Note 10 — 第だい8篇へん

The Odyssey ── 第だい7部ぶ [ 宮殿きゅうでん、弓ゆみの試練しれん、決着けっちゃくと結末けつまつ ]

第だい7部ぶは、撒まかれた小しょう道具どうぐ(Argus・籤くじ・留とめ針ばり・弓ゆみ)が次々つぎつぎに正体しょうたいを暴ぼうき、結末けつまつで歌うたと文字もじ、西にしへの旅たびという映画えいが独自どくじの問といに着地ちゃくちする部ぶである。

全ぜん 10 節せつ図版ずはん 4出典しゅってん 0初出しょしゅつ 2026-09-28更新こうしん 2026-09-28

第だい7部ぶ ── 宮殿きゅうでん、弓ゆみの試練しれん、決着けっちゃくと結末けつまつ

原本げんぽん L1734–L2098発話はつわ 182場面ばめん 29〜36

第7部の場面の並び場面29Ithacaの現在26発話場面30Ithacaの現在11発話場面31Ithacaの現在41発話場面32Ithacaの現在44発話場面33Ithacaの現在6発話場面34Ithacaの現在30発話場面35Ithacaの現在13発話場面36Ithacaの現在11発話色=主な時間層 幅=発話数 赤い刻み=場面の中の切り替わり(回想・現在・並行)の数
図ず 01第だい7部ぶの8場面ばめん。幅はばは発話はつわ数すう(この部ぶの合計ごうけい182)。
  1. 29宮殿きゅうでんへ帰かえるTelemachus ── Penelopeとの政治的せいじてき衝突しょうとつIthacaの現在げんざい
  2. 30吟遊詩人ぎんゆうしじんの歌うたの反復はんぷく ── Argusと父ちちの認識にんしきIthacaの現在げんざい
  3. 31宴うたげ ── 物乞ものごいとして求きゅう婚こん者しゃたちを観察かんさつするIthacaの現在げんざい
  4. 32Penelopeと変へん装そうしたOdysseus ── Troyの罪つみと文明ぶんめい崩壊ほうかいIthacaの現在げんざい
  5. 33父ちち子この戦せん術じゅつ会議かいぎ ── 武器ぶきを隠かくすIthacaの現在げんざい
  6. 34弓ゆみと十二じゅうにの斧おの ── 正体しょうたいが露あらわになるIthacaの現在げんざい
  7. 35求きゅう婚こん者しゃたちとの戦闘せんとう ── Antinousへの決着けっちゃくIthacaの現在げんざい
  8. 36結末けつまつ ── 退たい位い、西にしへの旅たび、歌うたと文字もじIthacaの現在げんざい

場面ばめん29

宮殿きゅうでんへ帰かえるTelemachus ── Penelopeとの政治的せいじてき衝突しょうとつ

Ithaca現在げんざい

原本げんぽん
L1734–L1784
発話はつわ
26
第だい7部ぶ
1/8
  • Odysseus
  • Melantho
  • Antinous
  • Penelope
  • Telemachus
  1. 展開てんかいTelemachus帰還きかんの知しらせが広ひろがる

物乞ものごいに付つき添そわれて傷きずの癒いえたTelemachusが宮殿きゅうでんに戻もどる。Penelopeは喜よろこぶが、父ちちの知しらせは何なにもないと聞きき、噂うわさは本当ほんとうだったと受うけ取とる。Telemachusは、空そらの王おう座ざでは軍ぐんを集あつめられない、再さい婚こんすれば求きゅう婚こん者しゃは出でていくと言いい、Penelopeは夫おっとを死しんだことにして蛇へびの一人ひとりと暮くらせというのかと怒おこる。扉とびらを閉へいめて焼やき殺ころしたいと言いう母ははに、息子むすこは殺ころせば家族かぞくが復讐ふくしゅうに来くると返かえす。平和へいわか復讐ふくしゅうかと問とわれ、Penelopeは「Odysseusが欲ほしい」と答こたえる。

  • 正体しょうたい
  • 制御せいぎょ

場面ばめん30

吟遊詩人ぎんゆうしじんの歌うたの反復はんぷく ── Argusと父ちちの認識にんしき

Ithaca現在げんざい

原本げんぽん
L1786–L1806
発話はつわ
11
第だい7部ぶ
2/8
  • 吟遊詩人ぎんゆうしじん
  • Odysseus
  • Telemachus
  1. 展開てんかい吟遊詩人ぎんゆうしじんの歌うたが再ふたたび重かさなる――冒頭ぼうとうモチーフの回帰かいき
  2. 転換てんかんOdysseus、Eumaeus、Argus

吟遊詩人ぎんゆうしじんの歌うたが再ふたたび流ながれ、冒頭ぼうとうの数かぞえ歌うたが戻もどってくる。物乞ものごいのOdysseusはEumaeusを先さきに行いかせ、父ちちと犬いぬが出会であった場所ばしょで老ろう犬いぬArgusに近ちかづく。Argusは物乞ものごいが誰だれかを見抜みぬき、その場ばで息いき絶たえる。Telemachusは客きゃくとして物乞ものごいを迎むかえる身振みぶりをしながら、この男おとこが父ちちであると悟さとる。

  • 歌うた
  • 正体しょうたい
  • 記憶きおく
正体を見抜く手がかり気づく者手がかり何が起きるか場面TelemachusAthenaの目物乞い・Mentor・物乞いに「Athenaの目」を見る01 04 28Eumaeus(気づかない)主人の話をする相手が主人とは知らない26Argus匂い・姿言葉を介さず見抜き、その場で息絶える30TelemachusArgusの死犬が主人を迎えたことで、父だと悟る30老乳母足(傷痕)一瞬「旦那様」と声を上げる(原典の足洗い)32Penelope金の留め針出征前に決めた確かめ方が、二十年後に使われる32Antinous籤「Sinon」と名乗る物乞いに、自分の過去を突きつけられる31Polybus・全員弓弓を張り、斧に矢を通した男の名を叫ぶ34
図ず 02正体しょうたいの認識にんしき。名乗なのることより、共有きょうゆうした記憶きおくと身体しんたいの特徴とくちょうのほうが真実しんじつを証明しょうめいする(スタディガイド §1)。原典げんてんの婚こん床ゆかの試験しけんは、映画えいがではこれらに分散ぶんさんされた。

場面ばめん31

宴うたげ ── 物乞ものごいとして求きゅう婚こん者しゃたちを観察かんさつする

Ithaca現在げんざい

原本げんぽん
L1808–L1888
発話はつわ
41
第だい7部ぶ
3/8
  • Antinous
  • Telemachus
  • Polybus
  • Odysseus
  • Amphimedon
  • Elatus
  1. 展開てんかい物乞ものごいとして求きゅう婚こん者しゃたちの間あいだを回まわるOdysseus

宴うたげ。Antinousは、Telemachusが長老ちょうろうのもとへ行いく前まえに殺ころさねばならないとPolybusと話はなす。物乞ものごいは求きゅう婚こん者しゃたちの間あいだを回まわり、Polybusに侮辱ぶじょくされる。物乞ものごいはAntinousに一ひとつの品ひんを差さし出だし、それはもともとあなたのものだと言いう。Sinonと名乗なのり、最もっとも勇敢ゆうかんだった若者わかものに敬意けいいを表あらわして使つかっている名なだと告つげる。Polybusが「お前まえの代かわりに行いこうとした羊飼ひつじかいの息子むすこだ」と思おもい出ださせ、どこでこれを手てに入いれたかと迫せまるAntinousに、物乞ものごいはあなたがもうすぐ行いく場所ばしょ、Hadesでと答こたえる。Telemachusが宴うたげを打うち切きる。

  • 籤くじ
  • 正体しょうたい
  • Zeus’s law
  • 食事しょくじ

場面ばめん32

Penelopeと変へん装そうしたOdysseus ── Troyの罪つみと文明ぶんめい崩壊ほうかい

Ithaca現在げんざい+Troy回想かいそう

原本げんぽん
L1890–L1976
発話はつわ
44
第だい7部ぶ
4/8
  • Melantho
  • Penelope
  • Odysseus
  • 老乳母ろううば
  1. 展開てんかいPenelopeが旅人たびびとを呼よび止とめる
  2. 回想かいそうOdysseusの語かたりにTroy陥落かんらくの回想かいそう映像えいぞうが重かさなる
  3. 回想かいそうPenelopeの現在げんざいの声こえが回想かいそうに割わり込こむ

宴うたげの後あと、Penelopeは旅人たびびとを呼よび、老乳母ろううばに足あしを洗あらわせる。老乳母ろううばは一瞬いっしゅん「旦那だんな様さま」と声こえを上あげるが、場ばはそのまま続つづく。Troyにいたという旅人たびびとに、Penelopeは夫おっとが何なにを身みにつけていたかを尋たずね、旅人たびびとは一度いちども外はずさなかった美うつくしい金かねの留とめ針ばりのことを語かたる。夫おっとはなぜ帰かえれなかったのかと問とわれ、旅人たびびとは、木き馬うまから出でて門もんを開ひらいた夜よるに、戦たたかいが狩かりに変かわったことを男おとこが悟さとってしまったのだとしたら、と語かたる。Penelopeは「海うみの民たみ」とはあなたたちのことなのねと言いい、旅人たびびとはZeus’s lawを破やぶる行為こういが病やまいのように広ひろがっていると応おうじる。Penelopeは、夫おっとが残のこした廃墟はいきょの中なかで十分じゅうぶん長ながく生いきた、と言いう。

  • 留とめ針ばり
  • 正体しょうたい
  • Trojan Horse
  • Zeus’s law
  • 記憶きおく

場面ばめん33

父ちち子この戦せん術じゅつ会議かいぎ ── 武器ぶきを隠かくす

Ithaca現在げんざい

原本げんぽん
L1978–L1988
発話はつわ
6
第だい7部ぶ
5/8
  • Telemachus
  • Odysseus
  1. 転換てんかんOdysseusとTelemachus、翌日よくじつのための戦せん術じゅつ確認かくにん

翌日よくじつの段取だんどり。Telemachusは求きゅう婚こん者しゃとどう戦たたかうかと問とうが、物乞ものごいは戦たたかうのは「我々われわれ」ではないと言いい、Telemachusには求きゅう婚こん者しゃが武器ぶきを取とれないようにすることだけを任にんせる。信用しんようできる使用しよう人ひとを集あつめるという申もうし出でも、自分じぶんには武器ぶきがあると断ことわる。

  • 弓ゆみ
  • 制御せいぎょ

場面ばめん34

弓ゆみと十二じゅうにの斧おの ── 正体しょうたいが露あらわになる

Ithaca現在げんざい

原本げんぽん
L1990–L2048
発話はつわ
30
第だい7部ぶ
6/8
  • Peisander
  • Agelus
  • Penelope
  • Eumaeus
  • Leodes
  • Antinous
  • Polybus
  • Telemachus
  • Odysseus
  • Elatus
  1. 展開てんかい求きゅう婚こん者しゃたちを集あつめた弓ゆみの試練しれん
  2. 展開てんかいOdysseusだと気きづかれる

集あつめられた求きゅう婚こん者しゃたちに、Penelopeは夫おっとの弓ゆみに弦げんを張ばり、並ならべた斧おのに矢やを通とおした者ものと結婚けっこんすると告つげる。求きゅう婚こん者しゃは次々つぎつぎに失敗しっぱいし、弓ゆみを火ひで温おんめ油あぶらを塗ぬっても弦げんは張はれない。Antinousは順番じゅんばんを待まつと言いい、物乞ものごいを追おい出だそうとするが、Eumaeusは試練しれんが終おわるまで扉とびらは施錠せじょうされていると告つげ、Telemachusも挑戦ちょうせんの権利けんりを認みとめさせる。嘲あざけりの中なかで物乞ものごいは弓ゆみを張ばり、矢やを通とおし、Polybusが「Odysseus」と気きづく。

  • 弓ゆみ
  • 正体しょうたい

場面ばめん35

求きゅう婚こん者しゃたちとの戦闘せんとう ── Antinousへの決着けっちゃく

Ithaca現在げんざい

原本げんぽん
L2050–L2074
発話はつわ
13
第だい7部ぶ
7/8
  • 一いち同どう
  • Eumaeus
  • Telemachus
  • Penelope
  • Antinous
  • Melanthius
  • Odysseus
  1. 展開てんかい求きゅう婚こん者しゃたちとの決着けっちゃく

館やかたの中なかで戦闘せんとうが始はじまる。Telemachusは武器ぶきを押おさえ、Melanthiusは上うえの倉庫そうこの武器ぶきを求きゅう婚こん者しゃに回かいそうとするが、Eumaeusに阻はばまれる。Penelopeは戦たたかいの場ばから離はなれず、Antinousとの因縁いんねんは最後さいごに一騎打いっきうちで決着けっちゃくする。深ふか手てを負おったOdysseusは、HadesでSinonに会あったら、と言いい残のこす。

  • 正体しょうたい
  • 籤くじ
  • 死者ししゃ
求婚者の最期の順序原典(第22歌)1最初の矢でAntinousを射殺2Eurymachusらとの戦闘3Melanthiusは武器を運んで捕縛、処刑4不忠な侍女たちはTelemachusが絞首映画1弓の試練で正体が露見2Polybusと求婚者の大半3MelanthiusはTelemachusが討つ4最後にAntinousと一騎打ちMelanthoの処刑は、台本本文には描かれず、プロット概要にだけある(第7部 注9)。
図ず 03求きゅう婚こん者しゃの最期さいごの順序じゅんじょ。原典げんてんではAntinousが最初さいしょに死しぬが、映画えいがは彼かれとの個人的こじんてきな因縁いんねんを最後さいごに置おく(第だい7部ぶ 注ちゅう8)。

場面ばめん36

結末けつまつ ── 退たい位い、西にしへの旅たび、歌うたと文字もじ

Ithaca現在げんざいから未来みらいへの展望てんぼう

原本げんぽん
L2076–L2098
発話はつわ
11
第だい7部ぶ
8/8
  • Odysseus
  • Penelope
  1. 展開てんかいPenelopeとの再会さいかいと未来みらい

戦たたかいの後あと、人ひとと人ひとをつなぐ脆もろい絆きずなを壊こわしたのは我々われわれだった、という声こえが重かさなる。PenelopeはようやくOdysseusと向むき合あい、二人ふたりは出征しゅっせい前まえに語かたり合あった「一番いちばん速はやい船ふねで西にしへ、沈しずむ太陽たいようを追おう」夢ゆめを言いい交かわす。なぜ物語ものがたりは歌うたわれるだけになるのかと問とうPenelopeに、Odysseusは文字もじを書かけた我々われわれを覚おぼえるには歌うたしか残のこらないからだと答こたえる。Penelopeは文明ぶんめいはまた立たち上あがると言いい、暗くらくなった世界せかいにも新あたらしい夜明よあけが来くる、という声こえで映画えいがは暗転あんてんする。

「文字もじを書かけた我々われわれのことを覚おぼえておくには、歌うたしか残のこらなくなるからだ」Odysseus
  • 歌うた
  • 西にし
  • 死者ししゃ
  • 記憶きおく
文字が消え、歌が残った時代Mycenae宮殿社会Linear B(宮殿の行政記録)崩壊宮殿の書記制度が途絶える口承の時代文字は無く、歌が記憶を運ぶアルファベットLinear Bとは連続しない歌と文字(第7部 注5・スタディガイド §6)年代の目盛りは置かない。順序だけの模式で、幅に意味はない。
図ず 04「文字もじを書かけた我々われわれを覚おぼえるには、歌うたしか残のこらない」という結末けつまつの台詞せりふの背景はいけい。Homerの叙事詩じょじしそのものも、長ながい口承こうしょうの伝統でんとうを経へて後世こうせいに伝つたわった。

原典げんてん・神話しんわ・歴史れきし背景はいけいの詳細しょうさい補足ほそく

ここからは台だい本ほん本文ほんぶんそのものではありません。 原典げんてん比較ひかく・神話しんわ伝承でんしょう・歴史れきし考古学こうこがく・翻訳ほんやく上じょうの注意ちゅういを補おぎなうための解説かいせつです。台だい本ほんに明示めいじされない内容ないようは、本文ほんぶんと区別くべつして読よめるようにしています。

注ちゅう1 Argusの死し

このプロジェクトファイルでは台詞せりふ本文ほんぶんが Argus、冒頭ぼうとうのプロット概要がいようが Argos と表記ひょうきしている。原典げんてん第だい17歌うたでも、この老ろう犬いぬは変へん装そうした主人しゅじんOdysseusをただちに見抜みぬく。Odysseusは正体しょうたいを隠かくすため感情かんじょうを抑おさえ、Argusは主人しゅじんを二十にじゅう年ねんぶりに見届みとどけた直後ちょくごに死しぬ。

映画えいがはこの場面ばめんを極端きょくたんに短みじかくしつつ、Odysseusが「出会であった崖がけに埋うめろ」と言いったことからTelemachusが父ちちだと悟さとる、という独自どくじの認識にんしき装置そうちにしている。

注ちゅう2 Eurycleiaの足あし洗あらい

原典げんてん第だい19歌うたでは、老乳母ろううば Eurycleia が乞食こじき姿すがたのOdysseusの足あしを洗あらい、若わかいころ猪いのししに負おわされた傷きず痕あとを触さわって主人しゅじんだと気きづく。これは帰還きかん譚たんの最重要さいじゅうよう「認識にんしき」場面ばめんの一ひとつである。

映画えいがの台だい本ほんでは老乳母ろううばが一瞬いっしゅん「旦那だんな様さま?!」と反応はんのうするものの、直ただちに認識にんしきの説明せつめいは続つづかない。原典げんてんを知しる観客かんきゃくにだけ意味いみが分わかる圧縮あっしゅくされた引用いんようと考かんがえられる。

注ちゅう3 Penelopeが衣服いふくの細部さいぶを尋たずねること

原典げんてんでもPenelopeは、夫おっとを知しっていたと主張しゅちょうする変へん装そう中ちゅうのOdysseusに、服ふく装そうや同行どうこう者しゃについて詳くわしく尋たずね、その証言しょうげんの真偽しんぎを試ためす。

映画えいがは第だい01部いちぶでPenelope自身じしんが渡わたした「Athena像ぞうの金かねの留とめ針ばり」をその認証にんしょう鍵かぎに変かえている。これにより、出征しゅっせい前まえの夫婦ふうふの私的してきな記憶きおくが、二十にじゅう年後ねんごの身元みもと確認かくにんに直接ちょくせつつながる。

注ちゅう4 「我々われわれこそ海うみの民たみだった」

これは本作ほんさく最大さいだいの映画えいが独自どくじ解釈かいしゃくの一ひとつである。歴史学れきしがく上じょうの「海うみの民たみ」がOdysseusらギリシア遠征えんせい軍ぐんそのものであった、と確定かくていしているわけではない。

映画えいがはむしろ史実しじつの同定どうていをしているというより、Trojan Warの勝者しょうしゃが「自分じぶんたちは文明ぶんめいを守まもった英雄えいゆうだ」と思おもいながら、略奪りゃくだつ・殺戮さつりく・交易こうえき秩序ちつじょの破壊はかいによって 自分じぶんたち自身じしんが文明ぶんめい崩壊ほうかいを拡散かくさんする側がわへ変かわった という倫理的りんりてき逆転ぎゃくてんを描えがいている。

注ちゅう5 青銅器せいどうき時代じだい崩壊ほうかいと文字もじの消失しょうしつ

後期こうき青銅器せいどうき時代じだい末まつ、Mycenae宮殿きゅうでん社会しゃかいが崩壊ほうかいすると、その官僚かんりょう行政ぎょうせいに使つかわれていた 線せん文字もじB の書記しょき文化ぶんかもギリシア世界せかいから姿すがたを消けす。その後ご、ギリシア語ごのアルファベット表記ひょうきが現あらわれるまで数世紀すうせいきの空白くうはくがある。

したがってラストの「文字もじを書かけた我々われわれを覚おぼえるには、歌うたしか残のこらない」という発想はっそうは、映画えいが的てきに誇張こちょうされてはいるが、宮殿きゅうでん文字もじ文化ぶんかの消失しょうしつと口承こうしょう詩しの時代じだいを結むすびつけた歴史的れきしてきモチーフである。Homer叙事詩じょじしそのものも、長ながい口承こうしょう詩し伝統でんとうを背景はいけいに後世こうせいへ伝つたえられたと考かんがえられている。

注ちゅう6 Trojan Horse=「Zeus’s lawを破やぶった策さく」

Homer原典げんてんが木き馬うまを、ここまで明示めいじ的てきに「客人きゃくじん歓待かんたいの普遍的ふへんてき秩序ちつじょを破壊はかいした罪つみ」として断罪だんざいするわけではない。これは映画えいがの中心ちゅうしん思想しそうである。

本作ほんさくでは、Troy人ひとが「Athenaへの供物くもつ=宗教的しゅうきょうてきに保護ほごされる贈おくり物もの」と信しんじて城じょう内ないへ受うけ入いれた行為こういをギリシア軍ぐんが悪あく用ようしたため、その瞬間しゅんかんから「他者たしゃを信しんじて受うけ入いれる」という社会的しゃかいてき規範きはんそのものが崩くずれ始はじめた、とOdysseusは解釈かいしゃくする。

つまり木き馬うまは軍事ぐんじ的てき天才てんさいの象徴しょうちょうであると同時どうじに、信頼しんらいを武器ぶき化かしたことで、勝者しょうしゃ自身じしんの帰かえるべき世界せかいまで破壊はかいした発明はつめいとして描えがかれている。

注ちゅう7 弓ゆみと十二じゅうに本ほんの斧おの

弓ゆみの試練しれんは原典げんてん第だい21歌うたにほぼ直接ちょくせつ対応たいおうする。Penelopeは、Odysseusの強きょう弓ゆみに弦げんを張ばり、十二じゅうに本ほんの斧おのを通とおして矢やを射しゃ抜ぬけた者ものと結婚けっこんすると宣言せんげんする。

原典げんてんでも求きゅう婚こん者しゃたちは弓ゆみを温おんめ、脂あぶらを塗ぬって柔やわらかくしようとするが失敗しっぱいする。物乞ものごい姿すがたのOdysseusだけが容易よういに弓ゆみを張ばり、そこから求きゅう婚こん者しゃ殺害さつがいへ移うつる。

注ちゅう8 求きゅう婚こん者しゃ殺害さつがいの順序じゅんじょは映画えいが独自どくじ

原典げんてん第だい22歌うたでは、Odysseusが最初さいしょにAntinousを矢やで射しゃ殺ころし、その後ごEurymachusらとの戦闘せんとうになる。裏切うらぎった山やま羊飼ひつじかいMelanthiusは武器ぶき庫こから求きゅう婚こん者しゃへ武器ぶきを運はこび、捕縛ほばく後ごに苛烈かれつな処刑しょけいを受うける。

映画えいがではPolybusらの配置はいち、Antinousの最期さいご、Melanthiusの殺害さつがいなどを再構成さいこうせいし、最後さいごにOdysseusとAntinousの個人的こじんてき因縁いんねんを決着けっちゃくさせる構図こうずへ変かえている。

注ちゅう9 Melanthoの処刑しょけい

原典げんてんでは、Melanthoを含ふくむ不忠ふちゅうな侍女じじょたちは求きゅう婚こん者しゃたちの死し体からだ処理しょりを命めいじられた後あと、Telemachusによって絞首こうしゅされる。本ほんファイルの台だい本ほん本文ほんぶんでは最終さいしゅう処刑しょけい場面ばめん自体じたいは台詞せりふとして描えがかれていないが、ファイル冒頭ぼうとうのプロット要約ようやくではMelanthoも裏切うらぎりのため処刑しょけいされたと説明せつめいされる。

注ちゅう10 Odysseusは原典げんてんでは退たい位いしない

映画えいが最大級さいだいきゅうの結末けつまつ変更へんこうである。原典げんてん第だい24歌うたでは、殺ころされた求きゅう婚こん者しゃの親族しんぞくが復讐ふくしゅうを求もとめて武装ぶそうするが、最終的さいしゅうてきにAthenaとZeusの介入かいにゅうによって和解わかいが成立せいりつし、OdysseusはIthacaの王おうとして残のこる。

映画えいがでは彼かれ自身じしんが王おう位くらいをTelemachusへ譲ゆずり、Penelopeとともに「未知みちの西にし」へ去さる。これは出征しゅっせい前まえにPenelopeが夢想むそうした「一番いちばん速はやい船ふねで西にしへ、沈しずむ太陽たいようを追おう」という台詞せりふを二十にじゅう年後ねんごに回収かいしゅうすると同時どうじに、Tiresias/Sinonから課かされた死者ししゃ供養くようの旅たびを結末けつまつに据すえる改変かいへんである。

注ちゅう11 「新あたらしい夜明よあけ」と忘却ぼうきゃく

最後さいごの台詞せりふは、本作ほんさくの歴史れきし観かんを要約ようやくしている。文明ぶんめいは崩壊ほうかいし、文字もじも制度せいども失うしなわれる。それでも物語ものがたりは歌うたとして残のこり、やがて新あらたな文明ぶんめいが成立せいりつする。だが文明ぶんめいが再建さいけんされれば、過去かこの文明ぶんめいがなぜ滅ほろびたのか、その倫理的りんりてき教訓きょうくんまでまた忘わすれられる。

その意味いみで映画えいが版はん『Odyssey』は「故郷こきょうへ帰かえる英雄えいゆう譚たん」で終おわらず、文明ぶんめいは信頼しんらいによって成立せいりつし、信頼しんらいを武器ぶきとして利用りようした瞬間しゅんかんから自己じこ崩壊ほうかいを始はじめるという循環じゅんかん史しの物語ものがたりとして閉とじる。


完結かんけつ時点じてんの主要しゅようモチーフ

  • Zeus’s law:客人きゃくじん歓待かんたい → 社会的しゃかいてき信頼しんらい → 文明ぶんめい秩序ちつじょそのものへ拡張かくちょうされる。
  • 弓ゆみ:知性ちせい・身体しんたい能力のうりょく・王おうとしての真正性しんせいせいの証明しょうめい。
  • Athenaの目め:神かみの実在じつざいと、人間にんげんが他者たしゃの中なかに知恵ちえや神かみ性せいを読よむことの曖昧あいまいさ。
  • 留とめ針ばり:夫婦ふうふだけが共有きょうゆうする記憶きおくと身元みもとの証明しょうめい。
  • 籤くじ:Antinousが逃のがれ、Sinonが背負せおわされた恥はじと責任せきにん。
  • 歌うた:文字もじ文明ぶんめいが消きえた後あとにも残のこる記憶きおく。ただし、歌うたは歴史れきしを保存ほぞんすると同時どうじに英雄えいゆう化かし、罪つみを忘わすれさせもする。
  • 未知みちの西にし:逃避とうひとして夢ゆめ見みられた場所ばしょから、死者ししゃへの責任せきにんを引ひき受うける旅たびの目的地もくてきちへ変化へんかする。