Note 03 — 第だい1話いちわ

『チ。』第だい1話いちわの研究けんきゅうノート [ 動うごいているのは、どちらか ]

第だい1話いちわは「正ただしい説せつが弾圧だんあつされた話はなし」ではなく、まだ正ただしさを証明しょうめいできない説せつに、人ひとが何なにを賭かけられるかという話はなしである。天動説てんどうせつが合理的ごうりてきで、神学しんがくが知ちの女王じょおうだった世界せかいでこそ、境界きょうかいの外そとへ出でることは本当ほんとうの重おもさを持もつ。

全ぜん 25 節せつ図版ずはん 32出典しゅってん 0初出しょしゅつ 2026-08-13更新こうしん 2026-08-15
変わらない星空と、変わる観測者 長時間露光の星の軌跡。円の中心は天の北極で、回っているのは空ではなく足元の地球である。丘と観測者の影が手前に重なる。

硬貨こうかをささげれば パンを得とくられる

税ぜいをささげれば 権利けんりを得とくられる

労働ろうどうをささげれば 報酬ほうしゅうを得とくられる

なら一体いったい 何なにをささげれば
この世よの全すべてを知しれる?

第だい1話いちわ 冒頭ぼうとうナレーション ── 00:04

その夜よるも、星ほしは昨日きのうと同おなじ場所ばしょで光ひかっていた。

千せん年前ねんまえも、そうだった。羊飼ひつじかいが見上みあげ、航海こうかい者しゃが見上みあげ、囚とらわれた者ものが独房どくぼうの小窓こまどから見上みあげた、同おなじ星ほしである。星ほしは何なにも変かわらない。変かわるのは、いつも、見上みあげる者ものの目めのほうだ。

これは、十五じゅうご世紀せいきのある国くにで、ひとりの少年しょうねんがその目めを手てに入いれてしまう話はなしである。

正確せいかくに言いえば——手てに入いれた、のではない。渡わたされたのだ。二に度目どめに捕つかまれば火ひにくべられる男おとこから。自分じぶんの目めではもう星ほしを追おえなくなった男おとこから。まるで、消きえかけの火ひが、燃もえ移うつる先さきを探さがすように。

彼かれらの仮説かせつには、まだ証拠しょうこがなかった。証拠しょうこが観測かんそくされる日ひは、四百年よんひゃくねんも先さきにある。それでも男おとこは言いった。動うごいているのは星ほしではない、と。

「『地動説ちどうせつ』、とでも呼よぼうか」——第だい1話いちわの題名だいめいは、名付なづけの瞬間しゅんかんそのものである。名なを持もたなかった考かんがえが名なを持もつとき、それは初はじめて、人ひとから人ひとへ手渡てわたせるものになる。そして手渡てわたせるものは、燃もやせるものでもある。

この研究けんきゅうノートは、その一瞬いっしゅんの重おもさを測はかるための、二十章にじっしょうの試こころみである。

星図目次 ── 二十章 上下二本の星の連なり。番号の星を選ぶと該当の章へ跳ぶ。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
油彩の口絵。星降る夜、丘の上で、星を見上げる金髪の少年と、フードを目深に被った男が向かい合っている。

口絵くちえ ── 星ほしの下したの問答もんどう。すべては、この夜よるの「美うつくしいか?」から始はじまった

凡例はんれい

読よみ方かた ── 四よっつの層そうを混まぜない

Layer A–D 分析フレーム 四層の帯。各層の色が、本文のバッジの色と対応する。 A 作品世界 C 史実 B 作品が用いる歴史イメージ D 現代からの評価 考察の順番 AB CD 四つの層を混ぜないこと。それがこのノート全体の作法である
図ず 01四よっつの層そうを混まぜないことが、この分析ぶんせき全体ぜんたいの作法さほうである。

本文ほんぶんの主張しゅちょうにはA作品さくひん世界せかい・B歴史れきしイメージ・C史実しじつ・D現代げんだい評価ひょうか の層そうの札ふだと、定説ていせつ有力ゆうりょく説せつ議論ぎろんあり俗説ぞくせつの確度かくどの札ふだが付つく。難度なんどは基礎きそ発展はってん大学院だいがくいんの三さん段だんで、下したの帯おびからいつでも絞しぼれる。

各章かくしょうの扉とびらには、第だい1話いちわ本編ほんぺんの台詞せりふを一いち枚まいずつ札ふだにして掲かかげた(✦ の函ばこ)。時刻じこくは本編ほんぺんの経過けいか時間じかん、引用いんようは台詞せりふの書かき起おこしに拠より、言いい淀よどみを省はぶいたほかは一いち字じも変かえていない。本文ほんぶんが検証けんしょうで、札ふだが現場げんばである ── 往復おうふくしながら読よんでほしい。

読よみ方かたの例れい ── C史実しじつ「プトレマイオス体系たいけいと太陽たいよう中心ちゅうしん体系たいけいは、幾何学きかがく的てきに相互そうご変換へんかんできる」定説ていせつ ── 文頭ぶんとうの札ふだがどの層そうの話はなしかを、文末ぶんまつの札ふだがどれくらい確たしかかを示しめす。

語学ごがくの手引てびき ── 本文ほんぶんの学術がくじゅつ語ごと固有名こゆうめいには種類しゅるいごとの下線かせんを引ひいた。天文てんもんの語ごは金かね、哲学てつがく・思想しそうの語ごは青あお、宗教しゅうきょう・制度せいどの語ごは緋ひ、人物じんぶつ・学派がくは・地名ちめいは藤ふじ、書物しょもつは青緑あおみどり。頁ページで最初さいしょに現あらわれた場所ばしょには(中文ちゅうぶん/English)を添そえ、巻末かんまつの附ふに一覧表いちらんひょうを置おいた。人物じんぶつと書物しょもつの名なは何度なんども出でるため、印しるしは初出しょしゅつだけに留とめてある。

補遺ほい・世よ

その世界せかいに立たつ ── 十五じゅうご世紀せいきの「あたりまえ」

この物語ものがたりを読よむ私わたしたちは、答こたえを知しっている。地球ちきゅうは回まわる。だからこそ、いちばん大事だいじなことを見落みおとしやすい ── この世界せかいの住人じゅうにんは、愚おろかだから天動説てんどうせつ(地心说/geocentrism)を信しんじていたのではない。別べつの合理ごうりの中なかに、正ただしく住すんでいたのである。

没入ぼつにゅうの第だい一歩いっぽは、彼かれらの「あたりまえ」を身みに着つけることだ。時刻じこくは教会きょうかいの鐘かねが知しらせ、夜よるは本当ほんとうに暗くらく、書物しょもつは家財かざいであり、信仰しんこうは選択せんたくではなく空気くうきである。以下いかの対比たいひは、現代げんだいの読者どくしゃが無意識むいしきに持もち込こむ前提ぜんていを、ひとつずつ預あずけてもらうための手続てつづきである。

現代げんだいのあたりまえ十五じゅうご世紀せいきのあたりまえその背景はいけい
地球ちきゅうは動うごく ── 小学校しょうがっこうで習ならう常識じょうしき大地だいちの不動ふどうこそ常識じょうしきであり、学問的がくもんてき定説ていせつアリストテレス(亚里士多德/Aristotle)物理学ぶつりがくと日常にちじょう経験けいけん(跳とんでも同おなじ場所ばしょに落おちる)が支ささえ合あう、頑丈がんじょうな世界像せかいぞう
時刻じこくは分ぶん単位たんい。時計とけいは手ての中なかに時ときは教会きょうかいの鐘かねが知しらせる。等分とうぶんの一時間いちじかんは、まだ暮くらしに届とどいていない機械きかい時計とけい(机械钟/mechanical clock)は14世紀じゅうよんせいきから塔とうに載のり始はじめたばかり。昼ひると夜よるで長ながさの違ちがう「不定時法ふていじほう(不定时法/unequal hours)」の感覚かんかくが残のこる
夜よるは明あかるい。星ほしは数かぞえるほど夜よるは本当ほんとうに暗くらい。天あまの川がわが地面じめんに淡あわい影かげを落おとす人工光じんこうこうのない夜空よぞらでは肉眼にくがんで数千すうせんの星ほしが見みえる。星ほしは装飾そうしょくではなく、暦こよみであり時計とけいであり方位ほういだった
情報じょうほうはただ。検索けんさくすれば届とどく書物しょもつは写本しゃほん(抄本/manuscript) ── 一冊いっさつが家財かざいに相当そうとうする羊皮紙ようひし(羊皮纸/parchment)は仔牛こうしや羊ひつじの皮かわ。一冊いっさつに数十すうじゅう頭分とうぶんと数すうか月げつの筆写ひっしゃ。学生がくせいは教科書きょうかしょを「借かりて写うつす」
12歳じゅうにさいは子供こども。保護ほごの対象たいしょう12歳じゅうにさいの大学だいがく進学しんがくは例外的れいがいてきだが、制度せいどの外そとではない中世ちゅうせいの大学だいがくは14歳じゅうよんさい前後ぜんごの入学にゅうがくが珍めずらしくない。作中さくちゅうで驚おどろかれつつ祝福しゅくふくされるのは、この感覚かんかく
宗教しゅうきょうは個人こじんの選択せんたく信仰しんこうは空気くうき。無神論むしんろんという選択肢せんたくしが語彙ごいとして事実上じじつじょうない洗礼せんれいから埋葬まいそうまで、人生じんせいの節目ふしめはすべて教会きょうかいを通とおる。疑うたがいは「選択せんたく」ではなく「病やまい」として扱あつかわれた
学問がくもんは職業しょくぎょうへの道みち学問がくもんは教会きょうかいへの道みち。読よみ書かきはラテン語ご(拉丁语/Latin)と一体いったい自由じゆう学芸がくげい(文法ぶんぽう・論理ろんり・修辞しゅうじ+算術さんじゅつ〔算术/arithmetic〕・幾何きか・音楽おんがく・天文てんもん)の上うえに神学しんがく(神学/theology)・法学ほうがく・医学いがくが載のる。天文学てんもんがく(天文学/astronomy)は「上うえの学問がくもん」への階段かいだんだった
二つの夜 ── 私たちが失った空 同じ空が、地上の光の量で全く別の顔になる。 現代の夜 十五世紀の夜 見える星 ── 数十 見える星 ── 数千。天の川が影を落とす 同じ空である。違うのは、地上の光の量だけ 星は暦であり、時計であり、方位だった ── 生活の道具である空に、あの二人は別の意味を見ようとした 彼らの夜の暗さを想像できたとき、星に人生を賭ける人々が、初めて他人でなくなる
図ず 02二ふたつの夜よる。私わたしたちは、星ほしをほとんど見みずに暮くらす最初さいしょの世代せだいである ── 没入ぼつにゅうの第一だいいち歩ほは、彼かれらの夜よるの暗くらさを取とり戻もどすことから始はじまる。

この足場あしばに立たって、もう一度いちど第だい1章いっしょうから読よみ直なおすと、風景ふうけいが変かわる。ラファウ(拉法乌/Rafal)の処世しょせいは身分みぶん社会しゃかいでの最適解さいてきかいであり、ポトツキ(波托茨基/Potocki)の「天文てんもんはやめろ」は保護者ほごしゃの合理ごうりであり、夜よるの丘おかの観測かんそくは ── 現代げんだいのプラネタリウムの何なに倍ばいも切実せつじつな、世界せかいそのものとの対面たいめんである。

この節せつと巻末かんまつの「開ひらかれた問とい」は、本編ほんぺんが語かたらずに済すませた前提ぜんていを外側そとがわから補おぎなうための一節いっせつである。記述きじゅつは第だい1話いちわ終了しゅうりょう時点じてんで明あきらかになっている範囲はんいに限かぎり、確度かくどの考かんがえ方かたは本文ほんぶんと同おなじ作法さほうに従したがう。

Ⅰ

第だい1章いっしょう 第だい1話いちわで何なにが起おきたか

03:03|異端いたん者しゃとされた学者がくしゃ

お前まえらごときに 真理しんりは支配しはいできない

名なも明あかされない学者がくしゃが、爪つめを剥はがされながら放はなつこの一言ひとことが、第だい1話いちわの全部ぜんぶを予告よこくしている。拷問ごうもんは肉体にくたいを屈服くっぷくさせられるが、命題めいだいの真偽しんぎには指ゆび一本いっぽん触ふれられない。真理しんりは権力けんりょくの管轄かんかつの外そとにある ── 物語ものがたりは、この宣言せんげんから始はじまる。

結論けつろん:飛とび級きゅうで大学だいがく進学しんがくを控ひかえた神童しんどうラファウが、異端いたん(异端/heresy)の元もと学者がくしゃフベルト(胡贝尔特/Hubert)と出会であい、「地球ちきゅうが動うごく」という仮説かせつを聞きかされる——第だい1話いちわはこの一点いってんに向むかって組くみ立たてられている。

A作品さくひん世界せかい確定かくてい事項じこう(第だい1話いちわ):

  • 舞台ぶたいは15世紀じゅうごせいきのヨーロッパ某国ぼうこく。飛とび級きゅうで大学だいがく進学しんがくを認みとめられた神童しんどうラファウは、周囲しゅういの期待きたいに応こたえ、当時とうじ最もっとも重要じゅうようとされた神学しんがくの専攻せんこうを宣言せんげんする。ただし彼かれは以前いぜんから天文てんもんに熱心ねっしんに打うち込こんでおり、その情熱じょうねつを捨すてられずにいる。
  • ラファウは義父ぎふポトツキに頼たのまれ、異端いたん思想しそうにより拷問ごうもん(拷问/torture)・投獄とうごくされていた元もと学者がくしゃフベルトを迎むかえに行いく。
  • フベルトは初対面しょたいめんのラファウに愛想あいそを求もとめない態度たいどを取とり、ラファウの蝋板ろうばん(蜡板/wax tablet)の観測かんそく記録きろく(观测记录/observational records)に目めを留とめて評価ひょうかする。フベルトは改心かいしんしておらず、研究けんきゅうを続つづけるために偽いつわって出所しゅっしょしたことを明あかし、視力しりょくが弱よわった自分じぶんの代かわりに観測かんそくをするようラファウに強要きょうようする。異端いたん者ものは二に度ど捕つかまれば即刻そっこく死刑しけいであることも語かたられる。
  • フベルトはラファウを優すぐれた観測かんそく地ちへ連つれて行いく。ラファウは星空ほしぞらに感動かんどうする。そこでフベルトは「動うごいているのは星ほしではなく地球ちきゅうだ」とする自みずからの仮説かせつを語かたり、これを「『地動説ちどうせつ(日心说/heliocentrism)』、とでも呼よぼうか」と名付なづける。
  • ラファウはこの説せつの矛盾むじゅんを指摘してきし、命いのちを賭としてまで研究けんきゅうすることではないと言いう。しかしフベルトにとっては、命いのちを賭かけるに足たる意味いみがあるように描えがかれる。フベルトの動機どうきは「神かみが作つくったものはすべて美うつくしい」という確信かくしんと結むすび付つけられている。

境界きょうかい注意ちゅうい(要よう映像えいぞう確認かくにん):第だい1話いちわと第だい2話にわはテレビ初回しょかいで連続れんぞく放送ほうそうされたため、多おおくの要約ようやくが両りょう話はなしを混合こんごうしている。「帰かえり道みちに足あしを滑すべらせ、山やまが動うごいたのではなく自分じぶんが動うごいたのだと気きづく」相対そうたい運動うんどうの洞察どうさつシーン、ノヴァク(诺瓦克/Nowak)の来訪らいほう、フベルトの処刑しょけいとペンダントの託たくしは、公式こうしき各話かくわあらすじ上じょうは第だい2話にわ以降いこうに属ぞくする可能性かのうせいが高たかい。本ほんノートは第だい1話いちわ終了しゅうりょう時点じてん=「地動説ちどうせつの命名めいめいまで」を分析ぶんせき範囲はんいとし、上記じょうきのシーンには依拠いきょしない。

第1話の構造 ── 命名までの六歩 六つの節目がひとつの線に並び、最後の一点で仮説が名を得る。 神童ラファウ 義父ポトツキの頼み 元学者フベルトを 観測の強要 優れた観測地へ 「地動説」、 神学専攻を宣言 迎えに行く役目 迎えに ── 拷問・投獄の後 二度捕まれば即刻死刑 星空に感動する とでも呼ぼうか 05:2808:18 12:1815:34 17:4223:24 Layer A ── 第1話の確定事項だけを並べた 名を持たなかった考えが名を持つ ── 手渡せるものになる瞬間で、第1話は閉じる フベルトは改心しておらず、視力が弱った自分の代わりの観測者を求めていた
図ず 03第だい1話いちわはこの一点いってん ── 命名めいめい ── に向むかって組くみ立たてられている。
何をささげれば ── 冒頭の交換の階段 四段の階段。三段までは相場のある交換、最後の一段だけ代価が空欄のまま星に届く。 00:04〜00:27 ── 冒頭のナレーション 硬貨 税 労働 パン 権利 報酬 ? この世の全て 三つの交換には相場がある。四つ目の代価だけが、示されない
図ず 04交換こうかんの階段かいだん。硬貨こうか・税ぜい・労働ろうどうには相場そうばがあり、四よっつ目めの代価だいかだけが空欄くうらんのまま置おかれる ── 第だい1話いちわは、この空欄くうらんに入はいるものを探さがしにいく物語ものがたりである。

名なを持もった考かんがえは、手渡てわたせるものになる。そして手渡てわたせるものは、燃もやせるものでもある。

起おきたことを並ならべ終おえると、奇妙きみょうなことに気きづく。この話はなしには、まだ天文学てんもんがくがほとんど出でてこない。出でてくるのは、賢かしこい少年しょうねんと、壊こわれかけた学者がくしゃと、名付なづけられたばかりの仮説かせつだけだ。ならば第だい1話いちわが本当ほんとうに差さし出だしているものは、知識ちしきではなく——問といである。

Ⅱ

第だい2章にしょう この話はなしで提示ていじされた問とい

20:13|フベルト

では この真理しんりは美うつくしいか?
この宇宙うちゅうは美うつくしいか?

観測かんそくの夜よる、フベルトはラファウの答こたえに事実じじつの誤あやまりを一ひとつも指摘してきしない。問とうたのは真偽しんぎではなく、美醜びしゅうだった。この一問いちもんが、正確せいかくさの検算けんざんしか知しらなかった十二歳じゅうにさいの宇宙うちゅうに、評価ひょうかの軸じくをもう一本いっぽん立たてる。本章ほんしょうの十二じゅうにの問といは、すべてこの一本いっぽんから枝分えだわかれする。

結論けつろん:第だい1話いちわは天文学てんもんがくの話はなしである前まえに、「知ちはどう生いきられるべきか」という問といの束たばである。最低限さいていげん、以下いかの12問じゅうにもんが抽出ちゅうしゅつできる。

  1. 賢かしこい人間にんげんとは、正ただしい答こたえを知しる者ものか、それとも社会しゃかいの中なかで損そんをしない答こたえを選えらべる者ものか。
  2. 知しることに、命いのちを賭かけるだけの価値かちはあるか。あるとすれば誰だれにとって、なぜか。
  3. 見みえているもの(星ほしが回まわる)は、起おこっていること(何なにが動うごいているか)と同おなじか。
  4. 理論りろんの「美うつくしさ」は、その正ただしさの証拠しょうこになり得うるか。
  5. 神かみを敬うやまうことと天てんを調しらべることは、本当ほんとうに対立たいりつするのか。
  6. 異端いたんとは何なにか。誰だれが、何なにの権限けんげんで、それを決きめるのか。
  7. 暴力ぼうりょくと恐怖きょうふは、人間にんげんの知的ちてき探究たんきゅうを最終的さいしゅうてきに止とめられるのか。
  8. 才能さいのうは誰だれのものか——社会しゃかいの期待きたいに応こたえるためのものか、内的ないてき衝動しょうどうに従したがうためのものか。
  9. 観測かんそく記録きろくという「文字もじにされた注意力ちゅういりょく」は、個人こじんの生せいを超こえて何なにを運はこぶか。
  10. 「合理的ごうりてきな人生設計じんせいせっけい」(神学しんがく専攻せんこう)は、その人ひとの幸福こうふくを保証ほしょうするか。
  11. 教おしえること・託たくすことは、危険きけんの共有きょうゆうでもある。それでも人ひとはなぜ手渡てわたすのか。
  12. そもそも、なぜ人間にんげんは夜空よぞらを見上みあげてしまうのか。

これらの問といが、以降いこうの各章かくしょうの見出みだしとして機能きのうする。

十二の問い ── 第1話が差し出すもの 中心の第1話から、十二の星へ細い線が伸びる。 第1話 賢さとは何か 問 1 命を賭ける価値 問 2 見えることと起きること 問 3 美しさは証拠か 問 4 敬うことと調べること 問 5 誰が異端を決めるか 問 6 暴力は探究を止めるか 問 7 才能は誰のものか 問 8 記録は何を運ぶか 問 9 人生設計と幸福 問 10 なぜ手渡すのか 問 11 なぜ見上げるのか 問 12 十二の問いの全文は本文にある。図は見出しの星座である
図ず 05第だい1話いちわは天文学てんもんがくの話はなしである前まえに、問といの束たばである。

第だい1話いちわは天文学てんもんがくを教おしえない。天文学てんもんがくに値あたいするものが人生じんせいにあるか、と訊きいてくる。

十二じゅうにの問といは、どれも空そらを見上みあげずに立たてられた問といではない。だからまず、彼かれらが見上みあげていたその空そらを、私わたしたちも一度いちど、素手すでで見上みあげ直なおすところから始はじめよう。望遠鏡ぼうえんきょうを知しらない目めで。

Ⅲ

第だい3章さんしょう 初学者しょがくしゃのための基礎知識きそちしき

03:50|教室きょうしつ

ポトツキさあ みんな 問題もんだいだ 宇宙うちゅうの中心ちゅうしんには何なにがあるでしょう
コハンスキそれは 愛あいです

教室きょうしつは笑わらわない。愛あいという答こたえは「そのとおり」と肯定こうていされ、地球ちきゅうという答こたえは論拠ろんきょごと称たたえられる。この世界せかいでは神学しんがくと天文学てんもんがくが同おなじ黒板こくばんを分わけ合あっている ── どちらの答こたえも、まだ間違まちがいではない。

結論けつろん:第だい1話いちわを理解りかいするのに必要ひつような天文学てんもんがくの道具立どうぐだては5つ——天球てんきゅう(天球/celestial sphere)、日周にっしゅう運動うんどう、黄道おうどう、惑星わくせい(行星/planet)、逆行ぎゃっこう(逆行/retrograde motion)——である。これだけで「何なにが説明せつめいを要ようする謎なぞだったのか」が見みえる。

基礎きそ
  • 天球てんきゅう:地上ちじょうから見みると、星々ほしぼしは巨大きょだいな球きゅうの内側うちがわに貼はり付ついて回まわっているように見みえる。この見みかけの球きゅうを天球てんきゅうと呼よぶ。古代人こだいじんにとってこれは比喩ひゆではなく、実在じつざいの構造こうぞうの候補こうほだった。
  • 日周にっしゅう運動うんどう:天球てんきゅう全体ぜんたいが約やく24時間にじゅうよんじかんで東ひがしから西にしへ一周いっしゅうして見みえる運動うんどう。太陽たいようも月つきも星ほしもこれに従したがう。
  • 黄道おうどう:太陽たいようが1年いちねんかけて恒星こうせい(恒星/fixed star)の間あいだを移動いどうしていく見みかけの通とおり道みち。
  • 惑星わくせい:肉眼にくがんで見みえる水星すいせい・金星きんせい・火星かせい・木星もくせい・土星どせいは、恒星こうせいのパターンから外はずれて「さまよう」。惑星わくせい(planetes)の語源ごげんはギリシア語ごの「さまよう者もの」である定説ていせつ。
  • 逆行ぎゃっこう:惑星わくせいは通常つうじょうは恒星こうせいに対たいして西にし→東ひがしへ進すすむが、ときどき減速げんそくし、逆戻ぎゃくもどり(東ひがし→西にし)し、また元もとへ戻もどる。このS字じを描えがく見みかけの運動うんどうが、古代こだいから近世きんせいまで惑星わくせい理論りろんの最大さいだいの難問なんもんだった定説ていせつ。
発展はってん
  • モデルとは何なにか:天文学てんもんがくの理論りろんとは「観測かんそくされる見みかけの運動うんどうを、幾何学きかがく(几何学/geometry)的てきな仕組しくみで再現さいげんする装置そうち」である。同おなじ観測かんそくを再現さいげんできる装置そうちは一ひとつとは限かぎらない——この単純たんじゅんな事実じじつが、第だい12章じゅうにしょう(科学かがく哲学てつがく〔科学哲学/philosophy of science〕)の主題しゅだい「決定けってい不全ふぜん性せい(证据不充分决定/underdetermination)」へ直結ちょっけつする。
教室の問答 ── 三つの答え ひとつの問いから三つの札へ線が降りる。二つは教室の答え、一つは夜の丘の答え。 宇宙の中心には 何があるでしょう ポトツキの授業 ── 03:52 愛 地球 太陽──? 「神様の愛で あふれていると思います」 「重い物体は下に落ちる」 最も低い中心に、地球 「太陽は静止し」 地球が自転し、公転する コハンスキ ── 04:01 ラファウ ── 04:21 フベルト、夜の丘で ── 22:54 教室が容れる答えは二つ。三つ目は、教室では言えない
図ず 06教室きょうしつの問答もんどう。愛あいの答こたえは肯定こうていされ、地球ちきゅうの答こたえは論拠ろんきょごと称たたえられる ── この世界せかいでは、どちらもまだ間違まちがいではない。三みっつ目めの答こたえだけが、夜よるの丘おかでしか口くちにできない。
惑星の逆行 黄道の帯の上を進む火星が、いったん戻り、また進む。 黄道の帯 火星 刻みは等しい日数 順行 留 逆行 留 順行 S 字を描くこの見かけの運動が、古代から近世までの惑星理論の最大の難問だった
図ず 07逆行ぎゃっこうは「見みかけ」の名なで呼よばれる、実在じつざいの謎なぞだった。

惑星わくせいとは「さまよう者もの」の意いである。さまよいに説明せつめいを求もとめた時点じてんで、人類じんるいの長ながい旅たびは始はじまっていた。

惑星わくせいは、さまよう。その迷まよい方ほうに説明せつめいを与あたえようとした最初さいしょの人々ひとびとは、二千年にせんねん以上いじょう前まえに生いきていた。彼かれらを「昔むかしの人ひと」と呼よぶ前まえに、覚おぼえておきたい。彼かれらは私わたしたちと同おなじ精度せいどの目めと、私わたしたちより静しずかな夜空よぞらを持もっていた。

Ⅳ

第だい4章よんしょう 古代こだい宇宙論うちゅうろん

04:21|ラファウ

宇宙うちゅうの中心ちゅうしんは もちろん地球ちきゅうです
アリストテレスいわく“重おもい物体ぶったいは下したに落おちる”
地上ちじょうで物ものが常つねに落下らっかするのは 地球ちきゅうが宇宙うちゅうで最もっとも低ひくい地点ちてん 中心ちゅうしんにあるからです

十二歳じゅうにさいの模範もはん解答かいとうは、二千年にせんねんかけて磨みがかれた論証ろんしょうの正確せいかくな要約ようやくである。落下らっかという毎日まいにちの経験けいけんが、そのまま宇宙うちゅうの構造こうぞうの証拠しょうこに読よみ替かえられる ── 古代こだい宇宙論うちゅうろんは素朴そぼくどころか、経験けいけんと論理ろんりの壮麗そうれいな建築けんちくだった。

結論けつろん:「地球ちきゅう中心ちゅうしん」は無知むちの産物さんぶつではなく、当時とうじの物理学ぶつりがく・観測かんそく・哲学てつがくが支ささえ合あう一ひとつの体系たいけいだった。そしてその内部ないぶから、すでに「動うごく地球ちきゅう」の萌芽ほうがも生うまれていた。

基礎きそ

C史実しじつ

  • ピタゴラス派は(毕达哥拉斯学派/the Pythagoreans)とフィロラオス(前5世紀ぜんごせいき):宇宙うちゅうの中心ちゅうしんに「中心火ちゅうしんか」を置おき、地球ちきゅうを含ふくむ天体てんたいがその周囲しゅういを回まわるとした定説ていせつ。地球ちきゅうを中心ちゅうしんから外はずした最初さいしょ期きの思考しこうであるが、太陽たいよう中心ちゅうしん説せつ(日心说/heliocentrism)ではない点てんに注意ちゅうい。
  • ヘラクレイデス(前4世紀ぜんよんせいき):地球ちきゅうの自転じてん(自转/rotation)によって日周にっしゅう運動うんどうを説明せつめいする説せつを検討けんとうしたと伝つたえられる有力ゆうりょく説せつ——伝聞でんぶん史料しりょうによる。
  • アリストテレス(前4世紀ぜんよんせいき):宇宙うちゅうを月下界げっかかい(月下界/the sublunary world)と月上界げつじょうかい(月上界/the superlunary world)に二に分ぶんした。月下界げっかかいは土つち・水みず・空気くうき・火ひの四元素しげんそ(四元素/the four elements)からなり、直線ちょくせん運動うんどう(重おもい物ものは宇宙うちゅうの中心ちゅうしん=地球ちきゅうの中心ちゅうしんへ落おちる)が自然しぜん。月上界げつじょうかいは第だい五ご元素げんそ(第五元素/quintessence)からなり、完全かんぜんな円運動えんうんどうが自然しぜん。地球ちきゅうが中心ちゅうしんで静止せいししているのは、この物理学ぶつりがくの帰結きけつである定説ていせつ。落体らくたいが地面じめんへ落おちるという日常にちじょう観察かんさつそのものが、地球ちきゅう中心ちゅうしん説せつの証拠しょうことして機能きのうした。
  • アリスタルコス(前ぜん310頃ころ–前ぜん230頃ころ):太陽たいようを中心ちゅうしんに地球ちきゅうが公転こうてん(公转/revolution)するという仮説かせつを立たてた。著作ちょさくは散逸さんいつし、アルキメデス(阿基米德/Archimedes)『砂すなの計算けいさん者しゃ』(数沙者/The Sand Reckoner)等とうの言及げんきゅうで伝つたわる定説ていせつ。アルキメデスは、この説せつが成なり立たつには恒星こうせい天球てんきゅうが途方とほうもなく巨大きょだいでなければならないことを指摘してきした——恒星こうせいの見みかけの位置いちが地球ちきゅうの公転こうてんによってずれない(視差しさ〔视差/parallax〕がない)ことと整合せいごうさせるためである定説ていせつ。
発展はってん
  • アリスタルコス説せつが継承けいしょうされなかった主因しゅいんは、(1)著作ちょさくの散逸さんいつ、(2)地球ちきゅう中心ちゅうしん+周転しゅうてん円えん(本轮/epicycle)モデルの方ほうが経験けいけん的てきに優すぐれた予測よそく装置そうちだったこと、である有力ゆうりょく説せつ。「宗教的しゅうきょうてきタブーで弾圧だんあつされた」という通説つうせつは、プルタルコス(普鲁塔克/Plutarch)本文ほんぶんの後代こうだいの校訂こうていに由来ゆらいする可能性かのうせいが指摘してきされており疑うたがわしい議論ぎろんあり。ストア派は(斯多亚学派/the Stoics)クレアンテス(克里安西斯/Cleanthes)が『アリスタルコス駁論ばくろん』を書かいた事実じじつは確たしかだが、それは哲学的てつがくてき論争ろんそうであって迫害はくがい(迫害/persecution)ではない。
  • D現代げんだい評価ひょうかここで重要じゅうようなのは、古代こだいにおける地動説ちどうせつの敗北はいぼくが「愚おろかさの勝利しょうり」ではなく「より良よく働はたらくモデルの勝利しょうり」だったことである。科学かがくの歴史れきしは、正ただしい説せつが常つねに良よい説せつとして現あらわれるとは限かぎらないことを教おしえる。
アリストテレスの同心天球 九重の同心円。内側の帯が四元素の月下界、外側が第五元素の月上界。 地球 月 水星 金星 太陽 火星 木星 土星 恒星天 原動天 月下界 ── 四元素・直線運動 重い物は宇宙の中心=地球の中心へ落ちる 月上界 ── 第五元素・円運動
図ず 08地球ちきゅう中心ちゅうしん説せつは、積層せきそうする一ひとつの建築けんちくだった。
四元素と自然運動 落下とは、万物が宇宙の中心すなわち地球の中心を目指すこと。 土 水 空気 火 重い元素は中心へ 火は外へ 落下とは、万物が宇宙の中心=地球の中心を目指すこと
図ず 09「物ものが落おちる」ことが、地球ちきゅう中心ちゅうしん説せつの証拠しょうこだった。

天動説てんどうせつは誤あやまりだった。だが、愚おろかではなかった。それは千五百年せんごひゃくねん間かん、人類じんるいが持もちえた最もっとも誠実せいじつな答こたえだった。

古代こだいの宇宙論うちゅうろんは、やがて一人ひとりの男おとこの手てで、精密せいみつ機械きかいへと鍛きたえ上あげられる。その機械きかいは千せん数百すうひゃく年間ねんかん、星ほしの位置いちを当あて続つづけた。誤あやまった理論りろんが、これほど長ながく、これほど正確せいかくに当あたり続つづけたという事実じじつ——科学かがくの歴史れきしで、これほど居心地いごこちの悪わるい事実じじつは少すくない。

Ⅴ

第だい5章ごしょう プトレマイオス体系たいけい

19:58/21:46|ラファウ

難解なんかいですが このくらい 千せん年ねん以上いじょう前まえにプトレマイオスが真理しんりを見みつけてる
複雑ふくざつでも あの理屈りくつの精度せいどは高たかい 星ほしが動うごいて 太陽たいようが昇のぼるかぎりね

描えがかされた同心円どうしんえんを前まえに、ラファウは「難解なんかい」と「真理しんり」を同おなじ息いきで言いう。精度せいどへの信頼しんらいと、美びへの不満ふまんの同居どうきょ ── この言いい方かたこそ、プトレマイオス体系たいけいの千せん年ねんの要約ようやくである。よく当あたる。ただし、美うつくしくはない。

結論けつろん:プトレマイオス(托勒密/Ptolemy)の天文学てんもんがくは、千せん数百すうひゃく年間ねんかん、人類じんるいが持もちえた最高さいこう精度せいどの予測よそく装置そうちだった。その中枢ちゅうすうにある「エカント(偏心匀速点/equant)」という妥協だきょうこそが、のちにイスラーム(伊斯兰/Islam)天文学てんもんがく者ものとコペルニクス(哥白尼/Copernicus)の批判ひはんを呼よび、革命かくめいの入口いりぐちとなる。

基礎きそ

C史実しじつ

  • 従円じゅうえん(均轮/deferent)と周転しゅうてん円えん:惑星わくせいは小ちいさな円えん(周転しゅうてん円えん)の上うえを回まわり、その周転しゅうてん円えんの中心ちゅうしんが地球ちきゅう周まわりの大おおきな円えん(従円じゅうえん)の上うえを回まわる。周転しゅうてん円えんの回転かいてんが従円じゅうえんの運動うんどうと逆向ぎゃくむきに重かさなる区間くかんで、地上ちじょうからは惑星わくせいが逆行ぎゃっこうして見みえる——逆行ぎゃっこうはこの装置そうちで機構きこう的てきに説明せつめいされた定説ていせつ。
  • 離心りしん円えん(偏心圆/eccentric):従円じゅうえんの中心ちゅうしんを地球ちきゅうから少すこしずらす。惑星わくせいの見みかけの速はやさの変化へんかを再現さいげんするための工夫くふう定説ていせつ。
  • エカント:プトレマイオスが『アルマゲスト』(天文学大成/Almagest)で導入どうにゅうした点てん。従円じゅうえんの中心ちゅうしんをはさんで地球ちきゅうの反対はんたい側がわに置おかれ、周転しゅうてん円えんの中心ちゅうしんは「この点てんから見みて」等角とうかく速度そくどで動うごく定説ていせつ。
発展はってん
  • エカントは観測かんそくとの一致いっちを劇的げきてきに改善かいぜんしたが、代償だいしょうがあった。「天体てんたいは中心ちゅうしんの周まわりを一様いちような円運動えんうんどうをする」という古代こだい天文学てんもんがくの根本こんぽん原理げんりを、事実上じじつじょう破やぶってしまうのである。円運動えんうんどうは円えんの中心ちゅうしんについてはもはや一様いちようではない定説ていせつ。
  • この「美うつくしい原理げんり」と「当あたる装置そうち」の間あいだの亀裂きれつが、以後いご1300年ねんの理論りろん天文学てんもんがくを駆動くどうする。マラーガ学派がくは(马拉盖学派/Maragha school)はエカントを幾何学きかがく的てき工夫くふう(トゥースィー〔图西/Nasir al-Din al-Tusi〕対たい円えん等とう)で置おき換かえようとし(第だい8章はっしょう)、コペルニクス自身じしん、SEPが要約ようやくする通とおり、エカントへの不満ふまんを地動説ちどうせつ採用さいようの中心ちゅうしん的てき動機どうきとしていた有力ゆうりょく説せつ。皮肉ひにくなことに、エカントが近似きんじ的てきに捉とらえていた「速度そくどの変化へんか」は、ケプラー(开普勒/Kepler)の楕円だえん軌道きどう(椭圆轨道/elliptical orbit)と面積めんせき速度そくど一定いっていの法則ほうそくによって初はじめて真しんの説明せつめいを得える定説ていせつ。
  • D現代げんだい評価ひょうか教訓きょうくん:理論りろんの「欠陥けっかん」は、しばしば次つぎの理論りろんへの扉とびらである。エカントは誤あやまりの記念碑きねんひではなく、観測かんそくに誠実せいじつであろうとした知性ちせいの傷跡きずあとである。
プトレマイオス機構 ── 従円・周転円・離心・エカント エカントという妥協が、千数百年の予測精度を支えた。 等しい角 地球 エカント 従円の中心 ① 従円 ── 大きな円 ② 周転円 ── その上の小さな円。惑星はここを回る ③ 離心 ── 従円の中心を地球からずらす ④ エカント ── この点から見て、等角速度で動く 点線は周転円の中心が描く道
図ず 10エカント ── 当あてるための、美うつくしい妥協だきょう。

エカントは誤あやまりの記念碑きねんひではない。観測かんそくに誠実せいじつであろうとした知性ちせいの、美うつくしい傷跡きずあとである。

エカントという小ちいさな点てんに刻きざまれた妥協だきょうは、しかし、すぐには問題もんだいにならなかった。機械きかいは当あたっていたし、世界せかいには他ほかにやるべきことがあった。その機械きかいが運はこび込こまれた先さき——中世ちゅうせいヨーロッパの大学だいがくという建築けんちくを、次つぎに見みる。ラファウが入はいっていくはずだった、あの建築けんちくを。

Ⅵ

第だい6章ろくしょう 中世ちゅうせいヨーロッパの知識ちしき体系たいけい

05:34|ラファウ

知しってのとおり 神学しんがくは全すべての学問がくもんの頂点ちょうてんです

これは強しいられた台詞せりふではない。処世しょせいを勘定かんじょうし尽つくした秀才しゅうさいの、自発的じはつてきな結論けつろんである。学問がくもんに序列じょれつがあり、頂点ちょうてんがあらかじめ決きまっている世界せかい ── 中世ちゅうせいの知ちの建築けんちくは、外そとからの禁止きんしではなく、内うちなる合理性ごうりせいとしてラファウの中なかに建たっている。

結論けつろん:中世ちゅうせいの大学だいがくにおいて神学しんがくが「学問がくもんの女王じょおう」だったのは、反はん知性ちせい主義しゅぎの証拠しょうこではなく、諸学問しょがくもんを階層かいそうとして統合とうごうする建築けんちく思想しそうの帰結きけつである。ラファウの「神学しんがく専攻せんこう」は、この世界せかいで最もっとも合理的ごうりてきなエリートコースだった。

基礎きそ

C史実しじつ

  • 大学だいがくの誕生たんじょう(12–13世紀じゅうさんせいき):ボローニャ(博洛尼亚/Bologna)、パリ、オックスフォード(牛津/Oxford)など。教師きょうしと学生がくせいの自治団体じちだんたい(universitas)として発足ほっそく定説ていせつ。
  • 自由じゆう七科しちか(artes liberales):文法ぶんぽう・修辞学しゅうじがく・論理学ろんりがくの三さん学がく(trivium)と、算術さんじゅつ・幾何きか・天文てんもん・音楽おんがくの四科しか(quadrivium)。天文学てんもんがくは、神学しんがくより下位かいではあるが、大学だいがく教育きょういくの正規せいきの必修ひっしゅう部分ぶぶんだった定説ていせつ。
  • 学部がくぶの階層かいそう:学芸学部がくげいがくぶで七科しちかと(アリストテレス)哲学てつがくを修おさめた後あと、上級じょうきゅう学部がくぶ——神学しんがく・法学ほうがく・医学いがく——へ進すすむ。神学しんがくはその頂点ちょうてんであり、最もっとも長ながい修業しゅぎょう年限ねんげんを要ようした定説ていせつ。
発展はってん
  • 「女王じょおう」の意味いみ:神学しんがくが扱あつかうのは存在そんざいと救済きゅうさい(救赎/salvation)の第一だいいち原理げんりであり、他ほかのすべての知ちはその下位かいの照明しょうめいとみなされた。ただしこれは他ほかの学がくを圧殺あっさつする関係かんけいではなく、哲学てつがくは「神学しんがくの侍女じじょ(ancilla theologiae)」として不可欠ふかけつの基礎きそとされた——侍女じじょなしに女王じょおうは立たてない定説ていせつ。
  • A作品さくひん世界せかいB歴史れきしイメージ作品さくひんでラファウが神学しんがくを選えらぶことが「賢かしこい選択せんたく」とされる描写びょうしゃは、この史実しじつの構造こうぞう(神学しんがく=最高さいこうの栄達えいたつコース)を正確せいかくに反映はんえいしている。D現代げんだい評価ひょうか同時どうじに、天文学てんもんがくが大学だいがくの正規せいき科目かもくだったという史実しじつは、「天文てんもん=即そく危険きけん」という図式ずしきが単純化たんじゅんかであることも示しめす(第だい10章じっしょう比較ひかく表ひょう)。
学問の大聖堂 天文学は正規の必修科目だった。 文法修辞論理 算術幾何音楽 天文 哲学 神学 法学 医学 三学(trivium) 天文学は、正規の必修科目だった
図ず 11神学しんがくは学問がくもんを踏ふむのではなく、階段かいだんの最上さいじょう段だんに座すわる。
合理性の羅針盤 賢さは一枚岩ではない。 制約:理想 制約:限定(情報・時間) 目的: 真理 目的: 生存・承認 認識的合理性 道具的合理性 限定合理性 社会的合理性 真であることを目指す 目的に対する最適な手段 ── 神学専攻 持てる情報の範囲での最善 承認と期待に応える ── 神童の立ち位置
図ず 12「賢かしこさ」は一枚岩いちまいいわではない。

ラファウの神学しんがくは逃にげではない。それはこの世界せかいの、正解せいかいだった。正解せいかいを捨すてる物語ものがたりだけが、正解せいかいの重おもさを知しっている。

神学しんがくが女王じょおうだった、という言いい方かたは誤解ごかいを招まねきやすい。女王じょおうは学問がくもんを踏ふみつけていたのではない。学問がくもんの階段かいだんの、最上さいじょう段だんに座すわっていたのだ。では、その階段かいだんを上のぼることと、空そらを調しらべることは、本当ほんとうに別べつの道みちだったのか。

Ⅶ

第だい7章ななしょう 神学しんがくと自然しぜん哲学てつがく

07:45|ラファウ

神かみ? 何なに言いってるんですか
人ひとは神かみにはなれません
発言はつげんを撤回てっかいしてください

友人ゆうじんの軽口かるくちへの、過剰かじょうなまでの反応はんのう。処世しょせいの演技えんぎを欠かかさない少年しょうねんが、ここでだけ素すになる。理性りせいと啓示けいじの同盟どうめいには越こえてはならない一線いっせんが引ひかれていて、その線せんの位置いちを、この世界せかいの住人じゅうにんは体からだで知しっている。

結論けつろん:「科学かがく vs 宗教しゅうきょう」という枠組わくぐみは19世紀じゅうきゅうせいきに作つくられた眼鏡めがねであり、15世紀じゅうごせいきに掛かけさせてはならない。中世ちゅうせいの理性りせいと信仰しんこうは、対立たいりつというより分業ぶんぎょうと緊張きんちょうを含ふくむ同盟どうめいだった。

基礎きそ

C史実しじつ

  • アウグスティヌス(354–430):『創世記そうせいき逐語ちくご注解ちゅうかい』(创世记字义解/The Literal Meaning of Genesis)で、聖書せいしょ(圣经/the Bible)の記述きじゅつと確実かくじつな自然しぜん知識ちしきが衝突しょうとつして見みえる場合ばあい、聖書せいしょ解釈かいしゃくの側がわに比喩的ひゆてき読解どっかいの余地よちを認みとめた定説ていせつ。文字もじ通とおり読解どっかい(literal)と寓意ぐうい的てき読解どっかい(allegorical)の併用へいようは、中世ちゅうせい解釈学かいしゃくがくの標準ひょうじゅん装備そうびである。
  • トマス・アクィナス(1225–74):理性りせい(reason)と啓示けいじ(revelation)は同おなじ神かみに由来ゆらいするゆえ最終的さいしゅうてきに矛盾むじゅんしない、とする総合そうごうを構築こうちく。自然しぜんの探究たんきゅう(自然しぜん哲学てつがく〔自然哲学/natural philosophy〕)は信仰しんこうの敵てきではなく、神かみの作品さくひんを知しる営いとなみと位置いちづけられた定説ていせつ。
  • 1277年ねんパリ禁令きんれい:パリ司教しきょう(主教/bishop)タンピエ(唐皮耶/Étienne Tempier)が219命題めいだいの教授きょうじゅを禁止きんし定説ていせつ。アリストテレス哲学てつがくの一部いちぶの主張しゅちょう(世界せかいの永遠性えいえんせいなど)が神かみの全能ぜんのうを制約せいやくするとみなされたことが背景はいけいにある。
大学院だいがくいん
  • 1277年ねん禁令きんれいの評価ひょうかは現在げんざいも論争ろんそう的てきである。デュエム(迪昂/Pierre Duhem)は「神かみの全能ぜんのうの強調きょうちょうがアリストテレス的てき必然性ひつぜんせいの呪縛じゅばくを解とき、近代きんだい科学かがくを生うんだ」と論ろんじ、この分野ぶんやの歴史学れきしがくを開ひらいたが、SEPが明記めいきする通とおり、この強つよいテーゼを今日きょうそのまま支持しじする研究者けんきゅうしゃはいない定説ていせつ(学説がくせつ史しとして)。禁令きんれいが思考しこう実験じっけん(「神かみは複数ふくすうの世界せかいを作つくれたか」「神かみは宇宙うちゅうを直線ちょくせん的てきに動うごかせるか」)を活性化かっせいかした側面そくめんと、特定とくていの哲学的てつがくてき探究たんきゅうを萎縮いしゅくさせた側面そくめんの両方りょうほうが指摘してきされる議論ぎろんあり。
  • 対立たいりつ史観しかん(Draper–Whiteテーゼ)の棄却ききゃく:「科学かがくと宗教しゅうきょうは本質的ほんしつてきな戦争せんそう状態じょうたいにある」とする19世紀じゅうきゅうせいきの歴史れきし記述きじゅつは、20世紀にじっせいきの研究けんきゅうにより1970年代ねんだいまでに歴史学れきしがく界かいで棄却ききゃくされ、現在げんざいは個別こべつ事例じれいごとの「複雑性ふくざつせいモデル」が標準ひょうじゅんである定説ていせつ(歴史学れきしがくの現況げんきょうとして)。
  • D現代げんだい評価ひょうかただし、対立たいりつ史観しかんの棄却ききゃくは「緊張きんちょうが存在そんざいしなかった」ことを意味いみしない。制度せいどとしての教会きょうかいは思想しそうの境界きょうかいを管理かんりする権力けんりょくであり、境界きょうかいの外側そとがわに出でた者ものへの強制きょうせいは現実げんじつだった。第だい1話いちわのフベルトの拷問ごうもんという描写びょうしゃA作品さくひん世界せかいは、制度せいど史しの細部さいぶとしてではなく、「境界きょうかい管理かんりの暴力ぼうりょく」の表現ひょうげんとして読よむとき、史実しじつの一いち側面そくめんC史実しじつと共鳴きょうめいする。
分業と緊張を含む同盟 ── 理性と啓示 二本の柱と一本の梁。梁の下に、禁令の稲妻が一度だけ走る。 同じ神に由来するゆえ、最終的に矛盾しない ── アクィナス 理性 啓示 自然哲学 神学 神の作品を知る営み 存在と救済の第一原理 1277年パリ禁令 ── 219命題の教授を禁止 同盟は、緊張を含んだまま立っていた アウグスティヌス以来、聖書解釈には比喩的読解の余地が認められていた 「科学 vs 宗教」の眼鏡は19世紀製 ── この図の二本は、対立の柱ではない
図ず 13中世ちゅうせいの理性りせいと信仰しんこうは、対立たいりつというより分業ぶんぎょうと緊張きんちょうを含ふくむ同盟どうめいだった。

「科学かがく対たい宗教しゅうきょう」という眼鏡めがねは十九じゅうきゅう世紀せいき製せいである。十五じゅうご世紀せいきの空そらに、それを掛かけて見みてはならない。

理性りせいと信仰しんこうの同盟どうめいは、私わたしたちが思おもうより頑丈がんじょうで、私わたしたちが思おもうより緊張きんちょうしていた。その緊張きんちょうのただなかで、「地球ちきゅうが動うごく」という考かんがえの部品ぶひんは、少すこしずつ、別々べつべつの場所ばしょで、別々べつべつの理由りゆうから削けずり出だされていた。その系譜けいふを、いま一いち枚まいの図ずにする。

Ⅷ

第だい8章はっしょう 地球ちきゅう運動うんどう説せつの前史ぜんし

19:20|フベルト

君きみは アリスタルコスを知しっているか?

地動説ちどうせつの系譜けいふは、第だい1話いちわにこの問といの形かたちで登場とうじょうする。ラファウは知しらない。千七百年せんななひゃくねん前まえに太陽たいよう中心ちゅうしんを唱となえた名前なまえが、十五じゅうご世紀せいきの神童しんどうにすら届とどいていない ── 前史ぜんしとは、忘却ぼうきゃくの歴史れきしのことでもある。

結論けつろん:地動説ちどうせつは一人ひとりの天才てんさいの閃ひらめきではない。約やく1800年ねんかけて、複数ふくすうの文明ぶんめいを経由けいゆし、それぞれ別べつの動機どうきから積つまれた部品ぶひんが、最後さいごに一ひとつの像ぞうを結むすんだ。

発展はってん

C史実しじつ系譜けいふ(確度かくど付つき):

時代じだい 担にない手て 積つまれた部品ぶひん 確度かくど
前5世紀ぜんごせいき ピタゴラス派は・フィロラオス 「地球ちきゅうは中心ちゅうしんでなくてよい」という発想はっそう 定説ていせつ
前4世紀ぜんよんせいき ヘラクレイデス 自転じてんによる日周にっしゅう運動うんどうの説明せつめい可能性かのうせい 有力ゆうりょく説せつ
前3世紀ぜんさんせいき アリスタルコス 太陽たいよう中心ちゅうしん・地球ちきゅう公転こうてんの明示めいじ的てき仮説かせつ 定説ていせつ
2世紀にせいき プトレマイオス 高こう精度せいど予測よそく装置そうちと、その内部ないぶのエカント問題もんだい 定説ていせつ
9–15世紀じゅうごせいき イスラーム圏けん天文学てんもんがく 『アルマゲスト』の翻訳ほんやく・検証けんしょう・批判ひはん(イブン・アル=ハイサム〔海什木/Ibn al-Haytham〕の『プトレマイオス疑義ぎぎ』〔疑难托勒密/Doubts Concerning Ptolemy〕等とう) 定説ていせつ
13–14世紀じゅうよんせいき マラーガ学派がくは(トゥースィー、ウルディー〔乌尔迪/Mu'ayyad al-Din al-Urdi〕、シーラーズィー)、イブン・アル=シャーティル(伊本·沙提尔/Ibn al-Shatir) エカントを排はいし一様いちよう円運動えんうんどうだけで同どう精度せいどを出だす数学すうがく装置そうち(トゥースィー対たい円えん、ウルディーの補題ほだい) 定説ていせつ
14世紀じゅうよんせいき ビュリダン(布里丹/Jean Buridan) 運動うんどうの相対性そうたいせい(船ふねの例れい)、インペトゥス(冲力/impetus)理論りろん 定説ていせつ
14世紀じゅうよんせいき オレーム(奥雷姆/Nicole Oresme) 自転じてん反対論はんたいろんの体系的たいけいてき論駁ろんばく、「地球ちきゅうが回まわる方ほうが単純たんじゅん」という経済性けいざいせい論証ろんしょう、聖書せいしょの非ひ文字もじ通とおり解釈かいしゃくの許容きょよう——しかし結論けつろんでは地球ちきゅう静止せいしを採用さいよう 定説ていせつ
15世紀じゅうごせいき レギオモンタヌス(雷格蒙塔努斯/Regiomontanus) 『アルマゲスト梗概こうがい』(天文学大成概要/Epitome of the Almagest)による理論りろん天文学てんもんがくの刷新さっしん、コペルニクスへの教科書きょうかしょ的てき基盤きばん 定説ていせつ
16世紀じゅうろくせいき コペルニクス 上記じょうき部品ぶひんの統合とうごうと、太陽たいよう中心ちゅうしんへの配置転換はいちてんかん 定説ていせつ
大学院だいがくいん
  • マラーガ→コペルニクス問題もんだい:コペルニクスの月つき・水星すいせいモデルがイブン・アル=シャーティルのものと数学的すうがくてきに本質ほんしつ同一どういつであることは確立かくりつされた研究けんきゅう成果せいかである(Roberts 1957以降いこう)定説ていせつ。Swerdlow & Neugebauerは「独立どくりつ発見はっけんはほぼ不可能ふかのう」とし、問題もんだいは「伝達でんたつの有無うむではなく経路けいろ」だとした有力ゆうりょく説せつ。他方たほう、Blåsjö (2014)は独立どくりつ発見はっけんの可能性かのうせいを体系的たいけいてきに論証ろんしょうし、コペルニクスがトゥースィーらを一切いっさい引用いんようしていない事実じじつもある。伝達でんたつ経路けいろの物証ぶっしょうは現在げんざいまで未み発見はっけん——ここは議論ぎろんありとして保存ほぞんする。
  • オレームの逆説ぎゃくせつ:オレームは自転じてん説せつへの反論はんろんをほぼすべて論駁ろんばくした上うえで、地球ちきゅう静止せいしを結論けつろんした。論証ろんしょうで勝かち、結論けつろんで退しりぞいたのである。その内的ないてき動機どうき(信仰しんこう的てき確信かくしんか、慎重しんちょうさか、修辞しゅうじ戦略せんりゃくか)は史料しりょう上じょう確定かくていできない——該当がいとうデータなし。だがこの構造こうぞうこそ、第だい1話いちわが問とう「真理しんりの追求ついきゅうと社会的しゃかいてきに正ただしい選択せんたくの乖離かいり」(原げん§6)の、史実しじつにおける最もっとも精密せいみつな鏡かがみである。
知の系譜 ── 1800年のバトン 線の種類は史料の確度。実線が定説、破線が有力説、点線が議論あり。左の帯は文明圏。 ギリシア ローマ イスラーム圏 ラテン西方 伝達経路は未確定 (数学的同一性は確立) ピタゴラス派・フィロラオス 「地球は中心でなくてよい」という発想 ヘラクレイデス 自転による日周運動の説明可能性 アリスタルコス 太陽中心・地球公転の明示的仮説 プトレマイオス 高精度予測装置と、内部のエカント問題 イブン・アル=ハイサム 『プトレマイオス疑義』── 批判の口火 マラーガ学派(トゥースィー、ウルディー) エカントなしで同精度を出す数学装置 イブン・アル=シャーティル 月・水星の高精度モデル ビュリダン 運動の相対性(船の例)、インペトゥス理論 オレーム 自転反対論の論駁 ── しかし結論は地球静止 レギオモンタヌス 『アルマゲスト梗概』── 理論天文学の刷新 コペルニクス 部品の統合と、太陽中心への配置転換 凡例 ── 実線=定説 破線=有力説 点線=議論あり
図ず 14地動説ちどうせつは継承けいしょうの産物さんぶつである。線せんの種類しゅるいは、史料しりょうの確度かくどを表あらわす。

千八百年せんはっぴゃくねんのリレーで、バトンの全長ぜんちょうを見みた走者そうしゃは一人ひとりもいない。

千八百年せんはっぴゃくねん。誰だれも全体ぜんたいを見みていない。オレームは論証ろんしょうで勝かちながら結論けつろんで退しりぞき、マラーガの数学者すうがくしゃたちは自分じぶんの削けずった部品ぶひんが何なんに組くみ上あがるかを知しらずに逝いった。そして十五じゅうご世紀せいき——部品ぶひんは、ほぼ揃そろった。揃そろっていないのは、組くみ立たてる者ものだけだった。作品さくひんが選えらんだのは、まさにこの時代じだいである。

Ⅸ

第だい9章きゅうしょう 15世紀じゅうごせいき時点じてんの知識ちしき水準すいじゅん

14:36|フベルト

すばらしい
六ろく等とう星せいまで見みえてるとは いい目めをしている

元もと学者がくしゃが少年しょうねんに最初さいしょに与あたえたのは、思想しそうではなく、観測かんそく者しゃとしての承認しょうにんだった。肉眼にくがんの限界げんかい等級とうきゅうは六ろく等とう ── その縁えんまで見みえる目めは、望遠鏡ぼうえんきょう前夜ぜんやの天文学てんもんがくにおける最高さいこうの測定器そくていきである。二人ふたりの研究けんきゅうは、この目めの査定さていから始はじまる。

結論けつろん:作品さくひんの想定そうてい時代じだいである15世紀じゅうごせいきは「暗黒あんこく」ではない。それは、地動説ちどうせつを主張しゅちょうする者ものがまだいない代かわりに、地動説ちどうせつを可能かのうにする部品ぶひんがすべて出揃でそろいつつあった、張はり詰つめた前夜ぜんやである。

基礎きそ

C史実しじつ当時とうじの人類じんるいが知しっていたこと:

  • 地球ちきゅうが球体きゅうたいであること(教育きょういく層そうではほぼ普遍ふへん〔普遍/the universal〕)定説ていせつ。「中世人ちゅうせいじんは平面へいめん地球ちきゅうを信しんじた」は19世紀じゅうきゅうせいきに製造せいぞうされた神話しんわであり、LindbergとNumbersの言いう通とおり、球体きゅうたい性せいを認みとめなかった中世ちゅうせい学者がくしゃはほとんど存在そんざいしない定説ていせつ。
  • プトレマイオス体系たいけいによる惑星わくせい位置いちの計算法けいさんほう。アルフォンソ表ひょうなどの天文てんもん表ひょう(星历表/astronomical tables)定説ていせつ。
  • アストロラーベ(星盘/astrolabe)等とうの観測かんそく・計算けいさん器具きぐの使用しよう法ほうA作品さくひん世界せかい(ラファウがアストロラーベを持もち歩あるく描写びょうしゃは時代じだい考証こうしょうとして妥当だとう)定説ていせつ。
  • 印刷いんさつ術じゅつ(15世紀じゅうごせいき半なかば以降いこう)が知識ちしきの複製ふくせいコストを激減げきげんさせつつあったこと定説ていせつ。

知しらなかったこと:

  • 望遠鏡ぼうえんきょう(1608年ねん発明はつめい)。金星きんせいの満みち欠かけも木星もくせいの衛星えいせいも、まだ誰だれも見みていない。
  • 恒星こうせい視差しさ(1838年ねん、ベッセル〔贝塞尔/Friedrich Bessel〕が白鳥座はくちょうざ61番星ばんせいで初はつ検出けんしゅつ)。つまり地球ちきゅう公転こうてんの直接的ちょくせつてき観測かんそく証拠しょうこは、作品さくひん世界せかいから約やく400年ねん先さきにある。
  • 慣性かんせいの物理学ぶつりがく。「動うごく地球ちきゅうの上うえで、なぜ物ものは取とり残のこされないのか」に完全かんぜんに答こたえる力学りきがくはニュートン(1687)を待まつ。
発展はってん

D現代げんだい評価ひょうか

  • したがって、15世紀じゅうごせいきに地動説ちどうせつを主張しゅちょうすることは、観測かんそく的てきにも力学りきがく的てきにも証明しょうめい不可能ふかのうな主張しゅちょうをすることである。作品さくひんがこの時代じだいを選えらんだ意味いみは大おおきい。証拠しょうこによって勝かてない場所ばしょでなお真理しんりを求もとめることは、純粋じゅんすいに認識論にんしきろん(认识论/epistemology)的てきな賭かけ——ほとんど信仰しんこうの形式けいしきをとった理性りせい——にならざるを得とくないからである。
消えた視差 視差の不在は反証ではなく、宇宙の巨大さの請求書だった。 遠方の恒星 近くの星 太陽 地球 A 地球 B 視差角 実測は 1838 年(ベッセル)。角度は 1 秒角未満 ── 約 500m 先の 1 円玉の直径にあたる
図ず 15視差しさの不在ふざいは、反証はんしょうではなく「宇宙うちゅうの巨大きょだいさの請求書せいきゅうしょ」だった。
部品は揃っていた ── 十五世紀の作業台 八つの部品の札と、点線で描かれた空席。 「中心でなくてよい」 自転による説明の 太陽中心・公転の エカント批判 一様円運動だけの 運動の相対性 自転反対論の論駁 刷新された教科書 フィロラオス 可能性 ── ヘラクレイデス 明示的仮説 ── アリスタルコス イブン・アル=ハイサム 数学装置 ── マラーガ学派 ビュリダン(船の例) オレーム ── 結論では退く レギオモンタヌス 組み立てる者 ── 空席 揃っていないのは、部品ではなかった 部品の出どころは第8章の系譜表。作品はこの空席の時代を選んだ
図ず 16部品ぶひんはすべて揃そろっていた。揃そろっていないのは、組くみ立たてる者ものだけだった。
等級の物差し ── 六等星まで見える目 六つの星が次第に小さくなり、六等星の環の先に限界の破線が立つ。 月が出たら観測しにくい ── 淡い星から順に消える(18:14) 一等二等 三等四等 五等六等 ここまで見えた ── ラファウの目 肉眼の限界 見えない星 フベルトは目が弱り、六等星の見える目を必要とした ── 観測は、視力が資本である
図ず 17等級とうきゅうの物差ものさし。肉眼にくがんの限界げんかいは六ろく等とう ──「六ろく等とう星せいまで見みえてるとは いい目めをしている」(14:39)。その縁えんまで届とどく目めは、望遠鏡ぼうえんきょう前夜ぜんやの天文学てんもんがくにおける最高さいこうの観測かんそく機きである。
観測地 ── 岩と山とオリオンのベルト 三つ星の並びと、岩と山の稜線の並びが、点線で対応づけられる。 オリオンのベルト 岩 山 観測地の条件 ── 17:51 高度が高い 視界が開けている 空気が澄んでいる
図ず 18「あの岩いわと山やまの位置いちが オリオンのベルトと似通にかよっているのも気きに入はいっている」(18:03)── 風景ふうけいを星図せいずの目盛めもりに変かえる、道具どうぐ以前いぜんの天文学てんもんがく。

部品ぶひんはすべて揃そろっていた。揃そろっていないのは、組くみ立たてる者ものの覚悟かくごだけだった。

証明しょうめいできない場所ばしょで真理しんりを求もとめることは、認識にんしきの賭かけである。作品さくひんはその賭かけを描えがくために、史実しじつをどこで曲まげ、どこで守まもったのか。曲まげた箇所かしょを数かぞえることは、作品さくひんを裁さばくためではない。何なにを照てらすために曲まげたのかを知しるためである。

Ⅹ

第だい10章じっしょう 『チ。』と史実しじつの比較ひかく

15:54|フベルト

異端いたん者しゃは二に度ど捕つかまったら即死そくし刑けいだ
次つぎはない

本章ほんしょうの比較ひかく表ひょうが示しめすとおり、作品さくひんの異端いたん審問しんもんは史実しじつより苛烈かれつに誇張こちょうされている。だがこの一言ひとことのルールの明快めいかいさが、以後いごのすべての選択せんたくに値札ねふだを付つける ── フィクションの誇張こちょうは、賭かけ金きんを見みえるようにするための装置そうちである。

結論けつろん:作品さくひんは制度せいどの細部さいぶを変形へんけいしつつ、構造こうぞうの核心かくしん(知ちの階層かいそう、境界きょうかい管理かんり、異端いたんの重おもさ)を保存ほぞんしている。フィクションの偏差へんさを測はかることは、作品さくひんの批判ひはんではなく、作品さくひんが何なにを照てらすために史実しじつを曲まげたのかを知しる作業さぎょうである。

作中さくちゅう表現ひょうげんA作品さくひん世界せかい 史実しじつC史実しじつ 妥当性だとうせい 補足ほそく
15世紀じゅうごせいきに地動説ちどうせつを体系的たいけいてきに研究けんきゅうする学者がくしゃ(フベルト)がいる 15世紀じゅうごせいきに地動説ちどうせつの主唱者しゅしょうしゃは確認かくにんされない。コペルニクス『コメンタリオルス』(短论/Commentariolus)は1510年代ねんだい 意図的虚構低てい(意図的いとてき虚構きょこう) 作品さくひんの中核ちゅうかく的てき仮構かこう。「もしもの前夜ぜんや」を描えがくための設定せってい
地動説ちどうせつの研究けんきゅうそれ自体じたいが異端いたんとして拷問ごうもん・処刑しょけいの対象たいしょう 地動説ちどうせつが公式こうしきに問題化もんだいかするのは1616年ねん(禁書きんしょ指定してい)以降いこう。中世ちゅうせい異端いたん審問しんもん(异端审判/the Inquisition)の主しゅ対象たいしょうはカタリ派は(卡特里派/the Cathars)等とうの宗教しゅうきょう運動うんどう 低低てい〜中なか 異端いたん審問しんもんの実在じつざいの暴力ぼうりょく性せいC史実しじつを、対象たいしょうを替かえて凝縮ぎょうしゅくした表現ひょうげん
異端いたん者ものは二に度ど捕つかまれば即死そくし刑けい 「再犯さいはん(relapsus)の異端いたん者ものは世俗せぞく(世俗/the secular)権力けんりょくへ引ひき渡わたされ極刑きょっけい」は中世ちゅうせい異端いたん審問しんもん法ほうの実際じっさいの規定きてい 高高こう 制度せいどの細部さいぶが正確せいかくに反映はんえいされた例れい定説ていせつ
拷問ごうもんの使用しよう 1252年ねん教皇きょうこう(教宗/the Pope)勅書ちょくしょAd extirpanda以降いこう、異端いたん審問しんもんでの拷問ごうもんは法的ほうてきに許可きょか 高高こう ただし手続てつづき規制きせいがあり、常用じょうようの程度ていどは地域差ちいきさ定説ていせつ
神学しんがく専攻せんこうが最高さいこうの栄達えいたつコース 神学しんがく部ぶは大学だいがくの最上位さいじょうい学部がくぶ 高高こう 第だい6章ろくしょうの通とおり定説ていせつ
天文てんもんへの関心かんしんがそれ自体じたい疑うたがわしいものとして描えがかれる空気くうき 天文学てんもんがくは四科しかの正規せいき科目かもくであり、聖職者せいしょくしゃ天文学てんもんがく者ものも多数たすう 低低てい 作品さくひんの緊張きんちょうを高たかめるための変形へんけい。史実しじつでは天文てんもん=教養きょうよう
蝋板ろうばんへの観測かんそく記録きろく、アストロラーベ いずれも当時とうじの標準的ひょうじゅんてきな道具どうぐ 高高こう 考証こうしょう妥当だとう
教会きょうかい的てき権力けんりょくが知ちの境界きょうかいを管理かんりする 大学だいがく・検けん邪じゃ聖せい省しょう・禁書きんしょ等とう、境界きょうかい管理かんりの制度せいどは実在じつざい 高高こう(構造こうぞうとして) ただし「教会きょうかい=反はん知性ちせいの一枚岩いちまいいわ」は俗説ぞくせつ。教会きょうかいは最大さいだいの学問がくもんパトロンでもあった定説ていせつ
処刑しょけい数すうの多おおさを思おもわせる恐怖きょうふの遍在へんざい 近年きんねんの研究けんきゅうでは異端いたん審問しんもんの死刑しけい執行しっこう数すうは俗説ぞくせつ的てきイメージより大幅おおはばに少すくない(第だい10章じっしょう原げん§10) 低低てい〜中なか 数かずの誇張こちょうはあるが、恐怖きょうふによる統制とうせいという機能きのう面めんは史実しじつと共鳴きょうめい

D現代げんだい評価ひょうか総評そうひょう:作品さくひんは「地動説ちどうせつ」という語ごに、史実しじつでは別々べつべつの時代じだいに属ぞくする要素ようそ——中世ちゅうせいの異端いたん審問しんもん制度せいどと、17世紀じゅうななせいきの地動説ちどうせつ論争ろんそう——を折おり畳たたんでいる。これは歴史れきし記述きじゅつとしては誤あやまりだが、思考しこう実験じっけんとしては強力きょうりょくである。問とわれているのは「15世紀じゅうごせいきに何なにがあったか」ではなく、「知ちが禁きんじられるとき、人間にんげんに何なにが起おこるか」だからである。

*(前半ぜんはんここまで。第だい11〜20章にじっしょうは後半こうはん原稿げんこうD1-2へ)*

作品さくひんが史実しじつを曲まげた角度かくどを測はかれば、作品さくひんが照てらそうとした場所ばしょが分わかる。

比較ひかく表ひょうの「妥当性だとうせい・低てい」の欄らんに並ならぶのは、作品さくひんの傷きずではなく、作品さくひんの意図いとの在あり処かだ。そして意図いとの中心ちゅうしんには、一ひとつの哲学的てつがくてきな穴あなが開ひらいている——同おなじ空そらを、二ふたつの理論りろんが説明せつめいできてしまうとき、人ひとは何なにを根拠こんきょに、一方いっぽうを真実しんじつと呼よぶのか。

Ⅺ

第だい11章じゅういっしょう 科学かがく哲学てつがく

21:54|フベルト × ラファウ

フベルトでは もし太陽たいようも星ほしも動うごかなかったら?
ラファウじゃあ 今いままさに空そらを動うごいているのは何なになんです?
フベルト地球ちきゅうだ

反証はんしょうの仮定かていと対抗たいこう仮説かせつが、三さん行ぎょうで交差こうさする。同おなじ観測かんそくが、二ふたつの宇宙うちゅう像ぞうを等ひとしく許ゆるしてしまう ── 観測かんそくが決きめ手てにならないとき、人ひとは何なにで選えらぶのか。第だい11章じゅういっしょうの科学かがく哲学てつがくは、この三さん行ぎょうの注釈ちゅうしゃくである。

結論けつろん:第だい1話いちわが突つきつける哲学的てつがくてき核心かくしんは「同おなじ空そらを、複数ふくすうの理論りろんが説明せつめいできる」という事実じじつである。ならば、何なにをもって一ひとつを真実しんじつと呼よべるのか——これは未解決みかいけつのまま現代げんだい科学かがくの足元あしもとにある問といである。

基礎きそ
  • 観測かんそく・仮説かせつ・理論りろん・モデル・予測よそく:観測かんそくは生せいのデータではない。「惑星わくせいが逆行ぎゃっこうした」と言いう時点じてんで、すでに恒星こうせいを基準系きじゅんけいに選えらぶという理論的りろんてき選択せんたくが入はいっている。観測かんそくは理論りろんを負荷ふかされている(theory-ladenness)定説ていせつ(科学かがく哲学てつがくの標準ひょうじゅん概念がいねんとして)。
  • 反証はんしょう(证伪/falsification)可能性かのうせい:ポパー(波普尔/Karl Popper)は「反証はんしょうされうる予測よそくを出だすこと」を科学かがくの目印めじるしとした。天動説てんどうせつも地動説ちどうせつも予測よそくを出だす点てんでは科学的かがくてきであり、この基準きじゅんは両者りょうしゃを単純たんじゅんに選別せんべつしない定説ていせつ。
発展はってん
  • 決定けってい不全ふぜん性せい(underdetermination):利用りよう可能かのうな観測かんそくデータが複数ふくすうの理論りろんと両立りょうりつする状況じょうきょう。15世紀じゅうごせいきの観測かんそく精度せいどでは、プトレマイオス体系たいけいと(後あとの)コペルニクス体系たいけいは経験けいけん的てきにほぼ等価とうかだった。実際じっさい、コペルニクス体系たいけいは当初とうしょ、予測よそく精度せいどで明確めいかくに勝かってはいない定説ていせつ。
  • Duhem–Quineテーゼ:理論りろんは単独たんどくで試験しけんされず、補助ほじょ仮説かせつの束たばとともに試験しけんされる。「視差しさが観測かんそくされない」は地動説ちどうせつの反証はんしょうにならない——「恒星こうせいは途方とほうもなく遠とおい」という補助ほじょ仮説かせつを足たせば整合せいごうするからである。アリスタルコスもコペルニクスも、まさにこの手てを使つかった定説ていせつ。
  • 実在論じつざいろん(实在论/realism)と道具主義どうぐしゅぎ(工具主义/instrumentalism):理論りろんは世界せかいの実像じつぞうを描えがくのか(実在論じつざいろん)、計算けいさんの道具どうぐにすぎないのか(道具主義どうぐしゅぎ)。『天球てんきゅう回転かいてん論ろん』(天体运行论/On the Revolutions of the Heavenly Spheres)に無断むだんで付ふされたオシアンダー(奥西安德/Andreas Osiander)の序文じょぶんは地動説ちどうせつを「計算けいさん仮説かせつ」として提示ていじした——道具主義どうぐしゅぎ的てき読解どっかいが理論りろんの生存せいぞん戦略せんりゃくになりうることを示しめす史実しじつである定説ていせつ。
大学院だいがくいん
  • では何なにが決きめ手てになるのか。候補こうほは、説明せつめいの統一性とういつせい(コペルニクス体系たいけいでは逆行ぎゃっこうが「装置そうち」でなく地球ちきゅうの追おい越こしから自然しぜんに導みちびかれる)、単純たんじゅん性せい、新奇しんきな予測よそくの的中てきちゅう(金星きんせいの満みち欠かけ、1610年ねん)、他ほか分野ぶんやとの整合せいごう(力学りきがく)——だがこれらのどれ一ひとつとして論理的ろんりてきに強制力きょうせいりょくを持もたない。理論りろん選択せんたくには認識にんしき的てき価値かちの重おもみ付づけという、規範きはん的てきな判断はんだんが残のこる。第だい1話いちわのフベルトが「美うつくしさ」を挙あげるのは、素朴そぼくなのではない。理論りろん選択せんたくの基準きじゅんの一ひとつを、剥むき出だしで言いっているのである。
同一観測・二つの宇宙 観測は同じ。宇宙像は二つ。押すと片方が強調される。 共通の観測 ── 火星の逆行 地球 火星 天動説 ── 周転円で再現 周転円の回転が逆向きに重なる区間で、逆行が起きる 太陽 地動説 ── 追い越しの幾何 内側の地球が火星を追い越すとき、視線の束が逆戻りする 観測は同じ。宇宙像は二つ。 それぞれの枠を押すと、その側が強調される
図ず 19同おなじ空そらが、二ふたつの理論りろんで説明せつめいできる。
決定不全性の天秤 データは理論を一つに決めない。 同じ観測点の列に、 二本の理論曲線が同等に当てはまる 理論 視差なし 観測装置の仮説 恒星は遠い 理論は、補助仮説の束とともに試験される 「視差なし」+「恒星は遠い」で、地動説は守れる
図ず 20データは、理論りろんを一ひとつに決きめない。
美と真理の危うい橋 美は理論選択の実働基準だが、保証ではない。 理論の候補 「真理」と 呼ばれる場所 単純性 対称性 説明力 美しくて誤った理論の墓標もある
図ず 21美びは理論りろん選択せんたくの実働じつどう基準きじゅんだが、保証ほしょうではない。

同おなじ空そらを二ふたつの理論りろんが説明せつめいできるとき、選択せんたくを決きめるのは論理ろんりではない。その人ひとが何なにを大切たいせつにするか、である。

科学かがく哲学てつがくは、この問といに完全かんぜんな答こたえを持もっていない。持もっていないまま、科学かがくは進すすんできた。そこにフベルトは、哲学者てつがくしゃたちが言いいよどんできた基準きじゅんを、剥むき出だしで置おく。美うつくしいから、と。この言葉ことばを素朴そぼくと笑わらう前まえに、それがどの伝統でんとうの水脈すいみゃくから湧わいた言葉ことばなのかを確たしかめたい。

Ⅻ

第だい12章じゅうにしょう 宗教しゅうきょう哲学てつがく

09:15|ポトツキ

罪つみを許ゆるせるのも 敬虔けいけんな信徒しんとの証あかしだ

善意ぜんいである。そしてその善意ぜんいが、偽装ぎそう転向てんこうした学者がくしゃを市中しちゅうに放はなち、義理ぎりの息子むすこを異端いたんの系譜けいふに接続せつぞくする。信仰しんこうの徳目とくもくが物語ものがたりを駆動くどうする ── 本作ほんさくの宗教しゅうきょうは、単たんなる抑圧よくあつの装置そうちではなく、出来事できごとを生うむ文法ぶんぽうとして描えがかれている。

結論けつろん:フベルトの「神かみが作つくったものはすべて美うつくしい」は、史実しじつの神学しんがくから見みて異端いたんの言葉ことばではない。むしろ自然しぜん神学しんがく(自然神学/natural theology)の伝統でんとうのど真まん中なかにある。作品さくひんの悲劇ひげき性せいは、正統的せいとうてきでありえた動機どうきが制度せいどによって異端いたんとされる点てんにある。

発展はってん

C史実しじつ

  • 「天てんは神かみの栄光えいこうを語かたる」(詩篇しへん19)以来いらい、被ひ造物ぞうぶつの秩序ちつじょと美びから創造者そうぞうしゃへ遡さかのぼる思考しこう——自然しぜん神学しんがく——はキリスト教きょう(基督教/Christianity)思想しそうの主要しゅような水脈すいみゃくである定説ていせつ。アウグスティヌスにおける秩序ちつじょの美び、アクィナス(阿奎那/Aquinas)における第だい五ごの道みち(目的論もくてきろん〔目的论/teleology〕的てき証明しょうめい)は、自然しぜんの探究たんきゅうを敬虔けいけんの一いち形式けいしきとなしうる論理ろんりを提供ていきょうした定説ていせつ。
  • したがってA作品さくひん世界せかいフベルトの動機どうきづけ(美び→研究けんきゅう)は、思想しそう内容ないようとしては中世ちゅうせい神学しんがくと接続せつぞく可能かのうである。彼かれを異端いたんにするのは動機どうきではなく、制度せいどが引ひいた境界線きょうかいせんと、その線せんを越こえる意志いしである。D現代げんだい評価ひょうかこの分離ぶんり——「何なにを信しんじるか」ではなく「誰だれの権威けんい(权威/authority)に従したがうか」が異端いたんを決きめる——は、第だい13章じゅうさんしょうの異端いたん論ろんの核心かくしんへつながる。
  • 異端いたん(heresy)の概念がいねん整理せいり(原げん§9):heresyは洗礼せんれいを受うけた者ものが教義きょうぎ(教义/doctrine)の一部いちぶを頑固がんこに選えらび取とる(hairesis=選択せんたく)こと。heterodoxy(非ひ正統せいとう)は逸脱いつだつの程度ていどが低ひくいもの、apostasy(背教はいきょう)は信仰しんこう全体ぜんたいの放棄ほうき、blasphemy(冒涜ぼうとく)は聖せいなるものへの侮辱ぶじょく発言はつげん、schism(離り教きょう)は教義きょうぎでなく統治権とうちけんをめぐる分裂ぶんれつ定説ていせつ。中世ちゅうせいにおいて異端いたんが重罪じゅうざいだったのは、それが単たんなる誤謬ごびゅうでなく、救済きゅうさい共同体きょうどうたい(共同体/community)の秩序ちつじょへの反逆はんぎゃく——魂たましいの伝染病でんせんびょう——とみなされたからである定説ていせつ。
異端の分類 ── 五つの概念 異端は間違いではなく、共同体の秩序の問題だった。 教会共同体 heresy 異端 内側で一部を選び取る(hairesis=選択) heterodoxy 非正統 円周ぎりぎりの内側。逸脱の程度が低い apostasy 背教 信仰全体の放棄。外へ出る blasphemy 冒涜 聖なるものへの侮辱の発言 schism 離教 教義でなく統治権をめぐる分裂
図ず 22異端いたんは「間違まちがい」ではなく、共同体きょうどうたいの秩序ちつじょの問題もんだいだった。

フベルトの動機どうきは異端いたんではなかった。異端いたんにしたのは、線せんを引ひく権力けんりょくと、線せんを越こえる意志いしである。

被ひ造物ぞうぶつの美びから創造者そうぞうしゃへ遡さかのぼる道みちは、神学しんがくの王道おうどうだった。ならばフベルトを異端いたんにしたのは、彼かれが信しんじた内容ないようではない。境界線きょうかいせんと、それを越こえる意志いしである。そしてその越境えっきょうの一歩いっぽ目めは、天文学てんもんがくの主張しゅちょうですらなかった。「見みている自分じぶんも、動うごいているかもしれない」——認識にんしきの足場あしばそのものへの疑うたがいである。

ⅩⅢ

第だい13章じゅうさんしょう 認識論にんしきろん

22:25|フベルト

太陽たいようが昇のぼるのではなく
我々われわれが下くだるのだ

同おなじ夜明よあけを、逆ぎゃくから記述きじゅつする一行いちぎょう。観測かんそくは何なにひとつ変かわらない。変かわるのは、観測かんそく者しゃをどこに座すわらせるかだけである。世界せかいを変かえずに、世界せかいの見みえ方かたの根ねだけを変かえる ── 認識論にんしきろんが教室きょうしつの外そとでこれほど鮮烈せんれつに語かたられることは、めったにない。

結論けつろん:地動説ちどうせつの革命かくめい性せいは「太陽たいようと地球ちきゅうの入いれ替かえ」ではない。「観測かんそく者しゃ自身じしんが動うごいているかもしれない」という反省はんせいを、知ちの体系たいけいの中心ちゅうしんに据すえたことである。

発展はってん
  • 通常つうじょう、私わたしたちは世界せかいを測はかるとき、自分じぶんの立たち位置いちを暗黙あんもくの不動点ふどうてんとする。地動説ちどうせつはこの不動点ふどうてんそのものを疑うたがう。見みかけの運動うんどう=対象たいしょうの運動うんどう+観測かんそく者しゃの運動うんどうという分解ぶんかいを導入どうにゅうした瞬間しゅんかん、あらゆる観測かんそくは「自分じぶんはどう動うごいているか」という自己じこ言及げんきゅう的てきな問といを含ふくむことになる。
  • ビュリダンの船ふねの例れいC史実しじつはこの構造こうぞうを先取さきどりしていた:岸沿きしぞいを進すすむ船ふねの中なかでは、自分じぶんが動うごいているのか岸きしが動うごいているのか、観測かんそくだけからは決定けっていできない定説ていせつ。オレームはこれを天てんへ拡張かくちょうし、回まわる地球ちきゅうと回まわる天球てんきゅうは観測かんそく的てきに区別くべつ不能ふのうであることを示しめした定説ていせつ。
  • 大学院だいがくいん D現代げんだい評価ひょうかこの「観測かんそく者しゃの反省はんせい」は、デカルト(笛卡尔/Descartes)の方法ほうほう的てき懐疑かいぎ(主体しゅたい〔主体/the subject〕の発見はっけん)より150年ねん以上いじょう早はやく、認識にんしきの足場あしばを揺ゆらしている——ただしこれは時代錯誤じだいさくごを明示めいじした上うえでの比較ひかくである。オレームらは近代的きんだいてき主体しゅたいを論ろんじたのではなく、あくまでアリストテレス注釈ちゅうしゃくの枠わく内ないで運動うんどうの相対性そうたいせいを論ろんじた。それでも、相対性そうたいせいの論理ろんりと主体しゅたいの問といが構造的こうぞうてきに同型どうけいであることは、思想史しそうしの見みどころである。のちに一般いっぱん相対論そうたいろんが「特権的とっけんてきな基準系きじゅんけいは存在そんざいしない」と述のべるとき(第だい15章じゅうごしょう)、この14世紀じゅうよんせいきの議論ぎろんは遠とおい予兆よちょうとして振ふり返かえられることになる。
同じ夜明け ── 二つの記述 同じ日の出の景色が二枚並び、矢印の付く場所だけが違う。 太陽が昇る、と記す 我々が下る、と記す 星も太陽も、東から昇って見える 同じ見かけ ── 回っているのは足元 同じ朝を、二つの文が正しく記述する
図ず 23「太陽たいようが昇のぼるのではなく 我々われわれが下くだるのだ」(22:25)── 見みかけの運動うんどうは同一どういつで、違ちがうのは観測かんそく者しゃをどちらの席せきに座すわらせるかだけである。
ビュリダンの船 ── 観測だけでは決まらない 見かけの運動は、対象の運動と観測者の運動の和である。 「船が動いている」 「岸が動いている」 岸は止まり、船が進む 船は止まり、岸が退く 見かけの運動 = 対象の運動 + 観測者の運動 船の中の観測だけからは、どちらか決定できない ── オレームはこれを天へ拡張した 回る地球と回る天球は、観測的に区別不能である
図ず 24地面じめんは動うごかない。動うごいたのは、人間にんげんの視点してんだった。

地面じめんは動うごかない。動うごいたのは、人間にんげんの視点してんだった。

観測かんそく者しゃは動うごいている。この一文いちぶんは宇宙うちゅうの記述きじゅつであると同時どうじに、少年しょうねんの記述きじゅつでもある。危険きけんだと頭あたまで理解りかいしながら、心こころが既すでに動うごき出だしている者ものの。その内側うちがわで何なにが起おきているのかを、診断しんだんではなく、機序きじょとして見みる。

ⅩⅣ

第だい14章じゅうよんしょう 心理学しんりがく

06:44/07:01|ラファウ(独白どくはく)

僕ぼくの信条しんじょうは“合理的ごうりてきに生いきる”だ
合理的ごうりてきなものは 常つねに美うつくしいのだ

外面そとづらの謙虚けんきょと内面ないめんの侮蔑ぶべつを往復おうふくする独白どくはくのなかで、この一行いちぎょうだけが本音ほんねの核かくである。合理ごうり=美びの等式とうしきを信しんじる者ものは、より美うつくしい合理ごうりに出会であったとき、防具ぼうぐを持もたない。第だい1話いちわの心理劇しんりげきは、この等式とうしきが陥落かんらくするまでの記録きろくである。

結論けつろん:ラファウを診断しんだんしてはならない。だが「危険きけんだと理解りかいしていながら知しりたくなる」という彼かれの状態じょうたいは、認知にんち科学かがくの標準ひょうじゅん概念がいねんで機序きじょとして記述きじゅつできる。

発展はってん
  • 認にん知的ちてき不ふ協和きょうわ:「神学しんがくを選えらぶのが賢かしこい」という自己じこ像ぞうと、「天文てんもんに心こころを奪うばわれている」という事実じじつの衝突しょうとつ。不ふ協和きょうわの解消かいしょうは、行動こうどうを変かえるか、認知にんちを変かえるか、どちらかを要求ようきゅうする。第だい1話いちわはこの圧力あつりょくが高たかまっていく過程かていとして読よめる。
  • 知的ちてき好奇心こうきしん(epistemic curiosity):情報じょうほうの欠落けつらく(知識ちしきのギャップ)そのものが動因どういんとなる。フベルトの仮説かせつは、ラファウの中なかに「埋うめずにいられないギャップ」を開あけた。好奇心こうきしん研究けんきゅうでは、好奇心こうきしんはしばしば報酬ほうしゅう予測よそくや不ふ確実性かくじつせい低減ていげんの回路かいろで説明せつめいされ、危険きけんの認知にんちと独立どくりつに駆動くどうしうる。
  • 同調どうちょうと社会的しゃかいてき望のぞましさ:「周囲しゅういの期待きたいに応こたえる神童しんどう」というラファウの立たち位置いちは、社会的しゃかいてき承認しょうにんを最適化さいてきかする戦略せんりゃくである。彼かれの「世界せかいはチョロい」という態度たいどA作品さくひん世界せかいは、承認しょうにんゲームの攻略こうりゃくが容易よういであることの表明ひょうめいであり、裏返うらがえせば、そのゲームが彼かれの全力ぜんりょくを要求ようきゅうしていないことの表明ひょうめいでもある。
  • 内発的ないはつてき動機どうき:報酬ほうしゅうや承認しょうにんのためでなく、活動かつどうそれ自体じたいが目的もくてきとなる動機どうき。フベルトが命いのちの危険きけんと引ひき換かえにしてでも観測かんそくを続つづける行動こうどうは、外的がいてき報酬ほうしゅうでは説明せつめいできず、内発的ないはつてき動機どうきの極限形きょくげんけいとして記述きじゅつするのが最もっとも節約せつやく的てきである。
  • D現代げんだい評価ひょうか注意ちゅうい:以上いじょうはいずれも行動こうどうの記述きじゅつ装置そうちであって、登場とうじょう人物じんぶつへの診断しんだんではない(原げん§14)。また「好奇心こうきしんは美徳びとく」と即断そくだんもしない。好奇心こうきしんが人ひとを破滅はめつさせる可能性かのうせいこそ、作品さくひんが正面しょうめんから描えがこうとしているものである。
好奇心の回路 診断図ではなく、機序図である。 自己像 「神学を選ぶのが賢い」 事実 天文に心を奪われている 知識のギャップ 埋めずにいられない欠落 認知的不協和 衝突が圧力になる 好奇心 ── 危険の認知と独立に点火 行動を変える 認知を変える ※ 機序の記述であり、診断ではない
図ず 25診断しんだん図ずではなく、機序きじょ図ずである。

02:19|ノヴァク

答こたえは激痛げきつうです
結局けっきょく そういうシンプルなのが一番いちばん困こまるらしいですよ

帳簿ちょうぼを付つけるように爪つめを数かぞえ、帰かえりの時間じかんを気きにしながら拷問ごうもんする。悪あくはここで、憎悪ぞうおではなく事務じむとして描えがかれる。この凡庸ぼんようさの造形ぞうけいが、弾圧だんあつを「狂信者きょうしんしゃの暴走ぼうそう」と要約ようやくする安易あんいな読よみを禁きんじている。

好奇心こうきしんは、危険きけんの認知にんちと別べつの回路かいろで点火てんかする。だから人ひとは、震ふるえながら知しりたがる。

好奇心こうきしんの回路かいろは、六百年ろっぴゃくねん前まえの少年しょうねんの中なかでも、いまこれを読よむあなたの中なかでも、同おなじように点火てんかする。ならば最後さいごに確たしかめよう。あの夜よるフベルトが指さした方向ほうこうに、現代げんだいの科学かがくは何なにを見みつけたのか。答こたえは「地動説ちどうせつは正ただしかった」——ではない。もっと奇妙きみょうで、もっと美うつくしい。

ⅩⅤ

第だい15章じゅうごしょう 現代げんだい科学かがくから見みるとどうなるか

10:19|ラファウ(独白どくはく)

蓋ふたを開あければ 複雑ふくざつな軌道きどう計算けいさんとバラバラな星ほしの集あつまり
天文てんもんを続つづけるのは合理的ごうりてきじゃない

現代げんだいの答こたえ合あわせをすれば、この幻滅げんめつは半分はんぶん正ただしい。プトレマイオスの円えんは、確たしかに継つぎ接はぎだった。だが「バラバラ」の底そこには一ひとつの力学りきがくが眠ねむっていた ── 幻滅げんめつは、より深ふかい秩序ちつじょの一歩いっぽ手前てまえで起おきる。

結論けつろん:「地動説ちどうせつは正ただしかった」で終おわらせてはならない。現代げんだい物理学ぶつりがくの答こたえはもっと奇妙きみょうで、もっと美うつくしい——「絶対的ぜったいてきな静止せいしも、宇宙うちゅうの中心ちゅうしんも、存在そんざいしない」。

基礎きそ

D現代げんだい評価ひょうか

現在げんざいの理解りかいでは、あなたは同時どうじに多重たじゅうの運動うんどうの中なかにいる:

  • 地球ちきゅうの自転じてん(赤道せきどうで約やく1,670 km/h)
  • 太陽たいよう周まわりの公転こうてん(約やく107,000 km/h)。厳密げんみつには地球ちきゅうは太陽たいようではなく太陽系たいようけいの重心じゅうしんの周まわりを回まわり、太陽たいよう自身じしんもその重心じゅうしんの周まわりをわずかに揺ゆれている。
  • 太陽系たいようけいごと銀河系ぎんがけいを公転こうてん(約やく85万はちじゅうごまん km/h、一周いっしゅうに約やく2億におく年ねん)
  • 銀河系ぎんがけいは局所きょくしょ銀河群ぎんがぐんの中なかを運動うんどうし、局所きょくしょ銀河群ぎんがぐんも大規模だいきぼ構造こうぞうの重力じゅうりょくに引ひかれて運動うんどうする
  • そして空間くうかんそのものが膨張ぼうちょうしている
発展はってん
  • 「中心ちゅうしん」の問といの変質へんしつ:一般いっぱん相対論そうたいろんにおいて、すべての運動うんどうは基準系きじゅんけいに相対的そうたいてきであり、力学りきがく法則ほうそくを特別とくべつ扱あつかいする絶対ぜったい静止せいし系けいは存在そんざいしない。宇宙うちゅう膨張ぼうちょうは「中心ちゅうしんから広ひろがる爆発ばくはつ」ではなく、どの点てんから見みても他ほかのすべてが遠とおざかる、中心ちゅうしんなき膨張ぼうちょうである定説ていせつ。
  • したがって「天動説てんどうせつと地動説ちどうせつのどちらが正ただしいか」への現代げんだいの厳密げんみつな答こたえは、「地動説ちどうせつ」ではなく「計算けいさんが最もっとも単純たんじゅんになる基準系きじゅんけいを選えらべ」である。太陽たいよう中心ちゅうしん系けいが優すぐれているのは、それが絶対的ぜったいてきに真しんだからではなく、惑星わくせい運動うんどうの記述きじゅつが圧倒的あっとうてきに単純たんじゅんになるからである定説ていせつ。
  • D現代げんだい評価ひょうかこれは相対そうたい主義しゅぎ(相对主义/relativism)ではない。基準系きじゅんけいの選択せんたくは自由じゆうだが、どの基準系きじゅんけいでも成なり立たつ不変ふへんの構造こうぞう(法則ほうそく)がある——真理しんりは「どこが中心ちゅうしんか」から「何なにが不変ふへんか」へ、住所じゅうしょを移うつしたのである。第だい1話いちわの問とい「何なにが動うごいているのか」は、現代げんだいでは「その問といの立たて方ほう自体じたいが変かわった」という形かたちで答こたえられる。フベルトの仮説かせつは、正解せいかいだったのではない。より深ふかい問といへの扉とびらだったのである。
あなたは今も、運ばれている 多重の運動。最外周は閉じない ── 中心なき膨張。 あなた ① 自転 ② 公転 ③ 銀河系を公転 ④ 局所銀河群の中の運動 ⑤ 大規模構造への流れ 約 1,670 km/h(赤道) 約 107,000 km/h ── 厳密には太陽系の重心のまわり 約 850,000 km/h・一周に約 2 億年 ⑥ 宇宙膨張 ── 最外周は閉じない。中心なき膨張
図ず 26静止せいしは虚構きょこうである。

宇宙うちゅうに中心ちゅうしんはなかった。真理しんりは「どこが中心ちゅうしんか」から「何なにが不変ふへんか」へ、静しずかに住所じゅうしょを移うつした。

中心ちゅうしんは、消きえた。あなたは今いまこの瞬間しゅんかんも、自転じてんし、公転こうてんし、銀河ぎんがを巡めぐり、膨張ぼうちょうする空間くうかんを運はこばれている。「静止せいし」とは、人間にんげんが発明はつめいした最もっとも居心地いごこちのよい虚構きょこうである。——だが、結果けっかを知しる私わたしたちの目めもまた、一ひとつの偏かたよった基準系きじゅんけいだ。その偏かたよりを、次章じしょうで数かぞえ上あげる。

ⅩⅥ

第だい16章じゅうろくしょう 私わたしが見落みおとしやすい視点してん

10:29|ラファウ(独白どくはく)

それに ずっと遠とおくの世界せかいの話はなしだ
どんなに背伸せのびしたって 人間にんげんは近ちかづけない

触ふれられないものは知しりえない ── この十五じゅうご世紀せいきの常識じょうしきは、実じつは十九じゅうきゅう世紀せいきまで生いき延のびた。星ほしの組成そせいは永遠えいえんに不可ふか知ちだと哲学者てつがくしゃが断言だんげんした数十すうじゅう年後ねんごに、分光学ぶんこうがくがそれを覆くつがえしている。見落みおとしの型かたは、時代じだいを超こえて反復はんぷくする。

結論けつろん:結果けっかを知しる現代人げんだいじんの目めは、系統的けいとうてきに歪ゆがむ。最低限さいていげん、以下いかの16項目じゅうろくこうもくを自己じこ点検てんけんする。

  1. 後あと知恵ちえバイアス:地動説ちどうせつの勝利しょうりを知しっているから天動説てんどうせつが愚おろかに見みえる。当時とうじの証拠しょうこ状況じょうきょうでは天動説てんどうせつが経験けいけん的てきに優位ゆういだった。
  2. 天才てんさい史観しかん:コペルニクスを起点きてんに見みると、1800年ねん分ぶんの集団しゅうだん作業さぎょう(イスラーム圏けんを含ふくむ)が消きえる。
  3. 「暗黒あんこくの中世ちゅうせい」枠組わくぐみ:中世ちゅうせいは大学だいがく・論理学ろんりがく・光学こうがく・運動うんどう論ろんが発展はってんした時代じだいである。
  4. 平面へいめん地球ちきゅう神話しんわ:19世紀じゅうきゅうせいき製せいの捏造ねつぞう。教育きょういく層そうは球体きゅうたい地球ちきゅうを常識じょうしきとしていた。
  5. 「教会きょうかい=反はん知性ちせい」の一枚岩いちまいいわ化か:教会きょうかいは弾圧だんあつの主体しゅたいでもあり、学問がくもんの最大さいだいのパトロンでもあった。両立りょうりつが史実しじつである。
  6. 異端いたん=科学者かがくしゃという誤読ごどく:中世ちゅうせい異端いたん審問しんもんの主しゅ対象たいしょうは宗教しゅうきょう運動うんどうであり、自然しぜん哲学てつがく者ものではない。
  7. 拷問ごうもん・処刑しょけい数すうの誇張こちょう:近年きんねんの実証じっしょう研究けんきゅうは俗説ぞくせつ的てきな数かずを大幅おおはばに下方かほう修正しゅうせいしている(それでも強制きょうせいの道徳的どうとくてき問題もんだいは消きえない)。
  8. 地動説ちどうせつ=単純たんじゅんという思おもい込こみ:コペルニクス体系たいけいも周転しゅうてん円えんを使つかい、円軌道えんきどうのままでは精度せいどは劇的げきてきに向上こうじょうしていない。単純化たんじゅんかが完成かんせいするのはケプラー以後いご。
  9. 「観測かんそくすれば分わかる」という素朴そぼく経験けいけん主義しゅぎ:視差しさの不在ふざいのように、観測かんそくは補助ほじょ仮説かせつ込こみでしか理論りろんを裁さばけない。
  10. 動機どうきの単色たんしょく化か:フベルト的てき人物じんぶつの動機どうきを「科学かがく精神せいしん」と呼よぶのは時代錯誤じだいさくご。美びと敬虔けいけんと反骨はんこつは当時とうじ、分離ぶんりしていない。
  11. ラファウの「賢かしこさ」への過小かしょう評価ひょうか:神学しんがく選択せんたくは保身ほしんではなく、当時とうじの合理性ごうりせいの正解せいかいである。彼かれは最初さいしょから愚おろかではなく、最初さいしょから賢かしこい——だからこそ転回てんかいに意味いみがある。
  12. 翻訳ほんやくの連鎖れんさの不可視ふかし化か:ギリシア語ご→アラビア語ご→ラテン語ごという翻訳ほんやく事業じぎょうなしに15世紀じゅうごせいきの知ちは存在そんざいしない。
  13. 観測かんそく器具きぐと身体しんたい:フベルトの弱よわった視力しりょくA作品さくひん世界せかいは、前望遠鏡ぜんぼうえんきょう時代じだいの天文学てんもんがくが「肉眼にくがんの寿命じゅみょう」に制約せいやくされた営いとなみだったことC史実しじつを照てらす。観測かんそくとは身体しんたい行為こういである。
  14. 記録きろくという主役しゅやく:ラファウの蝋板ろうばんが物語ものがたりを駆動くどうする。科学かがくの連続れんぞく性せいは天才てんさいの脳のうではなく、外部がいぶ化かされた記録きろくが担になう。
  15. 「作品さくひんは地動説ちどうせつの話はなし」という表層ひょうそう読よみ:第だい1話いちわの主題しゅだいは天文学てんもんがく説せつではなく、知ち・自由じゆう・主体しゅたい性せいである(原げん§19)。天文学てんもんがくはその舞台ぶたいである。
  16. フィクションの変形へんけいを「誤あやまり」と即断そくだんする読よみ:第だい10章じっしょうの通とおり、変形へんけいは主題しゅだいを凝縮ぎょうしゅくするための圧縮あっしゅくであり、その圧縮率あっしゅくりつを測はかることが分析ぶんせきである。
十六の死角 ── 結果を知る者のレンズ 視線はレンズで折れ曲がる。札の全文は本文の十六項目にある。 現代人の目 レンズ 後知恵バイアス 1 天才史観 2 「暗黒の中世」 3 平面地球神話 4 「教会=反知性」 5 異端=科学者 6 数の誇張 7 地動説=単純 8 素朴経験主義 9 動機の単色化 10 賢さの過小評価 11 翻訳の不可視化 12 器具と身体 13 記録という主役 14 表層読み 15 変形=誤り 16 十六項目の全文は本文にある。番号は本文の番号と対応する
図ず 27結果けっかを知しる者ものの目めは、それ自体じたいが一ひとつの歪ゆがんだレンズである。

結果けっかを知しる者ものの目めは、それ自体じたいが一ひとつの歪ゆがんだレンズである。

十六じゅうろくの死角しかくを数かぞえ終おえても、まだ足たりない。最もっとも見みえにくい死角しかくは、「この作品さくひんをどう読よむべきか」という読よみ自体じたいの中なかにある。だから最後さいごの点検てんけんとして、通説つうせつ的てきな読よみへの反論はんろんを、あえて五いつつ、育そだててみる。

ⅩⅦ

第だい17章じゅうななしょう 反対はんたい解釈かいしゃく

20:29|ラファウ

美うつくしいかなんて 個人こじんの感覚かんかく的てき反応はんのうです
学術的がくじゅつてき真実しんじつとは関係かんけいないですよ

本章ほんしょうの反対はんたい解釈かいしゃくを、第だい1話いちわは自前じまえで装備そうびしている。美びの訴うったえを主観しゅかんと切きり捨すてるこの反論はんろんは、現代げんだいの科学かがく哲学てつがくでも正当せいとうな立場たちばである。美びを賭かけ金きんにした作品さくひんが、美びへの最強さいきょうの反論はんろんを主人公しゅじんこう自身じしんに言いわせている ── この両りょう利りきが、本作ほんさくを単純たんじゅんな賛歌さんかから救すくっている。

結論けつろん:一般的いっぱんてきな読よみ(「知ちへの殉教じゅんきょう〔殉教/martyrdom〕の賛歌さんか」)に対たいし、少すくなくとも以下いかの5つの対抗たいこう読解どっかいが成立せいりつする。分析ぶんせきはこれらを排除はいじょせず併存へいそんさせるべきである。

  1. フベルト有害論ゆうがいろん:フベルトは12歳じゅうにさいの子供こどもを脅迫きょうはくし、死刑しけいリスクのある活動かつどうへ引ひき込こんだ。「知ちの継承けいしょう」は「危険きけんの転嫁てんか」と紙一重かみひとえであり、第だい1話いちわは美談びだんではなく倫理的りんりてき告発こくはつとして読よめる。
  2. 好奇心こうきしん批判ひはん論ろん:作品さくひんは好奇心こうきしんを賛美さんびしているのではなく、好奇心こうきしんが人ひとを破滅はめつさせる過程かていの観察かんさつ記録きろくである。「知しりたい」は美徳びとくである前まえに、制御せいぎょ不能ふのうの欲動よくどうとして描えがかれている。
  3. 合理性ごうりせい擁護論ようごろん:ラファウの当初とうしょの処世しょせい(神学しんがく選択せんたく)こそ、限定げんてい合理性ごうりせいの下もとでの正解せいかいであり、物語ものがたりはそれを「転落てんらく」させる装置そうちである。読者どくしゃが「目覚めざめ」と読よむ場面ばめんは、「破滅はめつの始はじまり」とも読よめる。
  4. 制度せいど側がわの論理ろんり:境界きょうかい管理者かんりしゃ(審問しんもん側がわ)から見みれば、共同体きょうどうたいの救済きゅうさい秩序ちつじょを守まもることは義務ぎむである。作品さくひんを「個人こじん vs 悪あくの組織そしき」でなく「二ふたつの責任せきにん倫理りんりの衝突しょうとつ」として読よむ余地よちがある(後あとの展開てんかいを使つかわず、第だい1話いちわの描写びょうしゃの範囲はんいでも、この読よみの萌芽ほうがは置おける)。
  5. 美びへの懐疑論かいぎろん(怀疑论/skepticism):フベルトの「美うつくしいから」は、認識論にんしきろん的てきに危険きけんな基準きじゅんである。美うつくしくて誤あやまった理論りろんは科学史かがくしに多数たすうある(定常ていじょう宇宙論うちゅうろん〔宇宙论/cosmology〕など)。第だい1話いちわは美的びてき認識論にんしきろんの魅力みりょくと危あやうさを同時どうじに提示ていじしていると読よめる。
併存する五つの読み 中心とつながる五つの枠。矢印は両向きで、どちらも消えない。 通説の読み 「知への殉教の賛歌」 ① フベルト有害論 ② 好奇心批判論 ③ 合理性擁護論 ④ 制度側の論理 ⑤ 美への懐疑論 「知の継承」は「危険の転嫁」と紙一重 破滅の過程の観察記録として読む 神学選択こそ限定合理性の正解 二つの責任倫理の衝突として読む 美しくて誤った理論は多数ある 五つとも完全には退けられない ── 退けずに並べておくことが、分析の姿である
図ず 28最もっとも強つよい読解どっかいとは、反論はんろんを消けした読解どっかいではなく、反論はんろんと同居どうきょできる読解どっかいである。

最もっとも強つよい読解どっかいとは、反論はんろんを消けした読解どっかいではなく、反論はんろんと同居どうきょできる読解どっかいである。

五いつつの反対はんたい解釈かいしゃくは、どれも完全かんぜんには退しりぞけられない。退しりぞけられないまま並ならべておくこと——それが、最もっとも根拠こんきょが強つよく、かつ複数ふくすうの解釈かいしゃく可能性かのうせいを保存ほぞんした分析ぶんせきということの、実際じっさいの姿すがたである。ここで一度いちど、登場とうじょうした人ひとと概念がいねんを、小ちいさな辞典じてんに整列せいれつさせる。

ⅩⅧ

第だい18章じゅうはっしょう 重要人物じゅうようじんぶつ・概念がいねん辞典じてん

15:08|フベルト

私わたしは学者がくしゃだ
誰だれに何なにを言いわれても 研究けんきゅうを捨すてるつもりはない

辞典じてんに並ならぶ人物じんぶつは、全員ぜんいんが冒頭ぼうとうの問とい ──「何なにをささげれば」── への異ことなる答こたえである。フベルトの答こたえがこれで、ポトツキの「天文てんもんはやめろ」とフベルトの「天文てんもんをやれ」のあいだに、ラファウは立たたされる。相関図そうかんずの矢印やじるしは、命令めいれいの綱引つなひきでもある。

結論けつろん:第だい1話いちわ理解りかいの最小さいしょう辞典じてん。各かく項目こうもくは本文ほんぶん該当がいとう章しょうへの索引さくいんを兼かねる。

作中さくちゅうA作品さくひん世界せかい:ラファウ(神童しんどう、神学しんがく専攻せんこうを宣言せんげん、天文てんもんに情熱じょうねつ)/フベルト(元もと学者がくしゃ、異端いたんで拷問ごうもん・投獄とうごく、地動説ちどうせつを命名めいめい)/ポトツキ(ラファウの義父ぎふ)/ノヴァク(異端いたん審問しんもん官かん。第だい1話いちわ時点じてんでは役割やくわりの提示ていじまで)

史実しじつ・概念がいねんC史実しじつ:

  • アリストテレス:月下界げっかかい/月上界げつじょうかい、四元素しげんそ、自然しぜん運動うんどう(第だい4章よんしょう)
  • アリスタルコス:古代こだいの太陽たいよう中心ちゅうしん説せつ(第だい4章よんしょう)
  • プトレマイオス:『アルマゲスト』、従円じゅうえん・周転しゅうてん円えん・離心りしん円えん・エカント(第だい5章ごしょう)
  • イブン・アル=ハイサム:『プトレマイオス疑義ぎぎ』、エカント批判ひはんの口火くちび(第だい8章はっしょう)
  • マラーガ学派がくは/イブン・アル=シャーティル:トゥースィー対たい円えん、ウルディーの補題ほだい、エカントなしの高こう精度せいどモデル(第だい8章はっしょう)
  • ビュリダン:インペトゥス理論りろん、運動うんどうの相対性そうたいせい(第だい8・13章じゅうさんしょう)
  • オレーム:『天体てんたい地体ちたい論ろん』(论天与地/Livre du ciel et du monde)、自転じてん反対論はんたいろんの論駁ろんばくと地球ちきゅう静止せいしの結論けつろん(第だい8・13章じゅうさんしょう)
  • アクィナス:理性りせいと啓示けいじの総合そうごう(第だい7章ななしょう)
  • 1277年ねん禁令きんれい:219命題めいだいの教授きょうじゅ禁止きんし(第だい7章ななしょう)
  • トリウィウム(三艺/the trivium)/クワドリウィウム(四艺/the quadrivium):三さん学がく四科しか。天文学てんもんがくは四科しかの一いち(第だい6章ろくしょう)
  • heresy/heterodoxy/apostasy/blasphemy/schism:異端いたん5概念がいねん(第だい12章じゅうにしょう)
  • 決定けってい不全ふぜん性せい/Duhem–Quine/理論りろん負荷ふか(理论负载/theory-ladenness)性せい:科学かがく哲学てつがくの中核ちゅうかく装置そうち(第だい11章じゅういっしょう)
  • 恒星こうせい視差しさ:公転こうてんの直接ちょくせつ証拠しょうこ。1838年ねんベッセルが初はつ検出けんしゅつ(第だい9・15章じゅうごしょう)
第1話の人物 ── 四人だけの相関図 作中の確定事項だけで引いた線。 ラファウ 神童・神学専攻を宣言 ポトツキ 義父 フベルト 元学者・異端 ノヴァク 異端審問官 迎えに行くよう頼む 観測を強要する 第1話では役割の提示まで 「天文はやめろ」── 08:42 「だから天文をやれ 私のために」── 16:16 蝋板の観測記録に目を留める Layer A ── 作中の確定事項だけで引いた線 フベルトは偽って出所しており、弱った視力の代わりの観測者を探していた
図ず 29四人よにんと、一いち枚まいの蝋板ろうばん。第だい1話いちわの関係かんけいはこれで全部ぜんぶである。
ラファウの肖像画

ラファウ拉法乌 / Rafal

声こえ ── 坂本さかもと真綾まあや

身分みぶん12歳じゅうにさい。孤児こじに生うまれ、ポトツキの養子ようしとなった神童しんどう。飛とび級きゅうで大学だいがく進学しんがくが決きまっている。

気質きしつ外そとは謙虚けんきょ、内うちは「世界せかいチョレ~」。処世しょせいを極きわめた合理主義ごうりしゅぎ者しゃで、嘘うそと愛想あいそを道具どうぐとして使つかう。

思想しそう信条しんじょうは「合理的ごうりてきに生いきる」。合理的ごうりてきなものは常つねに美うつくしい ── そう信しんじて神学しんがく専攻せんこうを選えらぶ。

この話はなしアストロラーベを携たずさえ、六ろく等とう星せいまで見みえる目めを持もつ。フベルトに観測かんそく者しゃとして見込みこまれ、脅おどされて手伝てつだううちに、「美うつくしいと思おもってしまう」宇宙うちゅう像ぞうに出会であってしまう。

フベルトの肖像画

フベルト胡贝尔特 / Hubert

声こえ ── 速水奨はやみしょう

身分みぶん元もと学者がくしゃ。異端いたんとして捕とらわれ、拷問ごうもんと投獄とうごくののち「改心かいしん」を装よそおって出所しゅっしょした。目めが弱よわっている。

気質きしつ愛想あいそはないが、嘘うそがない。「私わたしは君きみに利益りえきを与あたえない。作つくり笑顔えがおなんてしなくていい」。

思想しそう美うつくしさと理屈りくつが落おち合あう宇宙うちゅう像ぞうを追おう。それを自みずから「地動説ちどうせつ」とでも呼よぼうか、と名付なづけた。

この話はなし二に度ど捕つかまれば死刑しけいの身みで、なお観測かんそくを続つづける。優すぐれた観測かんそく地ちを知しり、少年しょうねんの目めを借かり、「不正解ふせいかいは無意味むいみを意味いみしない」ことを賭かけ金きんで示しめす人ひと。

ポトツキの肖像画

ポトツキ波托茨基 / Potocki

声こえ ── 巻島まきしま康一こういち

身分みぶんラファウの義父ぎふ。学堂がくどうの教師きょうしで、神学しんがくの講義こうぎを持もつ。

気質きしつ鷹揚おうようで信心しんじん深ふかく、義子ぎしの栄達えいたつを素直すなおに喜よろこぶ。「罪つみを許ゆるせるのも敬虔けいけんな信徒しんとの証あかし」。

思想しそう学問がくもんには序列じょれつがあり、頂点ちょうてんは神学しんがく ── その世界観せかいかんを疑うたがわない側がわの人ひととして描えがかれる。

この話はなし知人ちじんフベルトの身柄みがらをラファウに引ひき取とらせ、その一方いっぽうで「天文てんもんはやめろ」と命めいじ、全すべての時間じかんを神学しんがくに割さかせようとする。

ノヴァクの肖像画

ノヴァク诺瓦克 / Nowak

声こえ ── 津田つだ健次郎けんじろう

身分みぶん異端いたん審問しんもん官かん。

気質きしつ拷問ごうもんを憎悪ぞうおではなく事務じむとしてこなす。爪つめを数かぞえ、帰かえりの時間じかんを気きにし、「答こたえは激痛げきつうです」と笑わらう。

思想しそうこの話はなしではまだ思想しそうを語かたらない ── 制度せいどの空気くうきそのものとして立たっている。

この話はなし火刑かけいを眺ながめてあくびをする姿すがたで登場とうじょうし、この世界せかいで異端いたんに何なにが起おきるかを、最初さいしょに読者どくしゃへ教おしえる役やくを負おう。

肖像しょうぞうは提供ていきょう素材そざいのペン画が(背景はいけいは透過とうか処理しょり)。記載きさいは第だい1話いちわ終了しゅうりょう時点じてんまでの情報じょうほうに限かぎる。名なの表記ひょうきは 日本語にほんご/中国語ちゅうごくご(通用つうよう表記ひょうき)/英語えいご(Seven Seas 版はん Orb)。声こえはテレビアニメ版はん(マッドハウス、2024–25)の配役はいやく。

概念がいねんは道具どうぐである。道具どうぐは、使つかった手ての記憶きおくを残のこす。

辞典じてんは空間的くうかんてきな整理せいりである。次つぎは時間的じかんてきな整理せいり——ただし年表ねんぴょうではなく、各かく時点じてんで人類じんるいが「何なにを知しらなかったか」を併記へいきした、無知むちの記録きろくとして。知識ちしきの歴史れきしは、無知むちの歴史れきしと常つねに対たいだからである。

ⅩⅨ

第だい19章じゅうきゅうしょう 時系列じけいれつ

16:00|フベルト

私わたしは やり残のこしたことがあるから戻もどってきた
そのためには火ひにだって飛とび込こむ

時系列じけいれつの上うえでは、釈放しゃくほうの翌日よくじつの台詞せりふである。二に度目どめの逮捕たいほが死しを意味いみする世界せかいで、それでも戻もどる理由りゆうが「やり残のこし」── 研究けんきゅうとは、自分じぶんの命いのちより長ながい宛先あてさきを持もつ仕事しごとだという定義ていぎが、ここで静しずかに与あたえられている。

結論けつろん:各かく時点じてんで「知しっていたこと/知しらなかったこと」を併記へいきする。知識ちしきの歴史れきしは、無知むちの歴史れきしと常つねに対たいである。

時点じてん 出来事できごと 知しっていた まだ知しらなかった
前4世紀ぜんよんせいき アリストテレスの宇宙論うちゅうろん 球体きゅうたい地球ちきゅう、月食げっしょくの影かげによる証拠しょうこ 惑星わくせい距離きょり、慣性かんせい
前3世紀ぜんさんせいき アリスタルコスの太陽たいよう中心ちゅうしん説せつ 幾何学きかがくによる天体てんたい距離きょり推定すいていの方法ほうほう 視差しさ検出けんしゅつの手段しゅだん
2世紀にせいき プトレマイオス『アルマゲスト』 惑星わくせい位置いちの高こう精度せいど計算けいさん モデルの物理的ぶつりてき実在性じつざいせいの検証けんしょう法ほう
8–13世紀じゅうさんせいき イスラーム圏けんでの翻訳ほんやく・批判ひはん・観測かんそく エカントの理論的りろんてき欠陥けっかん 太陽たいよう中心ちゅうしんへの配置転換はいちてんかんの動機どうき
13世紀じゅうさんせいき 大学だいがくとスコラ学がく(经院哲学/Scholasticism)の成熟せいじゅく、1277年ねん禁令きんれい 理性りせいと啓示けいじの分業ぶんぎょう体制たいせい 実験じっけんという方法ほうほうの制度せいど化か
14世紀じゅうよんせいき ビュリダン・オレーム 運動うんどうの相対性そうたいせい、自転じてんの観測かんそく的てき無矛盾むむじゅん性せい それを主張しゅちょうし切きる理由りゆう
15世紀じゅうごせいき 作品さくひんの想定そうてい世界せかい/レギオモンタヌス 部品ぶひんはほぼ全部ぜんぶ 組くみ立たてる者もの
1473 コペルニクス誕生たんじょう — —
1543 『天球てんきゅう回転かいてん論ろん』 太陽たいよう中心ちゅうしんの体系的たいけいてきモデル 楕円だえん軌道きどう、観測かんそく的てき証拠しょうこ
1609–19 ケプラーの三さん法則ほうそく 楕円だえんと面積めんせき速度そくど その力学りきがく的てき理由りゆう
1610– ガリレオ(伽利略/Galileo)の望遠鏡ぼうえんきょう観測かんそく 金星きんせいの満みち欠かけ、木星もくせいの衛星えいせい 恒星こうせい視差しさ
1633 ガリレオ裁判さいばん — —
1687 ニュートン『プリンキピア』(自然哲学的数学原理/Principia) 天地てんちを貫つらぬく力学りきがく 光速こうそくの意味いみ
1838 ベッセル、恒星こうせい視差しさを検出けんしゅつ 公転こうてんの直接ちょくせつ証拠しょうこ 銀河ぎんがの外そとの宇宙うちゅう
20世紀にじっせいき 相対論そうたいろん・膨張ぼうちょう宇宙うちゅう 中心ちゅうしんなき宇宙うちゅう、基準系きじゅんけいの相対性そうたいせい 暗黒あんこく物質ぶっしつ・暗黒あんこくエネルギーの正体しょうたい
現在げんざい 現代げんだい宇宙論うちゅうろん 宇宙うちゅうの組成そせいの約やく95%が未み同定どうていであること その95%
大タイムライン ── 知っていたこと・知らなかったこと 知識の年表は、無知の年表と対である。 前4世紀 アリストテレスの宇宙論 知 ── 球体地球、月食の影 未 ── 惑星距離、慣性 前3世紀 アリスタルコスの太陽中心説 知 ── 天体距離推定の方法 未 ── 視差検出の手段 2世紀 『アルマゲスト』 知 ── 惑星位置の高精度計算 未 ── 実在性の検証法 8–13世紀 イスラーム圏の翻訳・批判 知 ── エカントの理論的欠陥 未 ── 配置転換の動機 13世紀 スコラ学の成熟・1277年禁令 知 ── 理性と啓示の分業 未 ── 実験の制度化 14世紀 ビュリダン・オレーム 知 ── 運動の相対性 未 ── 主張し切る理由 15世紀 作品の想定世界 知 ── 部品はほぼ全部 未 ── 組み立てる者 1473 コペルニクス誕生 知 ── ─ 未 ── ─ 1543 『天球回転論』 知 ── 太陽中心の体系 未 ── 楕円軌道、観測的証拠 1609–19 ケプラーの三法則 知 ── 楕円と面積速度 未 ── その力学的理由 1610– ガリレオの望遠鏡観測 知 ── 金星の満ち欠け 未 ── 恒星視差 1633 ガリレオ裁判 知 ── ─ 未 ── ─ 1687 『プリンキピア』 知 ── 天地を貫く力学 未 ── 光速の意味 1838 ベッセル、恒星視差を検出 知 ── 公転の直接証拠 未 ── 銀河の外の宇宙 20世紀 相対論・膨張宇宙 知 ── 中心なき宇宙 未 ── 暗黒物質・暗黒エネルギー 現在 現代宇宙論 知 ── 組成の約95%が未同定と知る 未 ── その95% 知 ── そのとき知っていたこと  未 ── まだ知らなかったこと
図ず 30知識ちしきの年表ねんぴょうは、無知むちの年表ねんぴょうと対たいである。

知識ちしきの年表ねんぴょうは、裏返うらがえせば無知むちの年表ねんぴょうである。私わたしたちの行ぎょうにも「まだ知しらなかったこと」の欄らんがある。ただし、まだ空欄くうらんのまま。

年表ねんぴょうの最後さいごの行ぎょうを見みてほしい。現在げんざい。宇宙うちゅうの組成そせいの約やく九十五きゅうじゅうごパーセントが未み同定どうてい。つまり私わたしたちは、フベルトたちと同おなじ側がわ——まだ分わかっていない側がわ——に立たっている。その場所ばしょから、結論けつろんを書かく。

ⅩⅩ

第だい20章にじっしょう 結論けつろん

22:54|フベルト

そこでは 太陽たいようは静止せいしし
バラバラだった惑星わくせいは連鎖れんさして動うごき
宇宙うちゅうは一ひとつの秩序ちつじょに統合とうごうされ
常識じょうしきは覆くつがえり 教会きょうかいは激怒げきどし
美うつくしさと理屈りくつが落おち合あう

五いつつの述語じゅつごが畳たたみかけるこの台詞せりふは、科学的かがくてき主張しゅちょうと社会的しゃかいてき帰結きけつと美学びがくを、一ひとつの文ぶんに溶接ようせつしている。地動説ちどうせつとは何なにか ── 計算けいさんの道具どうぐか、世界せかいの実相じっそうか、それとも生いき方かたか。第だい1話いちわの答こたえは「落おち合あう場所ばしょ」である。

結論けつろん:第だい1話いちわは「正ただしい説せつが弾圧だんあつされた話はなし」ではない。まだ正ただしさを証明しょうめいできない説せつに、人ひとが何なにを賭かけられるかという話はなしである。

三みっつの発見はっけんを要約ようやくする。

第一だいいちに、史実しじつの検証けんしょうは作品さくひんを痩やせさせなかった。「教会きょうかい vs 科学かがく」の神話しんわを取とり除のぞいたあとに残のこるのは、より鋭するどい問題もんだいである——天動説てんどうせつが合理的ごうりてきで、神学しんがくが知ちの女王じょおうで、審問しんもんが(俗説ぞくせつほど大量たいりょうではないにせよ)実在じつざいの強制力きょうせいりょくだった世界せかいで、それでも境界きょうかいの外そとへ出でる人間にんげんがいる。合理的ごうりてきな世界せかいの中なかでこそ、逸脱いつだつは本当ほんとうの重おもさを持もつ。

第だい二にに、地動説ちどうせつの系譜けいふは継承けいしょうの物語ものがたりだった。フィロラオスからコペルニクスまで約やく1800年ねん。誰だれ一人ひとりとして全体ぜんたいを見みた者ものはいない。オレームは論証ろんしょうで勝かって結論けつろんで退しりぞき、マラーガの数学者すうがくしゃたちは自みずからの装置そうちが別べつの宇宙うちゅう像ぞうに使つかわれるとは知しらずに逝いった。第だい1話いちわでフベルトがラファウに観測かんそくを託たくす行為こういA作品さくひん世界せかいは、この史実しじつの構造こうぞうC史実しじつ——答こたえを見みずに死しぬ者ものたちのリレー——の縮図しゅくずである。

第だい三さんに、現代げんだい科学かがくの答こたえは問といを解消かいしょうせず、深化しんかさせた。「何なにが動うごいているか」は「何なにが不変ふへんか」へと変質へんしつし、宇宙うちゅうの中心ちゅうしんは消滅しょうめつした。フベルトの仮説かせつが指さしていた方向ほうこうには、正解せいかいではなく、より豊ゆたかな謎なぞがあった。

最後さいごに、自己じこ反証はんしょうを一ひとつ残のこす。本ほんノートは「知ちの追求ついきゅう」を肯定的こうていてきに描えがく重力じゅうりょくに常つねに引ひかれている。だが第だい17章じゅうななしょうの反対はんたい解釈かいしゃく——好奇心こうきしんは破滅はめつの欲動よくどうでもあり、継承けいしょうは危険きけんの転嫁てんかでもある——を消けしてはならない。第だい1話いちわが偉えらいのは、答こたえを出だしたからではなく、この両義性りょうぎせいを12歳じゅうにさいの少年しょうねんの目めの高たかさに置おいてみせたからである。

三つの発見 ── 結論の合流 三本の流れが一点で合わさる。 合理的な世界の中の 逸脱 答えを見ずに死ぬ 者たちのリレー 問いの深化 検証は作品を痩せさせなかった 誰一人、全体を見ていない 中心は消え、「何が不変か」へ 正解ではなく、より豊かな謎 まだ正しさを証明できない説に、 人は何を賭けられるか 「正しい説が弾圧された話」ではない ── 第20章の結論 両義性は消さない。好奇心は破滅の欲動でもあり、継承は危険の転嫁でもある
図ず 31三みっつの発見はっけんは、一ひとつの問といに合流ごうりゅうする。
美しさと理屈が落ち合う 二本の曲線が一点の星で出会い、一本になる。 美しさ 秩序・単純さ・統合 理屈 観測・幾何・精度 地動説 「美しさと理屈が落ち合う」── 23:08
図ず 32二ふたつの系列けいれつは別々べつべつに育そだつ。美うつくしさは秩序ちつじょを求もとめ、理屈りくつは観測かんそくに仕つかえる ── その二本にほんが一点いってんで出会であって一本いっぽんになる。合流ごうりゅう点てんに与あたえられた名なが、地動説ちどうせつである。

23:24|フベルト

そうだな それを──
“地動説ちどうせつ”とでも呼よぼうか

名なを得とくた瞬間しゅんかん、仮説かせつはひとりの妄想もうそうから、手渡てわたしできる思想しそうに変かわる。第だい1話いちわはまるごと、この命名めいめいの儀式ぎしきのための助走じょそうだった。ノートを閉とじる前まえに、もう一度いちどだけ冒頭ぼうとうの問といに戻もどる ── 何なにをささげれば、この世よの全すべてを知しれる? その答こたえのひとつが、いまここで名付なづけられた。

知しってしまった者ものは、知しらなかった頃ころには戻もどれない。人類じんるいは、その不可逆ふかぎゃくを積つみ重かさねて、ここまで来きた。

最後さいごに、もう一度いちどだけ夜空よぞらへ戻もどる。

フィロラオスからコペルニクスまで、およそ千八百年せんはっぴゃくねん。その間かんに地球ちきゅうは太陽たいようを千八百せんはちひゃく周しゅうし、名なも残のこらない無数むすうの観測かんそく者しゃが、蝋板ろうばんに、粘土ねんどに、紙かみに、星ほしの位置いちを書かき留とめては死しんでいった。彼かれらの多おおくは、答こたえを見みていない。それでも問といだけは、確たしかに手渡てわたされた。

第だい1話いちわで起おきたことは、天文てんもん学史がくしの縮尺しゅくしゃく模型もけいである。証明しょうめいできないものを信しんじた男おとこが、証明しょうめいを見みられない自分じぶんの代かわりに、まだ何者なにものでもない少年しょうねんへ観測かんそくを託たくす。合理的ごうりてきに考かんがえれば、受うけ取とるべきではない。受うけ取とれば、人生じんせいの正解せいかいから降おりることになる。それでも——受うけ取とってしまう手てが、人間にんげんにはある。

宇宙うちゅうは、その手てに何なにも約束やくそくしない。中心ちゅうしんの座ざも、真理しんりの証明しょうめいも、報酬ほうしゅうも。現代げんだいの宇宙論うちゅうろんが明あかしたのは、中心ちゅうしんなどどこにもなく、私わたしたち自身じしんが多重たじゅうの運動うんどうに運はこばれる塵ちりにすぎないという事実じじつだった。星ほしの寿命じゅみょうから見みれば、人ひとの一生いっしょうは瞬まばたきに満みたない。

だが、その瞬まばたきの中なかで、人ひとは宇宙うちゅうの構造こうぞうを考かんがえた。考かんがえたことを書かき、書かいたものを託たくし、託たくされたものが四百年よんひゃくねん後ごに証明しょうめいされた。この途方とほうもない非対称ひたいしょう——瞬まばたきほどの生せいが、百億ひゃくおく年ねんの構造こうぞうを掴つかもうとすること——を、儚はかなさと呼よんでもいいし、美うつくしさと呼よんでもいい。おそらく、同おなじものの二ふたつの名なである。

あなたが次つぎに夜空よぞらを見上みあげるとき、星ほしは今夜こんやと同おなじ場所ばしょで光ひかっているだろう。変かわりうるのは、見上みあげるあなたの目めのほうだ。

その目めを、誰だれから渡わたされたのか。
そして、誰だれに渡わたすのか。

補遺ほい・問とい

開ひらかれた問とい ── 答こたえのない問答集もんどうしゅう

本文ほんぶんの二十章にじっしょうは検証けんしょうだった。この節せつは、検証けんしょうの終おわったあとに残のこるものを扱あつかう ── 答こたえの出でない問といである。それぞれに、中世ちゅうせいからの声こえと現代げんだいからの声こえを併記へいきした。どちらかが正ただしいのではない。二ふたつの声こえの間あいだの距離きょりこそが、この作品さくひんが立たっている場所ばしょである。

問とい一いち 美びは、真理しんりの証拠しょうこになりうるか

中世ちゅうせいからの声こえ美びは神かみの署名しょめいである。「あなたは万物ばんぶつを、尺度しゃくどと数かずと重おもさとによって秩序ちつじょづけた」(知恵ちえの書しょ 11章じゅういっしょう)。被ひ造物ぞうぶつの秩序ちつじょの美うつくしさは、創造者そうぞうしゃの完全性かんぜんせいの反映はんえいであり、美うつくしい説明せつめいはそれだけ神かみの設計せっけいに近ちかい。

現代げんだいからの声こえ科学史かがくしは両方りょうほうの証言しょうげんを持もつ。ディラック(狄拉克/Paul Dirac)は方程式ほうていしきの美びを理論りろんの試金石しきんせきと呼よんだが、真円しんえん(正圆/perfect circle)の宇宙うちゅうという「美うつくしい誤謬ごびゅう」は千せん年ねん以上いじょう生いき延のびた(第だい3話さんわで壁かべとして現あらわれる)。美びは発見はっけんを導みちびきもすれば、塞ふさぎもする。

ラファウを陥落かんらくさせたのは、証拠しょうこか、それとも誘惑ゆうわくか ── 第だい11章じゅういっしょうの決定けってい不全ふぜん性せいは、この問といを未決みけつのまま保存ほぞんする。

問とい二に 知ちは、誰だれのものか

中世ちゅうせいからの声こえ知ちは神かみからの預あずかりものであり、教会きょうかいと大学だいがくという階層かいそうを通とおって、資格しかくある者ものに分配ぶんぱいされる。無資格むしかくの知ちは「盗ぬすみ」に近ちかい ── だから異端いたんの研究けんきゅうは、内容ないよう以前いぜんに、位置いちが罪つみになる。

現代げんだいからの声こえ知ちの無む階級かいきゅう性せい ── 誰だれでも、どこでも、資格しかくなしに ── は近代きんだいの発明はつめいであり、いまなお完成かんせいしていない。フベルトの「妄信もうしんも金銭きんせんも地位ちいもいらない。知性ちせいだけ携たずさえて」は、五百年ごひゃくねん早はやい宣言せんげんとして響ひびく。

では、専門家せんもんか制度せいどを持もつ現代げんだいは、本当ほんとうに知ちを開放かいほうしたのか。査読さどくも学位がくいも、別べつの身分制みぶんせいではないと言いい切きれるか。

問とい三さん 見みることは、知しることか

中世ちゅうせいからの声こえ中世ちゅうせいの視覚しかく論ろんは真剣しんけんな学問がくもんだった ── 目めから光線こうせんが出でるのか(外送説がいそうせつ)、物ものから光ひかりが入はいるのか(内受説ないじゅせつ)。アルハゼン(阿尔哈曾/Alhazen)が実験じっけんで後者こうしゃを立たてるまで、「見みる」の仕組しくみ自体じたいが論争ろんそうだった。

現代げんだいからの声こえ第だい11章じゅういっしょうの言葉ことばでいえば、観測かんそくは理論りろんを負荷ふかされている。逆行ぎゃっこうする火星かせいは、天動説てんどうせつの目めには周転しゅうてん円えんを、地動説ちどうせつの目めには追おい越こしを「見みせる」。同おなじ光ひかりが、別べつの宇宙うちゅうを運はこぶ。

ギリシア語ごのテオーリア(theōria)は「見物けんぶつすること」── 観想かんそうと理論りろんは語源ごげんが同おなじである。見みることと考かんがえることの境界線きょうかいせんは、いまも引ひけていない。

問とい四よん 好奇心こうきしんは、徳とくか罪つみか

中世ちゅうせいからの声こえアウグスティヌスは「目めの欲よく」(『告白こくはく』〔忏悔录/Confessions〕10巻じっかん)として、無用むような知ちへの渇かわきを戒いましめた。トマスは節度せつどある探究心たんきゅうしん(studiositas)と、貪むさぼる好奇心こうきしん(curiositas)を区別くべつした ── 知しりたさは、手綱たづなを要ようする情念じょうねんだった。

現代げんだいからの声こえ現代げんだいは好奇心こうきしんをほぼ無条件むじょうけんに讃たたえる。だが原子核げんしかくから個人こじんデータまで、「知しってしまった後あと」の問題もんだいは増ふえ続つづけている。中世ちゅうせいの警戒けいかいを、単たんなる蒙昧もうまいと笑わらえるか。

フベルトは「怖こわい」と答こたえてから飛とび込こんだ。怖こわさを消けしてしまった好奇心こうきしんと、怖こわさごと抱かかえた好奇心こうきしん ── 同おなじ名なで呼よんでよいのだろうか。

問とい五ご 十二歳じゅうにさいに、選えらばせてよいか

中世ちゅうせいからの声こえこの世界せかいの12歳じゅうにさいは、現代げんだいの12歳じゅうにさいより大人おとなに近ちかい場所ばしょに立たつ ── 大学だいがくへ行いき、家業かぎょうを担にない、結婚けっこんの約束やくそくさえ交かわされる。子供こども期きという概念がいねん自体じたいが、時代じだいの発明はつめい品ひんである(アリエス〔菲利普·阿里耶斯/Philippe Ariès〕の古典的こてんてき主張しゅちょうと、その後ごの修正しゅうせい論争ろんそう)。

現代げんだいからの声こえ現代げんだいの目めには、ラファウの周まわりの大人おとな ── 観測かんそくに使つかう者もの、進路しんろを縛しばる者もの ── の全員ぜんいんが、子供こどもの自己じこ決定けっていを侵おかしている。だが「保護ほご」の名なで選択肢せんたくしを奪うばうこともまた、侵害しんがいでありうる。

第だい1話いちわの結末けつまつの選択せんたくは、誰だれのものだったか。少年しょうねんのものか、少年しょうねんを作つくった大人おとなたちのものか ── この問といは第だい2話にわ以降いこうで、より重おもくなって返かえってくる。

問とい六ろく 名付なづけは、何なにを変かえるか

中世ちゅうせいからの声こえ「地動説ちどうせつとでも呼よぼうか」── 名なを得とくた瞬間しゅんかん、考かんがえは手渡てわたせるものになった。中世ちゅうせいの大学だいがくはまさにこの問題もんだいで燃もえていた ── 普遍ふへん論争ろんそう(共相之争/problem of universals)。「人類じんるい」「正義せいぎ」のような普遍ふへんの名なは実在じつざいするのか(実在論じつざいろん)、ただの息いきの音おとか(唯名論ゆいめいろん〔唯名论/nominalism〕)。名なと実在じつざいの関係かんけいは、時代じだいの中心ちゅうしん問題もんだいだった。

現代げんだいからの声こえ言語学げんごがくは名付なづけの力ちからを二に面めんで見みる。名なは恣意的しいてきな記号きごうにすぎない ── しかし名なを得とくた概念がいねんだけが、共有きょうゆうされ、教おしえられ、迫害はくがいの対象たいしょうにすらなる。名前なまえのない考かんがえは、燃もやすことすらできない。

創世記そうせいきでアダムは万物ばんぶつに名なを与あたえる ── 名付なづけは支配しはいの最初さいしょの行為こういでもある。フベルトの命名めいめいは、発見はっけんだったのか、所有しょゆうだったのか。

六むっつの問といに、このノートは答こたえを持もたない。持もたないことが、欠落けつらくではなく作法さほうである ── 検証けんしょうできることは本文ほんぶんで検証けんしょうし、検証けんしょうできないものは、問といの形かたちのまま読者どくしゃに手渡てわたす。

附ふ

出典しゅってん

このノートが立たっている土台どだいを、種類しゅるいごとに開ひらいておく。どの文献ぶんけんがどの章しょうを支ささえているかまで記しるすのは、読者どくしゃが検算けんざんできるようにするためである。

作品さくひん資料しりょう

  • 『チ。 ―地球ちきゅうの運動うんどうについて―』第だい1話いちわ(原作げんさく・魚豊うおと/アニメーション制作せいさく・マッドハウス、2024)── 台詞せりふカード(✦)の引用いんよう46行よんじゅうろくぎょうと時刻じこくはすべて本編ほんぺんより。字幕じまく書かき起おこしに拠より、言いい淀よどみを省はぶいたほかは一いち字じも変かえていない
  • テレビアニメ版はんのキャスト発表はっぴょう ── 人物じんぶつ帖ちょうの「声こえ」の欄らん(坂本さかもと真綾まあや・速水奨はやみしょう・巻島まきしま康一こういち・津田つだ健次郎けんじろう)
  • 提供ていきょう素材そざい ── 扉とびらの星ほし景けい写真しゃしん(日周にっしゅう運動うんどうの長時間ちょうじかん露光ろこう)・『チ。』題字だいじ・口絵くちえの油彩ゆさい・人物じんぶつ帖ちょうのペン画が

一次いちじ文献ぶんけん ── 本文ほんぶんが名なを挙あげるもの

  • プトレマイオス『アルマゲスト』(2世紀にせいき)── 第だい5章ごしょう。周転しゅうてん円えん・従円じゅうえん・エカントという装置そうちの仕組しくみと、その千せん年ねんを生いきた予測よそく精度せいど
  • アルキメデス『砂すなの計算けいさん者しゃ』/プルタルコスの伝承でんしょう ── 第だい8章はっしょう。アリスタルコスの太陽たいよう中心ちゅうしん説せつを今いまに伝つたえる二本にほんの細ほそい糸いと(本文ほんぶんの校訂こうてい問題もんだいの注記ちゅうきも同章どうしょう)
  • イブン・アル=ハイサム『プトレマイオス疑義ぎぎ』(11世紀じゅういっせいき)── 第だい8章はっしょう。批判的ひはんてき伝統でんとうの口火くちび
  • オレーム『天体てんたい地体ちたい論ろん』(14世紀じゅうよんせいき)── 第だい13章じゅうさんしょう。運動うんどうの相対性そうたいせいと、自転じてん反対論はんたいろんの論駁ろんばく
  • レギオモンタヌス『アルマゲスト梗概こうがい』(15世紀じゅうごせいき)── 第だい9章きゅうしょう。作品さくひんの時代じだいの理論りろん天文学てんもんがくの到達点とうたつてん
  • コペルニクス『コメンタリオルス』『天球てんきゅう回転かいてん論ろん』(1543)── 第だい8・11章じゅういっしょう。オシアンダーの無断むだんの序文じょぶんは、第だい11章じゅういっしょうの道具主義どうぐしゅぎの項こうの素材そざい
  • ニュートン『プリンキピア』(1687)── 第だい15章じゅうごしょう。天てんと地ちを貫つらぬく力学りきがく
  • アウグスティヌス『創世記そうせいき逐語ちくご注解ちゅうかい』/『詩篇しへん』19 ── 第だい12章じゅうにしょう。「天てんは神かみの栄光えいこうを語かたる」という自然しぜん神学しんがくの水脈すいみゃく

研究けんきゅう文献ぶんけん ── 確度かくどの札ふだの根拠こんきょ

  • スタンフォード哲学てつがく百科事典ひゃっかじてん(SEP)の関連かんれん項目こうもく ── 第だい11〜14章じゅうよんしょう。決定けってい不全ふぜん性せい・観測かんそくの理論りろん負荷ふかなど、科学かがく哲学てつがくの標準ひょうじゅん見解けんかいの確認かくにん
  • Lindberg & Numbers ── 第だい10章じっしょう。「科学かがく対たい宗教しゅうきょうの戦争せんそう」という対立たいりつ史観しかんの再検討さいけんとう
  • デュエム ── 第だい7章ななしょう。1277年ねん禁令きんれいが近代きんだい科学かがくを準備じゅんびしたという古典的こてんてき仮説かせつ
  • Roberts (1957)/Swerdlow & Neugebauer/Blåsjö (2014) ── 第だい8章はっしょう。マラーガ学派がくはからコペルニクスへの伝達でんたつ経路けいろ論争ろんそう。系譜けいふ図ずの点線てんせんと「伝達でんたつ経路けいろは未確定みかくてい」の注記ちゅうきは、この論争ろんそうの現状げんじょうをそのまま描えがいたもの

語彙ごい ── 中文ちゅうぶん・English 対照たいしょう

この頁ページの本文ほんぶんに現あらわれた学術がくじゅつ語ごと固有名こゆうめいの対照表たいしょうひょう。本文ほんぶんでは、語ごの種類しゅるいを下線かせんの色いろで示しめし(天文てんもん・哲学てつがく・思想しそう・宗教しゅうきょう・制度せいど・人物じんぶつ・学派がくは・地名ちめい・書物しょもつ)、頁ページの中なかで最初さいしょに現あらわれた場所ばしょに(中文ちゅうぶん/English)を添そえてある。人物じんぶつと書物しょもつは、名なが何度なんども出でるため、印しるしを初出しょしゅつだけに留とめた。

種類しゅるい日本語にほんご中文ちゅうぶんEnglish
天文てんもん・数理すうり天動説てんどうせつ地心说geocentrism
機械きかい時計とけい机械钟mechanical clock
不定時法ふていじほう不定时法unequal hours
算術さんじゅつ算术arithmetic
天文学てんもんがく天文学astronomy
観測かんそく記録きろく观测记录observational records
地動説ちどうせつ日心说heliocentrism
天球てんきゅう天球celestial sphere
惑星わくせい行星planet
逆行ぎゃっこう逆行retrograde motion
恒星こうせい恒星fixed star
幾何学きかがく几何学geometry
太陽たいよう中心ちゅうしん説せつ日心说heliocentrism
自転じてん自转rotation
月下界げっかかい月下界the sublunary world
月上界げつじょうかい月上界the superlunary world
四元素しげんそ四元素the four elements
第だい五ご元素げんそ第五元素quintessence
公転こうてん公转revolution
視差しさ视差parallax
周転しゅうてん円えん本轮epicycle
エカント偏心匀速点equant
従円じゅうえん均轮deferent
離心りしん円えん偏心圆eccentric
マラーガ学派がくは马拉盖学派Maragha school
楕円だえん軌道きどう椭圆轨道elliptical orbit
インペトゥス冲力impetus
天文てんもん表ひょう星历表astronomical tables
アストロラーベ星盘astrolabe
宇宙論うちゅうろん宇宙论cosmology
自然しぜん運動うんどう自然运动natural motion
真円しんえん正圆perfect circle
哲学てつがく・思想しそう科学かがく哲学てつがく科学哲学philosophy of science
決定けってい不全ふぜん性せい证据不充分决定underdetermination
ストア派は斯多亚学派the Stoics
自然しぜん哲学てつがく自然哲学natural philosophy
思考しこう実験じっけん思想实验thought experiment
相対性そうたいせい相对性relativity
普遍ふへん普遍the universal
認識論にんしきろん认识论epistemology
反証はんしょう证伪falsification
実在論じつざいろん实在论realism
道具主義どうぐしゅぎ工具主义instrumentalism
目的論もくてきろん目的论teleology
権威けんい权威authority
共同体きょうどうたい共同体community
主体しゅたい主体the subject
好奇心こうきしん好奇心curiosity
相対そうたい主義しゅぎ相对主义relativism
懐疑論かいぎろん怀疑论skepticism
理論りろん負荷ふか理论负载theory-ladenness
普遍ふへん論争ろんそう共相之争problem of universals
唯名論ゆいめいろん唯名论nominalism
宗教しゅうきょう・制度せいど写本しゃほん抄本manuscript
羊皮紙ようひし羊皮纸parchment
ラテン語ご拉丁语Latin
自由じゆう学芸がくげい自由七艺the liberal arts
神学しんがく神学theology
異端いたん异端heresy
拷問ごうもん拷问torture
蝋板ろうばん蜡板wax tablet
迫害はくがい迫害persecution
イスラーム伊斯兰Islam
自由じゆう七科しちか七艺the seven liberal arts
救済きゅうさい救赎salvation
聖書せいしょ圣经the Bible
司教しきょう主教bishop
印刷いんさつ術じゅつ印刷术printing
異端いたん審問しんもん异端审判the Inquisition
世俗せぞく世俗the secular
教皇きょうこう教宗the Pope
自然しぜん神学しんがく自然神学natural theology
キリスト教きょう基督教Christianity
教義きょうぎ教义doctrine
殉教じゅんきょう殉教martyrdom
トリウィウム三艺the trivium
クワドリウィウム四艺the quadrivium
スコラ学がく经院哲学Scholasticism
人物じんぶつ・学派がくは・地名ちめいアリストテレス亚里士多德Aristotle
ラファウ拉法乌Rafal
ポトツキ波托茨基Potocki
フベルト胡贝尔特Hubert
ノヴァク诺瓦克Nowak
ピタゴラス派は毕达哥拉斯学派the Pythagoreans
フィロラオス菲洛劳斯Philolaus
ヘラクレイデス赫拉克利德斯Heraclides Ponticus
アリスタルコス阿里斯塔克斯Aristarchus of Samos
アルキメデス阿基米德Archimedes
プルタルコス普鲁塔克Plutarch
クレアンテス克里安西斯Cleanthes
プトレマイオス托勒密Ptolemy
コペルニクス哥白尼Copernicus
トゥースィー图西Nasir al-Din al-Tusi
ケプラー开普勒Kepler
ボローニャ博洛尼亚Bologna
オックスフォード牛津Oxford
アウグスティヌス奥古斯丁Augustine of Hippo
トマス・アクィナス托马斯·阿奎那Thomas Aquinas
タンピエ唐皮耶Étienne Tempier
デュエム迪昂Pierre Duhem
イブン・アル=ハイサム海什木Ibn al-Haytham
ウルディー乌尔迪Mu'ayyad al-Din al-Urdi
シャーティル伊本·沙提尔Ibn al-Shatir
ビュリダン布里丹Jean Buridan
オレーム奥雷姆Nicole Oresme
レギオモンタヌス雷格蒙塔努斯Regiomontanus
ベッセル贝塞尔Friedrich Bessel
ニュートン牛顿Newton
カタリ派は卡特里派the Cathars
ポパー波普尔Karl Popper
オシアンダー奥西安德Andreas Osiander
アクィナス阿奎那Aquinas
デカルト笛卡尔Descartes
ガリレオ伽利略Galileo
ディラック狄拉克Paul Dirac
アルハゼン阿尔哈曾Alhazen
アリエス菲利普·阿里耶斯Philippe Ariès
書物しょもつ『砂すなの計算けいさん者しゃ』数沙者The Sand Reckoner
『アルマゲスト』天文学大成Almagest
『創世記そうせいき逐語ちくご注解ちゅうかい』创世记字义解The Literal Meaning of Genesis
『プトレマイオス疑義ぎぎ』疑难托勒密Doubts Concerning Ptolemy
『アルマゲスト梗概こうがい』天文学大成概要Epitome of the Almagest
『コメンタリオルス』短论Commentariolus
『天球てんきゅう回転かいてん論ろん』天体运行论On the Revolutions of the Heavenly Spheres
『天体てんたい地体ちたい論ろん』论天与地Livre du ciel et du monde
『プリンキピア』自然哲学的数学原理Principia
『告白こくはく』忏悔录Confessions
難度なんど