜんな」性質せいしつが、暗号あんごう理論りろんの標準的ひょうじゅんてきな仮定かていと両立りょうりつしないと示しめした。2008年ねんのアーロンソン=ウィグダーソンは、代数だいすう的てきな拡張かくちょうを施ほどこした技法ぎほうもなお足たりないと示しめした。

    手持てもちの道具どうぐでは届とどかない、という診断しんだんだけが確定かくていしている。

    年とし誰だれが何なにを示しめしたか
    1975年ねんベイカー=ギル=ソロヴェイ機械きかいに補助ほじょ的てきな問とい合あわせ装置そうちを与あたえると、結論けつろんが両方向りょうほうこうに転ころびうる
    1994年ねんラズボロフ=ルディッチ既存きそんの回路かいろ下界かかいの証明しょうめいが共有きょうゆうする「自然しぜんな」性質せいしつは、暗号あんごう理論りろんの標準的ひょうじゅんてきな仮定かていと両立りょうりつしない
    2008年ねんアーロンソン=ウィグダーソン代数だいすう的てきな拡張かくちょうを施ほどこした技法ぎほうもなお足たりない

    表ひょう13P対たいNP ── 道具どうぐの限界げんかいが3度さんど証明しょうめいされている

    手持ちの道具では届かない、という診断だけが3度確定している
    図ず 109手持てもちの道具どうぐでは届とどかない、という診断しんだんだけが3度さんど確定かくていしている
    問題もんだい状態じょうたい
    ポアンカレ予想よそう解決かいけつ。リッチ流りゅうとその特異点とくいてん処理しょりによる。賞金しょうきんもフィールズ賞しょうも辞退じたいされた
    P対たいNP未解決みかいけつ。「なぜ現在げんざいの道具どうぐでは解とけないか」が3度さんど証明しょうめいされている
    リーマン予想よそう未解決みかいけつ
    ナビエ・ストークス方程式ほうていしきの解かいの存在そんざいと滑なめらかさ未解決みかいけつ
    ヤン・ミルズ理論りろんの質量しつりょうギャップ未解決みかいけつ
    ホッジ予想よそう未解決みかいけつ
    バーチ=スウィナートン=ダイアー予想よそう未解決みかいけつ

    表ひょう14ミレニアム懸賞けんしょう問題もんだい ── 四半しはん世紀せいき後ごの状態じょうたい

    四半世紀を経て、解かれたのは一問である
    図ず 110四半しはん世紀せいきを経へて、解とかれたのは一問いちもんである

    リーマン予想よそうは逆ぎゃくに、証拠しょうこが積つみ上あがりながら証明しょうめいが出でない例れいである。ゼータ関数かんすうの非ひ自明じめいな零れい点てんは、数値すうち的てきに確たしかめられた範囲はんいすべてで実部じつぶが二分にぶんの一いちである。だが、この分野ぶんやには数かぞえ上あげが裏切うらぎられた前例ぜんれいがある。素数そすうの個数こすうとその近似きんじを与あたえる対数たいすう積分せきぶんとの差さは、計算けいさん可能かのうな範囲はんいでつねに一方向いちほうこうに偏かたよるが、リトルウッドは1914年ねん、この差さが無限むげん回かい符号ふごうを変かえると証明しょうめいした。最初さいしょに符号ふごうが変かわる位置いちは、上界じょうかいが下さげられてきたものの、いまも特定とくていされていない。観測かんそくされる規則きそく性せいと証明しょうめい可能かのうな事実じじつは別物べつものだという教訓きょうくんが、この領域りょういきに刻きざまれている。

    ナビエ・ストークス方程式ほうていしきとヤン・ミルズの質量しつりょうギャップ(质量隙 / mass gap)は、実用じつようと証明しょうめいの乖離かいりを示しめす。前者ぜんしゃは航空機こうくうきの設計せっけいにも気象予報きしょうよほうにも使つかわれながら、三次さんじ元もとで滑なめらかな解かいが永久えいきゅうに存在そんざいし続つづけるのか、有限ゆうげん時間じかんで発散はっさんするのかが未決みけつである。2025年ねんには機械学習きかいがくしゅうを用もちいて、境界きょうかいのあるオイラー方程式ほうていしきなど粘性ねんせいを持もたない関連かんれん方程式ほうていしきについて、不安定ふあんていな特異とくい解かいの族ぞくが数値すうち的てきに見出みいだされたと報告ほうこくされた。だが対象たいしょうはナビエ・ストークスそのものではなく、粘性ねんせいの有無うむこそがこの問題もんだいの核心かくしんである。そもそも数値すうち解かいは証明しょうめいではなく、接近せっきんであって解決かいけつではない。後者こうしゃはさらに深ふかい。強つよい相互作用そうごさようを担になう場ばの理論りろんが、質量しつりょうゼロの構成要素こうせいようそから質量しつりょうを持もつ粒子りゅうしだけを生うむことは、加速器かそくきと格子こうし上じょうの数値すうち計算けいさんで確たしかめられている。にもかかわらず、その理論りろんを四次よじ元もとで数学的すうがくてきに構成こうせいすること自体じたいができていない。

    物理学ぶつりがくの最大さいだいの空白くうはくは、一般いっぱん相対性理論そうたいせいりろんと量子論りょうしろんの統合とうごうである。重力じゅうりょくを他ほかの相互作用そうごさようと同おなじ手続てつづきで量子化りょうしかすると、現あらわれる無限大むげんだいを有限ゆうげん個この量りょうの再さい定義ていぎで吸収きゅうしゅうできない。量子重力(量子引力 / quantum gravity)の候補こうほは複数ふくすうあり、超ちょう弦げん理論りろんは点てん粒子りゅうしを拡ひろがりを持もつ対象たいしょうに置おき換かえ、ループ量子りょうし重力じゅうりょくは時空じくうを離散りさん的てきな構造こうぞうとして組くみ立たてる。どちらも内部ないぶの整合性せいごうせいは高たかいが、決定的けっていてきな観測かんそくに届とどいていない。重力じゅうりょくの量子りょうし効果こうかが現あらわれる尺度しゃくどは、現在げんざいの加速器かそくきが到達とうたつするエネルギーより15桁じゅうごけたほど高たかく、当否とうひを分わける実験じっけんをまだ誰だれも設計せっけいできていない。候補こうほ理論りろんを確立かくりつした理論りろんのように扱あつかわないことが、この領域りょういきでは最低限さいていげんの作法さほうである。

    宇宙うちゅうのエネルギー収支しゅうしは、大半たいはんが正体しょうたい不明ふめいである。プランク衛星えいせいの最終さいしゅう結果けっかに基もとづく標準的ひょうじゅんてきな宇宙うちゅう模型もけいでは、現在げんざいの宇さかい暗黒エネルギー(暗能量 / dark energy)、暗黒物質(暗物质 / dark matter)で、既知きちの粒子りゅうしでできた物質ぶっしつは5%程度ていどである。ただしこの配分はいぶんは、宇宙うちゅう背景はいけい放射ほうしゃの統計とうけいを特定とくていの模型もけいで読よんだ結果けっかであり、模型もけいを替かえれば動うごく。暗黒あんこくエネルギーの側がわでは、2025年ねんの大規模だいきぼ分光ぶんこう観測かんそくがその強つよさの時間じかん変化へんかを示唆しさしたが、有意ゆうい性せいは発見はっけんの基準きじゅんに達たっしていない。

    暗黒あんこく物質ぶっしつを粒子りゅうしとして直接ちょくせつ捉とらえる試こころみは、液体えきたいキセノン検出器けんしゅつきの感度かんど向上こうじょうとともに候補こうほの余地よちを狭せばめてきた。だが検出けんしゅつには至いたっていない。それどころか探索たんさくは、太陽たいよう由来ゆらいのニュートリノが避さけられない背景はいけいとして現あらわれる領域りょういき ── 「ニュートリノの霧きり」と呼よばれる ── に、軽かるい候補こうほについてはすでに踏ふみ込こんだ。2024年ねんから2025年ねんにかけて、キセノン検出器けんしゅつきが太陽たいよう由来ゆらいのホウ素そ8ニュートリノと原子核げんしかくの散乱さんらんを捉とらえた。百ひゃくギガ電子でんしボルト規模きぼの重おもい候補こうほにはまだ余地よちがあるが、感度かんどを上あげれば必かならず見みつかる、という段階だんかいは終おわりつつある。

    物質ぶっしつと反物質はんぶっしつの非対称ひたいしょうも未決みけつである。サハロフは1967年ねん、非対称ひたいしょうが生しょうじる三さん条件じょうけんを挙あげた。標準ひょうじゅん模型もけいはこの三みっつを形式上けいしきじょうは満みたすが、そこに含ふくまれるCP対称性たいしょうせいの破やぶれは、観測かんそくされる物質ぶっしつの過剰かじょうを説明せつめいするには何なに桁けたも足たりない。有力ゆうりょくな筋書すじがきの一ひとつはニュートリノを経由けいゆするもので、ニュートリノ質量しつりょうの起源きげんという問題もんだいが接続せつぞくする。ニュートリノが質量しつりょうを持もつことは、飛行ひこう中ちゅうに種類しゅるいが変かわる振動しんどうの観測かんそくから確実かくじつである。だが、その絶対値ぜったいちも、三みっつの質量しつりょうの順序じゅんじょも、粒子りゅうしと反粒子はんりゅうしが同一どういつの存在そんざいかどうかも決きまっていない。

    トリチウムのベータ崩壊ほうかいによる直接ちょくせつ測定そくていの上限じょうげんは、2025年ねんの報告ほうこくで有効ゆうこう電子でんしニュートリノ質量しつりょう0.45電子でんしボルト(信頼しんらい水準すいじゅん90%)である。宇宙論うちゅうろん的てきな観測かんそくはこれより一桁いっけた近ちかく厳きびしい上限じょうげんを与あたえるが、それは宇宙うちゅう模型もけいを経由けいゆした制約せいやくであり、模型もけいを替かえれば緩ゆるむ。実験室じっけんしつで直接ちょくせつ測はかる値あたいと、宇宙うちゅうから間接かんせつに絞しぼる値あたいは、同おなじ量りょうについての別種べっしゅの言明げんめいである。順序じゅんじょについては、2025年ねんに稼働かどうした大型おおがた検出器けんしゅつきの初期しょき結果けっかを含ふくむ翌年よくねんの解析かいせきが、通常つうじょう順序じゅんじょをわずかに好このむ水準すいじゅんにとどまる。粒子りゅうしと反粒子はんりゅうしの同一性どういつせいは、ニュートリノを伴ともなわない二に重じゅうベータ崩壊ほうかいが起おきるかで判定はんていされるが、これは未いまだ観測かんそくされていない。

    生命せいめいと心こころ

    生命せいめいの起源きげんは、実験じっけんで再現さいげんされた部分ぶぶんと再現さいげんされない部分ぶぶんの境目さかいめがはっきりしている問題もんだいである。ウォルター・ギルバートが1986年ねんに名なづけたRNAワールド仮説かせつ(RNA世界假说 / RNA world hypothesis)は、遺伝いでん情報じょうほうの保持ほじと触媒しょくばい作用さようを一ひとつの分子ぶんしが兼かねる段階だんかいを想定そうていする。名なづけたのはギルバートだが、着想ちゃくそうそのものは新あたらしくない。遺伝いでんと触媒しょくばいを一ひとつの分子ぶんしが兼かねる段階だんかいという考かんがえは、1960年代ねんだい後半こうはんにウーズ、クリック、オーゲルがそれぞれ述のべていた。根拠こんきょも弱よわくない。RNAが触媒しょくばいとして働はたらくことは1980年代ねんだいに発見はっけんされ、タンパク質しつを合成ごうせいするリボソームの反応はんのう中心ちゅうしんがRNAでできていることは、2000年ねん前後ぜんごの構造こうぞう解析かいせきで確たしかめられた。現在げんざいの生命せいめいの最もっとも中心ちゅうしん的てきな機構きこうが、いまなおRNAの上うえに立たっている。

    困難こんなんは化学かがくの側がわにある。原始的げんしてきな条件じょうけんでヌクレオチドを作つくる経路けいろは、2009年ねんにシアン化物ばけものと単純たんじゅんな前駆体ぜんくたいから活性化かっせいかされたピリミジンヌクレオチドに至いたる道筋みちすじが示しめされて大おおきく前進ぜんしんした。だが、4種よんしゅの塩基えんきを同おなじ条件じょうけんで揃そろえ、鎖くさりに繋つなぎ、酵素こうそなしに十分じゅうぶんな正確せいかくさで複製ふくせいさせる段階だんかいは、いまも通とおっていない。糖とうのリボースは水中すいちゅうで壊こわれやすく、鏡像きょうぞう異性いせい体からだがなぜ一方いっぽうに偏かたよったのかも説明せつめいされていない。ゆえに代謝たいしゃが先さきだとする立場たちばが並立へいりつする ── 硫化鉄りゅうかてつの鉱物こうぶつ表面ひょうめんや、海底かいていのアルカリ性せい熱水ねっすい噴出孔ふんしゅつこうに自然しぜんに生しょうじるプロトン濃度のうどの勾配こうばいを、最初さいしょの化学かがくサイクルの舞台ぶたいとみなす説せつである。両者りょうしゃは排他的はいたてきではないが、どちらが先さきかは決着けっちゃくしていない。

    揃え、繋ぎ、酵素なしに正確さで複製させる ── 段はまだ全部つながっていない
    図ず 111揃そろえ、繋つなぎ、酵素こうそなしに正確せいかくさで複製ふくせいさせる ── 段だんはまだ全部ぜんぶつながっていない

    そのうえ、舞台ぶたいとなる原始げんし地球ちきゅうの条件じょうけんそのものが論争ろんそう中ちゅうである。初期しょきの大気たいきが強つよく還元かんげん的てきだったのか、二酸化炭素にさんかたんそと窒素ちっそを主しゅとする中性ちゅうせいに近ちかいものだったのかで、可能かのうな化学かがくは大おおきく変かわる。1950年代ねんだいのミラーの放電ほうでん実験じっけんが強きょう還元かんげん的てきな大気たいきを仮定かていしていたことは、後あとにまさにこの点てんで批判ひはんされた。反応はんのうが濃縮のうしゅくと乾湿かんしつの繰くり返かえしを要ようするなら陸上りくじょうの温泉おんせんが有利ゆうりになり、エネルギー勾配こうばいの持続じぞくを重おもんじるなら深海しんかいが有利ゆうりになる。最古さいこの生命せいめいの痕跡こんせきとされる炭素たんそ同位体どういたい比ひや微細びさい構造こうぞうにも、非ひ生物せいぶつ的てきな成因せいいんを排除はいじょしきれない例れいが少すくなくない。生命せいめいが始はじまった時期じきの下限かげんすら、幅はばを持もったままである。

    老化ろうかの機構きこうも単一たんいつの説せつに収束しゅうそくしていない。2013年ねんに九きゅう項目こうもくとして整理せいりされ、2023年ねんに12項目じゅうにこうもくへ拡張かくちょうされた「老化ろうかのホールマーク」(衰老的标志 / hallmarks of aging)── ゲノムの不安定ふあんてい性せい、テロメアの短縮たんしゅく、エピジェネティックな変化へんか、タンパク質しつ恒常性こうじょうせいの破綻はたん、細胞さいぼう老化ろうか、慢性まんせい炎症えんしょうなどを含ふくむ一覧いちらん ── は、原因げんいんの系列けいれつではなく、老化ろうかした個体こたいに共通きょうつうして観察かんさつされる特徴とくちょうの目録もくろくである。提唱ていしょう者しゃ自身じしんが、加齢かれいに伴ともなって現あらわれること、強つよめると老化ろうかが加速かそくすること、和やわらげると老化ろうかが遅おくれることという三みっつの要件ようけんを掲かかげているが、要件ようけんを満みたすことと上流じょうりゅうであることは別べつである。項目こうもくが増ふえたこと自体じたいが、機構きこうがなお特定とくていされていないことの表あらわれでもある。

    がんについても、原因げんいんとなる遺伝子いでんし変異へんいの目録もくろくは膨大ぼうだいに整備せいびされた一方いっぽう、死しをもたらす過程かていの理解りかいは遅おくれている。がんによる死しの大半たいはんは原発げんぱつ巣そうそのものではなく転移てんいによって生しょうじるが、転移てんいの各段かくだん階かい ── 原発げんぱつ巣そうからの離脱りだつ、血流けつりゅう中ちゅうでの生存せいぞん、遠隔えんかく臓器ぞうきへの定着ていちゃく、そして長ながい休眠きゅうみんを経へた再さい増殖ぞうしょく ── のどこが律速りっそくかは分わかっていない。臓器ぞうきごとに転移てんい先さきが偏かたよる現象げんしょうは1889年ねんに「種しゅと土つち」の比喩ひゆで指摘してきされて以来いらい知しられているが、土つちの側がわの条件じょうけんを分子ぶんしの言葉ことばで書かき下くだす作業さぎょうは途上とじょうにある。休眠きゅうみんした細胞さいぼうが何なに年ねんも後あとに目覚めざめる機構きこうに至いたっては、介入かいにゅうの標的ひょうてきすら定さだまっていない。

    抗菌薬耐性(抗菌药物耐药性 / antimicrobial resistance)は、時間じかんの側がわから迫せまる未解決みかいけつ問題もんだいである。2024年ねんに公表こうひょうされた世界的せかいてきな疾病しっぺい負担ふたんの推計すいけいでは、1990年ねんから2021年ねんまで毎年まいとし100万まん人ひと以上いじょうが耐性菌たいせいきん感染かんせんに起因きいんして死亡しぼうし、2025年ねんから2050年ねんまでの累計るいけいで3900万まん人ひと以上いじょうが耐性たいせいを直接ちょくせつの死因しいんとしうるとされた。推計すいけいの不ふ確実性かくじつせいは大おおきいが、方向ほうこうは諸しょ研究けんきゅうで一致いっちしている。困難こんなんは科学かがくより制度せいどに近ちかい。新あたらしい骨格こっかくを持もつ抗菌薬こうきんやくは、成功せいこうすればこそ使用しようを控ひかえられる薬くすりであり、開発費かいはつひを回収かいしゅうする通常つうじょうの仕組しくみが働はたらかない。技術ぎじゅつの問題もんだいではなく、報酬ほうしゅうの設計せっけいの問題もんだいとして残のこっている。

    心こころの側がわでは、意識いしきのハードプロブレム(意识的难问题 / hard problem of consciousness)が、定式化ていしきかそのものとして残のこっている。神経しんけい活動かつどうと報告ほうこく可能かのうな知覚ちかくとの対応たいおうを見みつけることと、なぜ物理的ぶつりてきな過程かていに主観的しゅかんてきな質しつが伴ともなうのかを説明せつめいすることは、別べつの課題かだいである。主要しゅような理論りろんは複数ふくすうある。情報じょうほうの統合とうごうの度合どあいを意識いしきの量りょうとみなす統合とうごう情報じょうほう理論りろん、情報じょうほうが脳内のうないで広域こういきに放送ほうそうされることを意識いしきと同一どういつ視しするグローバル・ワークスペース理論りろん、ある状態じょうたいについての高次こうじの表象ひょうしょうを要件ようけんとする説せつ、脳のうを予測よそく誤差ごさの最小化さいしょうか装置そうちとみなす予測よそく処理しょりの枠組わくぐみ。これらは互たがいに両立りょうりつしない予言よげんを含ふくむ。

    2025年ねんに公表こうひょうされた敵対的てきたいてき協働きょうどうの結果けっかは、この状況じょうきょうをよく示しめしている。対立たいりつする二に陣営じんえいが事前じぜんに予言よげんを登録とうろくし、中立ちゅうりつの研究けんきゅう群ぐんが同一どういつの実験じっけん計画けいかくで判定はんていしたところ、どちらの理論りろんも中核ちゅうかくの予言よげんを無傷むきずでは通過つうかしなかった。統合とうごう情報じょうほう理論りろんが要求ようきゅうした後方こうほうの皮質ひしつにおける持続的じぞくてきな同期どうきは見みられず、グローバル・ワークスペース理論りろんの予言よげんも部分的ぶぶんてきな支持しじにとどまった。一方いっぽうで、意識いしきされる内容ないようが後方こうほうの皮質ひしつに表現ひょうげんされるという点てんでは、双方そうほうの予言よげんを超こえて一致いっちした所見しょけんが得とくられている。決着けっちゃくしたのは「どちらも現状げんじょうのままでは不十分ふじゅうぶんである」という点てんだけであり、理論りろんの選択せんたくそのものは先送さきおくりされた。手続てつづきが働はたらいたことと、決着けっちゃくすることは別べつである。

    記憶きおくの物理的ぶつりてきな実体じったいについても、位置いちは絞しぼられたが正体しょうたいは残のこっている。特定とくていの記憶きおくを担になう細胞さいぼう集団しゅうだんを標識ひょうしきし、光ひかりで再さい活性化かっせいかすると対応たいおうする行動こうどうが引ひき起おこされる ── エングラム(engram)と呼よばれるこの細胞さいぼう集団しゅうだんの操作そうさは2010年代ねんだいに多数たすう報告ほうこくされた。だが標識ひょうしきされるのは記憶きおくが書かき込こまれた場所ばしょであって、何なにがどう書かき込こまれているかではない。シナプス強度きょうどの分布ぶんぷなのか、細胞さいぼう内ないの分子ぶんし状態じょうたいなのか、集団しゅうだんの発火はっかパターンの構造こうぞうなのかで説せつは割われる。さらに上位じょういの問とい ── 脳のうがどのような学習がくしゅう則そくで結合けつごうを変かえ、どのような形式けいしきで世界せかいを表現ひょうげんしているか ── は、機械学習きかいがくしゅうの側がわで強力きょうりょくな学習がくしゅう則そくが実用化じつようかされたことでかえって輪郭りんかくが鮮明せんめいになった。誤差ごさを出力しゅつりょく側がわから逆向ぎゃくむきに伝つたえる計算けいさんを脳のうがそのまま実装じっそうしている証拠しょうこはなく、生物学せいぶつがく的てきに実現じつげん可能かのうな代替案だいたいあんが複数ふくすう提案ていあんされている段階だんかいにある。

    地球ちきゅうと社会しゃかい

    気候感度(气候敏感度 / climate sensitivity)── 大気たいき中ちゅうの二酸化炭素にさんかたんそ濃度のうどが倍ばいになったとき、平衡へいこう状態じょうたいで地表ちひょうの平均へいきん気温きおんが何度なんど上あがるか ── は、1979年ねんに米国べいこくの研究けんきゅう評議会ひょうぎかいの報告ほうこくが摂氏せっし1.5度どから4.5度どという幅はばを示しめして以来いらい、40年よんじゅうねん近ちかく縮ちぢまらなかった。2021年ねんのIPCC第だい六次ろくじ評価ひょうか報告書ほうこくしょは、最良さいりょう推定値すいていちを3度さんど、可能性かのうせいの高たかい範囲はんいを2.5度どから4度よんど、可能性かのうせいが非常ひじょうに高たかい範囲はんいを2度にどから5度ごどとした。縮ちぢんだのは気候きこう模型もけいの一致いっちによってではない。古こ気候きこうの記録きろく、産業さんぎょう革命かくめい以降いこうの観測かんそく、個別こべつの物理ぶつり過程かていの理解りかいという三さん系統けいとうの独立どくりつな証拠しょうこを統合とうごうする評価ひょうかが2020年ねんに示しめされ、報告書ほうこくしょはこの方法ほうほうを採とった。証拠しょうこの統合とうごうの仕方しかたを変かえることで幅はばが縮ちぢんだのであって、新あたらしい観測かんそくが1点いってんを指さしたわけではない。縮ちぢんだのは主おもに下端したばの側がわである。第だい五次ごじ報告書ほうこくしょが可能性かのうせいの高たかい範囲はんいの下端したばとした1.5度どは退しりぞけられ、感度かんどが低ひくい可能性かのうせいが証拠しょうこによって除のぞかれた。

    残のこる幅はばの主因しゅいんは雲くもである。雲くもは太陽光たいようこうを反射はんしゃして冷ひやし、赤外線せきがいせんを捉とらえて温あたためる。温暖化おんだんかに伴ともなって雲くもの量りょう・高たかさ・水みずの相そうがどう変かわるかによって、雲フィードバック(云反馈 / cloud feedback)は符号ふごうすら模型間もけいかんで揃そろわない時期じきが長ながく続つづいた。とりわけ亜熱帯あねったいの海洋かいよう上じょうに広ひろがる下層かそうの層積そうせき雲くもは、数百すうひゃくメートルの厚あつみの中なかで起おきる乱流らんりゅうと凝結ぎょうけつに支配しはいされており、格子こうし間隔かんかくが数十すうじゅうキロメートルの全球ぜんきゅう模型もけいでは原理げんり的てきに解像かいぞうできない。解とけない過程かていは経験けいけん的てきな近似きんじ式しきで代替だいたいされる。新あたらしい世代せだいの模型もけい群ぐんで気候きこう感度かんどの上端じょうたんが伸のびたのは、この近似きんじ式しきの変更へんこうに由来ゆらいする部分ぶぶんが大おおきく、観測かんそくが高たかい値あたいを独立どくりつに支持しじしたためではない。だから模型もけいの平均へいきんをそのまま気候きこう感度かんどと読よむことはできない。

    ティッピング・ポイント(临界点 / tipping point)の位置いちはさらに定さだまらない。2022年ねんに公表こうひょうされた総説そうせつは、200件けんを超こえる研究けんきゅうを整理せいりして16の要素ようそを挙あげ、グリーンランド氷床ひょうしょう、西にし南極なんきょく氷床ひょうしょう、暖水だんすい性せいのサンゴ礁しょう、永久えいきゅう凍土とうどなどについて閾値しきいちの中心ちゅうしん推定すいていと幅はばを示しめした。だが幅はばは多おおくの場合ばあい、中心ちゅうしん推定すいていと同どう程度ていどに広ひろい。可逆かぎゃく性せいの判定はんていはさらに難むずかしい。氷床ひょうしょうは融解ゆうかいが進すすんだ後あとに同おなじ気温きおんへ戻もどしても元もとに復ふくさない可能性かのうせいがあり、大西洋たいせいようの南北なんぼく方向ほうこうの循環じゅんかんについては、模型もけいが現実げんじつより安定あんていな状態じょうたいに偏かたよっているという指摘してきが続つづいている。閾値しきいちの位置いちも、越こえた後あとに戻もどれるかも、確定かくていしていない。

    閾値を越えると戻らない要素が、地球規模で16ほど数えられている
    図ず 112閾値しきいちを越こえると戻もどらない要素ようそが、地球ちきゅう規模きぼで16ほど数かぞえられている

    生物せいぶつ多様性たようせいの側がわでは、失うしなわれる速度そくどを測はかる以前いぜんに、何なにがどれだけあるのかが分わかっていない。命名めいめいされ記載きさいされた種しゅの総数そうすうは数かぞえ方かたによって120万まんから200万まん程度ていどの幅はばがある。真核しんかく生物せいぶつ全体ぜんたいの推計すいけいは、分類ぶんるい階層かいそうの充填じゅうてんの規則きそく性せいを用もちいた2011年ねんの研究けんきゅうが約やく870万まん種しゅ(標準ひょうじゅん誤差ごさ約やく130万まん)を示しめしたが、それ以前いぜんの推計すいけいは300万まんから1億いちおくという桁違けたちがいの幅はばの中なかに散ちらばっていた。ただしこの数値すうちも、上位じょういの分類ぶんるい階層かいそうで記載きさいが飽和ほうわするという仮定かていに依存いぞんしており、手法しゅほうの妥当性だとうせいは当初とうしょから争あらそわれている。細菌さいきんや菌類きんるいを含ふくめれば推計すいけいはさらに割われる。絶滅ぜつめつ速度そくどが化石かせき記録きろくから求もとめた背景はいけいの数百すうひゃく倍ばいから1000倍ばいとされる根拠こんきょも、記載きさいの進すすんだ分類ぶんるい群ぐん ── おもに脊椎動物せきついどうぶつと一部いちぶの植物しょくぶつ ── からの外挿がいそうである。未み記載きさいの種しゅは、絶滅ぜつめつしても記録きろくに残のこらない。

    経済学けいざいがくの未解決みかいけつは、測定そくていの精度せいどではなく因果いんがの同定どうていにある。成長せいちょう会計かいけいは、産出さんしゅつの増加ぞうかのうち全要素生産性(全要素生产率 / total factor productivity)と呼よぶ。技術ぎじゅつ進歩しんぽの尺度しゃくどと説明せつめいされるが、定義上ていぎじょうは「説明せつめいできなかった分ぶん」であり、半はん世紀せいき以上いじょう前まえに「我々われわれの無知むちの尺度しゃくど」と呼よばれて以来いらい、その性格せいかくは変かわっていない。なぜある国くにが数十すうじゅう年ねんにわたって成長せいちょうし、別べつの国くにがしないのか。制度せいど、地理ちり、人的じんてき資本しほん、それらの相互作用そうごさようのうち何なにが上流じょうりゅうかをめぐる議論ぎろんは、自然しぜん実験じっけんを用もちいた研究けんきゅうが蓄積ちくせきされてもなお決着けっちゃくしていない。

    不平等ふびょうどうの決定けってい要因よういんも同様どうようである。資本しほん収益率しゅうえきりつと成長率せいちょうりつの関係かんけいを軸じくとする説明せつめいが2010年代ねんだいに広ひろく読よまれたが、技能ぎのうに偏かたよった技術ぎじゅつ変化へんか、貿易ぼうえき、税制ぜいせい、労働市場ろうどうしじょうの制度せいど、企業間きぎょうかんの生産性せいさんせい格差かくさといった要因よういんの寄与きよ配分はいぶんは、研究けんきゅうごとに異ことなる。金融きんゆう危機ききの予測よそくに至いたっては、予測よそくが可能かのうかどうか自体じたいが問とわれている。2008年ねん11月じゅういちがつ、英国えいこくの女王じょおうがロンドンの経済学部けいざいがくぶを訪おとずれて発はっした「なぜ誰だれも来くると分わからなかったのか」という問といは繰くり返かえし引ひかれるが、問題もんだいは予知よち能力のうりょくではない。危機ききは多数たすうの主体しゅたいの予期よきが同時どうじに転換てんかんする現象げんしょうであり、予測よそくが公表こうひょうされれば予測よそくの対象たいしょうそのものが変かわる。物理的ぶつりてきな系けいにはない再帰性さいきせいが、ここに横よこたわっている。

    社会しゃかい科学かがくに一般いっぱん法則ほうそくがあるのかという問といは、再現性さいげんせいの問題もんだいと外的がいてき妥当性だとうせい(外部效度 / external validity)の問題もんだいに分解ぶんかいできる。2010年代ねんだいに行おこなわれた検証けんしょうで、主要しゅよう誌しに載のった経済学けいざいがくの実験室じっけんしつ実験じっけん18件じゅうはっけんの追試ついしでは、11件じゅういっけん(61%)で元もとの効果こうかと同おなじ向むきの有意ゆういな結果けっかが得とくられ、心理学しんりがくより高たかいが完全かんぜんではない水準すいじゅんを示しめした。より深刻しんこくなのは、再現さいげんされた効果こうかが別べつの場所ばしょで同おなじ大おおきさを持もつとは限かぎらないことである。開発かいはつ経済学けいざいがくの無作為むさくい化か比較ひかく試験しけんを横断おうだん的てきに集あつめた分析ぶんせきは、同種どうしゅの介入かいにゅうでも効果こうか量りょうが場所ばしょによって大おおきく散ちらばり、既存きそんの研究けんきゅうから次つぎの研究けんきゅうの結果けっかを予測よそくする精度せいどが低ひくいことを示しめした。

    教育きょういく、貧困ひんこん、紛争ふんそうへの介入かいにゅうが場所ばしょによって結果けっかを変かえるのは、介入かいにゅうが制度せいど・規範きはん・市場しじょうと相互作用そうごさようするからである。同おなじ現金給付げんきんきゅうふが、ある社会しゃかいでは投資とうしに回まわり、別べつの社会しゃかいでは地域ちいきの物価ぶっかを押おし上あげる。ゆえに「何なにが効きくか」は「どこで、誰だれに、他ほかに何なにがあるとき効きくか」に書かき換かえられねばならないが、その条件じょうけんの一覧いちらんを先さきに書かき下くだす一般的いっぱんてきな方法ほうほうは確立かくりつしていない。そして人口じんこう減少げんしょう社会しゃかいの設計せっけいには、そもそも参照さんしょうできる前例ぜんれいがない。国連こくれんの2024年ねん改訂かいていでは世界せかい人口じんこうは2080年代ねんだい半なかばに約やく103億おくでピークに達たっすると投影とうえいされ、既すでに半数はんすうを超こえる国くにが人口じんこうの置換ちかん水準すいじゅんを下回したまわっている。縮小しゅくしょうしながら安定あんていする経済けいざいと社会しゃかいの設計せっけいは、理論りろんも事例じれいも不足ふそくしたままである。

    問といそのものが定さだまらない領域りょういき

    ある領域りょういきでは、答こたえの前まえに問といが定さだまっていない。人工知能じんこうちのうの「知能ちのう」がその典型てんけいである。何なにをもって知能ちのうとするかが決きまらないまま、測定そくていだけが先行せんこうした。指標しひょうとして用もちいられるのは主おもにベンチマーク、すなわち多数たすうの問題もんだいを集あつめた試験しけんである。だが試験しけんは二に重じゅうの意味いみで壊こわれる。第一だいいちに飽和ほうわする。上位じょういの系けいがそろって9割きゅうわりを超こえると、その試験しけんはもはや差さをつけない。大学院だいがくいん水準すいじゅんの科学かがく問題もんだいを集あつめた難問なんもん集しゅうでさえ、公開こうかいから数年すうねんのうちに正答せいとう率りつが4割よんわり前後ぜんごから9割きゅうわり台だいへ移うつり、識別力しきべつりょくを失うしなった。難易度なんいどを上あげた後継こうけいが作つくられ、また飽和ほうわする。

    第だい二にに汚染おせんされる。学習がくしゅうに用もちいられる資料しりょうが公開こうかい文書ぶんしょを大量たいりょうに含ふくむ以上いじょう、試験しけん問題もんだいそのものが学習がくしゅう側がわに混入こんにゅうしうる。データ汚染(数据污染 / data contamination)の混入こんにゅう率りつを調しらべた研究けんきゅうは、広ひろく使つかわれる試験しけんでも無視むしできない割合わりあいの問題もんだいが学習がくしゅうデータに現あらわれていると報告ほうこくしている。だが、構成概念妥当性(构念效度 / construct validity)である。試験しけんの点てんが高たかいことは何なにを意味いみするのか。ある試験しけんの点てんと、実務じつむでの有用性ゆうようせいや未知みちの課題かだいへの一般化いっぱんかとの対応たいおうは、ほとんど検証けんしょうされていない。ベンチマークを扱あつかう論文ろんぶんを大量たいりょうに調しらべた分析ぶんせきは、比較ひかくに統計的とうけいてきな不ふ確実性かくじつせいの評価ひょうかを伴ともなうものが少数しょうすうにとどまることを示しめした。数字すうじは精密せいみつだが、それが何なにの数字すうじかが定さだまっていない。

    「知能ちのう」「創造性そうぞうせい」「理解りかい」に操作そうさ的てきな定義ていぎを与あたえる試こころみは、いずれも同おなじ壁かべに当あたる。定義ていぎを狭せまく操作そうさ化かすれば測はかれるが、測はかっているものが元もとの概念がいねんから離はなれる。定義ていぎを広ひろく取とれば概念がいねんには忠実ちゅうじつだが、測定そくていできない。心理学しんりがくが20世紀にじっせいき前半ぜんはんに知能ちのう検査けんさをめぐって経験けいけんした循環じゅんかん ── 知能ちのうとは知能ちのう検査けんさが測はかるものである ── が、対象たいしょうを変かえて再演さいえんされている。理解りかいについては、内部ないぶで何なにが起おきていれば理解りかいと呼よんでよいかについて合意ごういがなく、外形がいけい的てきな振ふる舞まいだけを基準きじゅんに据すえると、振ふる舞まいを模倣もほうする系けいと原理げんり的てきに区別くべつできない。問といの側がわが固かたまらないかぎり、答こたえの側がわも固かたまらない。

    地球ちきゅう外がい生命せいめいの探査たんさでも、判定はんていの基準きじゅんが問といの中心ちゅうしんにある。惑星わくせい大気たいきの分子ぶんし組成そせいから生命せいめいの存在そんざいを推定すいていする方法ほうほうは、非ひ生物せいぶつ的てきな生成せいせい経路けいろをすべて排除はいじょできて初はじめて成なり立たつ。2023年ねんから2025年ねんにかけて、ある系けい外惑星がいわくせいの大気たいきに、地球ちきゅうでは主おもに海洋かいようの微生物びせいぶつが作つくる硫黄いおう化合物かごうぶつの兆候ちょうこうが見みえたという報告ほうこくが注目ちゅうもくを集あつめた。しかし同おなじ観測かんそくデータを別べつの解析かいせき手続てつづきで扱あつかった複数ふくすうの研究けんきゅうは、統計的とうけいてきに有意ゆういな検出けんしゅつとは言いえないと結論けつろんしている。装置そうちの較正こうせい、波長はちょうの区分くぶんの仕方しかた、あらかじめ想定そうていする分子ぶんしの一覧いちらんといった解析かいせき上じょうの選択せんたくが、結論けつろんを左右さゆうする。何なにをもって検出けんしゅつと呼よぶかの基準きじゅんを先さきに定さだめないかぎり、同型どうけいの論争ろんそうは繰くり返かえされる。バイオシグネチャー(biosignature)の判定基準はんていきじゅんを作つくること自体じたいが、いま未解決みかいけつの課題かだいである。

    この事情じじょうを踏ふまえ、2021年ねんには生命せいめいの検出けんしゅつを可否かひの二値にちで報告ほうこくするのをやめ、確信かくしんの度合どあいを段階だんかいで示しめす尺度しゃくどを導入どうにゅうすべきだという提案ていあんが出だされた。信号しんごうの検出けんしゅつ、汚染おせんの排除はいじょ、非ひ生物せいぶつ的てき経路けいろの排除はいじょ、独立どくりつの観測かんそくによる確認かくにんといった段階だんかいを順じゅんに定さだめ、どこまで到達とうたつしたかを明示めいじする枠組わくぐみである。これは答こたえの改良かいりょうではなく、問といの形式けいしきの変更へんこうにあたる。「生命せいめいはいるか」という問といには、そのままでは検証けんしょう可能かのうな形かたちが与あたえられない。だから問といを「どの段階だんかいまで確たしかめられたか」に組くみ替かえる ── 未解決みかいけつの領域りょういきでは、こうした問といの再さい設計せっけいそのものが研究けんきゅうの主要しゅような内容ないようになる。

    人新世(人类世 / Anthropocene)をめぐる論争ろんそうは、問といの立たて方ほうそのものが争点そうてんになった例れいとして明快めいかいである。作業さぎょう部会ぶかいは20世紀にじっせいき半なかば、核実験かくじっけんに由来ゆらいするプルトニウムが湖底こていの堆積物たいせきぶつに記録きろくされた層そうを境界きょうかいとする提案ていあんを出だしたが、2024年ねん3月さんがつ、第だい四よん紀き層序そうじょに関かんする小しょう委員会いいんかいは18名中めいちゅう12名じゅうにめいの反対はんたいでこれを否決ひけつし、上位じょういの組織そしきが同月どうげつこれを追認ついにんした。手続てつづきの適正てきせいをめぐる異議いぎも表明ひょうめいされた。ただし否決ひけつの論拠ろんきょの一ひとつは、人間にんげん活動かつどうの影響えいきょうが単一たんいつの年代ねんだい境界きょうかいを持もたず、地域ちいきと現象げんしょうごとに数千すうせん年ねんにわたって始はじまっているという主張しゅちょうであり、これは「新あたらしい世よとして区切くぎるのではなく、長期ちょうきにわたる出来事できごととして扱あつかうべきだ」という対案たいあんに結むすびつく。層序学そうじょがくの正式せいしきな単位たんいにはならなかったが、用語ようごは学界がっかいの内外ないがいで使つかわれ続つづけている。

    未解決みかいけつ問題もんだいの一覧いちらんは、その分野ぶんやが何なにを重要じゅうようと考かんがえているかの自画像じがぞうでもある。ヒルベルトの23問にじゅうさんもんが実際じっさいに方向ほうこうづけの力ちからを持もったのは、問題もんだいが本質的ほんしつてきだったからだけではない。誰だれが、どこで、どういう場ばで挙あげたかが効きいた。クレイの七問ななもんも、賞金しょうきんという装置そうちによって注目ちゅうもくを集中しゅうちゅうさせた。逆ぎゃくに、一覧いちらんに載のらなかった問といは資源しげんを集あつめにくい。研究けんきゅう資金しきんの配分はいぶん、雑誌ざっしの採否さいひ、任期にんきの審査しんさは、いずれも「重要じゅうような問とい」についての合意ごういを前提ぜんていとして動うごくが、その合意ごういがどのように形成けいせいされるかは、分野ぶんやの内部ないぶからは見みえにくい。

    そして、学問がくもんの外側そとがわにある問といがある。何なにを問とう価値かちのある問といとするかは、研究者けんきゅうしゃの共同体きょうどうたいだけで決きまらない。疾病しっぺい研究けんきゅうへの資源しげん配分はいぶんが、死者数ししゃすうや障害しょうがいの重おもさといった負担ふたんの指標しひょうと必かならずしも比例ひれいしないことは、1990年代ねんだいから繰くり返かえし指摘してきされてきた。作物さくもつについても、地域ちいきについても、同型どうけいの偏かたよりが報告ほうこくされている。未解決みかいけつ問題もんだいの一覧いちらんを眺ながめるとき、そこに何なにが載のっているかと同おなじだけ、何なにが載のっていないかが情報じょうほうである。一覧いちらんは自然しぜんの側がわにある難むずかしさの順位じゅんいではなく、難むずかしさと関心かんしんが交差こうさした地点ちてんの記録きろくなのである。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 58 / 推すい 9 / 争そう 15

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かくクレイ数学すうがく研究所けんきゅうしょは2000年ねんに七ななつのミレニアム懸賞けんしょう問題もんだいを発表はっぴょうし、各かく問といに100万まんドルの賞金しょうきんを設定せっていしたClay Mathematics Institute, Millennium Problems(2000年ねん)
    • 確かく2020年代ねんだい半なかばの時点じてんで解決かいけつ済ずみはポアンカレ予想よそうの一問いちもんのみで、六問ろくもんが未解決みかいけつであるClay Mathematics Institute の公表こうひょう状況じょうきょう
    • 確かくミレニアム懸賞けんしょう問題もんだいの七問ななもんは、ポアンカレ予想よそう、P対たいNP、リーマン予想よそう、ナビエ・ストークス方程式ほうていしきの解かいの存在そんざいと滑なめらかさ、ヤン・ミルズ理論りろんの質量しつりょうギャップ、ホッジ予想よそう、バーチ=スウィナートン=ダイアー予想よそうであるClay Mathematics Institute の問題もんだい記述きじゅつ(2000年ねん)
    • 確かくヒルベルトは1900年ねんのパリ国際こくさい数学者すうがくしゃ会議かいぎで問題もんだいの一覧いちらんを提示ていじした(講演こうえんで述のべたのは一部いちぶ、公刊こうかん版はんで23問にじゅうさんもん)Hilbert, "Mathematische Probleme"(1900年ねん)
    • 確かくペレルマンは2002年ねんから2003年ねんにかけてプレプリントを公開こうかいし、リッチ流りゅうとその特異点とくいてん処理しょりによりポアンカレ予想よそうを含ふくむ幾何きか化か予想よそうを示しめしたPerelman, arXiv preprints(2002〜2003年とし)
    • 確かくペレルマンは2006年ねんのフィールズ賞しょうを辞退じたいし、2010年ねんにクレイ研究所けんきゅうしょが授与じゅよを決きめた懸賞金けんしょうきんも受うけ取とらなかった国際こくさい数学すうがく連合れんごうおよびクレイ数学すうがく研究所けんきゅうしょの公表こうひょう
    • 確かくペレルマンの原稿げんこうは要点ようてんを圧縮あっしゅくした形かたちで書かかれ、複数ふくすうの研究けんきゅうチームによる詳細しょうさいな解説かいせつの公刊こうかんが事実上じじつじょうの検証けんしょうとなったKleiner & Lott(*Geometry & Topology* 12、2008年ねん)、Morgan & Tian(2007年ねん)、Cao & Zhu(*Asian Journal of Mathematics* 10、2006年ねん)
    • 推すいペレルマンの辞退じたい理由りゆうとしてハミルトンの寄与きよへの言及げんきゅうが伝つたえられる本人ほんにんの公的こうてき発言はつげんは限かぎられており、報道ほうどうと関係者かんけいしゃ証言しょうげんに基もとづく理解りかいである
    • 確かく相対そうたい化かの障壁しょうへき(神託しんたくを付加ふかすると結論けつろんが両方向りょうほうこうに転ころぶ)が示しめされたBaker, Gill & Solovay(1975年ねん)
    • 確かく自然しぜんな証明しょうめいの障壁しょうへき(一定いっていの性質せいしつを持もつ下界かかい証明しょうめいは暗号あんごうの標準的ひょうじゅんてき仮定かていと両立りょうりつしない)が示しめされたRazborov & Rudich(1994年ねん)
    • 確かく代数だいすう化かの障壁しょうへきが示しめされたAaronson & Wigderson(2008年ねん)
    • 確かくリーマン予想よそうは数値すうち的てきに多数たすうの零れい点てんについて確認かくにんされているが、証明しょうめいはない零れい点てん計算けいさんの各種かくしゅ報告ほうこくおよび Clay Mathematics Institute の問題もんだい記述きじゅつ
    • 確かく素数そすう計数けいすう関数かんすうと対数たいすう積分せきぶんの差さは無限むげん回かい符号ふごうを変かえるLittlewood(1914年ねん)
    • 確かく最初さいしょに符号ふごうが変かわる位置いちの上界じょうかいは繰くり返かえし改善かいぜんされてきたが、具体的ぐたいてきな位置いちは特定とくていされていないスキューズ数かずに関かんする後続こうぞく研究けんきゅう
    • 確かくナビエ・ストークス方程式ほうていしきの三次さんじ元もとにおける滑なめらかな解かいの大域たいいき的てき存在そんざいは未解決みかいけつであるClay Mathematics Institute, "Navier–Stokes Existence and Smoothness"
    • 確かく2025年ねん、機械学習きかいがくしゅうを用もちいて、粘性ねんせいを持もたない関連かんれん方程式ほうていしきについて不安定ふあんていな特異とくい解かいの族ぞくが数値すうち的てきに発見はっけんされたと報告ほうこくされたGoogle DeepMind ほかによる研究けんきゅう発表はっぴょう(2025年ねん)。対象たいしょうは境界きょうかいのある三次さんじ元もとオイラー方程式ほうていしき・非ひ圧縮あっしゅく多孔たこう質しつ媒体ばいたい方程式ほうていしき・ブシネスク方程式ほうていしきであり、ナビエ・ストークスではない。数値すうち的てき発見はっけんであり、ミレニアム問題もんだいの解決かいけつではない
    • 確かくヤン・ミルズ理論りろんの四次よじ元もとにおける数学的すうがくてき構成こうせいと質量しつりょうギャップの証明しょうめいは未解決みかいけつであるClay Mathematics Institute, "Yang–Mills and Mass Gap"
    • 確かく重力じゅうりょくの摂動せつどう的てき量子化りょうしかは有限ゆうげん個この量りょうの再さい定義ていぎでは発散はっさんを吸収きゅうしゅうできない一般いっぱん相対論そうたいろんの二にループ発散はっさんに関かんする結果けっか(Goroff & Sagnotti, 1986年ねん)
    • 争そう量子りょうし重力じゅうりょくの正ただしい枠組わくぐみ超ちょう弦げん理論りろんとループ量子りょうし重力じゅうりょくを含ふくむ複数ふくすうの候補こうほが並立へいりつし、識別しきべつする実験的じっけんてき証拠しょうこはない
    • 推すい重力じゅうりょくの量子りょうし効果こうかが顕在化けんざいかする尺度しゃくどは現行げんこう加速器かそくきの到達とうたつエネルギーより15桁じゅうごけた程度ていど高たかいプランクエネルギー(約やく10¹⁹ GeV)とLHCの重心じゅうしん系けいエネルギー(10³〜10⁴ GeV程度ていど)の比較ひかくからの評価ひょうか
    • 確かく標準的ひょうじゅんてきな宇宙うちゅう模型もけいで、宇宙うちゅうのエネルギー密度みつどの約やく68%が暗黒あんこくエネルギー、約やく27%が暗黒あんこく物質ぶっしつ、約やく5%が通常つうじょうの物質ぶっしつとされるPlanck Collaboration, "Planck 2018 results. VI. Cosmological parameters", A&A 641, A6(2020年ねん公刊こうかん)
    • 推すいこの配分はいぶんは模型もけいに依存いぞんし、仮定かていを変かえれば数値すうちも動うごくパラメータ推定すいていがΛCDMの枠わく内ないでの適合てきごうである点てんからの解釈かいしゃく
    • 確かく液体えきたいキセノンを用もちいた直接ちょくせつ探索たんさくは感度かんどを高たかめ続つづけているが、暗黒あんこく物質ぶっしつ粒子りゅうしの検出けんしゅつには至いたっていないLZ実験じっけんの公表こうひょう結果けっか(2024年ねんおよび2025年ねん)
    • 確かくキセノンを用もちいた直接ちょくせつ探索たんさくは太陽たいよう由来ゆらいホウ素そ8ニュートリノの原子核げんしかくコヒーレント散乱さんらんを検出けんしゅつする感度かんどに達たっし、軽かるい質量しつりょう域いきでは「ニュートリノの霧きり」に入はいったPandaX-4T・XENONnT(2024年ねん、兆候ちょうこう)、LZ(2025年ねん12月じゅうにがつ、有意ゆういな観測かんそく)
    • 争そう暗黒あんこくエネルギーが時間じかん変化へんかするかDESIの3年さんねん分ぶんの観測かんそく(2025年ねん公表こうひょう)は変化へんかする模型もけいを好このむが、有意ゆうい性せいは約やく2.8〜4.2σで発見はっけん基準きじゅん(5σ)に達たっしていない
    • 確かくサハロフは1967年ねんに、バリオン非対称ひたいしょうの生成せいせいに必要ひつような三さん条件じょうけんを定式化ていしきかしたSakharov(1967年ねん)
    • 確かくクォーク部門ぶもんで観測かんそくされるCP対称性たいしょうせいの破やぶれの大おおきさは、観測かんそくされる物質ぶっしつ過剰かじょうを説明せつめいするには不足ふそくする電弱でんじゃくバリオン数かず生成せいせいに関かんする標準的ひょうじゅんてき評価ひょうか
    • 確かくニュートリノが質量しつりょうを持もつことは、フレーバーの変化へんかを捉とらえた振動しんどうの観測かんそくから確立かくりつしているSuper-Kamiokande(1998年ねん)、SNO(2002年ねん)、2015年ねんノーベル物理学ぶつりがく賞しょう
    • 確かくKATRIN実験じっけんは有効ゆうこう電子でんしニュートリノ質量しつりょうの上限じょうげんを0.45電子でんしボルト(信頼しんらい水準すいじゅん90%)とする結果けっかを2025年ねんに報告ほうこくしたKATRIN Collaboration, *Science*(2025年ねん4月しがつ)
    • 推すい宇宙論うちゅうろん的てき観測かんそくはニュートリノ質量しつりょうについてより厳きびしい上限じょうげんを与あたえるが、宇宙うちゅう模型もけいを経由けいゆした制約せいやくである宇宙うちゅう背景はいけい放射ほうしゃと大規模だいきぼ構造こうぞうの解析かいせきに基もとづく評価ひょうかであり、仮定かていする模型もけいを替かえれば緩ゆるむ
    • 争そうニュートリノ質量しつりょうの順序じゅんじょ通常つうじょう順序じゅんじょをわずかに好このむ解析かいせきがあるが(JUNO初期しょき結果けっかを含ふくむ2026年ねんの解析かいせきでおよそ2σ台だい)、確定かくていしていない
    • 確かくニュートリノがマヨラナ粒子りゅうしかディラック粒子りゅうしかは未決みけつであり、ニュートリノを伴ともなわない二に重じゅうベータ崩壊ほうかいは未み観測かんそくである各かく実験じっけんの上限じょうげん報告ほうこく
    • 確かく「RNAワールド」という語ごはギルバートが1986年ねんに用もちいたGilbert, *Nature* 319(1986年ねん)
    • 確かく遺伝いでんと触媒しょくばいを一ひとつの分子ぶんしが兼かねる段階だんかいという着想ちゃくそうは、ギルバートの命名めいめいに先立さきだって1960年代ねんだい後半こうはんに述のべられていたWoese(1967年ねん)、Crick(1968年ねん)、Orgel(1968年ねん)
    • 確かくRNAが触媒しょくばい活性かっせいを持もつことは1980年代ねんだい前半ぜんはんに発見はっけんされたCech および Altman の研究けんきゅう(1989年ねんノーベル化学賞かがくしょう)
    • 確かくリボソームのペプチド結合けつごう形成けいせい部位ぶいはRNAで構成こうせいされるリボソーム結晶けっしょう構造こうぞう解析かいせき(2000年ねん前後ぜんご、2009年ねんノーベル化学賞かがくしょう)
    • 確かく原始的げんしてき条件下じょうけんかで活性化かっせいかピリミジンヌクレオチドに至いたる合成ごうせい経路けいろが示しめされたPowner, Gerland & Sutherland, *Nature* 459(2009年ねん)
    • 争そう生命せいめいの起源きげんにおける先行せんこう過程かてい遺伝いでん情報じょうほう先行せんこう(RNAワールド)と代謝たいしゃ先行せんこう(硫化鉄りゅうかてつ表面ひょうめん説せつ、アルカリ熱水ねっすい噴出孔ふんしゅつこう説せつ)が並立へいりつし、決着けっちゃくしていない
    • 争そう生体せいたい分子ぶんしのホモキラリティの起源きげん円偏光えんへんこうや鉱物こうぶつ表面ひょうめんによる初期しょきの偏かたよりと、その後ごの増幅ぞうふく機構きこうをめぐる複数ふくすうの説せつが並立へいりつし、決着けっちゃくしていない
    • 争そう初期しょき地球ちきゅう大気たいきの酸化さんか還元かんげん状態じょうたい強きょう還元かんげん的てきとする見方みかたと中性ちゅうせいに近ちかいとする見方みかたが対立たいりつし、可能かのうな前まえ生物せいぶつ化学かがくの範囲はんいが変かわる
    • 確かくミラーの放電ほうでん実験じっけんは強きょう還元かんげん的てきな大気たいき組成そせいを仮定かていしていたMiller, *Science* 117(1953年ねん)
    • 確かく「老化ろうかのホールマーク」は2013年ねんに九きゅう項目こうもくとして提示ていじされ、2023年ねんに12項目じゅうにこうもくへ拡張かくちょうされたLópez-Otín et al., *Cell* 153(2013年ねん); *Cell* 186(2), 243–278(2023年ねん)
    • 推すいホールマークの一覧いちらんは因果いんがの系列けいれつではなく共通きょうつう観察かんさつされる特徴とくちょうの目録もくろくである提示ていじされた三さん要件ようけん(加齢かれい時じ発現はつげん・強化きょうかで加速かそく・緩和かんわで減速げんそく)が上流じょうりゅう性せいを含意がんいしない点てんからの解釈かいしゃく
    • 確かく臓器ぞうき特異とくい的てきな転移てんいの偏かたよりは「種しゅと土つち」仮説かせつとして提唱ていしょうされたPaget, *The Lancet*(1889年ねん)
    • 争そうがん死しにおける転移てんいの寄与きよ割合わりあい9割きゅうわり前後ぜんごという数値すうちが広ひろく引用いんようされるが、推計すいけいの根拠こんきょは分類ぶんるい方法ほうほうに依存いぞんし、確立かくりつした測定そくていではない
    • 確かく1990年ねんから2021年ねんまで毎年まいとし100万まん人ひと以上いじょうが細菌さいきんの抗菌薬こうきんやく耐性たいせいに起因きいんして死亡しぼうしたと推計すいけいされたGRAM Project, *The Lancet* 404(2024年ねん9月くがつ)
    • 確かく同どう研究けんきゅうは2025年ねんから2050年ねんの累計るいけいで3900万まん人ひと以上いじょうが耐性たいせいを直接ちょくせつの死因しいんとしうると予測よそくした同上どうじょう(予測よそくであり、不ふ確実性かくじつせい区間くかんを伴ともなう)
    • 確かく意識いしきのハードプロブレムは、機能きのうの説明せつめいと主観的しゅかんてき経験けいけんの説明せつめいを区別くべつする問題もんだいとして定式化ていしきかされたChalmers(1995年ねん)
    • 争そう意識いしきの主要しゅよう理論りろん統合とうごう情報じょうほう理論りろん、グローバル・ワークスペース理論りろん、高次こうじ表象ひょうしょう説せつ、予測よそく処理しょりが並立へいりつし、決着けっちゃくしていない
    • 確かく2025年ねん公表こうひょうの敵対的てきたいてき協働きょうどうで、統合とうごう情報じょうほう理論りろんとグローバル・ワークスペース理論りろんのいずれも中核ちゅうかく予言よげんを完全かんぜんには満みたさず、一方いっぽうで意識いしきされる内容ないようが後方こうほう皮質ひしつに表現ひょうげんされる点てんは双方そうほうの予言よげんを超こえて支持しじされたCogitate Consortium, *Nature*(2025年ねん)
    • 確かく標識ひょうしきした細胞さいぼう集団しゅうだんの光ひかりによる再さい活性化かっせいかで記憶きおくに対応たいおうする行動こうどうが誘発ゆうはつされることが示しめされた2010年代ねんだいの光ひかり遺伝学いでんがく的てきエングラム研究けんきゅう
    • 争そう記憶きおくの物理的ぶつりてきな担体たんたいシナプス強度きょうど分布ぶんぷ、細胞さいぼう内ない分子ぶんし状態じょうたい、集団しゅうだん発火はっかパターンのいずれが本体ほんたいかで見解けんかいが分わかれる
    • 推すい脳のうが誤差ごさ逆ぎゃく伝播でんぱそのものを実装じっそうしている証拠しょうこはなく、生物学せいぶつがく的てきに妥当だとうな代替だいたい学習がくしゅう則そくが複数ふくすう提案ていあんされている段階だんかいである神経しんけい科学かがくと機械学習きかいがくしゅうの接点せってんにおける議論ぎろん状況じょうきょうからの評価ひょうか
    • 確かく1979年ねんの報告ほうこくは気候きこう感度かんどを摂氏せっし1.5度どから4.5度どと評価ひょうかしたCharney Report, US National Research Council(1979年ねん)
    • 確かくIPCC第だい六次ろくじ評価ひょうか報告書ほうこくしょは平衡へいこう気候きこう感度かんどの最良さいりょう推定値すいていちを3度さんど、可能性かのうせいが高たかい範囲はんいを2.5〜4度ど、可能性かのうせいが非常ひじょうに高たかい範囲はんいを2〜5度どとしたIPCC AR6 WGI SPM(2021年ねん)。第だい五次ごじ報告書ほうこくしょが可能性かのうせいの高たかい範囲はんいの下端したばとしていた1.5度どは退しりぞけられ、狭せばまったのは主おもに下端したば側がわである
    • 確かく複数ふくすう系統けいとうの証拠しょうこを統合とうごうした評価ひょうかは66%区間くかんを2.6〜3.9度どとしたSherwood et al., *Reviews of Geophysics* 58(4)(2020年ねん)
    • 確かく雲くもフィードバックは気候きこう感度かんどの不ふ確実性かくじつせいの主要しゅよう因もとであるIPCC AR6 WGI 第だい七なな章しょう
    • 確かく亜熱帯あねったいの海洋かいよう上じょうに広ひろがる下層かそうの層積そうせき雲くもは数百すうひゃくメートルの厚あつみの乱流らんりゅうと凝結ぎょうけつに支配しはいされ、格子こうし間隔かんかくが数十すうじゅうキロメートルの全球ぜんきゅう模型もけいでは解像かいぞうできず、経験けいけん的てきな近似きんじ式しきで代替だいたいされる雲くも過程かていのパラメタリゼーションに関かんする標準的ひょうじゅんてきな説明せつめい(IPCC AR6 WGI 第だい七なな章しょうほか)
    • 推すい新世代しんせだい模型もけい群ぐんでの気候きこう感度かんど上端じょうたんの上昇じょうしょうは雲くもの表現ひょうげんの変更へんこうに由来ゆらいする部分ぶぶんが大おおきいCMIP5とCMIP6の比較ひかく研究けんきゅうからの評価ひょうか。観測かんそくによる独立どくりつの支持しじは限定的げんていてきである
    • 確かく2022年ねんの総説そうせつは16の気候きこうティッピング要素ようそを同定どうていし、閾値しきいちの中心ちゅうしん推定すいていと幅はばを示しめしたArmstrong McKay et al., *Science* 377(2022年ねん9月くがつ)
    • 争そう大西洋たいせいよう南北なんぼく循環じゅんかんの安定性あんていせい模型もけいが現実げんじつより安定あんてい側がわに偏かたよっている可能性かのうせいが指摘してきされており、閾値しきいちの位置いちも可逆かぎゃく性せいも確定かくていしていない
    • 争そう真核しんかく生物せいぶつの種数しゅすうの推計すいけいMora et al., *PLOS Biology* 9(8)(2011年ねん)は約やく870万まん種しゅ(標準ひょうじゅん誤差ごさ約やく130万まん、記載きさい済ずみ約やく120万まん)としたが、上位じょうい分類ぶんるい群ぐんの記載きさい曲線きょくせんを外挿がいそうする手法しゅほうの妥当性だとうせいをめぐる批判ひはんが公表こうひょう直後ちょくごから続つづいている
    • 確かくそれ以前いぜんの全ぜん種数しゅすう推計すいけいは300万まんから1億いちおくという幅はばの中なかに散ちらばっていた同上どうじょうにおける先行せんこう研究けんきゅうの整理せいり
    • 推すい絶滅ぜつめつ速度そくどが背景はいけいの数百すうひゃく倍ばいから1000倍ばいとされる推定すいていは、記載きさいの進すすんだ分類ぶんるい群ぐんからの外挿がいそうである推定すいてい手法しゅほうの記載きさい範囲はんいへの依存いぞんからの評価ひょうか
    • 確かく全ぜん要素ようそ生産性せいさんせいは成長せいちょう会計かいけいにおける残差ざんさであり、「我々われわれの無知むちの尺度しゃくど」と評ひょうされたAbramovitz(1956年ねん)、Solow(1957年ねん)
    • 争そう長期ちょうき成長せいちょうの決定けってい要因よういん制度せいど、地理ちり、人的じんてき資本しほんのいずれが上流じょうりゅうかについて見解けんかいが分わかれる
    • 確かく主要しゅよう誌し掲載けいさいの経済学けいざいがく実験室じっけんしつ実験じっけん18件じゅうはっけんの追試ついしで、11件じゅういっけん(61%)が元もとの効果こうかと同おなじ向むきの有意ゆういな結果けっかを再現さいげんしたCamerer et al., *Science* 351(6280)(2016年ねん)
    • 確かく2008年ねん11月じゅういちがつ、英国えいこくの女王じょおうがロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを訪おとずれ、金融きんゆう危機ききについて「なぜ誰だれも来くると分わからなかったのか」と問とうた2008年ねん11月じゅういちがつ5日いつかの訪問ほうもん時じの発言はつげんとして報ほうじられ、英国えいこく学士がくし院いんが翌年よくねんに回答かいとうの書簡しょかんを送おくった
    • 確かく開発かいはつ分野ぶんやの無作為むさくい化か比較ひかく試験しけんを横断おうだん的てきに集あつめた分析ぶんせきは、同種どうしゅ介入かいにゅうの効果こうか量りょうが場所ばしょにより大おおきく散ちらばることを示しめしたVivalt による影響えいきょう評価ひょうかのメタ分析ぶんせき(AidGrade データ)
    • 確かく国連こくれんの2024年ねん改訂かいていは、世界せかい人口じんこうが2080年代ねんだい半なかばに約やく103億おくでピークに達たっすると投影とうえいしたUN DESA, *World Population Prospects 2024*
    • 確かく半数はんすうを超こえる国くにで合計ごうけい特殊とくしゅ出生率しゅっしょうりつが人口じんこう置換ちかん水準すいじゅん(約やく2.1)を下回したまわっている同上どうじょう
    • 確かく主要しゅような言語げんご理解りかいベンチマークは上位じょういモデルの正答せいとう率りつが9割きゅうわりを超こえて識別力しきべつりょくを失うしなったMMLU等とうの飽和ほうわに関かんする報告ほうこく(2023〜2026年とし)
    • 確かく大学院だいがくいん水準すいじゅんの科学かがく問題集もんだいしゅうでも、公開こうかいから数年すうねんで上位じょういモデルの正答せいとう率りつが4割よんわり前後ぜんごから9割きゅうわり台だいへ上昇じょうしょうしたGPQA Diamond のスコア推移すいい(2023〜2026年とし)
    • 確かく広ひろく用もちいられるベンチマークに無視むしできない割合わりあいの学習がくしゅうデータ汚染おせんが報告ほうこくされている汚染おせん率りつ調査ちょうさの各種かくしゅ報告ほうこく(2024〜2025年とし)
    • 確かくベンチマーク論文ろんぶんの大規模だいきぼ調査ちょうさで、比較ひかくに統計的とうけいてき不ふ確実性かくじつせいの評価ひょうかを伴ともなうものは少数しょうすうだったBean et al.(2025年ねん)による445件けんの調査ちょうさ
    • 確かく「知能ちのうとは知能ちのう検査けんさが測はかるものである」という操作そうさ的てき定義ていぎが示しめされ、循環じゅんかんとして繰くり返かえし批判ひはんされてきたBoring, "Intelligence as the tests test it", *New Republic*(1923年ねん)
    • 争そう系けい外惑星がいわくせいK2-18bにおける硫黄いおう化合物かごうぶつの検出けんしゅつ2023年ねんおよび2025年ねんの報告ほうこくに対たいし、独立どくりつな再さい解析かいせきは統計的とうけいてきに有意ゆういな検出けんしゅつとは言いえないとした(*A&A* 700, A284 ほか、2025年ねん)
    • 確かく生命せいめい検出けんしゅつの報告ほうこくを可否かひの二値にちではなく確信かくしん度どの段階だんかいで示しめす枠組わくぐみが提案ていあんされたGreen et al., *Nature* 598(2021年ねん)における生命せいめい検出けんしゅつ確信かくしん度ど尺度しゃくどの提案ていあん
    • 確かく第だい四よん紀き層序そうじょ小しょう委員会いいんかいは2024年ねん3月さんがつ、人ひと新世しんせいを正式せいしきな世よとする提案ていあんを18名中めいちゅう12名じゅうにめいの反対はんたいで否決ひけつし、上位じょうい機関きかんが同月どうげつこれを追認ついにんしたICS/IUGS 声明せいめい(2024年ねん3月さんがつ20日はつか)
    • 争そう否決ひけつの手続てつづきの適正てきせい小しょう委員会いいんかい内部ないぶから規約きやく違反いはんの指摘してきが出だされ、決定けっていの正当性せいとうせいをめぐる異議いぎが表明ひょうめいされた
    • 争そう人ひと新世しんせいの扱あつかい世よとして区切くぎる案あんと、長期ちょうきにわたる「出来事できごと」として扱あつかう対案たいあんが対立たいりつしている
    • 推すい疾病しっぺい研究けんきゅうへの資源しげん配分はいぶんは疾病しっぺい負担ふたんの指標しひょうと必かならずしも比例ひれいしない米国べいこくの研究けんきゅう資金しきん配分はいぶんと疾病しっぺい負担ふたんの比較ひかく研究けんきゅう(1990年代ねんだい以降いこう)に基もとづく解釈かいしゃく。要因よういんの同定どうていは研究けんきゅうにより異ことなる
    現げん七なな

    現在げんざい ── いま学問がくもんはどうなっているか

    知ちはどう壊こわれるか(知识如何崩坏 / How Knowledge Breaks)

    再現さいげんできない

    まず用語ようごを整理せいりしておかねばならない。日本語にほんごでも英語えいごでも、この領域りょういきの語ごは混乱こんらんしている。米国べいこく科学かがくアカデミー(全米ぜんべい科学かがく・工学こうがく・医学いがくアカデミー)が2019年ねんに出だした報告書ほうこくしょは、二ふたつを明確めいかくに分わけた。再現性(可重复性 / reproducibility)とは、同おなじデータに同おなじ手順てじゅん・同おなじコードを適用てきようして同おなじ結果けっかが出でることである。再現可能性(可复制性 / replicability)とは、同おなじ問といに対たいして新あたらしくデータを取とり直なおし、同おなじ結論けつろんに達たっすることである。前者ぜんしゃは計算けいさんの一致いっちであり、後者こうしゃは自然しぜんについての主張しゅちょうの一致いっちである。前者ぜんしゃが崩くずれれば計算けいさんか記述きじゅつに誤あやまりがある。後者こうしゃが崩くずれても、必かならずしも誤あやまりとは限かぎらない。この区別くべつが定着ていちゃくしていなかったことの証拠しょうこに、計算機科学けいさんきかがくの学会がっかいである米国べいこく計算機けいさんき学会がっかいは当初とうしょこれと逆ぎゃくの定義ていぎを採用さいようしており、2020年ねんに報告書ほうこくしょの用法ようほうへ合あわせて改あらためている。

    心理学しんりがくが最初さいしょに大おおきな数字すうじを出だした。オープン・サイエンス・コラボレーションが2015年ねんに『サイエンス』で公表こうひょうした追試ついし計画けいかくは、2008年ねんに3誌さんしに載のった実験じっけん研究けんきゅう・相関そうかん研究けんきゅう100本ほんを、原著げんちょの材料ざいりょうを可能かのうなかぎり用もちい、原著げんちょより高たかい検出力けんしゅつりょくを確保かくほして追試ついしした。結果けっかは、原著げんちょの97%が統計的とうけいてきに有意ゆういだったのに対たいし、追試ついしで有意ゆういだったのは36%だった。ただしこの36%は「有意ゆうい水準すいじゅんを下回したまわるか」という一ひとつの基準きじゅんにすぎない。同おなじ論文ろんぶんは別べつの基準きじゅんも併あわせて報告ほうこくしている。原著の効果量(效应量 / effect size)が追試ついしの95%信頼しんらい区間くかんに入はいったのは47%、追試ついしチームが主観的しゅかんてきに「再現さいげんした」と判定はんていしたのは39%、原著げんちょと追試ついしを統合とうごうして有意ゆういが残のこったのは68%である。数字すうじは基準きじゅんに従属じゅうぞくする。一ひとつの数字すうじだけを引ひくのは、この研究けんきゅうの作法さほうに反はんする。

    この結果けっかの解釈かいしゃく自体じたいが争点そうてんになった。ギルバートらは2016年ねんに同誌どうし上じょうで、追試ついしの手続てつづきが原著げんちょと異ことなる例れいがあること、標本ひょうほん誤差ごさだけでも観測かんそくされた低ひくさは説明せつめいできることを指摘してきし、元もとデータは高たかい再現性さいげんせいとも整合せいごうすると論ろんじた。執筆しっぴつ陣じんは反論はんろんした。決着けっちゃくはついていない。確たしかなのは、追試ついしの効果こうか量りょうが原著げんちょのおよそ半分はんぶんだったという点てんで、これは基準きじゅんの取とり方かたに依存いぞんしない。

    生物せいぶつ医学いがくではもっと早はやくから警告けいこくが出でていた。バイエルの研究者けんきゅうしゃらが2011年ねんに報告ほうこくしたのは、社内しゃないの創薬そうやくプロジェクト67件ろくじゅうななけんの照合しょうごうで、公表こうひょうデータと社内しゃない所見しょけんが完全かんぜんに一致いっちしたのは2割にわりから2割にわり5分ごふん程度ていどだったという内容ないようである。アムジェンのベグリーとエリスは2012年ねん、がん生物学せいぶつがくの「画期的かっきてき」論文ろんぶん53本ごじゅうさんぼんのうち、社内しゃないで結果けっかを確認かくにんできたのは6本ろっぽんにとどまったと書かいた。ただしどちらも、対象たいしょう論文ろんぶんの一覧いちらんも生せいデータも公開こうかいしていない。秘密保持契約ひみつほじけいやくを理由りゆうとしたが、検証けんしょう不能ふのうな報告ほうこくである以上いじょう、これらの数字すうじは証言しょうげんとして扱あつかうのが正ただしい。

    検証けんしょう可能かのうな形かたちで行おこなわれたのが、オープンサイエンス・センターとサイエンス・エクスチェンジによるがん生物学せいぶつがくの再現さいげんプロジェクトである。2013年ねんに開始かいしし、53本ごじゅうさんぼんの論文ろんぶんから193の実験じっけんを選えらんだ。だが完了かんりょうできたのは23本にじゅうさんぼんから50実験じっけんだった。理由りゆうそのものが発見はっけんだった。193の実験じっけんのうち、原論げんろん文ぶんの記述きじゅつだけで追試ついしの手順てじゅん書しょを書かけたものは一ひとつもなかった。効果こうか量りょうと検出力けんしゅつりょくを計算けいさんするのに必要ひつようなデータが公開こうかいされていたのは、193のうち四よっつである。原著げんちょ者しゃに問とい合あわせると、41%の実験じっけんでは非常ひじょうに協力きょうりょく的てきだったが、32%では協力きょうりょくが得とくられないか返答へんとうがなかった。最終的さいしゅうてきに得とくられた158の効果こうかについて、原著げんちょが正せいの効果こうかを報告ほうこくしたものでは、追試ついしの効果こうか量りょうの中央値ちゅうおうちは原著げんちょの中央値ちゅうおうちより85%小ちいさく、追試ついし効果こうか量りょうの92%が原著げんちょを下回したまわった。複数ふくすうの判定基準はんていきじゅんで見みて、成功せいこうが失敗しっぱいを上回うわまわったのは46%である。

    計画した実験のうち、完了できたのはごく一部だった
    図ず 113計画けいかくした実験じっけんのうち、完了かんりょうできたのはごく一部いちぶだった

    経済学けいざいがくと社会しゃかい科学かがくでも同様どうようの作業さぎょうが行おこなわれた。キャメラーらは2016年ねん、経済学けいざいがくの主要しゅよう2誌にしに載のった実験室じっけんしつ実験じっけん18本じゅうはっぽんを追試ついしし、11本じゅういっぽん(61%)で原著げんちょと同どう方向ほうこうの有意ゆういな効果こうかを得とくた。2018年ねんには『ネイチャー』『サイエンス』に2010年ねんから2015年ねんに載のった社会しゃかい科学かがくの実験じっけん21本にじゅういっぽんを追試ついしし、13本じゅうさんぼん(62%)で同様どうようの結果けっかを得とくた。効果こうか量りょうは原著げんちょのおよそ半分はんぶんだった。興味深きょうみぶかいのは、追試ついしの前まえに研究者けんきゅうしゃたちに予測よそく市場しじょうで賭かけさせたところ、どれが再現さいげんするかをかなり正確せいかくに当あてたことである。共同体きょうどうたいはうすうす知しっていた、ということになる。

    原因げんいんは一ひとつではない。出版バイアス(发表偏倚 / publication bias)── 有意ゆういでない結果けっかは投稿とうこうされず、投稿とうこうされても載のらない。登録とうろくされた臨床りんしょう試験しけんを追跡ついせきした分析ぶんせきが、否定的ひていてきな結果けっかほど公表こうひょうされないことを繰くり返かえし示しめしてきた。検出力(统计功效 / statistical power)の不足ふそくで、コーエンは1962年ねんに心理学しんりがくの論文ろんぶんが中なか程度ていどの効果こうかを検出けんしゅつする確率かくりつは5割ごわりに満みたないと算定さんていし、その後ごの追跡ついせき調査ちょうさでも改善かいぜんは見みられなかった。バトンらは2013年ねん、神経しんけい科学かがくの研究けんきゅうの検出力けんしゅつりょくの中央値ちゅうおうちを21%程度ていどと見積みつもっている。想定そうていする効果こうか量りょうに応おうじて、値あたいは8から31%の幅はばをとる。検出力けんしゅつりょくの低ひくい研究けんきゅうで有意ゆういになった効果こうかは、真しんであっても過大かだいに推定すいていされる。

    第だい三さんが解析かいせきの柔軟性じゅうなんせいである。サイモンズらは2011年ねん、従属じゅうぞく変数へんすうの選択せんたく・標本ひょうほん追加ついかの判断はんだん・共変量きょうへんりょうの投入とうにゅうといった、研究者けんきゅうしゃに許ゆるされた選択せんたくの幅はば ── 研究者けんきゅうしゃの自由度じゆうど(研究者けんきゅうしゃ自由度じゆうど / researcher degrees of freedom)── を組くみ合あわせるだけで偽にせ陽性ようせい率りつが6割ろくわりを超こえうることを示しめし、ビートルズの曲きょくを聴きくと年齢ねんれいが若返わかがえるという「有意ゆういな」結果けっかを実演じつえんしてみせた。第だい四よんが単たんなる偶然ぐうぜんである。そして第だい五ごに不正ふせいがある。ただし不正ふせいは、量りょうとしては最小さいしょうの要因よういんである。

    低ひくい再現さいげん率りつが即座そくざに「間違まちがい」を意味いみするわけではない、という点てんは強調きょうちょうしておく必要ひつようがある。効果こうかが文脈ぶんみゃくに依存いぞんする場合ばあい、別べつの集団しゅうだん・別べつの時期じき・別べつの文化ぶんかで同おなじ効果こうかが出でないのは、理論りろんの予測よそくどおりでありうる。問題もんだいは、原著げんちょが文脈ぶんみゃく依存性いぞんせいを主張しゅちょうしていたかどうかである。多おおくの場合ばあい、原著げんちょは普遍的ふへんてきな効果こうかとして書かかれていた。ファネッリは2018年ねん、「再現性さいげんせいの危機きき」という物語ものがたり自体じたいが誇張こちょうされており、分野ぶんや横断おうだん的てきな崩壊ほうかいの証拠しょうこはないと論ろんじた。他方たほう、『ネイチャー』が2016年ねんに1576人にんの研究者けんきゅうしゃから得とくた回答かいとうでは、7割ななわり以上いじょうが他人たにんの実験じっけんの再現さいげんに失敗しっぱいした経験けいけんを持もち、5割ごわり以上いじょうが自分じぶんの実験じっけんの再現さいげんに失敗しっぱいしていた。危機ききを「重大じゅうだい」と答こたえたのは52%、危機ききはないと答こたえたのは3%だった。同おなじ回答者かいとうしゃの7割ななわり以上いじょうが、自分じぶんの分野ぶんやの論文ろんぶんの半分はんぶん以上いじょうは信頼しんらいできるとも答こたえている。共同体きょうどうたいは、壊こわれていると感かんじながら、使つかい続つづけている。

    意図的いとてきな破やぶれ

    研究不正(科研不端行为 / research misconduct)の公的こうてきな定義ていぎは、意外いがいに狭せまい。米国べいこくの連邦れんぽう政府せいふ方針ほうしんが2000年ねんに定さだめた範囲はんいは、捏造ねつぞう・改かいざん・盗用とうようの三みっつ、頭文字かしらもじを取とってFFPと呼よばれる。捏造ねつぞうは存在そんざいしないデータを作つくること、改かいざんは存在そんざいするデータや画像がぞうを操作そうさすること、盗用とうようは他人たにんの仕事しごとを自分じぶんのものとして提示ていじすることである。この定義ていぎは、誠実せいじつな誤あやまりと解釈かいしゃくの相違そういを除外じょがいしている。除外じょがいは正ただしい。誤あやまりを不正ふせいと呼よべば、誰だれも何なにも報告ほうこくしなくなる。しかし副作用ふくさようとして、FFPに該当がいとうしない大量たいりょうの行為こういが制度せいどの外側そとがわに落おちた。

    その外側そとがわにあるのが、疑うたがわしい研究けんきゅう実践じっせん(可疑研究行为 / questionable research practices)と呼よばれる領域りょういきである。ジョンらが2012年ねんに米国べいこくの心理学しんりがく者しゃ2155人にんに尋たずねたところ、測定そくていした従属じゅうぞく変数へんすうのすべてを報告ほうこくしなかったことがあると認みとめた者ものは63%、結果けっかを見みてから追加ついかのデータを取とるかどうか決きめたことがあると認みとめた者ものは56%に達たっした。他方たほう、データを捏造ねつぞうしたと認みとめたのは1.7%である。この調査ちょうさが併用へいようした特殊とくしゅな回答かいとう誘出手法ゆうしゅつしゅほうには批判ひはんがあるため、右みぎの素その自己申告じこしんこく率りつを見みるのが安全あんぜんである。ファネッリが2009年ねんに18件じゅうはっけんの調査ちょうさを統合とうごうしたメタ分析ぶんせきでは、データの捏造ねつぞう・改かいざんを自みずから認みとめた研究者けんきゅうしゃは約やく2%、同僚どうりょうがやったのを知しっていると答こたえた者ものはその数かず倍ばいだった。自己申告じこしんこくは過少かしょうになる。

    有名ゆうめいな事例じれいは、たいてい制度せいどではなく個人こじんの目めによって発覚はっかくしている。ベル研究所けんきゅうしょのヤン・ヘンドリック・シェーンは、1990年代ねんだい末まつから2002年ねんにかけて有機ゆうき半導体はんどうたいの超伝導ちょうでんどうなどで成果せいかを量産りょうさんしたが、異ことなる実験じっけんを示しめすはずの図ずに、同一どういつのノイズの揺ゆらぎがそのまま現あらわれていることを他ほか機関きかんの物理学ぶつりがく者しゃが見みつけた。2002年ねん9月くがつに外部がいぶ委員会いいんかいが24件にじゅうよんけんの疑義ぎぎのうち16件じゅうろくけんで不正ふせいを認定にんていし、20本にじっぽんを超こえる論文ろんぶんが撤回てっかいされた。学位がくいの取とり消けしをめぐる訴訟そしょうは長ながく続つづいた。ティルブルフ大学だいがくのディーデリック・スターペルは、社会しゃかい心理学しんりがくの実験じっけんデータを実験じっけんそのものを行おこなわずに作つくり、共同研究者きょうどうけんきゅうしゃに渡わたしていた。2011年ねんに3人さんにんの若手わかて研究者けんきゅうしゃが部局長ぶきょくちょうに申告しんこくして発覚はっかくし、調査ちょうさ委員会いいんかいは最終的さいしゅうてきに55本ごじゅうごほんの論文ろんぶんと10本じっぽんの博士論文はくしろんぶんで不正ふせいを認定にんていした。共通きょうつうするのは、査読(同行评议 / peer review)でも編集部へんしゅうぶでもなく、データを近ちかくで見みた人間にんげんが気きづいたという点てんである。

    日本にほんではSTAP細胞さいぼうの事案じあんがある。2014年ねん1月いちがつに『ネイチャー』に載のった2本にほんの論文ろんぶんについて、理化学研究所りかがくけんきゅうしょの調査ちょうさ委員会いいんかいは同年どうねん4月しがつ、画像がぞうの切きり貼ばりによる改かいざんと、実験じっけん条件じょうけんの異ことなるデータの流用りゅうようによる捏造ねつぞうの2件にけんを不正ふせいと認定にんていした。論文ろんぶんは同年どうねん7月しちがつに撤回てっかいされた。検証けんしょう実験じっけんでは現象げんしょうを再現さいげんできず、同年どうねん12月じゅうにがつの最終さいしゅう報告ほうこくは、STAP幹細胞かんさいぼうとされたものが既存きそんの胚性はいせい幹細胞かんさいぼうに由来ゆらいすると結論けつろんしたが、その混入こんにゅうが故意こいによるものか否いなかは特定とくていできないとした。認定にんていされた事実じじつと、特定とくていに至いたらなかった事実じじつは分わけて扱あつかう必要ひつようがある。筆頭ひっとう著者ちょしゃの博士号はくしごうは2015年ねんに取とり消けされた。調査ちょうさが続つづくさなかに、共著者きょうちょしゃの1人ひとりが自みずから命いのちを絶たっている。何なにがその判断はんだんに至いたらせたかは、調査ちょうさの対象たいしょうではなかったし、外そとから言いえることでもない。ただ、事案じあんの帰結きけつが、不正ふせいを認定にんていされた当事者とうじしゃの範囲はんいで終おわらなかったことは記録きろくに残のこる。

    より新あたらしい事例じれいは、まだ確定かくていしていない部分ぶぶんを多おおく含ふくむ。2022年ねん7月しちがつ、『サイエンス』誌しは、神経しんけい科学者かがくしゃマシュー・シュラグの画像がぞう解析かいせきに基もとづき、アルツハイマー病やまい研究けんきゅうの一連いちれんの論文ろんぶんに画像がぞうの不適切ふてきせつな処理しょりの疑義ぎぎがあると報ほうじた。中心ちゅうしんとなったのは、2006年ねんに『ネイチャー』に載のったアミロイドβの特定とくていの多量たりょう体からだに関かんする論文ろんぶんである。当該とうがい論文ろんぶんは2024年ねんに撤回てっかいされた。ただし、報道ほうどうの時点じてんで認定にんていされていたのは疑義ぎぎの存在そんざいであって不正ふせいではない。またこの多量たりょう体からだは、アミロイド仮説かせつという大枠おおわくの中なかでは1本いっぽんの枝えだにすぎず、この1件いっけんで仮説かせつ全体ぜんたいが崩くずれるわけでもない。報道ほうどうが示しめしたのは分野ぶんやの壊滅かいめつではなく、20年にじゅうねん近ちかく誰だれも画像がぞうを確認かくにんしなかったという事実じじつのほうである。

    撤回(撤稿 / retraction)は、増減ぞうげんの大おおきい量りょうである。2010年ねんに医療いりょう記者きしゃのイヴァン・オランスキーとアダム・マーカスが始はじめたリトラクション・ウォッチは、撤回てっかいを追おう報道ほうどうと、その集積しゅうせきであるデータベースを作つくった。データベースは2023年ねんにクロスレフへ移うつり、誰だれでも使つかえる形かたちになった。件数けんすうはどの母集団ぼしゅうだんを数かぞえるかで変かわる。同おなじ2023年ねんについて、『ネイチャー』の集計しゅうけいは1万いちまん件けん超ちょう、撤回てっかいを専門せんもんに追おう側がわの集計しゅうけいはそれを上回うわまわる値あたいを出だしている。収録しゅうろく範囲はんいの差さに加くわえて、一ひとつの撤回てっかい通知つうちで複数ふくすうの論文ろんぶんが撤回てっかいされた場合ばあいの数かぞえ方かたの差さが、そのまま値あたいの差さになる。

    それを踏ふまえたうえで、2023年ねんが記録的きろくてきな年としであったことは、どの集計しゅうけいでも共通きょうつうしている。ただし2024年ねんの件数けんすうは9000件けん規模きぼ、2025年ねんはそれをさらに下回したまわる水準すいじゅんにあり、2023年ねんの突出とっしゅつは継続的けいぞくてきな増加ぞうかではなく、一ひとつの原因げんいんによる山やまだったと見みるほうが実態じったいに近ちかい。撤回てっかい率りつ ── ある年としの論文ろんぶんのうち後あとに撤回てっかいされる割合わりあい ── は過去かこ10年じゅうねんで3倍さんばい以上いじょうになり、0.2%を超こえたと『ネイチャー』は見積みつもっている。それでも1000本ほんに2本にほんである。撤回てっかいされない誤あやまりのほうが、圧倒的あっとうてきに多おおい。

    撤回されるまでの時間と、撤回されたあとも続く引用
    図ず 114撤回てっかいされるまでの時間じかんと、撤回てっかいされたあとも続つづく引用いんよう

    その2023年ねんの内訳うちわけが、問題もんだいの性格せいかくを語かたっている。1万いちまん件けんのうち8000本ほん以上いじょうが、ワイリー傘下さんかのヒンダウィ社しゃの雑誌ざっしからのものだった。理由りゆうは、査読さどく過程かていの毀損きそんと、出版しゅっぱん・査読さどく過程かていの組織的そしきてきな操作そうさである。ペーパーミル(论文工厂 / paper mill)── 論文ろんぶんそのもの、あるいは著者ちょしゃとしての名義めいぎを商品しょうひんとして売うる業者ぎょうしゃである。特徴とくちょうは大量たいりょう性せいと類似性るいじせいで、2020年ねんにエリザベス・ビックらが指摘してきした一群いちぐんは、400本ほんを超こえる論文ろんぶんが同一どういつの実験じっけん画像がぞうの背景はいけいを共有きょうゆうしていた。ビックらは2016年ねんに、40誌よんじゅうしの2万にまん621本ほんを目視もくしで走査そうさし、3.8%に問題もんだいのある画像がぞうが含ふくまれ、その少すくなくとも半数はんすうは意図的いとてきな操作そうさを示唆しさすると報告ほうこくしている。出版しゅっぱん倫理りんり委員会いいんかいと国際こくさいSTM出版社しゅっぱんしゃ協会きょうかいが2022年ねんにまとめた報告ほうこくでは、一部いちぶの雑誌ざっしで投稿とうこうの2%程度ていどがペーパーミル由来ゆらいと疑うたがわれるという出版社しゅっぱんしゃの証言しょうげんが紹介しょうかいされた。

    査読さどくを偽装ぎそうする手口てぐちもある。投稿とうこう時じに推薦すいせん査読さどく者しゃを挙あげさせる慣行かんこうを利用りようし、実在じつざいする研究者けんきゅうしゃの名前なまえに自分じぶんの管理かんりするメールアドレスを添そえて登録とうろくする。編集部へんしゅうぶが依頼いらいを送おくると、著者ちょしゃ本人ほんにんのもとに届とどく。2017年ねん、シュプリンガー社しゃは1誌いちしから107本ほんを一括いっかつ撤回てっかいした。査読さどく者しゃ名めいは実在じつざいするが、メールアドレスが偽物にせものだったのである。制度せいどが善意ぜんいを前提ぜんていにしていた箇所かしょが、そのまま攻撃こうげき面めんになった。

    こうした行為こういに動機どうきを与あたえるのは、多おおくの場合ばあい、雇用こようと昇進しょうしんと学位がくいの要件ようけんである。中国ちゅうごくでは2000年代ねんだい以降いこう、国際こくさい誌しへの掲載けいさいに対たいして大学だいがくが現金げんきん報奨ほうしょうを出だす制度せいどが広ひろがり、その額がくは大学だいがくによって桁けたが違ちがった。医師いしの昇進しょうしんにも論文ろんぶんが要求ようきゅうされた。2020年ねん、教育部きょういくぶと科学技術かがくぎじゅつ部ぶは現金げんきん報奨ほうしょうと収録しゅうろく誌し指標しひょうの偏重へんちょうを明示めいじ的てきに禁きんじる通知つうちを出だしている。同種どうしゅの圧力あつりょくは中国ちゅうごくに限かぎらない。任期にんき付つきの職しょく、獲得かくとくできる確率かくりつが2割にわり前後ぜんごの競争きょうそう的てき資金しきん、学位がくい取得しゅとくの要件ようけんとしての査読さどく誌し掲載けいさい ── これらはいずれも合理的ごうりてきな設計せっけい意図いとを持もちながら、合あわせて一ひとつの帰結きけつを生うむ。何なにが測はかられるかが決きまれば、測はかられるものが作つくられる。不正ふせいはその極端きょくたんな場合ばあいであって、外側そとがわの広ひろい領域りょういきは、規則きそくには触ふれないまま同おなじ方向ほうこうを向むいている。

    査読さどくは何なにを保証ほしょうするか

    網の目は、通すものと止めるものを最初から決めている
    図ず 115網あみの目めは、通とおすものと止とめるものを最初さいしょから決きめている

    査読さどくは、科学かがくの本質的ほんしつてきな伝統でんとうではない。外部がいぶの専門家せんもんかが原稿げんこうを審査しんさする仕組しくみは断片的だんぺんてきには17世紀じゅうななせいきに遡さかのぼるが、必須ひっすの関門かんもんとして定着ていちゃくしたのは20世紀にじっせいき後半こうはんである。『ネイチャー』が形式的けいしきてきな査読さどく制度せいどを導入どうにゅうしたのは1967年ねんで、全ぜん論文ろんぶんに及およんだのはさらに後あとだった。「ピア・レビュー」という語ご自体じたい、冷戦れいせん期きの米国べいこくで研究費けんきゅうひ配分はいぶんの正当性せいとうせいを説明せつめいするために普及ふきゅうし、雑誌ざっしの審査しんさには遡さかのぼって適用てきようされたものだ、という制度せいど史し研究けんきゅうもある。この制度せいどは、それが保証ほしょうすると信しんじられている事柄ことがらのために設計せっけいされたわけではない。

    では何なにが検出けんしゅつできるのか。実験じっけんがある。1998年ねん、フィオナ・ゴドリーらは掲載けいさい予定よていの論文ろんぶんに八やっつの誤あやまりを故意こいに混まぜ、420人にんの査読さどく者しゃに送おくった。回答かいとうした221人にんが見みつけた誤あやまりの数かずは中央値ちゅうおうちで二ふたつ、五いつつより多おおく見みつけた者ものはおらず、一ひとつも見みつけられなかった者ものが16%いた。2008年ねんの追試ついし的てきな研究けんきゅうでも、九ここのつの重大じゅうだいな誤あやまりのうち検出けんしゅつされたのは平均へいきんで三みっつ前後ぜんごにとどまっている。査読さどく者しゃは熱心ねっしんでないのではない。無償むしょうで、締切しめきりの合間あいまに、書かかれたものだけを読よんで判断はんだんしている。

    統計とうけいの誤あやまりは特とくに見落みおとされる。ノイテンらは2016年ねん、心理学しんりがくの主要しゅよう8誌はちしの1985年ねんから2013年ねんの論文ろんぶんから25万にじゅうごまんを超こえる p 値あたいを抽出ちゅうしゅつし、検定けんてい統計とうけい量りょうと自由度じゆうどから逆算ぎゃくさんして整合性せいごうせいを検査けんさした。少すくなくとも一ひとつ不整合ふせいごうな p 値あたいを含ふくむ論文ろんぶんが全体ぜんたいのほぼ半数はんすう、結論けつろんを左右さゆうしうる重大じゅうだいな不整合ふせいごうを含ふくむ論文ろんぶんが8本はっぽんに1本いっぽんあり、重大じゅうだいな不整合ふせいごうは有意ゆういと報告ほうこくされた側がわに偏かたよっていた。この検査けんさは完全かんぜんに自動化じどうかできる程度ていどのものである。数十すうじゅう年ねんにわたって、誰だれも割わり算ざんを確たしかめていなかった。

    捏造ねつぞうされたデータは、原理げんり的てきに検出けんしゅつできない。査読さどく者しゃは実験室じっけんしつに立たち入いらず、生せいデータも持もたず、著者ちょしゃの出だした図表ずひょうを読よむ。数字すうじが内部ないぶで整合せいごうしていれば、測定そくていによるものか机上きじょうで作つくられたものかを区別くべつする手てがかりはない。画像がぞうの重複ちょうふく検査けんさも、数値すうちの分布ぶんぷから不自然ふしぜんさを探さがす手法しゅほうも、掲載けいさい後ごに第三者だいさんしゃが行おこなうものであり、査読さどくの一部いちぶではない。査読さどくが保証ほしょうしているのは、およそ「この分野ぶんやの複数ふくすうの専門家せんもんかが読よんで、明白めいはくな欠陥けっかんを見みつけなかった」という程度ていどの事柄ことがらである。それは無むではないが、真理しんりの証明しょうめいからは遠とおい。

    査読さどく者しゃどうしの判断はんだんも、思おもったほど一致いっちしない。機械学習きかいがくしゅうの国際こくさい会議かいぎNIPSは2014年ねん、投稿とうこうの1割いちわりにあたる166本ほんを二ふたつの独立どくりつな委員会いいんかいに別々べつべつに審査しんささせた。二ふたつの委員会いいんかいの採否さいひが食くい違ちがったのは43本よんじゅうさんぼん、25.9%だった。より痛烈つうれつなのは条件じょうけん付つきの数字すうじで、一方いっぽうの委員会いいんかいが採択さいたくした論文ろんぶんのうち他方たほうが却下きゃっかしたものは、およそ半数はんすうに達たっした。2021年ねんに同おなじ実験じっけんを繰くり返かえすと、この割合わりあいは50.6%で、7年前ねんまえと変かわらなかった。採否さいひの半分はんぶんは、誰だれに当あたったかで決きまっている。雑誌ざっしの査読さどくでも、査読者間さどくしゃかんの一致いっち度どは総そうじて低ひくいと報告ほうこくされてきた。

    この判断はんだんには巨大きょだいな無償むしょう労働ろうどうが投とうじられる。アツェルらは2021年ねん、収録しゅうろく誌しへの掲載けいさい件数けんすうと査読さどくに要ようする時間じかんの推定すいていから、2020年ねんに世界せかいの査読さどく者しゃが投とうじた時間じかんを1億いちおく時間じかん以上いじょうと見積みつもった。同おなじ推計すいけいで、米国べいこくに所属しょぞくする査読さどく者しゃの時間じかんを賃金ちんぎん換算かんさんした額がくは15億じゅうごおくドルを超こえる。仮定かていが多おおく値あたいは幅はばを持もって読よむべきだが、桁けたは動うごかない。この労働ろうどうは出版社しゅっぱんしゃの費用ひようにも研究者けんきゅうしゃの業績ぎょうせきにも現あらわれない。

    査読さどくの設計せっけいをめぐる比較ひかく研究けんきゅうもある。著者ちょしゃ名めいを伏ふせる二に重じゅう盲検もうけん査読さどく(double-blind review)について、トムキンズらは2017年ねん、ある会議かいぎで査読さどく者しゃを無作為むさくいに二に群ぐんに分わけた。著者ちょしゃ名めいが見みえる側がわは、著名ちょめいな著者ちょしゃ・上位じょうい機関きかん・大手企業おおてきぎょうの論文ろんぶんを有意ゆういに高たかく評価ひょうかし、審査しんさを引ひき受うけたがった。他方たほう、著者ちょしゃと査読さどく者しゃの双方そうほうを公開こうかいするオープン査読さどくを無作為むさくい化か試験しけんで検討けんとうした研究けんきゅうでは、査読さどくの質しっそのものは目立めだって変かわらず、依頼いらいを断ことわる査読さどく者しゃが増ふえた。二に重じゅう盲もうが特定とくていの属性ぞくせいの著者ちょしゃに有利ゆうりに働はたらくかについては、初期しょきの肯定的こうていてきな報告ほうこくに再さい分析ぶんせきからの反論はんろんが出でて、決着けっちゃくしていない。設計せっけいの違ちがいは効果こうかを持もつが、期待きたいされたほど大おおきくはない。

    プレプリント(预印本 / preprint)は、この配置はいちを変かえた。物理学ぶつりがくはarXiv以来いらい、査読さどく前まえの公開こうかいを30年さんじゅうねん以上いじょう続つづけており、生物せいぶつ医学いがくではbioRxivとmedRxivが遅おくれて同おなじ道みちを開ひらいた。2020年ねん、感染症かんせんしょう関連かんれんの論文ろんぶんでは投稿とうこうから受理じゅりまでの中央値ちゅうおうちが6日むいか前後ぜんごに短縮たんしゅくした ── 同おなじ雑誌ざっしの他ほか分野ぶんやの論文ろんぶんではおよそ80日はちじゅうにちを超こえていた。副作用ふくさようも同時どうじに現あらわれた。ウイルスの配列はいれつに人為的じんいてきな挿入そうにゅうがあるとした査読さどく前まえ論文ろんぶんは、公開こうかいの2日ふつか後ごに、公開こうかいの場ばでの批判ひはんを受うけて取とり下さげられた。他方たほうその年とし最大級さいだいきゅうの撤回てっかいは、査読さどく前まえの場ばではなく、最もっとも権威けんいある査読さどく誌し2誌にしで起おきた。出所でどころ不明ふめいの患者かんじゃデータベースに基もとづく2本にほんの論文ろんぶんが、掲載けいさいから一いちか月げつほどで撤回てっかいされた。速はやさが問題もんだいだったのではなく、誰だれも元もとデータを見みなかったことが問題もんだいだった。

    出版しゅっぱんの経済けいざいが、この全体ぜんたいを規定きていしている。購読こうどく料りょうモデルでは、公費こうひで行おこなわれた研究けんきゅうを、公費こうひで雇やとわれた研究者けんきゅうしゃが無償むしょうで査読さどくし、その成果せいかを読よむために公費こうひで購読こうどく料りょうを払はらう。大手おおての利益率りえきりつは高たかい。エルゼビアを擁ようするRELXの科学かがく・技術ぎじゅつ・医療いりょう部門ぶもんは、2023年ねんに売上うりあげ30億さんじゅうおく6200万まんポンド、調整ちょうせい後ご営業えいぎょう利益りえき11億じゅういちおく6500万まんポンド、率りつにして38.0%を報告ほうこくした。オープンアクセスへの移行いこうは構造こうぞうを変かえたが、消けしはしなかった。費用ひようは読者どくしゃから著者ちょしゃに移うつり、論文掲載料(论文处理费 / article processing charge)となった。『ネイチャー』が2021年ねんに設定せっていした額がくは1本いっぽんあたり9500ユーロである。払はらえる者ものだけが載のる、という別べつの選別せんべつがここで生しょうじる。

    ハゲタカ雑誌(掠夺性期刊 / predatory journal)である。査読さどくを行おこなうと称しょうして料金りょうきんを取とり、実際じっさいには何なにも審査しんさしない。ジェフリー・ビールが個人こじんで公開こうかいしていた一覧いちらんは、法的ほうてき圧力あつりょくもあり2017年ねんに取とり下さげられた。定義ていぎ自体じたいが難物なんぶつで、2019年ねんに43人よんじゅうさんにんの専門家せんもんかが合意ごういした記述きじゅつは、「学術がくじゅつ性せいを犠牲ぎせいにして自己じこ利益りえきを優先ゆうせんする主体しゅたいであり、虚偽きょぎの情報じょうほう、編集へんしゅう・出版しゅっぱん慣行かんこうからの逸脱いつだつ、透明性とうめいせいの欠如けつじょ、無差別むさべつで攻撃的こうげきてきな勧誘かんゆうによって特徴とくちょうづけられる」というものだった。シェンとビョークは2015年ねん、2014年ねんの1年いちねんでこの種しゅの雑誌ざっしに約やく42万よんじゅうにまん本ほんが載のったと見積みつもった。2013年ねんには記者きしゃが偽にせ論文ろんぶんを304誌しに送おくり157誌しが受理じゅりした実験じっけんも行おこなわれたが、購読こうどく誌しの対照たいしょう群ぐんを欠かき、オープンアクセス全般ぜんぱんの問題もんだいであるかのように読よまれた点てんで批判ひはんが強つよい。実務じつむ上じょうは、既存きそんの索引さくいんに収録しゅうろくされているか、編集へんしゅう委員いいんが実在じつざいして就任しゅうにんを自覚じかくしているか、料金りょうきんと査読さどく手続てつづきが投稿とうこう前まえに明示めいじされているか、勧誘かんゆうが一方的いっぽうてきな電子でんしメールで来きていないか ── こうした確認かくにんの積つみ重かさねしかない。単一たんいつの判定基準はんていきじゅんは存在そんざいしない。

    直なおす試こころみ

    最初さいしょの実効じっこう的てきな改革かいかくは、心理学しんりがくではなく臨床りんしょう試験しけんで起おきた。試験しけんを開始かいし前まえに登録とうろくし、計画けいかくした主要しゅよう評価項目ひょうかこうもくを先さきに宣言せんげんさせる仕組しくみ ── 事前登録(预注册 / preregistration)である。米国べいこくでは1990年代ねんだい末まつの法整備ほうせいびを経へて公的こうてきな登録とうろく簿ぼが動うごきはじめ、2005年ねんには医学いがく雑誌ざっし編集者へんしゅうしゃ国際こくさい委員会いいんかいが事前じぜん登録とうろくを掲載けいさいの条件じょうけんとした。効果こうかを測はかった研究けんきゅうがある。カプランとアーヴィンは2015年ねん、米国べいこくの国立こくりつ心肺しんぱい血液けつえき研究所けんきゅうしょが資金しきんを出だした大規模だいきぼな心こころ血管系けっかんけいの試験しけんを、登録とうろく義務ぎむの前後ぜんごで比くらべた。2000年ねんより前まえに発表はっぴょうされた30件さんじっけんでは17件じゅうななけんが有意ゆういな便益べんえきを示しめしていたのに対たいし、以後いごの25件にじゅうごけんでは2件にけんだった。標本ひょうほんが小ちいさく他ほかの説明せつめいも排除はいじょできないが、事前じぜんに何なにを測はかるか宣言せんげんさせるだけで結果けっかの分布ぶんぷがこれほど動うごきうる、という示唆しさは強つよい。

    登録報告(注册报告 / Registered Reports)である。方法ほうほうと解析かいせき計画けいかくの段階だんかいで査読さどくを受うけ、そこで受理じゅりされれば、結果けっかがどう出でようとも掲載けいさいされる。2013年ねんに『コルテックス』などが導入どうにゅうし、その後ご多おおくの雑誌ざっしに広ひろがった。シェールらは2021年ねん、通常つうじょうの心理学しんりがく論文ろんぶん152本ほんと登録とうろく報告ほうこく71本ななじゅういっぽんで、第一だいいち仮説かせつが支持しじされた割合わりあいを比くらべた。通常つうじょうの論文ろんぶんでは96%が支持しじされた ── つまりほとんど誰だれも外はずれなかったことになっている。登録とうろく報告ほうこくでは44%だった。この差さは、選択的せんたくてき報告ほうこくと出版しゅっぱんバイアスの規模きぼをおおまかに測はかる目盛めもりになる。ただし登録とうろく報告ほうこくを選えらぶ研究者けんきゅうしゃは自みずから選択せんたくしており、追試ついしや確認かくにん的てき研究けんきゅうが多おおい点てんは割わり引びいて読よむ必要ひつようがある。

    事前じぜん登録とうろくは自動的じどうてきには効きかない。クラーセンらは2021年ねん、ある心理学しんりがく誌しに載のった事前じぜん登録とうろく済ずみの研究けんきゅう27本にじゅうななほんについて、登録内容とうろくないようと実際じっさいの論文ろんぶんを突つき合あわせた。すべてに何なにらかの逸脱いつだつがあり、逸脱いつだつを完全かんぜんに開示かいじしていたのは1本いっぽんだけだった。宣言せんげんは、照合しょうごうされて初はじめて拘束こうそくになる。

    同どう多重解析(many analysts)の実験じっけんである。ジルバーツァーンらは2018年ねん、29チーム61人ろくじゅういちにんの解析かいせき者しゃに同一どういつデータを渡わたし、サッカーの審判しんぱんが肌はだの色いろの濃こい選手せんしゅにレッドカードを出だしやすいかを問とうた。オッズ比ひの推定値すいていちは0.89から2.93に散ちらばり、20チームが有意ゆういな正せいの効果こうかを、九きゅうチームが有意ゆういでない結果けっかを報告ほうこくした。ボトヴィニク=ネゼルらは2020年ねん、70チームに同一どういつの脳のう機能きのう画像がぞうデータを渡わたし九ここのつの仮説かせつを検証けんしょうさせた。同一どういつの処理手順しょりてじゅんを選えらんだチームは二ふたつとしてなく、有意ゆうい判定はんていはばらついた。ただし統計とうけいマップを統合とうごうすると、活動かつどう領域りょういきはおおむね一致いっちした。ブレツナウらは2022年ねん、73チームに同おなじデータで移民いみんと社会しゃかい政策せいさく支持しじの関係かんけいを検証けんしょうさせ、1253の回帰かいきモデルから、強つよい負ふから強つよい正せいまで広ひろがる推定値すいていちを得とくた。ばらつきは解析かいせき者しゃの専門性せんもんせいや事前じぜんの信念しんねんでは説明せつめいできなかった。

    単一たんいつの解析かいせきから得とくられた一ひとつの数字すうじは、可能かのうな数字すうじの分布ぶんぷからの一ひとつの標本ひょうほんにすぎない。

    年とし規模きぼ問とい散ちらばり
    2018年ねん29チーム61人ろくじゅういちにんサッカーの審判しんぱんは肌はだの色いろの濃こい選手せんしゅにレッドカードを出だしやすいかオッズ比ひ0.89〜2.93。20チームが有意ゆういな正せい、九きゅうチームが有意ゆういでない
    2020年ねん70チーム脳のう機能きのう画像がぞうデータで九ここのつの仮説かせつ同一どういつの処理手順しょりてじゅんを選えらんだチームは二ふたつとしてない。統合とうごうすると活動かつどう領域りょういきはおおむね一致いっち
    2022年ねん73チーム移民いみんと社会しゃかい政策せいさく支持しじの関係かんけい1253の回帰かいきモデルから、強つよい負ふから強つよい正せいまで

    表ひょう15同おなじデータを配くばって、別々べつべつに解析かいせきさせると何なにが起おきるか

    一つの数字は、可能な数字の分布からの一つの標本にすぎない
    図ず 116一ひとつの数字すうじは、可能かのうな数字すうじの分布ぶんぷからの一ひとつの標本ひょうほんにすぎない

    透明性とうめいせいの側がわの改革かいかくが、データとコードの公開こうかいである。米国べいこくでは2022年ねんの政府せいふ方針ほうしんが公費こうひ研究けんきゅう成果せいかの即時そくじ公開こうかいを打うち出だし、2023年ねんには国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょがデータ管理かんり・共有きょうゆう計画けいかくの提出ていしゅつを義務ぎむづけた。ただし方針ほうしんと実効性じっこうせいは別べつである。ストッデンらは2018年ねん、ある一流いちりゅう誌しがデータ提供ていきょうを求もとめる方針ほうしんを導入どうにゅうした後あとの論文ろんぶん204本ほんについて、著者ちょしゃに請求せいきゅうしてみた。実際じっさいに材料ざいりょうが得とくられたのは44%、結果けっかを再現さいげんできたのは26%だった。方針ほうしんがないよりは良よいが、それだけでは足たりない。

    統計とうけいの側がわでも改革かいかくが試こころみられた。米国べいこく統計とうけい学会がっかいは2016年ねん、p 値あたいについての声明せいめいを出だし、p 値あたいが仮説かせつの真偽しんぎの確率かくりつでも効果こうかの大おおきさでもないことを、学会名がっかいめいで明示めいじした。有意ゆうい水準すいじゅんを0.005に下さげようという提案ていあんと、分野ぶんやごとに水準すいじゅんを正当化せいとうかせよという反論はんろんが、それぞれ多数たすうの署名しょめいを伴ともなって並ならんだ。2019年ねんには「統計的とうけいてき有意ゆうい性せいを引退いんたいさせよ」と題だいする提言ていげんに800人にんを超こえる研究者けんきゅうしゃが賛同さんどうした。ただしこれは学会がっかいの公式こうしき方針ほうしんではなく、雑誌ざっしの論説ろんせつと署名しょめい者しゃによる主張しゅちょうである。2021年ねんには学会がっかい長ちょうの任にんじた作業さぎょう部会ぶかいが、適切てきせつに用もちいればp値あたいも有意ゆうい性せい検定けんていも有用ゆうようだとする声明せいめいで反論はんろんした。実務じつむの方向ほうこうはおおむね一致いっちしている。二値にちの判定はんていではなく効果こうか量りょうと信頼しんらい区間くかんを報告ほうこくすること、そして研究けんきゅうを始はじめる前まえに必要ひつような標本ひょうほん規模きぼを計算けいさんすること。後者こうしゃは地味じみだが最もっとも効きく。検出力けんしゅつりょくが2割にわりの研究けんきゅうをいくら誠実せいじつに行おこなっても、得とくられる有意ゆういな結果けっかは誇張こちょうされている。

    研究けんきゅう評価ひょうかの側がわも動うごいた。DORA、ライデン声明せいめい、そして2022年ねん末まつに発足ほっそくした研究けんきゅう評価ひょうか推進すいしん連合れんごう(CoARA)と、署名しょめいを集あつめる文書ぶんしょが続つづき、CoARAには800を超こえる組織そしきが署名しょめいしている。では現場げんばは変かわったか。ライスらが2020年ねんに生物せいぶつ医学いがく系けいの任用にんよう・昇進しょうしん基準きじゅんを各国かっこくの大学だいがくについて調しらべたところ、入手にゅうしゅできた文書ぶんしょのうち4割よんわりが雑誌ざっしのインパクトファクターに言及げんきゅうしていた。北米ほくべいの審査しんさ文書ぶんしょを対象たいしょうとした別べつの分析ぶんせきも同おなじ方向ほうこうの結果けっかを出だしている。署名しょめいは理念りねんの表明ひょうめいであり、審査しんさ室しつで使つかわれる書式しょしきとは別べつの階層かいそうにある。

    これらを研究けんきゅうの対象たいしょうとして扱あつかう分野ぶんやが、この20年にじゅうねんで成立せいりつした。メタサイエンス(元科学 / metascience)── 科学かがくそのものを経験けいけん的てきに研究けんきゅうする営いとなみである。2013年ねんにオープンサイエンス・センターが、2014年ねんにスタンフォードにメタ研究けんきゅうのセンターが設立せつりつされ、専門せんもん誌しと国際こくさい会議かいぎができた。研究けんきゅうの生産性せいさんせい、査読さどくの性質せいしつ、資金しきん配分はいぶんの効果こうか、報告ほうこくの質しつを、検証けんしょう可能かのうな仮説かせつとして扱あつかう。皮肉ひにくにも、この分野ぶんやもまた業績ぎょうせきを必要ひつようとする研究者けんきゅうしゃによって担になわれており、同おなじ圧力あつりょくの下したにある。

    それでも残のこる問題もんだいは三みっつある。第一だいいちに費用ひようである。がん生物学せいぶつがくの再現さいげんプロジェクトは8年はちねんをかけ、当初とうしょの計画けいかくを大幅おおはばに縮小しゅくしょうしたうえで50の実験じっけんを終おえた。100本ほんの追試ついしを行おこなった心理学しんりがくの計画けいかくには270人にんが関与かんよしている。追試ついしと検証けんしょうは安やすくない。誰だれがその費用ひようと時間じかんを負担ふたんし、負担ふたんした者ものの業績ぎょうせきとしてどう数かぞえるのかは、まだ解とかれていない。第だい二にに、改革かいかくそのものが新あたらしい書式しょしきになりうる。事前じぜん登録とうろくは登録とうろくしたという事実じじつだけを残のこしうるし、データ公開こうかいはアクセス不能ふのうなリンクを残のこしうる。第だい三さんに、競争きょうそうの圧力あつりょくは消きえない。職しょくの数かずは学位がくい取得者しゅとくしゃの数かずよりはるかに少すくなく、主要しゅような競争きょうそう的てき資金しきんの採択さいたく率りつは2割にわり前後ぜんごにとどまる。この配分はいぶんの下もとで、慎重しんちょうで否定的ひていてきで時間じかんのかかる研究けんきゅうを選えらぶことは、個人こじんにとって合理的ごうりてきでない。ここまでの改革かいかくが変かえたのは主しゅとして測定そくていの方法ほうほうであり、測定そくていされる者ものが置おかれた状況じょうきょうではない。壊こわれ方ほうを正確せいかくに記述きじゅつすることと、壊こわれないようにすることの間あいだには、まだ距離きょりがある。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 73 / 推すい 6 / 争そう 5

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かく米国べいこく科学かがくアカデミー等とうの2019年ねん報告ほうこくは reproducibility を「同おなじデータ・同おなじ手順てじゅんで同おなじ結果けっかを得えること」、replicability を「新あらたなデータで同おなじ問といに同おなじ結論けつろんを得えること」と定義ていぎしたNational Academies of Sciences, Engineering, and Medicine, *Reproducibility and Replicability in Science*(2019年ねん)
    • 確かく米国べいこく計算機けいさんき学会がっかいは当初とうしょこれと逆ぎゃくの定義ていぎを採用さいようしており、2020年ねんに改訂かいていしたACM Artifact Review and Badging(version 1.0 / version 1.1, 2020年ねん8月はちがつ)
    • 確かくオープン・サイエンス・コラボレーションの追試ついし計画けいかくは、2008年ねんに3誌さんしに載のった100本ほんを対象たいしょうとし、原著げんちょの97%が有意ゆうい、追試ついしで有意ゆういは36%だったOpen Science Collaboration, "Estimating the reproducibility of psychological science", *Science* 349:aac4716(2015年ねん)
    • 確かく同どう計画けいかくの他ほかの判定基準はんていきじゅんでは、原著げんちょ効果こうか量りょうが追試ついしの95%信頼しんらい区間くかんに入はいったのが47%、主観的しゅかんてき判定はんていで再現さいげんありが39%、原著げんちょと追試ついしの統合とうごうで有意ゆういが残のこったのが68%である同上どうじょう
    • 確かく同どう計画けいかくで追試ついしの効果こうか量りょうは原著げんちょのおよそ半分はんぶんだった同上どうじょう
    • 争そう右みぎの低ひくい再現さいげん率りつの解釈かいしゃくGilbert, King, Pettigrew & Wilson の *Science*(2016年ねん)コメントは手続てつづきの不一致ふいっちと標本ひょうほん誤差ごさで説明せつめいできると論ろんじ、執筆しっぴつ陣じんは同号どうごうで反論はんろんした。決着けっちゃくしていない
    • 確かくバイエルの研究者けんきゅうしゃらは社内しゃない創薬そうやくプロジェクト67件ろくじゅうななけんの照合しょうごうで、公表こうひょうデータと社内しゃない所見しょけんが完全かんぜんに一致いっちしたのは2〜2割わり5分ごふん程度ていどと報告ほうこくしたPrinz, Schlange & Asadullah, *Nature Reviews Drug Discovery*(2011年ねん)
    • 確かくアムジェンのベグリーとエリスは、がん生物学せいぶつがくの「画期的かっきてき」論文ろんぶん53本ごじゅうさんぼんのうち社内しゃないで確認かくにんできたのは6本ろっぽんと報告ほうこくしたBegley & Ellis, *Nature* 483:531(2012年ねん)
    • 推すい右みぎの二に報告ほうこくの数値すうちは独立どくりつ検証けんしょうができないいずれも対象たいしょう論文ろんぶんの一覧いちらんと生せいデータを公開こうかいしていない(秘密ひみつ保持ほじを理由りゆうとする)
    • 確かくがん生物学せいぶつがくの再現さいげんプロジェクトは53本ごじゅうさんぼん193実験じっけんを計画けいかくし、23本にじゅうさんぼん50実験じっけんを完了かんりょうしたErrington et al., *eLife* 10:e67995 および 10:e71601(2021年ねん)
    • 確かく同どうプロジェクトでは、原論げんろん文ぶんの記述きじゅつだけで追試ついし手順てじゅん書しょを書かけた実験じっけんは193のうち一ひとつもなく、効果こうか量りょうと検出力けんしゅつりょくの計算けいさんに必要ひつようなデータが公開こうかいされていたのは193のうち四よっつだった同上(e67995)
    • 確かく同どうプロジェクトで、原著げんちょ者しゃは41%の実験じっけんで非常ひじょうに協力きょうりょく的てき、32%で非ひ協力きょうりょくまたは無む応答おうとうだった同上どうじょう
    • 確かく同どうプロジェクトの158効果こうかのうち、原著げんちょが正せいの効果こうかを報告ほうこくしたものでは追試ついし効果こうか量りょうの中央値ちゅうおうちが原著げんちょより85%小ちいさく、92%が原著げんちょを下回したまわった。複数ふくすう基準きじゅんで成功せいこうが失敗しっぱいを上回うわまわったのは46%である同上(e71601)
    • 確かく経済学けいざいがくの実験室じっけんしつ実験じっけん18本じゅうはっぽんの追試ついしで、同どう方向ほうこうの有意ゆういな効果こうかが得とくられたのは11本じゅういっぽん(61%)であるCamerer et al., *Science* 351:1433(2016年ねん)
    • 確かく『ネイチャー』『サイエンス』の社会しゃかい科学かがく実験じっけん21本にじゅういっぽん(2010–2015年ねん)の追試ついしで、同どう方向ほうこうの有意ゆういな効果こうかが得とくられたのは13本じゅうさんぼん(62%)、効果こうか量りょうは原著げんちょのおよそ半分はんぶんであるCamerer et al., *Nature Human Behaviour* 2:637(2018年ねん)
    • 確かく右みぎの二に計画けいかくでは、研究者けんきゅうしゃを対象たいしょうとする予測よそく市場しじょうが追試ついしの成否せいひをよく予測よそくした同上どうじょう
    • 確かくコーエンは心理学しんりがく論文ろんぶんの検出力けんしゅつりょくが中なか程度ていどの効果こうかに対たいして5割ごわりに満みたないと算定さんていしたCohen, *Journal of Abnormal and Social Psychology*(1962年ねん)。Sedlmeier & Gigerenzer(1989年ねん)は改善かいぜんが見みられないと報告ほうこく
    • 確かく神経しんけい科学かがく研究けんきゅうの検出力けんしゅつりょくの中央値ちゅうおうちは21%程度ていど、想定そうていする効果こうか量りょうに応おうじておよそ8〜31%の範囲はんいと見積みつもられたButton et al., *Nature Reviews Neuroscience* 14:365(2013年ねん)
    • 確かく解析かいせき上じょうの自由度じゆうどの組くみ合あわせにより偽にせ陽性ようせい率りつが6割ろくわりを超こえうることが実演じつえんされたSimmons, Nelson & Simonsohn, *Psychological Science* 22:1359(2011年ねん)
    • 争そう「再現性さいげんせいの危機きき」という枠組わくぐみの妥当性だとうせいFanelli, *PNAS* 115:2628(2018年ねん)は誇張こちょうであると論ろんじ、多数たすうの追試ついし計画けいかくの結果けっかを根拠こんきょに反論はんろんする立場たちばが対立たいりつする
    • 確かく『ネイチャー』の2016年ねん調査ちょうさ(回答者かいとうしゃ1,576人にん)では、7割ななわり超ちょうが他人たにんの実験じっけんの再現さいげんに失敗しっぱい、5割ごわり超ちょうが自分じぶんの実験じっけんの再現さいげんに失敗しっぱい、52%が「重大じゅうだいな危機きき」と回答かいとう、危機ききはないは3%、7割ななわり超ちょうが自分じぶんの分野ぶんやの論文ろんぶんの半分はんぶん以上いじょうは信頼しんらいできると回答かいとうしたBaker, *Nature* 533:452(2016年ねん)
    • 確かく米国べいこく連邦れんぽう政府せいふの研究けんきゅう不正ふせいの定義ていぎは捏造ねつぞう・改かいざん・盗用とうようの三さん類型るいけいに限かぎられ、誠実せいじつな誤あやまりと解釈かいしゃくの相違そういを除外じょがいするOSTP, Federal Policy on Research Misconduct(2000年ねん)
    • 確かく米国べいこくの心理学しんりがく者しゃ2155人にんへの調査ちょうさで、従属じゅうぞく変数へんすうをすべて報告ほうこくしなかったと認みとめた者ものが約やく63%、データ捏造ねつぞうを認みとめた者ものが1.7%だったJohn, Loewenstein & Prelec, *Psychological Science* 23:524(2012年ねん)
    • 争そう右みぎの調査ちょうさが併用へいようした回答かいとう誘出手法ゆうしゅつしゅほう(Bayesian truth serum)による補正ほせい推定値すいていちの妥当性だとうせいFiedler & Schwarz(2016年ねん)らが批判ひはんし、素その自己申告じこしんこく率りつのみを用もちいるべきだとする立場たちばがある
    • 確かくメタ分析ぶんせきで、データの捏造ねつぞう・改かいざんを自みずから認みとめた研究者けんきゅうしゃは約やく2%だったFanelli, *PLoS ONE* 4:e5738(2009年ねん)
    • 確かくシェーンの事案じあんでは、2002年ねん9月くがつの外部がいぶ調査ちょうさ委員会いいんかいが24件にじゅうよんけんの疑義ぎぎのうち16件じゅうろくけんで不正ふせいを認定にんていし、20本にじっぽんを超こえる論文ろんぶんが撤回てっかいされたBeasley委員会いいんかい報告ほうこく(ベル研究所けんきゅうしょ、2002年ねん)
    • 推すいシェーンの不正ふせいは同一どういつのノイズ波形はけいが異ことなる実験じっけんの図ずに現あらわれたことから外部がいぶの物理学ぶつりがく者しゃに気きづかれた当時とうじの報道ほうどうおよび関係者かんけいしゃの証言しょうげんによる経緯けいいであり、査読さどく過程かていによる検出けんしゅつではない
    • 確かくスターペルの事案じあんでは、3人さんにんの若手わかて研究者けんきゅうしゃの申告しんこくを端緒たんしょとする調査ちょうさ委員会いいんかいが、55本ごじゅうごほんの論文ろんぶんと10本じっぽんの博士論文はくしろんぶんで不正ふせいを認定にんていしたLevelt・Noort・Drenth委員会いいんかい最終さいしゅう報告ほうこく(2012年ねん)
    • 確かく理化学研究所りかがくけんきゅうしょの調査ちょうさ委員会いいんかいは2014年ねん4月しがつ、STAP論文ろんぶんについて改かいざん1件いっけん・捏造ねつぞう1件いっけんを研究けんきゅう不正ふせいと認定にんていした理化学研究所りかがくけんきゅうしょ研究けんきゅう論文ろんぶんの疑義ぎぎに関かんする調査ちょうさ委員会いいんかい報告書ほうこくしょ(2014年ねん4月しがつ1日ついたち)
    • 確かくSTAP論文ろんぶん2本にほんは2014年ねん7月しちがつに撤回てっかいされ、同年どうねん12月じゅうにがつの最終さいしゅう報告ほうこくはSTAP幹細胞かんさいぼうが既存きそんの胚性はいせい幹細胞かんさいぼうに由来ゆらいすると結論けつろんした。混入こんにゅうが故意こいによるものかは特定とくていできないとされた理化学研究所りかがくけんきゅうしょ研究けんきゅう論文ろんぶんに関かんする調査ちょうさ委員会いいんかい報告書ほうこくしょ(2014年ねん12月じゅうにがつ26日にじゅうろくにち)
    • 確かく2014年ねん8月はちがつ、STAP論文ろんぶんの共著者きょうちょしゃ1名いちめいが死亡しぼうした各社かくしゃ報道ほうどうおよび理化学研究所りかがくけんきゅうしょの公表こうひょう。死しに至いたった経緯けいいは調査ちょうさの対象たいしょうとされていない
    • 確かくSTAP論文ろんぶんの筆頭ひっとう著者ちょしゃの博士号はくしごうは2015年ねんに取とり消けされた早稲田大学わせだだいがくの公表こうひょう(2015年ねん11月じゅういちがつ)
    • 確かく2022年ねん7月しちがつの『サイエンス』誌しの報道ほうどうは、アルツハイマー病やまい研究けんきゅうの一連いちれんの論文ろんぶんについて画像がぞう処理しょりの疑義ぎぎを報ほうじたものであり、その時点じてんで認定にんていされていたのは疑義ぎぎの存在そんざいであるC. Piller, *Science* 377:358(2022年ねん)
    • 確かく疑義ぎぎの中心ちゅうしんとなった2006年ねんの『ネイチャー』論文ろんぶん(アミロイドβ多量たりょう体からだに関かんするもの)は2024年ねんに撤回てっかいされた*Nature*, Retraction(2024年ねん6月ろくがつ)
    • 推すいこの1件いっけんでアミロイド仮説かせつ全体ぜんたいが否定ひていされるわけではない当該とうがい多量たりょう体からだは仮説かせつの1分枝ぶんしであり、仮説かせつの主要しゅような根拠こんきょは遺伝学いでんがく的てき証拠しょうこなど別べつ系統けいとうにある
    • 確かくリトラクション・ウォッチは2010年ねんに創設そうせつされ、そのデータベースは2023年ねん9月くがつにクロスレフへ移管いかんされ公開こうかいされたCrossref発表はっぴょう(2023年ねん9月くがつ12日じゅうににち)
    • 確かく2023年ねんの撤回てっかい件数けんすうは1万いちまん件けんを超こえ年間ねんかん記録きろくを更新こうしんした。うち8000本ほん以上いじょうがヒンダウィ社しゃの雑誌ざっしからのものであるR. Van Noorden, *Nature* 624:479(2023年ねん)
    • 確かく同おなじ2023年ねんについて、『ネイチャー』の集計しゅうけい(1万いちまん件けん超ちょう)と撤回てっかいを専門せんもんに追おう側がわの集計しゅうけいとでは値あたいが異ことなる。差さは収録しゅうろく範囲はんいの違ちがいに加くわえ、一ひとつの撤回てっかい通知つうちで複数ふくすう論文ろんぶんが撤回てっかいされた場合ばあいの数かぞえ方かたの違ちがいから生しょうじる同上どうじょうおよび Retraction Watch/Crossref のデータベース
    • 確かく撤回てっかい件数けんすうは2024年ねんに9000件けん規模きぼへ、2025年ねんはさらに下回したまわる水準すいじゅんへ減へった。2023年ねんの突出とっしゅつは継続的けいぞくてき増加ぞうかではなく単一たんいつの原因げんいんによる山やまであるRetraction Watch/Crossref の年次ねんじ集計しゅうけいおよび同年どうねんの学術がくじゅつ報道ほうどう
    • 確かく撤回てっかい率りつは過去かこ10年じゅうねんで3倍さんばい以上いじょうになり、0.2%を超こえたと推計すいけいされた同上どうじょう。ただし母集団ぼしゅうだんの取とり方かた(Crossref/Web of Science/Scopus)により値あたいは変かわる
    • 確かく出版しゅっぱん倫理りんり委員会いいんかいと国際こくさいSTM出版社しゅっぱんしゃ協会きょうかいの2022年ねん報告ほうこくは、一部いちぶの雑誌ざっしで投稿とうこうの2%程度ていどがペーパーミル由来ゆらいと疑うたがわれるという出版社しゅっぱんしゃ側がわの証言しょうげんを紹介しょうかいしたCOPE & STM, *Paper Mills Research*(2022年ねん6月ろくがつ)
    • 推すい否定的ひていてきな結果けっかほど公表こうひょうされにくいことは、登録とうろくされた臨床りんしょう試験しけんを追跡ついせきした複数ふくすうの分析ぶんせきで繰くり返かえし示しめされてきた試験しけん登録とうろく簿ぼと公表こうひょう論文ろんぶんの照合しょうごう研究けんきゅう群ぐんからの一般化いっぱんかであり、分野ぶんや・登録とうろく制度せいどにより追跡ついせき率りつは異ことなる
    • 確かく40誌よんじゅうし2万にまん621本ほんの目視もくし走査そうさで、3.8%に問題もんだいのある画像がぞうが含ふくまれ、その少すくなくとも半数はんすうが意図的いとてき操作そうさを示唆しさしたBik, Casadevall & Fang, *mBio* 7:e00809-16(2016年ねん)
    • 確かく同一どういつの実験じっけん画像がぞうの背景はいけいを共有きょうゆうする400本ほん超ちょうの論文ろんぶん群ぐんが2020年ねんに指摘してきされたE. Bik らによる報告ほうこく("tadpole paper mill")
    • 確かくシュプリンガー社しゃは2017年ねん、1誌いちしから107本ほんを一括いっかつ撤回てっかいした。理由りゆうは査読さどく者しゃ名めいは実在じつざいするがメールアドレスが偽装ぎそうされていたことであるSpringer声明せいめい(2017年ねん4月しがつ)
    • 確かく中国ちゅうごくでは2000年代ねんだい以降いこう、国際こくさい誌しへの掲載けいさいに対たいして大学だいがくが現金げんきん報奨ほうしょうを出だす制度せいどが広ひろがり、支給額しきゅうがくは大学だいがくによって桁けたが異ことなった中国ちゅうごくの大学だいがくの報奨ほうしょう規程きていを横断おうだん的てきに収集しゅうしゅうした調査ちょうさ(2016年ねん時点じてんの100校こう規模きぼの比較ひかく)
    • 確かく中国ちゅうごくの教育部きょういくぶ・科学技術かがくぎじゅつ部ぶは2020年ねん、収録しゅうろく誌し指標しひょうの偏重へんちょうと論文ろんぶんへの現金げんきん報奨ほうしょうを禁きんじる通知つうちを出だした教育部きょういくぶ・科技かぎ部ぶ通知つうち(2020年ねん2月にがつ)。効果こうかの検証けんしょうはまだ限かぎられる
    • 確かく『ネイチャー』が形式的けいしきてきな査読さどく制度せいどを導入どうにゅうしたのは1967年ねんであるBaldwin, *Notes and Records of the Royal Society*(2015年ねん)および *Isis*(2018年ねん)
    • 推すい「ピア・レビュー」という語ごは冷戦れいせん期き米国べいこくの研究費けんきゅうひ審査しんさの文脈ぶんみゃくで普及ふきゅうし、雑誌ざっしの審査しんさに遡さかのぼって適用てきようされたM. Baldwin による制度せいど史し研究けんきゅうの解釈かいしゃく
    • 確かく掲載けいさい予定よてい論文ろんぶんに八やっつの誤あやまりを混入こんにゅうして420人にんに送おくった実験じっけんで、回答かいとうした221人にんが見みつけた誤あやまりの数かずは中央値ちゅうおうち2、最大さいだい5、16%は皆無かいむだったGodlee, Gale & Martyn, *JAMA* 280:237(1998年ねん)
    • 確かく九ここのつの重大じゅうだいな誤あやまりを混入こんにゅうした後続こうぞく研究けんきゅうで、査読さどく者しゃが検出けんしゅつしたのは平均へいきんで三みっつ前後ぜんごだったSchroter et al., *Journal of the Royal Society of Medicine* 101:507(2008年ねん)
    • 確かく心理学しんりがく8誌はちしの25万にじゅうごまん超ちょうの p 値あたいを機械的きかいてきに検査けんさした結果けっか、ほぼ半数はんすうの論文ろんぶんに少すくなくとも一ひとつの不整合ふせいごう、8本はっぽんに1本いっぽんに結論けつろんを左右さゆうしうる重大じゅうだいな不整合ふせいごうがあったNuijten et al., *Behavior Research Methods* 48:1205(2016年ねん)
    • 確かくNIPS 2014の重複ちょうふく審査しんさ実験じっけんでは、166本ほんのうち25.9%で二に委員会いいんかいの採否さいひが食くい違ちがい、一方いっぽうが採択さいたくした論文ろんぶんの約やく半数はんすうを他方たほうが却下きゃっかした。2021年ねんの再さい実験じっけんではこの割合わりあいが50.6%だったCortes & Lawrence(2014年ねん実験じっけん)、Beygelzimer et al., NeurIPS 2021 Consistency Experiment(2021年ねん)
    • 確かく2020年ねんに世界せかいの査読さどく者しゃが投とうじた時間じかんは1億いちおく時間じかんを超こえ、米国べいこく所属しょぞく査読さどく者しゃの時間じかんの賃金ちんぎん換算かんさん額がくは15億じゅうごおくドルを超こえると推計すいけいされたAczel, Szaszi & Holcombe, *Research Integrity and Peer Review* 6:14(2021年ねん)。推計すいけいは多数たすうの仮定かていに依存いぞんする
    • 確かく著者ちょしゃ名めいが見みえる査読さどく者しゃは著名ちょめい著者ちょしゃ・上位じょうい機関きかんの論文ろんぶんを高たかく評価ひょうかし、審査しんさを引ひき受うけやすいことが無作為むさくい化か実験じっけんで示しめされたTomkins, Zhang & Heavlin, *PNAS* 114:12708(2017年ねん)
    • 確かくオープン査読さどくの無作為むさくい化か試験しけんでは査読さどくの質しつに有意ゆういな変化へんかはなく、依頼いらいを断ことわる査読さどく者しゃが増ふえたvan Rooyen et al., *BMJ* 318:23(1999年ねん)
    • 争そう二に重じゅう盲もう査読さどくが女性じょせい著者ちょしゃなど特定とくてい属性ぞくせいの著者ちょしゃに有利ゆうりに働はたらくかBudden et al.(2008年ねん)の肯定的こうていてき報告ほうこくに対たいし、Webb, O'Hara & Freckleton(2008年ねん)ら複数ふくすうの再さい分析ぶんせきが反論はんろんした
    • 確かく2020年ねん、感染症かんせんしょう関連かんれん論文ろんぶんの投稿とうこうから受理じゅりまでの中央値ちゅうおうちは6日むいか前後ぜんごに短縮たんしゅくした(同誌どうしの他ほか分野ぶんやは80日はちじゅうにち超ちょう)Palayew et al., *Nature Human Behaviour* 4:666(2020年ねん)
    • 確かくウイルス配列はいれつに人為的じんいてき挿入そうにゅうがあるとした査読さどく前まえ論文ろんぶんは公開こうかいの2日ふつか後ごに取とり下さげられた(2020年ねん1月いちがつ〜2月にがつ)bioRxiv 掲載けいさいおよび撤回てっかい記録きろく
    • 確かく出所でどころ不明ふめいの患者かんじゃデータベースに基もとづく2本にほんの論文ろんぶんが、2020年ねんに掲載けいさいから約やく一いちか月げつで撤回てっかいされた*The Lancet* および *New England Journal of Medicine* の撤回てっかい告知こくち(2020年ねん6月ろくがつ)
    • 確かくRELXの科学かがく・技術ぎじゅつ・医療いりょう部門ぶもんは2023年ねんに売上うりあげ30億さんじゅうおく6200万まんポンド、調整ちょうせい後ご営業えいぎょう利益りえき11億じゅういちおく6500万まんポンド(率りつにして38.0%)を報告ほうこくしたRELX 2023年ねん通期つうき業績ぎょうせき発表はっぴょう(2024年ねん2月にがつ)
    • 確かく『ネイチャー』は2021年ねん、オープンアクセス選択せんたくの掲載けいさい料りょうを1本いっぽん9500ユーロに設定せっていしたSpringer Nature発表はっぴょう(2020年ねん11月じゅういちがつ)
    • 確かくジェフリー・ビールが個人こじんで公開こうかいしていたハゲタカ雑誌ざっしの一覧いちらんは、2017年ねん1月いちがつに取とり下さげられた同一覧どういちらんの停止ていしに関かんする当時とうじの報道ほうどうおよび本人ほんにんの説明せつめい
    • 確かくハゲタカ雑誌ざっしの合意ごうい定義ていぎ(2019年ねん、43人よんじゅうさんにんの専門家せんもんかによる)は「学術がくじゅつ性せいを犠牲ぎせいにした自己じこ利益りえきの優先ゆうせん」を中核ちゅうかくとし、単一たんいつの判定基準はんていきじゅんを置おいていないGrudniewicz et al., *Nature* 576:210(2019年ねん)
    • 確かく2014年ねんにこの種しゅの雑誌ざっしに掲載けいさいされた論文ろんぶんは約やく42万よんじゅうにまん本ほんと推計すいけいされたShen & Björk, *BMC Medicine* 13:230(2015年ねん)。推計すいけい方法ほうほうに依存いぞんする
    • 確かく偽にせ論文ろんぶんを304誌しに送おくり157誌しが受理じゅりした実験じっけんが2013年ねんに行おこなわれたJ. Bohannon, *Science* 342:60(2013年ねん)。購読こうどく誌しの対照たいしょう群ぐんを欠かく点てんが批判ひはんされた
    • 確かく医学いがく雑誌ざっし編集者へんしゅうしゃ国際こくさい委員会いいんかいは2005年ねん、臨床りんしょう試験しけんの事前じぜん登録とうろくを掲載けいさいの条件じょうけんとしたICMJE声明せいめい(2004年ねん公表こうひょう、2005年ねん適用てきよう)
    • 確かく米国べいこくの公的こうてき資金しきんによる大規模だいきぼ心血管しんけっかん試験しけんで、有意ゆういな便益べんえきを示しめした割合わりあいは登録とうろく義務化ぎむか前まえの30件中けんちゅう17件じゅうななけんから、以後いごの25件中けんちゅう2件にけんに減へったKaplan & Irvin, *PLoS ONE* 10:e0132382(2015年ねん)。標本ひょうほんが小ちいさく交絡こうらくの可能性かのうせいが残のこる
    • 確かく登録とうろく報告ほうこくは2013年ねんに『コルテックス』等とうで導入どうにゅうされたChambers, *Cortex* 49:609(2013年ねん)
    • 確かく通常つうじょうの心理学しんりがく論文ろんぶんでは第一だいいち仮説かせつの支持率しじりつが96%、登録とうろく報告ほうこくでは44%だったScheel, Schijen & Lakens, *Advances in Methods and Practices in Psychological Science* 4(2021年ねん)。登録とうろく報告ほうこくの選択せんたくバイアスは考慮こうりょが必要ひつよう
    • 確かく事前じぜん登録とうろく済ずみ研究けんきゅう27本にじゅうななほんを登録内容とうろくないようと照合しょうごうしたところ、すべてに逸脱いつだつがあり、逸脱いつだつを完全かんぜんに開示かいじしていたのは1本いっぽんだったClaesen et al., *Royal Society Open Science*(2021年ねん)
    • 確かく29チーム61人ろくじゅういちにんの解析かいせき者しゃが同一どういつデータを解析かいせきした結果けっか、オッズ比ひは0.89〜2.93に散ちらばり、20チームが有意ゆういな正せいの効果こうか、九きゅうチームが有意ゆういでない結果けっかを得とくたSilberzahn et al., *AMPPS* 1:337(2018年ねん)
    • 確かく70チームが同一どういつの脳のう機能きのう画像がぞうデータで九きゅう仮説かせつを検証けんしょうした結果けっか、同一どういつの処理手順しょりてじゅんを選えらんだチームは二ふたつとしてなく、有意ゆうい判定はんていはばらついたが、統合とうごうすると活動かつどう領域りょういきには一致いっちが見みられたBotvinik-Nezer et al., *Nature* 582:84(2020年ねん)
    • 確かく73チームが同一どういつデータで移民いみんと社会しゃかい政策せいさく支持しじの関係かんけいを検証けんしょうし、1253のモデルから強つよい負ふから強つよい正せいまで広ひろがる推定値すいていちが得とくられた。ばらつきは解析かいせき者しゃの属性ぞくせいや事前じぜんの信念しんねんで説明せつめいされなかったBreznau et al., *PNAS* 119:e2203150119(2022年ねん)
    • 確かく米国べいこくの2022年ねん8月はちがつの政府せいふ方針ほうしんは、公費こうひによる研究けんきゅう成果せいかの禁止きんし期間きかんなしの即時そくじ公開こうかいを各かく機関きかんに指示しじしたOSTP "Ensuring Free, Immediate, and Equitable Access to Federally Funded Research"(2022年ねん8月はちがつ25日にじゅうごにち)
    • 確かく米国べいこく国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょは2023年ねん1月いちがつからデータ管理かんり・共有きょうゆう計画けいかくの提出ていしゅつを義務ぎむづけたNIH Data Management and Sharing Policy(2023年ねん1月いちがつ25日にじゅうごにち施行しこう)
    • 確かくデータ提供ていきょう方針ほうしんの導入どうにゅう後ごの論文ろんぶん204本ほんについて、材料ざいりょうが得とくられたのは44%、結果けっかを再現さいげんできたのは26%だったStodden, Seiler & Ma, *PNAS* 115:2584(2018年ねん)
    • 確かく米国べいこく統計学とうけいがく会かいは2016年ねん、p 値あたいについての公式こうしき声明せいめいを出だしたWasserstein & Lazar, *The American Statistician* 70:129(2016年ねん)
    • 争そう有意ゆうい水準すいじゅんの扱あつかい0.005への引ひき下さげを求もとめる提案ていあん(Benjamin et al., *Nature Human Behaviour*, 2018年ねん)と、分野ぶんやごとの正当化せいとうかを求もとめる反論はんろん(Lakens et al., 2018年ねん)、有意ゆうい性せい判定はんていの廃止はいしを求もとめる提言ていげん(Amrhein, Greenland & McShane, *Nature* 567:305, 2019年ねん、賛同さんどう者しゃ800人にん超ちょう)が並立へいりつする。後者こうしゃは米国べいこく統計学とうけいがく会かいの公式こうしき方針ほうしんではなく、2021年ねんに同どう学会がっかい長ちょうの任にんじた作業さぎょう部会ぶかいが反論はんろんする声明せいめいを出だしている
    • 確かくCoARAには800を超こえる組織そしきが署名しょめいしているCoARA公表こうひょう資料しりょう(数かずは変動へんどうする)。DORA・ライデン声明せいめい・CoARAの内容ないようと成立せいりつ年次ねんじはG3章さんしょうに記しるした
    • 確かく生物せいぶつ医学いがく系けいの任用にんよう・昇進しょうしん基準きじゅん文書ぶんしょのうち、入手にゅうしゅできたものの約やく4割よんわりが雑誌ざっしのインパクトファクターに言及げんきゅうしていたRice et al., *BMJ* 369:m2081(2020年ねん)
    • 推すい研究けんきゅう評価ひょうか改革かいかくの署名しょめいと実際じっさいの審査しんさ実務じつむの間あいだには乖離かいりがある右みぎの基準きじゅん文書ぶんしょ調査ちょうさおよび McKiernan et al., *eLife*(2019年ねん)による米加べいかの審査しんさ文書ぶんしょ分析ぶんせきからの推論すいろんであり、因果いんがの検証けんしょうはまだない
    • 確かくメタ研究けんきゅうを専門せんもんとする機関きかんとして、オープンサイエンス・センターが2013年ねん、スタンフォードのメタ研究けんきゅうセンターが2014年ねんに設立せつりつされた各かく機関きかんの設立せつりつ記録きろく
    • 確かく主要しゅような競争きょうそう的てき研究けんきゅう資金しきんの採択さいたく率りつは2割にわり前後ぜんごの水準すいじゅんにある米国べいこく国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょの研究けんきゅうプロジェクト助成じょせいの成功率せいこうりつ(2020年代ねんだい前半ぜんはん、年としにより変動へんどう)。制度せいど・国くににより大おおきく異ことなる
    現八げんぱち

    現在げんざい ── いま学問がくもんはどうなっているか

    これからの学問がくもん(学问的去向 / Where Learning Is Going)

    機械きかいが仮説かせつを作つくる

    一次配列から立体構造へ ── ただし返ってくるのは、静止した一つの形である
    図ず 117一次いちじ配列はいれつから立体りったい構造こうぞうへ ── ただし返かえってくるのは、静止せいしした一ひとつの形かたちである

    蛋白質構造予測(蛋白质结构预测 / protein structure prediction)は、半はん世紀せいきにわたる未解決みかいけつ問題もんだいだった。アミノ酸さんの一次いちじ配列はいれつから折おりたたまれた立体りったい構造こうぞうを計算けいさんで当あてる。1994年ねんから隔年かくねんで、正解せいかいがまだ公表こうひょうされていない標的ひょうてきに予測よそくを提出ていしゅつする盲検もうけんの競技会きょうぎかいが開ひらかれてきた。2020年ねんの第だい14回じゅうよんかいで、深層学習しんそうがくしゅうに基もとづく予測よそく系けいが全ぜん標的ひょうてきの中央値ちゅうおうちで90点きゅうじってん台だい前半ぜんはん(100点てん満点まんてんの構造こうぞう一致いっち度ど指標しひょう)に達たっし、多おおくの標的ひょうてきで実験的じっけんてきに決きめた構造こうぞうと実用じつよう上じょう区別くべつできない水準すいじゅんだと評価ひょうかされた。2024年ねんのノーベル化学賞かがくしょうは、計算けいさんによる蛋白質たんぱくしつ設計せっけいにデイヴィッド・ベイカー、構造こうぞう予測よそくにデミス・ハサビスとジョン・ジャンパーが選えらばれ、同おなじ年としの物理学ぶつりがく賞しょうは機械学習きかいがくしゅうの基礎きそをなす仕事しごとにホップフィールドとヒントンが受うけている。二ふたつの賞しょうが同年どうねんに出でたことは、計算けいさんの道具どうぐが対象たいしょう分野ぶんやの内側うちがわで評価ひょうかされはじめた徴候ちょうこうである。

    ただし予測よそくは実験じっけんの代替だいたいではない。返かえってくるのは静止せいしした一ひとつの構造こうぞうであって、動うごき、複合体ふくごうたいの組くみ方ほう、変異へんいの効果こうかは別べつの問題もんだいである。予測よそく構造こうぞうのデータベースは2022年ねん7月しちがつに2億におく件けんを超こえ、2024年ねんには2億におく1400万まん配列はいれつを覆おおうが、使つかう側がわには領域りょういきごとの確信かくしん度ど指標しひょうを読よみ、どこまで信しんじてよいかを判断はんだんする新あたらしい技能ぎのうが要求ようきゅうされるようになった。2024年ねんに公表こうひょうされた複合体ふくごうたいまで扱あつかう後継こうけい系けいは、当初とうしょ、実装じっそうを公開こうかいしないまま論文ろんぶんだけが出でたため学術がくじゅつ誌上しじょうで批判ひはんを受うけ、同年どうねん後半こうはんに非ひ商業しょうぎょうの学術がくじゅつ利用りように限かぎって公開こうかいされている。何なにが検証けんしょう可能かのうかをめぐる交渉こうしょうが、成果せいかそのものと並ならぶ争点そうてんになっている。

    材料ざいりょう探索たんさくでは、加速かそくの主張しゅちょうと検証けんしょうの負荷ふかが同時どうじに現あらわれた。2023年ねん11月じゅういちがつ、深層学習しんそうがくしゅうで220万まんの結晶けっしょう構造こうぞうを生成せいせいし、うち38万さんじゅうはちまん件けんを安定あんていと予測よそくしたとする報告ほうこくと、ロボットが17日間じゅうななにちかんの自律じりつ運転うんてんで58の標的ひょうてきのうち41の新規しんき化合物かごうぶつを合成ごうせいしたとする報告ほうこくが、相そう前後ぜんごして同おなじ雑誌ざっしに載のった。翌年よくねん、固体こたい化学者かがくしゃたちが回折かいせつデータの解釈かいしゃくを検討けんとうし、報告ほうこくされた化合物かごうぶつの一部いちぶは既知きちの相そうで説明せつめいできると主張しゅちょうした。生成せいせいされた結晶けっしょう構造こうぞうの側がわにも、新規性しんきせいや有用性ゆうようせいの乏とぼしさと既知きち構造こうぞうとの重複ちょうふくが指摘してきされた。合成ごうせいの論文ろんぶんには2026年ねん1月いちがつに訂正ていせいが付ふされ、新規しんきの物質ぶっしつを作つくったという主張しゅちょうそのものが取とり下さげられた。批判ひはんの中心ちゅうしんにいた研究者けんきゅうしゃは、この訂正ていせいにより論文ろんぶんの撤回てっかいまでは要ようさないとの見方みかたを示しめしている。速はやく作つくれることと、それが新あたらしいことは、別べつに確たしかめねばならない ── その確認かくにんに、公表こうひょうから2年にねん余あまりを要ようしたことになる。

    提案し、合成し、測り、次の提案を作る ── 輪が閉じたとき、速さは人の側の問題になる
    図ず 118提案ていあんし、合成ごうせいし、測はかり、次つぎの提案ていあんを作つくる ── 輪わが閉とじたとき、速はやさは人ひとの側がわの問題もんだいになる
    年とし機械きかいがしたこと人ひとに残のこったこと
    2020年ねん蛋白質たんぱくしつ構造こうぞう予測よそくが盲検もうけんの競技会きょうぎかいで全ぜん標的ひょうてきの中央値ちゅうおうち90点きゅうじってん台だい前半ぜんはん動うごき、複合体ふくごうたいの組くみ方ほう、変異へんいの効果こうかは別べつの問題もんだい。確信かくしん度ど指標しひょうを読よむ技能ぎのうが要いる
    2021年ねん結むすび目めの不変ふへん量りょうの関係かんけいを機械学習きかいがくしゅうが示唆しさ「自然しぜん傾かたむき」を定義ていぎし、定理ていりとして証明しょうめいしたのは数学者すうがくしゃ
    2023年ねん11月じゅういちがつ220万まんの結晶けっしょう構造こうぞうを生成せいせいし、うち38万さんじゅうはちまん件けんを安定あんていと予測よそく。ロボットが17日間じゅうななにちかんで58の標的ひょうてきから41の新規しんき化合物かごうぶつを合成ごうせい翌年よくねん、固体こたい化学者かがくしゃが回折かいせつデータを検討けんとうし、一部いちぶは既知きちの相そうで説明せつめいできると主張しゅちょう
    2023年ねん11月じゅういちがつ──多項式たこうしきフライマン=ルザ予想よそうの証明しょうめいを、共同きょうどう作業さぎょうが約やく3週間さんしゅうかんで証明しょうめい支援しえん系けいに書かき下くだした
    2024年ねん予測よそく構造こうぞうのデータベースが2億におく1400万まん配列はいれつを覆おおう後継こうけい系けいは当初とうしょ、実装じっそうを公開こうかいしないまま論文ろんぶんが出でた

    表ひょう16機械きかいが担になった仕事しごとと、そのあとに残のこった仕事しごと

    数学すうがくで機械きかいが担になったのは、パターンの示唆しさだった。2021年ねん、結むすび目めの代数だいすう的てきな不変ふへん量りょうである符号ふごう数すうと、結むすび目めの幾何きか的てきな量りょうとの間あいだに関係かんけいがあるかを機械学習きかいがくしゅうで探さぐる試こころみから、「自然しぜん傾かたむき」と名なづけられた新あたらしい幾何きか量りょうが定義ていぎされ、符号ふごう数すうがおおよそその半分はんぶんになるという関係かんけいが見出みいだされた。関係かんけいを思おもいつく段階だんかいで機械きかいを使つかい、定理ていりとしての証明しょうめいは数学者すうがくしゃが与あたえた。表現ひょうげん論ろんでも同様どうようの手順てじゅんで予想よそうが得とくられている。示唆しさと証明しょうめいが分業ぶんぎょうされたのであって、証明しょうめいの基準きじゅんが緩ゆるんだのではない。

    証明しょうめいの確認かくにんそのものを機械きかいに委ゆだねる動うごきは、別べつの系譜けいふから来きている。2023年ねん11月じゅういちがつ、4人よにんの数学者すうがくしゃが多項式たこうしきフライマン=ルザ予想よそうを標数ひょうすう二にの場合ばあいに解決かいけつしたプレプリント(预印本 / preprint)を公開こうかいすると、直後ちょくごに始はじまった共同きょうどう作業さぎょうが、その証明しょうめいを証明しょうめい支援しえん系けい Lean のコードに書かき下くだす形式けいしき化か(形式けいしき化か / formalization)を約やく3週間さんしゅうかんで完了かんりょうさせた。形式けいしき化かされた証明しょうめいは、人ひとが全文ぜんぶんを読よまなくても機械きかいが整合性せいごうせいを検査けんさできる。

    競技きょうぎの場ばでも同おなじ問といが立たつ。2024年ねんには自動じどう証明しょうめい系けいが国際こくさい数学すうがくオリンピックの六問ろくもん中ちゅう四問よんもんを解とき、42点よんじゅうにてん満点まんてんで28点にじゅうはってん、金かねメダルの閾値しきいちに1点いってん届とどかない得点とくてんに相当そうとうした。この系けいの出力しゅつりょくは形式けいしき言語げんごで書かかれ、機械きかいが検査けんさできた。ところが翌よく2025年ねんには、形式けいしき化かを経へない自然しぜん言語げんごの証明しょうめいで六問ろくもん中ちゅう五問ごもん・35点さんじゅうごてんに達たっした系けいが現あらわれ、採点さいてんは人間にんげんの審査しんさに委ゆだねられた。検査けんさできる形かたちに落おとすことと、高たかい正答せいとう率りつを出だすこととは、同おなじ方向ほうこうには進すすんでいない。証明しょうめいの確認かくにんを誰だれが引ひき受うけるのかという問といは、能力のうりょくの向上こうじょうによってはむしろ鋭するどくなる。

    自動実験室(self-driving laboratory)が動うごいている。2020年ねん、移動いどう式しきのロボットが人間にんげん用ようの設備せつびの並ならぶ実験室じっけんしつを歩あるき回まわり、8日間ようかかんで688回かいの実験じっけんを自律的じりつてきに実行じっこうして、水素すいそ発生はっせいの光触媒ひかりしょくばい混合物こんごうぶつを初期しょき条件じょうけんの6倍ろくばいの活性かっせいまで最適化さいてきかした。2023年ねんには言語げんごモデルを計画けいかく層そうに置おき、文献ぶんけん検索けんさくから装置そうち制御せいぎょまでを一続ひとつづきにした系けいが報告ほうこくされている。ただしこれらが探索たんさくするのは、あらかじめ人ひとが張はった変数へんすう空間くうかんの内側うちがわである。何なにを変数へんすうにするかは、いまのところ人ひとが決きめている。

    文献ぶんけんの合成ごうせいと仮説かせつの提案ていあんに大規模言語だいきぼげんごモデルが使つかわれはじめたことは、新あたらしい検証けんしょう負荷ふかを生うんだ。生成せいせいされる参考文献さんこうぶんけんが実在じつざいしないことがある。2023年ねんに42の主題しゅだいで系統的けいとうてきに調しらべた研究けんきゅうでは、当時とうじの一世いっせい代だい前まえのモデルで引用いんようの55%、後続こうぞくの世代せだいで18%が完全かんぜんな捏造ねつぞうであり、捏造ねつぞうでない引用いんようのうちにも巻号かんごうや頁ページの誤あやまりが、前者ぜんしゃで4割よんわり強きょう、後者こうしゃで2割にわり強含つよふくまれていた。世代せだいが進すすむにつれて捏造ねつぞう率りつは下さがっており、この数値すうちをそのまま現在げんざいのモデルに当あてはめることはできない。それでも、もっともらしい著者ちょしゃ名めい、それらしい題名だいめい、実在じつざいする雑誌ざっし名めいという組くみ合あわせで出でてくる以上いじょう、確たしかめるまで区別くべつがつかないという性質せいしつは変かわらない。文献ぶんけんに当あたる作業さぎょうが減へるのではなく、当あたり直なおす作業さぎょうが増ふえた。

    汚染おせんは逆向ぎゃくむきにも進すすむ。1950年代ねんだいの学術がくじゅつ誌しを電子化でんしかする際さい、二に段だん組くみの別々べつべつの列れつにあった語ごが結合けつごうして「vegetative electron microscopy」という存在そんざいしない術語じゅつごが生うまれた。それが訓練くんれんデータを経由けいゆして再生産さいせいさんされ、複数ふくすうの論文ろんぶんに現あらわれ、出版社しゅっぱんしゃが当初とうしょは正当せいとうな用法ようほうだと弁護べんごする事態じたいにまでなった。誤あやまりが文献ぶんけんのなかを循環じゅんかんし、循環じゅんかんしていること自体じたいがもっともらしさの根拠こんきょになる。校訂こうていという技法ぎほうが写本しゃほんの時代じだいに要請ようせいされたのと同おなじ事情じじょうが、別べつの材料ざいりょうの上うえで戻もどってきている。

    出版社しゅっぱんしゃの方針ほうしんはおおむね1点いってんで揃そろった。2023年ねん、医学いがく雑誌ざっし編集者へんしゅうしゃ国際こくさい委員会いいんかいと出版しゅっぱん倫理りんり委員会いいんかい、および主要しゅよう出版社しゅっぱんしゃは、生成せいせい系けいは説明責任せつめいせきにんを負おえず利益りえき相反そうはんも申告しんこくできないため著者ちょしゃにはなれないとし、使用しようがあれば開示かいじを求もとめる方針ほうしんを示しめした。著者ちょしゃ性せいを、書かいたかどうかではなく責任せきにんを引ひき受うけられるかどうかで定義ていぎしなおしたことになる。査読(同行评议 / peer review)はより強つよい禁止きんしに触ふれた。米国べいこく国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょは2023年ねん6月ろくがつ、申請書しんせいしょの内容ないようを外部がいぶの系けいに入力にゅうりょくすること自体じたいが守秘しゅひ義務違反ぎむいはんにあたるとして、査読さどくでの使用しようを禁きんじている。他方たほう、2023年ねんから2024年ねんにかけて開ひらかれた機械学習きかいがくしゅう・自然言語処理しぜんげんごしょりの四よっつの国際こくさい会議かいぎに提出ていしゅつされた査読さどく文ぶんのうち、実質的じっしつてきに言語げんごモデルで書かき換かえられた可能性かのうせいのある文ぶんは6.5から16.9%と推定すいていされた。

    そして、加速かそくそれ自体じたいが測はかれているかという問といがある。2024年ねんに注目ちゅうもくを集あつめた、材料ざいりょう科学者かがくしゃへの導入どうにゅうで発見はっけんと特許とっきょが増ふえ職務しょくむ満足まんぞくが下さがったとする論文ろんぶんは、2025年ねん5月ごがつ、所属しょぞく大学だいがくがデータの出所でどころと信頼性しんらいせいに確信かくしんが持もてないとして撤回てっかいを求もとめた。他方たほう、2026年ねん1月いちがつに公表こうひょうされた自然科学しぜんかがくの論文ろんぶん4130万まん本ほんの分析ぶんせきは、これらの道具どうぐを使つかう研究者けんきゅうしゃが論文ろんぶん数すうで約やく3倍さんばい、被ひ引用いんようで約やく5倍ごばい、プロジェクトを主導しゅどうする時期じきで約やく1.4年ねん早はやいという個人こじんの利得りとくを示しめすと同時どうじに、研究けんきゅうされる主題しゅだいの総量そうりょうが約やく4.6%縮ちぢみ、研究者けんきゅうしゃどうしの関与かんよが2割にわり強きょう減へることを報告ほうこくした。個人こじんにとっての加速かそくと、分野ぶんや全体ぜんたいの広ひろがりは、別々べつべつに測はからなければならない量りょうである。

    開ひらく・分わける・守まもる

    開く道は一本ではなく、誰が払うかで分かれる
    図ず 119開ひらく道みちは一本いっぽんではなく、誰だれが払はらうかで分わかれる

    オープンサイエンス(开放科学 / open science)と一括ひとくくりにされるものは、少すくなくとも三みっつの別々べつべつの要求ようきゅうからできている。読よめること、再利用さいりようできること、そして誰だれが使つかってよいかを決きめられること。この三みっつは同おなじ方向ほうこうを向むいていない。読よめるようにする費用ひようは誰だれかが払はらわねばならず、再利用さいりようできる形かたちに整ととのえる手間てまは元もとの研究者けんきゅうしゃにかかり、使途しとを決きめる権限けんげんを持もち出だせば公開こうかいの範囲はんいは狭せばまる。実際じっさいの制度設計せいどせっけいは、この三みっつのどれを優先ゆうせんしたかによって別々べつべつの形かたちに落おちている。以下いかはその分岐ぶんきを、公開こうかい・共有きょうゆう・保護ほごの順じゅんに見みたものである。

    読よめることについては、オープンアクセス(开放获取 / open access)に三みっつの道みちが区別くべつされる。著者ちょしゃが受理じゅり稿こうを機関きかんや分野ぶんやのリポジトリに置おくグリーン、掲載誌けいさいしが公開こうかいして費用ひようを著者ちょしゃ側がわの論文ろんぶん掲載けいさい料りょうでまかなうことの多おおいゴールド、読者どくしゃも著者ちょしゃも払はらわないダイヤモンドである。2021年ねんに欧州おうしゅうの助成じょせい機関きかん連合れんごうが委託いたくした調査ちょうさは、ダイヤモンド誌しが世界せかいに1万いちまん7000から2万にまん9000誌しあると推定すいていし、完全かんぜんオープンアクセス誌しの目録もくろくに収録しゅうろくされた論文ろんぶんの4割よんわり強きょうを占しめるとした。学術がくじゅつ論文ろんぶんの総量そうりょうに対たいしては1割いちわりに満みたない。小規模しょうきぼで、多言語たげんごで、大学だいがくや学会がっかいが持もち出だしで運営うんえいしている。ラテンアメリカでは公的こうてき資金しきんによる電子でんし出版しゅっぱん基盤きばんが1998年ねんから動うごいており、著者ちょしゃにも読者どくしゃにも課金かきんしないまま地域ちいきの学術がくじゅつ誌しを国際的こくさいてきに可視化かしかしてきた。総量そうりょうでは無視むしできないのに、目録もくろく上じょうは見みえにくい層そうである。

    方針ほうしんの側がわでは、2018年ねん9月くがつに発表はっぴょうされ2021年ねんから適用てきようされたプランSが、公的こうてき助成じょせいを受うけた論文ろんぶんの即時そくじ公開こうかいを求もとめた。米国べいこくでは2022年ねん8月はちがつの科学技術かがくぎじゅつ政策せいさく局きょくの覚書おぼえがきが、連邦れんぽう資金しきんによる論文ろんぶんとデータを禁止きんし期間きかんなしで公開こうかいするよう各かく機関きかんに指示しじし、遅おそくとも2025年ねん末まつまでの実施じっしを求もとめた。国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょはこれを前倒まえだおしし、2025年ねん7月しちがつ1日ついたち以降いこうに受理じゅりされた査読さどく済ずみ原稿げんこうを、公表こうひょう日ひに即時そくじ公開こうかいすることを義務ぎむづけている。ただし2026年ねんに入はいり、議会ぎかいの予算よさん関連かんれん文書ぶんしょが、科学技術かがくぎじゅつ政策せいさく局きょくは2022年ねんの覚書おぼえがきを廃止はいしする手続てつづきに入はいっていると記しるし、その状況じょうきょうの報告ほうこくを求もとめた。行政ぎょうせい側がわからの公式こうしきの告知こくちはなく、覚書おぼえがきは2026年ねん半なかばの時点じてんで撤回てっかいされていない。撤回てっかいが実際じっさいに行おこなわれるかどうかも、行おこなわれた場合ばあいに各かく機関きかんの既存きそんの方針ほうしんがどうなるかも、決きまっていない。公開こうかいの方針ほうしんは一方向いちほうこうに進すすむとはかぎらず、進すすまないことの確定かくていもまた、容易よういには起おきない。

    再利用さいりようできることの側がわにはFAIR原則げんそくがある。2016年ねんに提案ていあんされたこの四条しじょうは、見みつけられる、アクセスできる、相互そうご運用うんようできる、再利用さいりようできる、を要件ようけんとするが、新あたらしかったのはそれを人ひとだけでなく機械きかいが自動的じどうてきに処理しょりできることまで求もとめた点てんである。FAIRはオープンを意味いみしない ── 条件じょうけんつきの申請しんせいを経へなければ使つかえないデータでも、所在しょざいと条件じょうけんが機械きかい可読かどくなら要件ようけんを満みたしうる。データセット自体じたいを記述きじゅつして査読さどくと引用いんようの対象たいしょうにするデータ論文ろんぶん(数据论文 / data paper)という形式けいしきも現あらわれ、データを作つくる仕事しごとに業績ぎょうせきとしての名前なまえがついた。

    開ひらかないものがある。個人情報こじんじょうほうがそうであり、それとは別べつの理由りゆうで先住民せんじゅうみんのデータがそうである。2019年ねんに示しめされたCARE原則げんそくは、集合的しゅうごうてきな利益りえき、権限けんげんをもつ管理かんり、責任せきにん、倫理りんりの四よっつを掲かかげる。背景はいけいには、遺骨いこつや血液けつえき試料しりょうや言語げんごの記録きろくが、提供ていきょうした集団しゅうだんの同意どういも利益りえきもないまま研究けんきゅう資源しげんとして流通りゅうつうしてきた経緯けいいがある。FAIRがデータを中心ちゅうしんに置おくのに対たいし、CAREは人ひとと目的もくてきを中心ちゅうしんに置おき、そのデータが誰だれの利益りえきのために集あつめられ誰だれが使途しとを決きめるかを問とう。両者りょうしゃは競合きょうごうではなく、片方かたほうが答こたえない問といをもう片方かたほうが扱あつかう関係かんけいにある。

    デュアルユース(两用 / dual use)はもっと荒あれている。病原体びょうげんたいの性質せいしつを強つよめる研究けんきゅう、すなわち機能きのう獲得かくとく研究けんきゅうについて、米国べいこくは2024年ねん5月ごがつに統一とういつ的てきな監督かんとく方針ほうしんを公表こうひょうし、2025年ねん5月ごがつ6日むいかの施行しこうを予定よていしていた。ところが施行しこう直前ちょくぜんの2025年ねん5月ごがつ5日いつか、大統領だいとうりょう令れいがその方針ほうしんを撤回てっかいし、危険きけんとみなされる機能きのう獲得かくとく研究けんきゅうへの連邦れんぽう資金しきんを停止ていししたうえで、代替だいたい方針ほうしんの策定さくていを120日にち以内いないに命めいじた。

    期限きげんは120日にちを大おおきく超過ちょうかしたが、2026年ねん7月しちがつ、代替だいたい方針ほうしんが高こうリスク生命科学せいめいかがく研究けんきゅうの停止ていしに関かんする政府せいふ方針ほうしんとして公表こうひょうされた。2024年ねん方針ほうしんが採とっていた病原体びょうげんたいの一覧いちらんに基もとづく管理かんりから、危険きけんと評価ひょうかされる機能きのう獲得かくとく研究けんきゅうそのものを連邦れんぽう資金しきんの対象外たいしょうがいとする禁止きんし型がたの枠組わくぐみへ、設計せっけいが入いれ替かわっている。1年いちねん余あまりのあいだ監督かんとくの枠組わくぐみが空白くうはくのまま研究けんきゅうが続つづいたこと、そして空白くうはくを埋うめた新しん方針ほうしんが規制きせいの強化きょうかとも緩和かんわとも一言ひとことで言いえない構造こうぞうを持もつことの双方そうほうが、この経緯けいいの要点ようてんである。同型どうけいの論争ろんそうは、モデルの重おもみを公開こうかいするか否いなかをめぐって別べつの分野ぶんやでも起おきている。

    遺伝いでん資源しげんの利用りようと利益りえき配分はいぶんを定さだめた枠組わくぐみは、現物げんぶつのやり取とりを前提ぜんていに作つくられていた。配列はいれつがデータとして流通りゅうつうすれば、現物げんぶつは介在かいざいしない。2024年ねん11月じゅういちがつ、生物せいぶつ多様性たようせい条約じょうやくの第だい16回じゅうろっかい締約国ていやくこく会議かいぎで塩基えんき配列はいれつ情報じょうほうに関かんする多国間たこくかんの利益りえき配分はいぶんの仕組しくみと基金ききんが採択さいたくされ、翌よく2025年ねん2月にがつに発足ほっそくした。塩基えんき配列はいれつをデータベースに登録とうろくし検索けんさくすることが、条約じょうやくの対象たいしょうになったということである。登録とうろくも検索けんさくも、それ自体じたいは物ものの移動いどうを伴ともなわない行為こういである。どこまでを資源しげんの利用りようと数かぞえるかが、交渉こうしょうの焦点しょうてんになった。

    市民科学(公民科学 / citizen science)の実績じっせきは、量りょうとして測はかれる。2007年ねん7月しちがつに始はじまった銀河ぎんがの分類ぶんるい計画けいかくは、初年度しょねんどに約やく15万じゅうごまん人ひとが5000万まん件けんの分類ぶんるいを行おこなった。専門家せんもんかが用意よういした分類ぶんるいの枠わくに収おさまらないものを参加者さんかしゃが拾ひろい上あげたことから、正体しょうたい不明ふめいの発光はっこう天体てんたいや、それまで類型るいけいがなかった小型こがたの緑色みどりいろの銀河ぎんがが見みつかっている。鳥類ちょうるいの観察かんさつ記録きろくを集あつめる計画けいかくは、2002年ねんの開始かいしから累計るいけい10億じゅうおく件けんに達たっするまで19年じゅうきゅうねんかかり、次つぎの10億じゅうおく件けんは4年よねんで積つみ上あがって2025年ねんに20億にじゅうおく件けんを超こえた。蛋白質たんぱくしつの折おりたたみをゲームにした計画けいかくでは、10年じゅうねん以上いじょう決きまらなかったレトロウイルスのプロテアーゼの構造こうぞうが、参加者さんかしゃの作つくったモデルを起点きてんに決定けっていされている。

    品質ひんしつ管理かんりは、参加者さんかしゃを信用しんようするかどうかの問題もんだいではなく、偏かたよりをどう回収かいしゅうするかの問題もんだいである。観察かんさつは、人ひとが住すむ場所ばしょ、道路どうろのある場所ばしょ、そして週末しゅうまつに偏かたよる。珍めずらしい種しゅばかりが報告ほうこくされれば、ありふれた種しゅの分布ぶんぷは空白くうはくになる。鳥類ちょうるいの計画けいかくがチェックリスト形式けいしきをとり、見みた種しゅだけでなく探さがした時間じかんと移動距離いどうきょりも記録きろくさせるのは、「そこにいなかった」という情報じょうほうを回収かいしゅうするためである。そのうえで地域ちいきの専門家せんもんかが異常値いじょうちを選別せんべつする。設計せっけいの負担ふたんは増ふえるが、増ふやさなければ集あつまったデータは数かずの多おおさのぶんだけ偏かたよる。

    境界きょうかいは動うごいている。参加者さんかしゃは、指示しじどおりにデータを集あつめる手てとして位置いちづけられていた段階だんかいから、分類ぶんるいの設計せっけいに加くわわり、論文ろんぶんの共著者きょうちょしゃに名なを連つらね、自分じぶんたちの関心かんしんから問といを持もち込こむ段階だんかいへ移うつっている。汚染おせん調査ちょうさや健康けんこう被害ひがいの記録きろくのように、当事者とうじしゃが測はかることを求もとめて始はじまった研究けんきゅうもある。参加者さんかしゃが共著者きょうちょしゃに名なを連つらねる例れいが現あらわれたことは、誰だれを研究者けんきゅうしゃと数かぞえるかという問題もんだいを、学位がくいや所属しょぞくではなく仕事しごとへの関かかわり方ほうの記述きじゅつで扱あつかう可能性かのうせいを開ひらいた。ただしそれが一般的いっぱんてきな作法さほうになったわけではなく、採用さいようと昇進しょうしんの場面ばめんでは学位がくいと所属しょぞくが依然いぜんとして第一だいいちの条件じょうけんである。この点てんで市民しみん科学かがくは、次つぎに述のべる貢献こうけんの記述きじゅつ法ほうの問題もんだいと地続じつづきである。

    誰だれが担になうか

    博士号はくしごうを取とった人ひとが大学だいがくに残のこるという前提ぜんていは、統計とうけいの上うえで成なり立たたなくなっている。米国べいこくの博士号はくしごう調査ちょうさによれば、研究けんきゅう博士号はくしごうの授与じゅよ数すうは2023年ねんに5万ごまん7862件けん、2024年ねんに5万ごまん8131件けんだった。国内こくないで就職先しゅうしょくさきが確定かくていしポスドク以外いがいの職しょくに就つく者ものの内訳うちわけを見みると、2023年ねんは学術がくじゅつ界かいが34%(7672人にん)、産業界さんぎょうかいが47%(1万いちまん495人ひと)、2024年ねんは学術がくじゅつ界かい40%(8098人にん)、産業界さんぎょうかい40%(8266人にん)である。年としごとの振ふれは小ちいさくないが、学術がくじゅつ界かいの比率ひりつが2003年ねんの54%から大おおきく下さがったという長期ちょうきの方向ほうこうは変かわらない。産業界さんぎょうかいへの進路しんろは例外れいがいではなく、標準的ひょうじゅんてきな選択肢せんたくしになっている。

    残のこった人ひとにとっても、任期にんきのない職しょくは減へった。日本にほんの国立大学こくりつだいがくの40歳よんじっさい未満みまんの本務ほんむ教員きょういんという母集団ぼしゅうだんで見みると、任期にんき付つき雇用こようの割合わりあいは2007年ねん度どの約やく39%から2017年ねん度どの約やく64%へ上昇じょうしょうした。別べつの調査ちょうさが研究大学けんきゅうだいがくの39歳さんじゅうきゅうさい以下いかを対象たいしょうに測はかった比率ひりつは、2010年代ねんだいを通つうじて6割ろくわり前後ぜんごで推移すいいしている。母集団ぼしゅうだんが違ちがえば水準すいじゅんも動うごきも違ちがって見みえるが、2010年代ねんだいに入はいる時点じてんで既すでに高たかい水準すいじゅんにあったことは共通きょうつうしている。任期にんき付つきの職しょくを渡わたり歩あるく期間きかんが長ながくなれば、次つぎの職しょくを得えるために数年すうねんで論文ろんぶんになる主題しゅだいを選えらぶ誘因ゆういんが働はたらき、成否せいひの判明はんめいに10年じゅうねんかかる問といは後回あとまわしになる。雇用こようの形式けいしきは、待遇たいぐうの問題もんだいにとどまらず、主題しゅだいの選択せんたくを通つうじて知識ちしきの内容ないようにまで及およぶ。ただしこの経路けいろそのものを直接ちょくせつに測はかった研究けんきゅうは少すくなく、雇用形態こようけいたいと主題しゅだい選択せんたくの関係かんけいは、いまのところ推論すいろんである。

    その隙間すきまに、新あたらしい職業しょくぎょうができた。研究けんきゅうソフトウェア技術者ぎじゅつしゃ、すなわち research software engineer という呼よび名なは2012年ねんに英国えいこくの会合かいごうで作つくられた造語ぞうごで、研究室けんきゅうしつのなかで本格的ほんかくてきな開発かいはつをしているのに、開発者かいはつしゃとしても研究者けんきゅうしゃとしても評価ひょうかされない人々ひとびとを指さすために必要ひつようとされた。翌年よくねんには協会きょうかいができ、2019年ねんには資金しきんを持もち職員しょくいんを雇やとえる学会がっかいになっている。同様どうように、データの管理かんり設計せっけいと運用うんようを担になうデータ管理責任者かんりせきにんしゃ(data steward)、申請書しんせいしょと契約けいやくと規制きせい対応たいおうを引ひき受うけるリサーチ・アドミニストレーターが、専門職せんもんしょくとして制度せいど化かされつつある。日本にほんでは2011年ねん度どから大学だいがくへのそうした人材配置じんざいはいちが政策せいさくとして進すすめられた。研究けんきゅうを支ささえる仕事しごとが、研究者けんきゅうしゃの余技よぎから独立どくりつした職業しょくぎょうへ移うつった。

    チームは大おおきくなった。1955年ねんから2000年ねんまでの約やく1990万まん本ほんの論文ろんぶんを調しらべた分析ぶんせきは、社会しゃかい科学かがくから工学こうがくまで、ほぼすべての分野ぶんやで単著たんちょから共著きょうちょへの移行いこうが起おきたことを示しめした。極端きょくたんな例れいとして、2015年ねんに二ふたつの実験じっけんグループが共同きょうどうで出だしたヒッグス粒子りゅうしの質量しつりょう測定そくていの論文ろんぶんは、全ぜん33頁さんじゅうさんページのうち24頁にじゅうよんページを著者ちょしゃ名めいと所属しょぞくの一覧いちらんに費ついやしている。実験じっけん装置そうちの建設けんせつから解析かいせきまでを分担ぶんたんした集団しゅうだんの全員ぜんいんが名なを連つらねているのだが、この規模きぼになると、著者ちょしゃ欄らんはもはや誰だれが何なにをしたかを伝つたえる装置そうちではない。紙面しめんの三分さんぶんの二に以上いじょうを占しめていながら、そこから読よみ取とれるのは所属しょぞくの一覧いちらんだけである。

    そこで貢献こうけんの記述きじゅつ法ほうが要いる。CRediTは、着想ちゃくそう、方法ほうほう、解析かいせき、資金しきん獲得かくとく、監督かんとく、執筆しっぴつといった14の役割やくわりを定さだめた語彙ごいで、2014年ねんに作つくられ、2022年ねんに米国べいこくの国内こくない標準ひょうじゅんとして正式せいしき化かされた。著者ちょしゃか否いなかの二に分ぶん法ほうを、役割やくわりごとの記述きじゅつに置おき換かえる試こころみであり、装置そうちの保守ほしゅやデータの整備せいびといった、従来じゅうらいは謝辞しゃじに落おちていた仕事しごとに名前なまえを与あたえる効果こうかもある。ただし記述きじゅつは自己申告じこしんこくであり、誰だれが何なにをしたかを外そとから検証けんしょうする手段しゅだんは付ついていない。責任せきにんの所在しょざいを明示めいじする装置そうちは、明示めいじされた内容ないようの真偽しんぎについては沈黙ちんもくしている。

    1人ひとりで書かく分野ぶんやは消きえていない。数学すうがく、哲学てつがく、歴史学れきしがくでは単著たんちょの論文ろんぶんが主流しゅりゅうであり、人文学じんぶんがくでは1冊いっさつの単著たんちょ書しょが業績評価ぎょうせきひょうかの中心ちゅうしんにありつづけている。問といの設定せっていと論証ろんしょうが切きり離はなせず、途中とちゅうの工程こうていを他人たにんに渡わたせない仕事しごとは分業ぶんぎょうしにくい、というのが通とおり相場そうばの説明せつめいである。ただしそこにも例外れいがいは現あらわれていて、前述ぜんじゅつの予想よそうの形式けいしき化かのように、多人数たにんずうが補題ほだいごとに分担ぶんたんして一ひとつの証明しょうめいを機械きかい可読かどくな形かたちに落おとす作業さぎょうは、数学すうがくにおける新あたらしい共同きょうどう作業さぎょうの形かたちになっている。

    人ひとの移動いどうは、国くにごとに桁けたが違ちがう。2012年ねんに16か国こくの研究者けんきゅうしゃを対象たいしょうに行おこなわれた調査ちょうさは、研究者けんきゅうしゃに占しめる外国がいこく生うまれの割合わりあいが、最もっとも高たかい国くにでは半数はんすうを超こえ、最もっとも低ひくい国くにでは1%前後ぜんごにとどまることを示しめした。値あたいそのものは10年じゅうねん以上いじょう前まえのものであり、以後いごの査証さしょう制度せいどの変化へんかを織おり込こんでいない。頭脳流出(人才外流 / brain drain)という言いい方かたは、流ながれが一方向いちほうこうだという前提ぜんていを含ふくむが、実際じっさいには帰国後きこくごの待遇たいぐうを厚あつくする政策せいさくや、共同研究きょうどうけんきゅうを通つうじた往復おうふくによって、循環じゅんかんと呼よぶほうが近ちかい動うごきも観測かんそくされている。移動いどうの自由度じゆうどは、査証さしょう制度せいどと安全あんぜん保障ほしょう政策せいさくに直接ちょくせつ左右さゆうされる。

    ジェンダーの格差かくさは、いくつかの層そうに分わけて測はかられてきた。2013年ねんの大規模だいきぼな計量けいりょう分析ぶんせきは、女性じょせいが第一だいいち著者ちょしゃや最終さいしゅう著者ちょしゃになる割合わりあいが低ひくく、女性じょせいが筆頭ひっとうの論文ろんぶんは被ひ引用いんようが相対的そうたいてきに低ひくいことを示しめした。2020年ねんの研究けんきゅうは、生産性せいさんせいの男女だんじょ差さが1950年代ねんだいの1割いちわり程度ていどから2000年代ねんだいの3割さんわり超ちょうへ広ひろがった一方いっぽうで、在籍ざいせき年数ねんすうをそろえて比くらべると年としあたりの論文ろんぶん数すうと影響力えいきょうりょくに大おおきな差さは出でないことを見出みいだしている。差さの主因しゅいんは、大学院生だいがくいんせいからポスドク、常勤じょうきん職しょくに至いたる各かく段階だんかいで研究けんきゅうをやめる確率かくりつが女性じょせいのほうが一貫いっかんして高たかいこと ── つまり離脱りだつと在籍期間ざいせききかんにあった。是正ぜせいの対象たいしょうが、個人こじんの生産性せいさんせいではなく職しょくを続つづけられる条件じょうけんのほうにあることを示しめす結果けっかである。

    研究者けんきゅうしゃ以外いがいの担にない手ても増ふえた。企業きぎょう研究所けんきゅうしょ、AI企業きぎょう、非営利ひえいりの研究けんきゅう機関きかん、政府せいふ系けいのシンクタンク。計算けいさん資源しげんや大型おおがた装置そうちが参入さんにゅうの条件じょうけんになる領域りょういきでは、担にない手ての分布ぶんぷが資本しほんの分布ぶんぷに従したがう。ある年次ねんじ報告ほうこくの集計しゅうけいでは、注目ちゅうもくすべき機械学習きかいがくしゅうモデルのうち産業界さんぎょうかい由来ゆらいのものが2023年ねんの約やく6割ろくわりから2024年ねんの約やく9割きゅうわりへ増ふえ、その水準すいじゅんは翌年よくねんも維持いじされた。同おなじ報告ほうこくは、被ひ引用いんようの多おおい研究けんきゅうの最大さいだいの供給源きょうきゅうげんはなお大学だいがくだとも述のべている。作つくれる場所ばしょと、それを外そとから確たしかめる場所ばしょが分わかれつつある。

    学問がくもんはどこへ行いくのか

    知識ちしきの総量そうりょうが1人ひとりの把握はあくを超こえた状態じょうたいは、もう例外れいがいではない。個人こじんが生涯しょうがいに読よめる量りょうはほとんど変かわらないのに、産出さんしゅつは増ふえ続つづける。すると「理解りかいしている」の意味いみが変かわる。すべてを自分じぶんで確たしかめた人ひとはいない。ほとんどの結論けつろんは、他人たにんの確たしかめた結果けっかを信頼しんらいの連鎖れんさとして受うけ取とり、その上うえに次つぎを積つむ形かたちで使つかわれている。そこに、別べつの成分せいぶんが加くわわる。何なにがどこにあるかを知しり、必要ひつようなときに正ただしく取とり出だし、どこまでを自分じぶんで確たしかめ、どこから先さきを他人たにんの確認かくにんに預あずけているかを言いえること ── 少すくなくとも、この成分せいぶん抜ぬきに理解りかいを語かたることは難むずかしくなった。

    分業ぶんぎょうが進すすめば、統合とうごうの仕事しごとが要いる。総説そうせつと教科書きょうかしょはその結むすび目めだったが、結むすび目めの側がわも過剰かじょう生産せいさんに晒さらされている。医学いがく分野ぶんやでは、系統的レビュー(系统综述 / systematic review)とメタ分析ぶんせきの産出さんしゅつが数十すうじゅう年ねんで桁違けたちがいに増ふえ、同おなじ主題しゅだいに20件にじっけんを超こえる重複ちょうふくした統合とうごうが並ならぶ例れいが指摘してきされた。統合とうごうの道具どうぐそのものが統合とうごうを必要ひつようとする段階だんかいに入はいっている。教科書きょうかしょもまた、分野ぶんやの入口いりぐちを定義ていぎする権限けんげんを持もつがゆえに、書かき換かえの遅おそさが問題もんだいになる。

    学問がくもん全体ぜんたいが新あたらしさを失うしないつつあるという主張しゅちょうもある。2023年ねんに公表こうひょうされた分析ぶんせきは、4500万まん本ほんの論文ろんぶんと390万まん件けんの特許とっきょについて、先行せんこう研究けんきゅうを置おき換かえる方向ほうこうに働はたらいたか、それとも既存きそんの枠組わくぐみを補強ほきょうしたかを引用いんようの網目あみめから測はかる指標しひょうを計算けいさんし、置おき換かえ型かたの割合わりあいが数十すうじゅう年ねんにわたって低下ていかしていると報告ほうこくした。ただしこの結論けつろんには強つよい反論はんろんがある。引用いんよう実務じつむの変化へんか、特許とっきょ制度せいどの改正かいせい、指標しひょうそのものの定義ていぎが批判ひはんされ、補正ほせいすると傾向けいこうが消きえるか反転はんてんするという再さい分析ぶんせきも出でている。低下ていかしているのが研究けんきゅうの性質せいしつなのか、測はかり方ほうの副産物ふくさんぶつなのかは決着けっちゃくしていない。

    時間じかん尺度しゃくどの不一致ふいっちは、より具体的ぐたいてきな問題もんだいである。気候きこう、感染症かんせんしょう、生物せいぶつ多様性たようせい、機械学習きかいがくしゅうの安全性あんぜんせい ── これらが要求ようきゅうする観測かんそくと介入かいにゅうの時間じかんは数十すうじゅう年ねんにおよぶ。森林しんりんの再生さいせいや種しゅの個体こたい数すうの回復かいふくは、2回にかいや3回さんかいの測定そくていでは傾向けいこうすら見みえない。一方いっぽう、助成じょせいの周期しゅうきは3年さんねんから5年ごねん、任期にんき付つきの職しょくはそれ以下いか、業績ぎょうせきの評価ひょうかは年とし単位たんいで回まわり、政策せいさくの判断はんだんは選挙せんきょの周期しゅうきに縛しばられる。長ながさの合あわない複数ふくすうの時計とけいが同おなじ盤面ばんめんに載のっていて、短みじかいほうが観測かんそくの設計せっけいを決きめてしまう。

    それでも長期ちょうきの観測かんそくは存在そんざいする。ハワイの観測所かんそくしょでの大気たいき中ちゅう二酸化炭素にさんかたんその連続れんぞく測定そくていは1958年ねんに始はじまり、いまの気候きこう科学かがくの基準線きじゅんせんになっている。英国えいこくの農事のうじ試験場しけんじょうの圃場ほじょう実験じっけんは1840年代ねんだいから続つづき、土壌どじょうと施肥せひの長期ちょうき効果こうかについて他ほかに代かえのないデータを与あたえている。心臓病しんぞうびょうの追跡ついせき研究けんきゅうは1948年ねんに始はじまり、三世さんせい代だいにわたって同おなじ地域ちいきの住民じゅうみんを追おってきた。これらは制度せいどの周期しゅうきより長ながく生いき延のびた例外れいがいであって、規則きそくではない。長期ちょうき研究けんきゅうは、始はじめることより、資金しきんの切きれ目めと担当者たんとうしゃの交代こうたいを越こえて続つづけることのほうが難むずかしい。

    永続えいぞく性せいはデータにも及およぶ。2021年ねんの調査ちょうさは、2000年ねんから2019年ねんのあいだに174のオープンアクセス誌しがウェブから消きえたことを確認かくにんし、2019年ねんに主要しゅような目録もくろくに収載しゅうさいされていた1万いちまん4068誌しのうち、長期ちょうき保存ほぞんの手当てあてが取とられているのは約やく三分さんぶんの一いちにとどまると報告ほうこくした。多おおくは資金しきんの切きれた小規模しょうきぼ誌しで、消きえたことに気きづかれないまま引用いんようだけが残のこる。公開こうかいされていることと残のこることは別べつである。保存ほぞんは技術ぎじゅつではなく、誰だれかが払はらい続つづける費用ひようと、引ひき受うけ続つづける組織そしきの問題もんだいである。

    2000年から2019年のあいだに174のオープンアクセス誌がウェブから消えた
    図ず 1202000年ねんから2019年ねんのあいだに174のオープンアクセス誌しがウェブから消きえた

    誰だれのための知ちか、という問といは、公開こうかいの方針ほうしん、参加さんかの設計せっけい、保存ほぞんの費用ひようのいずれにも現あらわれる。開ひらけば使つかわれるが、開あけない理由りゆうも同おなじ強つよさで存在そんざいする。速はやく出だせば早はやく役やくに立たつが、検証けんしょうの負荷ふかは後うしろに送おくられる。参加者さんかしゃを広ひろげれば観測かんそくは増ふえるが、偏かたよりの補正ほせいが要いる。掲載けいさい料りょうを払はらえる機関きかんと払はらえない機関きかんの差さが、公開こうかいの方針ほうしんそのものによって新あたらしい格差かくさに転てんじることもある。どれも一方いっぽうを選えらべば済すむ種類しゅるいの対立たいりつではなく、どこで折おり合あいをつけたかを記録きろくし、後あとから検討けんとうできるようにしておく以外いがいに扱あつかいようがない。

    信頼しんらいは、測はかられるようになった量りょうの一ひとつである。68か国こく・7万ななまん1922人ひとを対象たいしょうにした事前じぜん登録とうろくの調査ちょうさは、2025年ねんに公表こうひょうされ、多おおくの国くにで科学者かがくしゃへの信頼しんらいは中なか程度ていどから高たかい水準すいじゅんにあり、科学者かがくしゃが社会しゃかいや政策せいさくにもっと関与かんよすべきだという意見いけんが多数たすうを占しめることを示しめした。ただし国くにどうしの比較ひかくには留保りゅうほが要いる。設問せつもんが各国かっこくで同おなじものを測はかっているかを疑うたがう再さい分析ぶんせきが2026年ねんに出でており、この結論けつろんは各国かっこく内ないでの比較ひかくには堪こたえるが、国別くにべつの順位じゅんいづけには堪たえない。国内こくないの変動へんどうは別途べっと追跡ついせきされている。米国べいこくでは、科学者かがくしゃが公共こうきょうの利益りえきのために行動こうどうしていると少すくなくともある程度ていどは思おもうと答こたえた割合わりあいが、2020年ねん4月しがつの87%から2023年ねんの73%へ下さがり、その後ご76から77%へ戻もどった。低下ていかも回復かいふくも観測かんそくされている。単調たんちょうな衰退すいたいの物語ものがたりには収おさまらない。

    分野ぶんやの境界きょうかいは、問といの構造こうぞうではなく、資金しきんの単位たんい、雑誌ざっしの区分くぶん、学科がっかの編成へんせい、評価ひょうかの枠わくに従したがって引ひかれる。だから境界きょうかいは動うごく。既存きそんの分類ぶんるいに収おさまらない問といが繰くり返かえし立たてられ、そこに人ひとと金かねがつき、専門せんもん誌しと学位がくい課程かていができたとき、新あたらしい分野ぶんやが制度せいどとして現あらわれる。逆ぎゃくに、問といが解とけたり関心かんしんが離はなれたりすれば、分野ぶんやは縮小しゅくしょうして他ほかに吸収きゅうしゅうされる。生命科学せいめいかがくと情報科学じょうほうかがくの境目さかいめに生しょうじた領域りょういきも、気候きこうと経済けいざいの境目さかいめに生しょうじた領域りょういきも、この順序じゅんじょをたどっている。分類ぶんるいは知識ちしきの形かたちを写うつした鏡かがみではなく、いまそれを扱あつかっている人々ひとびとの配置はいち図ずである。

    したがって、ここまでに引ひいた線せんもまた暫定ざんていである。ある指標しひょうが測はかっているのは、その指標しひょうが測はかれるものだけである。ある制度せいどが数かぞえているのは、その制度せいどが数かぞえる形かたちにした業績ぎょうせきだけであり、英語えいごで書かかれず、論文ろんぶんの形かたちをとらず、器具きぐや手技しゅぎとして受うけ渡わたされた知ちは最初さいしょから集計しゅうけいの外そとにある。学問がくもんの現在げんざいを記述きじゅつするとは、何なにがどう数かぞえられ、何なにが数かぞえられていないかを同時どうじに書かきとめることであり、その書かきとめ方ほう自体じたいが次つぎに検討けんとうされる対象たいしょうになる。地図ちずは、いま何なにがどこにあるかを示しめす。そこに何なにがあるべきかは示しめさない。

    事実じじつの台帳だいちょう 確かく 58 / 推すい 9 / 争そう 3

    確たしかめられたこと、解釈かいしゃくにとどまること、いま争あらそわれていること ── 三みっつを分わけて記しるす。

    • 確かく蛋白質たんぱくしつの立体りったい構造こうぞう予測よそくを盲検もうけんで評価ひょうかする国際的こくさいてきな競技会きょうぎかいは1994年ねんから隔年かくねんで実施じっしされているCASP(Critical Assessment of Structure Prediction)の実施じっし記録きろく
    • 確かく2020年ねんの第だい14回じゅうよんかい競技会きょうぎかいで、深層学習しんそうがくしゅうに基もとづく予測よそく系けいが全ぜん標的ひょうてきの中央値ちゅうおうちで90点きゅうじってん台だい前半ぜんはんの構造こうぞう一致いっち度ど(GDT_TS、100点てん満点まんてん)を示しめし、多おおくの標的ひょうてきで実験じっけん構造こうぞうと実用じつよう上じょう区別くべつできない精度せいどと評価ひょうかされたCASP14 の公式こうしき評価ひょうかおよび Jumper et al., *Nature* 596(2021年ねん)
    • 確かく2024年ねんのノーベル化学賞かがくしょうは、計算けいさんによる蛋白質たんぱくしつ設計せっけいと蛋白質たんぱくしつ構造こうぞう予測よそくに対たいして授与じゅよされたノーベル財団ざいだん発表はっぴょう(2024年ねん)
    • 確かく同年どうねんのノーベル物理学ぶつりがく賞しょうは人工じんこうニューラルネットワークによる機械学習きかいがくしゅうの基礎的きそてき発見はっけんに対たいして授与じゅよされたノーベル財団ざいだん発表はっぴょう(2024年ねん)
    • 確かく予測よそく構造こうぞうのデータベースは2022年ねん7月しちがつに2億におく件けん超ちょうへ拡張かくちょうされ、2024年ねんの記載きさいでは2億におく1400万まん配列はいれつを覆おおうEMBL-EBI 発表はっぴょう(2022年ねん7月しちがつ)、*Nucleic Acids Research* 52, D368(2024年ねん)
    • 確かく複合体ふくごうたいまで扱あつかう後継こうけいの予測よそく系けいは、2024年ねん5月ごがつの論文ろんぶん公表こうひょう時じに実装じっそうが非公開ひこうかいであったことで批判ひはんを受うけ、同年どうねん後半こうはんに非ひ商業しょうぎょうの学術がくじゅつ利用りよう向むけに公開こうかいされた同どう論文ろんぶんをめぐる学術がくじゅつ誌上しじょうの書簡しょかんおよび開発元かいはつもとの公開こうかい告知こくち
    • 確かく2023年ねん11月じゅういちがつ、深層学習しんそうがくしゅうにより約やく220万まんの結晶けっしょう構造こうぞうを生成せいせいし、うち約やく38万さんじゅうはちまん件けんを安定あんていと予測よそくしたとする報告ほうこくが発表はっぴょうされたMerchant et al., *Nature* 624(2023年ねん)
    • 確かく同時どうじ期きに、ロボットが17日間じゅうななにちかんの自律じりつ運転うんてんで58の標的ひょうてきのうち41の新規しんき化合物かごうぶつを合成ごうせいしたとする報告ほうこくが発表はっぴょうされたSzymanski et al., *Nature* 624(2023年ねん)
    • 争そうこれらの新規性しんきせいの主張しゅちょう固体こたい化学者かがくしゃによる再検討さいけんとうは、回折かいせつパターンの解釈かいしゃく上じょう、報告ほうこくされた化合物かごうぶつの一部いちぶが既知きちの相そうで説明せつめいできると主張しゅちょうし、生成せいせいされた結晶けっしょう構造こうぞうについても新規性しんきせい・有用性ゆうようせいの乏とぼしさや既知きち構造こうぞうとの重複ちょうふくが指摘してきされた。合成ごうせいの論文ろんぶんには2026年ねん1月いちがつに訂正ていせいが付ふされ、新規しんき物質ぶっしつを合成ごうせいしたという中なか心的しんてき主張しゅちょうが訂正ていせいの対象たいしょうとなったことで争点そうてんは一部いちぶ決着けっちゃくした。批判ひはんの中心ちゅうしんにいた研究者けんきゅうしゃは、この訂正ていせいにより論文ろんぶんの撤回てっかいまでは要ようさないとの見方みかたを示しめしている ── *Nature* 624(2023年ねん)掲載けいさい論文ろんぶんへの訂正ていせい(2026年ねん1月いちがつ)および批判ひはん側がわの公表こうひょう見解けんかい
    • 確かく機械学習きかいがくしゅうによるパターン探索たんさくから結むすび目めの新あたらしい幾何きか量りょうが定義ていぎされ、代数だいすう的てき不変ふへん量りょうである符号ふごう数すうとの関係かんけいが予想よそうとして立たてられ、証明しょうめいされたDavies et al., *Nature* 600(2021年ねん)
    • 確かく多項式たこうしきフライマン=ルザ予想よそう(マートン予想よそう)の標数ひょうすう二にの場合ばあいの証明しょうめいは2023年ねん11月じゅういちがつにプレプリントとして公開こうかいされ、証明しょうめい支援しえん系けい Lean による形式けいしき化かが約やく3週間さんしゅうかんで完了かんりょうしたGowers, Green, Manners, Tao(2023年ねん)および PFR 形式けいしき化かプロジェクトの記録きろく
    • 確かく2024年ねん、自動じどう証明しょうめい系けいが国際こくさい数学すうがくオリンピックの六問ろくもん中ちゅう四問よんもんを解とき、42点よんじゅうにてん満点まんてんで28点にじゅうはってんに相当そうとうする成績せいせき(銀ぎんメダル圏けん、金かねの閾値しきいちに1点いってん届とどかず)を得とくた。この系けいの出力しゅつりょくは形式けいしき言語げんごで書かかれ、機械きかいによる検査けんさが可能かのうだった開発元かいはつもとの発表はっぴょう(2024年ねん)および *Nature*(2025年ねん)掲載けいさいの関連かんれん論文ろんぶん
    • 確かく2025年ねん7月しちがつの国際こくさい数学すうがくオリンピックでは、形式けいしき化かを経へない自然しぜん言語げんごの証明しょうめいにより六問ろくもん中ちゅう五問ごもん・42点よんじゅうにてん満点まんてんで35点さんじゅうごてん(金かねメダル水準すいじゅん)に達たっした系けいが複数ふくすう現あらわれ、採点さいてんは人間にんげんの審査しんさによった各かく開発元かいはつもとの発表はっぴょうおよび国際こくさい数学すうがくオリンピック組織そしき委員会いいんかいの公表こうひょう(2025年ねん7月しちがつ)
    • 確かく移動いどう式しきのロボットが8日間ようかかんで688回かいの実験じっけんを自律じりつ実行じっこうし、光触媒ひかりしょくばい混合物こんごうぶつの水素すいそ発生はっせい活性かっせいを初期しょきの約やく6倍ろくばいに高たかめたBurger et al., *Nature* 583(2020年ねん)
    • 確かく大規模言語だいきぼげんごモデルを計画けいかく層そうに置おき、文献ぶんけん検索けんさくから装置そうち制御せいぎょまでを一続ひとつづきに行おこなう化学かがく実験じっけん系けいが報告ほうこくされたBoiko et al., *Nature* 624(2023年ねん)
    • 確かく42の主題しゅだいで系統的けいとうてきに調しらべた研究けんきゅうでは、2023年ねん前半ぜんはんに用もちいられた二に世代せだいの言語げんごモデルについて、前世ぜんせい代だいで引用いんようの55%、後続こうぞく世代せだいで18%が完全かんぜんな捏造ねつぞうであり、捏造ねつぞうでない引用いんように含ふくまれる実質的じっしつてき誤あやまり(巻号かんごう・頁ページ等とう)は前まえ世代せだいで約やく43%、後続こうぞく世代せだいで約やく24%だったWalters & Wilder, *Scientific Reports* 13(2023年ねん)。対象たいしょうは2023年ねん前半ぜんはんの二世にせい代だいであり、以後いごのモデルには直接ちょくせつ当あてはまらない
    • 確かく1950年代ねんだいの学術がくじゅつ誌しの電子化でんしか時じに二に段だん組くみの別べつ列れつの語ごが結合けつごうして生しょうじた実在じつざいしない術語じゅつごが、訓練くんれんデータを経由けいゆして複数ふくすうの論文ろんぶんに再出さいしゅつ現あらわした「vegetative electron microscopy」の事例じれいに関かんする2025年ねんの追跡ついせき報道ほうどうおよび出版社しゅっぱんしゃの訂正ていせい
    • 確かく2023年ねん、医学いがく雑誌ざっし編集者へんしゅうしゃ国際こくさい委員会いいんかいと出版しゅっぱん倫理りんり委員会いいんかい、および主要しゅよう出版社しゅっぱんしゃは、生成せいせい系けいは著者ちょしゃになりえないとし、使用しようの開示かいじを求もとめる方針ほうしんを示しめしたICMJE 勧告かんこく(2023年ねん改訂かいてい)、COPE 見解けんかい表明ひょうめい(2023年ねん2月にがつ)、各社かくしゃの投稿とうこう規程きてい
    • 確かく米国べいこく国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょは2023年ねん6月ろくがつ、守秘しゅひ義務違反ぎむいはんを理由りゆうに査読さどくでの生成せいせいAIの使用しようを禁止きんししたNIH Guide Notice NOT-OD-23-149(2023年ねん6月ろくがつ23日にじゅうさんにち)
    • 確かく2023〜2024年としに開ひらかれた四よっつの国際こくさい会議かいぎ(ICLR 2024、NeurIPS 2023、CoRL 2023、EMNLP 2023)の査読さどく文ぶんのうち、実質的じっしつてきに言語げんごモデルで書かき換かえられた可能性かのうせいのある文ぶんの割合わりあいは6.5から16.9%と推定すいていされたLiang et al., ICML(2024年ねん)。ICML 2024 は推定すいていの発表はっぴょうの場ばであって査読さどく文ぶんの出所でどころではない
    • 確かくAI導入どうにゅうで研究者けんきゅうしゃの発見はっけんと特許とっきょが増ふえ職務しょくむ満足まんぞくが下さがったとする2024年ねんの論文ろんぶんについて、所属しょぞく大学だいがくは2025年ねん5月ごがつ、データの出所でどころ・信頼性しんらいせい・妥当性だとうせいに確信かくしんが持もてないとして撤回てっかいを求もとめたMIT の公式こうしき声明せいめい(2025年ねん5月ごがつ)
    • 確かく自然科学しぜんかがくの論文ろんぶん4130万まん本ほんの分析ぶんせきは、AI利用者りようしゃが論文ろんぶん数すうで約やく3.0倍ばい、被ひ引用いんようで約やく4.8倍ばい、プロジェクト主導しゅどうに至いたる時期じきで約やく1.4年ねん早はやいという個人こじんの利得りとくを示しめす一方いっぽう、研究けんきゅうされる主題しゅだいの総量そうりょうが約やく4.6%縮ちぢみ、研究者間けんきゅうしゃかんの関与かんよが約やく22%減へると報告ほうこくしたKang et al., *Nature*(2026年ねん1月いちがつ)
    • 推すい個人こじんの生産性せいさんせい向上こうじょうと分野ぶんや全体ぜんたいの主題しゅだいの広ひろがりは別々べつべつに測はかるべき量りょうである上記じょうきの観測かんそくが相関そうかんに基もとづくことからの解釈かいしゃく。因果いんが関係かんけいは確定かくていしていない
    • 確かく2021年ねんの調査ちょうさは、ダイヤモンド型かたオープンアクセス誌しが世界せかいに1万いちまん7000から2万にまん9000誌しあり、完全かんぜんオープンアクセス誌しの目録もくろく(DOAJ)に収録しゅうろくされた論文ろんぶんの4割よんわり強きょう(報告ほうこくにより43〜45%)を占しめると推定すいていした。学術がくじゅつ論文ろんぶんの総量そうりょうに対たいする比率ひりつは8〜9%程度ていどであるOA Diamond Journals Study(cOAlition S 委託いたく、2021年ねん3月さんがつ)
    • 確かくラテンアメリカでは著者ちょしゃにも読者どくしゃにも課金かきんしない公的こうてき電子でんし出版しゅっぱん基盤きばんが1998年ねんから運用うんようされているSciELO
    • 確かくプランSは2018年ねん9月くがつに発表はっぴょうされ、2021年ねんから適用てきようされたcOAlition S の発表はっぴょう文書ぶんしょ
    • 確かく米国べいこくの2022年ねん8月はちがつの科学技術かがくぎじゅつ政策せいさく局きょく覚書おぼえがきは、連邦れんぽう資金しきんによる論文ろんぶんとデータの禁止きんし期間きかんなしの公開こうかいを各かく機関きかんに指示しじし、遅おそくとも2025年ねん末まつまでの実施じっしを求もとめたOSTP "Ensuring Free, Immediate, and Equitable Access to Federally Funded Research"(2022年ねん8月はちがつ25日にじゅうごにち)
    • 確かく米国べいこく国立こくりつ衛生えいせい研究所けんきゅうしょは、2025年ねん7月しちがつ1日ついたち以降いこうに受理じゅりされた査読さどく済ずみ原稿げんこうの即時そくじ公開こうかいを義務ぎむづけたNIH Public Access Policy 改定かいてい、NOT-OD-25-101
    • 確かく2026年ねん1月いちがつの歳出さいしゅつ関連かんれんの共同きょうどう説明せつめい文書ぶんしょは、科学技術かがくぎじゅつ政策せいさく局きょくに対たいし2022年ねん覚書おぼえがきの「廃止はいしの手続てつづき」の状況じょうきょうを報告ほうこくするよう求もとめた(拘束力こうそくりょくのない要請ようせい)。下院かいん歳出さいしゅつ委員会いいんかい報告ほうこくは手続てつづきに入はいっていると承知しょうちしていると記しるす。行政ぎょうせい側がわからの公式こうしきの告知こくちはなく、2026年ねん8月はちがつの時点じてんで覚書おぼえがきは撤回てっかいされていない2026年ねん歳出さいしゅつ関連かんれんの共同きょうどう説明せつめい文書ぶんしょおよび下院かいん歳出さいしゅつ委員会いいんかい報告ほうこく
    • 確かくFAIR原則げんそくは2016年ねんに提案ていあんされ、機械きかいによる自動処理じどうしょり可能性かのうせいを要件ようけんに含ふくめたWilkinson et al., *Scientific Data* 3(2016年ねん)
    • 推すいFAIRは公開こうかいを意味いみせず、条件じょうけんつきアクセスのデータもFAIRでありうる原則げんそくの文言もんごん(アクセス条件じょうけんが機械きかい可読かどくであることを求もとめる)からの解釈かいしゃく
    • 確かくCARE原則げんそくは2019年ねんに示しめされ、集合的しゅうごうてき利益りえき・権限けんげんをもつ管理かんり・責任せきにん・倫理りんりの四よっつを掲かかげるGlobal Indigenous Data Alliance(2019年ねん)、Carroll et al., *Data Science Journal* 19(2020年ねん)
    • 確かく米国べいこくは2024年ねん5月ごがつに機能きのう獲得かくとく研究けんきゅう等とうの統一とういつ的てき監督かんとく方針ほうしんを公表こうひょうし2025年ねん5月ごがつ6日むいか施行しこうの予定よていだったが、2025年ねん5月ごがつ5日いつかの大統領だいとうりょう令れい14292号ごうがこれを撤回てっかいし、120日にち以内いないの代替だいたい方針ほうしん策定さくていを命めいじたOSTP 方針ほうしん文書ぶんしょ(2024年ねん5月ごがつ)、Executive Order 14292(2025年ねん5月ごがつ5日いつか)
    • 確かく大統領だいとうりょう令れい14292号ごうが命めいじた代替だいたい方針ほうしんは期限きげんを超過ちょうかしたのち2026年ねん7月しちがつに公表こうひょうされた。病原体びょうげんたいの一覧いちらんに基もとづく管理かんりから、危険きけんと評価ひょうかされる機能きのう獲得かくとく研究けんきゅうそのものを連邦れんぽう資金しきんの対象外たいしょうがいとする禁止きんし型がたの枠組わくぐみへ設計せっけいが変かわっているUSG Policy for Stopping High-Risk Life Sciences Research(2026年ねん7月しちがつ)、NIH Guide Notice NOT-OD-26-101
    • 確かく名古屋なごや議定書ぎていしょは2010年ねんに採択さいたくされ2014年ねんに発効はっこうした生物せいぶつ多様性たようせい条約じょうやく事務局じむきょく
    • 確かく塩基えんき配列はいれつ情報じょうほうに関かんする多国間たこくかんの利益りえき配分はいぶんの仕組しくみと基金ききんは2024年ねん11月じゅういちがつの第だい16回じゅうろっかい締約国ていやくこく会議かいぎで採択さいたくされ、2025年ねん2月にがつに発足ほっそくしたCBD 決定けってい 16/2、基金ききんの設立せつりつ発表はっぴょう(2025年ねん2月にがつ25日にじゅうごにち)
    • 確かく2007年ねん7月しちがつに始はじまった銀河ぎんが分類ぶんるいの市民しみん科学かがく計画けいかくは、初年度しょねんどに約やく15万じゅうごまん人ひとが5000万まん件けんの分類ぶんるいを行おこなったGalaxy Zoo の公表こうひょう記録きろく、Lintott et al.(2008年ねん)
    • 確かく同どう計画けいかくの参加者さんかしゃにより、正体しょうたい不明ふめいの発光はっこう天体てんたいおよび新あらたな類型るいけいの小型こがた銀河ぎんがが見出みいだされたGalaxy Zoo に由来ゆらいする天文学てんもんがく文献ぶんけん
    • 確かく鳥類ちょうるい観察かんさつの記録きろく計画けいかくは2002年ねんに開始かいしされ、累計るいけい10億じゅうおく件けんに達たっするまで19年じゅうきゅうねん、次つぎの10億じゅうおく件けんは4年よねんで、2025年ねんに20億にじゅうおく件けんを超こえたeBird の公表こうひょう記録きろく(2021年ねん、2025年ねん)
    • 確かく10年じゅうねん以上いじょう構造こうぞうが決きまらなかったレトロウイルスのプロテアーゼが、折おりたたみゲームの参加者さんかしゃが作成さくせいしたモデルを起点きてんに決定けっていされたKhatib et al., *Nature Structural & Molecular Biology* 18(2011年ねん)
    • 推すいチェックリスト形式けいしきと観察かんさつ努力どりょくの記録きろくは、市民しみん科学かがくデータの空間的くうかんてき・時間的じかんてき偏かたよりを補正ほせいするための設計せっけいであるeBird の記録きろく様式ようしきと、そのデータを用もちいた個体こたい数すう推定すいてい研究けんきゅうの手法しゅほうからの解釈かいしゃく
    • 確かく米国べいこくの研究けんきゅう博士号はくしごう授与じゅよ数すうは2023年ねんに5万ごまん7862件けん、2024年ねんに5万ごまん8131件けんだったNSF/NCSES, Survey of Earned Doctorates
    • 確かく国内こくないで就職先しゅうしょくさきが確定かくていし、ポスドク以外いがいの職しょくに就つく博士号はくしごう取得者しゅとくしゃのうち、学術がくじゅつ界かいの比率ひりつは2023年ねんが34%(7672人にん)、2024年ねんが40%(8098人にん)、産業界さんぎょうかいの比率ひりつは2023年ねんが47%(1万いちまん495人ひと)、2024年ねんが40%(8266人にん)だった。母集団ぼしゅうだんは当該とうがい年ねんの非ひポスドク就職しゅうしょく確定かくてい者しゃである同調査どうちょうさ
    • 確かく同おなじ母集団ぼしゅうだんにおける学術がくじゅつ界かいの比率ひりつは2003年ねんに54%であり、以後いご長期ちょうきに低下ていかした同調査どうちょうさの経年けいねん集計しゅうけい
    • 確かく日本にほんの国立大学こくりつだいがくで40歳よんじっさい未満みまんの本務ほんむ教員きょういんに占しめる任期にんき付つき雇用こようの割合わりあいは、2007年ねん度どの約やく39%から2017年ねん度どの約やく64%へ上昇じょうしょうした内閣府ないかくふ総合そうごう科学技術かがくぎじゅつ・イノベーション会議かいぎ提出資料ていしゅつしりょう(文部科学省もんぶかがくしょう「学校がっこう教員きょういん統計とうけい調査ちょうさ」等とうに基もとづく)
    • 確かく別べつの調査ちょうさが研究大学けんきゅうだいがくの39歳さんじゅうきゅうさい以下いかの教員きょういんについて測はかった任期にんき付つき比率ひりつは、2013年ねん度ど60.0%、2019年ねん度ど60.5%である。母集団ぼしゅうだんも調査ちょうさ主体しゅたいも右みぎと異ことなるNISTEP『研究大学けんきゅうだいがくにおける教員きょういんの雇用こよう状況じょうきょうに関かんする調査ちょうさ』(2020年ねん)
    • 推すい任期にんき付つき雇用こようの増加ぞうかが、短期たんきに成果せいかの出でる主題しゅだいへの偏かたよりを生うむという経路けいろ雇用こよう統計とうけいと、評価ひょうか窓まどの短みじかさに関かんする既存きそん研究けんきゅうからの推論すいろんであり、因果いんがの直接ちょくせつの検証けんしょうはない
    • 推すい市民しみん科学かがくの共著者きょうちょしゃ化かは、誰だれを研究者けんきゅうしゃと数かぞえるかを仕事しごとへの関かかわり方ほうの記述きじゅつで扱あつかう可能性かのうせいを開ひらいたが、採用さいよう・昇進しょうしんの実務じつむでは学位がくいと所属しょぞくが第一だいいちの条件じょうけんでありつづけている共著者きょうちょしゃ化かの事例じれいと、採用さいよう公募こうぼの要件ようけんからの解釈かいしゃく
    • 確かくresearch software engineer という呼称こしょうは2012年ねんに英国えいこくの会合かいごうで作つくられ、2013年ねんに協会きょうかい、2019年ねんに学会がっかいが設立せつりつされたSoftware Sustainability Institute および Society of Research Software Engineering の沿革えんかく
    • 確かく日本にほんでは2011年ねん度どから大学だいがくへのリサーチ・アドミニストレーター配置はいちが政策せいさくとして進すすめられた文部科学省もんぶかがくしょうのURA関連かんれん事業じぎょう
    • 確かく1955年ねんから2000年ねんまでの約やく1990万まん本ほんの論文ろんぶんの分析ぶんせきは、ほぼ全ぜん分野ぶんやで単著たんちょから共著きょうちょへの移行いこうを示しめしたWuchty, Jones & Uzzi, *Science* 316(2007年ねん)
    • 確かく2015年ねんのヒッグス粒子りゅうし質量しつりょうの共同きょうどう測定そくてい論文ろんぶんは著者ちょしゃ5154名めいで、全ぜん33頁さんじゅうさんページのうち24頁にじゅうよんページが著者ちょしゃ名めいと所属しょぞくの一覧いちらんである*Physical Review Letters* 114, 191803(2015年ねん)
    • 確かくCRediTは14の役割やくわりからなる語彙ごいで、2014年ねんに作つくられ2022年ねんに米国べいこく国内こくない標準ひょうじゅんとして正式せいしき化かされたANSI/NISO Z39.104-2022
    • 推すい役割やくわり記述きじゅつは自己申告じこしんこくであり、外部がいぶからの検証けんしょう手段しゅだんを持もたない標準ひょうじゅんの規定きてい範囲はんいからの解釈かいしゃく
    • 推すい数学すうがく・哲学てつがく・歴史学れきしがくでは単著たんちょ論文ろんぶんが、人文学じんぶんがくでは単著たんちょ書しょが業績評価ぎょうせきひょうかの中心ちゅうしんでありつづけている分野ぶんや別べつの共著きょうちょ率りつを扱あつかう計量けいりょう書誌学しょしがくの各種かくしゅ集計しゅうけいと、人文じんぶん系けいの任用にんよう基準きじゅん文書ぶんしょからの解釈かいしゃく。分野ぶんやの区切くぎり方ほうにより値あたいが動うごく
    • 確かく16か国こくの研究者けんきゅうしゃを対象たいしょうとした2012年ねんの調査ちょうさは、研究者けんきゅうしゃに占しめる外国がいこく生うまれの割合わりあいが、最もっとも高たかい国くにで半数はんすうを超こえ、最もっとも低ひくい国くにで1%前後ぜんごにとどまることを示しめしたFranzoni, Scellato & Stephan, *Nature Biotechnology* 30(2012年ねん)。値あたいは2012年ねん時点じてんのものである
    • 確かく大規模だいきぼな計量けいりょう分析ぶんせきは、女性じょせいが第一だいいち著者ちょしゃ・最終さいしゅう著者ちょしゃになる割合わりあいが低ひくく、女性じょせいが筆頭ひっとうの論文ろんぶんの被ひ引用いんようが相対的そうたいてきに低ひくいことを示しめしたLarivière et al., *Nature* 504(2013年ねん)
    • 確かく生産性せいさんせいの男女だんじょ差さは1950年代ねんだいの1割いちわり程度ていどから2000年代ねんだいの3割さんわり超ちょうへ拡大かくだいしたが、在籍ざいせき年数ねんすうをそろえると年としあたりの論文ろんぶん数すうと影響力えいきょうりょくに大おおきな差さは生しょうじず、差さの主因しゅいんは離脱率りだつりつと在籍期間ざいせききかんにあったHuang et al., *PNAS* 117(2020年ねん)
    • 確かく注目ちゅうもくすべき機械学習きかいがくしゅうモデルのうち産業界さんぎょうかい由来ゆらいのものは2023年ねんの約やく6割ろくわりから2024年ねんの約やく9割きゅうわりへ増ふえたが、高こう被ひ引用いんようの研究けんきゅうの最大さいだいの供給源きょうきゅうげんはなお大学だいがくであるStanford HAI, AI Index Report(2025年ねん版はん)。2026年ねん版はんは2025年ねんに発表はっぴょうされた注目ちゅうもくすべきモデルの9割きゅうわり超ちょうが産業界さんぎょうかい由来ゆらいであるとする
    • 確かく系統的けいとうてきレビューとメタ分析ぶんせきは数十すうじゅう年ねんで桁違けたちがいに増ふえ、同一どういつ主題しゅだいに20件にじっけんを超こえる重複ちょうふくが生しょうじる例れいがあるIoannidis, *The Milbank Quarterly* 94(2016年ねん)
    • 争そう論文ろんぶんと特許とっきょの「置おき換かえ型かた」の割合わりあいが数十すうじゅう年ねんにわたり低下ていかしているという主張しゅちょうPark, Leahey & Funk, *Nature* 613(2023年ねん)が4500万まん本ほんの論文ろんぶんと390万まん件けんの特許とっきょで報告ほうこく。引用いんよう実務じつむや特許とっきょ制度せいどの変化へんかを補正ほせいすると傾向けいこうが消きえるか反転はんてんするとの再さい分析ぶんせきがあり、指標しひょうの定義ていぎ自体じたいも批判ひはんされている
    • 確かくハワイでの大気たいき中ちゅう二酸化炭素にさんかたんその連続れんぞく観測かんそくは1958年ねんに始はじまったマウナロア観測所かんそくしょの記録きろく
    • 確かく英国えいこくの農事のうじ試験場しけんじょうの圃場ほじょう実験じっけんは1840年代ねんだいに始はじまり現在げんざいも継続けいぞくしているロザムステッドの長期ちょうき試験しけん(1843年ねん以降いこう)
    • 確かく心臓病しんぞうびょうの地域ちいき住民じゅうみん追跡ついせき研究けんきゅうは1948年ねんに始はじまり、三世さんせい代だいにわたって継続けいぞくされているフラミンガム心臓しんぞう研究けんきゅう
    • 確かく2000年ねんから2019年ねんに174のオープンアクセス誌しがウェブから消失しょうしつし、2019年ねんに主要しゅよう目録もくろくに収載しゅうさいされた1万いちまん4068誌しのうち長期ちょうき保存ほぞんの手当てあてがあるのは約やく三分さんぶんの一いちだったLaakso, Matthias & Jahn, *JASIST* 72(2021年ねん)
    • 確かく68か国こく・7万ななまん1922人ひとを対象たいしょうとする事前じぜん登録とうろく調査ちょうさは、多おおくの国くにで科学者かがくしゃへの信頼しんらいが中なか程度ていどから高たかい水準すいじゅんにあり、社会しゃかいや政策せいさくへの関与かんよを望のぞむ意見いけんが多数たすうだと報告ほうこくしたCologna et al., *Nature Human Behaviour*(2025年ねん)
    • 争そう右みぎの調査ちょうさによる国家間こっかかんの比較ひかく可能性かのうせい測定そくていの等価とうか性せい(各国かっこくの回答者かいとうしゃが同おなじ構成こうせい概念がいねんを答こたえているか)を疑うたがう再さい分析ぶんせきが2026年ねんに公表こうひょうされており、国内こくない比較ひかくには堪こたえるが国別くにべつの順位じゅんいづけには堪たえないとする立場たちばと、比較ひかく可能かのうとする原著げんちょ側がわの立場たちばが並立へいりつする
    • 推すい「理解りかいしている」の意味いみに、どこまでを自分じぶんで確たしかめ、どこから先さきを他人たにんの確認かくにんに預あずけているかを言いえるという成分せいぶんが加くわわった産出量さんしゅつりょうと個人こじんの可読かどく量りょうの乖離かいり、および分業ぶんぎょうの実態じったいからの解釈かいしゃくであり、定義ていぎの変更へんこうが完了かんりょうしたことを示しめす証拠しょうこはない
    • 確かく米国べいこくで科学者かがくしゃが公共こうきょうの利益りえきのために行動こうどうしていると少すくなくともある程度ていど思おもうと答こたえた割合わりあいは、2020年ねん4月しがつの87%から2023年ねんの73%へ低下ていかし、その後ご76から77%へ戻もどったPew Research Center の各年かくねん調査ちょうさ(2020年ねん、2023年ねん、2024年ねん、2026年ねん)
    • 推すい分野ぶんやの境界きょうかいは問といの構造こうぞうよりも資金しきん・雑誌ざっし・学科がっか・評価ひょうかの単位たんいに従したがって引ひかれる分野ぶんや再編さいへんの事例じれい(新設しんせつ学科がっかと専門せんもん誌しの創刊そうかんが先行せんこうし、分類ぶんるいの改訂かいていが後続こうぞくする順序じゅんじょ)からの解釈かいしゃく
    12

    メタ ── 限界げんかいを見みる

    学問がくもんは木きではない(学科不是一棵树 / It Is Not a Tree)

    原典が残した四本の式論理形式物質生命心社会文化複雑性の方向哲学すべての領域メタの方向科学工学技術社会新しい科学的問いフィードバックの方向存在意味価値究極の根拠自然科学の射程を越える方向動的・多階層・多中心・循環型の知識ネットワーク
    図ず 121原典げんてんが最後さいごに残のこした四よん本ほんの式しき。重かさねると一ひとつの像ぞうになる。

    デカルトは学問がくもんを一本いっぽんの樹きに喩たとえた。
    四百年よんひゃくねん、私わたしたちはその比喩ひゆを使つかってきた。

    しかし、いま数かぞえてみると、それは木きではない。

    証拠しょうこは四よっつある。事実じじつ

    哲学てつがく ―― PhilPapers は6,155のカテゴリーを持もつが、下位かいカテゴリーは複数ふくすうの親おやを持もちうる。 医学いがく・生命科学せいめいかがく ―― MeSH は16の最上位さいじょういカテゴリーと最大さいだい13階層かいそうを持もつが、ひとつの記述子きじゅつしが複数ふくすうのツリーに出現しゅつげんしうる。 計算機科学けいさんきかがく ―― ACM は自みずからの分類ぶんるいシステムを poly-hierarchical ontology(多重たじゅう階層かいそうオントロジー)と明記めいきしている。 そして原典げんてん自身じしん ―― 本ほんページが扱あつかう1,181の学問がくもんノードのうち、34のノードが複数ふくすうの親おやを持もっていた。生物せいぶつ統計学とうけいがくは公衆衛生こうしゅうえいせい学がくと統計学とうけいがくの子こであり、計算けいさん言語学げんごがくは計算けいさん科学かがくと言語学げんごがくの子こである。推論すいろん

    人文学じんぶんがく、生命科学せいめいかがく、工学こうがくという性格せいかくの異ことなる三みっつの領域りょういきで、独立どくりつに発達はったつした最さい大規模だいきぼの分類ぶんるいが、いずれも木構造きこうぞうを放棄ほうきしている。

    学問がくもんは、木きではない。

    木きであり、有向ゆうこう非ひ巡回じゅんかいグラフであり、ネットワークであり、フィードバックループであり、そして成長せいちょうし続つづけるものである。

    原典げんてんは最後さいごに四よん本ほんの式しきを残のこした。ここではそれを、そのまま置おく。

    論理  →  形式  →  物質  →  生命  →  心  →  社会  →  文化
    哲学  ↔  すべての領域
    科学  →  工学  →  技術  →  社会  →  新しい科学的問い
    存在  →  意味  →  価値  →  究極の根拠

    一本いっぽん目めは、複雑性ふくざつせいの方向ほうこう。 二本にほん目めは、メタの方向ほうこう。 三本さんぼん目めは、フィードバックの方向ほうこう。 四よん本ほん目めは、自然科学しぜんかがくの射程しゃていを越こえる方向ほうこう。

    四よん本ほんを重かさねると、こうなる。

    動的どうてき・多た階層かいそう・多た中心ちゅうしん・循環型じゅんかんがたの知識ちしきネットワーク

    そしてもうひとつ。

    どの分類ぶんるいを選えらんでも、分類ぶんるいのあとに残のこる問といは同おなじだった。

    何なにが存在そんざいするのか。それはどのような構造こうぞうを持もつのか。どのように変化へんかするのか。私わたしたちはそれをどう知しるのか。どう操作そうさできるのか。それにはどのような意味いみがあるのか。そして――私わたしたちはどうすべきなのか。

    分類ぶんるいは道具どうぐである。目的もくてきが変かわれば分類ぶんるいも変かわる。2026年ねん、ユネスコがまさにそれを書かき換かえている。

    だが問といは、アリストテレスの時代じだいから変かわっていない。

    あなたの専門せんもんは、この地図ちずのどこにあるだろうか。 そして、あなたがまだ触ふれたことのない分野ぶんやは、あなたの分野ぶんやと何本なんぼんの線せんで繋つながっているだろうか。

    学問のネットワーク ── 点と、人間が引いた線
    図ず 122多重たじゅう親おや以外いがいを沈しずめると、序じょで光ひかっていたものが残のこる。34のノードが、それぞれ複数ふくすうの親おやを持もっている ── ここだけ木きが壊こわれている。
    データと出典しゅってん
    • 多重たじゅう親おや34件さんじゅうよんけんの全ぜんリスト:総覧そうらん(S13)で「複数ふくすうの親おやを持もつ学問がくもん」を絞しぼり込こむと確たしかめられる
    • ポリ階層かいそうの外部がいぶ証拠しょうこ:PhilPapers(philpapers.org/help/categorization.html)/MeSH(nlm.nih.gov/mesh/intro_trees.html)/ACM CCS(acm.org/publications/class-2012)、すべて確認日かくにんび 2026-08-17
    • 四よん本ほんの式しき:原典げんてん §229(原典げんてんでは数式すうしき記法きほうが破損はそんしていたため、本ほんページで再構成さいこうせいした)
    • 七ななつの問とい:原典げんてん §215〜§221

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