The Odyssey ── 第1部 [ Ithacaの危機とTelemachusの出立 ]
第1部は、歓待の掟に縛られたIthacaの家と、出征前の夫婦の約束(弓・留め針・西への夢)、そしてAntinousとSinonを結ぶ籤を撒く部である。後の部で回収されるものは、ほぼすべてここに置かれている。
第1部 ── Ithacaの危機とTelemachusの出立
場面01
冒頭の歌 ── Trojan HorseからIthacaの宮殿へ
Troyの物語を歌うIthacaの現在
- 男の声
- 男の声/吟遊詩人
- 吟遊詩人
- 第一のTroy人
- Sinon
- 第二のTroy人
- 女の声
- Penelope
- 一同
- Telemachus
- Polybus
- Antinous
- 物乞い
- Melantho
- 現在へTrojan Horseを歌う冒頭から、Ithacaの宮殿の現在へ
画面の外から、ひとつの顔、ひとつの艦隊、ひとつの戦争と数え上げる声が、やがて吟遊詩人の歌だと分かる。歌の中では、Sinonが木馬を「Athenaへの贈り物」だと言い、Troy人は神々への供物を敬うべきだとして城内へ引き入れる。歌はIthacaの宮殿で求婚者たちが楽しむ余興で、Penelopeがそれを止めさせる。Telemachusは三年居座る求婚者たちに歓待の意味を突きつけ、Antinousとの応酬の中で、Antinousがかつて出征を志願したと称していること、Zeus’s lawを守る一家を求婚者が嘲っていることが示される。最後に、Spartaから来たという物乞いが、TelemachusにMenelausを訪ねよと勧める。Telemachusはその物乞いの目に「Athenaの目」を見る。
「私はOdysseusの「歌」なんて欲しくない」Penelope
場面02
Eumaeusの訓練 ── Argusと徴兵の記憶
Ithaca現在+短い回想の反復
- Telemachus
- Eumaeus
- Odysseus
- 老乳母
- Antinousの父
- 回想Eumaeusの記憶――Odysseusと若いArgus
- 現在へEumaeusがTelemachusを訓練している場面
- 交差Eumaeusの語りに合わせ、Troy遠征前の徴兵の記憶へ
- 現在へTelemachusとEumaeus
盲目に近い老僕Eumaeusが、音だけを頼りにTelemachusとMentorの剣の稽古を見る。老犬Argusの由来を語る回想では、若いOdysseusが子犬を選び、弓の弦を弾いて張り具合を確かめ、狩りを「こっそりやる戦い」と呼ぶ。現在へ戻り、Eumaeusは「ためらいを見せ、相手の攻撃を好機に変える」技を、自分はOdysseusから教わったと言う。さらにTroy遠征の徴兵が籤で行われ、Antinousの父の懇願を受けて、羊飼いの息子Sinonが身代わりになった経緯が回想で差し込まれる。Antinousの「志願した」という話は、ここで崩れる。
場面03
Penelopeの織物 ── 出征前の夫婦と父の弓
Ithaca現在+Troy出征前の回想
- Penelope
- Telemachus
- Odysseus
- 回想Odysseus出征前、Penelopeとの別れ
- 現在へIthaca、PenelopeとTelemachus
Penelopeは長老たちが「葬衣が織り上がったら再婚」と定めたことを明かし、海から来る襲撃者の噂と、Ithacaに王がいない危うさを語る。長い回想で、出征前の夫婦の別れが描かれる。OdysseusはAgamemnonがHelen事件を交易路支配の口実にしていること、娘を生贄にした男だから拒めば息子が連れていかれることを説明し、自分が帰らなければ再婚せよと頼む。Penelopeは「西へ逃げる」夢を語って拒み、旅人が夫を見たと言ったら何を身につけていたか聞く、という確かめ方を約束させる。現在に戻ると、Penelopeは弦を張れと弓を差し出し、斧を並べて矢を通した夫の思い出を語る。TelemachusはSpartaへ行くと言い出し、母子は王位と支配をめぐって激しく衝突する。
「愛は犠牲じゃない」Penelope
場面04
Argusへの虐待 ── Telemachusの秘密出航
Ithaca現在
- Eumaeus
- Melanthius
- Polybus
- Telemachus
- Antinous
- Penelope
- 老乳母
- Mentor
- 転換宮殿内――Eumaeus、Melanthius、Argus、求婚者たち
- 転換Telemachus、秘密出航の準備
- 転換夜明け前の船着き場――TelemachusとMentor
宮殿の広間で、牛飼いMelanthiusがEumaeusを見下し、求婚者Polybusが老犬Argusに暴力を振るう。止めに入ったTelemachusが殺されかけ、Penelopeが懇願し、Antinousが「慈悲」を見せる形でその場を収める。Argusは表の糞の山へ出される。その夜Telemachusは老乳母に物資を用意させ、母には陸が見えなくなるまで黙っているよう頼む。夜明け前の船着き場で、TelemachusはMentorの目にも「Athenaの目」を見て、父を探しに出る。
原典・神話・歴史背景の詳細補足
ここからは台本本文そのものではありません。 原典比較・神話伝承・歴史考古学・翻訳上の注意を補うための解説です。台本に明示されない内容は、本文と区別して読めるようにしています。
注1 「Zeus’s law」と xenia(客人歓待)
映画で反復される “Zeus’s law” は、Homer世界の xenia(ξενία)、すなわち「客人・旅人・物乞いを保護し、食事や安全を与える相互的な歓待規範」を、物語上分かりやすく一本の「法」として言語化したものと考えると理解しやすい。
『Odyssey』では、見知らぬ旅人を先に迎え入れ、食べさせてから身元を尋ねる行為が繰り返される一方、求婚者たちはOdysseusの家の富を長期間食い潰し、歓待を「受ける側」の権利だけとして濫用する。したがって本作が「歓待の崩壊=文明秩序の崩壊」という主題を強く打ち出すのは、原典に存在する倫理的構造を大幅に拡張したものといえる。
注2 「Troy陥落から八年」――原典との年代差
この脚本ではPenelopeが「Troy陥落から八年」「出征からほぼ二十年」と述べる。Homerの伝統的な理解では、Trojan Warがおよそ十年、Odysseusの帰還までさらにおよそ十年で、合計約二十年の不在である。
したがって、映画の「八年」は古典の標準的年代設定と完全には一致しない。これは映画独自の時間構成、または書き起こし段階の表記差である可能性があるため、訳では原文どおり「八年」とした。
注3 Penelopeの「葬衣」
この場面は原典に直接対応する。『Odyssey』第2歌では、PenelopeはOdysseusの父 Laertes のための葬衣を完成させるまでは再婚しないと求婚者たちに告げ、昼に織った布を夜ごとほどくことで約三年間、再婚を引き延ばす。
映画では「長老たちが、葬衣の完成を再婚の時と定めた」という政治制度的な説明が加えられている。これは原典そのままではなく、Ithacaの統治危機を強調する脚色である。
注4 「海の民」と後期青銅器時代崩壊
Sea Peoples(海の民) はHomerの『Odyssey』に登場する固有集団ではない。これは近代のエジプト学・考古学で、前13~12世紀ごろ東地中海世界を襲撃・移動した複数集団をまとめて呼ぶ便宜的名称である。
後期青銅器時代末には、Mycenaeの宮殿社会、ヒッタイト帝国など東地中海の政治・交易システムが大きく崩壊し、ギリシアでは宮殿行政と線文字Bによる書記文化も失われていく。ただし、これを「海の民という一勢力が文明を破壊した」と単一原因で説明するのは現在では単純化が過ぎ、戦争、人口移動、交易網の断絶、政治的不安定、気候要因など複数の要素が議論されている。
Nolan版は、この実在する歴史的崩壊を、Odysseus個人の倫理的失敗と「Zeus’s law」の崩壊へ結びつける構造を採っている。
注5 「Troyの交易路支配」
Odysseusが「Agamemnonは、Troyの交易路支配を破る口実としてHelen事件を利用している」と語る部分は、映画独自の地政学的解釈が強い。
Homer叙事詩における戦争の直接的な物語上の原因は、ParisによるHelenの連れ去り/駆け落ちと、それをめぐるアカイア勢の遠征であり、「海上交易路の支配権奪取」がAgamemnonの明示的目的として語られるわけではない。
注6 Iphigeniaの犠牲
「Agamemnonが順風を得るため娘を生贄にした」というのは、Iphigenia(Iphigenia) の物語である。アウリスに集結したギリシア艦隊が風を得るため、Agamemnonが娘をArtemisに捧げるという伝承は、後代の叙事詩環・悲劇、とりわけAeschylusやEuripidesで大きく展開される。
映画はこの伝承を、Agamemnonが「目的のためなら自分の家族すら犠牲にする人物」であることを一行で示す材料として使っている。
注7 Antinous、Sinon、徴兵くじ
AntinousがTroy遠征に選ばれ、Sinonが身代わりになったという設定、Odysseusが兵を「くじ」で徴集したという設定は、少なくともHomer『Odyssey』の中心的伝承には存在せず、この映画の人物関係を結びつけるための独自再構成と見るべきである。
特に Sinon は「Trojan Horse」の欺瞞を成立させる人物として後世のTrojan War伝承で有名だが、映画は彼をAntinousの過去、Odysseusの罪悪感、冥府の場面へ一本につなぐ重要人物に再設計している。
注8 父の弓と十二本の斧
Penelopeが示す「Odysseusだけが扱えた弓」と、斧を並べて矢を通す試練は、原典『Odyssey』第21歌に直接対応する。原典ではPenelopeが求婚者たちに、Odysseusの弓を張り、十二の斧を通して矢を射抜けた者と結婚すると告げる。
この第01部ではまだ試練そのものは行われないが、映画はかなり早い段階で弓を見せることで、終盤の決着を視覚的に伏線化している。
注9 「Athenaの目」
Telemachusが物乞いとMentorの双方に「Athenaの目」を感じる台詞は、原典への強い目配せである。『Odyssey』ではAthenaが人間の姿を取り、とりわけ Mentor(Mentor) の姿を借りてTelemachusを導く。
映画は「本当に神なのか/人間の中に神性を見ているだけなのか」を曖昧に保つことで、神々を超自然的存在としてだけでなく、人間が世界の出来事に読み込む「意味」としても描こうとしている。
参照資料(外部補足の根拠)
- Homer, Odyssey, Book 1–2, Perseus Digital Library https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Hom.+Od.+1 https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0136%3Abook%3D2
- Homer, Odyssey, Book 21, Perseus Digital Library https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0136%3Abook%3D21
- Center for Hellenic Studies, discussion of xenia / Zeus Xenios https://www-current.chs.harvard.edu/2-menis-and-the-social-order/
- British Museum, Minoan and Mycenaean Greece https://www.britishmuseum.org/collection/galleries/greece-minoans-and-mycenaeans
- British Museum, Papyrus EA9999/3(Ramesses III期・Sea Peoples 関連) https://www.britishmuseum.org/collection/object/Y_EA9999-3