The Odyssey ── 第2部 [ OgygiaとCyclops ]
第2部で映画は記憶の中へ入る。Troyを出た最初の選択(Agamemnonと別の航路)と、Cyclopsの洞窟での「逃げ切ることで死者を敬え」という判断が、以後の漂流と冥界の責めの起点になる。
第2部 ── OgygiaとCyclops
場面05
Ogygia ── 記憶を失ったOdysseus
Ogygia現在
- 女の声
- Odysseus
- Athena
- Calypso
Ogygiaの浜。Odysseusは、暗い場所で男たちが溺れる夢の断片しか思い出せない。Athenaが現れて思い出せと促すが、Odysseusは神々が人間に分かる言葉で話さないことを責める。Calypsoは島にはすべてがあると言い、蓮の花を勧める。Odysseusは永遠は神々のものだと答え、自分で手に入れたのでない幸福は本物ではないと言う。Calypsoに促され、彼はTroyの後に何が起きたかを語り始める。
「永遠は神々のものだ」Odysseus
場面06
Troyを離れる ── 帰路の最初の選択
Odysseusの記憶
- Odysseus
- Eurylochus
- Antiphates
- Polites
- Elpenor
- Calypso
- 回想Troy陥落後、Odysseus一行が帰路へ出る
- 現在へCalypsoが記憶を促す
回想。Troyの浜を離れるOdysseusは「この浜で十年」と吐き捨てる。Agamemnonが補給地の分かったいつもの西の航路を行くのに対し、Odysseusは南寄りの風に乗り、寄り道しても先に帰れると賭ける。食料が尽きると、乞い、交易し、奪うことを使い分けた。ある村は一行を「海の民」と思って逃げ出しており、Eurylochusはギリシア人だと言い張る。語りは「兵と故郷の間に立ちはだかる者はいなかった、自分自身でさえ」と結ばれ、Calypsoが続きを促す。
場面07
Cyclops ── PolyphemusとPoseidonの怒り
Odysseusの記憶
- 船員
- Odysseus
- Eurylochus
- Cyclops
- Polites
- Elpenor
- Antiphates
- Laodamas
- Menetus
- Anchialus
- Phemius
- Perimedes
- 回想未知の島への上陸――Cyclopsの洞窟へ
回想。未知の島に上陸した一行は羊の群れを追って洞窟に入り、Zeus’s lawを当てにして家主を待つ。現れたCyclopsは入口を岩で塞ぎ、夜ごとに兵を食う。Odysseusは杭を焼き、羊と縄で脱出の手順を組み、誰が囮になって外へ走るかを兵と議論する。眠らせたCyclopsの目を潰して逃げる際、死んだ仲間を置いていくことに兵が抗議するが、Odysseusは逃げ切ることがその死を敬うことだと退ける。Cyclopsは父Poseidonに復讐を祈り、Odysseusは去り際に余計な一矢を射る。兵たちは海そのものが敵になったと恐れ、Odysseusは埋葬できなかった者たちのしるしを身につけさせる。
| 段取りの論点 | 台本の中で出た答え |
|---|---|
| 入口の岩 | 動かせない。朝、Cyclopsが羊を外へ出すときに入口へ走る |
| 入口に隙間を残す | 丸太を挟む案は、気づかれるとして退けられる |
| 縄と羊の数 | 全員分には足りない。二人は囮として外へ走ることになる |
| 何人で走るか | 二人ずつ二組、四人で走るべきだという異論が出る |
| 眠らせる | 夜ごと二人を食う。眠ってもらわねば目を潰せない |
| 死者の扱い | 遺体は置いていく。逃げ切ることで死を敬え、とOdysseusは言う |
場面08
Ogygiaへ戻る ── 仲間、故郷、息子の断片
Ogygia現在
- Odysseus
- Calypso
- 現在へOgygiaの現在へ戻る
Ogygiaの現在へ戻る。Odysseusは仲間はどこにいるのか、故郷はどこかと問い、Troyより前のことを何も思い出せないまま、妻と息子がいたかもしれないと考え始める。息子がいるなら、いま何歳になっているだろう、という声で場面が閉じる。
原典・神話・歴史背景の詳細補足
ここからは台本本文そのものではありません。 原典比較・神話伝承・歴史考古学・翻訳上の注意を補うための解説です。台本に明示されない内容は、本文と区別して読めるようにしています。
注1 Calypsoと「蓮の花」は、原典では別エピソード
Homer『Odyssey』では、CalypsoはOdysseusを Ogygia島に長年引き留める女神/ニンフ であり、帰郷を望む彼を最終的には神々の命令によって送り出す。一方、食べると故郷への意思を失わせる 蓮の実/蓮の花 は別の土地「ロートパゴイ(蓮喰い人)の国」のエピソードに登場する。
本作はこの二つを意図的に融合し、Calypsoがロートスを与えてOdysseusの記憶と帰還意志を曇らせた、という独自設定にしている。後の「七年間」という告白と、この場面の「十年」という発言のずれも含め、Odysseus自身の記憶が信用できない状態を演出している可能性がある。
注2 CyclopsとPolyphemus
原典第9歌のCyclopsは Polyphemus。Poseidonの息子で、Odysseus一行を洞窟に閉じ込めて複数の仲間を食べる。
原典では、OdysseusはPolyphemusを酒で酔わせ、自分の名を「誰でもない(Nobody)」と偽り、焼いた杭で一つ目を潰す。その後、羊の腹側につかまって洞窟から脱出する。映画版は基本骨格を残しつつ、集団戦術と犠牲者をめぐる軍事的判断を前面に出し、「指揮官として誰を犠牲にするか」という倫理問題へ組み替えている。
注3 Poseidonの怒り
原典では、脱出後にOdysseusが勝ち誇って自分の正体をPolyphemusに明かしたことが決定的で、Polyphemusは父Poseidonに復讐を祈る。これがOdysseusの長い漂流の主要原因になる。
本脚本では、Odysseusの「余計な一矢」と慈悲の欠如が強調されている。つまり単純な傲慢さだけでなく、戦争で身についた報復の論理から抜け出せないことが災厄の起点として描かれている。
注4 「死者を葬る」こと
古代ギリシア叙事詩では、適切な葬送を受けることは死者の名誉と深く結びつく。ここでOdysseusが「逃げることで彼を敬え」と命じるのは、軍事的合理性としては理解できる一方、後の冥府場面で「埋葬できなかった仲間」が彼を責める伏線になっている。
注5 「神は自ら助くる者を助く」
この台詞は英語の有名な格言 “God helps those who help themselves.” に近いが、聖書の直接引用でもHomerの定型句でもない。本作ではOdysseusの合理主義・自己決定志向を端的に示す現代的な言葉として機能している。
翻訳上の注記
- 訳注1 原文は “Ten years on this fucking beach.”。後にCalypsoが滞在期間を「七年」と明示するため、数字は意図的な記憶混乱、台詞上の誇張、または書き起こしの齟齬のいずれかである可能性がある。訳では原文を変更していない。(場面 06・原本L522 の発話への注)