Supplement

読解どっかいツール

[ 原げん書しょ 補講ほこう ]

ツール 12 / 働はたらき 5 / 図版ずはん 16

Macro — 十二じゅうにを五いつつにまとめる

十二じゅうにを覚おぼえるのではない。五いつつの動作どうさとして身みにつける。

読解どっかいのツールは十二じゅうにあるが、並列へいれつに十二じゅうに個こ覚おぼえるのは効率こうりつが悪わるい。実際じっさいに文章ぶんしょうを読よむあいだ、頭あたまの中なかで走はしっている動作どうさは五いつつしかない。つなぐ・割わる・捨すてる・昇のぼる・結むすぶである。十二じゅうにのツールは、この五いつつの動作どうさを実行じっこうするための具体的ぐたいてきな手てがかりにすぎない。

十二の読解ツールを五つの働きに分ける同一化・分割・選別・階層・連結という五つの働きに、十二の読解ツールを振り分けた図。 I 同一化 ── つなぐ ばらばらの表現を一つに束ね、話題の連続を保つ 1 同内容表現 12 呼応表現 II 分割 ── 割る 一つの話題を二つ以上に割り、違いを立てる 2 対比 8 時間 9 空間 III 選別 ── 捨てる 候補を並べ、片方を捨てて主張を残す この四つが、筆者の主張を特定する中核である 3 否定→肯定 4 譲歩 5 逆接 10 常識批判 IV 階層 ── 昇る 具体と抽象を往復し、抽象の側を取り出す 6 具体例 V 連結 ── 結ぶ 離れた二点を、因果や問答で結びつける 7 因果関係 11 疑問→解答 十二を覚えるのではない。五つの動作として身につける。
五いつつの働はたらきと、十二じゅうにのツール

とくに重要じゅうようなのがIII 選別せんべつである。文章ぶんしょうのどこに筆者ひっしゃの主張しゅちょうがあるかを特定とくていするのは、この四よっつのツール(否定ひてい→肯定こうてい・譲歩じょうほ・逆接ぎゃくせつ・常識じょうしき批判ひはん)だからである。逆ぎゃくに言いえば、選別せんべつの型かたを見落みおとすと、捨すてられる側がわを主張しゅちょうだと読よんでしまう。これが誤読ごどくの大半たいはんを占しめる。

読解ツールが働く四つの層語・文・段落・文章という四つの層に、どのツールが働くかを示した図。 語の層 副詞が文末の形を決める ── 12 呼応表現 文の層 一文のなかで主張が確定する ── 3 否定→肯定 5 逆接 7 因果 段落の層 複数の文が一つの型をつくる ── 2 対比 4 譲歩 6 具体例 10 常識批判 文章の層 全体を貫く枠になる ── 1 同内容 8 時間 9 空間 11 疑問→解答 粒度 読み手は、四つの層を同時に走らせている
ツールが働はたらく四よっつの層そう

もう一ひとつの軸じくが粒度りゅうどである。呼応こおう表現ひょうげんは語ごの層そうで、逆接ぎゃくせつや因果いんがは文ぶんの層そうで、対比たいひや譲歩じょうほは段落だんらくの層そうで、時間じかんや空間くうかんの対比たいひは文章ぶんしょう全体ぜんたいの層そうで働はたらく。上手じょうずな読よみ手ては、この四よっつの層そうを同時どうじに走はしらせている。一文いちぶんを追おいながら、その文ぶんが段落だんらくのどの位置いちにあり、文章ぶんしょう全体ぜんたいのどの枠わくに属ぞくするかを常つねに把握はあくしている。

中日ちゅうにち対照たいしょう — 総そう論ろん

中国語ちゅうごくごは前まえで決きまり、日本語にほんごは文末ぶんまつで決きまる

中国語ちゅうごくごを母語ぼごとする読よみ手てが日本語にほんごの論説ろんせつを読よむとき、最大さいだいの壁かべは語彙ごいではなく論理ろんり標識ひょうしきの位置いちにある。中国語ちゅうごくごは 因为・虽然・不但 のように、論理ろんりを示しめす語ごが節せつの先頭せんとうに立たつ。読よみ始はじめた瞬間しゅんかんに、これから理由りゆうが来くるのか、譲歩じょうほが来くるのかが分わかる。

日本語にほんごはこれが逆ぎゃくになる。「〜からである」「〜ではない」「〜だろうか」──いずれも文末ぶんまつにある。長ながい修飾しゅうしょく節せつを読よみ終おえるまで、その文ぶんが肯定こうていなのか否定ひていなのか、断定だんていなのか推すい量りょうなのか、主張しゅちょうなのか引用いんようなのかが確定かくていしない。日本語にほんごの読解どっかいが遅おそくなるのは、語彙ごいのせいではなくこの構造こうぞうのせいである。

中国語は前で決まり、日本語は文末で決まる中国語が文頭の関連詞で論理を示すのに対し、日本語が文末で論理を確定させることを示した図。 中国語 ── 論理は前に立つ 因为 ……………………………… 読み始めた瞬間に 理由が来ると分かる 日本語 ── 論理は後ろで決まる ……………………………… からである ここまで、まだ何も決まっていない ここで初めて確定する 文末が決めるもの 肯定か否定か断定か推量か 主張か引用か問いか主張か 日本語は、最後まで読まないと何も確定しない ── これが速度の壁になる
論理ろんり標識ひょうしきの位置いちが逆ぎゃくになる

したがって、日本語にほんごを高たかい解像度かいぞうどで読よむための第一だいいち原則げんそくはこうなる。文末ぶんまつを先さきに見みる。長ながい一文いちぶんに出会であったら、まず文末ぶんまつの述語じゅつごまで視線しせんを飛とばし、肯定こうていか否定ひていか・断定だんていか推すい量りょうかを確定かくていさせてから、頭あたまに戻もどって修飾しゅうしょく節せつを読よむ。これは日本語にほんご話者わしゃが無意識むいしきにやっていることを、意識的いしきてきに手続てつづき化かしたものである。

もう一ひとつの原則げんそくが、省略しょうりゃくされたものを補おぎなうことである。日本語にほんごは主語しゅごを落おとし、譲歩じょうほの「確たしかに」を落おとし、例示れいじの「たとえば」を落おとし、対比たいひの「一方いっぽう」を落おとす。中国語ちゅうごくごの関連かんれん詞しが原則げんそくとして省しょうけないのに対たいし、日本語にほんごの論理ろんり標識ひょうしきはほとんどが任意にんいである。だから逆ぎゃくに、置おかれている標識ひょうしきは書かき手てが意図的いとてきに選えらんだものであり、そこには必かならず意味いみがある。

Index

十二じゅうにのツール

  1. 01同どう内容ないよう表現ひょうげん
  2. 02対比たいひ表現ひょうげん
  3. 03否定ひてい→肯定こうてい
  4. 04譲歩じょうほ表現ひょうげん
  5. 05逆接ぎゃくせつ表現ひょうげん+筆者ひっしゃの主張しゅちょう
  6. 06具体例ぐたいれいの読よみ解とき方かた
  7. 07因果いんが関係かんけい
  8. 08時間じかん・時代じだいの変化へんか
  9. 09空間くうかんの比較ひかく
  10. 10常識じょうしき批判ひはん
  11. 11疑問ぎもん→解答かいとう+根拠こんきょはワンセット
  12. 12呼応こおう表現ひょうげん
Tool 01 ── 同一化どういつか(つなぐ)/ 文章ぶんしょうの層そう

同どう内容ないよう表現ひょうげん

働はたらき ── ばらばらに見みえる表現ひょうげんを、一ひとつの内容ないように束たばねる。

文章ぶんしょうでチェック

つまり山水さんすいとは特定とくていの文化圏ぶんかけんで定さだめられた文化ぶんかの制度せいどであって自然しぜん現象げんしょうを指さすのではない。

同内容表現の型異なる表現が同じ内容を指し、鎖のようにつながっていく型を示した図。 A = A′ = A″ … 定義 指示語 要約・換言 形は変わるが、指しているものは一つである。 この鎖が切れたところが、話題の切れ目になる
同どう内容ないよう表現ひょうげん ── 型かた
読解どっかい図ず

山水さんすい

=とは

特定とくていの文化圏ぶんかけんで定さだめられた文化ぶんかの制度せいどであって自然しぜん現象げんしょうを指さすのではない

解説かいせつ

論理的ろんりてき読解どっかいの最初さいしょの一歩いっぽは、同どう内容ないよう表現ひょうげんを追跡ついせきすることである。一ひとつの単語たんごに筆者ひっしゃ独自どくじの定義ていぎを与あたえたり、長々ながながと説明せつめいした事柄ことがらを一文いちぶんでまとめたり――というように、筆者ひっしゃは、自分じぶんの説明せつめいしたい内容ないようをさまざまな言いい方かたで言いい換かえていく。よって、同どう内容ないよう表現ひょうげんをつなぎながら追跡ついせきすることで、何なにとなく問題もんだい文ぶんを読よんでいた時ときに比くらべて、文章ぶんしょうの内容ないよう理解りかい度どを格段かくだんに上あげることができる。

同どう内容ないよう表現ひょうげんを発見はっけんするためのキーワード
  • 指示しじ語ご=これ、それ、こうした、など
  • 定義ていぎ語ご=~とは、~ということ(もの)は
  • 要約ようやく=つまり、要ようするに
  • 換言かんげん=すなわち、言いい換かえれば
注意ちゅうい

注意ちゅうい

「つまり」や「要ようするに」は、厳密げんみつに言いえばイコールではなく、それまでの内容ないようを端的たんてきにまとめた「要約ようやく」である。しかし、文章ぶんしょうを読解どっかいする上うえでは、同どう内容ないよう表現ひょうげんとしてとらえて問題もんだいない。

中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

中国語ちゅうごくごは同どう内容ないようの標識ひょうしきが明示めいじ的てきである

也就是说・即そく・换言之・总之 は、いずれも文頭ぶんとうに置おかれ、位置いちが固定こていしている。日本語にほんごの「つまり」「すなわち」も文頭ぶんとうだが、日本語にほんごには標識ひょうしきのない言いい換かえが非常ひじょうに多おおい。「──である。それは──ということだ。」のように、指示しじ語ごだけで、あるいは指示しじ語ごすらなしに言いい換かえが進すすむ。

指示しじ語ごの射程しゃていが違ちがう

中国語ちゅうごくごの 这/那な は指さし示しめす対象たいしょうが比較的ひかくてきはっきりしている。日本語にほんごの「これ」「それ」「そうした」「こうした」は、直前ちょくぜんの一語いちごから前段ぜんだん落らく全体ぜんたいまでを指さしうる。射程しゃていを決きめるのは読よみ手ての側がわであり、ここが最初さいしょの分岐ぶんき点てんになる。

主語しゅごが消きえる

日本語にほんごは主語しゅごを落おとす。落おちた主語しゅごを補おぎなうには、前まえの同どう内容ないよう表現ひょうげんをたどるしかない。同どう内容ないよう表現ひょうげんの追跡ついせきは、日本語にほんごでは主語しゅごの復元ふくげんと一体いったいである。

実じつ文ぶんで読よむ
  • われわれは「いき」という現象げんしょうがいかなる構造こうぞうをもっているかを理解りかいしなければならない。……「いき」の第一だいいちの徴表ちょうひょうは異性いせいに対たいする「媚態びたい」である。……「いき」のうちに含ふくまれた第だい二にの徴表ちょうひょうは「意い気き」すなわち「意気地いくじ」である。……「いき」の第だい三さんの徴表ちょうひょうは「諦あきらめ」である。九鬼くき周造しゅうぞう『「いき」の構造こうぞう』(1930)
    同どう内容ないよう表現ひょうげんの鎖くさりが章しょうひとつ分ぶんに伸のびた例れいである。九鬼くきは「いき」をいきなり定義ていぎしない。第一だいいちの徴表ちょうひょう・第だい二にの徴表ちょうひょう・第だい三さんの徴表ちょうひょうと三みっつに分わけて、それぞれを別べつの語ごで言いい換かえていく。ここで効きいているのは「すなわち」だ — 「意い気き」と言いってからすぐに「意気地いくじ」と言いい直なおしている。なぜ言いい直なおすのか。「意い気き」だけでは読者どくしゃが辞書じしょの意味いみで受うけ取とってしまうからである。筆者ひっしゃ独自どくじの定義ていぎを与あたえたいとき、書かき手ては必かならず言いい換かえる。言いい換かえの出でてくるところが、その語ごに筆者ひっしゃが手てを入いれた合図あいずだと思おもってよい。
  • 孤独こどくは山やまになく、街まちにある。一人ひとりの人間にんげんにあるのではなく、大勢おおぜいの人間にんげんの「間あいだ」にあるのである。三木みき清しん『人生じんせい論ろんノート』「孤独こどくについて」(1941/三木みき 1945 没ぼつ)
    四十よんじゅう字じほどのなかに同どう内容ないよう表現ひょうげんが二に重じゅうに畳たたまれている。「街まちにある」と「大勢おおぜいの人間にんげんの『間あいだ』にある」は同おなじことを言いっている。後あとの一文いちぶんは前まえの一文いちぶんの言いい換かえである。ただしただの繰くり返かえしではない — 「街まち」という場所ばしょの語ごが、「間あいだ」という関係かんけいの語ごに書かき換かえられている。言いい換かえはつねに一段いちだん抽象ちゅうしょうへ上あがるのだ。だから鎖くさりの最後さいごに来くる語ごが、その段落だんらくで筆者ひっしゃが本当ほんとうに言いいたかった語ごになる。鎖くさりをたどるとは、その到達点とうたつてんを探さがすことである。
誤読ごどくの罠わな
  • 「つまり」の後あとが前まえより長ながい場合ばあいがある。要約ようやくとは限かぎらず、言いい換かえて展開てんかいしていることがある。
  • 「〜とは」は定義ていぎの標識ひょうしきだが、筆者ひっしゃ独自どくじの定義ていぎであって辞書じしょの意味いみではないことが多おおい。ここを辞書じしょ義ぎで読よむと以後いごすべてずれる。
  • 指示しじ語ごを「たぶんこれだろう」で流ながすと、そのまま最後さいごまで誤読ごどくが伝播でんぱする。
精度せいどを上あげる問とい
  • いま読よんだこの一文いちぶんは、前まえのどの表現ひょうげんの言いい換かえか。
  • この「それ」は、どこからどこまでを指さしているか。一語いちごか、一文いちぶんか、段落だんらく全体ぜんたいか。
  • 筆者ひっしゃはこの語ごに、辞書じしょと違ちがう意味いみを与あたえていないか。
同内容表現 ── 手順同内容表現に出会ったとき何をするかを三段で示した図 同内容表現 ── 手順CHAINこれ・それ指す範囲を決める〜とは筆者の定義として読むつまり・要するに前をまとめた語を拾う鎖の切れたところが、話題の切れ目になる
鎖くさりをたどる三さん段だん
Tool 02 ── 分割ぶんかつ(割わる)/ 段落だんらくの層そう

対比たいひ表現ひょうげん

働はたらき ── 一ひとつの話題わだいを二ふたつに割わり、違ちがいを際立きわだたせる。

文章ぶんしょうでチェック

人間にんげん以外いがいの動物どうぶつは普通ふつう〈本ほん能のう〉の赴おもむくままに行動こうどうするとき、そこに迷まよいや不安ふあんはない。彼かれらにとっては、世界せかいは予よめ秩序ちつじょを与あたえられているのであって、自みずからがそれを創つくり出だす必要ひつようはないからである。つまり、選択せんたくの余地よちがないのである。それに対たいして人間にんげんは、そのような〈本ほん能のう〉の導みちびきを失うしない、したがって、混沌こんとんと化かした世界せかいに対たいして、素手すでで働はたらきかけることができず、文化ぶんかという装置そうちを創つくり出だすことによって、再ふたたび秩序ちつじょをとり戻もどしてきたのである。

対比の型軸を定め、二つの項をその軸の上で比べる対比の構造を示した図。 1 軸 ── 何について 軸 2 項 A 性質 a1 性質 a2 性質 a3 2 項 B 性質 b1 性質 b2 (書かれない) 3 どう違うか 書かれていない側は、読み手が補う
対比たいひ表現ひょうげん ── 型かた
読解どっかい図ず
人間にんげん以外いがいの動物どうぶつ人間にんげん
本ほん能のうをもつ本ほん能のうの導みちびきがない
秩序ちつじょが与あたえられている文化ぶんかによって、再ふたたび秩序ちつじょをとり戻もどす
創つくり出だす必要ひつようはない─
解説かいせつ

対比たいひ表現ひょうげんを発見はっけんする際さいには、①対比たいひのテーマ〈何なんについて〉、②対比たいひされている項目こうもく〈何なにと何なに〉、③比較ひかく内容ないよう〈どう違ちがうのか〉の三さん点てんを押おさえることが重要じゅうよう。

上うえの文章ぶんしょうでは、

  1. 〈本ほん能のう〉について
  2. 人間にんげん以外いがいの動物どうぶつ ↔ 人間にんげん
  3. 本ほん能のうをもつ ↔ 本ほん能のうの導みちびきがない

となる。

対比たいひ表現ひょうげんを発見はっけんするためのキーワード
  • AとB
  • 一方いっぽう、他方たほう……
  • ~に対たいして
  • ~とは違ちがって
  • 逆ぎゃくに、反対はんたいに
  • XはAだ、〈逆接ぎゃくせつ語ご〉YはBだ
  • 時間じかんの変化へんか(AからBへ)
  • 空間くうかんの比較ひかく(Aでは~、Bでは~)
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

中国語ちゅうごくごは関連かんれん詞しが対たいで立たつ

一方いっぽう面めん…另一方面/相反そうはん/与此相对 のように、前後ぜんごがセットで現あらわれることが多おおい。日本語にほんごも「一方いっぽう」「他方たほう」があるが、実際じっさいには後半こうはんにしか標識ひょうしきが出でないことが多おおい。「〜に対たいして」「〜とは違ちがって」が後うしろに現あらわれて初はじめて、前まえが対比たいひ項こうだったと分わかる。

助詞じょし「は」が対比たいひを担になう

中国語ちゅうごくごには対応たいおう物ぶつがない。「動物どうぶつは〜。人間にんげんは〜。」の「は」だけで対比たいひが立たつ。この「は」は主題しゅだいの「は」と形かたちが同おなじなので、助詞じょしだけを見みても判別はんべつできない。二に文ぶんが並ならんでいるという配置はいちで読よむ。

実じつ文ぶんで読よむ
  • 西洋せいようの開かい化か(すなわち一般いっぱんの開かい化か)は内発的ないはつてきであって、日本にほんの現代げんだいの開かい化かは外発がいはつ的てきである。……内発的ないはつてきとは内ないから自然しぜんに出でて発展はってんするという意味いみで、……外発がいはつ的てきとは外そとからおっかぶさった他ほかの力ちからでやむを得とくず一種いっしゅの形式けいしきを取とるのを指さしたつもりなのです。夏目なつめ漱石そうせき『現代げんだい日本にほんの開かい化か』(1911 講演こうえん)
    対比たいひ表現ひょうげんの最もっとも整ととのった形かたちである。注目ちゅうもくすべきは漱石そうせきが対比たいひを立たてたあと、すぐに両方りょうほうの語ごを定義ていぎしていることだ。対比たいひは立たてるだけでは働はたらかない — 何なにと何なにをどの軸じくで比くらべているのかを示しめさなければ、読者どくしゃは自分じぶんの思おもい込こみで軸じくを埋うめてしまう。ここでの軸じくは「力ちからがどこから来きたか」の一本いっぽんだけである。優劣ゆうれつを言いっていないことに注意ちゅういしたい。対比たいひを優劣ゆうれつと読よみ違ちがえるのが最もっとも多おおい誤読ごどくで、漱石そうせきはこのあと「涙なみだを呑のんで上うえ滑すべりに滑すべって行いかなければならない」と書かく — 優劣ゆうれつではなく条件じょうけんの違ちがいを言いっていたのである。
  • 同おなじ白しろいのでも、西洋せいよう紙しの白しろさと奉書ほうしょや白しろ唐とう紙しの白しろさとは違ちがう。西洋せいよう紙しの肌はだは光線こうせんを撥はね返かえすような趣おもむきがあるが、奉書ほうしょや唐とう紙しの肌はだは、柔やわらかい初はつ雪ゆきの面めんのように、ふっくらと光線こうせんを中なかへ吸すい取とる。谷崎たにざき潤一郎じゅんいちろう『陰翳いんえい礼讃らいさん』(1933/谷崎たにざき 1965 没ぼつ)
    対比たいひの入口いりぐちの作つくり方かたを見みておきたい。谷崎たにざきは「同おなじ白しろいのでも」から始はじめる。まず共通点きょうつうてんを置おくのだ。共通きょうつうの土台どだいがなければ差さは差さとして見みえない — 白しろと赤あかを比くらべても「違ちがう」としか言いえないが、白しろと白しろを比くらべると光ひかりの扱あつかい方ほうという軸じくが立たち上あがる。そのうえで「撥はね返かえす」/「吸すい取とる」という正反対せいはんたいの動詞どうしを当あてる。対比たいひ表現ひょうげんを探さがすとき、「が」「一方いっぽう」といった接続せつぞく語ごだけを見みているとこの型かたを取とり逃にがす — 対たいの動詞どうし・対たいの形容詞けいようしが置おかれていれば、標識ひょうしきが無なくてもそこは対比たいひである。
誤読ごどくの罠わな
  • 対比たいひの軸じくを取とり違ちがえる。「何なんについて」の違ちがいなのかを決きめないと、項目こうもくだけ並ならべて終おわる。
  • 対比たいひ項こうが三みっつ以上いじょうあるのに、二に項こうだと思おもい込こむ。
  • 片方かたほうだけが詳くわしく書かかれ、もう片方かたほうは暗示あんじにとどまることがある。書かかれていない側がわを補おぎなう必要ひつようがある。
精度せいどを上あげる問とい
  • この対比たいひは、何なんについて(軸じく)の違ちがいか。
  • 対比たいひされているのは何なにと何なにか。三みっつ目めはないか。
  • どちらの側がわに筆者ひっしゃは立たっているか。それとも中立ちゅうりつか。
対比表現 ── 手順対比に出会ったとき軸を一本に絞るまでの三段を示した図 対比表現 ── 手順AXISAとB が並ぶまず共通点を探す共通点が見えた比べている軸を一本に絞る軸が決まった優劣ではなく差として読む軸を言えないうちは、対比を読めていない
軸じくを一本いっぽんに絞しぼるまで
Tool 03 ── 選別せんべつ(捨すてる)/ 文ぶんの層そう

否定ひてい→肯定こうてい(XではなくYだ)

働はたらき ── 二ふたつの候補こうほを並ならべ、片方かたほうを捨すてて主張しゅちょうを確定かくていさせる。

文章ぶんしょうでチェック

思考しこうの驚おどろきは〈自明じめい性せい〉の驚おどろきである。「当あたり前まえにあること」「日常的にちじょうてきに慣なれ親したしんでいること」に驚おどろくことが、真実しんじつに知性ちせいと思考しこうの驚おどろきである。何なにもないことではなく、むしろあることが問題もんだいなのである。これは知的ちてき懐疑かいぎとよぶことができる。普通ふつう、人ひとはないことに驚おどろくが、むしろ反対はんたいになぜないのではなくてなぜあるのだろうかと驚おどろくべきである。

否定から肯定への型Xを否定してYを立てる構造と、主張がYの側にあることを示した図。 X 捨てられる側 ではなく (むしろ) Y 残る側 筆者の主張 長くても、捨てられる。 世間の通念であることが多い。 日本語では否定が文末に来る ── 最後まで読むまで確定しない
否定ひてい→肯定こうてい(XではなくYだ) ── 型かた
読解どっかい図ず
①

X=何なにもないこと

ではなくて

Y=むしろ、あること

②

X=ないことに驚おどろく

ではなくて

Y=むしろ、なぜあるのだろうかと驚おどろく

解説かいせつ

筆者ひっしゃは自説じせつを展開てんかいするために、他ほか説せつを批判的ひはんてきに検討けんとうする場合ばあい、表現ひょうげんとしては「Xではなく〈むしろ〉Y」という形かたちを取とることが多おおい。この時とき、筆者ひっしゃの言いいたいことはYの方ほうにある。

〈Xというより〈むしろ〉Yだ〉というのも、否定ひてい表現ひょうげんは出でていないが、Yの方ほうが重要じゅうようというとらえ方ほうは同おなじ。

なお、こうした表現ひょうげんでは、XとYは対比たいひ項こうになりやすいことも覚おぼえておこう。

否定ひてい→肯定こうていの読解どっかいポイント
Xではなく(むしろ)Yだ
Xというより(むしろ)Yだ
                    ↓
            筆者の本音・主張はY
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

構造こうぞうは中国語ちゅうごくごとほぼ同おなじ

不是X,而是Y / 与其说X,不如说Y は、日本語にほんごの「XではなくY」「XというよりむしろY」に正確せいかくに対応たいおうする。この型かたに関せきしては中国語ちゅうごくごの直感ちょっかんがそのまま使つかえる。

ただし日本語にほんごは否定ひていが文末ぶんまつに来くる

中国語ちゅうごくごは 不是 が前まえに立たつので、読よみ始はじめてすぐ否定ひていだと分わかる。日本語にほんごは「──のではない」が文末ぶんまつに来くるため、長ながい文ぶんでは最後さいごまで読よまないと否定ひていか肯定こうていかが決きまらない。この遅延ちえんが誤読ごどくの最大さいだいの原因げんいんである。

実じつ文ぶんで読よむ
  • 今いままでは全まったく他人たにん本ほん位いで、根ねのない萍うきくさ(うきくさ)のように、そこいらをでたらめに漂ひょうよっていたから、駄目だめであったという事ことにようやく気きがついたのです。……私わたしはこの自己じこ本ほん位いという言葉ことばを自分じぶんの手てに握にぎってから大変たいへん強つよくなりました。夏目なつめ漱石そうせき『私わたしの個人こじん主義しゅぎ』(1914 講演こうえん)
    否定ひていと肯定こうていが段落だんらくをまたいで置おかれた例れいである。「XではなくYだ」は一文いちぶんの中なかに収おさまるとは限かぎらない。ここでは他人たにん本ほん位い(X)を否定ひていする長ながい述懐じゅっかいのあとに自己じこ本ほん位い(Y)が来くる。なぜ順序じゅんじょがこの向むきなのか。Yを先さきに出だすと主張しゅちょうが宙ちゅうに浮うくからだ。Xを十分じゅうぶんに書かいてからYを出だすと、Yは「Xの穴あなを埋うめるもの」として受うけ取とられる。読解どっかいではこの順序じゅんじょが手てがかりになる — 否定ひていが長ながく続つづいたら、その先さきに筆者ひっしゃの主張しゅちょうが来くる。否定ひていの長ながさは、主張しゅちょうの近ちかさを測はかるものさしである。
  • 経験けいけんするというのは事実其儘じじつそのまま(そのまま)に知しるの意いである。全まったく自己じこの細工さいくを棄きてて、事実じじつに従したがうて知しるのである。西田にしだ幾多郎きたろう『善ぜんの研究けんきゅう』第一だいいち編へん第一だいいち章しょう(1911/西田にしだ 1945 没ぼつ)
    定義ていぎの中なかに否定ひてい→肯定こうていが組くみ込こまれている。西田にしだは「経験けいけん」を定義ていぎしたあと、同おなじことをもう一度いちど、否定ひていを通とおして言いい直なおす — 「自己じこの細工さいくを棄きてて」(否定ひてい)「事実じじつに従したがうて知しる」(肯定こうてい)。なぜ二に度ど言いうのか。肯定こうていだけでは「事実じじつ其その儘まま」の意味いみが定さだまらないからである。何なにをしないことが「其その儘まま」なのかを示しめしてはじめて輪郭りんかくが出でる。否定ひていは意味いみを削けずり出だす道具どうぐなのだ。t1 の同どう内容ないよう表現ひょうげんと重かさなっていることにも注意ちゅういしたい — 言いい換かえの多おおくは否定ひていを経由けいゆする。
誤読ごどくの罠わな
  • Xの部分ぶぶんが長ながいと、そこを筆者ひっしゃの主張しゅちょうだと思おもってしまう。捨すてられる側がわのほうが長ながいことは珍めずらしくない。
  • 「むしろ」が省しょうかれることがある。「XではなくYだ」だけでも同おなじ構造こうぞうである。
  • Xが世間せけんの通念つうねん、Yが筆者ひっしゃの主張しゅちょうであることが多おおい。この場合ばあいは常識じょうしき批判ひはん(10)と重かさなる。
精度せいどを上あげる問とい
  • この文ぶんの否定ひていは、どこまでを否定ひていしているか。
  • 捨すてられたXは、誰だれの考かんがえか。筆者ひっしゃ自身じしんの仮定かていか、世間せけんの通念つうねんか。
  • YはXの単たんなる逆ぎゃくか、それとも別べつの次元じげんへ移うつっているか。
否定→肯定 ── 手順否定から肯定へ進む文で、どこを取り出すかを示した図 否定→肯定 ── 手順NOT X BUT Y〜ではないここは主張ではないと印を付ける否定が長く続く主張が近いと構える〜であるここを取り出す否定の長さは、主張までの距離を測るものさし
否定ひていの先さきを取とり出だす
Tool 04 ── 選別せんべつ(捨すてる)/ 段落だんらくの層そう

譲歩じょうほ表現ひょうげん(確たしかにA、逆接ぎゃくせつ語ごB)

働はたらき ── 反対はんたい意見いけんをいったん認みとめ、そのうえで自説じせつを通とおす。

文章ぶんしょうでチェック

概念がいねんや法則ほうそく性せいを自然しぜんの事実じじつからのみ構築こうちくしようという自然科学しぜんかがくの方法論ほうほうろんは、確たしかに世界せかいの聖書せいしょ的てき解釈かいしゃくからの決別けつべつという意味いみでは画期的かっきてきなことだった。しかし、それによって捕捉ほそくできる自然界しぜんかいが部分的ぶぶんてきとなり、自然しぜんを全体ぜんたいとして理解りかいしようという態度たいどを失うしなわせてしまったことは否定ひていできない。

譲歩の型他説をいったん認めたうえで逆接語をはさみ、筆者の本音を述べる構造を示した図。 確かに なるほど A 他説 ── 認めるだけ しかし だが B 本音 ── 主張はここ 筆者の主張 「確かに」が省かれることも多い。文末が推量なら、譲歩の前半を疑う。 Aだけ読んで賛成と取るのが、最大の誤読である
譲歩じょうほ表現ひょうげん(確たしかにA、逆接ぎゃくせつ語ごB) ── 型かた
読解どっかい図ず

……という自然科学しぜんかがくの方法論ほうほうろんは

- A:確たしかに世界せかいの聖書せいしょ的てき解釈かいしゃくからの決別けつべつという意味いみでは画期的かっきてきなことだった

- B:しかし……自然しぜんを全体ぜんたいとして理解りかいしようという態度たいどを失うしなわせてしまった

解説かいせつ

ある一ひとつの見解けんかい(A)を認みとめたあとで、自分じぶんの本音ほんね(B)を述のべるのが譲歩じょうほ表現ひょうげんだ。

譲歩じょうほ表現ひょうげんはパターンがある程度ていど決きまっていて、「確たしかに」「もちろん」「なるほど」の三さん語ご+逆接ぎゃくせつ語ごというのが典型的てんけいてきな形かたち。文中ぶんちゅうにこの三さん語ごを発見はっけんしたら、「しかし」「だが」などの逆接ぎゃくせつ語ごと、そのあとにくる筆者ひっしゃの本音ほんねを予測よそくしながら読よむのが論理的ろんりてき読解どっかいの手順てじゅんである。

入試にゅうしでも、接続せつぞく語ごの空欄くうらん補充ほじゅう問題もんだいとしてよく問とわれる。

譲歩じょうほ表現ひょうげんの典型てんけいパターン
確かに
もちろん      Aだ。[逆接語(しかし・だが)]Bだ。
なるほど
                                              ↓
                                    筆者の本音・主張はB
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

中国語ちゅうごくごの 诚然…但是/固然…但 と同型どうけい

构造はそのまま対応たいおうする。この型かたも中国語ちゅうごくごの直感ちょっかんが使つかえる。

日本語にほんごは譲歩じょうほの標識ひょうしきを省しょうく

中国語ちゅうごくごの 固然 はほぼ必かならず 但 と対たいになるが、日本語にほんごは「確たしかに」を置おかずに、「〜であろう。しかし」「〜かもしれない。だが」だけで譲歩じょうほを作つくることが多おおい。推すい量りょうの文末ぶんまつ(〜だろう・〜かもしれない・〜ではある)が出でたら、譲歩じょうほの前半ぜんはんを疑うたがう。

「〜が」が譲歩じょうほを作つくる

「〜ではあるが、」の「が」は逆接ぎゃくせつだが、日本語にほんごの「が」には単たんなる前置まえおきの用法ようほうもある。(「先日せんじつお話はなししましたが、」)どちらかは、後半こうはんが前半ぜんはんを否定ひていしているかどうかで判断はんだんする。

実じつ文ぶんで読よむ
  • 頭あたまのいい人ひとは、いわば足あしの早はやい旅人たびびとのようなものである。……これに反はんして頭あたまの悪わるい人ひと、足あしののろい人ひとは……そのついでにいろいろな発見はっけんをする機会きかいが多おおい。……科学者かがくしゃは頭あたまがよくなければならないと同時どうじに頭あたまが悪わるくなくてはならない。寺田てらだ寅彦とらひこ『科学者かがくしゃとあたま』(1933/寺田てらだ 1935 没ぼつ)
    譲歩じょうほの典型てんけいを骨ほねだけにしたような文章ぶんしょうである。寺田てらだは「頭あたまがよくなければならない」という常識じょうしきをいったん認みとめる。そのうえで「同時どうじに頭あたまが悪わるくなくてはならない」と続つづける。ここで大事だいじなのは前半ぜんはんを取とり消けしていないことだ。譲歩じょうほは前言ぜんげん撤回てっかいではない。Aを認みとめたまま、Aだけでは足たりないと言いうのが譲歩じょうほである。だから「確たしかにA。しかしB」のBは「Aは間違まちがい」ではなく「Aに加くわえてB」と読よむ。ここを取とり違ちがえると、筆者ひっしゃが認みとめたことまで否定ひていしたことにしてしまう — 設問せつもんが最もっとも狙ねらう誤読ごどくである。
  • たとえ一人ひとりを除のぞく全ぜん人類じんるいが同一どういつの意見いけんであり、ただ一人ひとりだけが反対はんたいの意見いけんを抱いだいていたとしても、人類じんるいがその一人ひとりを沈黙ちんもくさせることは不当ふとうである。それはその一人ひとりが力ちからを持もっていて全ぜん人類じんるいを沈黙ちんもくさせることが不当ふとうであるのと同おなじである。ジョン・スチュアート・ミル『自由じゆう論ろん』第だい二に章しょう(1859/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    譲歩じょうほを極限きょくげんまで引ひき延のばした構文こうぶんである。「たとえ〜としても」がこの一文いちぶんの骨ほねで、相手あいてに最大限さいだいげん譲ゆずるところから始はじめる。全ぜん人類じんるいが正ただしく、一人ひとりが間違まちがっている — これ以上いじょう不利ふりな条件じょうけんはない。そのうえでそれでも沈黙ちんもくさせてはならないと言いう。譲ゆずる幅はばが大おおきいほど、主張しゅちょうは強つよくなる — 最悪さいあくの条件じょうけんでも成なり立たつなら、それよりましな条件じょうけんでは当然とうぜん成なり立たつからだ。評ひょう論ろんで「たとえ」「かりに」に出会であったら、筆者ひっしゃはそこで自分じぶんの主張しゅちょうを一番いちばん厳きびしい場所ばしょに置おいて試ためしている。
誤読ごどくの罠わな
  • Aの部分ぶぶんだけ読よんで、筆者ひっしゃがAに賛成さんせいしていると取とる。Aは捨すてられる側がわである。
  • 「確たしかに」がないため譲歩じょうほに気きづかず、AとBを並列へいれつだと読よむ。
  • 逆接ぎゃくせつ語ごの後あとに、さらにもう一段いちだんの譲歩じょうほが来くることがある(B のなかに「もっとも」)。
精度せいどを上あげる問とい
  • いま読よんでいるこの段落だんらくは、筆者ひっしゃの主張しゅちょうか、認みとめているだけの他ほか説とか。
  • 文末ぶんまつが推すい量りょうになっていないか。なっていれば譲歩じょうほの前半ぜんはんである可能性かのうせいが高たかい。
  • 逆接ぎゃくせつ語ごはどこに来くるか。まだ来きていないなら、来くるまで判断はんだんを保留ほりゅうする。
譲歩表現 ── 手順譲歩表現をどう読み分けるかを三段で示した図 譲歩表現 ── 手順CONCESSION確かに・なるほどここは筆者の主張ではないしかし・だがここから主張が始まる読み終えたら前半を消さずに足し算で読む譲歩は前言撤回ではない。Aを認めたままA だけでは足りないと言う
譲ゆずる/折おりる/足たす
Tool 05 ── 選別せんべつ(捨すてる)/ 文ぶんの層そう

逆接ぎゃくせつ表現ひょうげん+筆者ひっしゃの主張しゅちょう

働はたらき ── 逆接ぎゃくせつの直後ちょくごに置おかれた一文いちぶんを、主張しゅちょうとして拾ひろい上あげる。

文章ぶんしょうでチェック

合理主義ごうりしゅぎ的てき態度たいど一般いっぱんのなかには、理性りせいの尊重そんちょうとともに、その限界げんかいを容認ようにんし、「世よの中なかには理屈りくつに合あわないこともある」ことを受うけ容いれようとする面めんもふくまれている。しかし、「近代きんだい合理主義ごうりしゅぎ」は、そのような理性りせいの限界げんかいを容認ようにんしない。

逆接語の強さと助詞「が」の三役日本語の逆接語を性質で並べた図と、助詞「が」の三つの用法を示した図。 逆接語の性質 しかしところがとはいえ にもかかわらずが 最も一般的意外性譲歩寄り 因果の否定多義 助詞「が」の三役 ── 中国語話者にとって最大の落とし穴 前置き並列逆接 お話ししましたが、Aもあるが、Bもある Aだが、実はBだ 後半が前半を否定しているかどうかで判断する
逆接ぎゃくせつ表現ひょうげん+筆者ひっしゃの主張しゅちょう ── 型かた
読解どっかい図ず

X=合理主義ごうりしゅぎ的てき態度たいど一般いっぱん

→ 理性りせいの限界げんかいを容認ようにん

しかし

Y=筆者ひっしゃの主張しゅちょう

→ 「近代きんだい合理主義ごうりしゅぎ」は、そのような理性りせいの限界げんかいを容認ようにんしない

解説かいせつ

前項ぜんこうの〈確たしかにA、逆接ぎゃくせつ語ごB〉という譲歩じょうほ表現ひょうげんでは、Bが筆者ひっしゃの主張しゅちょうであることを説明せつめいしたが、「確たしかに」「なるほど」といった語句ごくがない場合ばあいでも、逆接ぎゃくせつ表現ひょうげんのあとには筆者ひっしゃの主張しゅちょうが表あらわれやすい。

とくに、上うえの文章ぶんしょうのように、逆接ぎゃくせつ表現ひょうげんの前まえには一般いっぱん論ろんや肯定的こうていてきな表現ひょうげんがある場合ばあいに、逆接ぎゃくせつ表現ひょうげんのあとは、前説ぜんせつをくつがえす筆者ひっしゃの意見いけんが示しめされることが多おおい。

逆接ぎゃくせつ表現ひょうげんの読解どっかいポイント
X(一般論・肯定的な表現)
        +
    [逆接表現]
        +
Y(筆者の主張・本音)
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

日本語にほんごの逆接ぎゃくせつ語ごは数かずが多おおく、強つよさが違ちがう

但是・可か是ぜ・然さ而 に対たいして、日本語にほんごは「しかし」「だが」「ところが」「けれども」「にもかかわらず」「とはいえ」があり、強つよさと文体ぶんたいが段階的だんかいてきに違ちがう。「しかし」は最もっとも一般的いっぱんてき、「ところが」は意外いがい性せい、「とはいえ」は譲歩じょうほ寄より、「にもかかわらず」は因果いんがの否定ひていを含ふくむ。

最頻さいひん出での逆接ぎゃくせつは「が」である

そして「が」は逆接ぎゃくせつとは限かぎらない。ここが中国語ちゅうごくご話者わしゃにとって最大さいだいの落おとし穴あなになる。中国語ちゅうごくごの 但 は必かならず逆接ぎゃくせつだが、日本語にほんごの「が」は前置まえおき・並列へいれつ・逆接ぎゃくせつの三さん役やくを兼かねる。

実じつ文ぶんで読よむ
  • 西洋人せいようじんは、日本にほんが平和へいわな文ぶん芸げいにふけっていた間あいだは、日本にほんを野蛮やばん国こくと見みなしていた。しかるに満洲まんしゅうの戦場せんじょうに大々的だいだいてき殺戮さつりくを行ぎょうない始はじめてから文明ぶんめい国こくと呼よんでいる。岡倉おかくら天心てんしん『茶ちゃの本ほん』第一だいいち章しょう(1906/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    逆接ぎゃくせつの直後ちょくごに主張しゅちょうが来くるという型かたの見本みほんである。「しかるに」の前まえは事実じじつの記述きじゅつにすぎない。後うしろでもう一ひとつの事実じじつを並ならべる。天心てんしんは一言ひとことも「西洋せいようは間違まちがっている」と書かいていない。それでも主張しゅちょうは完全かんぜんに伝つたわる — 二ふたつの事実じじつの落差らくさそのものが主張しゅちょうになっているからだ。ここに逆接ぎゃくせつの本当ほんとうの働はたらきがある。逆接ぎゃくせつは前まえを打うち消けす記号きごうではなく、前まえと後うしろの落差らくさに読者どくしゃの目めを向むけさせる装置そうちである。「しかし」の後うしろだけを読よんでも主張しゅちょうはつかめない — 前まえを読よんではじめて落差らくさが見みえる。
  • 「日本にほんより頭あたまの中なかのほうが広ひろいでしょう」と云いった。「囚とらわれちゃ駄目だめだ。いくら日本にほんのためを思おもったって贔屓ひいきの引ひき倒たおしになるばかりだ」……「しかしこれからは日本にほんもだんだん発展はってんするでしょう」と弁護べんごした。するとかの男おとこは、すましたもので、「亡ほろびるね」と云いった。夏目なつめ漱石そうせき『三四郎さんしろう』(1908)
    逆接ぎゃくせつが会話かいわのやりとりに現あらわれた例れいである。三四郎さんしろうの「しかし」は常識じょうしきの側がわからの反論はんろんだ。それを広田ひろた先生せんせいが二字にじで折おりる。注目ちゅうもくしたいのはこの「しかし」が筆者ひっしゃの主張しゅちょうの合図あいずではないことである。登場とうじょう人物じんぶつの逆接ぎゃくせつは筆者ひっしゃの逆接ぎゃくせつではない。小説しょうせつでも評ひょう論ろんでも、引用いんようや会話かいわの中なかの接続せつぞく語ごは「誰だれの論理ろんりか」を見みきわめてから扱あつかう。逆接ぎゃくせつの主しゅが入いれ替かわる一行いちぎょうを読よみ違ちがえると、筆者ひっしゃが反対はんたいのことを言いっていたことになる。
誤読ごどくの罠わな
  • 「が」をすべて逆接ぎゃくせつと読よむと、論ろんの流ながれが不自然ふしぜんに折おれる。
  • 逆接ぎゃくせつの直後ちょくごが長ながい場合ばあい、主張しゅちょうはその文ぶんの文末ぶんまつにある。途中とちゅうで判断はんだんしない。
  • 逆接ぎゃくせつが二に回かい続つづくと、二に回かい目めの後あとが主張しゅちょうになる。一回いっかい目めで決きめない。
精度せいどを上あげる問とい
  • この「が」は、前まえを否定ひていしているか。していなければ前置まえおきである。
  • 逆接ぎゃくせつの直後ちょくごの文ぶんは、どこで終おわるか。文末ぶんまつまで読よんだか。
  • この逆接ぎゃくせつは、譲歩じょうほ(4)の後半こうはんか、それとも単独たんどくの転換てんかんか。
逆接+主張 ── 手順逆接に出会ったとき前へ戻って落差を見る手順の図 逆接+主張 ── 手順BUTしかし・だが前の一文まで戻る前と後ろを並べる落差そのものを見る話し手を確かめる筆者か、登場人物か「しかし」の後ろだけを読んでも主張はつかめない
前まえへ戻もどって落差らくさを見みる
Tool 06 ── 階層かいそう(昇のぼる)/ 段落だんらくの層そう

具体例ぐたいれいの読よみ解とき方かた

働はたらき ── 抽象ちゅうしょうと具体ぐたいを往復おうふくし、抽象ちゅうしょうの側がわを主張しゅちょうとして取とり出だす。

文章ぶんしょうでチェック

言語げんごだけが記号きごうではない。国旗こっきや花はななどの「物もの」にも私わたしたちは意味いみを見出みいだしている。例たとえば、ある国くにの国旗こっきを焼やく行為こういはテーブルクロスを焼やくのとはまるで違ちがうし、人ひとに花はなをあげる場合ばあいでもカーネーションと菊きくでは意味いみが違ちがってくる。

具体と抽象の往復抽象的な主張の下に複数の具体例が置かれ、例の共通点が抽象に戻る構造を示した図。 抽象 ── 主張 残すのはここ 具体例 1具体例 2具体例 3 固有名詞・数字エピソード引用 複数の例の共通点が、抽象の側である。 例をすべて消したとき、何が残るか ── それが主張である
具体例ぐたいれいの読よみ解とき方かた ── 型かた
読解どっかい図ず

A=抽象ちゅうしょう表現ひょうげん

国旗こっきや花はななどの「物もの」にも私わたしたちは意味いみを見出みいだしている

↓ たとえば

A'=具体ぐたい表現ひょうげん

ある国くにの国旗こっきを焼やく行為こういはテーブルクロスを焼やくのとはまるで違ちがうし、人ひとに花はなをあげる場合ばあいでもカーネーションと菊きくでは意味いみが違ちがってくる

解説かいせつ

評ひょう論文ろんぶんの筆者ひっしゃは、説明せつめいしたい内容ないように説得力せっとくりょくを与あたえるために具体例ぐたいれいを示しめす。「たとえば」「具体的ぐたいてきには」といった語句ごくは、そのあとに具体例ぐたいれいが出でてくるサインだ。

具体例ぐたいれいを読よみ解とく際さいに重要じゅうようなのは、〈その具体例ぐたいれいによって説明せつめいしようとしている抽象的ちゅうしょうてき内容ないよう〉を押おさえること。

とくに具体例ぐたいれいに対応たいおうする表現ひょうげんが抽象的ちゅうしょうてきで難むずかしい場合ばあいには、具体例ぐたいれいの内容ないようを把握はあくすることで、抽象ちゅうしょう表現ひょうげんの内容ないようを理解りかいできるケースが多おおい。

具体例ぐたいれいの読解どっかいポイント
A(抽象表現)
   ↓ たとえば
A'(具体表現)

AからA'の内容ないようを正確せいかくにキャッチ!

中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

例示れいじの標識ひょうしきは似にている

例如・比如 と「たとえば」はほぼ対応たいおうする。ただし日本語にほんごは標識ひょうしきなしの例示れいじが多おおい。急きゅうに固有名こゆうめい詞しや数字すうじが出でてきたら、それが例示れいじの始はじまりである。

例れいが先さきに来くることがある

中国語ちゅうごくごの論説ろんせつは 总—分ぶん の順じゅん(先さきに結論けつろん、次つぎに例れい)が強つよいが、日本語にほんごは分ぶん—总、つまり例れいを積つんでから最後さいごに一般化いっぱんかする型かたも同おなじくらい多おおい。例れいが終おわる場所ばしょを見みつけて、その直後ちょくごを読よむのが手順てじゅんになる。

実じつ文ぶんで読よむ
  • 武士道ぶしどうはその表徴ひょうちょうたる桜花おうかと同おなじく、日本にほんの土地とちに固有こゆうの花はなである。……われらの桜さくらはその美びの下したに刺とげ(とげ)や毒どくを隠かくしてはいない。自然しぜんの欲よくするままにいつでも生せいを棄きてる用意よういがある。新渡戸にとべ稲造いなぞう『武士道ぶしどう』第一だいいち章しょう・第だい十五じゅうご章しょう(1900/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    具体例ぐたいれいが論ろんの骨格こっかくになっている例れいである。新渡戸にとべは桜さくらを飾かざりとして出だしていない — 薔薇ばらと違ちがって刺とげがない、香かを溜ため込こまない、散ちり際さいに執着しゅうちゃくしないと性質せいしつを一ひとつずつ挙あげ、そのすべてを武士道ぶしどうの性質せいしつに重かさねる。ここが具体例ぐたいれいの読よみ方かたの要点ようてんだ — 例れいそのものを覚おぼえても意味いみがない。筆者ひっしゃがその例れいの「どの性質せいしつ」を使つかっているかを見みる。桜さくらの色いろや花期かきはここでは一切いっさい使つかわれていない。使つかわれた性質せいしつだけが主張しゅちょうに接続せつぞくしているのであって、例れいの残のこりは読よみ捨すててよい。
  • 私わたしがこれから述のべようとする五ご人ひとの日本人にほんじんは、……西郷隆盛さいごうたかもり、上杉うえすぎ鷹山ようざん、二宮にのみや尊徳そんとく、中江なかえ藤樹とうじゅ、日蓮にちれん上人しょうにん ── すなわち新しん日本にほんの創設者そうせつしゃ、封建ほうけん領主りょうしゅ、農民のうみん聖者せいじゃ、村むらの先生せんせい、仏僧ぶっそうである。内村うちむら鑑三かんぞう『代表的だいひょうてき日本人にほんじん』(1908/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    具体例ぐたいれいを並ならべる順序じゅんじょに意味いみがあることを示しめす。内村うちむらは五ご人ひとを挙あげたあと、「すなわち」でそれぞれの肩書かたがきを言いい直なおす。この言いい換かえが効きいていて、五ご人ひとが「政治せいじ・行政ぎょうせい・経済けいざい・教育きょういく・宗教しゅうきょう」という五いつつの領域りょういきを覆おおっていることがそこではじめて見みえる。具体例ぐたいれいが三みっつ以上いじょう並ならんだら、それらがどの範囲はんいを張はっているかを見みる — 例れいの数かずではなく例れいの広ひろがりが、筆者ひっしゃの主張しゅちょうの射程しゃていを決きめている。t1 の同どう内容ないよう表現ひょうげんがここでも働はたらいていることに注意ちゅういしたい。
誤読ごどくの罠わな
  • 例れいそのものを覚おぼえてしまい、何なにのための例れいかを見み失うしなう。例れいは捨すててよい。
  • 例れいが長ながいと、そこが主題しゅだいだと錯覚さっかくする。
  • 複数ふくすうの例れいが並ならぶとき、それらの共通点きょうつうてんが抽象ちゅうしょうの側がわである。個々ここの違ちがいに注目ちゅうもくしない。
精度せいどを上あげる問とい
  • この例れいは、直前ちょくぜんと直後ちょくごのどちらの主張しゅちょうを支ささえているか。
  • 例れいが終おわるのはどこか。そこから抽象ちゅうしょうに戻もどる。
  • 例れいをすべて消けしたとき、この段落だんらくに何なにが残のこるか。
具体例 ── 手順具体例から何を取り出すかを三段で示した図 具体例 ── 手順EXAMPLEたとえば前後に主張があると見る例の性質を数える使われた性質だけに線を引く例が三つ以上何の範囲を張っているか見る例そのものは覚えない。使われた性質だけが主張につながる
例れいから性質せいしつだけを抜ぬく
Tool 07 ── 連れん結けつ(結むすぶ)/ 文ぶんの層そう

因果いんが関係かんけい

働はたらき ── 二ふたつの事柄ことがらを、原因げんいんと結果けっかとして結むすびつける。

文章ぶんしょうでチェック

近代きんだい科学かがくの知ちと技術ぎじゅつ文明ぶんめいは、それらのもたらしたものが大おおきかっただけではなく、人間にんげんの営いとなみのなかで、ただ一ひとつ永続えいぞく的てきかつ無限むげんに発展はってんするものと見みなされてきた。したがって現在げんざい未解決みかいけつな問題もんだいも、やがては必かならず科学かがくによって解決かいけつされるものと考かんがえられた。

因果の向きと語順日本語では結果が先に書かれ、原因が後から文末で示される順序を示した図。 中国語の標準的な順序 因为 ── 原因 所以 ── 結果 日本語で多い順序 結果 なぜなら ── 原因 ── からである 「なぜなら」「というのも」が出たら、原因はこれから述べられる。 原因を探す方向を、日本語では逆に取る
因果いんが関係かんけい ── 型かた
読解どっかい図ず

原因げんいん・根拠こんきょ

近代きんだい科学かがくの知ちと技術ぎじゅつ文明ぶんめいは……永続えいぞく的てきかつ無限むげんに発展はってんするものと見みなされてきた

↓ したがって

結果けっか・主張しゅちょう

現在げんざい未解決みかいけつな問題もんだいも、やがては必かならず科学かがくによって解決かいけつされるものと考かんがえられた

解説かいせつ

筆者ひっしゃの主張しゅちょうや判断はんだんには、必かならずその根拠こんきょが伴ともなっている。よって文章ぶんしょうの読解どっかいは、主張しゅちょうとその根拠こんきょとをセットで押おさえることが重要じゅうようであり、そのためのヒントになるのが因果いんが関係かんけいの表現ひょうげんだ。

「だから」「ゆえに」「したがって」という順接じゅんせつ表現ひょうげんが代表的だいひょうてきな語句ごくだが、「その結果けっか」「なぜなら」というものも、因果いんが関係かんけいを表あらわす。

また、「~のために」「~によって」などの語ごも、文脈ぶんみゃくによっては因果いんが関係かんけいとほぼ同義どうぎで用もちいられることがある。たとえば「治療ちりょうによって回復かいふくした」などだ。

因果いんが関係かんけいを発見はっけんするためのキーワード
  • だから、ゆえに、したがって
  • その結果けっか、なぜなら、というのも
  • ~のために、~によって
  • ~の背景はいけいには
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

中国語ちゅうごくごは因果いんがの関連かんれん詞しが前まえに立たつ

因为…所以ゆえん は前後ぜんごで対たいになり、しかも 因为 が先さきに来くる。日本語にほんごは「〜からである」「〜ためである」が文末ぶんまつに来くるため、その文ぶんを最後さいごまで読よむまで、それが理由りゆうの説明せつめいだったと分わからない。

順序じゅんじょが逆ぎゃくになりうる

日本語にほんごは「結果けっか。なぜなら原因げんいんだからである。」という順序じゅんじょを好このむ。中国語ちゅうごくごの 因为…所以ゆえん の語順ごじゅんに慣なれていると、原因げんいんを探さがす方向ほうこうを間違まちがえる。「なぜなら」「というのも」が出でたら、原因げんいんはこれから述のべられる。

「ので」と「から」

どちらも原因げんいんを表あらわすが、「ので」は客観的きゃっかんてきな事実関係じじつかんけい、「から」は話はなし手ての判断はんだんや主張しゅちょうを含ふくむ。評ひょう論文ろんぶんで「〜からである」が使つかわれるとき、そこには筆者ひっしゃの解釈かいしゃくが入はいっている。

実じつ文ぶんで読よむ
  • 独立どくりつの気力きりょくなき者ものは必かならず人ひとに依頼いらいす。人ひとに依頼いらいする者ものは必かならず人ひとを恐おそる。人ひとを恐おそるる者ものは必かならず人ひとに諂へつら(へつら)うものなり。福沢ふくざわ諭吉ゆきち『学問がくもんのすゝめ』第だい三さん編へん(1873)
    因果いんがが三さん段だん連れんなった例れいである。気力きりょくの欠如けつじょ → 依頼いらい → 恐おそれ → 諂へつらい。注目ちゅうもくしたいのは接続せつぞく語ごが一ひとつも使つかわれていないことだ。「だから」も「ゆえに」もない。代かわりに働はたらいているのは「必かならず」という副詞ふくしと、前まえの文ぶんの述語じゅつごを次つぎの文ぶんの主語しゅごに据すえる連鎖れんさである。因果いんがを接続せつぞく語ごだけで探さがすと、この型かたは見みつからない。「Aする者ものはBする。Bする者ものはCする」という尻取しりとりの形かたちが見みえたら因果いんがだと思おもってよい。そしてこの型かたの要点ようてんは、最初さいしょと最後さいごだけを取とり出だせることにある — 独立どくりつの気力きりょくなき者ものは諂へつらう。
  • われわれは一方いっぽうの対象たいしょうが現あらわれれば必かならず他方たほうが続つづく、ということを見みるだけである。われわれは決けっしてそのあいだの結むすびつきそのものを見みはしない。……一ひとつの出来事できごとが他ほかの出来事できごとに続つづく。しかしわれわれはその二ふたつのあいだに何なにの絆きずなも観察かんさつしない。ヒューム『人間にんげん知性ちせい研究けんきゅう』第だい七なな章しょう(1748/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    因果いんがと書かいてあるものが因果いんがとは限かぎらないことを教おしえる。ヒュームが言いうのはわれわれが実際じっさいに見みているのは「続つづいて起おきる」ことだけで、「だから」という結むすびつきは見みていないということだ。因果いんがは観察かんさつではなく解釈かいしゃくである。ここから読解どっかいの実務じつむが出でる — 筆者ひっしゃが「ゆえに」「だから」でつないだところは、筆者ひっしゃがそう解釈かいしゃくした場所ばしょである。前まえの福沢ふくざわの一節いっせつをこの目めで読よみ直なおすと、「必かならず」という副詞ふくしが三さん度ど打うたれていることに気きづく — 断定だんていを重かさねなければならないほど、そこは証明しょうめいされていない。因果いんがの強つよい文ぶんは、しばしば因果いんがの弱よわいところに置おかれる。
誤読ごどくの罠わな
  • 相関そうかんを因果いんがと読よむ。「Aのあとに B が起おきた」だけでは因果いんがではない。
  • 因果いんがの向むきを取とり違ちがえる。日本語にほんごでは結果けっかが先さきに書かかれることが多おおい。
  • 「〜ため」は原因げんいんと目的もくてきの両方りょうほうを表あらわす。どちらかは文脈ぶんみゃくで決きまる。
精度せいどを上あげる問とい
  • この「から」「ため」は、原因げんいんか、目的もくてきか。
  • 原因げんいんはこの文ぶんの前まえにあるか、後あとにあるか。
  • 筆者ひっしゃは因果いんがを証明しょうめいしているか、それとも解釈かいしゃくとして提示ていじしているだけか。
因果関係 ── 手順因果を読むときの手順と、断定の副詞への警戒を示した図 因果関係 ── 手順CAUSEだから・ゆえに原因と結果を分けて書く接続語が無い尻取りの形を探す必ず・当然そこは証明ではなく断定因果は観察ではなく解釈。つないだのは筆者である
つないだのは誰だれか
Tool 08 ── 分割ぶんかつ(割わる)/ 文章ぶんしょうの層そう

時間じかん・時代じだいの変化へんか

働はたらき ── 時間じかんの前後ぜんごで世界せかいを二ふたつに割わる。

文章ぶんしょうでチェック

十九じゅうきゅう世紀せいきには、理論りろんの樹立じゅりつこそ科学かがくの目的もくてきであり、実験じっけんはその検証けんしょうであって、検証けんしょうされた理論りろんは自然しぜんの永遠えいえんの真理しんりであると信しんじられていたが、二十にじゅう世紀せいきには、実験じっけん結果けっかこそが信しんじられるものであって、理論りろんは実験じっけんのための仮説かせつに過すぎず、実験じっけんと合あわない理論りろんは捨すてられるだけでなく、別べつの理論りろんも可能かのうであり、要ようするに理論りろんは近似きんじ的てきなものに過すぎないと考かんがえられるようになった。

時間による分割時代を区切り、その境目に何が起きたかを問う読み方を示した図。 かつて 近代 今日 〜であった 〜してきた 〜つつある 境目に何が起きたか 境目に何が起きたか 「〜てきた」は、過去から現在まで続いてきたことを一語で示す
時間じかん・時代じだいの変化へんか ── 型かた
読解どっかい図ず
十九じゅうきゅう世紀せいき二十にじゅう世紀せいき
理論りろんは自然しぜんの永遠えいえんの真理しんり理論りろんは実験じっけんのための仮説かせつ
解説かいせつ

一ひとつの時代じだいを説明せつめいする場合ばあい、その時代じだいの特徴とくちょうを浮うかび上うえがらせるために別べつの時代じだいと比較ひかくされることが多おおい。

とくに「近代きんだい」や「現代げんだい」を論ろんじる評ひょう論文ろんぶんの多おおくは、過去かこの時代じだいからの変化へんかや対比たいひをよく用もちいる。したがって、文章ぶんしょうに時間軸じかんじくが導入どうにゅうされている場合ばあいは、何なにが「変化へんか」し、どのように「対比たいひ」されているのかをしっかりと追おうように心こころがけよう。

なお、小説しょうせつでも、時間じかんの推移すいいをたどるのは必須ひっすである。

時間じかん・時代じだいを追おう手てがかりとなるキーワード
  • かつては、以前いぜんは、~時代じだい(世紀せいき)では
  • これまでは、従来じゅうらい
  • AからBへ
  • 近代きんだいは~、現代げんだいは~
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

中国語ちゅうごくごは時制じせい標識ひょうしきが少すくない

中国語ちゅうごくごには時制じせいの活用かつようがなく、了りょう・过・曾经 などの相そうのマーカーと時間じかん詞しで表あらわす。日本語にほんごは述語じゅつごの活用かつよう(〜た/〜ている/〜てきた)そのものが時間じかんを担になう。とくに「〜てきた」は〈過去かこから現在げんざいまで続つづいてきた〉を一語いちごで示しめす重要じゅうよう形けいで、評ひょう論文ろんぶんでは「近代きんだいは〜してきた」という形かたちで時代じだいの総括そうかつに使つかわれる。

「かつて」と「今日きょう」

この対たいがそのまま対比たいひ(2)の軸じくになる。中国語ちゅうごくごの 从前/如今 に対応たいおうするが、日本語にほんごは時間じかん語ごを省はぶいて動詞どうしの形かたちだけで示しめすことが多おおい。

実じつ文ぶんで読よむ
  • あたかも一身いっしんにして二に生せいを経へるが如ごとく、一人ひとりにして両りょう身みあるが如ごとし。福沢ふくざわ諭吉ゆきち『文明ぶんめい論ろん之の概がい略りゃく』緒言しょげん(1875)
    時代じだいの変化へんかを身体しんたいの比喩ひゆで言いった一句いっくである。福沢ふくざわは封建ほうけんの世よと明治めいじの世よを生いきた。その経験けいけんを「一身いっしんにして二に生せいを経へる」と書かく。ここで効きいているのは時間じかんの語ごが一ひとつも出でてこないことだ。「昔むかし」も「今いま」も「かつて」もない。「二に生せい」「両りょう身み」という数かずの語ごだけで断絶だんぜつを示しめしている。時代じだいの変化へんかを読よむとき、年号ねんごうや「近代きんだい」といった語ごだけを追おっているとこの型かたを逃のがす — 断絶だんぜつはしばしば「二ふたつ」「別べつの」「もはや」といった語ごで示しめされる。変化へんかの記述きじゅつで一番いちばん大事だいじなのは、筆者ひっしゃがそれを連続れんぞくと見みているか断絶だんぜつと見みているかである。
  • こうして生命せいめいはそのいくつもの力ちからとともに、はじめはわずかな形かたちかただ一ひとつの形かたちに吹ふき込こまれた。そしてこの惑星わくせいが重力じゅうりょくの定さだまった法則ほうそくに従したがってめぐるあいだに、かくも単純たんじゅんな始はじまりから……無限むげんの形態けいたいが生しょうじてきたのであり、いまも生しょうじつつある。ダーウィン『種しゅの起源きげん』結むすび(1859/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    時間じかんの幅はばを文ぶんの構造こうぞうで見みせている。注目ちゅうもくしたいのは最後さいごが「生しょうじてきた」で終おわらず、「いまも生しょうじつつある」で閉とじられることだ。過去形かこけいで終おわりわれば歴史れきしの記述きじゅつになる。現在げんざい進行しんこうで終おえると、読者どくしゃがその過程かていの中なかに置おかれる。時代じだいの変化へんかを扱あつかう文章ぶんしょうでは、末尾まつびの時制じせいが筆者ひっしゃの構かまえを示しめす — 過去かこで閉とじれば「終おわったこと」、現在げんざいで閉とじれば「続つづいていること」。設問せつもんが「筆者ひっしゃの立場たちば」を問とうとき、答こたえはしばしば文末ぶんまつの一語いちごにある。
誤読ごどくの罠わな
  • 時間じかんの対比たいひを、単たんなる例示れいじだと読よむ。
  • 「〜てきた」を単たんなる過去かこと読よむと、現在げんざいまで続つづいているという含意がんいを落おとす。
  • 三みっつ以上いじょうの時期じきが区切くぎられていることがある(前近代ぜんきんだい・近代きんだい・現代げんだい)。
精度せいどを上あげる問とい
  • この文章ぶんしょうは、いくつの時期じきに世界せかいを区切くぎっているか。
  • その区切くぎりの<strong>境目さかいめ</strong>に何なにが起おきたと書かかれているか。
  • 筆者ひっしゃは、どの時期じきを肯定こうていし、どの時期じきを批判ひはんしているか。
時間の変化 ── 手順時代の変化を扱う文章で見るべき三点を示した図 時間の変化 ── 手順TIMEかつて・もはや前と後を二段に分ける二つ・別の断絶として書かれている文末の時制終わった話か、続く話か筆者が連続と見ているか断絶と見ているかで、結論が変わる
連続れんぞくか、断絶だんぜつか
Tool 09 ── 分割ぶんかつ(割わる)/ 文章ぶんしょうの層そう

空間くうかんの比較ひかく

働はたらき ── 場所ばしょや文化圏ぶんかけんで世界せかいを二ふたつに割わる。

文章ぶんしょうでチェック

東洋とうようと西洋せいようとを比較ひかくして、その差異さいを指摘してきしようという試こころみは、すでに多少たしょうなされ、そのなかで多おおくの相違そうい点てんが明あきらかにされたと考かんがえられている。たとえば、「非合理ひごうり的てき」対たい「合理的ごうりてき」、「総合そうごう的てき」対たい「分析ぶんせき的てき」、「静的せいてき」対たい「動的どうてき」などの対立たいりつ点てんは、その最もっともポピュラーなものと言いえよう。

空間による分割と隠れた第三項西洋と日本という空間対比の背後に、書かれない第三の場所があることを示した図。 西洋 理念化されていることが多い 日本 特殊性が語られる側 中国・漢字文化圏 書かれないが、前提にある 「西洋と日本」と書かれているとき、第三項は読み手が補う
空間くうかんの比較ひかく ── 型かた
読解どっかい図ず
東洋とうよう西洋せいよう
非合理ひごうり的てき合理的ごうりてき
総合そうごう的てき分析ぶんせき的てき
静的せいてき動的どうてき
解説かいせつ

前項ぜんこうで取とり上あげた時間軸じかんじくとともに、対比たいひ構造こうぞうの発見はっけんの手てがかりになるのが「空間くうかん」の比較ひかくだ。上うえの文章ぶんしょうの他ほかにも、〈欧米おうべいと日本にほん〉や〈都市としと地方ちほう〉などを比較ひかくしたものもある。

空間くうかんを対比たいひさせた文章ぶんしょうにおいても、対比たいひを読よみ解とく基本きほんにのっとり、対比たいひのテーマ〈何なにを述のべているのか〉、対比たいひ内容ないよう〈それぞれどのような特徴とくちょうをもつのか〉という点てんをしっかり押おさえよう。

空間的くうかんてき対比たいひの手てがかりとなるキーワード
  • 欧米おうべい ↔ 日本にほん
  • 西洋せいよう ↔ 東洋とうよう
  • 都市とし ↔ 共同体きょうどうたい
  • 都市とし ↔ 地方ちほう
  • 日常にちじょうの空間くうかん ↔ 非ひ日常にちじょうの空間くうかん
  • ウチ ↔ ソト
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

空間くうかん対比たいひは文化ぶんか論ろんの定型ていけいである

西洋せいよう/東洋とうよう、ヨーロッパ/日本にほん、欧米おうべい/アジア。中国語ちゅうごくご圏けんの論説ろんせつでも 西方せいほう/东方 の対たいはまったく同おなじように使つかわれる。この型かたは中国語ちゅうごくごの読解どっかい経験けいけんがそのまま生いきる。

ただし日本語にほんごの空間くうかん対比たいひには第だい三さん項こうが隠かくれる

「西洋せいようと日本にほん」と書かかれているとき、中国ちゅうごくが暗黙あんもくの第だい三さん項こうとして背後はいごにあることが多おおい。漢字かんじ文化圏ぶんかけんという前提ぜんていが省略しょうりゃくされているためで、日本語にほんご話者わしゃは書かかない。ここは読よみ手てが補おぎなう。

実じつ文ぶんで読よむ
  • モンスーン域いきの人間にんげんの構造こうぞうは受容じゅよう的てき・忍従にんじゅう的てきである。……暑熱しょねつと湿気しっけの結合けつごうにおいて自然しぜんは人間にんげんに恵めぐみを与あたえると同時どうじに人間にんげんを圧倒あっとうする。……これに対たいして沙漠さばくにおいては自然しぜんは人間にんげんに何なにものをも与あたえない。和辻わつじ哲郎てつろう『風土ふうど』(1935/和辻わつじ 1960 没ぼつ)
    空間くうかんの比較ひかくが人間にんげんの説明せつめいに転てんじる典型てんけいである。和辻わつじは地理ちりを比くらべているように見みえて、比くらべているのは人間にんげんの構かまえだ。ここで押おさえるべきは比較ひかくの軸じくが一本いっぽんだけであること — 自然しぜんが人間にんげんに何なにをするか。モンスーンは与あたえつつ圧倒あっとうし、沙漠さばくは何なにも与あたえない。空間くうかんの比較ひかくを読よむとき、土地とちの名前なまえを追おってはいけない。その土地とちがどの性質せいしつの代表だいひょうとして置おかれているかを見みる。「西洋せいようと日本にほん」も同おなじで、地名ちめいはたいてい性質せいしつの名札なふだである。
  • 私わたしがアメリカ合衆国がっしゅうこくに滞在たいざいしていたあいだに注目ちゅうもくした新奇しんきな事物じぶつのうち、境遇きょうぐうの平等びょうどうほど強つよく私わたしの目めを惹ひいたものはない。……やがて私わたしはこの根本的こんぽんてきな事実じじつが、すべての個別こべつの事実じじつに及およぼしている影響えいきょうを見みいだした。トクヴィル『アメリカのデモクラシー』序論じょろん(1835/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    空間くうかんの比較ひかくが一方いっぽうしか書かかれていない例れいである。トクヴィルはアメリカだけを書かいているが、読者どくしゃが「新奇しんき」と感かんじるのはフランスと比くらべているからだ。「新奇しんきな」という一語いちごが比較ひかくの相手あいてを呼よび出だしている。空間くうかんの比較ひかくでは、片方かたほうが書かかれないことが多おおい — 珍めずらしい・独特どくとくの・かえって・に比くらべてといった語ごが出でたら、書かかれていない側がわを補おぎなって読よむ。その見みえない片側かたがわが、たいてい筆者ひっしゃの立たっている場所ばしょである。
誤読ごどくの罠わな
  • 空間くうかんの対比たいひを、優劣ゆうれつの判定はんていだと読よむ。多おおくの場合ばあい、筆者ひっしゃは優劣ゆうれつをつけていない。
  • 「日本人にほんじんは〜」という一般化いっぱんかを、事実じじつの記述きじゅつだと読よむ。それ自体じたいが一ひとつの見方みかたである。
  • 対比たいひの一方いっぽうが理念りねん化かされていることがある(実在じつざいの西洋せいようではなく、想像そうぞうされた西洋せいよう)。
精度せいどを上あげる問とい
  • この空間くうかん対比たいひの軸じくは何なにか。
  • 書かかれていない第だい三さんの場所ばしょはどこか。
  • この「西洋せいよう」は、実在じつざいの西洋せいようか、それとも比較ひかくのために作つくられた像ぞうか。
空間の比較 ── 手順空間の比較で、書かれていない側を補う手順の図 空間の比較 ── 手順PLACE西洋と日本地名を性質の名札として読む珍しい・独特の書かれていない片側を補う補えたそこが筆者の立つ場所比較の相手は、書かれていないことのほうが多い
書かかれていない側がわを補おぎなう
Tool 10 ── 選別せんべつ(捨すてる)/ 段落だんらくの層そう

常識じょうしき批判ひはん

働はたらき ── 通念つうねんを提示ていじし、それを否定ひていして自説じせつを立たてる。

文章ぶんしょうでチェック

常識的じょうしきてき科学かがく観かんによると、科学かがく革命かくめいとは、ある一定いっていした観察かんさつや実験じっけんのデータに対たいする解釈かいしゃくが変かわることである。しかしこのような見方みかたでは、科学かがく革命かくめいの性質せいしつを十分じゅうぶんに表ひょうわせない。科学かがく革命かくめいによって二ふたつの分野ぶんやのパラダイムが変かわると、同おなじ現象げんしょうを見みても、それを取とり扱あつかう見方みかた、考かんがえ方かたが変かわり、その現象げんしょうについて取とり上あげる問題もんだいが変かわる。

常識批判の型主語のない受身で通念を提示し、それを否定して自説を立てる構造を示した図。 通念 〜と思われている/〜とされる 主語がない ── これが標識 しかし 筆者の主張 実は〜である 中国語は 人们通常认为 と主語を立てる。日本語は主語を書かない。 「常識」「当たり前」「自明」という語は、評論文ではほぼ批判の対象である。 「〜とされる」は、筆者が距離を取っている合図である
常識じょうしき批判ひはん ── 型かた
読解どっかい図ず

常識的じょうしきてき科学かがく観かん

科学かがく革命かくめいとはデータの解釈かいしゃくの変化へんか

↓ 批判ひはん

筆者ひっしゃの主張しゅちょう

科学かがく革命かくめいによってパラダイムが変かわると、取とり上あげる問題もんだいが変かわる

解説かいせつ

評ひょう論文ろんぶんの典型的てんけいてきな展開てんかいとして、〈常識じょうしきの紹介しょうかい〉→〈批判ひはん〉という形かたちを押おさえておこう。

評ひょう論文ろんぶんを書かく大おおきな目的もくてきは、「それまで言いわれてこなかった新あたらしい見方みかたや考かんがえ方かた」を説明せつめいすることなのだから、およそどのような評ひょう論文ろんぶんにも〈常識じょうしき批判ひはん〉の要素ようそが含ふくまれている。

よって、「筆者ひっしゃが批判ひはんしているのは何なにか」と考かんがえながら読解どっかいすることで、筆者ひっしゃの主張しゅちょうがつかまえやすくなる。

常識じょうしき批判ひはんを発見はっけんするためのキーワード
  • これまで(従来じゅうらい)は~と考かんがえられてきた
  • ~と言いわれている
  • 常識的じょうしきてきには~、一般的いっぱんてきには~
  • 通説つうせつによれば~
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

中国語ちゅうごくごも同型どうけいの型かたを持もつ

人们通常认为…但事实上/一般以为…其实 は、日本語にほんごの「一般いっぱんに〜と思おもわれている。しかし実じつは〜」に対応たいおうする。構造こうぞうは共通きょうつうしている。

日本語にほんごは通念つうねんの主語しゅごを書かかない

中国語ちゅうごくごは 人们・一般人いっぱんじん と主語しゅごを立たてるが、日本語にほんごは「〜と思おもわれている」「〜とされる」という受身うけみ・自じ発はつの形かたちで、誰だれがそう思おもっているかを書かかない。この主語しゅごのない受身うけみが、通念つうねんの標識ひょうしきそのものになっている。ここを見みつけられるかが分わかれ目めになる。

実じつ文ぶんで読よむ
  • 人間にんげんの知性ちせいを取とり巻まいてこれを惑わくわす幻影げんえいには四よっつの種類しゅるいがある。……第一だいいちを種しゅ族ぞくのイドラ、第だい二にを洞窟どうくつのイドラ、第だい三さんを市場しじょうのイドラ、第だい四よんを劇場げきじょうのイドラと名なづける。フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム』(1620/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    常識じょうしき批判ひはんの型かたを型かたとして取とり出だした文章ぶんしょうである。ベーコンは個々ここの誤あやまりを一ひとつずつ正ただすのではなく、誤あやまりが生しょうじる場所ばしょを四よっつに分わける。注目ちゅうもくしたいのは「市場しじょうのイドラ」だ — 言葉ことばのやりとりから生うまれる思おもい込こみである。常識じょうしき批判ひはんの文章ぶんしょうの多おおくは、この第だい三さんのイドラを扱あつかっている。「〜と言いわれている」「〜が常識じょうしきである」で始はじまる段落だんらくは、ほぼ必かならずそのあとで折おりられる。常識じょうしきの提示ていじは同意どういではなく、標的ひょうてきの設置せっちだと読よむ。
  • 戦争せんそうに負まけたから堕おちるのではないのだ。人間にんげんだから堕おちるのであり、生いきているから堕おちるだけだ。……人間にんげんは堕落だらくする。義ぎ士しも聖女せいじょも堕落だらくする。それを防ふせぐことはできないし、防ふせぐことによって人ひとを救すくうことはできない。坂口さかぐち安吾あんご『堕落だらく論ろん』(1946/安吾あんご 1955 没ぼつ)
    常識じょうしき批判ひはんと否定ひてい→肯定こうてい(t3)が重かさなった文章ぶんしょうである。当時とうじの常識じょうしきは「敗戦はいせんが日本人にほんじんを堕落だらくさせた」だった。安吾あんごはそれを「戦争せんそうに負まけたから堕おちるのではない」と切きって、原因げんいんを歴史れきしから人間にんげんそのものへ移うつす。ここが常識じょうしき批判ひはんの要点ようてんだ — 常識じょうしきを「間違まちがい」と言いうのではなく、「原因げんいんの置おき場所ばしょが違ちがう」と言いう。そして批判ひはんのあとには必かならず筆者ひっしゃ自身じしんの答こたえが来くる。常識じょうしき批判ひはんの段落だんらくだけを読よんで筆者ひっしゃの主張しゅちょうを取とりろうとすると、「否定ひていしていること」しか拾ひろえない — 主張しゅちょうはその先さきにある。
誤読ごどくの罠わな
  • 通念つうねんの部分ぶぶんを筆者ひっしゃの主張しゅちょうだと読よむ。「〜とされる」は筆者ひっしゃが距離きょりを取とっている合図あいずである。
  • 「常識じょうしき」「当あたり前まえ」「自明じめい」という語ごが肯定的こうていてきに使つかわれていると読よむ。評ひょう論文ろんぶんではほぼ批判ひはんの対象たいしょうである。
  • 通念つうねんの否定ひていが、そのまま反対はんたいの主張しゅちょうだとは限かぎらない。第だい三さんの立場たちばが出でることがある。
精度せいどを上あげる問とい
  • この「〜と思おもわれている」は、誰だれの考かんがえか。筆者ひっしゃはそこに含ふくまれるか。
  • 通念つうねんはどこで終おわり、批判ひはんはどこから始はじまるか。
  • 筆者ひっしゃは通念つうねんを否定ひていしたあと、何なにを代かわりに置おいたか。
常識批判 ── 手順常識の提示から筆者の答えへ進む手順を示した図 常識批判 ── 手順AGAINST〜と言われている同意ではなく標的の設置しかし・果たしてここで折れる折れた先筆者の答えを探す否定していることだけを拾っても、主張は取れない
標的ひょうてきの設置せっちから答こたえまで
Tool 11 ── 連れん結けつ(結むすぶ)/ 文章ぶんしょうの層そう

疑問ぎもん→解答かいとう+根拠こんきょはワンセット

働はたらき ── 問といを立たて、答こたえと根拠こんきょを三さん点てんセットで回収かいしゅうする。

文章ぶんしょうでチェック

「名状めいじょうしがたいもの」が目めの前まえに現あらわれたとき、どう表現ひょうげんしたらよいのか。言いい表あらわすべき言葉ことばがないとき、どう対処たいしょするのか。たとえば美うつくしい山やまの姿すがたを前まえにして、その下したの方ほうをなんと表現ひょうげんしたらよいかと言葉ことばに詰つまる。そのとき人ひとはたとえばメタファーに頼たよることになる。着物きものの裾すそになぞらえて山やま「裾すそ」と呼よぶ。

疑問・解答・根拠の三点セット問いが立てられたら、答えと根拠が必ず回収されることを示した図。 疑問 ── なぜ〜か 解答 ── 〜だからだ 根拠 ── その理由は 離れた位置にあることが多い なければ、主張ではなく感想 「〜だろうか」 疑問符は打たれない 「〜ではないだろうか」は問いではなく、和らげられた主張である
疑問ぎもん→解答かいとう+根拠こんきょはワンセット ── 型かた
読解どっかい図ず

疑問ぎもん

「名状めいじょうしがたいもの」が目めの前まえに現あらわれたとき、どう表現ひょうげんしたらよいのか

↓

解答かいとう

たとえばメタファーに頼たよることになる

解説かいせつ

問題もんだい文ぶんの中なかに疑問ぎもん形けいの文章ぶんしょうが出でてきたら、それは筆者ひっしゃが問題もんだい提起ていきをしている証しょうであり、「解答かいとう」と「根拠こんきょ(理由りゆう)」を与あたえる方向ほうこうで文章ぶんしょうは進すすんでいく。

そのため、疑問ぎもん文ぶんを見みつけたら、「解答かいとうは何なにか」「その根拠こんきょはどこにあるか」と考かんがえながら文章ぶんしょうを読よんでいくのが、論理的ろんりてきな読解どっかいだ。

なお、こうした〈疑問ぎもん→解答かいとう〉型かたの文章ぶんしょうは、前項ぜんこうで説明せつめいした常識じょうしき批判ひはんとも組くみ合あわさることが多おおい。その場合ばあい、解答かいとうは〈A(常識じょうしき)ではなくB(筆者ひっしゃの解答かいとう)だ〉という形かたちを取とりやすい。

〈疑問ぎもん→解答かいとう〉型かたの読解どっかい
~とは何か、~とはどういうことか
        (問題提起)
             ↓
〈解答+根拠〉をセットで把握する
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

日本語にほんごの問といは疑問符ぎもんふを持もたない

中国語ちゅうごくごは 吗・呢 や疑問ぎもん詞しで問といが明示めいじされる。日本語にほんごの評ひょう論文ろんぶんは「〜だろうか」「〜のではないか」で問とい、しかも疑問符ぎもんふを打うたないことが多おおい。文末ぶんまつ表現ひょうげんだけが手てがかりになる。

「〜ではないか」は問といではなく主張しゅちょうである

これが最大さいだいの差さになる。中国語ちゅうごくごの 难道不是…吗 に近ちかいが、日本語にほんごの「〜ではないだろうか」は断定だんていを和わらげた主張しゅちょうであり、答こたえを求もとめていない。問といの形かたちをした主張しゅちょうを、問といとして読よむと論ろんの流ながれを見み失うしなう。

実じつ文ぶんで読よむ
  • 私わたしはこう考かんがえた ── いったいこの神託しんたくは何なにを言いおうとしているのか。私わたしは自分じぶんが賢かしこくないことを知しっている。……そこで私わたしは賢かしこいと評判ひょうばんの人ひとのところへ行おこなった。……その結果けっか私わたしはこう思おもった。私わたしはこの人ひとよりは賢かしこい。知しらないことを知しらないと思おもっているぶんだけ。プラトン『ソクラテスの弁明べんめい』(前四世紀ぜんよんせいき/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    疑問ぎもん・検証けんしょう・解答かいとうが一続ひとつづきに書かかれた最古さいこ級きゅうの文章ぶんしょうである。構造こうぞうは三さん段だんで、問とい(神託しんたくは何なにを意味いみするか)→調査ちょうさ(賢者けんじゃを訪たずねる)→答こたえ(知しらないことを知しっているぶんだけ賢かしこい)。注目ちゅうもくすべきは調査ちょうさの部分ぶぶんが最もっとも長ながいことだ。答こたえだけを書かけば一行いちぎょうで済すむ。それでも長ながく書かくのは、根拠こんきょを示しめさない答こたえは受うけ入いれられないと知しっているからである。評ひょう論ろんで問といを見みつけたら、答こたえを急いそいで探さがしてはいけない — その間かんに置おかれた検証けんしょうこそが筆者ひっしゃの仕事しごとであり、設問せつもんもそこを問とう。
  • しかしながらそのすぐ後あとで私わたしは気きづいた。すべてを偽にせと考かんがえようとしているあいだも、そう考かんがえている私わたしは必然的ひつぜんてきに何なにものかでなければならない、と。そして「私わたしは考かんがえる、ゆえに私わたしはある」というこの真理しんりが、……あまりに確実かくじつであることを認みとめた。デカルト『方法ほうほう序説じょせつ』第だい四部しぶ(1637/訳やくは本ほん教材きょうざい)
    解答かいとうが根拠こんきょと同時どうじに出でてくるという珍めずらしい型かたである。「考かんがえている私わたしがいなければならない」が根拠こんきょで、「われ思おもう、ゆえにわれあり」が解答かいとう。この二ふたつは同おなじ一ひとつの事柄ことがらの言いい換かえである。つまりt1 の同どう内容ないよう表現ひょうげんがここでは論証ろんしょうの役やくを担になっている。読解どっかいで「根拠こんきょ」を探さがすとき、「なぜなら」を探さがすだけでは足たりない — 主張しゅちょうの直前ちょくぜんや直後ちょくごに置おかれた言いい換かえが、そのまま根拠こんきょになっていることがある。接続せつぞく語ごの無ない論証ろんしょうが最もっとも見落みおとされる。
誤読ごどくの罠わな
  • 問といを見みつけても、答こたえを探さがさずに読よみ進すすめる。問といは必かならず回収かいしゅうされる。
  • 答こたえだけ拾ひろって根拠こんきょを落おとす。根拠こんきょがなければ、それは主張しゅちょうではなく感想かんそうである。
  • 反はん語ご(=答こたえが自明じめいな問とい)を、本当ほんとうの問といと読よむ。
精度せいどを上あげる問とい
  • この文末ぶんまつの「〜だろうか」は、本当ほんとうの問といか、それとも和わらげた主張しゅちょうか。
  • この問といの答こたえは、どこに書かかれているか。まだなら、どこまで待まつか。
  • 答こたえの根拠こんきょは示しめされたか。示しめされていないなら、筆者ひっしゃはそれを自明じめいとしている。
疑問→解答 ── 手順疑問から解答までの三段と、検証部分の重さを示した図 疑問→解答 ── 手順QUESTION〜だろうか答えを急いで探さないあいだの検証ここが筆者の仕事。設問もここ答え根拠と一組で押さえる根拠は「なぜなら」だけに現れない。言い換えが根拠のこともある
検証けんしょうをとばさない
Tool 12 ── 同一化どういつか(つなぐ)/ 語ごの層そう

呼応こおう表現ひょうげん

働はたらき ── 前まえの語ごが、後あとの語ごの形かたちを決きめる。文ぶんの骨格こっかくを先読さきよみする。

文章ぶんしょうでチェック

人間にんげんが人間にんげんであることの根拠こんきょを理性りせいに求もとめるこの理解りかいは、あたかも当然とうぜんのことのように、人間にんげん一般いっぱんの基本きほんモデルを分ぶん別べつある大人おとなに想定そうていする。

呼応表現による先読み文頭の副詞が文末の形を決めるため、長い文でも結末を予測できることを示した図。 決して ………長い修飾……… ない 副詞を見た瞬間に、文末が予測できる 否定の強度は副詞が決める 決して〜ない 全部否定 ── 例外なし(绝不) 必ずしも〜ない 部分否定 ── 例外あり(不一定) 中国語の関連詞は省けない。日本語の呼応副詞は省ける。 だから、置かれている副詞は書き手が意図的に選んだ合図である
呼応こおう表現ひょうげん ── 型かた
読解どっかい図ず

人間にんげんが人間にんげんであることの根拠こんきょを理性りせいに求もとめるこの理解りかいは、あたかも当然とうぜんのことのように、……

解説かいせつ

呼応こおう表現ひょうげんとは、文中ぶんちゅうにおいて、ある語句ごくの存在そんざいによって、あとに続つづく叙述じょじゅつに決きまった語句ごくがくることを言いう。

古文こぶんの「な……そ〈=禁止きんし〉」「え……ず〈=不可能ふかのう〉」なども呼応こおう表現ひょうげんである。

上うえの文章ぶんしょうの「あたかも」は、下したに「~のように」を伴ともなうことが多おおい。代表的だいひょうてきなものは覚おぼえておこう。

代表的だいひょうてきな呼応こおう表現ひょうげん
  • 決けっして~ない
  • まさか〈よもや〉~まい(ないだろう)
  • あたかも〈まるで〉~のよう(に/な)
  • というのも〈なぜなら〉~からである
  • もし~ならば
  • ただ〈単たんに〉~だけ
中日ちゅうにち対照たいしょう ── 中国語ちゅうごくごではどう示しめされるか

中国語ちゅうごくごの関連かんれん詞しは必須ひっす、日本語にほんごの呼応こおうは任意にんい

中国語ちゅうごくごの 虽然…但是/不但…而且/因为…所以ゆえん は、片方かたほうを省しょうくと不自然ふしぜんになることが多おおい。日本語にほんごの呼応こおうは前半ぜんはん(副詞ふくし)を省はぶいても文ぶんが成なり立たつ。「まるで夢ゆめのようだ」から「まるで」を取とっても通つうじる。だから日本語にほんごでは、呼応こおうの副詞ふくしが出でてきたら、それは書かき手てが意図的いとてきに置おいた合図あいずである。

否定ひていの呼応こおうが最もっとも重要じゅうようである

「決けっして〜ない」「必かならずしも〜ない」「あながち〜ない」「まさか〜まい」。いずれも否定ひていは文末ぶんまつにある。副詞ふくしを見みた瞬間しゅんかんに、文末ぶんまつが否定ひていだと予測よそくできる。長ながい文ぶんでこの予測よそくが効きくと、読よむ速度そくどと正確せいかくさが一気いっきに上あがる。

部分ぶぶん否定ひていと全部ぜんぶ否定ひてい

「必かならずしも〜ない」は部分ぶぶん否定ひてい(例外れいがいがある)、「決けっして〜ない」は全部ぜんぶ否定ひてい。中国語ちゅうごくごの 不ふ一定いってい/绝不 に対応たいおうする。この差さを落おとすと主張しゅちょうの強度きょうどを読よみ違ちがえる。

実じつ文ぶんで読よむ
  • 武蔵野むさしのに散歩さんぽする人ひとは、道みちに迷まようことを苦にがにしてはならない。どの路ろでも足あしの向むくままに歩あるいていく。……いっさいそれらのものが溶とけ合あってほとんど見分みわけがつかない。国木田くにきだ独歩どっぽ『武蔵野むさしの』(1898/独歩どっぽ 1908 没ぼつ)
    呼応こおうが文ぶんの骨ほねを決きめている例れいである。「〜ことを苦にがにしてはならない」は禁止きんしの呼応こおうで、文末ぶんまつまで読よまないと肯定こうていか否定ひていかが定さだまらない。「いっさい〜つかない」も同おなじで、「いっさい」を見みた時点じてんで文末ぶんまつは打うち消けしだと分わかる。ここに日本語にほんごの読解どっかいの急所きゅうしょがある — 中国語ちゅうごくごや英語えいごは否定ひてい辞じが前まえに来くるので早はやい段階だんかいで向むきが決きまるが、日本語にほんごは文末ぶんまつで決きまる。だから呼応こおうの副詞ふくしは「文末ぶんまつを先さきに知しらせる合図あいず」として働はたらく。拾ひろえば読よむ速度そくどが上あがる。
  • もし私わたしの鼓動こどうが停と(と)まった時とき、あなたの胸むねに新あたらしい命いのちが宿やどる事ことが出来できるなら満足まんぞくです。夏目なつめ漱石そうせき『こころ』(1914)
    仮定かていの呼応こおうが一文いちぶんの全体ぜんたいを支配しはいしている。「もし〜なら」で始はじまり、「満足まんぞくです」で閉とじる。注目ちゅうもくしたいのは「もし」が文頭ぶんとうにあるのに、それを受うける「なら」が二十にじゅう字じ以上いじょう離はなれていることだ。あいだに入はいっているのはすべて条件じょうけんの中身なかみである。呼応こおうの距離きょりが長ながい文ぶんほど、途中とちゅうで主語しゅごを見み失うしないやすい。対処たいしょは一ひとつ — 「もし」を見みたら「なら/たら/ば」を先さきに探さがし、その外側そとがわの主しゅ節せつを押おさえてから中なかを読よむ。この章しょうの十二じゅうにのツールはすべて同おなじ構かまえに立たっている — 先さきに骨ほねを見みつけ、それから肉にくを読よむ。
誤読ごどくの罠わな
  • 呼応こおうの後半こうはんだけ見みて、前半ぜんはんの副詞ふくしを読よみ飛とばす。副詞ふくしは主張しゅちょうの強度きょうどを決きめている。
  • 「必かならずしも〜ない」を全部ぜんぶ否定ひていと読よむ。部分ぶぶん否定ひていである。
  • 「ただ〜だけ」の限定げんていを落おとす。限定げんていは主張しゅちょうの範囲はんいを決きめる。
精度せいどを上あげる問とい
  • この副詞ふくしは、文末ぶんまつにどんな形かたちを要求ようきゅうしているか。
  • この否定ひていは、全部ぜんぶ否定ひていか、部分ぶぶん否定ひていか。
  • 副詞ふくしを消けしたら、主張しゅちょうの強つよさはどう変かわるか。
呼応表現 ── 手順呼応の副詞を見たときに文末を先取りする手順の図 呼応表現 ── 手順PAIRED決して・まったく文末は打ち消しと予測するたとえ・もし受ける「ても・なら」を先に探す外枠が見えた中の主語を確かめる日本語は文末で向きが決まる。呼応は文末を先に知らせる合図
文末ぶんまつを先取さきどりする
運用うんよう — 読よみながら走はしらせる

四よっつの問といを、常つねに走はしらせておく

十二じゅうにのツールは、探さがしに行いくものではない。読よみながら四よっつの問といを走はしらせておけば、該当がいとうする型かたが現あらわれたときに自動的じどうてきに引ひっかかる。問といは順序じゅんじょどおりに一度いちどずつではなく、段落だんらくが変かわるたびに何度なんども戻もどる。

読みながら走らせる四つの問い文章を読み進めるあいだ、常に走らせておくべき四つの問いとその順序を示した図。 読み始める 主題は何か。何について書かれているか。 1 束ねる いま読んだこれは、前のどれの言い換えか。 1・12 2 割る 何と何が、どの軸で分けられているか。 2・8・9 3 捨てる どちらが捨てられ、どちらが残ったか。 3・4・5・10 4 昇る・結ぶ 例を消すと何が残るか。問いは回収されたか。 6・7・11 戻る
読解どっかいのフロー

この四よっつを回まわしているあいだ、頭あたまの中なかには常つねに二ふたつのリストが保持ほじされている。一ひとつはいま何なにの話はなしをしているか(同どう内容ないよう表現ひょうげんの鎖くさり)、もう一ひとつは何なにが捨すてられ何なにが残のこったか(選別せんべつの結果けっか)である。文章ぶんしょうを読よみ終おえたとき、この二ふたつが答こたえられれば、主旨しゅしは取とれている。

解像度かいぞうどを上あげる三さん段階だんかい

第一だいいち段階だんかい ── 文末ぶんまつを確定かくていさせる。一文いちぶんごとに、肯定こうていか否定ひていか、断定だんていか推すい量りょうか、主張しゅちょうか引用いんようかを決きめる。ここが曖昧あいまいなまま先さきへ進すすむと、以後いごすべてがぼやける。

第だい二に段階だんかい ── 型かたを当あてる。その文ぶんまたは段落だんらくが、十二じゅうにの型かたのどれかに当あてはまるかを見みる。当あてはまれば、続つづく展開てんかいが予測よそくできる。「確たしかに」が出でれば逆接ぎゃくせつを待まち、「なぜなら」が出でれば理由りゆうを待まつ。

第だい三さん段階だんかい ── 捨すてる。例れいを消けし、譲歩じょうほの前半ぜんはんを消けし、否定ひていされた側がわを消けす。残のこったものを一本いっぽんにつないだとき、それが筆者ひっしゃの主張しゅちょうである。読解どっかいとは、読よんだものを減へらしていく作業さぎょうである。

Output

産出さんしゅつ

やるなら ── 日本語にほんごの論説ろんせつを一ひとつ選えらび、次つぎの手順てじゅんで読よむ。

  • 各段かくだん落らくの文末ぶんまつだけを先さきに拾ひろい、肯定こうてい・否定ひてい・推すい量りょう・引用いんようのどれかを記録きろくする
  • 「確たしかに」「しかし」「つまり」「なぜなら」に印しるしをつけ、それぞれが何なにを予告よこくしているかを書かく
  • 例れいと譲歩じょうほの前半ぜんはんをすべて消けし、残のこった文ぶんだけをつないで一段落いちだんらくに要約ようやくする
Blank

論理ろんり標識ひょうしきが任意にんいである言語げんごでは、標識ひょうしきを置おかないという選択せんたくもまた、一ひとつの意味いみを持もつ。書かかれなかった「しかし」は、どこにあったのか。