原書の導入
そもそも文化とは何か
物の見方は「文化」に規定されている
「文化」というものを考えるにあたって、まず、我々は文化によって物の見方を規定されている、ということを押さえよう。我々は物事をあるがままに見ているつもりでも、実際には文化という色眼鏡(フィルター)を通して見ている。したがって、自分がどのような文化のもとで育ってきたかを知ることで、自分の物の見方を自覚し、また、世界の異なる文化を学ぶことで、多様な物の見方を身につけることができるのである。
なお、文化のあり方に大きな影響を与えるものとしては、地理的・時代的条件や民族的条件とともに、宗教も見逃すことはできない。キリスト教文化・儒教文化などというように、宗教と文化とを結合して言う場合もある。文化を宗教の側からとらえることも重要なのである。
「文化」と「文明」
文化について論じた文章は具体例も多く、これまでの人生で経験的に感じている内容も含まれるため、得意だと思っている人もいるかもしれない。
ところが、「そもそも文化とは何か」と聞かれたらとまどうのではないか。たとえば「文化」と「文明」とはどう違うのか、という問いに答えられる人は少ないだろう。
明治期の日本は近代化を目指して、西洋文明を取り込んだ。この場合に西洋「文化」とは言わず西洋「文明」と言うことが多いのは、「文明」という言葉が、世界に普遍的な影響力をもつ特別な文化を意味するからだ。西洋の民主主義や近代科学・教育制度が世界の多くの国に受け入れられる力をもっていたために、文明とよばれるのである。
一方、「文化」という表現はその時代や集団に特有なものを指す時に使われる。たとえば日本の文化は外国に対して普遍的な影響力を及ぼさなかった。そのため、日本文明という言い方は普通用いられない。
つまり、「文明」は、その国だけでなく同時代の他国にも大きな影響力をもっているが、「文化」は、特定の地域や集団内で影響をもったもののことを指す。
ヨーロッパと日本
日本文化の特徴について、入試でこれまでよく出題された日本文化論をまとめておく。
第一は、西洋の社会が自分たちの権利を守るために個人が集まって作ったもの(市民社会)であるのに対して、日本の場合は、個人よりも身内などの集団の方を重要視する社会(世間)だとするものである。ここから、西洋=「罪の文化」、日本=「恥の文化」という対比も可能となる。
第二は、西洋では物事を理知的にとらえてきたのに対し、日本では感性的にとらえてきたとするものである。たとえば、川の流れを見て、流れの速さを知ろうとするのが西洋的な考え方だが、日本人は川の流れを人生の流れとして受け止め、感情移入してきた。
このように、日本では繊細な感受性は育ったが、科学的精神は育たなかったとされる。あるいは、庭園を比較してみても、西洋には人為的・人工的な工夫がほどこされた幾何学的なデザインの庭園が多いのに対して、日本の庭園は曲がった松の樹木にも美を認める。日本の文化は自然の景色を手本とし、あるがままの自然を尊重しようとするものなのだ。
こういったところからも、西洋と日本との違いがわかるだろう。
ヨーロッパ中心主義から文化相対主義へ
さらに、それぞれの「文化」の多様性を認めようという趣旨の文章も多く出題される。「文化」の多様性を認める立場を「文化相対主義」と言う。
二十世紀に生まれた文化人類学は、アフリカや南米など、それまで西洋の進んだ文明に対して「未開」とされてきた世界に足を踏み込み、西洋以外の地域の中に、それぞれ固有の文化が存在していることを明らかにした。これによって、それまで西洋を中心としていた文化の見方を「相対主義的」にとらえるようになってきたのだ。
また、西洋を、進歩的で合理的なイメージとしてとらえ、それとは反対に、東洋を神秘的で発展途上で、非合理的なイメージとしてとらえようとしてきた西洋人の世界観が、「オリエンタリズム」というキーワードによって批判されている。
さらに、一つの国をとってみても、一つの国の中に多様な文化の存在を認めようとする「多文化主義」ということが重視されるようになった。それまでは、一つの国家は一つの民族によってつくられるという考えがあったため、一つの国家に多数の文化が存在していることは認められてこなかった。それが変化してきたのである。
普遍的で画一的な西洋文明だけをモノサシとすることを反省し、それぞれが特殊で個別的なものである文化の多様性を見直す動きへと移行している。
Section 01
文化/文明
73
文化
ぶんか[1]ぶんか頭高型
定義
人間の精神活動によって生み出されたもの。普遍的な文明に対して、「時代や地域に固有」というニュアンスで用いられる。
『現代文キーワード読解』1-1 ☑73
使用の境界人間の精神活動が生み出したもの。時代や地域に固有である点が要点で、優劣を測る尺度ではない。
用法評論文の中核は「我々は文化によって物の見方を規定されている」という主張である。文化は所有物ではなく、世界を見るための色眼鏡だという捉え方。したがって「文化を持つ/持たない」という言い方は成り立たず、どの集団にも文化がある。この前提が☑76 文化相対主義を支える。日常語の「文化的な生活」(=便利で快適)は物質面を指すので、評論の用法とは逆向きになりやすい。読解では、優劣を含意しているかどうかを見る。
用例
- 我々は文化という色眼鏡を通して物を見ている。文化は所有物ではなく認識の枠。この章の出発点。
- 宗教は文化のあり方に大きな影響を与える。キリスト教文化・儒教文化のように結合して言う。
- △文化的な生活を送る。日常語の用法で、便利さ・快適さを指す。評論の「文化」とは層が違う。
派生形
- 文化的[0]
- 文化圏[3]
- 異文化[2]
類語と差
- 文明普遍化する力をもった文化広がりの有無で分かれる。文化は固有、文明は普遍を志向する。同じものの段階差ではなく、性質の違い。
- 伝統受け継がれてきたもの時間の縦軸。文化は同時代の広がりも含む。
- 習俗土地に根づいた慣わし民俗学の語。生活の細部を指し、思想や芸術は含まない。
- 教養身につけた知識や品位個人に属する。日本語の「文化」は集団に属する。
ENculture
ZH文化(文化, wénhuà)
74
文明
ぶんめい[0]ぶんめい平板型
定義
技術や物質面で普遍的な影響力をもつ文化のこと。
『現代文キーワード読解』1-1 ☑74
使用の境界普遍化への意志と、それを実行する装置をあわせ持った文化。技術的・物質的な影響力を伴う。
用法原書の入試文が示す定義が精密である。文明とは、①普遍化への意志を持ち、②それを実行する制度や機構(軍隊・警察・教育制度)を備え、③実際に他の文化を自分の価値のもとに統一した文化を指す。この三条件がそろって初めて文明になる。したがって文明は文化より上等なのではなく、攻撃的な姿勢を持った文化である。この読み替えが、そのままヨーロッパ中心主義批判につながる。「文明の衝突」はハンチントンの語で、冷戦後の対立を文明の単位で捉える議論。
用例
- 文明とは、普遍化への意志を持った文化のことである。上下ではなく志向の違い。原書の入試文の中心。
- その意志を実行に移すだけの装置を備えていることが必要である。軍隊・警察・教育制度。制度なしに文明にはならない。
- エジプト文明・イスラム文明・西洋文明。世界史的な影響力を持ったものだけが文明と呼ばれる。
派生形
- 文明的[0]
- 文明化[0]
- 文明論[0]
類語と差
- 文化時代や地域に固有のもの普遍化を志向しない。文明はそれを志向し、他の文化を統一しようとする。
- 近代化制度と技術を西洋型に変える過程の名。文明はその結果として立ち現れた状態。
- 進歩よい方向へ進む価値判断を含む。文明は状態の記述だが、しばしば進歩と同一視されてきた。
- 帝国他を支配する政治体政治の形。文明は文化的価値による統治という側面を含む。
ENcivilisation
ZH文明(文明, wénmíng)
解説 ── 文化・文明
文化には、地域固有の生活様式や行動パターン、言語・精神性・思想・芸術などあらゆるものが包含されるが、文明は技術的・物質的な発展に対して用いられる。
また、ある時代に他の文化に対しても強い影響力をもつような人類的な規模の文化を、文明と呼ぶ論者もいる。近代に生まれた西洋文明を「文化」と言わず、「文明」と表現するのは、西洋の政治制度や経済制度・教育制度が世界全般に普及し、技術的・物質的な面において影響を与えたからである。
たとえば ── 文化・文明
文明とよばれるものは限られている。エジプト文明・イスラム文明・西洋文明など、世界史において非常に大きな影響力をもっていたものだけを文明とよぶ。
対立の軸
文化/文明 の軸 = 普遍化を志向するか
文化時代や地域に固有。他を統一しようとしない。
普遍化を志向するか
文明普遍化への意志と装置をもち、他文化を統一する。
文化が文明になるための三つの条件
入試文
ある一つの「文化」は「普遍化への意志」を持って、他の諸文化への攻撃的な姿勢を示したときに、「文明」となり得るのではないか。そして、そのことは、ヨーロッパの十八世紀に「文明」という概念が造られたときに、暗々裏にその概念のなかに込められた潜在的な前提ではなかったか。
もちろん、実は「普遍化」への意志だけがあっても「文化」は「文明」にはなれない。その意志を実行に移すだけの、社会的な制度や機構(そのなかには軍隊や警察のような、権力の施行を円滑にするための統治制度も、あるいは自らの文化的価値を布教し教化するための教育制度も、重要な一つの要素として含まれる)を備えていることが必要である。
言い換えれば、「文明」とは、一つの「文化」が、そうした普遍化への意志を持ち、その意志を実行に移すだけの装置を備え、そして事実、多くの異なった文化を、自分の文化的な価値のなかで統一する形で支配し統治したときに、その状態に対して付される術語ではないか。
出典 村上陽一郎「文明のなかの科学」 / 出題 立教大学・経済学部
読解のポイントある一つの「文化」
↓
- 普遍化への意志
- 社会的な制度や機構
↓
「文明」
要約文明とは、ある一つの文化が普遍化しようとして、そのための社会的な制度や機構を備え、多くの異なった文化を自分の文化的な価値のなかで統一した状態のことである。
語法の観察「〜ではないか」という問いかけの形で定義を提示する。断定を避けながら、三段構えで条件を積み上げていく。
Section 03
文化相対主義/文化人類学
76
文化相対主義
ぶんかそうたいしゅぎ[0]ぶんかそうたいしゅぎ平板型
語構成
文化精神活動の産物+相対比較で成り立つ+主義立場
定義
文化には絶対的な価値基準は存在しないとして、文化の多様性を認め、異文化を尊重する立場。
『現代文キーワード読解』1-1 ☑76
原書の解説
従来の学問には、自文化中心主義的な考え方があったが、二十世紀に入るとそれが反省されて文化相対主義が提唱されるようになった。
たとえば
病気の原因が、研究者の育った文化では〈ウイルス〉で、研究対象の文化では〈悪魔の呪い〉だったとしよう。この時研究者は、自分の理屈に合わないからといって、対象の文化を単純に非合理で間違ったものだと決めつけずに、対象の文化の考え方をそのまま認めて研究していく。これが文化相対主義の立場である。
使用の境界文化に優劣はなく、それぞれ固有の価値を持つとする立場。すべてを容認するという意味ではない。
用法☑26 相対の考え方を文化に適用した立場である。評論文では肯定的に紹介されることが多いが、批判も定型化している。優劣をつけないという原則を徹底すると、女性器切除や名誉殺人のような慣行も「その文化の価値」として容認せざるをえなくなる、という難点である。ここで☑1 普遍が呼び戻され、普遍的な人権と文化の固有性が衝突する。読解では、この立場が紹介されているだけか、批判の対象になっているかを見分ける。
用例
- 文化に優劣はなく、多様性を認めるのが文化相対主義である。ヨーロッパ中心主義への反省から生まれた。
- 文化相対主義を徹底すれば、人権の普遍性は主張できなくなる。定型化した批判。☑1 普遍と衝突する。
- 未開社会という呼び方自体が、すでに尺度を含んでいる。相対主義の視点から見た批判。
類語と差
- 自文化中心主義自文化を尺度にする正面の対立立場。文化相対主義はこれへの反省から生まれた。
- 多文化主義複数の文化の共存を制度化する政策の側。文化相対主義は認識の態度。
- 相対主義唯一の基準を認めないより広い立場。文化相対主義はその文化への適用。
- 普遍主義どの文化にも共通する価値があるとする対立立場。人権をめぐる議論でこの対が争点になる。
ENcultural relativism
ZH文化相对主义(文化相対主義, wénhuà xiāngduì zhǔyì)
77
文化人類学
ぶんかじんるいがく[0]ぶんかじんるいがく平板型
語構成
文化精神活動の産物+人類学人間を研究する学
定義
さまざまな文化を対象にして、各文化の特徴や、文化一般に共通する特徴を研究する学問。
『現代文キーワード読解』1-1 ☑77
原書の解説
文化人類学では、基本的に文化の差異や多様性を認めながら、現存する文化の機能や構造を、フィールドワーク(=実際に現地で行う調査)などの実証的な方法を用いて研究する。
たとえば
アフリカのある地域を調査して、その文化の家族制度を分析するなどといった研究が典型的。
使用の境界諸文化を比較して人間を理解しようとする学問。優劣を測らずに内側から記述する点が方法の核になる。
用法評論文では学問名としてよりも、視点の名前として現れる。「文化人類学的に見れば」は、自分たちの当たり前を一度外して、内側の論理から理解しようとする構えを指す。この視点が☑76 文化相対主義を支える方法になっている。もう一つの含意が自文化への跳ね返りで、他文化を研究することで自文化の特殊性が見えてくる。日本論・日本人論の多くはこの構図を借りている。
用例
- 文化人類学は、他の文化を内側の論理から理解しようとする。優劣を測らずに記述する。相対主義の方法的な裏づけ。
- 他文化の研究は、自文化の特殊性を照らし返す。跳ね返りの構図。日本人論が借りている枠組み。
- フィールドワークによって現地の意味世界を記述する。方法の中心。文献研究ではない。
類語と差
- 民族学諸民族の文化を記述するヨーロッパでの呼び名。文化人類学はアメリカ系の呼称で、内容はほぼ重なる。
- 民俗学自国の民間伝承を研究する対象が自国。文化人類学は他文化を扱う伝統から始まった。
- 社会学近代社会の構造を研究する対象が近代社会。文化人類学は非西洋社会の研究から出発した。
- フィールドワーク現地に住み込んで調べる方法の名。文化人類学の中心的な手続き。
ENcultural anthropology
ZH文化人类学(文化人類学, wénhuà rénlèixué)
ヨーロッパと日本 ── 対比という見方
入試文
「文化人類学」による、これまでの、非西洋社会の豊富な研究の知見によれば、一見したところ「非合理的」あるいは「非論理的」にしか見えない「未開社会」の行為や慣習が、広い社会的・自然環境的な背景のなかでは、きわめて高い「合理性」をもっていたりする。
つまり、そのような広い背景のなかで、行為や慣習といった「現象」を理解しなければならない、ということがわかってきた。そのような視点を「文化相対主義」(cultural relativism)的な見かた、と呼んでいる。
*エスノセントリックな見かたを自戒して、文化相対主義的な見かたで異文化を見よう、というのがまず基本的な姿勢として考えられてきた。
\*エスノセントリック――自文化中心主義的。
出典 住原則也の文章 / 出題 甲南大学・文学部・経営学部
読解のポイント文化相対主義的な見かた
「未開社会」の行為や慣習
← 広い社会的・自然環境的な背景
→ きわめて高い合理性
要約文化人類学によって、未開社会の行為や慣習に合理性が発見され、文化相対主義的な見かたで異文化を理解しなければならない、ということがわかってきた。
語法の観察他文化の記述を通じて自文化を照らし返す構成。他者について語りながら、実は自分について語っている。