原書の導入
そもそも文化とは何か
物の見方は「文化」に規定されている
「文化」というものを考えるにあたって、まず、我々は文化によって物の見方を規定されている、ということを押さえよう。我々は物事をあるがままに見ているつもりでも、実際には文化という色眼鏡(フィルター)を通して見ている。したがって、自分がどのような文化のもとで育ってきたかを知ることで、自分の物の見方を自覚し、また、世界の異なる文化を学ぶことで、多様な物の見方を身につけることができるのである。
なお、文化のあり方に大きな影響を与えるものとしては、地理的・時代的条件や民族的条件とともに、宗教も見逃すことはできない。キリスト教文化・儒教文化などというように、宗教と文化とを結合して言う場合もある。文化を宗教の側からとらえることも重要なのである。
「文化」と「文明」
文化について論じた文章は具体例も多く、これまでの人生で経験的に感じている内容も含まれるため、得意だと思っている人もいるかもしれない。
ところが、「そもそも文化とは何か」と聞かれたらとまどうのではないか。たとえば「文化」と「文明」とはどう違うのか、という問いに答えられる人は少ないだろう。
明治期の日本は近代化を目指して、西洋文明を取り込んだ。この場合に西洋「文化」とは言わず西洋「文明」と言うことが多いのは、「文明」という言葉が、世界に普遍的な影響力をもつ特別な文化を意味するからだ。西洋の民主主義や近代科学・教育制度が世界の多くの国に受け入れられる力をもっていたために、文明とよばれるのである。
一方、「文化」という表現はその時代や集団に特有なものを指す時に使われる。たとえば日本の文化は外国に対して普遍的な影響力を及ぼさなかった。そのため、日本文明という言い方は普通用いられない。
つまり、「文明」は、その国だけでなく同時代の他国にも大きな影響力をもっているが、「文化」は、特定の地域や集団内で影響をもったもののことを指す。
ヨーロッパと日本
日本文化の特徴について、入試でこれまでよく出題された日本文化論をまとめておく。
第一は、西洋の社会が自分たちの権利を守るために個人が集まって作ったもの(市民社会)であるのに対して、日本の場合は、個人よりも身内などの集団の方を重要視する社会(世間)だとするものである。ここから、西洋=「罪の文化」、日本=「恥の文化」という対比も可能となる。
第二は、西洋では物事を理知的にとらえてきたのに対し、日本では感性的にとらえてきたとするものである。たとえば、川の流れを見て、流れの速さを知ろうとするのが西洋的な考え方だが、日本人は川の流れを人生の流れとして受け止め、感情移入してきた。
このように、日本では繊細な感受性は育ったが、科学的精神は育たなかったとされる。あるいは、庭園を比較してみても、西洋には人為的・人工的な工夫がほどこされた幾何学的なデザインの庭園が多いのに対して、日本の庭園は曲がった松の樹木にも美を認める。日本の文化は自然の景色を手本とし、あるがままの自然を尊重しようとするものなのだ。
こういったところからも、西洋と日本との違いがわかるだろう。
ヨーロッパ中心主義から文化相対主義へ
さらに、それぞれの「文化」の多様性を認めようという趣旨の文章も多く出題される。「文化」の多様性を認める立場を「文化相対主義」と言う。
二十世紀に生まれた文化人類学は、アフリカや南米など、それまで西洋の進んだ文明に対して「未開」とされてきた世界に足を踏み込み、西洋以外の地域の中に、それぞれ固有の文化が存在していることを明らかにした。これによって、それまで西洋を中心としていた文化の見方を「相対主義的」にとらえるようになってきたのだ。
また、西洋を、進歩的で合理的なイメージとしてとらえ、それとは反対に、東洋を神秘的で発展途上で、非合理的なイメージとしてとらえようとしてきた西洋人の世界観が、「オリエンタリズム」というキーワードによって批判されている。
さらに、一つの国をとってみても、一つの国の中に多様な文化の存在を認めようとする「多文化主義」ということが重視されるようになった。それまでは、一つの国家は一つの民族によってつくられるという考えがあったため、一つの国家に多数の文化が存在していることは認められてこなかった。それが変化してきたのである。
普遍的で画一的な西洋文明だけをモノサシとすることを反省し、それぞれが特殊で個別的なものである文化の多様性を見直す動きへと移行している。
Section 01
文化/文明
73
文化
ぶんか[1]ぶんか頭高型
語構成
文あや・かざり・ことば+化なる・かえる
定義
人間の精神活動によって生み出されたもの。普遍的な文明に対して、「時代や地域に固有」というニュアンスで用いられる。
『現代文キーワード読解』1-1 ☑73
使用の境界人間の精神活動が生み出したもの。時代や地域に固有である点が要点で、優劣を測る尺度ではない。
用法評論文の中核は「我々は文化によって物の見方を規定されている」という主張である。文化は所有物ではなく、世界を見るための色眼鏡だという捉え方。したがって「文化を持つ/持たない」という言い方は成り立たず、どの集団にも文化がある。この前提が☑76 文化相対主義を支える。日常語の「文化的な生活」(=便利で快適)は物質面を指すので、評論の用法とは逆向きになりやすい。読解では、優劣を含意しているかどうかを見る。
用例
-
文化または文明とは、その広い民族誌的な意味において、知識・信仰・芸術・道徳・法・慣習、その他、社会の成員としての人間が獲得したあらゆる能力と習慣を含む、複合的な全体である。エドワード・タイラー『原始文化』(1871)/訳は本教材
文化という語の、いまも使われている定義である。注目したいのは、芸術と並んで慣習が数え上げられていることだ。それまで文化といえば教養、つまり個人が身につけた高尚なものを指していた。タイラーはそれを、社会の成員なら誰でも身につけているものへ広げた。この一手で決定的な帰結が出る — 文化を持たない集団は存在しない。「あの民族には文化がない」という言い方が成り立たなくなるのだ。76 の文化相対主義は、この定義の上にしか建たない。ただしタイラー自身は文化を進化の段階として並べており、この定義を書いた当人がまだ 75 の自文化中心主義の内側にいた。道具が作られた瞬間に、作った者を追い越すことがある。
-
この書の目的は、人間存在の構造契機としての風土性を明らかにすることにある。和辻哲郎『風土』序言(1935)
「構造契機」— つまり風土は人間の外にある環境ではなく、人間がそもそも成り立つための一部だという主張である。暑い土地の人が暑さに耐えているのではない。暑さのなかで、そういう感じ方をする人として成り立っている。ここが原書のいう〈我々は文化によって物の見方を規定されている〉と重なる。文化は持ち物ではなく、世界を見るための眼そのものだ。眼だから、外して比べることができない。この「外せなさ」こそが、75 の自文化中心主義が自覚されにくい理由でもある。なお和辻の議論は、のちに風土から国民性を導きすぎたと批判もされた — 文化で人を説明することの危うさが、この書自体に残っている。
- 我々は文化を持っているのではなく、文化によって物の見方を規定されている。
評論文の中核をなす主張である。所有物ではなく色眼鏡だという捉え方。したがって「文化を持つ/持たない」という言い方は成り立たず、どの集団にも文化がある。この前提が 76 の文化相対主義を支えている。持ち物なら多い少ないが言えるが、眼には多い少ないが無い。
- △都市には劇場も美術館もあり、文化的な生活が送れる。
通じるが、これは日常語の用法で、便利さや快適さ、あるいは高尚さを指している。評論文の文化は優劣を測る尺度ではない。日常語と評論語で向きが逆になりやすいので、読解では優劣を含意しているかどうかをまず見る。含意していれば、その文章は 75 の側の言説かもしれない。
派生形
- 文化的[0]二つの用法が同居する。評論文では「文化に属する」の意(文化的差異)、日常語では「便利で高尚な」の意(文化的な生活)。後者には優劣の含みがあるので、どちらで使われているかを見分ける。
- 文化圏[3]「圏」が範囲を区切る。内と外を分ける前提が入り込むため、境界に生きる人々が見えなくなる。85 のエスニシティ、86 のクレオールはその死角から出てきた語である。
- 異文化[2]「異」は自分の側を基準にした言い方。この語自体が視点を含んでいる。中立に見えて中立ではない語の代表例で、この語を無自覚に使えるかどうかが、そのまま自文化中心主義の温度計になる。
コロケーション
- 異文化外から見える形自分のものでない文化。注意したいのは、「異文化」という語が使えるのは自文化の側からだけだということだ。誰にとっても異文化であるような文化は無い。この語を使った時点で、話者はすでにどこかに立っている — その立ち位置を自覚できるかどうかが、75 と 76 を分ける。
- 文化圏線を引く単位共通の文化を持つとみなされる地理的な広がり。便利な語だが、線を引いた瞬間に、線をまたぐものが見えなくなる。86 のクレオールが問題にするのは、まさにこの取りこぼしである。圏という語は、内と外がはっきり分かれていることを前提にしている。
- 文化を相対化する見方の操作自分の文化を数ある文化の一つとして置き直すこと。1-1 の 26 で見た相対化が、ここでは文化に向けられる。難しいのは、相対化する目もまた文化に規定されていることだ。完全に外へ出ることはできない。それでも位置をずらすことはできる — 77 の文化人類学が引き受けたのはその作業である。
- 文化の固有性普遍との対時代や地域に固有であること。これが 74 の文明との分かれ目になる。固有であることは劣っていることではない。ところが「固有=地方的=遅れている」という読み替えが起きやすく、その読み替えこそがヨーロッパ中心主義の中身だった。1-1 の 1 と 2 で見た普遍と特殊の関係が、ここでは政治の問題として現れる。
格中書き言葉・会話の両方で使える。
類語と差
- 文明普遍化する力をもった文化広がりの有無で分かれる。文化は固有、文明は普遍を志向する。同じものの段階差ではなく、性質の違い。
- 伝統受け継がれてきたもの時間の縦軸。文化は同時代の広がりも含む。
- 習俗土地に根づいた慣わし民俗学の語。生活の細部を指し、思想や芸術は含まない。
- 教養身につけた知識や品位個人に属する。日本語の「文化」は集団に属する。
ENculture
ZH文化(文化, wénhuà)
74
文明
ぶんめい[0]ぶんめい平板型
語構成
文あや・かざり・ことば+明あきらか
定義
技術や物質面で普遍的な影響力をもつ文化のこと。
『現代文キーワード読解』1-1 ☑74
使用の境界普遍化への意志と、それを実行する装置をあわせ持った文化。技術的・物質的な影響力を伴う。
用法原書の入試文が示す定義が精密である。文明とは、①普遍化への意志を持ち、②それを実行する制度や機構(軍隊・警察・教育制度)を備え、③実際に他の文化を自分の価値のもとに統一した文化を指す。この三条件がそろって初めて文明になる。したがって文明は文化より上等なのではなく、攻撃的な姿勢を持った文化である。この読み替えが、そのままヨーロッパ中心主義批判につながる。「文明の衝突」はハンチントンの語で、冷戦後の対立を文明の単位で捉える議論。
用例
-
文明とは、人の身を安楽にして心を高尚にするを云ふなり。衣食を饒にして人品を貴くするを云ふなり。福沢諭吉『文明論之概略』巻之一(1875)
身体を楽にし、心を高くする — 物質と精神の両面をそろえて文明と呼ぶ定義である。注目したいのは、福沢がこの直後に文明には終点が無いと書いていることだ。文明は状態ではなく進んでいく運動であり、だからこそ「今の西洋は最上の文明国」という当時の常識に対して、それも通過点にすぎないと釘を刺せた。ただしこの定義には、誰が「高尚」を決めるのかという問いが入っていない。安楽と高尚の中身を測る尺度が西洋の側にあるかぎり、この定義はそのまま75 の自文化中心主義に接続してしまう。
-
所謂帝国主義なるものは、愛国心を経とし、所謂軍国主義を緯として、以て織り成せる政策にあらずや。幸徳秋水『廿世紀之怪物帝国主義』(1901)
文明の名で行われていたことを、織物の縦糸と横糸に喩えて解剖した一節である。愛国心という感情が縦糸、軍事という装置が横糸。この二本がそろってはじめて一枚の布になる。原書のいう文明の三条件と、これは正確に重なる — 普遍化への意志(愛国心)、それを実行する制度と機構(軍隊)、そして実際の統一(植民地)。幸徳がこれを一九〇一年に書いたことが重い。当時、帝国主義は文明の証とされていた。同じ事態を、文明と呼ぶか帝国主義と呼ぶかで、評価が丸ごと反転する — 語の選択がそのまま立場の表明になる場面である。
- 文明とは、普遍化への意志と、それを実行する装置をあわせ持った文化である。
原書の入試文が示す定義で、この一文がこの章の要になる。①普遍化への意志を持ち、②実行する制度や機構(軍隊・警察・教育制度)を備え、③実際に他の文化を自分の価値のもとに統一した — この三条件がそろって文明になる。したがって文明は文化より上等なのではなく、攻撃的な姿勢を持った文化である。この読み替えが、そのままヨーロッパ中心主義批判につながる。
- ×古代マヤは高度な文明だったが、周囲は文化しか持たなかった。
文化を持たない集団は無い。73 の定義から出る帰結である。また、文明と文化は段階の差ではなく性質の差だ。「文化しか持たない」という言い方は、文明を上位に置く序列を前提にしている — その序列こそが原書の批判している当のものである。「文明の段階に達していない」という言い方も同じ。
派生形
- 文明的[0]ほぼ肯定的な評価語として使われるが、その肯定が何を基準にしているかは示されない。「文明的な解決」と言えば暴力によらないという意味になるが、暴力を制度に置き換えただけの場合もある。
- 文明化[0]「化」が過程を指す。他動詞的に使われることが多く、そこに支配の構図が入り込む。評論文でこの語を見たら、誰が誰を、という主語と目的語を必ず確かめる。
- 文明論[0]文明を単位として歴史や社会を論じる立場。福沢『文明論之概略』が日本での出発点である。大きな単位で語れる強みと、内部の差異が消える弱みを同時に持っている。
コロケーション
- 文明の衝突単位の置き換え冷戦後の対立を、国家でもイデオロギーでもなく文明という単位で捉える議論。ハンチントンの語である。注意したいのは、この枠組みが文明を内部で均質なかたまりとして扱う点だ。85 のエスニシティ、86 のクレオールが示すとおり、実際の集団はそこまで割り切れない。単位の取り方そのものが論点になる。
- 文明化押しつけの過程「化」が付いて過程を指す。誰かが誰かを文明化するという他動詞の構文をとりやすい。ここに非対称が現れている — 文明化される側が文明化する側になることはない。「文明化の使命」という言い方が植民地支配の正当化に使われたのは、この非対称を自然なものに見せられたからである。
- 文明と文化志向の違い文化は固有、文明は普遍を志向する。同じものの段階差ではなく、性質の違いである。この区別をドイツ語圏の議論から借りてきた点も押さえておきたい — 文明(ツィヴィリザツィオン)をフランス的な表層、文化(クルトゥーア)をドイツ的な深層とする対比が背景にある。区別そのものが、ある文化の産物だった。
- 物質文明片面の名指し技術と物質の面だけを指す言い方。「精神文化」と対にして使われることが多く、そこには物質の豊かさが精神の貧しさを招く、という価値判断が畳み込まれている。1-2 の 41 で見たテクノロジー批判と同じ場所にあるが、この対もまたどちらの文化が精神的かを競う争いに転じやすい。
格中書き言葉・会話の両方で使える。
類語と差
- 文化時代や地域に固有のもの普遍化を志向しない。文明はそれを志向し、他の文化を統一しようとする。
- 近代化制度と技術を西洋型に変える過程の名。文明はその結果として立ち現れた状態。
- 進歩よい方向へ進む価値判断を含む。文明は状態の記述だが、しばしば進歩と同一視されてきた。
- 帝国他を支配する政治体政治の形。文明は文化的価値による統治という側面を含む。
ENcivilisation
ZH文明(文明, wénmíng)
解説 ── 文化・文明
文化には、地域固有の生活様式や行動パターン、言語・精神性・思想・芸術などあらゆるものが包含されるが、文明は技術的・物質的な発展に対して用いられる。
また、ある時代に他の文化に対しても強い影響力をもつような人類的な規模の文化を、文明と呼ぶ論者もいる。近代に生まれた西洋文明を「文化」と言わず、「文明」と表現するのは、西洋の政治制度や経済制度・教育制度が世界全般に普及し、技術的・物質的な面において影響を与えたからである。
たとえば ── 文化・文明
文明とよばれるものは限られている。エジプト文明・イスラム文明・西洋文明など、世界史において非常に大きな影響力をもっていたものだけを文明とよぶ。
対立の軸
文化/文明 の軸 = 普遍化を志向するか
文化時代や地域に固有。他を統一しようとしない。
普遍化を志向するか
文明普遍化への意志と装置をもち、他文化を統一する。
文化が文明になるための三つの条件
入試文
ある一つの「文化」は「普遍化への意志」を持って、他の諸文化への攻撃的な姿勢を示したときに、「文明」となり得るのではないか。そして、そのことは、ヨーロッパの十八世紀に「文明」という概念が造られたときに、暗々裏にその概念のなかに込められた潜在的な前提ではなかったか。
もちろん、実は「普遍化」への意志だけがあっても「文化」は「文明」にはなれない。その意志を実行に移すだけの、社会的な制度や機構(そのなかには軍隊や警察のような、権力の施行を円滑にするための統治制度も、あるいは自らの文化的価値を布教し教化するための教育制度も、重要な一つの要素として含まれる)を備えていることが必要である。
言い換えれば、「文明」とは、一つの「文化」が、そうした普遍化への意志を持ち、その意志を実行に移すだけの装置を備え、そして事実、多くの異なった文化を、自分の文化的な価値のなかで統一する形で支配し統治したときに、その状態に対して付される術語ではないか。
出典 村上陽一郎「文明のなかの科学」 / 出題 立教大学・経済学部
読解のポイントある一つの「文化」
↓
- 普遍化への意志
- 社会的な制度や機構
↓
「文明」
要約文明とは、ある一つの文化が普遍化しようとして、そのための社会的な制度や機構を備え、多くの異なった文化を自分の文化的な価値のなかで統一した状態のことである。
語法の観察「〜ではないか」という問いかけの形で定義を提示する。断定を避けながら、三段構えで条件を積み上げていく。
Section 03
文化相対主義/文化人類学
76
文化相対主義
ぶんかそうたいしゅぎ[0]ぶんかそうたいしゅぎ平板型
語構成
文化精神活動の産物+相対比較で成り立つ+主義立場
定義
文化には絶対的な価値基準は存在しないとして、文化の多様性を認め、異文化を尊重する立場。
『現代文キーワード読解』1-1 ☑76
原書の解説
従来の学問には、自文化中心主義的な考え方があったが、二十世紀に入るとそれが反省されて文化相対主義が提唱されるようになった。
たとえば
病気の原因が、研究者の育った文化では〈ウイルス〉で、研究対象の文化では〈悪魔の呪い〉だったとしよう。この時研究者は、自分の理屈に合わないからといって、対象の文化を単純に非合理で間違ったものだと決めつけずに、対象の文化の考え方をそのまま認めて研究していく。これが文化相対主義の立場である。
使用の境界文化に優劣はなく、それぞれ固有の価値を持つとする立場。すべてを容認するという意味ではない。
用法☑26 相対の考え方を文化に適用した立場である。評論文では肯定的に紹介されることが多いが、批判も定型化している。優劣をつけないという原則を徹底すると、女性器切除や名誉殺人のような慣行も「その文化の価値」として容認せざるをえなくなる、という難点である。ここで☑1 普遍が呼び戻され、普遍的な人権と文化の固有性が衝突する。読解では、この立場が紹介されているだけか、批判の対象になっているかを見分ける。
用例
-
ダレイオスはギリシア人に問うた。「いくら金をもらえば、亡くなった父の遺体を食べるか」。彼らは、どれほど積まれても嫌だと答えた。次に、父の遺体を食べる慣わしを持つカラティアイ人に問うた。「いくら払えば、亡き父を火で焼くか」。彼らは叫び声をあげ、そのような不敬なことを言うなと言った。……慣習こそ万物の王である。ヘロドトス『歴史』第三巻(前五世紀)/訳は本教材
文化相対主義の原型がここにある。ダレイオスがしたのは議論ではない。二つの集団に同じ問いを向けて、同じ反応が返ってくることを見せたのである。どちらも相手のやり方を「ありえない」と感じている。この対称性が要点だ。一方が正しく他方が間違っているのではなく、両方が同じ強さで自分の慣習を絶対だと感じている。そのうえでヘロドトスはピンダロスの句を引いて締める — 慣習こそ王である。王は、その国の内側でのみ王である。境を越えれば効力を失う。75 の項で見た「各人は自分の慣習にないものを野蛮と呼ぶ」が、ここでは実験の形で示されている。
-
すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利について平等である。世界人権宣言 第一条(1948)/訳は本教材
こちらは文化を越えて通用する基準を立てた文である。「すべての」「生まれながらにして」— 1-1 の 1 で見た普遍の言い方そのものだ。例外を一つも認めない。ここで文化相対主義との衝突が起きる。文化に優劣をつけないという原則を徹底すると、人権を侵す慣行も「その文化の価値」として容認せざるをえなくなる。女性器切除、名誉殺人、児童婚。注意したいのは、この衝突に簡単な決着が無いことだ。普遍の側に立てば、「普遍」を定義したのは誰かという問いが返ってくる。相対の側に立てば、被害を受けている当人の声が「その文化」の名で消される。評論文がこの語を扱うときの緊張は、ほぼこの一点に集まっている。
- 文化相対主義は、すべてを容認するという意味ではない。
もっとも誤解されやすい点である。この立場が退けたのは唯一の尺度で優劣を測ることであって、判断そのものではない。1-1 の 26 で見たとおり、相対化は無効化ではない。尺度を一つに決めないまま、それでも何かを言えるかどうか — そこがこの立場の正念場になる。
- ×どの文化にも固有の価値があるのだから、外部から何を言っても文化相対主義に反する。
この形の主張は、「その文化」の中で誰が声を持っているかを問わない。慣行に苦しんでいる当人も、その文化の一員である。文化を一枚岩として扱った瞬間、内側の異議が消える。85 のエスニシティ、86 のクレオールがこの一枚岩の見方を崩そうとしているのは、そのためでもある。
派生形
- 文化相対的[0]形容の形。「文化相対的に見れば」で、唯一の尺度を外した見方を指す。「主義」を外すと立場の表明が弱まり、一時的に位置をずらす操作の名になる。
- 多文化主義[0]認識の態度ではなく政策。共存を制度として支える。同化を求めないという点で、75 の自文化中心主義の制度的な反対物にあたる。
- 相対主義[0]より広い立場で、文化相対主義はその文化への適用である。1-1 の 26 で見たとおり、相対主義は自己言及の難点を抱えている。文化に限定すると、その難点はいくらか和らぐ。
コロケーション
- 文化に優劣はない原則の言い方この立場の中心的な主張。優劣という尺度そのものを退けているのであって、「どれも同じくらい良い」と言っているのではない。ここを取り違えると、すべてを肯定する立場に見えてしまう。尺度を一つに決めないことと、何も判断しないことは別である。
- 文化相対主義の限界批判の定型評論文でこの語が出たら、批判が続くかどうかを見る。限界として挙げられるのはほぼ一点 — 人権との衝突である。1-1 の 1 の普遍がここで呼び戻され、章をまたいで一つの争点になる。紹介されているだけか、批判の対象になっているかの見分けが読解の要になる。
- 多文化主義制度としての形複数の文化の共存を政策として制度化する立場。文化相対主義が認識の態度であるのに対し、こちらは実際の制度設計である。認識から制度へ移ると、費用と配分の問題が生じる — 教育を何語で行うか、どの祝日を公休とするか。態度は無料だが、制度は有料である。
- 普遍主義との対立章をまたぐ争点どの文化にも共通する価値があるとする立場との衝突。人権をめぐる議論でこの対が争点になる。面白いのは、どちらの立場も相手を「西洋の産物だ」と批判できることだ。普遍的人権は西洋の発明だと言えるし、文化相対主義もまた西洋の人類学から出てきた。この循環から出る道は、まだ誰も示していない。
格硬・学術論文・評論でのみ使う。会話では不自然。
類語と差
- 自文化中心主義自文化を尺度にする正面の対立立場。文化相対主義はこれへの反省から生まれた。
- 多文化主義複数の文化の共存を制度化する政策の側。文化相対主義は認識の態度。
- 相対主義唯一の基準を認めないより広い立場。文化相対主義はその文化への適用。
- 普遍主義どの文化にも共通する価値があるとする対立立場。人権をめぐる議論でこの対が争点になる。
ENcultural relativism
ZH文化相对主义(文化相対主義, wénhuà xiāngduì zhǔyì)
77
文化人類学
ぶんかじんるいがく[0]ぶんかじんるいがく平板型
語構成
文化精神活動の産物+人類学人間を研究する学
定義
さまざまな文化を対象にして、各文化の特徴や、文化一般に共通する特徴を研究する学問。
『現代文キーワード読解』1-1 ☑77
原書の解説
文化人類学では、基本的に文化の差異や多様性を認めながら、現存する文化の機能や構造を、フィールドワーク(=実際に現地で行う調査)などの実証的な方法を用いて研究する。
たとえば
アフリカのある地域を調査して、その文化の家族制度を分析するなどといった研究が典型的。
使用の境界諸文化を比較して人間を理解しようとする学問。優劣を測らずに内側から記述する点が方法の核になる。
用法評論文では学問名としてよりも、視点の名前として現れる。「文化人類学的に見れば」は、自分たちの当たり前を一度外して、内側の論理から理解しようとする構えを指す。この視点が☑76 文化相対主義を支える方法になっている。もう一つの含意が自文化への跳ね返りで、他文化を研究することで自文化の特殊性が見えてくる。日本論・日本人論の多くはこの構図を借りている。
用例
-
民族誌家の最終的な目標は、要するに、原住民の視点、彼と生との関係を把握し、彼の世界についての彼のヴィジョンを理解することである。ブロニスワフ・マリノフスキー『西太平洋の遠洋航海者』序(1922)/訳は本教材
フィールドワークという方法を確立した宣言である。それまでの人類学は、旅行者や宣教師の報告を本国の書斎で読んで組み立てられていた。マリノフスキーは二年間、島に住んだ。注目したいのは目標の書き方である。「彼の世界についての彼のヴィジョン」 — 対象の説明ではなく、対象が世界をどう見ているかを見る。これは 1-1 の 9 で見た対象化とは逆向きの操作だ。切り離して観察の台に載せるのではなく、相手の眼の位置まで行こうとする。完全には行けない。それでも行こうとする構えが、76 の文化相対主義を思想から方法へ変えた。
-
武士道は、日本の象徴である桜花にまさるとも劣らぬ、日本の土壌に固有の花である。新渡戸稲造『武士道』第一章(1899・英文)/訳は本教材
日本人が、英語で、外国人に向けて自国の道徳を説明した書物の書き出しである。ここで起きているのが、原書のいう自文化への跳ね返りだ。外の言葉で説明しようとした瞬間、それまで自明だったものが説明を要するものに変わる。新渡戸は「日本には宗教教育が無い、ではどうやって道徳を教えるのか」とベルギー人に問われて答えに窮し、この本を書いたと述べている。問われるまで、自分がどこに立っているかは見えない。ただし危うさもある — 説明のために整えられた「武士道」は、説明される前のものと同じではない。65 の表象がここでも働いていて、描くことが対象を作りはじめる。
- 文化人類学的に見れば、その慣行は内側の論理から理解できる。
この語は評論文では学問名としてよりも視点の名前として現れる。自分たちの当たり前を一度外して、内側の論理から理解しようとする構えを指す。この視点が 76 の文化相対主義を支える方法になっている。思想として掲げるだけなら誰でもできるが、住み込んで記述するのは方法である。
- △自国の年中行事を調べたので、文化人類学の研究をした。
自国の民間伝承を対象にするなら「民俗学」である。文化人類学は他文化を扱う伝統から始まった。ただし現在は自文化も対象にするので、境目は薄れつつある。むしろ大切なのは方法のほうで、内側の論理から記述する構えを取っているかどうかがこの語を名乗れるかどうかを決める。
派生形
- 文化人類学的[0]評論文での実際の主役。学問そのものではなく、その視点を借りることを示す。「〜的に見れば」の形で、当たり前を一度外す合図として働く。
- 民族誌フィールドワークの成果として書かれる記述。エスノグラフィー。書く行為そのものが問題になるのがこの分野の特徴で、誰が誰について書く権利を持つのかという問いが84 へつながる。
- 民俗学[3]対象が自国である点で分かれる。日本では柳田国男が確立した。同音の「民族学」とは別で、こちらはヨーロッパでの文化人類学の呼び名にあたる。一字違いで対象が自か他かに分かれるので、書き取りでも問われる。
コロケーション
- フィールドワーク住み込んで見る現地に住み、その言語を学び、生活を共にして調べる方法。時間をかけることが方法の中身である。短期の観察では、見えたものを自分の枠で解釈してしまう。長く居ると、自分の枠が壊れる時間が確保される。方法としての滞在期間は、そのまま自文化を外す作業の時間でもある。
- 自文化への跳ね返り他を見て自を知る他文化を研究することで、自文化の特殊性が見えてくる。比べる相手ができてはじめて、自分の輪郭が現れる — 1-3 の 68 で見た差異の構造がここでも働いている。日本論・日本人論の多くはこの構図を借りているが、借りるだけで比較を経ていないものも多い。
- 参与観察中にいながら見る参加しつつ観察するという矛盾を抱えた方法の名。完全に参加すれば見る位置を失い、完全に観察すれば内側の論理に届かない。この二つの間で揺れ続けることが方法になっている点で、1-3 の 71 で見た両義性を職業として引き受けた形だと言える。
- 未開社会の研究出発点の負債この学問は植民地支配と同じ時期に同じ場所で育った。調査ができたのは、そこへ入れる力を本国が持っていたからでもある。76 を支える方法が、75 の産物の上に建っていた — この負債の自覚が、84 のオリエンタリズム批判以降のこの学問の主題になっている。
格硬・学術論文・評論でのみ使う。会話では不自然。
類語と差
- 民族学諸民族の文化を記述するヨーロッパでの呼び名。文化人類学はアメリカ系の呼称で、内容はほぼ重なる。
- 民俗学自国の民間伝承を研究する対象が自国。文化人類学は他文化を扱う伝統から始まった。
- 社会学近代社会の構造を研究する対象が近代社会。文化人類学は非西洋社会の研究から出発した。
- フィールドワーク現地に住み込んで調べる方法の名。文化人類学の中心的な手続き。
ENcultural anthropology
ZH文化人类学(文化人類学, wénhuà rénlèixué)
ヨーロッパと日本 ── 対比という見方
入試文
「文化人類学」による、これまでの、非西洋社会の豊富な研究の知見によれば、一見したところ「非合理的」あるいは「非論理的」にしか見えない「未開社会」の行為や慣習が、広い社会的・自然環境的な背景のなかでは、きわめて高い「合理性」をもっていたりする。
つまり、そのような広い背景のなかで、行為や慣習といった「現象」を理解しなければならない、ということがわかってきた。そのような視点を「文化相対主義」(cultural relativism)的な見かた、と呼んでいる。
*エスノセントリックな見かたを自戒して、文化相対主義的な見かたで異文化を見よう、というのがまず基本的な姿勢として考えられてきた。
\*エスノセントリック――自文化中心主義的。
出典 住原則也の文章 / 出題 甲南大学・文学部・経営学部
読解のポイント文化相対主義的な見かた
「未開社会」の行為や慣習
← 広い社会的・自然環境的な背景
→ きわめて高い合理性
要約文化人類学によって、未開社会の行為や慣習に合理性が発見され、文化相対主義的な見かたで異文化を理解しなければならない、ということがわかってきた。
語法の観察他文化の記述を通じて自文化を照らし返す構成。他者について語りながら、実は自分について語っている。